ヒトというサル

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今年は申年です。

よく人間はサルから進化したといわれます。いったいいつごろの時代のことからなのか、についていえば、最近、「最古の人類」として注目をあびている原人がいます。

アフリカのチャド北部で出土したサヘラントロプス・チャデンシスがそれです。フランスのポワティエ大学の、ミッシェル・ブルネイという古生物学者が2001年に発見したもので、年代は700〜600万年前と推定され、現在のところ世界最古の人類の祖先とされています。

ただし、頭骨のみの出土なので「直立二足歩行」が可能であったかについての確証はいまだ得られていません。が、その頭骨にある脊髄につながる孔が真下に向いていることから、直立していた可能性が高いとされます。

ヒトに代表される霊長類から特徴づける数多くの特徴のうち、直立は最も初期に進化した形質の1つということになるため、これがチンパンジーと分岐したのちのヒトの祖先であるという説が有力です。

このように、我々の祖先とされる過去の人類の軌跡を辿る学問を人類学、もしくは古人類学といいます。その中でとくに重要視されるのがこうした化石であり、これを「化石人類」といいます。人類の進化を考察していく上で重要な資料であり、これまでの研究結果から、化石人類は大きく、猿人、原人、旧人、新人に大別されます。

このうち、旧人は古代型ホモ・サピエンス、新人は現代型ホモ・サピエンスに大別され、いずれも現在の人類の生物学的な名称、ホモ・サピエンスにかなり近いとされる化石人類です。とくにこのうちの新人は現在を生きる我々とほぼ同じであり、形質上の差はほとんどない、といいます。

人類の進化を研究していく場合には、主にこれらの4種で考察していきますが、これらの共通点は「直立二足歩行」であり、これがほかのサルとは違うところです。ただ、発見される化石は体の一部にすぎないため、直立二足歩行をしていたかどうかについては、これらのうち発見された腰や足の骨で判断していきます。

二足歩行をしていれば、当然これらの足腰の骨は重い頭骨を支えることを可能にするために頑丈にできています。また、頭蓋骨が発見されれば、その頭蓋容量も各段階で大きく変化します。脳が大きい場合、骨格はそれに見合ったものになるため、直立歩行の程度がわかるとともに、その進化の程度もわかるわけです。

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猿人段階のアウストラロピテクス類、原人段階のホモ・エレクトゥス類、旧人段階のネアンデルタール人などを中心に、こうした化石人類には世界的に多数の発見例があります。が、日本においては土壌・気象・気候・地形などいずれをとっても人骨ののこりにくい条件がそろっているため、出土例が少ないようです。

もっとも、化石人骨が、猿人、原人、旧人、新人に大別できるとしても、猿人→原人→旧人→新人という単線的進化を遂げたものではなく、人類の進化はそのような単純な道筋をたどったものではないといいます。例えば猿人と原人にはその特徴に共通な部分が多数ありその部分の発達がどちらが先とは言えない場合があります。旧人と新人も同じくです。

このため、こうした分類のみならず、人類の進化の道筋は、資料が今よりも少なかった時代から、いく度も仮説が立てられ、検証を繰り返してはその都度修正されて、何度も書きかえを余儀なくされてきました。

ただ、その起源についてはだいたい統一見解ができており、ヒト属(ホモ属)はこれまではおよそ200万年前にアフリカで生まれたアウストラロピテクス属から別属として分化したとされていました。上述のサヘラントロプスは700万〜600万年前のものとされるため、この定説が覆されようとしているわけです。

ま、もっとも地球の長い歴史から考えれば、200万年前も600万年前もそうたいして違いはありません。我々現代人にすれば、どちらも似た「サル」のようなものであり、強いて言えばかなり今の私たち、「ヒト」と近しいとされる新人に多少の親近感を覚える程度です。

この新人から進化した現生人類を意味する「ホモ・サピエンス」の「サピエンス」は賢い、知的を意味しますが、だいたい25万年前に現れ現在に至っているとされます。

40万年前から25万年前の中期更新世の第二間氷期までの間に、旧人段階であった彼らが頭骨の拡張という著しい進化を遂げ、と同時に石器技術を発達させて、ホモ・サピエンスとなりました。

