ウソかまことか

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ちかごろの新聞やニュースでは、中国や韓国との関係悪化といった国際問題がよく話題になっていますが、国内に目を向けると、やたらに殺傷事件が多く、このほか詐欺や語りといった事件が連日のように報道されていて、なんだかずいぶんとすさんだ感じがします。

詐欺といえば、オレオレ詐欺は以前にも増して増加しているそうですが、最近はこうした詐欺と殺傷事件が相乗りしたような事件も増えていて、先日、柏で起きた連続殺傷事件も犯人がまるで一般人のようにメディアの取材に登場し、スター気取りで犯行の様子を話していたことなどが報道されていました。

また、ちょっと前には耳が聞こえない作曲家さんの大ボラがバレ、本人は記者会見を開いて謝罪していますが、本当のことを言っているかどうか疑わしく、これまでも彼の虚言に振り回された人々に対しての詐欺罪の適用も取沙汰されているようです。

今朝のニュースでも、理化学研究所の女性研究員が海外科学雑誌に発表した革命的な人工細胞に関する論文が、実は捏造ではないかとの内外からの指摘を受けており、こちらはその内容が本物であるかどうかは別として、その発表の仕方に対して科学者としての礼節が問われる事態に至っています。

作曲坂さんの件でもまさかウソではないよな~と信じたい、信じようと思っていたところに、続けざまにこうした事件が重ねて起きると、なんだか人間不信になってしまいそうです。この女性科学者さんも、もしかしたら……と疑心暗鬼になっているのは、私だけではないでしょう。

日本人はよくウソに騙されやすい、といわれるようですが、その理由についてネットで調べてみると、実にたくさんの意見が見受けられます。

日本人の均質性を取り上げる人がいて、これは日本人が同一人種のために、みんな同じになりたがる、だからウソをついてでも標準に合わせようとする、とか、日和見&集団主義の集団であるため、「嘘も方便」ということになり、なにごとにつけても表面的に上手くいく事が優先される、といった意見があるようです。

また、物理化学などの科学の世界では合理性を追求してハイレベルの成果を残してきたにも関わらず、「和」を重んじる国民性のため、社会制度のほうの合理性は追及してこなかったため、合理性のない虚実も簡単に信じ込む癖がついたのだということを唱える人もいます。

さらには、他国の侵略を受けたことがなく、他国、他民族との交渉などもほとんどしてこなかった歴史が、多少のウソがまかり通るような風潮をつくったという意見、いや欧米のように信用を得るためのコストを払ってこなかったことが原因という意見もあったりして、日本人は騙されやすい、と言われるという点については、実に多様な見解があるようです。

おそらくはどれもが一理あるのでしょうが、日本社会は性善説,外国は性悪説ということもよくわれるようであり、上の数々の意見も、「性善説」というキーワードをもとに考える説明できるような気もします。何ごとにつけ、日本人は、この世に悪人というものはいない、ということを信じたがる、善良な国民性を持っている、というわけです。

性善説については、いまさら説明する必要もないでしょうが、人間の本性は基本的に善であるとする倫理学・道徳学的な説であり、もともと中国の思想家が唱えた説です。孟子や朱子が、人の「性」は善であっても放っておけば悪を行うようになってしまうため、「聖人の教え」や「礼」などによることが必要である、と説いたことに由来します。

じゃあなんで、日本人は性善説を信じるようになったのか、ということですが、これについても議論を始めると、キリがありません。が、やはり、他国の侵略を受けたことがない、同一の民族国家であり、しかも島国のために、誰もが悪人だと思いはじめたらやっていけない、というところがあったのでしょう。

日本の法律には性善説を前提で作られたものが多いと言われているそうで、社会制度そのものが性善説に基づいて成り立っているからこそ、長い不況で社会が疲弊している現在、詐欺まがいの事件がやたらに起こるのかもしれません。

騙すほうも、騙されるほうも「こんな善良な我々が悪いことをするはずがない」という社会通念に乗っかっているということなのでしょう。

では、法律の上での詐欺というのはどういう定義になっているのかな、と調べてみると、民法96条には、「他人を欺罔(ぎもう)して錯誤に陥れること」と書いてあります。錯誤って何なのよ、ということですが、これは法律用語としては、「人の主観的な認識と客観的な事実との間に齟齬を生じている状態」のことをさすようです。

