修善寺に住むようになって、そろそろ10年になります。
温泉街を中心にいつも観光客でにぎわっていますが、田舎といえば田舎です。
しかし、すぐ近くに設備の整った病院や市役所があり、また大きなショッピングモールや飲食店もそれなりにあって、生活するにあたっては至極便利なところです。
ただ、やはり郊外に出ればそのほとんどが田畑か林野です。住宅もまばらで、夜間の交通量も少ないため灯りは多くありません。
とはいえ、夜に外出することはほとんどないので特に不便も感じません。かえって、光害が少ないので、星が良く見えるというメリットがあります。庭先に出ると、晴れた日には満天の星が輝きいています。さすがに天の川を見ることはできませんが、車で20分ほども走って山岳部まで行くと、なんとか目視することができます。
天の川は、英語では“Milky Way”といいます。由来はあるギリシャ神話で、その中でこの白い流れを乳とみなしました。
それは最高位の女神のヘラにまつわる話です。彼女の母乳は飲んだ人間の肉体を不死身に変える力があり、息子であるヘラクレスもこれを飲んだために驚異的な怪力を発揮できるようになりました。
しかし、ヘラクレスの母乳を吸う力があまりにも強かったためヘラは我が子を突き飛ばし、その際に飛び散った母乳が天の川になったと言い伝えられています。
対して東アジアの神話の多くではこの光の帯を川と見立てました。中国・日本など東アジア地域に伝わる七夕伝説では、織女星と牽牛星を隔てて会えなくしている川が天の川です。互いに恋しあっていた二人は天帝に見咎められ、年に一度、七月七日の日のみ、天の川を渡って会うことになりました。
しかし天の川は乳でもなく川でもありません。その実体は膨大な数の恒星の集団であることを知っている人も多いことでしょう。しかし、それが我々が住まう「太陽系」を含めた姿である、ということを知っている人は意外と少ないかもしれません。
地球を含めた惑星群からなるこの太陽系は、数ある銀河のひとつである「天の川銀河」の中にあります。我々はこの銀河を内側から見ているために、この星の集団が帯として見えます。また、天の川のあちこちに中州のように暗い部分があるのは、星がないのではなく、暗黒星雲があって、その向こうの星を隠しているためです。
その中心はというと黄道十二星座のひとつである射手座の方向にあります。銀河系の中心であるため、恒星の密度はこの付近が最も高くなっており、天体望遠鏡で観測すると多くの星雲や星団を視認できます。射手座は夏の星座ですから、夏の夜空を見上げると、天の川のこの部分がとくに濃く見えることがわかるはずです。
ただ、日本では光害のためにほとんどの地域で天の川を見ることはできず、日本人の70%は天の川を見る事ができないといわれています。
どうしても天の川を見たければできるだけ僻地に行くしかありません。あるいは日本を離れて人口の少ない場所へいけば、さらにきれいな天の川を見ることができます。
高い山の上か海の上が理想ですが、砂漠地帯もいいでしょう。日本からも比較的アクセスしやすいオーストラリアの砂漠では光害もなく、夜空の透明度が高いので、天の川の光で地面に自分の影ができるほどだといいます。
ちなみに、地球上の物体に影を生じさせる天体は、この天の川以外では、太陽、月、金星、だけです。このほか稀に地球を訪れる流星の中でも、火球と言われるような明るいものであれば影ができるといいます。
このほか、日食や月食も天体が作り出した影です。日食は、地球の周囲を回っている月が地球と太陽の間に来て、その影が地球上に落ちることによる現象です。我々は、地球に落ちる巨大な月の影の中に入ってこれが太陽を隠すのを見ています。
一方、月食は、地球が太陽と月の間に入り、地球の影が月にかかることによって月が欠けて見える現象であり、月面に映る地球の影を観察しているということになります。
では、この“影”とはそもそも何でしょう。それは言うもでもなく物体によって光が遮られた結果できるものです。大きさや形は影ができる面の角度に応じて異なり、歪んだ像となって見えることもあります。変幻自在のこの影は比喩的な意味でも使われることも多く、文学や心理学の概念としても使用されてきました。
視覚を感覚の中心としている我々人間にとっては、光があってものが見える場合、必ずそこには影があります。また、影は常にそれができる原因となる遮蔽物と対となって存在します。「影の中に入る」ということは、光から遠ざかることを意味しており、このため日常世界から何がしかの距離を置くことを影に例えることもあります。
