1979年9月29日午後8時、日本の宇宙船 JX-1が、富士山麓から打ち上げられました。乗員は39名で、建造には当時の価格で11兆6000億円がつぎ込まれました。単段式のロケットであり、内部に1人乗りの観測用小型ロケットを格納し、胴体側面から射出することができ、これにより土星を観測するのが目的でした………
といってもこれは映画の話であり、架空の物語です。1962年3月21日に公開された「妖星ゴラス」という東宝の特撮カラー映画で、謎の燃える怪星ゴラスと地球との衝突を回避するため、地球の公転軌道を変えようと奮闘する人々を描いたものです。
撮影監督はかの有名な円谷英二。東宝特撮映画50本目の集大成を目指して、構想3年、製作費3億8千万円、製作延日数300日をかけた超大作として製作されたものです。
おおまかなあらすじとしては、パロマー天文台が質量が地球の6,000倍あるという黒色矮星「ゴラス」を発見したと発表。これを受け、もともとは土星探査の任務を負った日本の宇宙船 JX-1 隼号が、急遽ゴラス探査に向かいます。しかし、質量が膨大なゴラスの引力圏内に捉えられ、遭難してしまいます。
そして隼号が遭難直前に送ったデータから研究者たちが導き出された結論は「ゴラスが今の進路を保つと地球に衝突する」という恐るべきものでした。この事態を危惧する学者たちは、南極に建設した巨大ロケット推進装置によって、100日間で地球を40万キロ移動させ、その軌道を変える」という「地球移動計画」を提案。
アメリカやソ連も加わって計画は一気に進み、かくして世界中の技術が南極に結集し、巨大ロケット基地が建造されていきます。こうして南極で完成したロケット基地のジェット噴射は、地球を計算通りの速度で動かし始め、世界は歓喜します。がしかし、その後も観測により、ゴラスの質量はさらに地球の6200倍へと増加。
そして1982年2月、ついにゴラスと地球が最接近する日を迎えました。地球上ではゴラスの引力により、各地で天変地異が発生し、富士山麓の宇宙港の宇宙船も次々と地中に飲み込まれていきます。ロケット基地も水没する中、運命の時が刻々と迫ってきました。果たして地球は行きのびることができるのでしょうか。嗚呼…
と、荒唐無稽な話のようですが、この映画の撮影にあたって総監督の本多猪四郎は東京大学理学部天文学科へ通い、「地球移動」という荒唐無稽な設定が本当に可能かどうかという科学的考証を依頼しています。そして研究者が、必要な力・運動量・エネルギーを算出した結果、必要に見合った十分な力があれば、軌道は変わるという結論を得たといいます。
ただ、エンターテインメントとは言いつつも、科学考証が前面に出すぎたストーリーが災いしてか、当時の興行成績はあまり芳しくなかった様です。結局A級スケールのSFシリーズはこの作品が最後となり、東宝特撮はこの後、怪獣対決に作品の主体をシフトせざるを得なくなって行きました。
この映画では、登場したJX-1 隼号・JX-2 鳳号という宇宙船においても、科学考証が行なわれ、11兆6000億円という建造費や、単段式のロケットである、といった点にもかなりのリアリティが持たされました。
この単段式ロケットというのは、実際にも研究されています。正式には単段式宇宙輸送機といい、燃料や推進剤のみを消費し、エンジンや燃料タンクなどの機材を切り離さずに衛星軌道に到達できる宇宙機のことです。英語では“single-stage-to-orbit”であり、SSTOと略し、地球と宇宙を往復して帰ってくることから「単段式宇宙往還機」とも呼ばれます。
これまで研究されてきたものは、必ずしも再使用できるものばかりとは限りませんが、再利用しないで捨ててしまうのは、そもそもの目的にそぐわずメリットは薄いわけで、なので、通常は「再使用型宇宙往還機」として開発が進められます。
出発から目的地到着、出発地への帰還まで主要部品を切り離さず、点検整備と推進剤充填だけで再度飛行できる機体であれば、宇宙探査においても航空機のように簡便で経済的な輸送手段になるとの考えがから生まれたのがこのSSTOであるというわけです。