ようするに信じた何かについて、客観的・冷静にみれば誰もがウソであると思えることが詐欺に相当する、ということのようです。

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では、その法律に抵触するような詐欺行為というものに、どんなものがあるのかな、と調べてみたところ、まぁ、あるわあるわ、そのリストと説明書きを作っただけで、ちょっとした論文が書けてしまいそうです。例をあげましょう。

●主に企業がターゲットとなるもの
→取り込み詐欺、籠脱け詐欺、融資詐欺(貸します詐欺)、小切手詐欺、保険金詐欺、鉄砲取引

●主に個人がターゲットとなるもの
→食い逃げ、オークション詐欺、チャリンカー詐欺(オークションにおける自転車操業)、ペニーオークション詐欺(サクラによる価格つり上げなど)、代金引換郵便詐欺、リフォーム詐欺(建築行為は完成するまでは作業所であり、不動産にならない)、コピー商品(模造品)販売、貴金属や宝石の模造、模造骨董品、贋作(美術品、絵画)、偽造食品、荒唐無稽品販売(竜の骨、楊貴妃の使った匙など)、

●人心掌握(人の情、信仰心や欲望、コンプレックスや社会上の信頼関係に付け入る)
→募金詐欺、寸借詐欺、結婚詐欺、美人局(つつもたせ)、泣き落とし、霊感商法、包茎手術詐欺、資格商法

●単純な錯誤から始まる詐欺(単純な思い込みや思い違い(錯誤)がきっかけで術中には→まっていく詐欺。瞞す側が身分を偽る、あるいは瞞される側の誤解や不明を利用する)
かたり詐欺(成り済まし詐欺)、振り込め詐欺(オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺、還付金詐欺など)、ワンクリック契約

●有価証券、出資法、手数料、不動産に関する詐欺
→生命保険犯罪(保険金詐欺など)、チケット詐欺、クレジットカード詐欺、フィッシング詐欺、投資詐欺、起業詐欺、419事件・ナイジェリアの手紙(先進国など豊かな国に住む人から、手紙やファクシミリ、電子メールを利用して金を騙し取ろうとする詐欺)、還付金残高確認証、通貨債権回収詐欺(例:イラク・ディナール)、ポンジ・スキーム(配当金詐欺の一種)

ほかにもまだまだあるようですが、これだけあると、騙されやすい国民性というよりも、騙すのが得意な国民なのではないか、と思ってしまいます。が、無論、これらの中には諸外国の詐欺をマネして国内で流行るようになったものもあるわけで、これすべてが日本独特の詐欺というわけではなさそうです。

とはいえ、日本特有のものも当然あり、このほか、賭博行為も、詐欺罪が適用されるものが多いようです。

これらには、いかさま賭博、馬券予想会社、コーチ屋(非公認の予想屋など)、ノミ屋(私設投票券販売など)、攻略法詐欺、打ち子(パチンコ・パチスロの台から玉やメダルを抜く)、ノミ行為(税金の特別徴収制度を利用した企業による税金搾取)、などがあります。

ノミ屋やノミ行為の「ノミ」というのは、例えばノミ屋は客からの申込金を受け、客の予想が的中すれば払戻金を交付しますが、外れた場合は申込金を利益として「呑み込む」というところから来ているようです。

また、上に列記した中で、わかりにくいものに美人局(つつもたせ)というがあります。

最近ではあまり使わないので、聞いたことがないかもしれませんが、これは夫婦が共謀し行う恐喝または詐欺行為で、例えば妻が「かも」になる男性を誘って姦通し、行為の最中または終わった瞬間に夫が現れて、妻を犯したことに因縁をつけ、法外な金銭を脅し取る、といった詐欺です。

また、妻でなく、他の女で同等行為をする場合もあり、出会い系サイトやツーショットダイヤルなどで知り合った女に部屋に誘われ衣服を脱ぎ、いざ性行為などを行おうとしたときに女の仲間の男が登場して「おれの女に何をする」というのが典型的なパターンです。

あるいは、屈強な男に囲まれ金品を巻き上げられるということもあり、また呼び出されてラブホテルに入っていく所を写真に撮られ、後日家族や会社に曝露すると脅迫してくるケースもあります。

