HOURGLASS

先日のこと、その昔買ったCDの整理をしていたら、女性ボーカリストのFayrayさんの“HOURGLASS” というCDが目に留まりました。

確か「砂時計」という意味だったよな……とながめているうちに、そういえば、うちにもひとつあったということも思い出しました。

タエさんに聞いたところ、リビングのサイドボードの中、とのことで言われたとおり探してみると出てきました。

緑色の砂の入った3分計で、どこで買ったものかな~と思い巡らせていたところ、砂時計の片側には ”NIMA sand museum” の文字が……

その瞬間、これは昔、家族で山陰地方に旅行へ行ったときに手にいれたものだと気がつきました。と同時に、この砂時計は、このとき立ち寄った「仁摩サンドミュージアム」で買い求めたもので、確かそのとき父も同じものを買い、そちらの砂の色はピンクだったということなどまで思い出しました。

この頃はまだ父や先妻も息災で、この旅行は、息子を連れて夏休みに帰郷した際、母も含めて5人で出かけた温泉旅行でした。かれこれもう12~3年前のことであり、改めて時の流れを感じるとともに、それを思いだせてくれたのが「時」を象徴する砂時計であったことの不思議さを感じてしまいました。

仁摩サンドミュージアムというのは、東西に細長い島根県の中ほどにある大田市の仁摩町にある「砂の博物館」です。

今はもうその名も懐かしい「ふるさと創生事業」の一環として仁摩町が建設したもので、建物はガラス張りの6つのピラミッド群からなっており、この町の名物である「琴ヶ浜の鳴き砂」をテーマの中心に据え、これと関係のある砂時計などを展示した施設です。

その目玉として総重量1tの砂を使用する巨大な「一年計砂時計」が準備され、これは「砂暦」と名付けられて1991年1月1日から稼働しています。おそらく今も動き続けているのではないでしょうか。

館内にはこの「砂暦」の展示のほか、さまざまな砂に関するオブジェの展示があり、「鳴き砂」についても詳細な解説がなされています。

鳴き砂というのは、踏みしめるとまるで砂が鳴くようにギュッギュッ音を立てる砂浜です。

この仁摩町にも鳴き砂の浜があり、これは琴ヶ浜といいます。1996年に日本の音風景100選と日本の渚百選に選ばれたこともある延長1.6kmほどの美しい浜であり、浜は全て海水浴場となっており、夏は多くの海浴客で賑わいます。

また、この地方はとりわけ夕日がきれいなところで、日本海に沈む夕日を見るためだけにここを訪れる人も多いようです。

「琴ヶ浜」という名前ですが、これはある平家の姫が、壇ノ浦の源平の戦に敗れこの地に流れ着いたことに由来しています。その時村人に助けられたお礼にと、姫は毎日琴を奏でていたといい、この姫が亡くなると、砂浜が琴の音のように鳴くようになったそうです。

それ以来その姫を琴姫、この浜を琴ヶ浜と呼ぶようになったといわれており、なんとももの悲しいかんじがします。

鳴き砂とは、鳴り砂ともいい、砂の上を歩くとギュッギュッ、またはグッグッ(聞きようによってはキュッキュッ)と鳴る砂をいいます。その呼び方は地方によって違うようですが、私が知っている限りでは「なき」と呼んでいるところが多いように思います。

鳴き砂には一般的には石英粒が多数含まれていて、砂浜を急激に踏み込んだとき、砂層に含まれる石英の表面で摩擦が生じ、音を出すといわれていますが、その詳細なメカニズムはまだ分かっていないそうです。

ただ、外部からの圧力が加わったとき、砂の塊を動きやすくなる面が生じ、このすべり面上で砂がこなごなに割れて粉体となり、これが振動するために音が出る、というような説を唱える学者もいるようです。

わかったようなわからないような説明ですが、こんな単純なことすらも解明されていないこと自体も不思議です。

鳴き砂に含まれている石英粒は、砂全体に対してだいたい65パーセント以上をも含んでいないとダメだそうで、しかもきれいに鳴るためには含まれているゴミも少ないほうが良いそうです。

