魚さかな魚……

今日は梅雨だというのにスカッ晴れで、良い天気です。雲の間からときおり姿を見せる富士山は、さすがにもう雪がほとんどなくなっています。先日の山開き以降、既にたくさんの人が今年の富士山を楽しまれたと思いますが、今日登られる方はまた格別の景色をご覧になれることでしょう。

こういう晴れてすがすがしいお天気のときには、昔仕事でよく行った、北海道のことを良く思い出されます。北海道の各所にあるダムや堰に、サケやマスなどが上りやすくするために、「魚道」というものが設置されているのですが、仕事というのは、その魚道を作った効果が本当にあるかどうかを調査し、確認するというもの。

「魚道」というのは、あまり聞きなれない言葉だと思いますが、どういうものか簡単に言いますと、ダムや堰などの障害物があると魚がその上流へ行けないので、階段状の魚の通り道を作ってあげて、そこへ魚を誘導して、上流へ導くというもの。いろんな形のものがあり、上らせてあげる魚の種類別に同じ魚道内にも複数の構造の魚道を作ったりもします。

もともとは、サケなどのように、川の上流で卵を産んで、海に下ってから大きく成長、再び川をさかのぼって産卵を繰り返すような魚、「回遊魚」といいますが、この回遊魚のために開発されたもの。川の中にダムや堰を作ると、上流に遡って産卵ができなくなり、そのため海へ下って捕獲できる回遊魚が減ってしまうことから、主に水産資源の保護、ということで魚道が作られるようになりました。

もともとは、アメリカで開発されたもので、かの国が電力発電のほとんどをダムによってまかなっていた時代に、ダムを作ったことでサケの捕獲量が激減。水産業者が国を訴えるような出来事もあり、これに答えたのがアメリカの陸軍工兵隊。日本ではこういう研究は、国土交通省の研究機関でやるのですが、アメリカの場合、陸軍に設置された「陸軍工兵隊」という研究組織があり、ここが土木や建築の基礎研究をしています。

戦争をするためには、まず川や海、山などの自然条件を知り、それを自在に操らなければいくさにならない、という主旨で作られたこの研究所。へんな名前ですが、アメリカでは最も古くて権威のある研究所で、現在日本で使われている土木技術の多くはこの研究所で作られたものと言っても過言ではありません。

日本の場合、島国なので、戦争をするためには、まず船を作ればいい、ということで、最初、陸軍より海軍の育成に力を入れたといいますが、広大な土地を持つアメリカでは、南北戦争の時代から陸での戦闘に重点が置かれており、戦争のために橋を作ったり、道路を作るためには土木技術の研究が不可欠だったというわけです。

私の記憶違いでなければ、この陸軍工兵隊が最初に作った魚道は、アメリカのワシントン州のコロンビア川上流に作られたもの。コロンビア川では、サケやマスなどのサケ科の大形魚類が、毎年、数百万尾も遡上するため、上流へのダムの設置によって、沿岸の水産資源の枯渇を招くおそれがあります。

このため、ワシントン州と陸軍工兵隊、および国の環境保全にかかるセクションが共同で、魚道開発を行い、現在では、河口から700kmまでにある8つのダムに魚道が作られ、それぞれのダムの魚道で毎年、数十万尾のサケマスの通過が確認されているということです。

ひとくちに、魚道を作る、といえば簡単そうなのですが、これらのダムの高さはみんな、20~30mもの高さのある巨大なもの。この高さを、たとえばサケやマスのような大型の魚に上らせるためには、ひとつひとつの階段の高さも抑え、距離を長くする必要があります。そのためには、ダムや堰の設計の段階から、魚道との位置関係や構造についてあらかじめ検討しておく必要があり、その設計のためには、ときに模型を作って実験まで行います。

問題は、相手が生物だということ。せっかく模型を作っても、その模型で魚が上ったとしても、実際の川では上らない可能性もあるため、設計者たちはその構造を決めるのに大変な苦労をします。また、実際に出来上がったあとも、魚がほんとうに上ってくれるかどうかを確認する必要があり、上ってくれなければせっかく作った魚道を改良することだって必要になるのです。