これに対し、これまで打ちあげられてきた地球上から地球周回軌道へ向かうロケットのすべては多段式であり、軌道へ到達するのは機体の一部だけです。最終的に出発地へ戻るのは有人部分だけであり、燃料を搭載した部分の機体の多くは使い捨てであるため、その飛行を複雑で高価なものとしています。
従来の宇宙ロケットが多段式であるのは、ロケットの父とも呼ばれ、宇宙ロケットの原理を考案したツィオルコフスキーという学者が導き出した公式から導き出された結論によります。この結論というのは、単段で宇宙に到達するためには、どうしても従来より軽い機体と、従来より高性能なエンジンの組み合わせが必要となる、というものでした。
この当時、こうしたことを実現できる技術はなく、このため、多段式ロケットは機体を使い捨てにすることで構造を簡素化することによってのみ、このツィオルコフスキー理論を実践することができたわけです。
ただ、最近は技術開発が進み、新素材の開発や現状を上回る性能のエンジンの開発などが行われた結果、SSTOを飛ばすことは可能だといわれています。しかし、SSTOの製造費用は同等の能力を持つ使い捨てロケットよりはるかに高額になることは容易に想像できます。
とはいえ、SSTOは初期投資は大きいものの、繰り返しの飛行により減価償却することによって運行費用は安くすることが目的の宇宙船です。飛行中の故障があっても、安全に帰還できることを前提にしており、その開発に伴う初期投資は多くなったとしても、機体を喪失するような重大事故を起こす可能性は低い、というふうに考えることもできます。
加えて簡便で経済的な整備により短期間で次の飛行が可能であること、主要部分の寿命が充分に長く償却までの飛行回数を確保できることなどもメリットです。なによりも多段式ロケットのような切り離し機構などが不要となり構造を簡素化でき、また1段目の再使用のみを考慮すればよいわけです。
これらのことから、再使用型宇宙往還機は理想の宇宙船と言われています。しかし、機体の大幅な軽量化が必要であること、さらにその飛行を可能とするジェットエンジン等の開発が難航していることなどから、実験機は開発されているもののいずれも宇宙空間の軌道には到達しておらず、地球上から発進するSSTOは現状では実現していません。
ただ、月面上においてだけはSSTOは成功しています。アポロ計画のアポロ月着陸船の上昇がそれで、月のように低重力の天体ならば、SSTOは難しいことではありません。ただしアポロ月着陸船の場合は、着陸する際に使用した下降段(総重量の6割)は切り離して月面に捨ててきており、この軽量化によって離陸に成功したものです。
今後SSTOの実現させるためには、とくに高性能なエンジンと充分に軽量な機体が必要です。さらには、大気圏再突入能力、着陸能力を兼ねそろえ、簡便で経済的な整備により、繰り返し飛行可能であることも求められ、故障を早期に検知し、拡大を防止して正常な機能で飛行を継続できることも求められます。
主要部分の寿命が充分に長く、減価償却により建造費用を回収できることも必要ですが、繰り返し利用を目的として運用されてきたスペースシャトルは結局、ロケットよりも高価なことがわかったように、本格的なSSTOの開発の前途もあまり明るくありません。
一方では、まっさらな頭で考えれば、宇宙にモノを飛ばすより、高い塔を建設するとか、空に梯子をかけるといった発想の方が自然でしょう。以前のブログで「宇宙エレベータのお話」というのを書きましたが、実はこの宇宙エレベーターが最近にわかに着目されつつあるといいます。
実は前述のツィオルコフスキーはロケットよりも前に宇宙エレベーターのアイデアを考えていたといいます。宇宙空間への進出手段として構想していましたが、この当時はそれを実現する技術のかけらもなくまったくの夢物語と考えていたようです。