また、砂粒の大きさも大事で、良い鳴き砂になるためには、粒度の範囲が限られていて、大きすぎたり小さすぎてもいけません。1mm以上の砂や200ミクロン以下の砂では音が出ないようです。

日本国内には、石川県にも同名の琴ヶ浜という鳴き砂浜があり、京都府にも似たような名前の琴引浜が、また宮城県の十八鳴浜(くぐなりはま)、などがあります。いずれもこの島根県の琴ヶ浜と同様に、鳴く砂にちなんで何等かの伝説や民話があるようです。

日本国外ではカナダ・プリンスエドワードアイランド州のBasin Head Beachが鳴き砂の浜として有名です。同州内には、他にも2ヶ所の鳴き砂の浜があるそうです。また、アメリカ合衆国をはじめ、世界各国の35の砂漠に鳴き砂があることが知られています。

が、国外では海岸にある鳴き砂は日本ほど多くはないようです。海外では、内陸部にある沙漠や砂丘の砂でのものが多く、砂漠の鳴き砂の場合、堆積した砂の山が強風によって崩壊したり人為的に砂山を崩壊させたときに砂が擦れて音を出すそうです。

また、英語では、鳴き砂のことを”singing sand”、”whistling sand “または”musical sand”といいますから、外国人には鳴くというよりも歌っているように聞こえるのかもしれません。

この鳴き砂は、海岸沿いに消波ブロックを設置したり、突堤を築いたりすると鳴らなくなることもあります。その周辺の海流が変化するため、砂に含まれる石英などの鉱物成分や粒度分布などが変わってしまうためです。

海岸に石英分を含む砂が多いということは、その浜の背後やその近辺には石英を多く含む花崗岩が多く分布するということであり、この島根県の琴ヶ浜の場合も石英を多く含んだ堆積層が海岸近くにみられます。

しかし、ただ単に堆積層があるだけでは鳴き砂できません。こうした堆積層を含む崖が波によって侵食されて石英粒が流出したり、もしくは川の上流で侵食された堆積層から細かい砂が水中に流れ出るといった条件が必要です。これが海では波によって攪拌され、「漂砂」となって運ばれ、波の穏やかな場所に漂着、均一化して堆積します。

それらの砂の表面がさらに長年のうちに波によって研摩されて鳴き砂になりますが、もうひとつ重要な要件としては、鳴り砂になるための材料の砂がその海岸から出入りしないことがあげられます。つまり琴ヶ浜なら、琴ヶ浜という1ブロックの海岸から砂の流出や他からの流入がないことが重要な条件のひとつです。

ちなみに私はこの島根の琴ヶ浜の鳴き砂を踏んだことはありませんが、石川県の輪島にある琴ヶ浜を訪れて、実際にその鳴き具合を試したことがあります。鳴き砂に音を出させるためには、砂の間で表面摩擦を起こさせる必要があるのですが、強く踏み込めばいいかというとそういうわけでもなく、うまく音を出すためにはちょっとしたコツが必要です。

その昔は、下駄を履いて摺り足で歩くと良く鳴るといわれたようですが、現代では下駄ばきの人はそう多くはありません。なので、靴履きならば、つま先をあげてかかとだけで歩くとうまく鳴るようです。

また、乾燥していたほうが鳴りやすいそうですが、仁摩町の琴ヶ浜の鳴き砂はかなり感度の良い部類だそうで、乾燥していなくてもとてもいい音がするようです。

ちなみに、人工的に作った珪砂をビーカーなどの器具の中で洗浄し続けると、やがて摩擦によって砂は沸騰するように熱くなり、それだけで珪砂の入った容器内がグーグーと鳴り始めるそうです。石英粒は研磨剤としてまとめて売られていることもあるようなので、もし入手できるようでしたらお宅で実験してみてください。

こうした希少な条件によって成立する鳴き砂海岸は、ほんのちょっとした条件変化で鳴かなくなってしまうことがあります。その地域の海洋汚染によって鳴らなくなってしまうこともあり、かつてNHKのドキュメンタリー番組の企画では汚染によって鳴らなくなった砂を再度鳴かせる実験が行われたそうです。