古代ギリシア語で心や魂を意味する「プシューケー」には、魂の影もしくは人の影という意味があります。「魂の影」が何を意味するかについては色々な解釈がありますが、これを「幽霊」と同一視する向きもあります。
同じ古代ギリシアの哲学者プラトンは、我々の見ている現象世界は、本当の世界の影にすぎない、という意味のことを言っています。影は原像の姿に似た形を持っていますが、原像そのものではありません。しかし、プラトンは我々が住む世界こそが影であり、目で見て把握できない世界は別にあって、それこそが本当の世界だと主張しました。
こうした実像の仮像こそが本物だ、いやその逆だといった宗教的・文化的議論はこれまでにもよくなされ、これによって多くの影に関する神話や暗喩が生まれました。
そうした中から光に対しては闇があるならば光の世界に対しては闇の世界があるといった考え方が出てきましたが、その延長として、光が生命の躍動に満ちた生であり存在なら、闇は死であり無である、といったやや飛躍した考え方が生まれました。
影は、夢や想像に現れる死者などをイメージさせます。このため影の世界に棲む存在を「亡霊」と呼び、時にはその世界を「あの世」あるいは「冥府」と呼んだりするようにもなりました。
また、生きている人間に宿る魂に付随する第二の魂がこの闇の中に棲んでいるという見方も生まれました。人間が持つ魂には表と裏がある、と言う考え方です。
自分自身の姿を客観的に見ることを「自己視」といいます。自己の内面を見つめ、そのことによって自己を人間としてより高い段階へ上昇させようとする行為です。より高い能力、より大きい成功、より充実した生き方、より優れた人格などの獲得を目指すものであって、時に自己啓発と呼ばれたりもします。
この自己視によって、人は真の自分=裏側に隠された自分を見ることができるとされます。ところがその過程で、鏡に映る自分ではなくそこから抜け出した自分とそっくりの姿をした分身を見てしまう場合があるといいます。
つまり自分の影を見ているのであって、こうした現象をドッペルゲンガーといいます。古くから神話・伝説・迷信などで語られてきました。肉体から霊魂が分離・実体化したものとされ、この影は時には第2の自我を持つ場合すらあるといいます。
古代ギリシャの哲学者ピタゴラスは、同日同時刻に遠く離れた別の場所で大勢の人々に目撃されたと言い伝えられています。また、アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーン、帝政ロシア皇帝のエカテリーナ2世、日本の芥川龍之介などの著名人もまた自身のドッペルゲンガーを見た経験を語っています。
医学的には“autoscopy”という名前が付けられており、日本語で「自己像幻視」と呼ばれています。現れる自己像は自分の姿勢や動きを真似することもあるそうです、また普通は、独自のアイデンティティや意図は持ちませんが、自己像と相互交流、つまり対話したりする症例も報告されています。
こうした症状はたいていは短時間で消えますが、人によっては常態化します。このことから、統合失調症と関係している可能性があるといわれています。周りに誰もいないのに命令する声や悪口が聞こえたり(幻聴)、ないはずのものが見えたり(幻視)して、それを現実的な感覚として知覚する病気です。
脳腫瘍ができた患者が自己像幻視を見るケースも報告されています。脳の側頭葉と頭頂葉の境界領域の機能が損なわれると、自己の肉体の認識上の感覚を失い、あたかも肉体とは別の「もう一人の自分」が存在するかのように錯覚することがあるそうです。
しかし、こうした科学的解釈で説明のつかないドッペルゲンガー現象も多数あるようで、上のピタゴラスの例以外では、19世紀のフランス人でエミリー・サジェという女性の例があります。この人は同時に40人以上もの人々によって繰り返し目撃されたそうです。
こうした自分の影を見るというドッペルゲンガー現象は死と結びつけられ、自分自身で自分の影を見るということは「死の前兆」であるとされてきました。
「影の病」「離魂病」とも言われ、ドッペルゲンガーを見ると本人が死ぬだけでなく、その影を見た人も死ぬ、といったことまで言われるようになりました。実際、リンカーン大統領は暗殺されていますし、芥川龍之介以も自殺しています。またピタゴラスも最後は暴徒に襲われて非業の死を遂げています。