この少し前の限りなく旧人に近い人類は、正式な学名では、ホモ・エレクトゥスといいますが、これが、ホモ・サピエンスへ移行したとされる時期や場所については、ある程度の直接的証拠があるといいます。ホモ・エレクトゥスがアフリカから他の地域へ移住した間にホモ・サピエンスへの種分化が起きたこともわかっているそうです。

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ただ、アフリカのどこで起きたかについてまではわかっていません。その後アフリカとアジア、ヨーロッパでエレクトゥスが徐々にホモ・サピエンスに入れ替わっていきました。

こうしたアフリカを起源とするホモ・サピエンスの移動と誕生のシナリオは単一起源説、あるいはアフリカ単一起源説と呼ばれています。一方、古人類学には、多地域進化説もあり、これを信奉する学者たちは単一説学者との間で激しい議論を戦わせているようです。

とまれ、世界に分散した人類はその後、7万年前から7万5千年前に、インドネシア、スマトラ島にあるトバ火山の大噴火の影響を受けます。噴火により地球は気候の寒冷化を引き起こし、その後の人類の進化のみならず地球環境全体に大きな影響を与えたとされます。

これを「トバ事変」といいます。このとき、大気中に巻き上げられた大量の火山灰が日光を遮断し、地球の気温は平均5℃も低下しました。これによる劇的な寒冷化はおよそ6000年間続いたとされ、その後も気候は断続的に寒冷化するようになり、地球はヴュルム氷期と呼ばれる氷河期へと突入しました。

この時、この時期まで生存していた人類の傍系の種はほとんど絶滅しましたが、生き残ったのは、いわゆるネアンデルタール人と呼ばれる旧人と新人である現生人類の二種とされます。しかし、現生人類は、このトバ事変の気候変動によって総人口が1万人までに激減しました。

また、ネアンデルタール人はその後、2万数千年前までに絶滅しました。その原因はよくわかっていないようですが、生き残った現生人類との暴力的衝突により絶滅したとする説、獲物が競合したことにより段階的に絶滅へ追いやられたとする説、現生人類と混血し急速に現生人類に吸収されてしまったとする説など諸説あります。

こうして唯一人類として生き残ったのが現生人類、ホモ・サピエンスです。しかしこの著しい人口減少では「ボトルネック効果」が生じました。ボトルネック効果という名称は、細いびんの首から少数のものを取り出すときには、元の割合から見ると特殊なものが得られる確率が高くなる、という原理から命名されたものです。

つまり、現在の全人類はこの時生き残った一握りの人々の子孫においては、少数であるがゆえに、その遺伝的多様性が失われてしまいました。個体群のごく一部のみが隔離され、その子孫が繁殖した場合には、同様の集団ができます。この場合は最初に隔離された少数の個体(創始者)の遺伝子型のみが引き継がれるといいます。

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現在、人類の総人口は70億人にも達しますが、遺伝学的に見て、現生人類の個体数のわりに遺伝的特徴が均質であるのはこのトバ事変のボトルネック効果による影響であるといいます。しかも、遺伝子の解析によれば、現生人類は極めて少ない人口、すなわちわずか1000組~1万組ほどの夫婦から進化したことが想定されるそうです。

また、現代人=ヒトに寄生するヒトジラミは2つの亜種、主に毛髪に寄宿するアタマジラと主に衣服に寄宿するコロモジラミに分けられます。近年の遺伝子の研究からこの2亜種が分化したのはおよそ7万年前であることが分かっています。

このことから、およそ7万年前に生き残った現生人類は衣服を着るようになり、新しい寄宿環境に応じてコロモジラミが分化したのではないか、と研究者らは考えました。時期的に一致することから、トバ火山の噴火とその後の寒冷化した気候を生き抜くために、このころから人類は衣服を着るようになったのではないかと推定しています。

これら生き残った現生人類の中から、さらに約3万年前にクロマニョン人という人類が現れます。クロマニョン人とは、南フランスで発見された人類化石に付けられた名称であり、1868年クロマニョン (Cro-Magnon) 洞窟で、鉄道工事に際して5体の人骨化石が出土し、古生物学者ルイ= ラルテによって研究されました。