このときは、長時間にわたる洗浄によって砂の汚れを完全に落としたそうで、その結果ある程度の音が回復したようです。ただ、海洋汚染ではなく、海流の変化などによって砂浜の粒度や構成成分が変わってしまった場合には、長時間洗浄しても回復の望みはないといいます。

石英分を多く含んだ海岸というのは、日本ではわりと多いようで、前述のような有名な鳴き砂海岸以外にも全国でだいたい200ヶ所くらいはあるのではないかという統計もあるようです。しかし、これらの多くが海洋汚染を受け、現在でも音を発する地域150ヶ所くらいに減ってきているとのことです。

ただ、浜が鳴くというのは町おこしにもつながりますので、近年こうした鳴き砂浜を探す自治体や愛好家もおり、これにより新たに発見される鳴き砂浜もあるようです。

一例としては、2006年に、宮城県亘理町の阿武隈川河口の汽水湖「鳥の海」付近で、3kmにもわたって国内最大級の鳴り砂が新たに発見されたそうです。

この鳴き砂の「鳴き」の起因となる石英粒は、とくにその含有量が多いものは珪砂(けいさ)とも呼ばれ、ガラスの原料としても用いられます。英語では、quartz sandと呼ばれ、時計にも使われるクオーツの語源はこれです。また、石英を主体とした珪化物からなる鉱石は珪石と呼ばれています。

冒頭でも述べた砂時計によく使われるのもこの珪砂です。いわずもがなですが、砂時計とは透明な中空の管に入れた砂の落下で経過時間を計る装置で、一般的には細かい時刻までは計測できません。

しかし、仁摩サンドミュージアムの一年時計は、一年が経過すると自動的に上下がひっくり返されるしくみになっており、その誤差も流れ落ちる砂の量が器械的に精査されて補正されるしくみになっているみたいです。

が、無論一般的にはこうした仕組みまで入れた自動砂時計といったものは存在しません。従って、普通は時計というよりも、タイマーとして使われることが多いようです。

砂時計の本体部分は、ガラスの成形上の理由から丸底のものが多く、このままだと転がってしまうので、普通これを保持するために木製の外枠がついています。この外枠の形状やデザインに工夫を凝らしたものも多く、古いものは結構アンティークとして重宝がられ、美術品の扱いを受けるものまであるようです。

砂時計の命は、やはりなんといってもそのガラス容器中央にあるくびれでしょう。これをどの程度にするかによって、砂が落ちる速度が決まってくるため、その成型方法はかなり微妙です。このくびれはその形がハチに似ていることから、専門家の間では「蜂の腰」と呼ばれています。

中身の砂の質や量も時間計測には大きく影響します。砂の量とくびれの傾斜や細さ、そして砂の質で時間が決まりますが、一定の時間、例えば3分時計を作る場合に、誤差が出る場合などには砂の質や粒状をいじることによって調整します。

一般に「砂」と呼ばれてはいますが、珪砂以外にも砂鉄などが使われる場合もあります。砂鉄の場合は、とくに 普通の砂よりも粒子が整っており、時間調整がしやすいため、より砂時計に適しているといいます。

また、乾燥材として使われるシリカゲルで代用されることもあります。こちらも粒形を丸くできかつ均一な砂を作れるので、スムーズに流れ落ちるため、砂時計に向いています。

他に、ガラスビーズなども使うこともあり、その昔は貝殻や大理石を粉砕したものも使われました。小学校の理科の時間などで、小さなガラスビーズを使って砂時計を作る実験をした経験がある人も多いのではないでしょうか。

カラフルな色のビーズを使うときれいな砂時計ができます。教材ではなく、一般向けにこうしたものを市販しているかどうか知りませんが、キットか何かにして売り出せば、結構売れるかもしれません。

ちなみに、砂時計とよく似た機構を持つものに、オイル時計というのもあります。

水と油のように、比重が異なり、混じり合うことのない2種類の液体をガラスなどの容器内に封入した時計で、内部に仕切りなどを設けてここに複数の穴をあけ、穴のうちのひとつから比重の大きい水を下部に滴下させ、もう一方の穴から比重の軽いオイルが上部に逃げるようになっています。

