わたしのいまは左利き

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前回のブログで少し触れたとおり、およそ2週間、約半月にわたって、手術入院しておりました。

原因は右手の骨折です。

「舟状骨」といい、手の関節8つある「手根骨」という骨の1つで母指(親指)側にあり、手根骨の中でも重要なものの1つです。船底のように彎曲をしており、船のような恰好の骨ということで舟状骨と言います。

舟状骨は、母指の列にあるため他の指の列とは45度傾いて存在します。そのため、通常のX線(レントゲン)写真の撮り方では骨折箇所が見えにくく、見逃されてしまうこともあります。事実、私の場合も、初診ではただの脱臼と判断され、整形外科では対処の余地なしと判断されました。

それなら整骨院でみてもらおうとしたところ、病院での診断書が必要といわれ、再度同じ病院を受診したところ、たまたま手が専門の先生がおられ、骨折と告げられました。

舟状骨の骨折は、放置すると偽関節になりやすいのだとか。偽関節とは、骨折した骨がつかず、関節のように動くものをいいます。私の場合もここの部分がぶらぶらした状態で痛みを伴うので、いったいなんだろうと思っていました。

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https://www.joa.or.jp/public/sick/condition/scaphoid_fracture.html
公益社団法人日本整形外科学会HPより

スポーツや交通事故などで手首を背屈して手をついたときによく起こるといいい、私の場合、いつの日だか野外で樹木の伐採をしていたとき、切り株につまづいて右手をひどく地面に突いたような記憶があります。

数か月前のことだったようですが、そのときは骨折しているとは思わず、捻挫したと思ったまま放置したため、偽関節になってしまったようです。

急性期では、手首の母指側が腫れ、痛みがある、といいますが、あまりその記憶もありません。急性期を過ぎると一時軽快しますが、放置して骨折部がつかずに偽関節になると、手首の関節の変形が進行し、手首に痛みが生じて、力が入らなくなり、また動きにくくなっていくといいます。

なので、みつかったのは手が動かなくなる直前で、もしかしたらこのあとさらに手が不自由になっていくタイミングだったかもしれません。

初期には普通のX線写真でも発見されにくいことが多く、これが偽関節になる原因の1つです。私の場合、さいわいにも発見され、CTやMRIをとってさらに詳しい検査をしたところ、骨折部分の壊死もなく、手術をすれば完治する、という判断がなされました。

ただ、舟状骨は血行が悪いため、非常に治りにくい骨折の1つです。早期に発見された場合、ギプス固定で治療することになりますが、この固定は長期になることが多いため、最近では特殊なネジによる固定を行って治療期間を短縮することが積極的に行われており、私の場合もそれです。

折れてしまった部分は削除することになりますが、それでは短くなってしまうので、自分の腰骨を削って移植する「骨移植」が必要といわれました。単に手だけの手術かとおもっていたら、だんだんと大がかりになってくるのをみて、あー、これはこういう機会に自分の体のメンテナンスをしろ、というメッセージなのだと思ってあきらめました。

骨移植に使用する骨は、亡くなられたドナー、または組織バンクで無菌化・保管されている提供者の体から利用される場合もありますが、患者自身の骨、または人工の骨が利用される場合のほうが多いようです。骨移植によって、新しい生きた骨が成長する骨格ができますが、「自家骨移植」の場合、患者自身の内部の骨から作られた移植片を使いますから、くっつきやすく、合併症などが起こりにくいといわれます。

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手術は全身麻酔で行われます。麻酔の状態と患者の回復は、麻酔科医によってモニタリングされます。次に執刀医が、骨移植が必要な部位の皮膚を切開します。その後、移植する骨を移植部位にあわせて整形します。ピンやプレート、ねじなどを使用して、移植する骨が固定されます。移植骨がしっかり固定されたら、切開部は縫合で閉じられ、包帯で傷口が覆われます。

と、いえば簡単に聞こえますが、私の場合、偽関節部分を削ってフレッシュ化した部分に腰骨からとった移植骨をあて嵌め、固定する作業にかなり手間取ったそうです。通常のピンだけでは足りず、もう一本固定のためのワイヤーが必要になったとのことで、通常なら2~3時間で終わる手術が4時間もかかりました。

手術後の一夜は経過観察室で過ごしましたが、翌日には大部屋に移り、傷が治癒するまでおよそ2週間の入院を余儀なくされました。骨移植からの回復は、移植の規模やそのほかの条件によって決まります。通常、回復には2週間から3ヶ月を要します。この間、右手はギブスで固定されていますが、2週間後にいったん抜糸のためにギブスを外します。