同じトバ事変で生き残ったネアンデルタール人を旧人と呼ぶのに対し、このクロマニョン人が、新人と呼ばれる現生人類の代表です。そして、これが旧人と新人の分かれ目です。

このクロマニョン人は後期の旧石器時代にヨーロッパに分布した人類です。カルシウムの入った骨は見つかっておらず、化石でのみ発見されるので、「化石現生人類」とも言われます。死者を丁重に埋葬し、呪術を行なった証拠もあるなど、進んだ文化を持っていました。

また、精巧な石器や骨器を作り、動物を描いた洞窟壁画(ラスコー、アルタミラ、その他多数)や動物・人物の彫刻を残しました。一部の学者によれば、狩猟採集生活をし、イヌ以外の家畜を持たず、農耕も知らなかったといいます。ただこれは、資源が豊富だったのでより効率の高い食糧生産方法が必要なかったためです。

このため、農耕以外の生活史を見ればほぼ、その外見も含め、現在のわれわれとかなり似通っています。単一起源説によれば、このクロマニョン人の先祖の現生人類は、7万から5万年前にアフリカで生まれて外へ移住し始め、結局ヨーロッパとアジアで既存のヒト属と置き換わりました。

こうしたヨーロッパ人と日本人の共通祖先の分岐年代は、7万年前±1万3000年であることまでがわかっています。これが現代人、つまりホモ・サピエンスといわれる我々の直接的な先祖になります。

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この「ホモ・サピエンス」という言葉ですが、この学名は1758年にカール・フォン・リンネによって考え出され、ラテン語の名詞で「homō」(属格の「hominis」)は「人間」を意味し、ラテン語で「賢い人間」を意味します。現生人類の属する種の学名であり、新人に近いネアンデルタール人などの絶滅した旧人類も含める場合もあります。

解剖学的にみれば、350万年前ごろの猿人、アウストラロピテクスのものをそのまま引き継いでおり、発達した二足歩行という特質が頭蓋骨に変化をもたらし、声道がそれまでの猿人よりもさらにL字形になったものを継承しています。

その後、道具を使うようになりますが、その使用は特に脳の継続的な増大をもたらしました。そしてそのことが、他の動物が特徴的にもたない、顕著な「言語」を生み出しました。

石器は260万年前に初めてその証拠が現れますが、一方、単発的な火の使用の開始は、170万年から20万年前までの広い範囲で説が唱えられています。最初期は、火を起こすことができず、野火などを利用していたものと見られており、日常的に広範囲にわたって使われるようになったことを示す証拠が、約12万5千年前の遺跡から見つかっています。

歴史においてホモ・サピエンスが登場して以後、この三種の神器、すなわち言語と道具、火の使用によって、より創意工夫に長けた人類となり、さらに環境適応性の高いホモ・サピエンスとなっていきました。そして以後、疑いようもなく、地球上で最も支配的な種として繁栄してきました。

このホモ・サピエンスは、日本語では生物学的に「ヒト」といいます。いわゆる「人間」の生物学上の標準和名であり、生物学上の種としての存在を指す場合、カタカナを用いて、こう表記することが多いようです。

英語圏ではHumanと呼びます。広義にはヒト亜族(Hominina)に属する動物の総称であり、狭義には現在生きている人類、つまり現生人類という意味です。片やホモ・サピエンスは「学名」になります。上の標準和名などと異なり全世界で通用します。国際自然保護連合が作成した絶滅危惧種のレッドリストでは、「軽度懸念」(低危険種)とされています。

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ややこしいので、以下、日本風の呼び方、「ヒト」で統一します。古来「ヒト(人)は万物の霊長であり、そのため人は他の動物、さらには他の全ての生物から区別される」という考えは普通に見られます。しかし、生物学的にはそのような判断はありません。

「ヒトの祖先はサルである」と言われることもありますが、生物学的には、ヒトはサル目ヒト科ヒト属に属する、と考えられており、「サルから別の生物へ進化した」とは考えません。アフリカ類人猿の一種にすぎず、生物学的に見ると、ヒトにもっとも近いのはゴリラやマントヒヒなどの大型類人猿です

では、生物学的な方法だけでヒトと類人猿の区別ができるか? と言うと、現生のヒトと類人猿は形態学的には比較的簡単に区別がつきますが、DNAの塩基配列では極めて似ているし、また早期の猿人の化石も類人猿とヒトとの中間的な形態をしており、線引き・区別をするための点は明らかではありません。