しかし、エカテリーナ2世は晩年まで大過なく暮らし、ロシア革命が勃発する前に67歳で病死しています。ドッペルゲンガーを見たからといって実際に当の本人が死んだりそれを見た人が死んだという事例も実際にはあまり多くないようです。
ただ、こうした死の前兆とされるドッペルゲンガー現象は小説家にとっては魅力的な題材となってきました。18世紀末から20世紀にかけて流行した幻想小説作家たちは、好んでこの現象を取り上げ、影は「自己の罪悪感」を投影するものだとして、数多くの作品が生まれています。
例えば、エドガー・アラン・ポーがドッペルゲンガーを主題にした怪奇譚「ウィリアム・ウィルソン(1839年)」は、ポー自身が幼少期を過ごしたロンドンの寄宿学校が舞台になっています。
ここに通う主人公の学生「ウィリアム・ウィルソン」が、突如としてそこに現れた同性同名の自分の分身に振り回されるようになり、最後には自分で自分を殺してしまう、という話です。この第二の自己は主人公を付け回しながら、次第に狂気へといざなっていきますが、実はこの影は主人公の希望を具現化したものでもあった、というのがオチです。
「ウィルソン」は英語で“Wilson”であり、書き下すと“Will son”になります。これを根拠に、この物語で登場する第二の自己は主人公の良心の具現化であるという人もいます。息子(son)は自分自身であり、つまり主人公は穢れのない少年の心を持った生き写しとともに生きることを望んで(Will)いたという解釈です。
こうした自分自身の影をテーマを扱った話は日本にもあります。戦国時代の武将の中には実際に「影武者」を持っていた人物もいるということですが、これを題材にした一つの例が黒澤明の「影武者(1980年)」です。
武田信玄に瓜二つだった盗人の男が、あるとき信玄に助けられたことなどを信義に感じて影武者になることを申し出ます。最後には正体がばれてお役御免となりますが、その後なおも信玄への忠義を守り、長篠の戦いでは小兵として参加します。
槍を拾い上げ、ひとり敵へと突進する中、最後は致命傷を負いますが、喉を潤すべく河に辿り着いたとき、河底に沈む風林火山の御旗を見つけます。その御旗に駆け寄ろうとしますが、そこで力尽きて斃れ、その屍は河に流されていく…というストーリーです。
物語の前半、数々の戦で100万人を殺したとされる武田信玄の影武者となったこの男は、合戦で戦死する兵士や自分の盾となり犠牲になった家来などを目の前にして傷つきます。
その体験を通じて「大悪党」である信玄がいかに苦悩してきたかを悟りますが、その過程で自分も成長し、最後には自分を育ててくれた信玄に殉じて死んでいくという内容であり、「影の魂の成長話」と捉えることもできます。
一方、隆慶一郎の「影武者徳川家康」では、影の方が実像の家康よりも生き生きとして才知に満ちている、といった設定になっています。関ヶ原緒戦で暗殺された家康本人に代わって、影武者となった男が自由な世の中を作るべく、駿府政権の長として大御所政治を推進し、最後は二代将軍の秀忠と戦う、という内容です。
この話では、家康に瓜二つであるだけでなく、知識からものの考え方までもそっくりの主人公の心の内が細かく描かれています。自我と無意識、つまり自分自身と影のあいだの調整を取りつつ生き方を模索し、「道々の者」として自由な世の中を作ろうとするその姿は家康本人を彷彿とさせます。
影が人間にとっていかに重要な存在かということは、ドイツの作家、アーデルベルト・フォン・シャミッソーの「影をなくした男」の物語にも示されています。少し詳しく書いてみましょう。
貧困に悩む主人公ペーター・シュレミールは、金策のためにとある富豪の屋敷を訪れ、そこで灰色の服を着た奇妙な男を目にします。男は上着のポケットから望遠鏡や絨毯、果ては馬を三頭も取り出して見せ、これを見たシュレミールは驚嘆します。しかし、周囲の人々はなぜかそれを見ても気にも留めない風でした。
そのうち男がシュレミールのもとにやってきて、あなたの影が気に入ったので是非いただきたい、と申し出ます。彼は躊躇しますが、「では、望みのままに金貨を引き出せる幸運の金袋はどうでしょう」と男が提示したことから、一年だけ、という期限を設けて自分の影を引き渡してしまいます。