すべての水とオイルが分離したら、ワンサイクルが終りで、再度計測するためには砂時計と同様にひっくり返します。水と油は区別が付くように着色されていることが多く、これもかなりカラフルなものが作れることから、インテリアや贈答品として喜ばれているようです。

水と油のかわりに、比重の大きい液体と、比重の小さい粒体を用いて、逆に「砂」が上っていくように見える砂時計もあるそうで、これはみるからに楽しそうです。そのほかいろんなバージョンがあるようなので、ネットでいろいろ探してみてください。

この砂時計の起源は、古代ギリシャ、ローマとも中国ともいわれているようですが、どこが本舗かどうかははっきりわかっていないようです。

11世紀頃までには、航海用の時計として使われていたという記録もあるようです。いったい何に使ったのかと思ったら、航海した経過時間を計測することなどに使ったようです。

地球一周をしたマゼランは18個の砂時計を船に積み込み、その合計時間と移動距離などから速度などを計算したそうで、その時刻補正には、正午に太陽が天頂にくることを利用していたといわれています。

無論、あまり実用性がないので、その後機械式の時計が発明されたことで、ほとんど使われることはなくなりました。

しかし、砂時計は庶民の手軽なタイマーとしてヨーロッパにおいてはよく普及しました。死の伝統的シンボルでもあり、墓石の図柄として用いられることがありますが、これは砂時計が命の刻限が次第に減っていくことへの暗示とされていたためです。

その関連からか、中世に置いては死をもたらす地獄の使者、海賊のシンボルとしても使われるようになり、海賊旗にも砂時計をあしらったものが多かったそうです。

この砂時計によく使われることの多い珪砂の原料である石英は砂時計以外にもいろんな用途に使われます。その粉末は古くは水晶末と呼ばれ、顔料として使用されたほか、火打石としても使われました。

現在では、ローパスフィルタと呼ばれるデジカメ用の光学フィルタによく用いられ、このほか、石英を材料とした石英ガラスは、耐熱性・透明度に優れるため、化学器具や光学機器に用いられます。光ファイバーに使われるのも石英ガラスです。

石英は、地殻を構成する非常に一般的な造岩鉱物で、火成岩・変成岩・堆積岩のいずれにもしばしば含まれており、このため世界中で手に入ります。

どこにでもあるため、砂埃にも石英が含まれています。そのモース硬度は7で、プラスティック・金属・車の塗装などはこうした砂埃で容易に傷ついてしまいます。このため、宝石は石英を基準としてこれより硬度の高いものが選ばれます。宝石として身につけるものが、砂埃などで簡単に傷ついたりしては困るからです。

日本国内でとくにまとまって産出する箇所として有名なのは、山梨県の甲府市、岐阜県中津川市、愛知県春日井市などです。

これらの中でも山梨県は一番有名で、甲府市近郊の金峰山一帯にはかつて、武田氏が管理する幾つもの水晶鉱山が存在し、明治に入ってからはこれらの鉱山からは工学ガラスや珪石資源として盛んに石英が採掘されました。

この石英の結晶体がいわゆる「水晶」であり、宝石としても扱われます。古代ローマの博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスは、水晶は永久的に凍ったままの氷だと信じており、これに由来してか、ヨーロッパでの水晶の宝石としての「石言葉」は「完璧・冷静沈着・神秘的」だそうです。

宝石として珍重されるほか、その昔は代表的な圧電体でもあるため、初期のレコードプレーヤーのピックアップに使われたりもしました。

無色透明な水晶は地球の大陸地殻ではそれほど珍しい鉱物ではありませんが、石英が水晶になるためにはさらに高温高圧が必要であるため、これは花崗岩質のペグマタイト(水晶などの大きな結晶を含む火成岩の一種)や今話題の海洋熱水鉱床などから産出されます。

国内では先述の石英の産地、甲府市、中津川市、春日井市などでは、その昔は水晶もたくさん採掘されました。このほか岩手県矢巾町にある南昌山では宮沢賢治が水晶を採集していたことで有名です。

