現在、ニューヨーク市の完成したビルとして、一番高い建造物は、ミッドタウンに位置し、1931年に完成したエンパイア・ステート・ビルディングです。このビルは、完成当時102階建て381メートルでしたが、その後、1950年代に付け加えられた上部付属施設である電波塔67.7mを加えて地上高は443.2mになりました。
冒頭の写真は、写真右手に針のような尖塔を持つクライスラービルを俯瞰するような形で撮影されており、かつ年代が1930年頃、とされています。この年代にはクライスラービルを超える高さのビルは、エンパイア・ステート・ビル以外にはなく、このことから、写真に写っている職人がいる位置は、このビルの一番上あたりと推定されます。
上述の電波塔が取り付けられる前に最頂上部で撮影されたものと思われますが、いやはやそれにしてもすごい光景です。一見命綱もつけていないように見え、高所恐怖症の筆者などは写真を見るだけでも足がすくんでしまいそうです。
エンパイア・ステート・ビルは、現在、アメリカ国内では2番目に高く、1番目は再建され、541mの高さを誇る新世界貿易センタービルで、3番目は、尖塔も含めて366メートルの高さがあり、2008年に完成したバンク・オブ・アメリカ・タワーであり、いずれもニューヨークにあります。
1972年に建設された旧世界貿易センタービル(ワールド・トレード・センタービル)は、110階建てで、417メートルと415メートルのこの2つのタワーは、当時、世界で1番目と2番目に高いタワーでした。
その後、ご存知のとおり、2001年のアメリカ同時多発テロで崩壊しました。従って、このビルが崩壊した時点では、エンパイア・ステート・ビルディングは、再びニューヨーク市で一番高い建造物となっていました。
しかし、2012年4月30日には、その後建設された新しい世界貿易センターが、387.4メートルに達し、エンパイア・ステート・ビルディングの高さを抜いて、ふたたび一位の座に返り咲きました。
上の写真は現在のものですが、冒頭の写真とも比べてもわかるように、ほぼ同じ立ち位置のように思われ、おそらくはこれもエンパイア・ステートビルから撮影したものでしょう。
そして、写真左手奥にあるクライスラービルは、高さ319メートルであり、2008年に完成た上述のバンク・オブ・アメリカ・タワー366メートルにも抜かれ、現在はアメリカ国内で4番目にまで順位を落としています。しかし、1931年にエンパイア・ステート・ビルディングが完成するまで、世界一高いビルでした。
もともとは自動車メーカーのために建てられたことから、各所に自動車をモチーフとした装飾が施されており、その建設費はすべてクライスラー社の社主、ウォルター・クライスラー個人の資産で支払われました。
「クライスラー」の名が付けられているとおり、完成した1930年から1950年代半ばまでクライスラー社の本社が所在していましたが、現在はクライスラーの手を離れており、ドイツの投資会社とアメリカの不動産会社、保険会社が所有しています。
このクライスラービルは高さ世界一の超高層ビルを目指して1928年9月19日に着工しました。当時、ニューヨーク市内では高さ世界一を狙う超高層ビルの建設競争ブームの真っただ中でした。
この建設は、特にウォール街のウォールタワーと世界一の高さを競っていたもので、このクライスラービルの建築も当時としては猛烈なピッチで進められました。平均して一週間で4階分の高さを増していくというペースにも関わらず、この建設工事中に死亡した作業員はいなかったといいます。
当初の計画では246メートルでしたが、ライバルのウォールタワーは高さ260メートルの計画で建設を進めていたため、世界一を目指すウォルター・クライスラーの意向を受けて282メートルへと設計変更されました。
ところがこれを伝え聞いたウォールタワーはさらに急遽計画を変更し、1930年4月に高さ283メートルで完成しました。この時点ではいまだ竣工前の282mのクライスラービルをわずかに上回り世界一のビルとなりました。
ところが、ウォールタワーの直前の設計変更を聞いていたクライスラービルの設計者ウィリアム・ヴァン・アレンは、ウォルター・クライスラーの許可を得て、ビルの上に追加する38メートルの尖塔の製造を秘密裏に開始していました。
この尖塔は4つのパーツに分けてビル内部で製造され、1930年5月、この38 m分の尖塔を追加し319mとなり、クライスラービルは完成しました。こうしてついにウォールタワーを上回り、世界一高いビルの座につくことができたわけです。
ところが、一喜一憂ですぐさま、翌年の1931年にはエンパイア・ステート・ビルが完成し、クライスラー・ビルはその世界一の座を明け渡すことになります。
このエンパイア・ステート・ビルビルの工事もまた、クライスラービルから「世界一の高さのビル」の称号を奪うために急ピッチで行われて竣工しましたが、建築競争のためだけに造られたようなところがあり、このため運用計画はまるでずさんで、世界恐慌の影響もあり、そのオフィス部分は1940年代まで多くが空室のままであったといいます。
そのため、「エンパイア」にひっかけて、「空っぽの」意味である「エンプティー・ステート・ビルディングと揶揄されることもあったようです。しかし、戦後は多くの人々が訪れる観光名所となり、1972年に上述のワールドトレードセンターのノースタワーが竣工するまでの42年間、世界一の高さを誇るビルとなっていました。
完成して55年が経った1986年には、アメリカ合衆国国定歴史建造物に指定されるなど、ニューヨークのシンボルの一つとして認知されています。
片や、1930年代にエンパイア・ステート・ビルと高さを競ったクライスラービルもまた、アメリカの1920年代の繁栄の歴史を物語るニューヨークの摩天楼の中の傑作として現在にまで受け継がれています。
こうしたニューヨーク市の超高層ビルの歴史は、1890年に106メートルの高さで建設されたニューヨークワールドビルの完成から始まり、このビルは、ニューヨーク市最初の高層建築ではありませんでしたが、それまで高かったトリニティ教会の尖塔の高さ、87メートルを超えた最初の建造物でした。
その後、ニューヨーク市の高層ビルは、急激に発展し、1890年以来、市内に建つ11のビルが、世界記録を保持し続けました。上でも述べたとおり、1910年代初めから30年代初めまで、ニューヨークは高層ビルの建築ラッシュとなり、現在のニューヨークで最も高い82のビルのうち、16のビルはこの時代に建造されています。
その後、2番目の建築ラッシュは、1960年頃始まり、このとき以来、ニューヨーク市には、ワールド・トレード・センタービルを含む、70もの600フィート(183メートル)を超える建築物が建てられました。
その後も新たな建設が続いており、2003年以後ニューヨーク市には、高さ600フィート以上の建築物が、少なくとも12も誕生しました。この中には無論、2006年に完成した741フィート(226メートル)の新世界貿易ビルこと、7 ワールドトレードセンター・ビルも含まれています。
さらに、ニューヨーク市では、340近い高層ビルの建築計画があるといい、世界一の高さ競争こそは中東諸国のビルには負けつつあるものの、ビル群としての威容は今後も世界一であり続けるでしょう。
日本の東京も見習いたいところですが、地震などの災害に見舞われる可能性のあるこの街はおそらく永遠にニューヨークに追いつけないでしょう。
が、ここには世界一の電波塔、スカイツリーがあります。いずれその座を奪われる日がくるやもしれませんが、末永くその地位を守り続けることを祈りましょう。