キノコおいし

2015-2520

10月も半ばとなりました。

今日は「きのこの日」だそうで、10月はきのこ類の需要が高まる月のため、その月の真ん中の15日を記念日としたのだそうです。「日本特用林産振興会」というのがあるそうで、この組織が1995年に制定しました。

「特用林産」というのは、森や林から得られる産物のことで、キノコや山菜は代表的なものですが、そのほかにも炭や漆、檜皮(ひわだ)や木蝋、和紙といったものもあります。こうした林産物の普及を図るための業界団体、ということのようですが、おそらくは農林水産省の外郭団体でしょう。

それはともかく、このキノコというのは不思議な物体です。植物ではなく、「菌類」ということで、カビと同じく胞子で増えます。酵母も菌類であり、植物寄生のものが多く、農業上重要なものも多いようです。

その語源はおそらく「樹の子」もしくは「木の子」でしょうが、当然ながらキノコを形成しているのは菌類の細胞であり、キノコを生じる菌類はすべて糸状菌です。その構造は、菌糸と呼ばれる1列の細胞列からなり、いかに大きなキノコであっても、それらはすべてこのような微細な細胞列によって構成されています。

傘をもち、地面からスッくと立っているものをキノコと呼ぶことが多いわけですが、カビに見えたり酵母状であるものもあり、枯れ枝の表面などに張り付いていたり埋もれていたりする微小な点状のものも、分類上はキノコと見なすようです。

ま、しかし一般的は「キノコ」と言えばより大きい、傘状になるものを指します。このような点状の子実体を持つものは和名も「カビ」とも呼称される例があるようなので、通例どおりキノコは形のはっきりしたもの、という認識でいいのでしょう。

日本語のキノコの名称には、キノコを意味する接尾語「~タケ」で終わるものが多くなっています。ところが、「~ダケ」と濁点で濁る呼び方は、実は間違いであり、「えのきだけ」、「ベニテングダケ」は誤表記がであり、キノコを表わす「タケ」は本来はけっして連濁し
ません。

キノコ図鑑を開いてみると、「~ダケ」で終わるキノコは一つもないことからもこれがわかります。ところが、一応名前としては、「~タケ」とつけられてはいるものでも、そのキノコが果たしてなんであるか、といったキノコ類の同定は、簡単ではありません。

傘やひだの色や形、柄の状態などからその名前に相当するキノコに一応分類はされており、それを頼りに同定するわけですが、元来キノコは菌類であり、カビと同じような微細な仕組みの生物です。

それが多数積み重なって肉眼的な構造を取ってはいるものの、カビと同様に微生物としての目に見えない部分は実は違っているという場合があり、たとえば胞子や担子器などを顕微鏡で見なければ本当に正しい同定はできないものと考えるべきなのだそうです。

もちろん、キノコの同定に熟練したその道の「キノコ博士」ならば、顕微鏡を使わずとも、大抵の同定を正しく行えますが、これはその地域に出現するであろう類似種や近似種の区別をすでに知っているからできることです。

従って、別の地域に行ったらそうしたベテランも間違うこともあるそうで、ましてや我々のような素人が、外形の写真だけの図鑑など同定すると、種類を間違えてしまう可能性は高いわけです。

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間違うとどうなるか。当然毒キノコである場合には、大変なことになります。猛毒を持つキノコを食べると死に至りますし、中程度の毒を持つものでは、神経系に異常をきたす場合もあり、そうでなくても胃腸系に障害をきたすことが多いようです。

毒キノコによる中毒の症状は様々ですが、一般的には摂取によって、嘔吐、腹痛、下痢、痙攣、昏睡、幻覚などの症状を生じます。自然界には毒性の不明なキノコが多数存在し、従来から食用とされてきたキノコであっても、実際には毒キノコであることが判明する場合があるそうです。

たとえば、2004年に急性脳炎が多数報告されたスギヒラタケは、その前年の法改正によって急性脳炎の患者が詳しく調べられるようになり、このために初めて毒性が明らかになっており、元々毒キノコだった可能性も指摘されています。

ある種の毒キノコは調理によって食用になる場合もありますが、これらは例外であって、ほとんどの毒キノコはどう調理しても食用になりません。「ナスと一緒に食べれば中毒しない」といった説もあるが、迷信です。

