イギリスとスピリチュアリズム

ロンドンオリンピックが始まりましたね。我が家でも、朝早くから二人起きて、華やかな開会式をみました。前回の北京オリンピックのようなド派手なパフォーマンスはありませんでしたが、成熟した文明を持つ、大人のオリンピックという感じがして、好感が持てました。それにしても、あの聖火、よく考えましたね~。さすが産業革命の国、イギリスってかんじ。今度もし、東京オリンピックが開催されるとしたら、日本もイギリスに負けないくらいの産業国家だということで、聖火には知恵を絞って欲しいものです。

霊能大国イギリス

ところで、イギリスが、「スピリチュアル」「スピリチュアリズム」に関しては、もっとも先進的な取り組みをしている、ということをご存知でしょうか。昔から、「魔女」の国として知られ、たくさんの「不思議」がある国として世界中に知られていますが、「霊能大国」として有名で、多くの霊能者が存在しているそうです。

イギリスには、世界的に有名な心霊研究のソサエティ、英国スピリチュアル協会(大英心霊協会;SAGB)があり、SF作家のコナン・ドイルや物理学者のオリバー・ロッジなど多数の名士によって支えられてきました。ロンドンでも一等地と呼ばれる場所にあり、1872年に創設されたといいますから、もう140年の歴史があります。

コナン・ドイルは、1859年イギリス、エディンバラに生まれの元お医者さんでもあります。エディンバラ大学医学部卒業、医学博士号を取得、1882年に、ポーツマスで開業しました。しかし、あまりにも患者さんが来ないので暇をもてあまし書きはじめたとされるのが、あの有名な「シャーロック・ホームズ」なんだそうです。

コナン・ドイルは、1900年のボーア戦争に軍医として参戦しましたが、この経験で精神的にかなり病んだといいます。その後も第一次世界大戦では長男を失い、「生と死」に関して深く悩むようになります。そして、こうした経験がきっかけになり、心霊学を研究するようになり、その成果としての心霊学を世界に広め活動をしていったといいます。1930年に71才で亡くなりましたが、生前に死後の世界を伝えに来ると予告し、その通りミネスタという女性を霊媒として7ヶ月間もの間、死後の世界を我々に伝えてきたといいます。

イギリスには、もうひとつ、英国スピリチュアリスト同盟(SNU)という組織があって、英国スピリチュアル協会とともに、英国最大のスピリチュアリストの組織として英国スピリチュアリズムの中心的存在となっているそうです。SNUのほうは、1890年創立といいますから、英国スピリチュアル協会よりもやや新しく、また海外での知名度も英国スピリチュアル協会のほうが高いようです。

英国スピリチュアリスト協会は、6千人以上の会員がいるのだそうで、世界的にもスピリチュアリズムのメッカのような存在になっているのだとか。

気になるその活動内容ですが、まじめな心霊研究もさることながら、一般の心霊ファンのために、講演や霊能力開発セミナー、心霊治療、リーディングなども企画しているそうです。オーラの泉で有名になった、スピリチュアル・カウンセラーの江原啓之さんも、若いころにこの英国スピリチュアリスト協会に勉強に行ったのだとか。いまや協会というよりも一種の「学校」として、世界中の人に認知されている組織のようです。

スピリチュアル・ケア

イギリスはまた、「スピリチュアルケア」を公的に医療の世界で実施することを認めていることでも知られています。イギリスの厚生省(NHS)は1996年にスピリチュアルケアについての19頁のハンドブックを発行し、医療界におけるスピリチュアル・ケアの必要性および品質を向上すべきことを広報しており、臨床パストラル・ケア(米英におけるスピリチュアルケアの別名)を受けられることは患者の権利であると公言しています。

スピリチュアルケア(spiritual care)とは、ウィキペディアによれば、「生きがいを持ちやすい人生観」への転換を推奨し、人生のあらゆる事象に価値を見出すよう導くことにより、人間のスピリチュアルな要素(心あるいは魂)の健全性を守ること」、とか。