「美人局」の語源ですが、これはもともと中国の元のころからの文献に見られる犯罪名です。中国の元の時代、娼婦を妾と偽って人に押し付ける犯罪の名称で、日本にこの言葉が入ってきてからは、これに「つつもたせ」の当て字が与えられました。

しかし、日本に入ってきてからは、この「つつもたせ」の意味は、いかさま賭博の用語に変わりました。

もともとは、胴元の都合のいい目が出るような仕掛けがしてあるさいころを使った賭博のことを指していましたが、やがて二束三文の安物を高く売りつける行為をさすようになり、さらには法外な料金で売春させることもそう呼ぶようになったといわれています。

なぜ「つつもたせ」なのか、ですが、この「つつ」とは暴力団の使う女性器の隠語であるともいい、これを持った女性を標的とする男性と一時的に同伴させて良い思いをさせる、つまり良い女のあそこを「持たせた」あとで恐喝することから「筒持たせ」転じて「つつもたせ」となったというわけです。

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それにしても、悪いヤツらは、よくまぁこれだけの詐欺の手口を考えるものだと呆れてしまうのですが、その手口を考える「詐欺師」にもまたいろいろあります。

この詐欺師とは、言うまでもなく、詐欺を巧みに行う者を指すわけですが、その定義としては、例えば、ある役割を演じ他人にその人格、職業を信じ込ませ、信頼関係や信仰心、恐怖心や権威等にて被害者を洗脳または精神的に縛ることにより疑う余地を与えず、心理的な駆け引きにより金品を騙し取る、といったところです。

被害者が被害にあったと認識出来ないこともあり、または、信じたいという気持ちが強く、この詐欺師の犯罪を立件するのは非常に難しいといわれ、また、騙される側が信仰心や恋愛感情をコントロールされて洗脳された場合、精神的にも健康上においても二次的なダメージを被るといったこともあります。

詐欺師の分類としては、手配師、ポン引き、ペテン師、山師、詐話師、いかさま師、ゴト師、などがあります。いずれも「師」の称号がつくぐらいですから、それぞれ相当な手練れの詐欺師といえます。

簡単に説明しておくと、まず手配師とは、人材の周旋によりその手数料をとる詐欺師で、斡旋した人の技術や知識、経験を偽り、派遣先から不当な利益を得る者をさします。

例としては、複数の職人が協力して完成する和箪笥、山車、神輿、家屋などを請負い、実際には履行せず、職人に対する手付けや、材料費の購入資金を搾取します。

ポン引きというのは、繁華街などで、風営法上の料理店などを紹介し手数料を得る者で、店を紹介する際、その店とは何の関係もないのに善意を装って紹介して金をとるケースや、店とグルになっていて、客にウソの料金を言ってその店に呼び込み、高額の金を要求するといったケースなどがあります。

このポン引きの語源は、茶の湯が流行るようになるよりもはるか昔の鎌倉時代に日本でよく行合われていた、「闘茶」の行事から来ていると言われています。その名の通り、お茶の味を本物か偽物かをききわける技を競うもので、この当時、最高級とされていた宇治茶を「本」とし、その他の安いお茶を「非」として、それぞれを効きくらべます。

当初は単純なお遊びだったようですが、そのうち金をかけて勝負が行われるようになり、次第に賭博性が強くなっていったことから、後世になってこの古事にちなんで、客引き詐欺のことを「ポン引き」というようになったようです。

ペテン師、というのは誰もが知っているでしょうが、その語源はというと、中国語の「繃子(ペンツ)」だそうです。中国でもある地方の方言・俗語だったようで、詐欺・詐欺師を意味しましたが、日本に伝わってからは、「ペテン」というふうにまず音が変わり、またその意味も「悪知恵が利く」というふうになっていきました。

現在では、ペテン師というと、「知恵が回る」ヤツという風に解釈され、「ペテンにかかる」というと、策略かかってしまう、という意味になります。頭脳犯であり、ある意味「役者」であって、口先やもっともらしい理屈を使い、損得の価値観を操って被害者に利益があるように錯誤させ、金品を騙し取る者をさします。