抜糸後あらためて新しいギブスをはめ、退院しましたが、ギブスが完全にとれるまでにはさらに4週間かかるそうで、さらに最大半年間、激しい運動を避ける必要がある、と医者先生にはいわれました。

回復を待つ間、手術を行っていない部位の筋肉を運動させることで、体を良好に保つことができます。また回復プロセスを促すために、健康的な食事を心がけることが必要とされますが、いかんせん、手術したのが利き手の右手だったために、現在は食事をはじめとして多くの日常的作業を左手で行う、ということになっています。

いわば、にわか左利きであり、いまのわたしは「左ギッチョ」です。

この何気なく使っている「ギッチョ」ということばですが、調べてみると「毬杖(ぎっちょう)」からきています。これは、先端に槌がついた木製の杖を振るい、木製の毬を相手陣に打ち込む、平安時代の童子の遊びが起源です。左利きの人が毬杖を左手に持ったことから、ひだりぎっちょう、左ギッチョといわれるようになった、といわれているようです。

毬杖はその後形骸化し、江戸時代頃までは正月儀式として残っていましたが、無論現在はほとんど行われていません。

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英語では「サウスポー(southpaw)」です。野球やボクシングなどスポーツ競技の左利き選手や、楽器などの左利き演奏者のことをさします。英語でサウス(south)は南を、ポー(paw)は動物の前足を意味します。

その昔、野球場は、午後の日差しが観戦の妨げにならぬよう、バッターからピッチャーを向く方向がやや東向きになるよう設計されるのが一般的でした。このため、右投手が投げる球はほぼ北側から飛んでくることになりますが、左投手の投げる球は南側に近い方角から飛んでくることになります。

投手のその手を動物の前足に例えたことから、南(south)から左手(paw)で玉を投げる投手のことをサウスポーと呼ぶようになったようです。

が、アメリカ南部出身のピッチャーに左腕投手が多かったためサウスポーと呼ばれ始めたという説もあるようです。200年以上も歴史があるといわれる野球のことであり、そのはじめのころに使われるようになった用語のようですから、どちらがほんとうなのかよくわかりませんが。

それはともかく、野球では左利きの人は重宝がられます。スポーツにおいては、左利きであることが有利に働く場合が多く、野球だけでなく、ボクシング、相撲、柔道など直接人と勝負するスポーツや一対一で必ず対戦するようなスポーツにおいては左利きであることが有利に作用します。

これは、右利きと左利きの人口比から左利きが右利きと対戦する機会が多いのに対して右利きは左利きと対戦する機会が少ないからです。右利きにとっては慣れないフォームの相手と戦う不利に加え、左利きが逆方向・逆回転の攻撃をしてきます。このため、多くのスポーツで左利きを利点として戦う選手がトップクラスにいます。

一対一競技だけでなく、サッカーやアイスホッケーといった相手側と対称のコートで行う団体球技の場合、右側には右利きの選手、左側には左利きの選手を配置するのが有利であるとされるようです。

統計では成人人口の8%から15%が左利きであり、また、わずかながら女性よりも男性の方が左利きが多いという統計結果もあります。この割合は古今東西を問わずほぼ一定だといいます。

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左利きは全ての動作を左手で行うと思われがちですが、文字を書くのは右でも、ボールを投げたりするのは左を使うなど、動作によって使う手が異なる場合もあるため、実際には右手で行う動作をすべて左手で行う「完全な左利き」は少ないそうです。

古代の壁画や石像を見ても右利きの方が圧倒的に多かったことが確認されており、このため左利きが生まれるのは文化・教育・食事など後天的要因によるものではないことが分かっています。しかし、なぜ左利きが少数なのか、なぜ10%前後で変動がないのかについては、これほど科学技術や医学が発達した現在でもはっきりとした理由が分かっていません。

左利きが発生する要因とされている説のなかには「自然選択説」があります。これは、人類の長い「戦い」の歴史の中で、左利きの戦士は左手に剣を持ち右手に盾を持って戦うため、心臓を危険にさらし致命傷を負う確率が高くなり、従って右利きの人間より生き残る率が低くなった、という説です。

しかしこの説では、利き腕が遺伝することを前提としていますが、利き腕に関わる遺伝子の存在は確認されていません。また盾を使ったとされる年代や地域は限定されるほか、盾がまだない石器時代から左利きが少数であったこと、盾が廃れた近代になっても左利きが増えないことなどを説明できません。

このほか、DNAや染色体異常などの突然変異により左利きが生まれるとする「突然変異説」もありましたが、右利きと左利きでDNAや染色体に変化がないことは証明されています。

また、左利きが生まれることによって、人間は生物の「種」として多用化することになり、未知の環境変化対して「種の自己防衛」になる、という説もあります。が、利き腕の差異があるだけで、はたして種が守れるのか、という点において議論が分かれるようです。