わかりにくいので、このブログでもたびたび登場していただいている、元福島大学教授で、スピリチュアルカウンセラーの飯田史彦先生のご説明によれば、スピリチュアル・ケアとは、「人生のあらゆる事象に意味や価値を見出すことができるような、適切な思考法や有益な情報を効果的に伝えることによって、対象者が自分自身で、「心の免疫力」や「心の自己治癒力」を高めていくよう導くこと」だそうです。

飯田先生によると、スピリチュアルケアは、更に、宗教的スピリチュアルケア と、科学的スピリチュアルケアに分類できるそうで、宗教的スピリチュアル・ケアとは、各宗教団体やその信者が、独自の宗教的な思想、教義を伝えることにより、対象者を救おうとする方法。科学的スピリチュアルケアのほうは、宗教とは無関係の組織や個人が、科学的な思考や情報を伝えることにより対象者を救おうとする方法だそうです。

また、両者を組み合わせた、「複合的スピリチュアル・ケア」もありうるとのことで、これは、特定の宗教団体・宗派とスピリチュアル・ケアの専門家が協力しながら、その宗教・宗派の教義と、それに則した科学的情報とを組み合わせて伝えることにより、対象者を救おうとする方法である、と飯田先生は述べられています。

いずれの方法でケアをするにせよ、社会的な認知がなければ、なかなか臨床の世界でこういう考え方を導入するのは難しいもの。日本ではまだまだ抵抗が大きいでしょう。しかし、欧米の医療界においては、医療界を構成する大切な要素として、「スピリチュアル・ケア」という考え方が浸透してきているそうで、たとえば、医療施設には、「臨床パストラル部(Dept.of Pasutoral Care)というものが設置されているそうです。

イギリスだけでなく、アメリカ合衆国、ドイツなどでも設置されているそうで、ドイツの場合は、Seelsorge(魂の配慮部)という言い方までするのだとか。

具体的なスピリチュアルケアのための施設としては、例えば、礼拝堂(チャペル)がその代表的なもの。施設だけではなく、病院内に病院所属のスピリチュアルケアの専門職がいて、ハードとソフトの両面でスピリチュアルケアをしているのが欧米の特徴。この専門職は、チャプレン(chaplain)などとも呼ばれ、外部の特定の協会や寺院に属さず、その病院施設内で働く聖職者なのだそうで、一般的には牧師、神父、司祭、僧侶などと呼ばれている人たちです。

そしてこういう人たちのための宿泊所までしっかりと用意されているところなどが、日本と違うところ。欧米社会においてスピリチュアルなケアが制度としてしっかり根付いていることを示している例です。

日本の医療界でも、国公立病院やキリスト教系の病院ではスピリチュアルケアの専門職を基本的には受け入れてはいるそうです。しかし、それ以外の私立病院の多くはスピリチュアルケアに対する認識がまだまだ薄く、スピリチュアルケアの専門職員がいないばかりか、スピリチュアルケアの専門家がケアを行うことを拒むような病院すらあるそうです。

日本の医療界全体としてみれば、スピリチュアルケアが必要だとの認識が未だ十分に育っておらず、イギリスをはじめとする欧米のように、長い歴史の上に基づいて導入された制度はなく、その法律的な位置づけも不十分です。

また、具体的にスピリチュアルケアを行うとしても、スピリチュアルケアの教育や訓練を十分に受けた人はまだまだ少なく、医療の専門知識を持っているといってもそういう人たちが片手間でできるようなものでもありません。そういう人たちを専門に育てる教育機関を作っていくことが、いま日本でも求められています。

ホスピス

しかしながら、日本でも最近では「ホスピス」と呼ばれるケアをする病院が増えてきています。

ホスピスとは、元々は中世ヨーロッパで、旅の巡礼者を宿泊させた小さな教会のことを指したそうで、そこに宿泊した旅人が、病や健康上の不調で旅立つことが出来なければ、そのままそこに置いて、ケアや看病をしたのだそうで、こうした看護収容施設全般をホスピスと呼ぶようになりました。