また、エノキタケの廃培地からも発生するコレラタケは「食用キノコを収穫した後に生えるから大丈夫」と誤解され、食中毒を起こすおそれが高いそうです。

「たてに裂けるキノコは食べられる」「毒キノコは色が派手で地味な色で匂いの良いキノコは食べられる」「煮汁に入れた銀のスプーンが変色しなければ食べられる」「虫が食べているキノコは人間も食べられる」といった見分け方もまた、何の根拠もない迷信です。

食用か毒かを判断するには、そのキノコの種、さらにはどの地域個体群に属するかまでを顕微鏡などを使って同定した結果に基づくべきである、というのが専門家さんの見解だそうで、図鑑などをみただけで、安全だ、と素人判断するのは危険な行為のようです。

このため、最近の植物図鑑やキノコ類の資料においては、従来食べられる、とされてきたようなキノコにおいても、「毒キノコの中では比較的毒性が弱い」というような科学的に正確な記述に置き変っているそうです。当然ながら、弱い毒性であれ人体に有害なのは事実です。

ベニテングタケなどが、その代表で、従来は湯通しして毒を浸出させるれば食べられるとされてきましたが、場合によっては嘔吐、痙攣、眠気、幻覚等の症状を引き起こします。また、ヒトヨタケなどは、特殊な処理なしで食べることができますが、アルコールとともに摂取すると毒性を示すそうです。

最近では、秋のキノコ採集シーズンにおいて、各地域のキノコ愛好家団体によって、こうした「同定会」としてキノコ狩りが開催されることも多くなっています。公立試験研究機関や大学のキノコ関連の研究室が開催している場合もあるそうで、同定会に参加すれば、判定するための試薬や顕微鏡といった資材が利用できます。

また、複数の経験者により的確な判断が得られることなど、安全さと正確さを確保することができる上、自分で採集したキノコ以外を観察することもできます。単なる食・毒の判断にとどまらずキノコ全般や現地の自然環境についての知識を養うことができる、ということでこうした同定会は大人気だそうです。

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それにしても人類はキノコを食べることが好きです。こうした菌類を食べることを英語では、“mycophagy”といい、これは「菌類嗜食」と邦訳されています。そうした名称があるほど、キノコを食べることは古くより行われてきました。

キノコを食用とした確かな証拠が初めて見られるのは、紀元前数100年の中国だそうで、中国人は、キノコを食品として扱うと同時に医薬品としても価値を置いていました。また、古代ローマ人や古代ギリシア人などは、上流階級がキノコを愛用していたようです。

もっとも、世界中の多くの文化においては、キノコを食用として用いてきただけでなく、医薬用として採取してきた経緯があります。

民間療法としての「医薬用キノコ」というものが存在し、現在の日本においても、一部のキノコには、薬用とされるものも存在します。日本薬局方には、マツホド(ブクリョウ)とチョレイマイタケ(チョレイ)は生薬材料として収載されており、漢方方剤の原料として用いられています。

マツホドは「松塊」と書き、サルノコシカケ科の菌類ですが、利尿、鎮静作用等があります。またチョレイは、「猪苓」で、こちらは消炎、解熱、止褐、利尿薬として用い、有効成分は明らかになっていないが、最近は抗腫瘍効果があるとする研究も公表されています。

この他、霊芝や冬虫夏草などが、局方外で漢方薬の材料とされることがあり、シイタケ、カワラタケ、スエヒロタケ等からは抗腫瘍成分が抽出され、医薬品として認められているものもあるそうです。

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一方では、ベニテングタケなどの幻覚性キノコをシャーマニズムなどの幻覚剤などとして用いる文化もあります。シャーマニズムとは、シャーマン(巫師・祈祷師)の能力により成立している宗教や宗教現象の総称です。

このシャーマンとはトランス状態に入って超自然的存在、すなわち霊、神霊、精霊、死霊などと交信する現象を起こすとされる職能・人物のことで、主として極北や北アジアの呪術あるいは宗教的職能者一般をこう呼びます。

日本でも、北海道・樺太などにその文化が残り、ほかにシベリア・満州・モンゴル・朝鮮半島を中心とした北方文化圏でもシャーマニズムはあります。さらに、沖縄(琉球)にもあるほか、台湾・中国南部・東南アジア・インドを中心とした南方文化圏にも存在します。

しかし、シャーマニズムには、日本を含めたこうした北アジアに限られるとする説と、世界中の他の地域で見られる諸現象を含める、という説もあります。キノコが世界中で獲れることを考えると、後者のほうが正しいのかもしれません。もっとも、シャーマニズムで使う薬物はキノコだけとは限らず、他の植物なども併用されることも多いようです。