このほかにもいろいろ説がある中で、もっともらしいのが「脳の半球説」です。ご存知の通り、脳の右側は左半身を、左側は右半身を制御していますが、脳の左側は人間が持つ特有の能力「言語」も制御しています。このため、脳の左側が制御する右半身の方が発達しやすくなる、という説です。

他の霊長類のなかには人間のような話し言葉を使うものはおらず、利き腕の偏りが見られないこともこの説を後押ししています。また、90%前後の右利きの人は言語を制御するのに脳の左半球を使っていますが、左利きの人は左半球の場合と右半球の場合があり可変であることが多いといいます。

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左利きの人が脳卒中の発作に見舞われた場合、右利きの脳卒中患者よりも復帰が早いそうで、左利きの人のほうが左右の脳を有効に使っている可能性があります。

この説を裏付けるため、右利きの脳と左利きの脳の基本的な違いを脳スキャンで確認するいくつかの研究が行われています。その結果、通常の脳の特定部位が各作業に使われている状態で、右利きの人の脳は非常に集中的に使われていましたが、こうした集中化は左利きの人の脳ではあまりみられなかったといいます。

このことから、左利きの人の脳は、脳の各所に機能を分散する度合いのほうが高く、一点に集中させる度合いが低いらしい、ということがわかっています。

これに関連してか、利き腕と脳についてよく言われる説で右利きは理論に優れ、左利きは芸術など感性に優れるとよくいわれます。

前述のとおり人間の左脳は言語野など理論的なものがあります。対して、右脳には感性を司る部位があります。利き腕と脳はクロスした太いつながりがあることが考えられ、左利きの人は、感性が優れているのかもしれません。もっとも、左利きの人は理論的ではない、ということもなさそうですが。

ちなみに、人の言葉を巧みに真似することのできるオウムの90%は、左足利きだそうです。このことからも、ことばを操るということと、脳の働きには何等かの関係がある可能性がうかがわれます。

2004年、英ベルファストのクイーンズ大学博士・ピーター・ホッパーが行った研究によると、人間が右利きになるか左利きになるかは妊娠10週間目の頃に決定しているとされ、これは新発見である、といわれました。

ホッパー教授が、妊娠中の女性1000人に超音波走査を実施した結果、例えば10週間目から12週間目の頃に胎児が左手の親指よりも右手の親指を頻繁に吸っていた場合、子供はほぼ確実に右利きとして生まれてくるという関係性が明らかになったといいます。

スピリチュアル的には、ちょうどこうした胎児の発生の時期、生まれ変わる魂は地上にいる父母を選んでその胎児の中に「滑り込んでくる」といい、この時点で親子関係が決まるといいます。同時に、その後この世に生を受けて一生を送る間の利き腕についての選択肢もこの時期に与えられるのかもしれません。

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しかし、右利きの多い中、左利きで生まれてくるということは、多くの試練にさらされることになります。道具や機械、楽器など、世の中の製品のほとんどは、右利き用に設計されている、といってよく、これは左利きにとって不便なだけでなく、生きていく上においては危険性が高くなる、といってもよいかもしれません。

また一般に左利き用の製品は右利き用に比べ割高であり、生涯にわたって経済的負担を強いられる、ということもあるしょう。

個人差は多く見られますが、大人になるほど利き手の変更は困難です。このため、こうしたビハインドを補うため、日本を始めとする世界の多くの国で、「利き手の変更」を行なわせようとすることが多いようです。

幼少時に周囲の人物が、箸や鉛筆を右手で使うように強いるわけですが、しかしこの「矯正」は本人が望んだものではありません。「矯正」の指導をする親が激しく叱ることも多く、このため、うまく腕を動かせないストレスが加わるなど、心理的な悪影響が少なくないようです。

洋の東西を問わず、かつては左利きを身体障害者と考える人・地域は多く、さらには知的障害の一種のように扱われることもありました。西欧では20世紀前半までは、利き手の矯正はかなり高い比率で行われており、時には厳しい体罰を伴ってでも矯正されていました。

近年、左利きは障害ではないことが広く知れ渡ると同時に個性のひとつとして考えられるようになったため、矯正する親の割合は減ってきました。しかし、現在においても文字筆記上の不便さから学校受験などで不利になると考え、また生活上の不便を考えて、子供に矯正を促す親も多いようです。

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一方では、上の「脳の半球説」を信じ、我が子をクリエイティブな能力のある子供に育てようと、右利きの子供をわざわざ左利きにしようとする一部の親もいます。その効果?のほどはよくわかっていませんが、「変更しようとする」ということは、つまりその子は既に右を多用しているわけです。

