先日、BS・NHKの科学番組で、火星への有人探査を特集しており、こうした宇宙モノが大好きな私としては見逃すことなく、じっくり見ておりました。
現在、アメリカ航空宇宙局NASAでは、火星探査も視野に入れた次世代型のロケットを開発していますが、火星までの往復と滞在期間の合計は1年強から3年弱という長い月日がかかることが予想されることから、この間の宇宙飛行士たちの健康管理やメンタル面での問題解決に向けて真剣に取り組んでいるということでした。
また、火星へのロケットには、長距離飛行になるため多量の燃料や食料を積み込む必要があり、これまでになく大型になることが予想され、このため、火星への着陸にあたってもかなりの困難が想定されます。
しかし、着陸にあたっては、現在火星表面の探査を行っている大型の探査機「キュリオシティ」を着陸させた実績があり、その応用によってなんとか成功させることができるのではないかと目されているようです。
ところが、火星探査を終えて、いざ地球に還ろうとする際、いったいどうやって火星の重力を抜け、大気圏外へ抜け出るかについては、いまもって最良の方法が見つかっていないといいます。
せっかく月まで行っても、そこで死んでしまってはおしまいであり、生きて帰ってこそ探査といえるわけですから、この火星からの脱出については何が何でも解決しなければなりません。
火星の地表での重力の強さは地球の40%ほどしかなく、このため大気も希薄で、地表での大気圧は約750Paと地球での平均値の約0.75%に過ぎないことから、火星表面からロケットを打ち上げるのは地球に比べれば比較的容易だと思われます。が、とはいえ、まさかそのためのロケットまでを探査船に積み込むことはできません。
この番組では、この問題に対しての答えがなく、今後の大きな課題である、だけで終わってしまったので、大変がっかりしたのですが、それなら、ということでいろいろネットで調べてみたところ、火星からの帰還計画というのは、NASAを初めとして、いろいろな機関で研究されていることがわかりました。
その先駆けとして、1990年に発表された「マーズ・ダイレクト」という計画があり、これは火星の大気から帰還用燃料を製造する無人工場を先行して送り込み、有人宇宙船は往路分のみの燃料で火星に到達し、探査後に無人工場で製造されていた燃料で帰還するというプランです。
これは1990年、航空宇宙技術者で作家のロバート・ズブリンという人が提唱したもので、1990年代のロケット技術のみで比較的低コストで実現可能な案として提案され、かなり具体性があるとNASAなども高い評価をしたようです。
この計画では、まず化学工場と小型の原子炉、水素を積んだ無人の地球帰還船(ERV)を、大型のブースター(ロケット)で打ち上げ、火星に送り込みます。このブースターは、スペースシャトルのエンジンやブースターを流用したもので、アポロ計画で使用されたサターンVに匹敵する輸送力を持ちます。
8ヶ月ほどでERVは火星に到着します。そこでは、比較的簡単な化学反応により、ERVで運んだ少量の水素と火星大気の二酸化炭素を反応させて、112tのメタンと酸素を生産することができます。
このうち96tは、ミッション最後のERVの地球帰還で使用します。この燃料製造プロセスは10ヶ月ほどで完了しますが、これと並行して、ERVに搭載された無人車で周囲を調査し、有人機の着陸に適した場所を探します。
次に、ERVの打ち上げから26ヵ月後、2隻目の宇宙船を地球から打ち上げます。こちらは火星居住ユニット、「ハブ」であり、これで4名のクルーを火星に運びます。この宇宙船は6ヶ月ほどで火星に到着し、旅行の間は、ハブと打ち上げで使用したブースターを紐で結び、中心で回転させることにより遠心力による人工重力を発生させます。
これによって、飛行中の飛行士たちは重力を得ることができ、地球にいる環境に近い環境を保つことができるため、筋力の低下を防ぐことができるとともに、食事や睡眠なども適度な重力下で行えるため、精神的なバランスも保つことができます。
火星到着時、使用済みブースター等を放棄し、ハブは空力ブレーキによりERVの近くに着陸します。着陸後、クルーは火星上に17ヶ月滞在し、持ち込んだ機材で科学研究を行い、与圧キャビン付きの地上車によって移動します。燃料にはERVが生産した余剰メタンを使用します。