山師。これは、本来は鉱物資源や水資源などを産出する山岳を探し出し、莫大な利益を得ることに賭ける事を生業にする人のことをさしました。これが転じて「一山当てる、山を賭ける」など低確率であるが当たれば利益の多い事に賭ける事をする者を指すようになりました。

大きな利益になる嘘のはなしを持ちかけ、資金提供や出資を持ちかけ、金品を騙し取る者を山師といいます。

詐話師は、作り話を主体にした詐欺師のことです。関西で「鹿追」と呼ばれる詐欺の手口がありましたが、これ関東に伝わって「詐話師」と呼ばれるようになったもので、現在でいう「劇団型犯罪」に相当するものです。

被害者を陥れる優れた筋書きを作り、一般にはこれに基づいて複数の詐話師が動き、大がかりな詐欺を行います。犯罪小説でよく出てくる手口です。

いかさま師とは、古くは手品師と同義語であり、文字通り仕掛けやカラクリのある道具を使う詐欺師のことを指します。昭和初期ごろに流行った「がまの油売り」などがそれです。日本刀で腕をちょっと切って血がでたところへ、ガマの油を塗るとたちまち傷が消えさります。

実際には刃の部分は切れなくした刀を使い、そのエッジに朱を塗っておく、というのがタネであり、いかにも(如何にも)本物のように見せて客寄せをし、物品を販売する輩のことを「如何様(いかさま)」と呼ぶようになり、これがそのままこの詐欺師の呼称となりました。

ゴト師。これは、パチンコのゴト師が一番知られているでしょう。ちょっと前まではパチンコ台の釘を不正に動かしたりする人のことを言いましたが、最近ではパチスロに変わったため、不正な電気信号を送って機械を操作したり、出玉やスロットの確率を制御するICチップ(ROM)を交換するなどの行為を行う人のことを指します。

「仕事師」が語源とされており、古くは仕事を企画立案し推し進めるリーダー的な職人のことをこう呼びました。が、転じて悪巧みをする者といった隠語となり、主に賭博場(鉄火場)において丁半博打での細工したサイコロや札や麻雀賭博での牌のすり替え、積み替えなどで勝負を自在に操り、気付かれぬよう金品を騙し取る者をさすようになりました。

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古今東西、こうした詐欺師はゴマントと排出されており、詐欺師という職業は、世界でも最も古い職業のひとつにあげられているようです。

過去において最も有名な詐欺師って誰だろう、と調べてみたところ、これについては、実にたくさんの候補者がいて、これが一番、というのはなかなか選び難いのですが、なかでも有名な一人として、アメリカに「チャールズ・ポンジ」という詐欺師がいました。

日本のネズミ講などを含む、特定多数に出資を求める詐欺の総称である「ポンジ・スキーム」という言葉の由来として名を残した人です。

1903年にイタリアからの移民としてアメリカに渡りましたが、このとき、海外で購入する国際返信切手券による切手の交換レートと実際の外貨交換レートに差があり、これから利ざやを得ることができることに目をつけました。

この利回りは実際には大したものではありませんでしたが、ポンジは40%の利回りが得られるとの触れ込みで出資者を募り、ニューイングランドを中心に数千人から数百万ドルもの大金を集めました。

その手口としては、「あなたのお金を株取引などの資金運用して増やし、増えた分を「配当」としてあなたに支払う」などと謳って、出資金を集めるのですが、そのお金は実は全く運用されません。ところが出資者にはある程度の「配当」を渡し、さもまともな資金運用をしているかのように装います。

こうして、配当があるということで評判を呼んで、出資者の人数はどんどん増えていきますが、システム全体では実はどこでも利益を生んでいません。配当を垂れ流しにしているだけで、実際には負債が増え続ける仕組みであり、やがて最後には必ず配当金が工面できなくなり、このスキームは破綻します。

そして、後から参加した出資者にとっては、配当がどんどん少なくなっていき、つまりは出資金を回収できなくなるということが起き、どんどん損害は大きくなっていきます。そして、最後の出資者に至っては、配当金は一回も受け取れず出資金がまるまる消えて戻ってこなくなる、という大損害になるわけです。

日本では上述の「出資金詐欺」という投資詐欺の一種に分類されるもので、「ネズミ講」と同じしくみです。

ポンジーのこの犯罪は、後の調査で、出資者すべてを破綻させることが前提の大規模な詐欺であることが判明。集めた金を持ってどこかへトンズラする予定だったようですが、最後の一人に至る直前に発覚し、詐欺罪で有罪となり刑務所に収容されました。