しかしカーボンナノチューブの発明後、現状の技術レベルでも手の届きそうな範囲にあるということが最近とくにいわれるようになり、実現に向けた研究プロジェクトが日本やアメリカで始まっており、最近さらに研究が加速しているといいます。
日本のゼネコン、大林組は、大真面目に2050年までにこれを実現するとしてその開発に取り組んでおり、一昨年にその構想を発表しました。それによれば、宇宙エレベーターの建設計画のポイントは3つあります。
ひとつは、やはりケーブルです。同社の研究によれば、ケーブルの長さは9万6,000kmにもなり、風などの影響で地球側の末端は10km単位で揺れ動きます。しかも、絶妙なバランスで宇宙空間に「立って」いるケーブルのバランスが崩れると、地球側に落下もしくは宇宙の果てまで飛び去ってしまいます。
また、ふたつめのポイントは、ベース基地となる「アース・ポート」です。これは宇宙との間を往復するための発着場です。主要部は海上に浮かべることなどが想定されており、宇宙まで届くケーブルを地上に固定し、エレベーターを安全に制御するためにケーブルの張力を調整する役割などを担います。
3つ目は、「静止軌道ステーション」です。これは、宇宙空間において、最初にエレベーターを建設する起点になるとともに、宇宙におけるエレベーターの基地になります。現在のところ、複数のユニットを打ち上げて組み合わせて作ることが検討されていますが、宇宙に運べるユニットの大きさの限界、宇宙での人間の作業限界など、問題点が山積みです。
しかし、大林組はこれらの問題点をひとつひとつクリアーして宇宙エレベーターを実現しようとしています。では、その構想について、より具体的にみていきましょう。
言うまでもないことですが、宇宙エレベーターというのはロケットのように無軌道を昇っていく飛行体ではなく、むしろ上下移動する鉄道のようなものです。上昇するにつれてクライマーは次第に地球の重力圏から離れていくわけですが、大林組の構想では、ちょうど火星の重力に等しくなる高度3900キロのところにまず、中継基地を設けます。
ここは、ほぼ火星における重力と同じなので、同社ではこれを「火星重力センター」と呼んでいます。さらに登ると月の重力に等しくなる高度8900キロに達し、ここに建設する中継基地は「月重力センター」になります。
さらに高度2万3750キロメートルのポイントには、低軌道衛星投入ゲートを設置します。「ゲート」の意味は、ここから下の軌道に人工衛星を「落とす」感覚で投入できるようにするためです。低軌道とは、地球を周回する人工衛星の軌道の中でも高度が低いもので、だいたい300キロメートルから千数百キロメートルくらいの高さのものを指します。
さらに高度3万6000キロメートルまで上がったところに、「静止軌道ステーション」をつくります。この高度では、地球の自転の角速度と、人工衛星の角速度がちょうど同じになるため、地上から見ると1点に留まっているように見えます。これが「静止軌道」といわれるゆえんです。従来からも天気予報などに活用される静止衛星がここに置かれています。
さらに昇って、高度5万7000キロメートルには「火星連絡ゲート」という火星などの惑星探査のための前線基地を作ります。そして高度9万6000キロメートルが終端点であり、ここに火星や木星などのその他の惑星、小惑星への出発基地が置かれます。
この出発基地では地球からの高度を十分稼いだ分、地球の自転による遠心力が増し、より遠くへ探査機を飛ばすことができるようになります。少ない推力で宇宙船を飛ばすことができるわけで、エレベーターにより大量の機材を持ちあげて宇宙船を飛ばせば、数年以上の長期に及ぶ火星や木星への飛行のためには有利になります。
また、経済的でもあります。地球からロケットを飛ばす場合、例えば1キログラムの物を運ぶのに100万円ほどかかり、これは1トンで10億円です。宇宙エレベーターを使えば、これが100分の1ぐらいになり、1トンで1000万円ぐらいで済みます。また、ロケットよりも大きなものを宇宙に持っていくことができ、何10トンのものも持ち上げられます。