地球帰還の際は、ハブは後の探検家が使用できるようにそのまま残し、ERVを使用します。離陸の際に使用されるERVのブースターは、地球への帰還のための6ヶ月間、往路と同じように人工重力を発生させる際のカウンターバランスとして使用することができ、往路の飛行士の負担もまた軽減されます。
このマーズ・ダイレクトの初期費用は、当時開発費を含め200億ドル(現在の300~350億ドル相当)と比較的リーズナブルに済むと見積もられました。
またこの計画では、万が一の安全対策も具体的に考慮されているのが特徴的です。このため、ハブとは別に2機目の地球帰還船(ERV2)をほぼ同時期に打ち上げるものとしており、このERV2はハブの着陸がうまくいくかどうかを見極めた上で、臨機応変に着陸させます。
というのも、最初はERV1の近くに着陸することを目標としますが、大気圏への突入状態によっては、ERV1より遠く離れた場所に着陸してしまうかもしれません。しかし、着陸がうまくいき、ハブが無事ERV1の近くに着陸した場合、これを見極めたのち、ERV2はここからできるだけ近くに着陸させます(目安は800km以内といわれている)。
そして火星でのミッション終了後に帰還の際には、仮にこのERV1に不具合が生じたとしても、ハブに搭載されている地上車で着陸地点が数百kmは離れた、ERV2まで辿り着き、こちらを利用できます。
が、もし、ハブの着陸をERV1の近くにすることができず、1,000km以上もずれてしまったような場合には、ERV2をハブの近くに着陸させます。これにより、ERV1は利用できなくなる可能性はありますが、少なくともERV2に故障がなければ無事帰還できます。
また、万々が一ERV2が故障の場合でも、なんとか1000km離れたERV1へ辿り着くこともけっして不可能ではないでしょう。
このように、マーズ・ダイレクトは、「地球への帰還」を前提に、常にバックアップを用意しておく、というのが計画の特徴であるとともに、この最初の計画が終了後、次々と新しい飛行士たちを火星に送り込み、計画を継続させることも可能であり、使わなかったERVを次のミッションで再利用できます。
ハブとERV2の打ち上げからさらに26ヶ月後にはハブ2とERV3を打ち上げ、ハブ2はERV1またはERV2の近くに着陸します。こうして26ヶ月ごとにハブとERVが送り込まれ、隣り合った地域の調査が進められていきます。
計画は継続的に行われるため、コストパフォーマンスに優れ、ハブとERVのセットは、最終的に1組あたり20億ドル(初期案当時の試算)程度で打ち上げられるようになるといいます。
こうして恒久的基地を築くのに適した場所が決まると、それ以降のハブとERVは常にそこに着陸させるようにします。ハブ同士を気密式のチューブで繋げば仮設の基地になりますし、その後、現地資源を用いた建物や都市の建設、火星大気の改造を行っていくこともできます。
と、このように「マーズ・ダイレクト」は、火星での永住をも視野に入れた計画になっています。サイズ的には地球よりかなり小さい火星は、人類移住の候補として注目を浴びており、その質量や半径などの点でも地球によく似た惑星であり、地球に万一のことがあった場合の移住先としては最有力候補といわれています。
火星は大気を持っており、これは地球大気の0.7%と薄いものですが、多少なりとも存在しているおかげで、太陽からの放射線や宇宙線を和らげてくれる上、宇宙船が着陸するときにはこの大気との摩擦を空力ブレーキとして使うことができます。
ただし、生理学的に見れば、火星の薄い大気は真空同然であり、宇宙服などで保護されていない生身の人間であれば、火星の表面ではわずか20秒で失神状態に陥り、1分たりとも生存できないと考えられています。
しかし火星の環境は、灼熱の水星や金星、極低温の木星、さらに遠い軌道を巡る外惑星、真空の月や小惑星と比べればはるかに住みやすい環境だとも言えます。
既に地球上にも、火星と類似した自然環境があるといわれており、例えば、地球において、有人気球が到達した最高高度は、1961年5月に記録された34,668m(113,740フィート)で、この高度での気圧は火星表面と同じぐらいです。