また工業用途にも利用されるため、人工的に生産することが可能であり、大きくて無色透明な水晶を作ることも比較的容易です。が、一般的には電気部品などに使われる小型のもののほうが生産量が多いようです。

圧力が加わると電気が発生して規則正しく振動することから、「水晶振動子」としても使われ、精度の高い周波数を必要とする電子部品や時計に「クォーツ」としても使われます。

同じ原理を利用して、水晶微量天秤と呼ばれる微量質量を正確に測定するための装置の研究も行われており、今や水晶は我々の生活には欠かせないもののひとつです。

ただ、国内の自然な水晶は掘りつくされた感があり、現在稼動している水晶鉱山は皆無です。ただ、甲府市では昇仙峡等の観光地があるため、お土産用の水晶の採掘が今でも行われており、かつて市内には日本で唯一の宝石博物館がありました(現在は富士河口湖町に移転)。

宝石としての水晶は、やはり「水晶玉」が最も人気があり、大きなものは占いの道具として重宝がられるほか、小さなものは数珠にして使われることも多いようです。が、それなりの硬度もあるため、球状だけでなく、カットしてジュエリーに使われることもあります。

水晶の中には、色つき水晶と呼ばれるものもあり、これは水晶に不純物が混じり色のついたものですが、透明なものよりも逆に人気があり、準貴石として扱われることも多いものです。

紫水晶、黄水晶、煙水晶、黒水晶のなどがあり、このほか、水晶内部にインクルージョンといって何等かの鉱物などが入り込んだものもあり、これは「変わり水晶」としてとくにコレクターに人気があります。

インクルージョンとしては、金紅石(ルチル)の針状結晶が入っているため細い金色の針が入り込んだように見える「針入り水晶」や、電気石などの柱状の鉱物が混入してまるでススキのように見える「ススキ入り水晶」などが人気があるようです。

水晶の中にもう一つの水晶が含まれるように見え、その形が山のようにみえることから、「山入り水晶」と呼ばれるものもあり、これはファントムクォーツ(幽霊水晶)とも呼ばれて特に珍重されているようです。

しかし、最近は水晶は宝石としてよりも、「パワーストーン」として珍重される向きが多くなってきました。

これは江原啓之さんらによってスピリチュアリズムというものが世に広く知られるようになり、江原さんのような霊能者たちが水晶玉にはパワーがあるとしたことなどに起因するものと思われます。

水晶玉にパワーがあるという説は古くからあり、マヤ文明およびその地域の原住部族においては、透明水晶を「ザストゥン」と呼び、まじない石として大切に扱っていました。また、オーストラリア先住民の神話の中では、水晶は最も一般的な神の思し召しの物質、「マバン」とされていたそうです。

日本国内でも水晶玉は古くから作られてきましたが、いつ頃から作られだしたのかは定かではないようです。ただ、2000年前の奈具岡遺跡(京都府京丹後市)は水晶をはじめとする貴石を数珠状にする細工工房であったことがわかっています。

天然であっても人工であっても、水晶は比較的硬い鉱物であるなどの理由で曲面に加工するのが難しいことから、これを球状に加工したものにはとくに希少性が高くなります。

このことから、水晶を球形に加工する技術は、少なくとも弥生時代中期まで下らないと完成されなかったと考えられています。古代の人々は、これを主に装飾品として用いていたようですが、呪術的な力を持つものとしても扱っていたようで、その伝統が現在にまで受け継がれ、水晶がパワーストーンとして珍重されている理由です。

ヨーロッパでも古くから占いの道具として用いられ、儀式魔術では霊的存在の姿を確認したり、「あちら」の方から未来へ向けたヴィジョンを受け取るときのツールとして用いられました。

これらの儀式には水晶だけでなく、ガラス、水など、ある種の光学特性をもつ物体が使用されました。しかし、水晶球を用いた方法はとくに、クリスタルゲイジング (crystal gazing)と呼ばれ、gazeとは視線を意味しますから、水晶は霊視をするための特別な道具として使われたものと考えられます。