無論、惑星探査といった科学目的だけでなく、観光で宇宙に行きたい人も地上3万6000キロメートルの静止軌道までならば気軽に行けるようになると想定されており、その費用も数百万円程度と試算され、これは豪華客船で世界1周するくらいの感覚です。
今の時点でも、上述のSSTOに近い飛行物体を使って「宇宙飛行」のサービスを提供しようとしている民間企業が複数あることはご存知かと思います。が、これは100キロくらいの高さまで飛ぶサブオービタル飛行(地球を周回しないで降りてくる)であり、せいぜい数分間しか楽しめません。
宇宙エレベーターであれば、その気になれば、何時間でも、場合によっては宿泊も可能になります。なかなか夢のある話ではないでしょうか。
それにしてもなぜ、大林組のような建設会社が宇宙エレベーターを開発しようとしているのでしょうか。
実は、これは大林組が、地上高さ634mという世界一の電波塔である東京スカイツリーの施工実績を持っているからです。大林組としては、この施工により自信をつけ、宇宙エレベーターにおける現実的な設計や施工の仕方についても、ある程度の見込みがついた、と考えているようです。
まるで夢物語ではなく、実現可能なものとしてとらえており、ことの発端は、東京スカイツリーが完成して、世界一高い自立電波塔ができたなら、それを超えるタワーを建設会社なりに考えてみようというのがきっかけだったようです。それなら、いっそ宇宙エレベーターはどうか、塔の延長と考えるなら実現の可能性もあるであろうとも考えました。
ただ、宇宙エレベーターは、今すぐできるというわけではありません。現在のスピードで技術開発が進めばその延長線上で可能だろうとしているわけで、既存の知識や材料、技術の発展系をシミュレーションした結果、2050年ころなら実現できそうだと考えました。
このための「プロジェクトチーム」も作り、色々な分野の研究者を集めています。ここには同社が得意とする建築・土木におけるエキスパートはもとより、宇宙工学で学位を取り、NASAのエイムズ研究センターに所属していたこともある博士や気象学者などもおり、こうした人達が開発計画の中心になっているようです、
東京スカイツリーにおいても、地上から600メートルの高さというのは地表とは気象が違って、これまで経験したことがなかったものでしたが、そこでの対応を考えた専門家は同社内の気象学者であっといいます。シミュレーションが得意であり、その技術は、地表と宇宙を結ぶケーブルの挙動の計算にも応用できます。
宇宙エレベーターは、エレベーターとはいうものの、バベルの塔のような巨大建築物ではなく、長さ10万キロメートル近い1本の細く薄く軽いケーブルが本体です。このケーブルの挙動を検討し、充分に建設可能と分からなければ、GOサインは出すことができません。計算上大丈夫、となった時点ではじめて具体的な資産や建設方法が考えだされるわけです。
つまり、計算上で可能とされれば、あとは施工技術の工夫によってなんとか実現ができるだろうというわけであり、そこまでいけばあとは同社の最も得意とする部分であり、海のもの山のものなんでも建設する建設会社にとってはお手のものといえます。
さらにはシミュレーションにおいても施工の専門家もプロジェクトに入れ、一番問題となるケーブルの施工過程をも加味して検討を加えており、風などによってケーブルにかかる張力なども施工の工程状況を考えて計算され、より現実的なものになっています。
プロジェクトチームは、は宇宙エレベーターのケーブルを地球上に固定するアース・ポートの研究も実践的に開始しています。これもまさに建設会社の領分であり、海洋土木の専門家が集められ、これまでの海洋油田の掘削リグなどの浮体構造物をつくる技術を応用したアース・ポートの設計が行われています。
ただ、静止軌道ステーションについては、建設会社である大林組には無論未知の領域です。これに関しては、社内から設計と意匠の専門家が集められるとともに、石川島播磨重工など実際にロケットを飛ばしているメーカーの技術者も呼び、さらには気象・土木・意匠・設計・施工、といった専門家が集まり、プロジェクトが煮詰められているといいます。