その後ポンジは、出所したようですが、その後も数度の詐欺を働き、実質的にアメリカ市民権を剥奪されると、1934年出身国のイタリアに戻り、さらに第二次世界大戦が勃発するとブラジルに渡り、その後は心臓発作や脳障害、視力障害などに苦しみ、晩年はほとんど失明同然だったそうです。

1949年、貧しいままリオデジャネイロ市内の慈善病院で67歳で没したといい、「悪銭身につかず」はやはり本当のようです。

このほか、詐欺師として有名な人に、「フランク・アバグネイル」という人もいます。1980年に出版した自伝の“Catch Me if You Can”が、2002年に映画化され、ディカプリオさまとトム・ハンクスが共演して話題作となったので、知っている人も多いでしょう。

無論、実在の人物で、信用詐欺、小切手詐欺、身分詐称、脱出などの数々の犯罪歴で知られ、その犯罪の実施過程で、航空機パイロット、医師、連邦刑務局職員、弁護士など少なくとも8回の身分詐称を行なったことが明らかとなり有名になりました。

逮捕されてからも、21歳になるまでに警察の拘留から2回逃れ、うち1度は空港誘導路から、もう1度は連邦刑務所から脱出して話題を呼びましたが、その後刑務所に収監されたのちは真面目にここで過ごし、5年で出所しています。

ところが、その出所後、かつての詐欺師としての技を見込まれて連邦政府に雇われるようになり、現在も連邦捜査局アカデミーや現場事務所でコンサルタントや講師をしており、このほかにも金融詐欺のコンサルタント会社を経営するなど、その波乱万丈の生涯はまるで映画の世界そのものです。

歴代の詐欺師の中では詐取した金額こそ突出してはいないものの、16歳という若さで活動を始めたことや、その手口の大胆さ・鮮やかさによって米国内で広く知られるようになり、彼のひきおこした詐欺事件の数々はTV番組などで繰り返し放映されています。

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1948年のニューヨークの裕福な家に生まれ、16歳までブロンクスヴィルで過ごしましたが、その後両親が離婚しました。このため父との二人暮らしになりましたが、初めての彼の詐欺の被害者はこの父親であったといいます。

父親は、アルバイトに通勤するためのガソリンを自分で購入できるようにと、クレジットカードを彼に渡していましたが、このカードを使ってガソリンスタンドでタイヤやバッテリーなど車関係の物を一度買い、それらを返品してデート費用として使うための現金に換えていたのです。

その額は数千ドルにも及んだといい、これに味をしめた彼は、以後、巧妙な手口で詐欺師として「成長」していきました。初期の頃は、残高のない自分の口座から小切手を切るという信用詐欺を行なっており、これは銀行から請求が来るまでの最初の数回しか通用せず、他の銀行での口座開設を繰り返すというものでした。

この詐欺を繰り返すためには、何人もの「自分」が必要となるため、やがては身分証明書を偽造するようになり、そのうちには、銀行を騙すために小切手のほぼ完璧な複製作成を開発するとともに、偽の勘定残高による前貸しなどにまで手を染めていきました。

そして、空白の預金伝票に自分の口座番号を印刷し、銀行で本物の伝票に紛れ込ませる手口で、自分の口座に入金があるように仕向ける、といった手品まがいのことまでするようになります。

やがては、ターゲットを銀行以外にも代え、対象をユナイテッド航空やザ・ハーツ・コーポレーションのような航空会社やレンタカー会社にも伸ばしていきます。

これらの会社では、日々の売上金を袋に入れてドロップ・ボックスに預けることを知った彼は、地元の衣装店で警備員の服装を手に入れ、「“業務停止中”につき、警備員に預けてください」と書かれた看板を用意し金銭を騙し取りました。が、よくよく考えればドロップ・ボックスのような単純なものが「業務を停止」するわけはありません。

こうした単純で大胆な手口は徐々にエスカレートしていき、このころまだ16歳になったにすぎない彼は、生き抜く術を模索する中、やがては、パイロット・医師・弁護士といった社会的信用力を持った人々に着目するようになります。