心身共に著しい成長を遂げつつあるこうした幼少期に、強い影響力をもって親がその成長に関与することがはたしてその子にとって良いのかどうか、いずれどういう影響を与えることになるのか、という面を理解した上で矯正にのぞんでいるのでしょうか。

ただ、子供のころからそうした「試練」を克服することこそがその子の人生にとってはプラスになる、という考え方もしかりであり、その良否のジャッジはそれぞれの家庭で考えるべき問題なのでしょう。もっとも、そうした是非をそれぞれでよくよく考える、ということが大前提なように思いますが。

一方では、「右」と「左」とにそれぞれ意味をもつ文化では、右手左手を使い分けが定められている場面もあり、それを無視すれば礼儀やマナーに反することにもなるため、子供が左利きの場合、あえて利き手を右にしようとする場合もあります。

時と場所によっては、利き手にかかわらず右手でなければならないことがある場合もあり、例えばインドでは左手は一般的に排便の処理をする「不浄の手」であり、食べ物を左手で食するのは多くの場合マナー違反です。

また、日本の多くの「道」や文化では利き手に関わらず、右優位のしきたりが決まっている事があります。書道・茶道・花道・剣道・弓道等や日本料理等においては、時に左手を使うことがルール違反やマナー違反になることもあるようです。

とくに武道の場合には、右手を優先することが時には危険回避の為に有効な場合もあるようです。敵としての相手には圧倒的に右手使いが多いわけであり、これに対して左手で対処すると命を落としかねない、というケースもあるのかもしれません。

もっとも、日本の場合、利き手の概念に囚われず、”「道」としての心を培う” ことが大事、とする分野も多いようです。そのあたりの文化的な違いについては、他の国との比較において研究してみると面白そうです。

さて、病後はあまり手を使わない方がよさそうなので、今日はこれくらいで。

このテーマ、少し面白そうなので、次回気が向けばまた続編を書いてみるカモ、です。

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人体から宇宙へ

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DNAとは何か、と聞かれて即、デオキシリボ核酸(deoxyribonucleic acid)の略だ、と答えられる人はそう多くないでしょう。

中学校で習ったはずですが、多くの人が忘れていると思います。たしか、遺伝子のことだよな、と言う人もいるでしょうが、正確ではありません。

DNAとは、地球上の多くの生物において遺伝情報の継承と発現を担う「高分子生体物質」のことを指し、遺伝子とはそのDNA上に刻まれている「遺伝情報」を指します。

人間などの生物のもつ細胞の中にはそれぞれ核が存在し、その中には細長い二重らせん構造のDNAと染色体が絡み合うようにして存在しています。そしてその中で、「その生物を形作る情報」を特定して「遺伝子」と呼んでいます。

一般には「ゲノム」と呼び、すべての生物にあります。このうち、人のもののみを特定して「ヒトゲノム」と定義しています。人間を形作るために一人一人に設定された情報のことであり、いわばヒトの体を作るための設計図です

もう少し詳しく言うと、このヒトゲノムは、たんぱく質の造成とそれを組み合わせて体を作ることの指示のための仕事をしています。人間は各臓器ごとに異なる種類のたんぱく質を必要としており、その必要なたんぱく質の種類や配置を判別するための設計図と指示役をヒトゲノムが担っています。

こうしたヒトゲノムの情報がすべて解読できれば、人間のからだのしくみがより詳しくわかるだけでなく、いろんな病気の原因もわかりそうです。ヒトの細胞の中で、DNAと染色体中にどういうふうに並んでいるか、これを「塩基配列」といいますが、この全塩基配列を解析することでそうしたことを実現しようとするプロジェクトがかつてありました。

人間の遺伝子情報を解読しようとする計画であり、これはヒトゲノム計画(Human Genome Project)と呼ばれていました。1991年にスタートし、1953年のDNAの二重らせん構造の発見から50周年となる節目の年である2003年にその解読は一応、完了しました。

このプロジェクトは1990年に米国のエネルギー省と厚生省によって30億ドルの予算が組まれて発足したものです。15年間での完了が計画され、発足後、プロジェクトは国際的協力の拡大と、特に配列解析技術の進歩などのゲノム科学の進歩、及びコンピュータ関連技術の大幅な進歩により、まずその下書き版(ドラフト)が2000年に完成しました。

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このドラフトの完成は予定より2年早いものでした。プロジェクトが加速した一つの理由としては、この公的なプロジェクトとは別に、アメリカのバイオ企業、セレラ・ジェノミクス社による独自の商業的なヒトゲノム解読の試みがあり、同社はその事業に莫大な投資を行いました。

