ウシとヘリコプターの町 ~アマリロ

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この写真の撮影地は、テキサス州北西部と、オリジナルのキャプションには書かれていました。

“Oxen once used as work animals on the farms”とも書かれており、このことからかつては使役牛として使われたものの、かなり老いさらばえたため、この農場でその余生を送っているのでしょう。夫婦なのでしょうか。背後に立つ人物の表情は読み取れませんが、優しい目で二匹を見守っているようにも見えます。

テキサス州北西部ということなのですが、これはおそらく、アメリカ合衆国南部のテキサス州北端部のポッター郡にあるアマリロ(amarillo)という町のどこかではないかと思われます。付近はパンハンドル(Panhandle)と呼ばれる地区に当たり、地図を見るとわかるのですが、真四角の領地境界でオクラホマ州の中に深く入り込んでいます。

Panhandleとは、フライパンの柄状の細長い形に由来するアメリカ英語です。その中心地がこのアマリロであり、郡庁所在地です。同郡で人口最大の都市で、2010年現在の人口は約19万人ほどです。

Potter_County_Texas

しかし写真が撮影された1930年代はまだまだ人口が少なかったでしょう。1887年に鉄道建設とともに町が形成され、肉牛の積み出し地となり、その後、天然ガスと石油の発見により発達した町です。

フォートワース・アンド・デンバーシティ鉄道という、テキサス州のフォートワースから延びる鉄道を州北西部に延伸させるにあたって建設された街で、1887年に州北西部の主要な交易拠点として建設が開始されました。

鉄道交通や貨物輸送の便があることから、町は郡庁所在地に選ばれた後、肉牛取引の中心地として急速に発展していき、1890年代終わり頃には、アマリロは世界有数の肉牛出荷地へと発展し、人口が激増しました。

1900年代に入ると、市の周辺で小麦をはじめとした穀物の生産が増え、それに伴って製粉、飼料生産の中心地になりました。やがて1918年には天然ガスが、3年後の1921年には原油が発見され、石油・ガス産業が発展していきました。

鉄道交通の整備も進んでいき、フォートワース・アンド・デンバーシティ鉄道に続いて、アッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道やシカゴ・ロック・アイランド・アンド・パシフィック鉄道がアマリロへの路線を持つようになりました。

これらの鉄道3社はその後長く、20世紀のほとんどに渡ってアマリロに旅客や貨物の駅を多数構え、修理施設を置くなど、市内および周辺の主要な雇用主でした。

Amarillo_Texas_Downtown_19121912年のアマリロの市街地。

アマリロはテキサス州北西部、ニューメキシコ州東部、およびオクラホマ州極西部の経済の中心地でもあります。畜産は市の主産業で、アメリカ合衆国内の牛肉の生産量のおよそ1/4がアマリロで生産されているといいます。

また近年においては、酪農農家がカリフォルニア州からアマリロおよびその周辺へと移ってきています。特に酪農の中心となっているのはアマリロから南西へ50kmほど行ったところにある、ハーフォード市(Hereford)で、ここでの酪農の勃興によって、郡全体の乳製品の生産量が急増してきています。

近隣に豊富な油田やガス田を有するため、石油化学産業も発達しています。アマリロの町はかつてはヘリウム産業で知られ、大きなヘリウム工場があったようですが、1990年代後半に連邦政府がここを民営化してからは生産量が激減しました。

しかしその後1999年には、ベル・ヘリコプター社がヘリコプター組立工場を設置し、操業を始めており、これはアマリロの町の東側にある、リック・ハズバンド国際空港の近くにあります。

ベル・ヘリコプターは、世界的にも有名なヘリコプター製造会社です。ベトナム戦争に大量に投入された「UH-1イロコイス」などで有名であり、この機体は世界各国で使用され、日本では富士重工業によりライセンス生産もされていました。

また、ボーイングの工場もあり、ここでは、日本でも沖縄の在日米軍基地への導入をめぐって物議がかもしだされた、オスプレイの最終組立も行われており、こうしたヘリコプター産業がさかんであることから、アマリロは、Rotor City, USA(アメリカのローターの街)と呼ばれています。

このほか、アマリロでは、製缶・製粉・亜鉛精錬・合成ゴムなどの工業も発展しているなど、なぜこんな山奥の場所で、と思うかもしれませんが、このアマリロだけでなく、テキサスは意外にも工業やサービス業などがさかんな都市が多いのが特徴です。州全体のそれらの生産額はアメリカでも常にトップを争っています。

州総生産は、優に1兆2000億ドルを超えており、アメリカ合衆国の州では第2位であり、世界の国と比較するとこの額は第11位のカナダや第12位のインドに匹敵しています。

Amarillo_Texas_Downtown

 アマリロの中心街

元々は農業及び牧畜業が主要産業でしたが、1901年に同州南部、右隣のルイジアナ州にほど近い、ボーモント市郊外の「スピンドルトップ」という場所で油田が発見されて以来、エネルギー産業の比重が急激に高まり、以後、テキサス州はエネルギー産業とともに歩んできました。