忘れてはならないのは、魚道は魚を上らせるだけの構造物ではなく、魚を下らせることも必要です。せっかく上流に上って卵を産んでくれても、卵からふ化した魚が、安全に海までたどり着いてくれないと、魚道を作った意味がなくなってしまうからです。

ダムや堰の魚道で一番問題になるのは、魚がまず、その入口を見つけられるかどうか、ということ。ダムの下流では、ダム本体から大量の放流水が出ている場合が多いので、多くの魚はこちらへ行ってしまいます。それを避け、魚たちに魚道の入口を見つけてもらうためには、魚道の入口からもできるだけたくさんの水を流して、魚に気付かせる必要があります。しかし、魚道からたくさんの水を流し過ぎると、せっかく貯めたダムの水がムダになってしまいます。

このため、少ない水量で、できるだけ魚に気付いてもらえるような強い流れを魚道の入口付近で作ってやる必要があるのです。魚道から出るこのみずみちのことを、「呼び水」といいます。その名の通り、魚を呼ぶための水です。

ところで、私は、前述した、コロンビア川の上流へその昔、魚道の視察調査に行ったことがあります。コロンビア川上流の小さな堰に、魚を魚道の入口に見つけやすくするために面白い装置が設置してある、という情報があったからです。その装置とは、堰の真下にあるコンクリートの中に、川幅全体にわたって、電線を遠し、水中に微弱な電流を流すというもの。サケやマスはこの電流をいやがり、川の中で、電流が唯一通されていない、魚道の入口に誘導されるという仕組みです。

ワシントン州のシアトルから、この施設をみるために、クルマで6時間もかかって行ったことが思い出されます。視察したその堰の下流の入口には、北米特有の真っ赤な色をしたベニマスやシロザケがたくさん集まっていて、なかなかの壮観でした。日本では法律的な問題もあるようで、こういう施設は作られていませんが、さすがアメリカ、先進的なことをやってくれるわい、とその時思ったものです。

さて、このように、魚道の入口は、魚道から流の早い水を出したり、魚がいやがるものをうまく使って誘導することで、魚がそれに気付いてくれることが多いのですが、実は、問題は、上流のダム湖のほうが大きいのです。

考えてもみてください。ダムや堰の上流にできた、広大な湖。この中で、どうやって魚が魚道の入口を見つけられるのでしょうか。

一般にダムの上流の湖では、水の流れは、ダム湖の水の放流口や発電をするダムの場合は、発電用の取水口の付近に集中します。このため、川を下ろうとする魚はどうしても、この放流口や取水口付近に集まってしまい、最悪は、この放流口から落下して死んでしまったり、発電用取水口に飲み込まれ、タービンでずたずたになってしまうという可能性もあるのです。

このため、放流口や取水口には魚が迷いこまないように網を設けたり、魚がいやがるような突起物を設けたりと、いろいろな工夫をします。ただ、それだけでは魚が必ずしも魚道を通ってくれるとは限らないので、さらにいろいろな工夫をします。

一般に魚道は、ダムの片側の一番陸に近いところに設置されます。多くの魚は、川岸に豊富にいる昆虫などを食べているため、川岸に沿って移動するためです。が、それだけでは、魚道の入口に魚が行ってくれるとは限らないので、魚道をダムの片側だけでなく、両側につけたり、魚道の入口がわかるように、魚道の入口付近だけ強い流が発生したりするように工夫します。場合によっては、魚道の入口を魚道の入口を水面から、ダムの底まで、いくつも造ったりまでするのです。

私が北海道へ仕事で頻繁に行っていたころ、やはり多くのダムではこの問題に直面していました。サケの稚魚は、数センチと小さいので、ダムの放流口に迷いこみ落下しても大丈夫なことが多く、発電用取水口からタービンを通っても切り刻まれる確率は低いのですが、問題だったのは、サクラマスの稚魚のように比較的大きなもの。