そもそもこのセレラ社の事業の目的は、より高速かつ効率的なDNAシークエンシング法(DNAの配列を調べる方法)の開発であり、それを産業化に向けて技術移転することにありました。

このため、同社は「ショットガン・シークエンシング法」という新しい遺伝子情報の解析方法を開発し、これによって加速度的に解読が進められるようになりました。

最終的にはこうして発見された遺伝子情報を特許化し、私物化しようとしました。がしかし、これとは別にヒトゲノム計画が既に公的資金によって進められており、ヒトゲノムを解読しようとする試みは同じでしたが、その成果の運用は、公と私ということで拮抗してしまいます。

このため、その成果を特許化し、一企業が独占するということに対しては大きな批判が巻き起こり、結果としては、セレラ社が折れ、その成果は全ての研究者が自由に利用できるようにするという合意が成されました。

この合意では、セレラ社側がポリシーを変更し、非商業目的の利用に関しては無料で配列を公開する、ということになりました。ただし、研究者がダウンロードできる配列の量には上限を設けるという制限がついていました。

現在に至るまでにはその上限も撤廃されているようですが、とまれ、2003年に完了したこのプロジェクトによってゲノム研究は著しく進展しました。

各国のゲノムセンターや大学などによる国際ヒトゲノム配列コンソーシアムによって組織されるようになり、これまでにワーキング・ドラフトを発表し、現在もその改良版の発表が継続して行われています。

こうしてヒトゲノムプロジェクトヒトによって解読されたDNA配列に関する情報は、今日では多くの分野に生かされています。

たとえば、マウスやショウジョウバエ、ゼブラフィッシュといった試験生物を用いた研究、あるいは、酵母、線虫、また数多くの微生物や寄生虫などのモデル生物の配列解析の成果といったものであり、これらは今後とも生物学と医学の発展に重要な役割を果たすことが期待されています。

今日では、ヒトのDNA配列情報はデータベースに蓄積され、インターネットを介して誰でも利用することができるようになっています。

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ただし、これらのデータは何らかの解釈を加えなければほとんど利用価値がありません。このことから、これらのデータを解析するコンピュータ・プログラムが数多く開発されています。たとえば、単純なDNA塩基配列の中から遺伝子の境界を特定したり、何らかの特徴を見出す技術は「アノテーション」と呼ばれます。

最高品質のアノテーションを行うには生物の専門家に頼らなければなりませんが、現在、アノテーションに用いられている技術として最も役立っているのは、人間の言語の統計モデルをDNA配列解析に応用したものだそうです。形式文法などのコンピュータ・サイエンスから導入した手法を利用しており、簡単にその意味が解釈できるといいます。

この技術を使って、たとえば微生物株の中から産業上有用な株を選定し、ゲノム解析を実施する、といったことが行われています。とくに、食品・健康・環境・エネルギーなどの産業において利用が期待される菌株について、大学・企業がそうした分析を行うようになりました。

かつてのヒトゲノム計画においては、2003年4月14日に解読完了が宣言されました。そう、今日がその記念日になります。この結果、この時点でのヒトの遺伝子数の推定値は3万2615個でした。

しかし、その後の解析によりこの推定値が誤りであることが判明し、新たな推定値は2万2287個であると2004年10月21日付の英科学誌ネイチャー に掲載されました。

ただし、実際の遺伝子数は個人差などにより多少の変動が見込まれるため、未解読の領域や重複領域等について解析が継続されており、2004年の報告以降も定期的に修正報告がなされています。

また、個人のゲノムにおいても父親と母親に由来する配列間でもある程度の差異があり、個人ゲノム配列の解析は医学研究に重要な意味をもつことから、2008年より1000人ゲノムプロジェクトも開始されています。このプロジェクトでは、異なる民族グループから少なくとも1000人分の匿名ゲノムの配列決定を行うことを目指しています。

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こうしたゲノム情報の解明は、上の微生物菌株への応用のようなバイオテクノロジばかりでなく、医学上の飛躍的な発展に貢献することが期待されています。やがてはガンやアルツハイマー病などの疾患の治療に役立つものになっていくでしょう。

かつては不治の病といわれた癌についての応用も既に始まっています。例えば、ある研究者が何らかのガンについて調査していく過程で、ある遺伝子に着目したとしましょう。

この研究者はインターネットに公開されているヒトのゲノム・データベースを訪れることで、他の研究者がこれまでにこの遺伝子について何を調査したのか、すなわち3次構造はどうなっているのか、どのような機能があるのかを調べることができるようになります。これにより癌の原因が特定され、その治療法が進むことが期待されているのです。