シャーマニズムにおいて、「超自然的存在」と交信する方法としては、二つある、といわれています。「脱魂」と「憑依」がそれであり、どちらを基本と捉えるかについても、研究者の間で意見が分かれています。「脱魂」というのは、「魂が肉体から離れたエクスタシー状態において、神仏などの霊的存在と直接接触したり交流する」とされる現象であり、「エクスタシー」とも呼ばれます。

肉体から離れた霊魂は、遊離魂とも呼ばれ、我々がよく見る夢は、睡眠中に霊魂が身体を離脱し、あちらの世界に行って経験したことである、とはよく言われることです。

一方、憑依のほうは「憑霊」ともいい、「つきもの」ともいいます。神降ろし・神懸り・神宿り・憑き物ともいい、とりつく霊の種類によっては、悪魔憑き、狐憑きなどと呼ぶ場合もあります。ある種の霊力が作用し、人の精神状態や運命に影響を与える、と信じられています。

脱魂においては、シャーマンは、トランス状態の中で、自らの魂が行動するのでトランスが解けた後で体験内容を説明することができます。これに対して、憑依ではシャーマンに憑依した精霊や死霊が活躍するのでトランスから覚めても彼は何事が生じたのか説明できません。

脱魂は自分の魂が抜けることであり、憑依は自分以外の何者かがとりつく、という違いがあるわけですが、そのどちらをシャーマニズムの本質とするかについては、地域・民族・文化などによって異なります。

一般にはシベリアなど北東アジアは脱魂を重視し、東南アジアや南米では憑霊が重視されるといい、日本や朝鮮半島のシャーマニズムでは憑霊が多いものの、その両方、もしくは折衷説をとる傾向があるそうです。

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ここで、「トランス」とはいったいどういう状態なのか、といえば、これは日常的な意識状態以外の意識状態のことであり、心理学的には「変性意識状態」といいます。

いかがわしいものではなく、科学的にも説明されていて、通常、我々が起きているとき、すなわち覚醒時のときに脳から発せられるベータ波などがトランス状態では出なくなることがわかっています。一方では、トランス状態においては脳ではアルファ波が優勢になることが知られています。

一時的な意識状態であり、個人だけでなく複数の人々がトランス状態において同じ体験を共有することも可能であることなどがわかっており、社会学分野におけるひとつの研究対象となっているようです。

この変性意識状態においては、「宇宙」との一体感、全知全能感、強い至福感などを感じられるといい、その体験は時に人の世界観を一変させるほどの強烈なものと言われます。

こうした体験は、精神や肉体が極限まで追い込まれた状態、すなわち激しいスポーツをした場合や、死に瀕するような肉体的・精神的な危機に追い込まれたような場合にすることができるといいます。また、薬物の使用などによってもたらされるとされており、毒キノコがシャーマニズムで象徴的に使われるのはそのためです。

しかし、そうした危険なものを用いずとも、瞑想や催眠等による、非常にリラックスした状態になれば、トランス状態を醸し出すことも可能とされます。1960年代に展開されはじめた、心理学の新しい潮流で「トランスパーソナル心理学」とうのがありますが、この分野ではこれを人間に肯定的な効果をもたらすものとして研究します。

新しい学問領域であるため、科学的ではないという意見もあるようですが、臨床では一定の効果が認められつつあります。精神疾患に対する有効な療法として、一時的にこの状態を患者に与える方法が活用されるようにもなってきているようです。

トランス状態に入るのにはさまざまな方法があり、こうした研究において用いられることが多いのは催眠術です。これによって表層的意識が消失して心の内部の自律的な思考や感情が現れるとされます。

一方、シャーマニズムなどにおけるトランス状態は、宗教的修行によって、外界との接触を絶つことで、法悦状態が得られるとされます。トランス状態に入るのにはさまざまな方法があり、それは社会ごとに定型化されています。たとえば日本のイタコの場合は祭壇で呪文などを唱えますが、沖縄のユタの場合はそれとは異なった手順を経ます。

また、西アジアのシャーマンのように特殊なものを火に注いでその煙を吸う例もあるようです。こうしてトランス状態になったシャーマンが担う役割は文化によってさまざまです。

脱魂型のシャーマンの場合、霊魂が身体を離脱して霊界に赴き、諸精霊を使役してもろもろの役割を果たすとされ、それによって体が弱った人を助けたり、病を治したりする、とされます。