よくアラビアンナイトなどを扱った映画で、妖しい女呪術師が水晶玉を用いて、未来が見える~とか言っている場面が出てきますが、あれがクリスタルゲイジングです。

水晶にほんとうにこうした未来を透視したりできる力があるかどうかについては、何ら信憑性のあるデータがあるわけではなく、また水晶から何等かのパワーが得られるといったことについても科学的な証明がなされているわけではありません。

ただ、前術のとおり、水晶がクォーツ時計に使われるなど、我々はその力を利用して、正確な時刻を刻むことができます。つまり、水晶を使うことで規則正しい生活ができるというわけです。

よく「気」が乱れるといいますが、これはある種の周波数が乱れていると同じことであり、こうした乱れた気、すなわち乱れた周波数を水晶はその安定した周波数で「同調・安定」させることができるといわれています。

このことから、よく水晶には「浄化パワー」があるといういい方をしますが、浄化というよりも安定や調和、ひいては平穏・平和・を生みだす力があるといったほうが正しいかもしれません。

また、水晶は物理的な性質として、独特の二重螺旋構造を持っています。ここでは詳しくは説明しませんが、その最小パーツの並び方は螺旋を描いていて、この構造によって水晶には「旋光性」という性質があります。このため、特殊な装置を使って水晶玉を上からみると渦巻き状の模様が見ることができます。

しかもこの回転には、右回りの水晶と左回りの水晶があります。右回りのものを右水晶、左回りを左水晶といい、左巻きの結晶構造の水晶は、エネルギーを集め、右巻きの水晶はエネルギーを放出するといわれています。

宇宙全体もまた、こうした左右の螺旋エネルギー(陰陽)で出来ていると言われており、水晶もまた、そのエネルギーの結晶体としてこの世に出てきた物質というわけです。

このため、「右巻きの水晶はエネルギーを放出する」わけですから、これを身につければ、負の感情などを放出してくれて、浄化する働きが強くなります。また「左巻きの水晶はエネルギーを集める」わけですから、宇宙の良い気を繋ぎ留めてくれます。

天然水晶の中から左水晶と右水晶を一つ一つ鑑別し、右回転と左回転の結晶構造の水晶を交互に配列して置くと、ネガティブな気の影響をキャンセルし、人体に有益な気の場を作る事が可能となるといわれており、これをゼロ・フィールドクリスタルと呼びます。

従って、水晶をブレスレットやネックレスにして身に着ける場合は、右回りと左回りの球体の水晶を交互に並べると、良い浄化システムとして機能するそうです。このほかにも左手に左螺旋水晶をつけて、より高いエネルギーを大地から吸収し安くし、右手に右螺旋水晶をつけ、エネルギーの流れを高めるという方法もあるようです。

また、人間もまたそのDNAが二重らせん構造を持っていることから、同じく二重らせん構造を持つ水晶には、人の意識を容易に投影することができるといわれています。

意識を向ければ向けるほど、水晶も強いエネルギーを記憶していくといわれており、何かを強く意識したとき、それが水晶にも投影されるので、「人の意識の力を増幅」することができるともいわれています。

つまり、人が何かを強く思ったとき、その意識はパワーストーンに記憶され、人の意識がパワーストーンに「投影」されることでパワーストーンも同じような意識を持つことになります。

良好で不純でない意識を向ければ向けるほど、水晶も強いエネルギー を記憶していくと言われ、この力をうまく用いれば願望成就ができるともいわれています。よく水晶が「願望成就」の象徴といわれる理由はここからきています。

水晶は、透視占いや予知、呪術などのオカルティックな用途に使われるものと思われがちですが、こうした特質を持つものとわかれば、たとえ科学的に説明されていなくても、多少身近なものに感じることができるのではないでしょうか。

ちなみに我が家には、各部屋のいたるところに水晶玉が貼り付けてあります。また、鬼門の方向にある東北の角部屋には、ある方から頂いた7つの水晶が置いてあって、これらが邪気を鎮めるとともに家の運気を高めてくれています。

水晶は、心の痛みや実際の痛みも和らげてくれるといいます。純粋でなんの穢れもない水晶は見ているだけでも、癒されるような気がします。

パワーのあるなしを信じる信じないは別として、あなたもおひとつ、水晶玉を手に入れられてはいかがでしょうか。