また、他のヒトの遺伝子との進化上での関係はどうなっているのか、酵母やマウス、ショウジョウバエと比べてどうなっているのか、有害な突然変異が起こる可能性があるか、他の遺伝子と相互作用するのか、どの組織で発現しているのか、関連する疾患は何か…などなどについても調査することができるようになりました。

このように、公開されているデータによって医学上において有用な情報の種類は多岐におよび、これはいわゆる「バイオインフォマティクス」と呼ばれ、近年、大きな注目を浴びるようになってきています。

日本語では「生命情報学」といい、生物学の分野のひとつで、遺伝子やタンパク質の構造といった生命が持っている「情報」と言えるものを分析することで生命について調べる、といった研究分野です。

この生命情報学において、特にゲノム学と関連して注目を集めている技術として「マイクロアレイ」というものもあります。「DNAチップ」とも呼ばれるもので、これはプローブと呼ばれる「遺伝子断片」が小さな板の上に規則的に配置されたもので、3万件以上の遺伝子について、同時にそれらのサンプル内における存在量を測定できるものです。

このマイクロアレイの技術を使ったもののひとつに「マイクロアレイ血液検査」があります。血液を使った癌の検査で、これはがん細胞がつくり出すタンパク質などを測定することでがんがあるかどうかを診断するというものです。

がんに対する生体反応を遺伝子レベルで捉えてがんの有無を判定する最新の血液検査で、遺伝子の発現変化を見ることでがんの存在を突き止め、発生部位や進行度までも分かるという、非常に優れた血液検査です。

こうしたゲノムの解読によって得られた技術はこれからの医学・科学向けの診断用ツールとしての可能性を秘めていることから、大きな関心を集めており、また、ヒトゲノム計画の結果として今後も数多くの技術がここから派生すると見られています。

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また、人間とその他の動物などの生物間でのDNA配列比較分析が可能となったことで、生物学においては新たな道が切り開かれており、現在では多くの生物学者が、とくに「進化」に関わる問題に関してこうした新しい分子生物学の手法を用いて研究を進めるようになってきました。

例えば、我々の細胞の中で、遺伝情報を読み取ってタンパク質へと変換する機構である「翻訳」のしくみなどが明らかになってきています。このほかにも「胚」の発生から各種器官への発達、免疫系がどうやってできるか、といったことまで分子レベルで関連付けて明らかにできるようになってきました。

こうした数々のプロジェクトのデータによって、今後はますますヒトとその近縁の種の違いや類似性に関する問題が解明されていくであろうと期待されています。

それにしても、ヒトゲノムは今後も新しいものが見つかったとしてもせいぜい30000~4000であると目されています。この数字は多いように見えて専門家からみれば、かなり少ないもののようです。

実は、このように少ない遺伝子からヒトの複雑な体や脳が構築されているという事実は、このヒトゲノム情報が開示された当初、科学者たちに大きな驚きと狼狽を与えました。

さらにその後の更なる研究によって、イネ科の植物の遺伝子がヒトよりずっと多いことや、下等生物と考えられていたウニの遺伝子の数がヒトとほとんど同じであることがわかりました。しかも70%がヒトと共通していることなどが判明すると、人間が遺伝子の数で他の生物より優位にあるはずだという予想は、間違いであることが確定的となりました。

このように、ヒトはほかの生物よりも劣っている部分もあるのではないかということが次第にわかってきており、なぜそうした他より劣っているのにもかかわらず、地球上の動物の頂点に立っていられるのか、などについては、まだまだ解明できていない、むしろ新しい疑問点が数多く出てきています。

ヒトゲノムの解読は終わったとしても、それが持つ意味の全てを理解したとは言えない、というのが現状であり、ましてや今後どのようにヒトが進化していくのかもわかっていないわけです。

昨今「地球温暖化」などの環境問題が叫ばれていますが、今後も何らかの環境の変化があった時ヒトはその環境に適応するため進化をするのではないか、という人もおり、その逆に今よりもさらに退化する可能性もあるわけです。

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はたしてヒトは猿人からの進化の頂点にあって、まだまだ進化する可能性はあるのかないのか?