結局のところ、「ヒト」というのは、直立二足歩行を行うこと、およびヒト特有の文化を持っていることで、類人猿と線引き・区別しているだけです。つまり、生物学的な手法・視点からみれば、ヒトもサルの一種にすぎない、ということになります。

そこで、このヒトをサルの一亜種、一生物としてみていこうと思います。

直立二足歩行によって、ヒトは体躯に対して際立って大きな頭部を支える事が可能になりました。その結果、大脳の発達をもたらし、極めて高い知能を得た。加えて上肢が自由になった事により、道具の製作・使用を行うようになり、身ぶり言語と発声・発音言語の発達が起き、文化活動が可能となりました。

分布は世界中に及び、もっとも広く分布する生物種となっていますが、その学習能力は高く、その行動、習性、習慣は非常に多様です。民族、文化、個体によっても大きく異なりますが、同時に一定の類似パターンが見られます。また外見などの形質も地域に特化した結果、「人種」と形容されるグループに分類されるようになりました。

コーカソイド・モンゴロイド・ネグロイド等がそれですが、しかし全ての人種間で完全な交配が可能であり全てヒトという同一種です。

サル目としては極めて大型の種であり、これより大きいものにゴリラとオランウータンがいますが、ヒトも含めこれらはいずれもサル目としては群を抜いて大きい部類に入ります。

なお、動物一般には頭部先端から尻、または尾までの長さを測定しますが、ヒトでは尾に該当する部位が退化しており標準の大きさとして直立時の高さ(身長)を測定することが多いので、他種との直接の比較は難しい、ということになります。

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体長は雄の成体でおおよそ160〜180cm、体重は50〜90kg程度。雌は雄よりやや小さく、約10%減程度と見ていいようです。独自の特徴として、完全に直立の姿勢を取れるという点があり、頭が両足裏の間の真上に乗る位置にあります。また、乳幼児を除いて、ほとんどの場合二足歩行を行います。

「前足」の付け根が背中面の位置に近いところにあり、これは別名「手」と呼ばれます。一方、「後ろ足」は前足よりも長く、かかとがあるのが特徴です。

体表面のほとんどの毛が薄く、ほとんどの皮膚が露出しています。が、顔面の上から後ろにかけて毛が密生しています。これは「頭髪」と呼ばれ、雄の個体によっては年齢を増すにつれて抜け落ちます。この頭部の毛に覆われる部分以外は肌はほとんど露出していますが、雄は顔面下部に毛を密生することがあります。これは「髭」と呼ばれます。

また、目の上、まぶたのやや上に一対の横長の隆起があり、ここに毛を密生しますが、これは「眉」といいます。鼻は前に突出し、鼻孔は下向きに開きます。また、口の周囲の粘膜の一部が常に反転して外に向いていますが、これは「唇」と呼ばれる部位です。

ヒトは往々にして「裸のサル」といわれます。しかし、実際には無毛であるわけではなく、手の平、足の裏などを除けば、ほとんどは毛で覆われています。とはいえ、その大部分は短く、細くて、直接に皮膚を見ることができます。

このような皮膚の状態は、他の哺乳類では水中生活のものや、一部の穴居性のものに見られるだけです。ヒトの生活はいずれにも当てはまらないので、そのような進化が起きた原因については様々な説があるようですが、定説はありません。

代表的な理由としては、外部寄生虫がとりつきにくくする、あるいはそれらを取りやすくするための適応である、という説。また、体表を露出することで、放熱効率を上げて、持久力を上げるための適応。などがあります。また、性的接触の効果を上げるための適応であるという意見や、一時期に水中生活を送ったなごりという説もあります。

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この水中生活において水に浸からない頭髪だけが残ったという説があり、これは「水生類人猿説」といわれるものです。これはこれで一家言あり、説明が長くなるのでやめます。が、年齢を増すと頭髪が抜け落ちてしまう雄の個体は、水中での活動が活発だった個体の生き残りかもしれません。河童?