こうして金には困らなくなったシュレミールでしたが、しかし影がないために道行く人という人にから非難を受けるなど、影のない人生が思ったより幸福でないことに気がつき始めます。
男と取引してしまったことを後悔し始めた彼は、召使を雇って灰色の男を何とか探そうとしますが見つけることができず、やがて人に影がないことを知られないように引きこもるようになります。
ある町の温泉街で隠れるようにして日々を過ごすようになりますが、ある時この街に住むミーナという女性に一目惚れします。この恋は成就し、影がないことをうまく隠し通しながら彼女と逢瀬を続けます。
しかし、いざ結婚の申し込みをしようというときになって、召使いの一人の告げ口によって影がないことがばれてしまいます。しかも、こともあろうにミーナはこの裏切り者の召使と駆け落ちしてしまいました。
ちょうどそのころ約束の1年が過ぎました。目の前に現れた例の灰色の男を見たシュレミールは、ここぞとばかりに影を返してくれと頼みます。しかし、男はこれを拒み、影を返して欲しいなら、シュレミールが死んだあとにその魂を引き渡せと要求します。手品師のふりをしていた男は実は悪魔だったのでした。
彼は悩みますが、逡巡したのちにこれを拒みます。灰色の男を振り切り、こうしてシュレミールは幸運の金袋も財産もすべて捨てて独り放浪の旅に出ます。そんな中、ちょうど靴を履きつぶしてしまったことから、なけなしの金で古靴を購入します。すると、この靴はなんと一歩で七里を歩くことができる魔法の靴でした。
シュレミールはこの靴を利用して世界中を飛び回り、「自然研究家」として新たな人生を歩むことを決意する、というところで話は終わります。
この物語は主人公ペーター・シュレミールが友人であるシャミッソーという男に当てて自分の半生を記すという形をとっています。この人物は同姓の原作者そのものであって、実際のシャミッソーも自然研究家を目指していました。そして物語の主人公のシュレミールはその「影」ということになります。
作品の合間にときおり、このシャミッソーへの呼びかけが差し挟まれているのは、筆者であるシャミッソーの自分への問いかけでもあります。物語の最後の部分も、自然研究家として充実した人生を送っていく決意を、影である主人公が直接シャミッソーに言葉で伝える、という形で終わっています。
シュレミールは、無尽蔵に金貨が手に入るという魔法の誘惑に負けて、悪魔に自分の影を売り渡してしまいましたが、富を手に入れたのち、「影」がいかに重要なものだったのかを悟ります。著者は、自分自身の影がいかに自我に影響を与え、かつその存在を支えてきたかをこの物語で伝えたかったのでしょう。
このように、影を題材にした物語には、影と人の生きざまを関連付けるものが多くなっています。多くの宗教で、人の生死には肉体的な意味の生死だけでなく、精神的な意味の生死がある、としています。人の発達と成長は、精神的に未熟な自己、つまり影の部分の死によってこそ得られ、そうした経験を経てこそ新しい自己が生まれます。
心理学者のカール・グスタフ・ユングもまた「影は、その人の意識が抑圧したり十分に発達していない領域を代表するが、また未来の発展可能性も示唆する」と書いています。自らの未熟な部分こそが影として現れてくるのであって、その存在を意識することがより良い未来を見つけるヒントだと言っているのです。
また「影は、その人の生きられなかった反面をイメージ化する力である」とも書き残しています。人生においてはうまくいかないことが多々ありますが、それを否定することがその人の人生に影を落とします。うまくいかなかった理由を深く分析し、それを反面教師として学ぶことによって自分を成長させることができるのです。
影を無意識の世界に追いやるのではなく、むしろそれとしっかり向き合いましょう。影は自分自身の否定的側面、欠如側面ではありますが、自己の形成においては不可欠なものです。
自分の欠点が何であるか、どこにそれが形成された原因があったかをよく考えてみましょう。そうすれば、必ずその欠点を長所に変えるヒントが見つかるはずです。そしてその発見こそが影を自我に統合するということに繋がります。それによってさらに自我を発達させることができ、ひいては自己実現のための道が開けます。
この年末年始には、少し時間的に余裕のあると言う人も多いでしょう。ゆったりとした気分になって、いま一度自分の影の部分を見つめてみてはいかがでしょうか。