一方、憑霊型のシャーマンでは、神霊・精霊を自らの身体に憑依させ、人格変換が行われ、シャーマンはその憑依した神霊自身として一人称で「語る」ことが多いようです。彼等には神霊の姿見え、同時に神の声が聞こえるといい、その神霊の意思を三人称で語りますが、その語りの中には数々の「予言」が含まれることも多々あります。

日本の場合、若い頃は単にその神の言葉を語るだけの「霊媒」にすぎなかったものが、年齢を重ねるにつれて能力があがり、やがて「予言者」となり、最後には「見者(賢者)」へと変わっていくタイプのシャーマンが多いようです。

日本では、古来、「巫女」と呼ばれる職能者が政治や軍事などの諸領域で活躍したことはよく知られており、「魏志倭人伝」に記述された邪馬台国女王の卑弥呼が用いたという「鬼道」もシャーマニズムと言われています。

また、古代神話のアマテラスオオミカミ、古代日本の皇族、ヤマトトトヒモモソヒメ(倭迹迹日百襲姫命)、お腹に子供(のちの応神天皇)を妊娠したまま筑紫から玄界灘を渡り朝鮮半島に出兵して新羅の国を攻めたといわれる、神功皇后などもシャーマンだといわれます。

現代でも、アイヌの「トゥスクル」、下北半島の恐山におけるイタコ、沖縄県周辺のユタなど、各地域にシャーマンが残ります。また、日本の宗教信仰の基底にもシャーマニズム的な要素があると考える研究者も多く、最近の新興宗教の集団の形成や基盤にも影響を与えているといわれます。

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それにしても、誰でもがシャーマンになれるかといえば、そういうわけにはいかず、沖縄県周辺の「ナライユタ」、日本の東北の「イタコ」などは、修行・学習を積んだうえでシャーマンになるといいます。ただし、こうした人たちのなかには、生まれつき盲目である、などの身体的理由を持つ人も多く、また経済的事情からシャーマンになる人もいます。

一方では、ある日突然心身の異状をきたし、神霊によって選ばれたものと見なされるようになる人もいます。巫病(ふびょう)といい、ユタ、ノロ、イタコなどの日本のシャーマンの中には、巫女になる過程の重要なステップと位置づけられている場合もあります。

思春期に発症することが多く、具体的には発熱、幻聴や神様の出てくる夢、重度になると昏睡や失踪、精神異常、異常行動などが症状として現れるといいます。こうした症状を発する人は日本だけでなく、世界的にいるそうで、症状はどの地域でも似通っているといいます。

巫病は精神病理学でも病例として取り上げられており、医学的にはノイローゼ、偏執、てんかん、錯乱などの精神症の一種と考えられていますが、医学的原因は明らかではありません。

こうした人々の間では、シャーマニズムは一種の信仰であり、その信仰においては、巫病は神がシャーマンになることを要請しているのだと捉えるのだそうです。これは本人の意志で拒絶することが困難であり、拒んだために異常行動により死亡するという例も散見されるといいます。

そのため、巫病になった者は、たいていの場合がその社会の先輩のシャーマンから、神の要請に従うことをアドバイスされるといいます。巫病は、夢で与えられる神の指示の通りにすることや、参拝や社会奉仕などを行っていくうちに解消されていくとされ、巫病を克服することによって、シャーマンとして完成すると信じられています。

医学的にも、巫病の症状が本人の信仰への帰属によって軽減されていくことが確認されているそうです。

選ばれようと願っていてもなれるものではありませんが、選ばれてしまったら本人の意志で拒絶することも困難である、というのは何やら悲しいかんじがします。

このほか、シャーマンの中には、血統により選ばれる世襲的ものもあり、こうした人は生まれつき、父母から受け継いだ霊的資質を持ち、人格をも先祖から継承されている、と考えるようです。沖縄県周辺のノロなどがその代表です。

このようにシャーマンになれる人はある程度限られており、また努力してなろうとしてもそれなりの修業が必要、ということになるようです。

無論、毒キノコを食べた、というだけでもなれるわけではありませんが、少なくともトランス状態にはなれるかもしれない、ということでこれを幻覚剤、として用いる輩も少なくありません。

マジックマッシュルームというメキシコ原産のキノコがあり、1950年代にLSD などの薬物などともに、アメリカで流行しました。日本では、露店でも「観賞用」と称して構わず販売されていましたが、十数年前に人気男優の伊藤英明さんがこれを食べたことで幻覚症状を起こし、病院に運ばれるという事件がありました。