技術者たちがそれぞれ所属部署での「本業」を生かして協議したそのプロセスは、実に自由度のあるものだったそうで、ある意味「部活動」のような仕事で楽しかった、とその技術者のひとりが述懐しています。
しかしだからといって現時点で宇宙エレベーター構想のすべてが実現可能とされているわけではなく、現時点で可能とされているものはその一部にすぎません。
基本的にほぼ確定している部分だけを説明すると、まずは、エレベーターの本体となるケーブルは、カーボンナノチューブを使うことがほぼ確定しています。炭素の結晶が管の形につながったもので、一番強い鋼鉄の100倍ぐらいの強度が期待でき、これなら理論上は、数万キロの長さのケーブルが自重で切れてしまわずにすむといいます。
通常の建築物では重みに押し潰される力に耐える必要がありますが、宇宙エレベーターの場合は逆で、遠心力による「引っ張り」に耐えなければなりません。最終的な目標としては、ペイロード(荷物)70トンを積んだ総重量100トンのクライマーが必要だといい、つまり100トンの乗り物が昇っていけるケーブルをつくる必要があります。
これを計算すると、長さが10万キロで、重さが7000トンのカーボンナノチューブのケーブルとなるそうで、途方もない重さのように思えますが、長さ10万キロともなると、その厚さはわずか1.38ミリメートル、幅も最大の部分で4.8センチメートルしかありません。つまり、非常に薄いリボンのようなものになります。
しかし、それにしてもいったいどうやってそんなものを地球から立ち上げるかですが、これはやはり、地球からスルスルと伸ばすのは無理で、静止軌道から降ろしてくるのが一番有利とされているようです。基本的には高度3万6000キロメートルの静止軌道までロケットでドラムを運び、これを紐解いてケーブルを降ろしてくる方法が考えられています。
一方では、ケーブルを降ろしながら静止軌道のその反対側の宇宙の方向にもケーブルを伸ばしていきます。つまり、静止軌道にある基地を重心にしてバランスをとりながら、宇宙側と地球側の両方にケーブルを伸ばし続けるということになります。宇宙側に伸ばしたものには火星ゲートなどの中継基地や終点基地などを建設します。
一方、地球側に降りてきたものは、その端をキャッチし、それを海の上のアースポートに固定します。これで基本形が完成します。そんなにうまくいくものかと誰しもが思うでしょうが、しかし実はこれは夢物語ではなく、宇宙エレベーターの第一人者に数値的な裏付けを依頼し、詳細に検討した結果、実現可能であることが実証されたといいます。
ただし、計算上は可能であっても、静止軌道は、ご存じの通り、地球上からみて、人工衛星などが静止して見える軌道です。つまり、地球の自転の角速度と静止軌道上にある物体は角速度が同じになるので、高さ3万6000キロメートルともなると、ものすごいスピードとなり、これは時速約11000kmにもなります。
つまり、静止軌道といいながら、まったく静止していないどころか猛烈なスピードで動いているわけであり、重いケーブルを降ろすのもかなり大変ということになります。しかもそこに7000トンものケーブルを打ち上げるのは簡単ではなく、400キロの低軌道で何10回もスペースシャトルを往復させて作った国際宇宙ステーションですら390トン程度です。
このため、まず最初に今のロケットで打ち上げられるのは、最大の重さ大体20トンくらいの細いケーブルとし、これを建設用の宇宙船とともに静止軌道に運ぶことが考えられています。20トンで10万キロメートルもあるケーブルであり、非常に薄く軽く済みます。つまり、まずはこれをガイドロープとして使おうとうわけです。
このケーブルは、幅は最大部で4.8センチあるものの、なんと4ミクロンという驚異の薄さであり、これをガイドケールブル的に地球に下ろします。地上から見れば、垂れてくるのはまさに「蜘蛛の糸」です。これをキャッチするというのは、想像だに難しそうです。地上に降りてくる際には大気圏の風で「暴れる」ことが考えられます。