つまり、ホスピタル=病院の語源ですが、ヨーロッパでは、その後、20世紀に入り、治療の当てがなく、余命いくばくもない患者の最後の安息に満ちた時間をケア(ターミナルケア)する施設を「ホスピス」と呼ぶようになり、一般の病院と区別。そうした施設の設置がさかんに行われたのが、イギリスやアイルランドなのだそうです。歴史的には、ホスピタルもホスピス同じものですが、現代では、病院における終末医療施設をさします。ただ、孤児院、老人ホーム、行き倒れの収容施設なども含めて、こうしたもの全般を「ホスピス」と呼ぶ場合もあるようです。

ちなみに、欧米などのキリスト教文化では、ホスピスと呼ばれ、発展してきたしくみですが、インドなどの仏教文化では、「ビハーラ(vihāra)」と呼ばれ、これは、サンスクリット語で僧院、寺院あるいは安住・休養の場所を意味します。ホスピスと同様、現代では末期患者に対する仏教的なホスピスがインドなどの仏教国では増えてきているそうで、病気に苦しむ人たちの苦痛緩和と癒しの支援活動を行っているそうです。

日本の医療機関でも、こうした死期が近い患者さんをケアする施設が、大阪のキリスト教系の病院に設けられるようになり、1980年代ころからは、独立した病棟を設けてホスピスケアをやるようにまでなります。一般には、1981年に浜松の聖隷三方原病院の末期がん患者などのためのホスピス(緩和ケア病棟)開設が日本で最初のものといわれています。

従来、ホスピスの開設は主にこうしたキリスト教系などの民間病院で行われてきましたが、1987年には千葉県の国立療養所松戸病院(現在の国立がん研究センター東病院の前身)に開設され、その後、全国各地の国公立病院にホスピス開設の動きが広がっています。

しかし、このように、日本でも施設としてのホスピスは次第に増えてきているものの、そこにおいてもスピリチュアルケアの状態は不十分だといわれます。世界保健機関(WHO)では、末期患者の心理的なケアの柱となるものは、身体的ケア、心理・精神的ケア、社会的ケア、スピリチュアルケア4つであると言っており、心理・精神的ケアとはっきり区別しています。終末医療においては、本来はスピリチュアルケアはなくてはならないものなのです。

1997年に発行された「日本全国ホスピス施設ガイド」で紹介された29のホスピス施設のうち、スタッフにチャプレンや何等かの宗教家、伝道部職員などがいる施設は、わずか9施設だったそうです。また、ホスピスを目的とする、チャペルや仏堂、礼拝堂、祈りのための部屋などの施設を備えているのは7施設にとどまるなど、スピリチュアルケアは十分に実施されていません。

この状態は、2000年代に入ってからも大きくは変わっていないようですが、2004年にはスピリチュアルケア研究会が愛知で立ち上れられ、また2007年には日本スピリチュアルケア学会が設立されたそうです。理事長は、あのおじいさん先生で有名な日野原重明さん。この方を中心に、京都大学や東京大学をはじめ、聖トマス大学、高野山大学、龍谷大学などの宗教系の大学の研修者が参加して、学術大会が開かれるようになってきているそうで、スピリチュアルケアに関する書籍がいくつも出版されるなど、スピリチュアルケアの浸透には少しずつ進展が見られるようになっているようです。

現役の医師の中には、疾患を取り除くこと、肉体の健康を取り戻すことだけが、医療の目的であり勝利であると考え、そのためにはある程度患者が弱ってもかまわないとか、患者がどのように感じるかについては感知しない、という人も多いと思います。が、そういう先生方に限って、スピリチュアル的なことに対しては理解を示さず、ホスピスのような活動を、敗北主義と考える人も多いに違いありません。

そういう医師が減り、少しでもスピリチュアルケアが浸透し、スピリチュアルケアの先進国、イギリスのように日本もなっていってほしいものです。