これをきっかけに、社会問題化したため、その翌年からはすぐに規制されて現在では販売は摘発対象となっていますが、第3次小泉内閣時の2005年10月に、首相官邸の植栽に生えているのが発見されて大騒ぎになりました。

マジックマッシュルームと同種の成分を含む、ヒカゲシビレタケという日本固有種で、胞子はどこかから飛んで来たか、持ち込んだ土に含まれていたと考えられています。日本ではふつうに自生しているので、このような場所での発生が確認されること自体は特に不自然なことではないといいます。

とはいえ、これを読んで探してみよう、という人がいたら困るので、念のために言っておきますが、日本では麻薬取締法の対象物となっており、持っているだけで違法とされて、逮捕されてしまいますから注意が必要です。

キノコを摂取するなら、せいぜい普通の毒キノコぐらいにしていただいて、けっして麻薬中毒者にならないよう、ご留意ください。

昨今かなり夜も冷え込むようになってきました。これを書いていたらキノコ鍋などが食べたくなってきました。晩御飯のメニューにいつも悩んでいる奥様方。あなたも今晩のメニューは、それでいかがでしょうか。

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レモンよりウメ?

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今日は、「レモン記念日」だそうです。

1938年のこの日に、彫刻家で詩人の高村光太郎の妻・智恵子が亡くなり、亡くなる数時間前に彼女がレモンをかじる姿を光太郎がうたった、「レモン哀歌」にちなんでいます。

「そんなにもあなたはレモンを待ってゐた・・・私の手からとつた一つのレモンをあなたのきれいな歯ががりりと噛んだ 」という有名な詩で、その後出版された光太郎の詩集、「智恵子抄」の中に収められています。

これに続いて、「トパアズいろの香気が立つ その数滴の天のものなるレモンの汁はぱつとあなたの意識を正常にした あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ」と続きます。

統合失調症、つまり昔よく言われていた精神病に罹っていた彼女は、最後にこうして正気に返り、その直後に51歳という若さで亡くなりました。

光太郎と同じく芸術家だった彼女は、夫の彫刻家としての仕事を優先し、画家になるという自分の夢をあきらめた、というのは有名な話です。

しかし、夫の彫刻もまるで売れず、結婚後は、金銭的に苦しい窮乏生活を送っていましたが、32のとき、実家の酒屋、長沼家が破産したあと、一家離散するなどしたために心を痛めました。また、結婚以前から病弱(湿性肋膜炎)であったこともあり、このころから統合失調症の兆候が現れるようになりました。

その後長らく療養生活を送っていましたが、46歳のとき、大量の睡眠薬を飲み自殺を図ります。しかし、これは未遂に終わり、3年後にその一生の最後の地となる東京・品川にあった、ゼームス坂病院に入院しました。

この病院では、その病状は多少の改善を見せ、彼女はかつての絵画に代えて、多数の切り絵(紙絵)を創作するようになりました。これは、時折見舞いに訪れる光太郎を驚かすとともに、喜ばせたといいます。しかし、1938年10月5日、ついに粟粒性肺結核のため亡くなりました。

その最後のときを、光太郎は、上述のレモン哀歌でこう書いています。

「それからひと時 昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして あなたの機関ははそれなり止まつた」

また、その後しばらく時を経た心情をも綴っており、「写真の前に挿した桜の花かげに すずしく光つレモンを今日も置かう」とも書いています。

たしかに、レモンの酸味や香りは非常に印象的であり、最後に智恵子ががりりと噛んだその端からレモン汁が飛び散った様子などを光太郎は鮮やかに記憶していたのでしょう。この詩を創るにあたっても、最愛の亡き妻を表すシンボルとしてぴったりだと思ったにちがいありません。

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このレモンという果実ですが、この実がなる木の原産地はインド北部のヒマラヤで、樹高は3mほどにもなります。ミカン科ミカン属の常緑低木で、この手の柑橘系の木によく見られるように、枝には棘があります。紫色の蕾を付けますが、咲いた花は白が多いものの、ピンクのものもあります。

果実はご存知のとおり、ラグビーボール形で、先端に乳頭と呼ばれる突起があるのが特徴です。レモンは柑橘類の中では四季咲き性の強い品種であり、鉢植え・露地植えのいずれでも栽培が可能ですが、早期の収穫を目指す場合は鉢植えの方が早く開花結実するそうです。