以来、実際には在籍したこともない、エンブリー・リドル航空大学、ハーバード・メディカルスクール、ハーバード・ロー・スクールなどを卒業したと偽り、約5年間にわたって、こうした職業人になりすまし、詐欺を重ねていきました。

このころ、少なくとも8つの偽名を駆使していたといい、当時のレートで250万ドル以上に相当する不渡り小切手を26カ国で乱発する犯行を重ねていました。

無料で世界中を飛び回りたい、という理由からパイロットに成りすましたときには、パンアメリカン航空の従業員と偽り、制服をなくしたと電話をし、偽の身分証明書を提示してその制服を手に入れ、連邦航空局のパイロットの身分証明書も偽造しました。

こうして、16歳から18歳の間に250回以上1,000,000マイル(1,600,000 km)のフライトを経験し、26カ国を訪れたといい、この間、正規のパイロットとして無料でホテルに泊まり、飲食物なども全て会社持ちであったそうです。

高度30,000 ft(9,100 m)を飛ぶ飛行機のパイロットのふりをしていたときには、実際に操縦を任されそうになったこともあったそうで、このときは自動操縦が可能だったために、実際に操縦しようと思えばそれもできたといいます。

が、このときのことを彼は後年語っていますが、「自分を含めて140名の命を預かっていることをとてもよく理解していた」といい、資格もないのに操縦することについては罪悪感を感じ、このときは理由を取り繕って操縦を固辞したそうです。

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このほかにもコロンビア大学卒と偽り、ブリガム・ヤング大学でフランク・アダムスの偽名で教員助手として1学期間社会学を教えていたほか、医師としては、偽名でジョージア州の病院で小児科のチーフ・レジデントとして11ヶ月間身分を偽って働いていました。

このときは、ニューオーリンズで同じアパートに住む本物の医師と友達になり、地元の病院の欠員補助で研修医の指導者となっていましたが、指導者は実際の医療行為をしないため、彼にとっては簡単ななりすましでした。

夜間のシフトで担当となった場合でも、骨折の手当てなどは研修医に任せるなどして切り抜けたため、偽りの仕事は割とうまくいっていました。

ただ、酸素欠乏で瀕死の幼児を目の前にした時、看護士が言った「ブルーベビー」の意味がわからず正体がばれそうになったこともありました。パイロットのときもそうでしたが、こうした生と死の境界に直面した時の自分の無力さには気付いており、人を命の危険に陥らせるような行為は決して行わない、と決めていました。

このため、この事件があったあと、すぐに病院を去ったといい、やはりこうした犯罪行為を重ねていることには良心の呵責を感じていたのでしょう。

彼はよくハーバード大学法学部卒と偽っていましたが、実は実際にもルイジアナ州の司法試験に合格しており、その資格を使ってルイジアナ州司法長官の事務所の職を得たこともあったといいます。

彼が司法試験を受けようと思ったきっかけは、パイロットのふりをしていたころに知り合った、女性の客室乗務員との交際でした。彼はこのとき彼女に対して、今は休職してハーバード・ロー・スクールに通っている、と偽っていました。

これを聞いた彼女が彼に紹介したのが、一人の男性弁護士であり、この男はアバグネイルに対して、アメリカではこれから弁護士がもっと必要とされている、と熱い思いを語ったといいます。

これに触発されたのか、アバグネイルはハーバード法学部卒の偽の成績証明書を作り、これを使って司法書士試験を受けようと決意します。そして試験のために懸命に勉強した結果、初回の2回では落ちたものの、3回目の受験で見事に司法試験に合格しました。

当時ルイジアナでは合格するまで何度も受験することができたといい、これが幸いしたとはいえ、弁護士資格を取れるほど頭のいい人であったことは間違いないでしょう。

こうして試験に合格し、ルイジアナ州の事務所で真面目に働く口をみつけたアバグネイルでしたが、しかしこの事務所の同僚に本物のハーバード卒業生がおり、彼にハーバードでのことをしつこく色々聞かれました。が、当然答えられなかったため、疑いを持ったこの男は彼の経歴について調べ始めました。