本当に水中にたかどうかは別として、体を何かで覆うことは、ほとんどの生息域のヒトにおいて行われます。そして、これはいわゆる「衣服」と呼ばれます。

これをヒトの体が毛で覆われていないことから発達したと見るか、衣服の発達によって毛がなくなったと見るかは、判断が分かれるところです。が、上でも述べたように、衣服に付くシラミがコロモジラミ、頭髪に付くのがアタマジラミであり、この両者が存在することから、ヒトはある時期に衣服を身に着ける種へと種分化を生じたものと想像されます。

もっとも、体に着用するものには、体の保護を目的とするものと、装飾を目的にするものとがあり、また両方を兼ねる場合も多いようです。体の保護を目的とするものとしては、まず腰回りに着用し、生殖器を隠すものが最低限であるようにみえます。

一方、装飾にはさまざまなものがありますが、手首や首など、細いところに巻くものがよく見られ、装飾目的はセックスアピールでしょう。雄雌ともに体に直接、文字や絵を描き込んだりすることもあります。いわゆる「入れ墨」です。

また、体の一部に穴をあける個体もおり、これはピアスといわれます。さらに、頭髪の上に何かを突出させる形の装飾は、非常に多くの民族に見られます。

ごく稀にですが、裸族と呼ばれる何も身に付けない習慣を持つヒトの集団が存在しますが、全く何一つ着用しない例はまずありません。生殖器を隠す事は最低限であるため、裸族に属するヒトであっても、オスはペニスケースを装着している場合が多いものです。

この衣服というものの着用が常時となったヒトは、衣服を着用せず、自らの身体を他の個体にさらすことに嫌悪感を持つようになりました。これは「羞恥」と呼ばれる習性であり、独特の文化といえます。生殖器および臀部をさらすことに対しての嫌悪感は多くのヒトで共通しています。

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どこをさらすことに嫌悪感を持つかについては地域差がありますが、ヒトのメスの場合は膝より上部の下肢、あるいは乳房をさらすことに嫌悪感を覚える例が多いようです。しかし、それらをさらすことに全く嫌悪感を持たないヒトも存在します。また、さらす側の個体のみならず、さらされる側の個体も嫌悪感を持ちます。

このため、多くのヒトの社会では、身体の特定部位を必ず衣服で覆うことを義務づける規範を持つに至りました。一方でヒトの中には、そのような規範をあえて破り、身体をさらすことに快感を覚える個体も存在します。こうした個体には、自らさらして喜ぶ場合と、他の個体にさらさせてそれを見て喜ぶ場合とがあるようです。

普段は衣服によって隠されている生殖器は、性交時には必ずさらす必要があるため、脱衣行為の解放感と快感は性的興奮と密接に結びついているといわれます。そしてこうした快感は、ストリップやポルノグラフィなどの性風俗文化の発展にもつながっていきました。

体の特徴をみていきましょう。胴を支える脊椎は骨盤によって受け止められます。そのため、他の霊長目とは違い直立姿勢によって発生する上部の加重軽減するためにやや弓なりに組まれています。

ただし、全ての加重を軽減できるものではなく、そのことがヒト独特の脊椎、とくに腰椎に加重ストレスがかかった損傷状態である「腰痛」を引き起こす要因になります。

雌では胸に一対の乳房が発達します。また、腰骨は幅広くなっており、腰の後部に多くの筋肉と脂肪がつき、丸く発達します。これは「尻」と呼ばれる部位です。尻の隆起は主として二足歩行によって必要とされたために発達したものと考えられています。しかし雌の尻は脂肪の蓄積が多くてより発達し、乳房の発達と共に二次性徴の一つとされます。

特に、雌における乳房は性的成熟が始まるとすぐに発達が始まり、妊娠によってさらに発達します。とはいえ、非妊娠期、非保育期間にもその隆起が維持される点は、他の生物にみられない特異なものです。これには、性的アピールの意味があるとされる意見もありますが、その進化の過程や理由については様々な議論があります。

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前足は「腕」、特に尺骨・橈骨より先の部分は「手」と呼ばれ、歩行には使用されません。あえて四足歩行を行う場合には手の平側を地につけ歩き、チンパンジーなどに見られるように手首を内側に曲げて歩く、いわゆる「ナックル・ウォーク」は一般的ではありません。

後足は「脚部」、特に地面に接する部分は単に「足」とも呼ばれ、歩行のために特化しています。膝を完全に伸ばした姿勢が取ることができ、この膝は、幼いときの四足歩行時にここを接地させるので肥大化してぶ厚くなります。