十数センチもあるため、落下や発電用取水によって傷ついてしまう可能性はもちろん、体の表面の皮が薄く、すごくセンシティブな魚であるため、普通に川を下っていても傷ついてしまうこともあるほど。

これを無事に魚道に導くために、いろいろな室内実験や屋外実験をやりましたが、最終的には、サクラマスの稚魚は光に敏感だということがわかり、ダムの上流の入口に夜間、灯りをつけることでサクラマスの稚魚を誘導することに成功。その後もそのダムでは誘導灯をつけることを続けていると聞いています。

このサクラマスが川を下るのが、5~6月なのですが、北海道ではまだまだ寒いこの時期、ダムサイトにレンタカーを止めて、クルマの中で仮眠をとりながら、一晩中、魚道を下るサクラマスを試験的に捕獲し、カウントしていたことが思い出されます。

さて、アメリカの魚道は、サケやマスのような大型の魚を目的に開発されたものですが、日本の場合、ここが少し違ってきます。無論、サケやマスなどの大型魚類が上ってくるだ川も多いのですが、日本の場合は、アユやシシャモといった、小型の魚類の捕獲によって水産業が成り立っている川が多いのです。シシャモの場合は、比較的河口に近いところで産卵をするので、ダムからの水の放流によって、その産卵場が乱されないように気を配るか、場合によっては新たな人工産卵場を作ることで問題を解決することができます。

ところが、アユの場合は、サケやマスなどの遡上を目的とした大型魚道では、なかなか思うように上ってくれないのです。その理由は、アユは、急流の浅瀬を遡るという修正があるため。階段状にした緩い流れの魚道では、アユは階段下のプールでゆっくりとくつろいでしまい、上流に上ろうとしません。アユを積極的に上らせるためには、人工的に急な流れを作り、しかもその流が上流のダム湖まで連続して続くようにしなければならないのです。

このため、アメリカで使われていたようなゆるやかな流れの魚道ではなく、急な流れが断続的におきるような特殊な魚道が開発されました。こうした特殊な魚道の研究は、日本と同様に、比較的急な流れのあるヨーロッパでもさかんに研究され、これにアメリカも加わって、80~90年代にはいろんなものが開発されました。多くは、魚道の水の流の中に、飛び飛びに置かれた遮蔽物を置き、その遮蔽物の周囲で発生する急な流れをできるだけ、連続させていくというもの。ときには、コンクリートだけではなく、鉄製の遮蔽物が置かれるものもあります。

日本で独自に開発されたものもあり、そうした新型魚道が、いまやあちこちのダムや堰に設置され、そこをたくさんのアユたちが通って安全に上流に向かい、産卵を行っています。今度、川でダムや堰をみつけたら、ぜひ、そこに造られた魚道をみてください。いろんなタイプのものがあると思います。そこを上っていく魚をみつけたら、楽しいですよ!

ちなみに、ダムと堰の違いってご存知ですか? 実は日本では、ダムというのは、高さが9mを超えるものを指し、これ以下のものを堰と呼んでいます。テレビなどで、よくレポーターさんが、背の低い堰を指さしながら、「このダムが・・・」と説明されている光景をよく見ますが、それを見るたびに、ああ~違うんだよなーと思ってしまう私。ですから、みなさんも今度から、「ダム」と呼んでいるものがほんとにダムかどうか確認してみてください。

さて、今日は、その昔、北海道へよく行っていたという話から、魚道のお話へと飛躍してしまいましたが、いかがだったでしょうか。あまり一般の人には、なじみのないお話だと思うので、逆に面白いと思っていただけたなら幸いです。

たまには、このように昔とった杵柄シリーズも良いかもしれませんので、また面白そうな話を思い出したら書いてみましょう。

今日は、スカッ晴れの伊豆。少し外へでて、その空気を存分に楽しんでこようかと思っています。そういえば、狩野川には魚道、あったかしら……