これに気付いた彼は、8ヶ月後、辞職して行方をくらまします。そして、1969年、例によってパイロットとしてフランスでエール・フランス機に乗った際、手配者のポスターに気が付いた搭乗員がアバグネイルを確認して通報、ついに、フランス警察に12カ国で行なわれた詐欺容疑で逮捕されました。21歳の時のことでした。

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その後すぐに裁判が行われ、1年の求刑に対して6ヶ月間の実刑判決を受け、フランスペルピニャンの刑務所で服役を始めました。収監された暗い独房は、小さくてトイレ、マットレスもなく、ブランケット、食事、水は厳しく制限されていたといいます。

このときの彼の罪は詐欺罪でしたが、その後、偽造罪にも問われ、その他の有罪判決も受けたため、刑務所でさらに6ヶ月服役することになり、さらに各国で罪を犯していたため、続いてはイタリアで裁判を受けることになりました。

イタリアでの裁判の結果、アバグネイルは母国のアメリカへの移送され、ここで12年の禁固刑を受けることになりましたが、その途中で一度脱走に成功しています。

ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港の誘導路に入るところで、それまで乗ってきたイギリスの航空機ビッカース VC-10から逃走しており、闇に紛れて近くのフェンスを乗り越え、タクシーでグランド・セントラル駅に向かい、ブロンクス区に寄って服を変え、2万ドルを預けていたモントリオール銀行の貸金庫の鍵を手にしました。

そして、アメリカと犯罪者引渡条約のないブラジルのサンパウロに向かうためモントリオール・ピエール・エリオット・トルドー国際空港に向かいましたが、チケット・カウンターに並んでいる際にカナダ騎馬警察に捕まりアメリカ国境警備隊に引き渡されました。

こうして、ジョージア州アトランタの連邦拘置所に入れられたアバグネイルですが、今度は1971年4月、ここからの二度目の逃走に成功しています。

この逃走の発端はまったくおそまつな刑務所側のミスだったようで、彼の自伝によると、彼はこのとき連邦の覆面捜査官と誤認され、他の受刑者よりも食べ物の面などで優遇されるという特権を持って収監されることとなりました。

このころ彼には、ジーン・セブリングという女性の友人がいました。

巧妙な手口で彼女を連邦捜査官であると刑務所側に信じ込ませ、自らも覆面捜査官で通していた彼は、「連邦拘置所の防火対策のための打ち合わせ」という理由で、監視なしで拘置所外の車で彼女と面会することを許されます。そしてそのまま偽装を気付かれることなく車は急発進してあえなく脱出に成功。

彼女は彼をアトランタのバス停で降ろし、彼はそこからグレイハウンドでニューヨークへ至り、さらに電車でワシントンD.C.へ到着しましたが、そこではホテルのフロント係に発見されて逮捕されそうになります。

しかし、連邦捜査官の振りをして逃がれ、なおもブラジルへの逃亡を計画しますが、その数週間後、気付かないうちに覆面パトカーの脇を通るという単純ミスを犯し、手配写真に気が付いたこのニューヨーク市警察官によって取り押さえられました。

こうして、彼は再びバージニア州ピーターズバーグの連邦拘置所に拘禁され、ここで12年間の刑に服することになりました。しかし、その後は模範囚で過ごしたため、5年余りを過ごしたあと、週に一度、無給で連邦政府の詐欺罪の調査を助けるようになります。

やがて、塀の外でもその連邦政府事務所での仕事を続けることを条件として仮出所を認められた彼は、出所後はコック、スーパー店員、映画映写技師など様々な職を転々としました。

しかし、犯罪歴を隠していたためそれが発覚するたびに解雇され続けていたといい、これに嫌気がさした彼は一念発起し、銀行に自分を売り込むことにします。

そして地元のある銀行で、過去に行なった小切手詐欺など銀行を騙す様々な手口を銀行職員に紹介した上、もし彼の話が役に立たないのであれば金銭は受け取らない、逆に役立つと思ったら彼に500ドルを支払いさらに他の銀行に彼を紹介してほしい、と言ったところ、この銀行はこれを条件とする契約に承諾しました。

こうして彼はその後の人生をセキュリティ・コンサルタントとして、合法的な職業人生を送るようになりました。その後も、オクラホマ州タルサを拠点に、企業向けの詐欺対策をアドバイスする会社、「アバグネイル・アンド・アソシエイツ」を創立しました。