このため、先端には「姿勢制御装置」のようなものを取り付けます。これには小さなジェットエンジンが取り付けられていて、またここからはビーコンを発することもできるようにしておきます。そして今の想定ではこの先端の「自律飛行」によってこれを海上のアース・ポートにまで、徐々に近づけていく、ということが考えられているそうです。
そして、20トンのケーブルが固定できたら、そこから上がっていける軽いクライマーを次々に地上から出発させて、もとのケーブルを補強して太くしていくというのが第2段階になります。当然、補強が進むにつれてクライマーもだんだん大きくできます。計算によれば、だいたい500回ほど繰り返してなんとか7000トンにすることができるといいます。
クライマーが薄いケーブルを昇りながら、最初は4ミクロンしかなかったケーブルをどんどん厚くしていくわけですが、このためには接着剤は不要で、ケーブル同士を分子間力でくっつかせることが考えられているようです。
なお、静止軌道上への飛行物体の投入は赤道直下が一番有利といわれています。これはロケットを打ち上げてこの軌道に物体を乗せるためには赤道上からのほうが最も投入までの経路のロスが少なくすむためです。しかし最近の研究では、必ずしも赤道直下にこだわる必要はないそうで、緯度で言うと、南北35度くらいまでは問題ないそうです。
大阪がちょうど北緯35度くらいですから、大阪はぎりぎりOKで、東京はちょっと北すぎるくらいです。もっとも、ケーブルの固定や制御のしやすさから、アースポートは海上が有利とされており、紀伊半島、四国、九州、沖縄近辺の海は建設地の候補になりえます。現在既にロケットの宇宙センターがある種子島というのもありうるかもしれません。
このアース・ポートは直訳すれば、「地球港」といえるでしょうか。大林組の想定では、陸地から10キロほど離れた海上に設置される予定であり、本土との間は、海中トンネルで結ばれます。陸側には宇宙旅行に行く前に滞在するホテルやリゾートの類が当然のように建設されるであろうし、宇宙へ行かない通常の飛行機用の空港も併設されるはずです。
しかし前述のとおり、アース・ポート自体は、そんなに大きなチャレンジではありません。今すでにある巨大な浮体構造物、メガフロートの技術を利用してつくればよいわけです。とはいえ排水トンでいうと約400万トンくらいにもなり、これは最大のタンカーが50~60万トンぐらいですから、その10倍くらいにもなる代物です。
ただ、石油採掘リグなどでその技術は実証されており、それを大型化するだけですむようで、アース・ポートの実際の構想上の断面図も出来上がっています。これによれば地球港全体は係留アンカーで海底に固定されており、宇宙エレベーターの「本体」であるケーブルは、円筒形の構造物で守られて、海面下まで導かれ、固定されています。
その円筒形の構造物に、宇宙への列車であるクライマーが取り付けられ、クライマーの収納庫もあります。さらにその周囲には、整備場があったり、出発ロビーがあったり、検疫エリアがあったりと、このあたりのことは通常の空港と変わることはありません。
ただ、最近は不埒なテロリストも多くなっており、テロ対策はより厳重に行う必要があります。カーボンナノチューブのケーブルは、引っ張り力には強いものの、ハサミひとつで切れてしまいます。完成した時でも厚さ1ミリちょっと、地球上での幅は1.8センチメートルにすぎず、ビデオテープと大して変わらないといい、ひじょうに繊細なものです。
ガイドケーブルはさらにわずか厚さ4ミクロンにすぎず、これへのテロ対策も必要です。とまれ、このガイドテーブルの敷設が終われば、そルの一端をアースポートに固定し、徐々にケーブルを太くしていき、その要所要所にセンターやゲートといった中継基地をつくっていけばよいわけです。