また南極の最低気温はマイナス90度ほどであり、火星の平均気温よりも少し低い程度です。さらに、地球の砂漠も火星の地形と類似しており、こうして考えると移住は不可能ではないように思えてきます。
このほか、火星の1日は地球の1日に非常に近いもので、火星の太陽日は24時間39分35.244秒です。また、火星の表面積は地球の28.4%で、地球の陸地面積の29.2%と比べてわずかに少ない程度です。
ただし、火星の直径は地球の半分ほどあり、その質量は地球の約 1/10 に過ぎないため、火星の地表での重力の強さは地球の40%ほどしかありません。が、わずか17%の月に比べれば居住可能と思わせるだけの重力はあるといえます。
ただ、この低重力下で、ヒトの健康上の問題が発生しないかどうかはよく分かっていません。しかし、この問題については、これまでも各国の宇宙船における長期間の宇宙滞在の経験から多くのことが明らかになってきています。
例えば、旧ソ連では、ワレリー・ポリャコフという宇宙飛行士が。1994年1月8日から、437.7日間ものあいだ、宇宙に滞在したという記録があります。
また、ロシアは1989年9月5日のソユーズTM-8の打ち上げから、1999年8月28日のソユーズTM-29の着陸まで、3,644日に渡って宇宙に人間を滞在させ続けた最長期間記録を保持しているほか、国際宇宙ステーション(ISS)では既にこれ以上の記録を出しています。
2000年10月31日にソユーズTM-31でドッキングのために有人宇宙船を打ち上げて以来、国際共同による宇宙空間での滞在を維持しており、現在までこの滞在は13年以上に達しており、こうした宇宙での滞在経験により、健康問題に対処する知識はかなり蓄積されているといえ、これらの知見が火星でも役に立てることができるということがいわれています。
さらに火星の赤道傾斜角は25.19°で地球の23.44°にかなり近いことがわかっています。このため、火星には、「季節」があり、地球とよく似ています。ただし、火星の1年は地球の1.88年相当であるため、各季節は2倍近い期間続くことになります。
このほか、火星の大気は薄いものの、主成分は二酸化炭素であるため、火星表面でのCO2の分圧は地球の52倍にもなります。これはデメリットのようにも思えますが、逆に考えると、この濃い二酸化炭素は、火星上で植物を育てる際には大きなメリットになるのではないかということもいわれています。
ただ、火星は太陽から遠いため、表面に届く太陽のエネルギーの量が少ないため、植物が光合成を行う上においてこの点はデメリットになります。また、地球や月に届く量の半分程度でしかなく、火星の軌道は地球のそれよりも潰れた楕円であるため、太陽との距離の変化が大きく、温度や太陽からのエネルギーの量の変化を激化させます。
とはいえ、このエネルギー量に適した植物を持ち込めばすむ話であり、また人間が生活する上においては、地球でも北欧や北極圏に近い人々は、火星に近い太陽エネルギー量で生活しており、彼等の生活ぶりが参考にできると考えられています。
南極においても同様で、白夜が何ヵ月も続いたり、逆に太陽が昇らず、十分な太陽エネルギーを得ることができないような生活の中でも生きていける術をすでに人類は会得しており、各国の観測基地でいろいろな研究成果が出ています。
人類が火星に住む上においてのこのほかの問題点としては、火星は地球に見られるような全惑星規模の強い地磁気を持っておらず、このため、太陽からの放射線を十分に防ぐことができません。薄い大気と相まって火星表面に到達する太陽からの電離放射線の量は地球のそれと比べてかなり大きいものです。
2001年にNASAが送った火星探査マーズ・オデッセイは、搭載された火星放射線環境測定機器によって人間への危険がどの程度かを測定した結果、火星周回軌道上は国際宇宙ステーションと比べて放射線のレベルは2.5倍も高いことがわかりました。
3年間このレベルの放射線に晒された場合、現在NASAが採用している安全基準の限界付近まで到達するといいます。