しかし、温暖化についていえば、これによってすぐに進化が起きるのなら、アラスカのイヌイットとアフリカ人やインド人はすでに別の種に進化しているはずです。

ところが、この二つの民族は人種的な差異はあっても種としての差はありません。イヌイットがアフリカで生活することもアフリカ人が北極圏で生活することも十分可能だし、結婚して子供も作ることができるわけです。

これはなぜかといえば、生物の進化というものは数十年単位程度では顕著には現れず、もっと長いスパンで起こるためです。250万年ともいわれる人類の長い進化の歴史をみれば、温暖化がおこる程度の時間ではそうそう簡単には進化したり退化したりすることはないからです。

また、生物学的にみれば、人類は生物史的にはつい最近二足歩行に進化したばかりともいえ、進化したとはいえ、構造的に色々と粗だらけ、という風に見ることもできます。

たとえば腰の構造は、中途半端に四足動物の特徴を残しており、このためすぐに腰痛になります。また、足の小指は機能的にも構造的にも実に中途半端ですし、虫垂炎を起こす虫垂も、なんでそんなものがあるのかよくわかっていません。あまり存在意義がないものがヒトの体の中にはゴマンとあります。

これらの構造はこれからも変化していく可能性があり、また医療はこれからもどんどんと発達していきますから、それらが「淘汰圧」となって、進化に影響を与える可能性もあります。

人類は進化の過程おいて、何等かの環境変化が起こることによってひとつの「選択」をしますが、これが進化であり、その与えられる環境変化が「淘汰圧」です。医学がその環境変化であれば、それによって人類は新たな選択、すなわち「変化」をする可能性があるわけです。

もっともその「変化」は、このあと何千何万年もかけて起きる現象なのですぐに目に見える変化ではないでしょう。しかも、その変化が必ずしも進化であるとは限りません。退化である場合もあります。

その変化はあくまで淘汰圧による微妙な適応変化にすぎないので、それがはたして優れた存在への変化なのかどうかは、すぐには答えはでません。長い間経過を見た結果、実は退化だった、ということもありえるわけです。

例えば2000年前の人類に比べて現代人が知能が高いかと言うとそんなことはないようです。
古代ギリシャ時代の時点で現代でも最高峰の数学理論は完成されており、現代最高峰の数学者たちがこの時代の数学理論を解明しようとやっきになっています。地球の円周や直径はこの時代の人々の計算によって既に答えが出ていました。

もしかしたら、大昔の縄文人は現代の日本人よりよほど頭がよかったのかもしれません。頭脳に関していえば、言語能力や知能などの大脳系は向上していますが運動をつかさどる小脳の機能や五感の機能は低下しています。ほかにも、類人猿の骨格と現代人の手を比較すると、指の精密さを獲得したかわりに強靭な握力を失っており、これは退化といえます。

極端な話、環境次第では、今後人類が言語能力や知能を失って類人猿や四足動物へ進化していくこともあり得るわけです。ただし、それも何千万年単位のそれなりの時間がかかってわかることになりますが。

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ちなみに、生物学者がもっとも完成度の高い動物と認識している生き物はヒトではなく昆虫だそうです。あまりの生物としての完成度の高さは目をみはるものがあるとまでいい、「昆虫は宇宙人が作った地球征服用のロボットだ」なんてジョークもあったりするほどです。

今後の人類は自らを「自主的退化」させる可能性もあり、そうした時代には昆虫によって世界は支配されているかもしれません。自主的退化とは、私たちが人間としてもはや十分に進化したといえる地点まで人間の種を戻し、新たに再構築する、というものです。

人類は過去に悪行を繰り返してきており、地球環境を崩壊させてきました。これに対し、人類が文明を持つ以前の状態に一旦リセットすることで、人類自身や動物、惑星そのものの脅威となることを避けられるはずだ、というわけです。その究極のゴールは文明の終焉でありジャングルへの回帰であるわけであり、将来起こる得ることだと考えられています。

その論法でいけば、「自主的人類絶滅」という可能性もあります。こちらは、いっそ人類が滅亡してしまえば、地球の平穏は保たれるのではないか、というわけです。現在においてもすでに海外では「人類絶滅運動」を推奨する人々が活動中であるといいます。

組織の名前は「VHEMT」と呼ばれ、Voluntary Human Extinction Movementの略です。邦訳は「自主的な人類絶滅運動」であり、彼らは積極的に人類の繁殖を止めるような運動を展開中で、人類の種を減らし、やがて絶滅させることを望んでいるそうです。

そのスローガンは、「長寿は絶滅に至る」だそうで、自分たちこそが、「地球の生態系に対する無神経な搾取や大規模な破壊を防ぐ、選択肢を示している」と主張しています。少子高齢化が進み、長寿大国となっている日本は絶滅の道を歩んでいるといえ、いずれこの団体によって「モデル地区」に指定されるかもしれません。

こうして人類が滅亡したあとには、新たなるポストヒューマン(Posthuman)が現れるともいわれます。

無論、仮説上の未来の種ですが、「その基本能力は現在の人類に比べて非常に優れていて、現代の感覚ではもはや人間とは呼べない」ものではないか、といったことがいわれているようです。