それらのケーブルの途中にある諸施設の中で最大かつ最重要なのは、やはり静止軌道ステーションです。ケーブル敷設の起点であると同時に、宇宙側へ伸ばすケーブルのための前線基地にもなりうるものです。
中継基地には、バランスが崩れるためあまり大きな施設は作らないといいます。しかしこの静止軌道上は、重力も遠心力と地球の引力がつりあってゼロとなります。ちょうど無重力状態になるため、宇宙エレベーターでは唯一大きな施設を作ることができ、ここから、上に行ったり下に行ったりする中心基地にすることができます。
無重力であるがゆえに建設上の制約が少なく済み、このため様々なパターンを考えられ、クライマーで運ぶもののバリエーションもかなり多岐にわたって考えることができます。
現在考えられているのは、輸送時には三角柱の形に小さくまとめられ、軌道上では余圧することで六角柱になるユニットを66個組み合わせてできるものだそうで、この中に居住区や実験のための区画をつくり、全体としてみると3重螺旋という不思議な構造になる予定だといいます。
ただ、この静止軌道ステーションに関してだけを考えると、多額の金を投じてそれを作るよりも、今のロケットを改良して使い続けた方がよいのではないか、という考え方もあるのは確かです。宇宙エレベーターができれば便利なのは分かっていますが、数々の技術的困難を乗り越え、多額の投資をしてまで作るべきなのかという疑問は当然出てきます。
これについては、宇宙エレベーター関係者はだいたい共通した見解を持っているそうです。まず、建設費については、大ざっぱな試算で10兆円ほどであり、巨額には違いありませんが、アポロ計画にかかった費用は、現在の通貨価値になおすとそれくらいになるといいます。同じ金額で大量の物資や人を運べるなら、宇宙エレベーターのほうが安上がりです、
また、宇宙エレベーターを作るモチベーションのひとつとして、エネルギー対策になるということがあります。エレベーターで大量のソーラーパネルを宇宙に上げ、ここで展開して地球に送電すれば、大規模な宇宙太陽光発電システムが完成します。将来枯渇するかもしれない天然資源に代わって宇宙からエネルギーを得ることは大きな意義となるはずです。
ただ、エレベーターはカーボンでできていて、電気は通電できません。しかも仮に何等かの方法で通電が可能となったとしてもクライマーがしょっちゅう行き交いしているとすれば、怖くてその運行もできなくなります。これについては、静止軌道上に太陽光発電パネルを展開して、そこでできた電力をマイクロ波などで地上に送る構想があります。
これなら宇宙から昼夜も天気も関係なく24時間発電できます。姿勢制御などのためにメンテナンスが必要ですが、宇宙エレベーターで頻繁に技術者がその発信装置まで行くことができます。大林組としては、送電ロスなどをさっぴいて、だいたい5ギガワットの宇宙太陽光発電を想定しているそうで、これは原子力発電所数個分に相当します。
無論、そのためには、5万トンくらいの太陽光発電資材を静止軌道に上げなければなりませんが、これを数基宇宙エレベーターで運んで作ったとして、30年運用すればペイできるという試算だといいます。
こうした大林組のプロジェクトチームが発表した宇宙エレベーターの構想は、非常によく考えられており、内外の研究者の間でもなかなかの評判だといいます。とくに日本の研究者の中には、これまでの宇宙開発構想の中でも、一番リアリティがあるという評価をしてくれる人もいるとか。
国際的にみても、この話題はセンセーショナルに広がっていて、世界的な第一人者からも、「協力する」とのメールが来ているそうです。昨年9月に北京で行われた国際宇宙会議では、17頁ほどの英文論文として発表された結果、評価は上々だったようであり、同社としては、今後も海外の学会などに出ていく計画があるといいます。
今後は国内外問わず産官学の体制作り、研究資金の探索、スピンオフ(民生転用)を含めたビジネスチャンスの模索が必要になってくると思われますが、最近では、日本航空宇宙学会が、軌道エレベーター検討委員会を作って活動を開始するなど、さらなる盛り上がりを見せ始めています。