棘のない種類もあるようですが、日本では棘有りのリスボン種とユーレカ種と呼ばれる種類を栽培する農家が多いようです。国内での生産量1位は、広島県であり、尾道市の瀬戸田町など島嶼部での栽培が多く、「瀬戸内・広島レモン」として、全国に出荷されています。

広島県だけで国内生産シェアの51%を有しますが、ついで生産量が多いのは愛媛県であり、両県だけで日本国内におけるレモン生産量の74%を占めています。

しかし、輸入ものも多く流通しており、主な輸入国はアメリカ合衆国です。このほかチリからも輸入しており、この2国からの輸入が97%を占めます。チリは南半球にあるため、日本の農家が栽培できない冬場にチリ産のレモンの輸入量が増えるようです。

その果汁は独特で、砂糖と合わせるとさわやかで甘酸っぱい味となり、製菓材料としても好まれます。ジュースやレモネード、レモンスカッシュなどの清涼飲料水に加工したり、レモンゼリーやレモンタルト、レモンメレンゲ・パイなど、レモンを使用した菓子は数多く存在します。

また、レモンに含まれるビタミンCは、人間の体にとっては必要不可欠なものです。ビタミンCを含まない食事を約60 ~90日間続けた場合、体内のビタミンCの蓄積総量が300 mg以下になり、出血性の障害をもたらす「壊血病」を発症すると言われています。

出血性の障害が体内の各器官で生じる病気で、脱力感を感じたり、体重減少、鈍痛に加え、皮膚や粘膜、歯肉の出血およびそれに伴う歯の脱落、変化があります。また、感染への抵抗力が減少し、古傷が開くキズが治りにくくなるほか、貧血になる、といった症状にも見舞われます。

1日に2.5mgのビタミンCしか摂取しない期間が約3年間続くと老化が速く進行し、死亡する人が出てくる可能性もあるそうです。同じビタミンでも、ビタミンB1が欠乏すると、いわゆる脚気(かっけ)になることも知られており、これもビタミン欠乏症の一つです。こちらも心不全と末梢神経障害をきたして死に至る場合もあります。

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このビタミンCを人間は自分の体の中では生成できません。ヒトを含むサル目の一部やモルモットなどだけであり、その必要量をすべて食事などによって外部から摂取する必要があります。かつては人類も体内でビタミンCを生成できたそうですが、進化の過程でその機能を失いました。

ビタミンC合成能力を失ったにもかかわらず継続的に生存し得た最大の理由は、果物、野菜等のビタミンCを豊富に含む食餌を日常的に得られる環境にあったためです。なお、鳥類は現在でもビタミンCの合成能力があるそうで、キツネザルなどの一部の哺乳類でもビタミンC合成能力があるそうです。

レモンはこのビタミンCを大量に含んでいることはよく知られており、農林水産省はかつて「ビタミンC含有菓子の品質表示ガイドライン」によって定めていました。しかし、このガイドラインはなぜか2008年に廃止されており、このため各メーカーとも、「レモン何個分のビタミンC含有」などと、結構いいかげんな表示をしているようです。

が、過剰摂取したからといって体に悪いわけではなく、体内で吸収されなかった余剰のビタミンCは尿中に排出されます。しかし、数グラムレベルで一度に大量摂取すると、下痢を起こす可能性があるそうなので、注意が必要です。

逆に、ビタミンCが足りないほうが大きな問題であり、このため、その昔は壊血病対策として船にレモンを積み込むことが盛んに行われていました。

16世紀から18世紀の大航海時代には、壊血病の原因が分からなかったため、海賊以上に恐れられていました。ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見の航海においては、180人の船員のうち100人がこの病気にかかって死亡しています。

1753年にイギリス海軍省のジェームズ・リンドは、食事環境が比較的良好な高級船員の発症者が少ないことに着目し、新鮮な野菜や果物、特にミカンやレモンを摂ることによってこの病気の予防が出来ることを見出しました。

その成果を受けて、1768~ 1771年のキャプテン・クックの南太平洋探検の第一回航海では、ザワークラウトや果物の摂取に努めたことにより、史上初めて壊血病による死者を出さずに世界周航が成し遂げられました。

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ザワークラウト(Sauerkraut)は、ご存知の方も多いでしょうが、ドイツ発祥のキャベツの漬物で、いわゆる「すっぱいキャベツ」です。この酸味は乳酸発酵によるものであり、しんなりとしたキャベツの食感も熱を加えたものではありません。このため、大量のビタミンCが残ります。