こうしたことから従来、州の産業はCotton、Cattle、Crude のいわゆる「3C」に代表されるといわれてきました。Cottonは綿、Cattleは蓄牛、Crudeは原油です。

80年代以降は、エネルギー産業に加えハイテク産業も成長するなどサンベルトの一大中心州として急速な発展を遂げてきています。メキシコ湾岸には油田が多く、またアマリロのようなかなり内陸部に位置するようなところにまで油田があるなど石油資源が豊富であるため、エクソンモービルやヴァレロなどの有名石油会社もテキサスに居を構えています。

アマリロの産業もまた、この石油によって支えられてきましたが、第二次世界大戦時にこの町に空軍基地が開設されたことで更に発展し、爆弾や弾薬を生産する軍需工場も設立されました。これらの軍需施設は戦後一旦は閉鎖されましたが、世界が東西冷戦構造に入ると、1950年には核兵器を生産するために再び操業を開始しました。

その翌年には空軍基地も拡張して再開され、1950年から1960年にかけては軍人やその家族がアマリロに大量移住したことによって人口が7万人程度から、一気に倍の14万人まで増加しました。

しかし1968年に空軍基地が閉鎖されると市の人口は減少に向かい、一時は13万人を割り込みました。

が、1970年代に入ると、今度は、アリゾナ州フェニックス市に本社を置く、銅精錬大手のASARCO社や、ネブラスカ州に本社を構える精肉大手のIBP社、ガラス繊維世界最大手のオーウェンス・コーニング社といった大企業がアマリロに工場を構えるようになりました。

1980年代に入ると、アマリロの市域は隣接する郡にも広がり、またアマリロと並ぶ州北西部の主要都市であるラボックに通ずる州間高速道路I-27も開通しました。こうした新しい産業や交通の発達に支えられて、アマリロ市は基地閉鎖以降の不況から脱却し、他のテキサス州のサンベルトの都市同様、急速な発展を遂げています。

ちなみに、サンベルトというのは、アメリカ最南部にある諸州においてはもとくにメキシコ湾沿いの地域のことで、これらの地域では最近の数十年で、サービス産業、製造基地、ハイテク産業、金融部門でのブームが見られるようになりました。

テキサス州のヒューストンや隣のルイジアナ州のニューオーリンズなどメキシコ湾岸では石油化学工業が発達し、原油の積出港であるヒューストン港や南ルイジアナ港は全米有数の貿易港に数えられるようになっています。

Amarillo_Tx_-_Brick_Streets1910年に市内に敷設されたレンガ製の道路

アマリロもまた、そのサンベルトの帯の中に入ると考えられていますが、こうした工業の発達以前からここでさかんな畜産業は、やはりこの町の伝統産業といえます。

カウボーイ文化に象徴される放牧業は今も盛んであり、アマリロにはカウボーイやテキサスの文化を伝えるイベントや施設がります。9月第3週の間、市内にあるアマリロ・シビックセンターではトライ・ステート・フェア・アンド・ロデオ(Tri-State Fair & Rodeo)という、ロデオが売りのイベントも開催されます。

同市に本部を置く現役牧場カウボーイ協会(Working Ranch Cowboys Association)の後援の下に行われるにロデオ世界選手権であり、1921年から続いているという伝統あるイベントです。この催しにはテキサス・オクラホマ・ニューメキシコの3州から多数の参加者が集うといい、アメリカでも最大規模のカウボーイイベントです。

なお、アマリロでは、牛ばかりではなく、競走馬の育成もさかんです。アマリロ・シビックセンターには、隣接してアマリロ・ナショナル・センターという2000年に建設された大きなイベント会場があり、ここでは乗馬コンテストが行われます。

また、アマリロにはアメリカン・クォーター・ホース協会(AQHA)が本部を置いており、この協会は競走馬の種の保存、改良、および記録保持に尽力している世界的にも有名な国際的な機関であり、競走馬の博物館もあります。

合衆国の州の中で最大の農場数と最高の農場面積を持っているアマリロは、アメリカの畜産の中心地でもあります。家畜生産量でも国内で最大級であり、同州における農業においては、牛が最も収益を上げる生産物です。

毎週火曜日には歴史あるアマリロ家畜取引所が肉牛のオークションが行われます。州間高速道路I-40沿いにはビッグ・テキサン・ステーキ・ラーンチ(The Big Texan Steak Ranch)と言うステーキレストランがあるそうです。

モーテルも有するこのレストランは1960年に国道66号線沿いに建てられ、「1時間以内に食べきると無料」という約2kg(72オンス)の「テキサス・サイズ」のステーキで創業以来有名です。

地元の人による牛肉の消費が盛んであり、ステーキ、バーベキュー、ビーフジャーキーなどの人気は高く、あちこちにこれらを食する店があるようです。牛肉が好きな人はぜひ訪れてみてはどうでしょうか。

Amarillo_Texas_Big_Texan_Steak2_2005-05-29
ビッグ・テキサン・ステーキ・ラーンチ