カマラルザマーンとブドゥール

その昔、ペルシャと呼ばれるそのエリアに、ハーレダーンという国があった。

国王シャハラマーンには一人息子がおり、その名をカマラルザマーンといった。この王子は、神の子と噂されるほどの美形であり、街中を歩けば、国中の女どもすべてが振り返るほどの輝きを放っていた。

父の国王は国の行く末を思い、早くこの息子に妃を迎えたいと考えていた。しかし、当の本人は15歳になってもまったく女性に興味が無く、父がいくら結婚を勧めても、まだ早いと言ってはいつもこれを拒否していた。

一方、ハーレダーンの地から遥か遠く離れたところに、エル・ブフールとエル・クスールという二つの国があった。両国を束ねる国王、ガイウールには美しい一人娘、ブドゥールという王女がいたが、こちらも男性にはまるで興味が無く、近隣の国の王子の求婚を断り続けていた。

ある日のこと、ハーレダーンの国王・シャハラマーンはいつものようにカマラルザマーンに縁談をもちかけたが、このときも彼は断固としてこれを受け付けなかった。業を煮やした父は、それならと懲罰のため、彼らが住まう城の中でも一番奥にある古い塔の中に息子を閉じ込めた。




その塔は古代ローマ時代からある塔で、その昔は牢獄として使われていたものだった。中は広々としていたが、古めかしい石造りの内部はじめじめしており、気味悪がって普段は誰もがそこへ近づかなかった。塔の階下にはひとつの井戸があり、実はそこには魔王ドムリアットの娘、魔女のマイムーナが棲んでいた。

マイムーナは井戸の底の底にある邸宅で静かに眠っていたが、騒々しい物音を聞いて目を覚ました。すると誰かがひきずって来られ、入口のドアに錠をかけられる音が聞こえてきた。

それはちょうど、カマラルザマーンが家来によって押さえつけられていた両腕をふりほどいたところだった。振り返ると、分厚い樫の木でできた扉が閉められ、重い鍵がそこにかけられた。見上げると遥か上の方に小窓があったが、それ以外にあかり取りはなく、薄暗い塔に押し込められたカマラルザマーンはやれやれと思った。

しかし、少しも不安はなかった。一人息子の自分を王である父が見殺しにするわけはなく、しばらくすればまた外に出してもらえると確信していたからである。

ただ、それにしても牢の中というものは退屈なものである。加えてこの塔の中の空気は陰湿で、気を滅入らせた。カマラルザマーンはいた仕方なく、上の方に見える窓のからこぼれてくる月明かりをぼんやりと見ていたが、そのうちに眠くなり、横になると深い眠りに落ちていった。

井戸の中から様子をうかがっていたマイムーナは、外が静かになったころあいを見て、おそるおそる姿を現した。そして井戸の横の床の上で横になって眠っているカマラルザマーンを見て驚いた。その美しさは数百年生きてきた彼女にとっても初めてのものであり、感動のあまり、おもわず感嘆の声をあげた。

おりしもその時、静かだった外に雷鳴がとどろき、突風が吹きすさんで、塔の窓から木の葉が舞い込んできた。そして、それと同時に吹き込む一陣の風の中から、鬼神シャムフラシュの息子で魔神のダハナシュが現れた。

ダハナシュは美しい生き物が好きだった。世界中を旅し、ありとあらゆる珍獣や昆虫、妖精といわれるものをみてきたが、一方では美しい人間も探し求めていた。そしてかねがね、誰がいったいこの世界で一番美しいかをこの目で見極めたいと考えていた。このときもハーレダーンの国に美男がいると聞きつけ、遥かかなたの国からやってきたのだった。

塔の中に降り立ったダハナシュはそこに眠るカマラルザマーンを見た。そしてその神の子のような容貌を見て美しいと思ったが、ここへ来る前に出会ったエル・クスール国の王女、ブドゥール姫の方がより美しかったと思い、つい、それを口にした。

ところが、そこに居合わせた魔女マイムーナは、そんなことはない、数百年生きてきた私が言うのだから間違いない、美しさについてはカマラルザマーンが世界一だと言い張った。

