佳木斯にて 2

月末になると給料日が気になる。

けっして豊かとはいえない今の生活の中では最も頼るべき財源である。

会社を辞めて、老後を過ごすためにはできるだけ貯金もしておきたいから、どうしてもそれに期待を寄せる。

「サラリーマン」ということばが思わず頭に浮かんでくる。

あまりいい響きのことばではない。

「会社員」という別のことばもあるが、どちらも抵抗がある。

そう呼ばれることに、金で雇われている、という卑しさをどこか感じるからだろう。

組織の構成員、歯車の一つであるということは全体の中での個の埋没である。

それにしてもにサラリーマンというのはいただけない。

まるで何かの動物のようではないか。

これに対して「自営業」という用語もあるが、こちらも好きではない。

他人に媚びずに頑張っている感はあるものの、社会から少し距離を置いたか弱い存在という印象がある。

似たような用語に「フリー」というのがあるが、まだこちらのほうがいい。

フリーのライター、フリーのアナウンサーと聞けば、個の確立に成功したひとたち、というかんじがする。

ただ、同じフリーでも「フリーター」となると、少し意味合いが変わってきて、こちらは急にステータスが低くなる。

フリーのアルバイト、という意味であるが、ほかにパートとか、派遣社員というのもあって、いわゆるプロパーではない人たちだ。

いずれも定職につかない、つけない人々というカテゴリーに入れられている。

階級社会が生んだ差別用語と受け止めることもできるが、こうしてみると、いかに職業による仕分けが多いかがわかる。

そのなかにおいて、現在の私はまぎれもなく会社員なのであるわけだが、別に偉いわけではない。

他のひとと同じ立場の枠内にはめ込まれているだけで、パートやフリーの人々と同様の人間である。

そもそもそんな色分けは必要ないではないか、と思うわけだが、学歴や資格、社会保障などの面からそう設定されてしまう。

能力も無論関係ある。それらの違いによって受け取る賃金は歴然として違ってくるが、現代社会では必要とされている差別化といえる。


これが、遠い星や未開の土地ならばそんな区別は必要ないのだろうが、残念ながらここは日本という地球の中でももっとも社会制度の発達した先進国のひとつである。

かくして、それぞれが好むと好まざるにもかかわらず、そのレッテルに甘んじながら暮らしている。

ときに「けなげ」というにふさわしい生き方もある。

私自身、かつてはフリーや自営業も経験し、悲哀を感じながら生活していた時代があった。

現在の身分である会社員においても、賃金格差は当然あり、けっして裕福ではない。

しかしお金の問題だけではない。

過去の人生においては、どう呼ばれようとそういったカテゴリーの中の一人として見られるのは何かいやだな、と感じていた。







おそらくは私だけではないだろう。

本当は会社員なんかでいたくないのに、そう呼ばれる。

あるいは、自分は派遣社員のつもりはないのに、会社が認めてくれないためにそう呼ばれる場合もあるだろう。

親と同居しているだけで、「プータロー」とみなされることもある。

何もせずに人に頼って生きているろくでなし、というレッテルを張られがちであるが、わずかな時間を生かしてフリーターとして真面目に働き、一生懸命生きている人も多いはずだ。

あるいは働きたくても不況のために職がなく、やむをえずにそうした環境下にある人だっている。

それなのに、現代の日本においては、そうした呼称の中にくくってしまうことで、何かその人のことがわかったように思ってしまう風潮がある。

まるでその名称が、その人の生き方を表している、とでも言いたげである。

何か間違っていないか。

私と同じような気分の人が多い証拠に、最近では自分だけで考えた、自分だけの肩書を持つひとも多いと聞く。

「作家」を自称すれば、誰でもそうなれるし、自然を愛する人はエコロジスト、音楽好きはミュージシャンである。

まさか、愛猫家や愛妻家を名刺の肩書に使うひとはいないだろうが、自分が納得するだけならば、それもありではないだろうか。

属するとされる組織を離れ、社会通念における身分を忘れて、自分自身のアイデンティティーをそうした肩書で主張する。

「個」の主張であって、それこそがその人を表す正しい呼び方であるような気がする。

私自身は、今の組織を抜け出したあかつきには、また写真家に戻り、さらにそれにフリーのライターの肩書を加えようと思っている。

少々気恥しい気もするが、フリーという冠詞はいま自分が最もそうありたいと考えているアイデンティティーに近い。

早晩、名実ともにそれが実現する日がやってくるだろう。

最後のご奉公もあとわずかだ。

それにつけても給料日が待ち遠しい。

なげかわしい限りである。