ただ、薄いとはいえ大気があることによってこれが放射線を吸収してくれるため放射線レベルは多少低くなりますし、高度やその地方に固有な磁場によっては、大きな地域差が生じている可能性もあります。
このため、地磁気の強い場所を選んだ上で、地表に設置される住居や作業場は火星の土を使って保護すれば、屋内で過ごしている間は被曝を大きく減らすことができると考えられています。
しかし、放射線の問題以上に大きな問題はやはり水です。人の体は約60%が水でできているといわれており、これがなければ火星では生きていけません。
これについては、21世紀初頭のNASAのマーズ・エクスプロレーション・ローバーやフェニックスや、ESA(欧州宇宙機関)のマーズ・エクスプレスなどによる観測により、火星にも水が存在することが裏付けられています。
このほかにも火星には地球型の生命を支えるのに必要な元素がかなりの量存在している可能性が高いとされ、これらも火星の水を摂取することによって体内に取り込むことができるのではないかといわれています。
ただ、現時点では火星表面に液体としての水の存在は確認されていません。ただし、2004年に、メリディアニ平原という場所に、NASAが投入した火星探査車、オポチュニティの観測結果からは、この平原では過去に液体の水が断続的に存在し、地表の下が水で満たされていた時代が何回かあったことが確認されました。
このため、火星の過去における歴史においては、メリディアニ平原のように生命の存在可能な環境が何度となく作られ、似たような場所があちこちにあったと推測されており、このほか、火星の北極には氷の湖があるのではないかと推測されています。
2005年、イギリスの国営放送局BBCは、火星の北極地方のクレーターで氷の湖が発見されたと報じました。
欧州宇宙機関(ESA)のマーズ・エクスプレス探査機に搭載された高解像度ステレオカメラで撮影されたこのクレーターの画像には、北緯70.5度に位置し火星北極域の大半を占めるボレアリス平野にあるクレーターの底に平らな氷が広がっている様子がはっきりと写っていました。
計測したところ、このクレーターは直径35kmで深さ約2kmであることがわかりましたが、ただ、BBCの報道ではこの大きさがやや誇張されている可能性があるほか、ESAもこれが本当に「湖」であるかどうかについては何も公表していません。
火星の数多くの他の場所に見られるものと同様に、この円板状の氷は暗く低温の砂丘の頂上(高度約200m)に薄い層状の霜が凝結してクレーターの底に広がったものにすぎないのではないかという意見もあり、湖というのは少々言い過ぎだというわけです。ただ、湖ではないとしても、水(氷)が存在していることには間違いありません。
とはいえ、この場所は、霜のいくらかが一年中残りうるほど高緯度にあるため、氷が存在するのであって、他の緯度が低い場所ではまだこうした氷は確認されていません。火星の赤道付近では日中20℃を越すこともあり、氷は存在できません。
火星の大気は希薄で、水蒸気圧が小さいため、ほとんどの地域ではすぐ蒸発してしまい、存在できないのです。つまり、液体の水が存在できるのは極地などの限られた場所のみです。しかも温度が低いので氷です。ただ氷とはいえ、水であることには間違いなく、これを溶かして使えば良いのであり、こうした場所から氷を運んで飲用にすることは可能です。
こうして考えてくると、火星へ住むということに関する問題点の多くは解決できそうなことばかりであり、火星への移住ということも不可能ではないような気がしてきます。
地球と火星の通信についても、既に火星を周回している探査機があるため、現時点でもこれを火星との通信衛星として使えます。ただし、太陽が火星と地球の間に入り一直線になる前後の約2週間は、直接通信は困難になり、このため、地球とのリアルタイムな音声会話は不可能です。
しかし、こうした期間においても、他のコミュニケーション手段、例えばEメールや音声メールを用いることは、若干の不便を伴うにしても可能だといい、このため、地球とは隔離されていてひとりぼっち、という悲哀は感じなくても済みそうです。
さらには、火星上においては、普通のトランシーバーの電波でも見通し距離以上に届くはずだといい、また火星には電離層があるため、火星表面の遠く離れた地点で電離層を使った長距離の短波通信ができると考えられています。