ポストヒューマンの形態として、人間と人工知能の共生、意識のアップロード、サイボーグなども考えられます。例えば、分子ナノテクノロジーによって人間の器官を再設計したり、遺伝子工学によって創られるものです。

こうした新人類は、精神薬理学、延命技術、ブレイン・マシン・インターフェース、進化した情報管理ツール、向知性薬、ウェアラブルコンピューティングなどの技術を適用したものである可能性もあります。

また、ポストヒューマンは、現在の人間の尺度から見て「神」のような存在になるとする考え方もあります。そう聞くと、SFによくあるような高い知能を持ったコンピュータのような存在形態を思い描くかもしれません。神のような人工知能を人々が崇めているような未来を想像するかもしれませんが、そういう意味ではありません。

ポストヒューマンの知性や技術があまりにも高度で洗練されているため、人間が見たらその意味を理解できないだろうという意味であり、現在のわれわれが想像だにしないような姿や形をしている可能性もあるわけです。

それにしてもどこまで変化(進化)したら人間はポストヒューマンになるのか? そしてその最終形はどんな形をしているのでしょうか。

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これについては、誰にも答えを出すことはできません。

あるいはそのポストヒューマンは、形などを持たず、現在我々が身にまとっているような肉体を捨てたエネルギー体のようなものなのかもしれません。

宇宙空間はこれまで真空や虚空と呼ばれていましたが、実は宇宙空間には現在科学の検出装置ではもみえない「ダークエネルギー」が蔓延している、ということが言われるようになってきています。それと同時にそのエネルギーの中に何等かの情報が内蔵されているのではないか、ということまで言われるようになってきました。

日本の研究者によって、幽霊素粒子といわれたニュートリノの質量があるのが発見されて以降、最近、素粒子に関する新発見が相次いでおり、これまで謎とされてきたものがこれからはさらにその正体が暴かれていくに違いありません。

従来、宇宙人といわれてきたものも、その正体もそうした研究の中から明らかになってくるのかもしれません。その形態としてもまさにそうしたエネルギーのようなものでできているようなものもいるのではないかという研究者も既におり、そうなるとこれはまさに「意識体」です。

そうしたものが宇宙に遍満しているとすると、あるいはそれは「宇宙意識」といえるようなものであるのかもしれません。

コンピューターサイエンスの概念で言えば、「クラウドコンピューティング」と似ています。このクラウドコンピューティングでは複数のコンピュータがグリッドや仮想化の技術で抽象化され、インターネット(雲)で接続されたコンピュータ群が巨大な1つのコンピュータになるというものです。

将来的にはそのコンピュータの一つ一つはさらに小型化が進み、究極の世界では素粒子のひとつひとつがコンピュータである、というようなクラウドコンピュータの世界もあるいは実現するかもしれません。そして、そうした時代には、そのスーパークラウドコンピュータに人間の意識をアップロードする、ということも普通に行われているかもしれません。

荒唐無稽な話かもしれませんが、将来的にはこうした進化したクラウド技術を使って、人間は自分の頭脳を仮想化させるようになっている可能性もあり、そうなるともう人間は肉体を必要としなくなるのかもしれません。

アップロードされたブレイン・データは時間の速さを調節することが可能なので、例えば新たな山や海が生まれ、それがなくなるという、地球規模の地形の変化、あるいは星々の誕生や滅亡すら見ることが可能になります。また、アップロードされたブレイン・データは体から体へ移動できるので、様々な外見の自分に遭遇することができます。

その「体」はもう肉体である必要はないわけで、あるいはロボットのようなものでもいいわけです。他にも、コンピュータ生成環境の基本的なパラメーターを変えることができるので、バーチャルな仮想空間や異次元空間を見ることができます。

これはもう、人を超えた新たなる人類であり、途方もない未来の人類シナリオといえます。こうして創りだされたクラウド世界は、文字通り雲のような宇宙意識の情報であり、古代から現在、そして未来へ受け継がれていく人類の叡智は、すべてこの中に取り込まれていく可能性もあります。

宇宙中に過去から蓄積されてきた生命力が満ち満ち、巨大な空間に存在する宇宙の至る所に存在する目に見えないエネルギーがある、という状態なのかしれず、これが、いわゆる「アカシックレコード」と呼ばれるものなのかもしれません。

宇宙誕生以来のすべての存在について、あらゆる情報がたくわえられているという記録層であり、人類だけでなく、元始からのすべての動物、植物、その他のすべての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶の概念です。

そしてこの中に過去のあらゆる出来事、そしてこれから起こる未来の痕跡が永久に刻まれていくわけであり、ポストヒューマンの最終形とはまさにこうした宇宙意識との合体に違いありません。

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