かかととつま先がアーチを形成し、間の部分がやや浮きますが、これは「土踏まず」と呼ばれるものです。これによって接地の衝撃を吸収します。まれに土踏まずのほとんどない個体がいますが、こうした個体の持つ足先は「偏平足」と呼ばれます。

生殖状況をみると、他のほ乳類と同じく体内受精を経て母親の子宮内で子供を育てます。妊娠期間は約266日、約3kg〜4kg程度で生まれます。新生児はサル目としては極めて無力な状態であります。一般のサル類は、生まれてすぐに母親の体にしがみつく能力がありますが、ヒトの場合、目もよく見えず、頭を上げる(首がすわる)ことすらできません。

これは直立歩行により骨盤が縮小したために、より未熟な状態で出産せざるを得なくなったためと考えられています。ただ、出産直後の新生児は自分の体を支えるだけの握力があります。とはいえ、これは数日で消えることが知られています。

また、体毛も出産までは濃く、その後一旦抜けおちます。約2年で次第に這い、立ち歩き、言葉が操れるようになります。栄養の程度にもよりますが、10年から20年までの間に性的に成熟を完了し、体の成長もその前後に完成します。だいたい10歳〜15歳のころに生殖能力を得るようになります。

10歳未満で生殖能力を得る個体も存在しますが、雌の場合はまだ身体が成長途中であるために、妊娠には大きな危険が伴います。個体が成育する文化によりますが、雌雄共に15歳を過ぎたあたりから生殖に対し活発になり、40歳くらいまでは盛んな時期が続きます。

雄の場合、その活動は次第に低下しますが、老齢に達しても完全になくなるわけではありません。ときには老いても異常なまでに活動が活発な個体もいます。それに対して雌では通常50〜55歳くらいに閉経があり、それを期に生殖能力を失います。

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サル目の中で最も多産です。生物学上、一個体のヒトの雌が生涯で産む子の数は最大で15人前後も可能であるといわれ、双子、三つ子を産むことができるサル目はヒトだけと言われています。ただし、現在では豊かな社会に生息するヒトほど少子化傾向にあります。

しかし、現在のような文明を得る前の社会では多産多死であり、母子ともに高い死亡リスクを抱えていました。その後、薬草の時代から発達した医学、農業技術の進歩、公衆衛生の普及などが大きく影響し、19世紀末以降、ヒトの個体数は著しく増加しました。

現在のヒトの社会では、成熟したオスが成熟したメス、非成熟個体(子供)に対して優越し、場合によってはそれらの個体への干渉権や支配権を持つことが多いようです。とりわけオープンな集合社会の決定の場では、成熟したオスの優位は非常に強く、かつ明白です。

逆に家庭内など閉鎖的な社会では、成熟したオスの権威の優越性は弱まり、不明瞭となるか、時にメス優位の事例も出てきます。が、通常、非成熟個体やメスに対しては、劣位の代償として成熟したオス個体からの恩恵的な「庇護」が一定程度与えられます。ときにその庇護を嫌がる雌もおり、その場合、それまで培われた生活共同体は崩れます。

家系の継承理念については、父系と母系、双系の三種類がありますが、現在のヒトのさまざまな社会における家系理念を見ると父系が一番多く、母系や双系は少ないようです。古代日本では、社会の基本単位は血縁にもとづく氏族あるいは出自集団であり、その際には、父系も母系もありました。つまり、双系です。

ただし、父系継承の社会であれ、母系継承の社会であれ、もう一方の系統で自分と血縁のある個体に対しても近縁個体としての情を抱くのが通常であり、実際は現在のすべての社会において、ヒト:ホモ・サピエンスは、双系的な親族意識を持つといえます。

父系・母系・双系にかかわらず、理想的な環境、すなわち非常に長生きすることに適した環境で育ったヒトが、各種の寿命を縮める要因のない状態で一生を終える場合の最大寿命はおよそ120歳程度と想像されます。

しかし、実際には様々の要因により寿命はそれよりも短くなり、また雌の方が5年から10年程度平均寿命が長くなるようです。かつてヒトの平均寿命ははるかに短く、30〜50年程度でした。現在でも、栄養条件の劣悪な環境下では、この程度になることが多いようです。