当時の航海では新鮮な柑橘類を常に入手することが困難だったことから、ザワークラウトに目が付けられたわけですが、このほかにもイギリス海軍省の傷病委員会は、抗壊血病薬として麦汁、ポータブルスープ、濃縮オレンジジュースなどをクックに支給していました。

ところが、これらのほとんどは、今日ではまったく効果がないことが明らかになっています。

たとえば、濃縮オレンジジュースは加熱されることによって、ビタミンCの多くを失います。レモンも同様であり、加熱すると空気中の酸素や水分との反応が促進されて分解しやすくなります。このため、近年では、レモン果汁100%の加熱型濃縮還元ジュースでは、超音波による果汁濃縮が主流となっています。

超音波加湿器と同じ原理であり、果汁液の水分のみを飛ばすことによって果汁を濃縮するシステムです。加熱式にくらべ、エネルギー効率が良く、工場の冷房費用もかからないため主流となったようです。しかし、この方式でも加熱殺菌は行われるため、やはりビタミンCは壊れてしまいます。

そのため高栄養価を謳う野菜ジュースは別途、合成抽出したビタミン類などが添加されている場合も多いようです。

このように、クックが持って行った多くの食材に含まれるビタミンCも、熱を加えることによってほとんど壊れており、結局、おもにザワークラウト以外のものはほとんど役に立ちませんでした。

にもかかわらず、クックはこの航海からの帰還後に、麦汁なども壊血病に効くとして推薦したりしたものですから、その後も長期航海における壊血病の根絶はなかなか進みませんでした。

1920年になってようやく、イギリスの生化学者、ジャック・ドラモンドがオレンジ果汁から抗壊血病の予防となる因子を抽出に成功し、これをビタミンCと呼ぶことを提案しました。 また、1933年には、ポーランドの化学者、タデウシュ・ライヒスタインが、世界で初めて、有機合成によるビタミンCの合成に成功しました。

この功績だけではなく、その後ライヒスタインは、副腎皮質ホルモンに関する研究などにより、ノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

レモンのその他の利用方法としては、レモンの葉っぱは調味料として用いられることがあり、中国の広東料理の蛇スープでは定番の薬味となっています。また、レモンには大量のクエン酸(4%から8%)が含まれており、これを利用して水垢や汚れを落とすことができます。このため、家庭内で掃除に用いられることがあるようです。

さらに、このクエン酸の効果により、リンゴなどの切り口が褐色に変色しやすいものにレモン汁をかければ、変色を抑えることができます。酸性が強く、またビタミンCを多く含むことから美白、美顔用の材料にも用いられることがあります。

が、実はその効果は科学的には証明されていないそうで、むしろ、皮膚炎を起こすリスクもあるといいますからこちらも注意が必要です。

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そのほか、レモンの皮にはリモネンという成分が含まれており、天然物由来の溶剤としてよく利用されています。具体的には、油汚れを落とすための洗浄剤や、ガム剥がし用の溶剤の成分として使用されるほか、発泡スチロールをよく溶かすため、発泡スチロールのリサイクルに利用されています。

意外なことに、レモンからは油もとれます。果皮を低温圧搾、または水蒸気蒸留することで精油を抽出することができ、これを湿布薬や、咳止め薬の成分として利用します。また、この精油は、ほかに香料として使える可能性があります。

しかし、抽出法によって成分組成は異なるそうで、低温圧搾法で得られる精油の香りは、非常に短時間しか持続しないという欠点があるようです。このため、この精油から「テルピン油」の素材となる「テルペン」という物質を取り除く、という二重の操作を加えたものはある程度長持ちすることがわかっています。

これは「レモン油」として販売もされており、食品、飲料に香料として添加されています。しかし、毒素が含まれている場合があるので、皮膚への使用は推奨されません。ただ、香りだけ楽しむのなら有害作用はなく、リラックス作用があることが脳波の計測などによって示されています。

その芳香は目を覚ますほどのきついものですが、慣れると虜になってしまうような魅力があります。またその味わいも、酸味の中のほのかな甘みがあり、こちらのほうでもとりこになってしまう人も多いようです。

このため、レモンといえば、恋愛、とくに初恋と関連づけられることが多いものです。「ファーストキスはレモンの味」という表現は現在では古臭いといわれてしまいそうですが、実際、そうしたレモンの味に淡い初恋感を感じてしまう人は多いでしょう。

フレッシュなイメージがあるため、「ザ・テレビジョン」という雑誌では、その表紙に登場する人物が必ずレモンを持たせているそうです。レモンの花言葉は、花言葉は、「心からの思慕」「香気」「誠実な愛」「熱意」などだそうで、まさに若さや幼い恋の象徴です。