それでは、実際の植民候補地としてはどこが適切かということを考えていくと、現時点ではやはりその最有力候補は、氷の湖が発見された極地域だろうといわれています。
火星の北極・南極は、地球からの望遠鏡による長期間にわたる観測により、季節ごとに変化する万年雪に覆われていると考えらえており、前述のとおり北極付近には巨大な水塊が発見されています。
しかし、逆にこの発見により、より低緯度の地域にも水が存在する可能性が示されたため、入植地としての極地域の利点は減少したという見方もされているようです。地球と同様、火星の極でも夏の間は白夜、冬の間は極夜となり、できればこうした寒くて長い夜があるところには住みたくないものです。
このため、こうした極地に近い場所から氷を運んでくることを前提にするならば、中緯度地域でも良いということになり、その候補地はグンと増えてきます。火星表面の探検はまだ進行中ではありますが、これまでの火星表面の探査機の調査結果からは、火星の環境が場所によって非常に変化に富んでいることがわかっています。
従って、地球でも赤道から進むにしたがって季節による様々な気候の変化があるように、火星にも素晴らしい変化があると考えられており、それらの中から一番適した場所を選択していけばいい、ということになります。
例えば、火星のグランド・キャニオンと呼ばれるマリネリス峡谷は、長さ3,000km以上、深さ平均8kmにも達する巨大な峡谷地帯です。こうした非常に大きな落差を持っているため、この峡谷の深い谷底の気圧は火星の地表面の平均が0.7kPaに対して0.9kPaと、25%ほど高いとされています。つまり、それだけ大気が濃いということです。
峡谷はほぼ東西に走っているため、谷の断崖が落とす影のせいで太陽エネルギーの収集が酷く妨げられることも無く、またこの峡谷の川の流れのような跡は、かつての洪水によって形成されたのではないかと考えられています。
ということは、谷底にままだ水が残っている可能性もあり、また、峡谷の剥き出しの壁面は、地球のグランド・キャニオンの壁面のように、火星の地質学的な歴史を研究するのに役にたつと考えられています。
このほか、火星は二つの衛星、フォボスとダイモスを持っています。この二つの衛星は地球の月と比べてはるかに小さいく距離も火星に近いそうです。
このため、これらの衛星には火星表面から比較的アクセスを取りやすく、地球へ帰る際には一度ここへ移動してから再度ここから飛び出せば、重力が小さいために、地球帰還軌道へ移るためには、それほど大きな速度の変化を加える必要がありません。
つまり、大幅に燃料を節約できる可能性があり、また、もしかして水などのロケットの推進剤の材料に使用できる物質がこれらの衛星に存在したとしたならば、一石二鳥となります。
もし水以外にも有用な物質が発見されたとすれば、これら衛星は火星から地球へ帰還する宇宙船の燃料補給拠点として活用され、推進剤やその他の物質を定期的に地球から火星へ運ぶ際の中継点とすることができ、経済的にも大きなメリットが生まれます。
火星に永住するにあたっては、さらにその環境をテラフォーミング(terraforming)によって、人為的に変化させ、人類の住める星に改造すればいい、という意見もあります。テラフォーミングは、「地球化」、「惑星改造」、「惑星地球化計画」とも言われ、アメリカのSF作家、ジャック・ウィリアムスンがその作品の中で用いた造語です。
SFの世界では一般的なアイデアですが、現実の科学においても、1961年に天文学者カール・セーガンが金星の環境改造に関する論文「惑星金星」をサイエンス誌に発表した事をきっかけに、世界中の研究者が研究を開始し、1976年には、テラフォーミングをテーマとしたNASAによるシンポジウムも開催されています。
1991年にはネイチャー誌に、NASAが火星のテラフォーミング計画に関する論文を発表しており、これによれば、太陽との距離がより大きい火星を地球のような惑星に作り変えるためには、まず、希薄な大気をある程度厚くして気温を上昇させることが重要な条件としています。