ただ、総体的にみると、宇宙エレベーターを実現させるのに100の技術力が必要だとしたら、まだ1にも技術力がいってないというのが現状だといい、現在は事業化をする前の本格的な研究を始めるかどうかを決断する段階だといいます。つまり、ようやく現実的な検討を始めたばかりといった状況、というのが本当のところのようです。
最大の難関はやはりカーボンナノチューブです。理論的には充分に宇宙エレベーターの素材とすることは可能ですが、まだ10万キロメートルにわたって1本のケーブルを作る技術はありません。それどころか、必要な強度を持ったものも出来ておらず、そもそも現時点で作ることが出来るものの強度は、せいぜい数ギガパスカルです。
パスカルは単位面積あたりにかかる力の単位です。宇宙エレベーターに最低必要と考える150ギガパスカルには遠く及ばず、ましてや安全性を考えるともっと強度が必要になるといいます。が、現時点ではそうした特殊なものを作ろうという機運がまずありません。
エボラ出血熱は、欧米人などで患者が出るようになって初めて製薬会社がそのワクチン開発に乗り出したといいますが、カーボンナノチューブの場合もまた、現時点ではまだそういうニーズがないため、メーカー側でも研究が進まないのです。
カーボンナノチューブ自体は非常にその応用範囲が広く、構造材料として以外にも、半導体としての活用や、燃料電池、光学機器への応用も考えられています。しかし、宇宙エレベーター用の「長く強く」というのは、原理的には「余裕で可能」であるとはいいながら、実際に建設が決まっているわけでもなく、そうした注文には応えられずにいるのです。
どこかのメーカーが本気で取り組めば実現するのかもしれないといいますが、モチベーションの部分でのブレイクスルーにおいて「糸口」が見えていないのが現状のようです。
ただ、そうしたジレンマを尻目に、ケーブルを昇る「クライマー」についてだけは、民間の間でその開発に熱が入りはじめています。2008年には「一般社団法人宇宙エレベーター協会」というものができ、ここでクライマーの競技会を毎年やるようになりました。
これは気球から垂らしたケーブル──無論、カーボンナノチューブではない──を1000メートルほど昇って降りてくる、というものです。学生団体などが手弁当で17チームほど集まってやっているようで、毎年熱い熱戦が行われています。
こうした大会で出てきた技術が将来のクライマーに活かされる可能性はあるわけであり、おもちゃのようなクライマーが気球とつながったケーブルに沿って昇ったり降りたりというだけでなにか感動があります。しかし、風によってたなびくケーブルを自力で上り下りするクライマーを作ることだけでも簡単なことではないと容易に想像できます。
ましてやこれが、将来的には厚さが1ミリそこそこしかないカーボンナノチューブのケーブルを昇降するとなると、クライマー作りにも今とは全く違う発想が必要とされてくるでしょう。
また、こうした盛んに行われるようになってきた競技会は、技術的な開発の場だけにということだけにとどまらず、宇宙エレベーター実現へ向けての社会的なプレゼンテーションの場にもなっているわけであり、その気運を盛り上げていくためにも必要なものです。
日本では宇宙エレベーターが、ほかの国よりも、認知されているといいます。宇宙エレベーターに関係する国際会議でも日本の研究者が熱心に出ている割合が多いといい、これは、日本はアニメ大国であり、SFなどでも繰り返し宇宙エレベーターのような未来的な乗り物が取り上げられてきたことと関係があるかもしれません。
いずれはこうした「オタク」の中からも「一生を宇宙エレベーターに捧げる」といった人も出てくるかもしれませんが、ぜひそうした人達によって日本でいち早くこの技術の
成熟度をあげ、実現への一歩を踏み出してほしいし、そういう日がやってくると信じたいと思います。
それにしても、2050年、私は果たして生きているでしょうか。