ところが、レモンにこうしたいい印象を持っているのは、日本だけのようで、英語圏ではむしろイメージは悪く、一般には、「無価値」、「不完全」を示す言葉になっています。

アメリカでは、レモンといえば、中古車、というイメージを持つ人が多く、「レモンカー」といえば中古車を示すスラングです。

こうした中古車の市場においてはよく、「情報の非対称性」ということがいわれます。これは、例えば、「売り手」と「買い手」の間において、「売り手」のみが専門知識と情報を有し、「買い手」はそれを知らないというように、双方で情報と知識の共有ができていない状態のことを指す経済用語です。

ある市場において、それを売ったり買ったりする各取引団体が持っている情報に差がある場合、いわゆる、売り手市場や、書い手市場といった不均衡が生まれます。つまり、情報の非対称性があるときには、一方に不利益がもたらされることもあり、中古車市場では、一般にクルマの知識に乏しい買い手が不利、とはよく言われることです。

アメリカでは、中古車市場のことを、「レモン市場」ともいうそうで、これはつまり、売られている中古車は玉石混淆だ、ということです。よく知らないままに、セールスマンに騙されて買ったレモンは、実は腐っていた、ということもあるわけです。

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調べてみると、この「レモン市場」という言葉は、その昔、フォルクスワーゲンのビートルがアメリカで販売されたときの、意見広告から派生した言葉のようです。このときの、広告写真には、大きなVWビートルの写真が掲げられ、その下にはこうした意味のことが書かれていました。

「我々は粗悪なレモン(低品質な車のこと)を摘む。そしてあなた方消費者は、プラム(梅)を得るだろう。」

レモンというのは、収穫したときには大きさも不揃いなものが多く、また痛んでしまうことも多いため、出荷のためには品質の良いものの選別作業が欠かせません。これに対してプラムは小粒ながらも大きさのそろっているものが多く、一般に痛みもそう多くありません。

つまり、この当時の粗悪な品質のアメリカ車を揶揄し、これをつまんで捨てる代わりにより小粒で品質の整った梅を選ぶ、すなわちアメ車よりも性能の良いドイツ車を買うことを勧めた広告であったわけです。

この広告は評判を呼び、その後アメリカでのVWビートルの売り上げは爆発的に増えたそうです。アメリカだけでなく、その他の国へもこのビートルは多数輸出され、1950年代から1970年代にかけて大きな成功を収め、おびただしい外貨獲得によって、戦後の西ドイツ経済の復興に大きく貢献しました。

そして、その後世界に冠たる自動車メーカーにのしあがりましたが、そこへ今回の不正問題です。

米環境保護局(EPA)はフォルクスワーゲンが排ガス規制逃れのために一部ディーゼルエンジン車に違法ソフトウエアを搭載していたと告発し、意図的に規制当局を欺こうとしていたとみており、2兆円以上の罰金を科される可能性もあるといいます。

売り物にしてきた「クリーン」なブランドイメージを裏切ったVWは高い代償を支払う形になったわけであり、自らがかつて意見広告したように、自社製品もまた「レモンカー」であることがバレてしまったわけです。

かつて、このVWと提携を目指していて、この事件発覚直前に提携を解消していた、日本の自動車メーカー、スズキは、これを「神回避」した、とネット上で大きな話題となっているそうです。

もともとスズキの軽自動車のノウハウと、VWのディーゼルエンジン技術の技術交換による提携とも言われていたそうです。結局のところVWから技術の提供が行われなかったことが提携解消の裏側にあったと言われているようですが、実はクリーンディーゼル技術が嘘だったため提供することができなかったのが正直なところでは?との噂もあるそうです。

日本国内では軽自動車の好調を支え、リードしてきたスズキですが、もしVWグループ傘下に残っていた場合、売却など多かれ少なかれダメージを負っていたのは確実です。VWの大量のスズキ株を取り戻したタイミングといい、まさに危機一髪の神回避といえるでしょう。

願わくば、VWのようなレモンカーが生まれるような芽を今後とも摘んでいただき、今後もプラムのような素晴らしい車を作り続けていただきたい、とも思う次第です。

ちなみに、梅の花言葉は、「高潔」「忠実」「忍耐」だそうです。自動車界にあって孤高の旅を続ける、スズキにぴったりのイメージではないでしょうか。

2015-9960