具体的な方法としては、メタンなどの、温室効果を発生させる炭化水素の気体を直接散布するといったものや、火星の軌道上に、フィルムにアルミニウムを蒸着した巨大なミラーを建造し、太陽光を南極・北極に当てるといったものがあります。
火星の極冠には、上述のとおり、氷やドライアイスがたくさんあるため、これが溶け始める温度まで気温が上昇すれば、大気中に二酸化炭素と水蒸気が放出され、気温の上昇が速まります。
そして、次のステップとしては黒い藻類を繁殖させます。また黒い炭素物質の粉を地表に散布するなどして、火星で太陽から受け取れるエネルギーの量を増やします。
もし火星の地下に永久凍土として水が埋もれているならば、これらがエネルギーの増大によって溶け、海ができます。海ができれば、雲ができ、雨が降り川も流れ、地球とよく似た惑星となりうるというわけです。
テラフォーミングの研究はすなわち地球環境の研究でもあり、地球の環境破壊の修復にテラフォーミングの技術を応用する事も考えられています。例えば、温暖化対策として、北極や南極の地表を鏡あるいは白い布などで大規模で覆えば、太陽光を反射してこれらの地域の氷雪が融けることを防ぐことができるといわれています。
地球上の全ての建物を白く塗るだけでも効果があると言われており、実際、アメリカのカリフォルニア州では条例によって、商業建物は反射率の高い色で塗ることを義務付けています。また将来的には一般家庭でも同様の義務化、さらに反射効率の良い特殊コーティングの義務化、黒色の車の販売を禁止するなどの案も検討されています。
火星ではこれと逆のことをすればいいわけで、太陽光をもっと取り入れることができるようにすれば、地球のように大気や海が形成されて居住が可能になるかもしれない、というわけです。
が、こうした人為的な環境変化や地球人の入植によって、火星の環境が汚染されてしまうのではないか、と心配するむきもあります。火星にかつて生命が存在した、または現在も存在しているかについては、まだ決着がついていませんが、もし生命が存在しているとしたら、この生命へも大きな影響を与えることになります。
さらには、それほど多大なリスクを犯してまで、はたして火星に人を送り込む必要があるのか、という根本論の問題があります。
地球から火星間へ宇宙船で向かう際には、非常に高レベルの放射線を浴びることになり、また火星表面での長期居住においても、多くの放射線被ばくの可能性も高く、これらは人体における癌発生のリスクを上昇させます。また、地球環境とは異なる環境での出産においては、奇形児が生まれる可能性も高くなります。
火星への移住は新しい国家の誕生に等しいことであり、これと地球の国々は果たして「国交」を結ぶことになるのだろうかといった政治的な問題もあるほか、将来的には地球の国々との軍事衝突、つまり、スターウォーズが起こらないとも限りません。
こうしたことから、テラフォーミングまでやって何が何でも人類が住めるようにする環境にする必要はない、という意見も強く、当面はロボットによる火星探査だけをやっていればその方が経済的にも良いのではないかという人もかなり多いようです。
どんな植民活動を行うにしても、ロボットを送り込んで、まず知見を得てからのほうが良いという慎重論であり、もっともなことです。ほかにも、火星より月の方がずっと近く、人類の居住に適した環境をつくるならこちらのほうがより合理的であり、将来の有人火星ミッションの足がかりとしても使用できるだろうという意見もあります。
とはいえ、月には生命の生存に必要な元素、特に水素、窒素、炭素がほとんどないという現実があり、重力もほとんどないに等しいことから、やはり火星のほうが、という振出し論にいつも戻ってしまうようです。
ただ、既に火星への移住計画は始まっています。
すでにオランダでは、2011年に「マーズワン(Mars One)」という民間非営利団体が設立されており、ノーベル物理学賞受賞者のヘーラルト・トホーフトも「アンバサダー」として加わっているそうで、この組織では2025年までに火星に人類初の永住地を作ることを目的としているそうです。
オランダの実業家でバス・ランスドルプという人が提唱している計画で、その宇宙飛行計画は2012年に発表され、既に4人の宇宙飛行士を送ることも決まっています。