また連邦捜査局と提携し、全米の連邦捜査局アカデミーや現場事務所でコンサルタントや講師を行うようになり、彼のウェブサイトによると、現在14,000以上もの機関が詐欺予防プログラムを受けているといいます。

2012年には、アメリカ合衆国上院で、メディケア・カードなど個々を識別する社会保障番号を使用する場が多いこと、高齢者が詐欺に遭い易いことなどの証言を行うなどの活躍を重ねており、現在は結婚し、設けた3人の息子のうちの1人は現在連邦捜査局に勤めているといいます。

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ところが、です。

このアバグネイルの犯罪歴の信憑性は自伝の「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」公開前から疑問視されていたといいます。

「サンフランシスコ・クロニクル」というサンフランシスコの新聞の記者が、彼がそれまで行った講演や自伝で、なりすましたことがあると語った(あるいは書いた)、銀行、学校、病院などその他の機関で彼が使用したという偽名を調べたところ、そういう名前は一切存在した証拠が出てこなかったというのです。

この彼の自伝は、実は彼の単独作品ではなく、スタン・レディングという人との共著でしたが、その大部分はこのレディング氏が書いたのではないかといわれています。

アバグネイル自身も「私は共著者と4回ほどしか話し合わなかった。彼はとても良く書いていたと思うが、いくつかの話については脚色や誇張が過ぎたと思う。これは彼の執筆スタイルであり、編集者が求めていたことである。彼は物語を書いたのであって、私の伝記を書いたのではない」と語っています。

だとすると、延々と書いてきた上のような話も実は虚実だったのか、ということになってきます。波乱万丈なるその人生ストーリーすらも、また詐欺であったのかもしれず、もし本当だとすると、今の彼の現在の地位もまた虚実であり、アメリカは国家をあげて現在も彼に騙されていることになります。

どこまでが本当でどこがウソなのかまったくわからなくなってしまう、こうした話を聞くと、希代の詐欺師というものは、あるいはこういう人を指すのかもしれないと思えてきます。そう考えてくると、最近日本で流行っているオレオレ詐欺や、作曲家や科学者としての詐称などは、ほんのかわいいいもの、と思えてくるから不思議です。

嘘をつく人の言うことが信用できるかどう、というのは、ときにややこしい問題を生みます。

その昔、ギリシャの哲学者でクレタ島出身のエピメニデスという人が「クレタ人はいつも嘘をつく」と言ったそうです。

しかし、クレタ人が本当にいつも嘘をつくなら、クレタ人である彼のこの言葉も嘘となってしまう、ということになり、この逸話は「エピメニデスのパラドックス」として有名です。

同様な例は他にも数多くあり、例えば次のような小話もあります。

地球を侵略してきた火星人への対応に苦慮した学者が、ふと「彼らは嘘をつけないのではないか」という仮定を思いつき、これをもとに彼等を追い出す対策をたてようとします。が、そこに出てきた火星人が言いました。「俺たちは嘘がつける。さあ、これをどう考える?」

ウソがつけるというのがウソならば、ウソがつけるといった彼等は確かに嘘つきであり、彼らがウソとつけないという仮定は崩れます。しかしそれでは彼らを追い出す方策は立てられません。

一方、ウソがつける、というのを本当だと信じるとすると、彼等はウソがつけるということになり、こちらでも彼らを追い出すことはできない、というわけで、結局は火星人の勝ち、というわけです。

ほかにもこういうのがあります。

「道が天国行きと地獄行きに分かれている。もちろん天国に行きたいが、どちらかはわからない。分かれ道には正直者と嘘つきがいて、どちらかに1回だけ質問が可能。さて、何と尋ねればいいか」

正直ものがどちらかが分かっていればこのクイズの答えは簡単なのですが、このケースではどちらが嘘つきかはわかりません。

もし嘘つきにどちらかと聞いた場合には、彼がこっちが天国だよといった場合にはウソの可能性があります。しかし、もしかしたら嘘つきと思っていた人は正直者かもしれず、考えれば考えるほどその質問内容には迷ってしまいます。

さて、あなたならなんと質問しますか?

アバグネイルならきっとこう聞くに違いありません。

教えてくれたら天国に連れて行ってやる。さあ一緒に天国に行きたいのはどっちだい?

2014-1120824