一方では生殖可能な年齢を過ぎた後の生理的寿命が非常に長いのがヒトの特徴であり、これが顕著なアジアのある島国では、雌の平均寿命が87歳、雄の平均寿命が80歳にも及ぶようです。

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食生活もみてみましょう。ヒトは、植物の葉や茎、根、種子、果実などの植物食、陸上脊椎動物、昆虫、魚介類などの肉食と非常に幅広い食性を有する雑食性です。

多くのサル類に見られるような昆虫などの小動物の捕獲のみならず、それに加えてより大型の哺乳類や鳥類を集団で狩りをすることによって捕獲する狩猟、魚介類や海洋哺乳類を利用する漁など、動物性の食料の利用はサル類の中では抜きん出ています。これは、高い知能や文化的な情報の蓄積によるところが大きいようです。

一般的傾向として、脂肪とタンパク質の豊富な肉、糖質を多く含んだ甘いものを好みますが、肉への嗜好に対しては、これが大脳の発達を促したという説もあります。しかし肉の摂取量については地域差がきわめて大きく、肉を食べず、植物性の食品のみを好む個体もあります。これをベジタリアンと呼びます。

食物にはしばしば塩味の付加が行われますが、これはヒトの発汗機能が他の動物に比べて非常によく発達しており、大量の塩分の摂取を必要としているからです。菌類食の習慣も広範にみられ、上でも述べたアジアの島国のように藻類を好んで摂取する地域もあります。

肉食では、陸上脊椎動物と魚類(海水魚と淡水魚)の摂取が最も一般的ですが、沿海部や島嶼に居住する個体には海産の軟体動物(貝や頭足類)や甲殻類も好まれます。

氷河期の終わりの最終氷期ごろから、野生のものを採るのではなく、食料を自ら育てること、つまり農耕や牧畜が多くの地域で行われるようになりました。この結果、各地で地域に合ったさまざまな形の農業が発達し、現在では、食料は大部分がこれで賄われています。

動物としては極めて特殊な食性として、エタノールを好みます。エタノールはカロリー源として優れているものの、同時に強い毒性を示し、中枢神経を麻痺させる作用があります。これを「酔い」といいます。しかし、ヒトはむしろこの麻痺を快感として受け入れてきました。

もっとも、エタノールの嗜好には個体差が大きく、あまり好まない個体や、より自然な生き方を望む個体には嫌悪を示す個体も多いようです。なお、東アジア系のヒトの中には、遺伝的にアセトアルデヒド分解酵素を持たず、エタノールを摂取できない個体もいます。

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ヒトは、環境を作り替える動物であると言われます。一定の住居をもつ民族が農業を行う場合は、広い区域を加工し、また、作物や家畜などを守るため、人為的に特定の生物を維持し、その天敵を攻撃します。

ヒトの生活の場には、その住居を使用する生物(ツバメなど)、ヒトの植物の食べ残しなどを食料とする動物(ゴキブリなど)、吸血性の昆虫(ノミなど)、雑草などさまざまな特有の生物が集まっており、それらをまとめて人間生態系ということがあります。

一方でヒトが環境を作り替えることにより、従来その環境に生息していた動植物が駆逐されるということが頻発しています。その過程で多くの動植物が絶滅しています。特定の動植物が他の動植物を駆逐し、絶滅に追いやる例はヒト以外でも見られますが、ヒトによって絶滅させられた動植物の種類はそれらより桁外れに多くなっています。

またヒトが環境を作り替えることにより、 ヒト自らにとっても生息困難な環境へと変化する場合もしばしば見られます。肥沃な土地だったものが、ヒトの生息によってヒト自らにとってもあまり好ましい環境とは言えない状態へと変化するといった例は後を絶ちません。

中東の砂漠地帯などはその好例です。こうした地域ではヒトの生息数が著しく減少しているとともに、他のヒトの生命を脅かす好戦的な「ヒトデナシ」が現れるようになっています。

極東の小さな島国のヒトもまた、科学技術におぼれ、大きな地震があった際にそれによって自らその環境を著しく汚染させました。そのほかにも自分たちが生きんがために多くの他の生物や植物の生を危うくしています。

その環境を変え続けることにより、いずれまた大自然によって大きな鉄槌が加えられることでしょう。

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