昨年の12月、約20万人の移住希望者の中から日本人10人を含む1058人の候補者を選んだことが発表されており、この日本人10人には、59歳の男性会社社長や30代の女性医学博士などが含まれていると報じられています。
最終的に24人を選び、2025年には最初の4人が火星に住み始め、その後は、2年ごとに4人ずつ増やしていくことを予定しています。火星から地球に戻ることは現在の技術および資金的に不可能なので、移住者は技術の進歩に伴い地球帰還の手段を得られない限り、火星に永住することになります。
ランスドルプ氏は、この計画を推進するための財源は、寄付金のほか、訓練や飛行や移住の様子を24時間リアリティー番組で放送する番組の放映権料などによって賄うと主張しており、最初の4人を火星に送るコストを約60億ドルと見込んでいるそうです。
また、ランスドルプ氏は、夏季オリンピックはその開催期間に40億ドルを稼ぎだしていることをあげ、このことから60億ドルの調達は十分に可能だとしています。
さらに、2023年ころまでには地球のインターネット人口が40億人に達するという予想もあり、この人口が人類史上最大のショーを見たいと考えるならば、彼等から莫大な収入を得ることが可能としています。
有人飛行に先立ち、2018年5月に無人火星探査機を打ち上げ、水分の採取方法の研究を行うといい、このミッションにおいては、既に民間ロケットの打ち上げに成功し、自前の宇宙船のISSへのドッキングまで成功させている、アメリカのスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ社(スペースX)との共同なども視野に入れているということです。
ただ、1989年にアメリカ航空宇宙局(NASA)が試算した、火星への有人飛行の費用は4500億ドルとされていて、ランスドルプ氏の主張する60億ドルとは大きな隔たりがあります。しかし、NASAの試算は過大すぎるという意見もあり、上述の「マーズ・ダイレクト」における試算額も300~350億ドル程度です。
しかし、だとしてもこの額は、2013年のNASAの年間予算180億ドルとの倍近いものであり、本当にたった60億ドルで実現可能かぁ~?という意見も多いようです。
ただ、この計画は、火星へ人間を送るだけで、地球へ帰還する手段がないことを前提とした「片道方式」です。このため、地球に還って来れないこと自体、「非人道的」だという批判もある一方で、往復の費用が必要ないならば、60億ドルで十分だという意見もあるようです。
また、火星上での永住にあたっては、水、食料、燃料の確保といった多くの問題もありますが、地球からそれらだけを運搬するコストは、人間を火星へ送り込んだり、戻すよりもはるかに安くつくと予想されます。
仮に火星上で食糧や水が生産できないとしても、物資を火星へ輸送するだけなら、放射線防御壁や人類移住空間などの施設が全く必要でない単純なかたちの無人宇宙船で賄うことができ、安価ですむ可能性があります。
実際、NASAは既に火星に無人探査機を「比較的に安価に」送ることに成功しており、こうしたことからこの計画の実現性は高いとする意見も多いようです。
また、現実問題として、今現在人類が持っている技術で火星へ人間を送る上においては、地球への帰還は極めて難しく、「片道切符」の方法による植民地方式しかありません。
人道的な立場からそのような政策を一国の政府が国民の税金を使って施行することはまずありえませんが、民間人ならそれが可能であり、人類はその可能性を捨てるべきではないという意見もあります。
歴史を見ても欧州からアメリカ大陸などの未知の大陸への植民を夢見て旅立った者たちは「片道切符」で死ぬ覚悟でいったわけであり、こうした人類最大のプロジェクトに命をかけてもいいという志願者は少なくないはずです。
実際、上述のように多くの希望者がおり、彼らはこの計画が片道切符だと十分に理解しているはずです。
さて、あなたなら、どうしますか?もし、たとえ片道切符であっても、火星へ住む権利が得られたら、火星で楽しく一生を暮しますか?それとも、温暖化や大災害で滅亡してしまうかもしれない、地球に暮らし続けますか?