二人はしばらく言い争ったが結論はつかず、ついには、それなら、くだんのブドゥール姫をここへ連れてきて、見比べてみようということになった。



こうして妖精ダナハシュは再び風に乗り、空を飛んでエル・クスール国まで戻り、眠っていたブドゥール姫を抱きかかえて連れ出し、再びハーレダーンに戻ってきた。

ダナハシュは王女をカマラルザマーンの隣に寝かせ、魔女と魔神は二人して、あらためてそれぞれの顔を見比べた。そしてあることに気が付いた。それはその美しさには優劣がつかないということであった。なぜなら、そこにある王子と王女の顔はまるで双子と思えるほどにそっくりだったからである。

しかしそれでも二人はそれぞれが推する男女のほうが美しいといって譲らなかった。そこで、偉大なる魔王アブー・ハンファシュの子孫の鬼神、ハシュカシュ・ベン・ファフラシュ・ベン・アトラシュに判断してもらおうということにになった。

アトラシュはもう既に数千歳にもなる老人であり、数百歳にすぎない若いマイムーナとダハナシュにとっては良き仲裁相手だった。

さっそく、マイナームが水晶を取出し、祈りを唱えると、たちまちのうちにもくもくと雲のようなものが湧きあがり、その中からアトラシュが姿を現した。二人が老人にこれまでのいきさつを伝えると、彼は長く伸ばしたひげをしごきながらしばらく考え、最後にこういった。

「それぞれの目を覚まさせよ。そのあと、より相手に惚れた方を勝ちとすることにしよう。」

彼の言わんとするところは、ふたりを順番に起こし、それぞれ眠っている相手にどう反応するかを見てこの論議の結論を出そう、というものであった。

そこで、三人はまず、カマラルザマーンを起こしたところ、彼はそばに寝ているブドゥール姫をたちまち好きになった。これほど美しい女をみたのは生まれて初めてであり、その気持ちは説明できなかったが、これがもしかしたら人が言うところの恋というものか、と思った。

しかし彼は、これはきっと父王シャハラマーンの計略と思い、意のままになってはならない、とも考えた。そのまま受け入れてしまえば、わずらわしい国王の座を継がなければならなくなってしまう。とはいえ、断ればこの女とは二度と会えなくなるだろう。

そこで、一計を案じることにした。これなら父に気づかれずにのちに彼女を探し出すことができる、そう考えた彼は、自分の指輪と彼女の指輪を交換することにし、彼女と一線を越えることは我慢した。朝になれば二人でここから出れるだろうと思ったが、しかし朝まで待つことなく、三人の魔神によってふたたび深い眠りに落ちていった。

次に三人がブドゥール姫を起こしたところ、こちらも隣を見て驚いた。そこには彼女がこれまで見たこともないような美しい男が眠っており、その風貌と容姿はとてもこの世のものとは思えないほどのものだった。

姫はしばらく彼を見つめていたが、あまりのせつなさに我慢しきれなくなり、ついには彼に処女を捧げた。そしてカマラルザマーンに寄り添いながら再び眠りに落ちた。

こうして、姫のほうがより王子に積極的な行為に出る、という結果が出た。勝負は魔神ダハナシュの勝ちとなり、彼がこれまで世界中を回って作ってきた美男美女のリストの一番上にブドゥールの名が刻まれることになった。そして言うまでもなく、その二番目にはカマラルザマーンの名が記された。

ダハナシュは満足そうに、眠っているブドゥール姫を抱きかかえると、ふたたび風に乗ってガイウール王の宮殿に彼女を連れ帰った。




翌朝、カマラルザマーンが目を覚ますと、その指に指輪があるのを見つけた。また、ブドゥール姫は、処女血があったことを知り、それぞれが夕べのことは夢ではないと悟った。そして二人は、国中を回ってその夢の相手を探し始めたが、そんな夢の話を信じる者は誰もおらず、かえって狂人扱いされた。

それを見ていたガイウール王は、王女に「狂った女」のレッテルが貼られるのを恐れた。そこで「ブドゥール姫の狂気を治した者には、結婚を許し国王にする。」というお触れを出した。ただ、お触れには書かれなかったが、部下にはこう命じていた。「姫の狂気を見た以上生かしてはおけぬ、治せなかった者は、即座に首を刎ねろ。」

こうして城下には我こそは心得ありと思う若者が数多く集まってきた。皆、ブドゥール姫の美しさを知っており、ぜひともその狂気を直し、国王の座を得たいと考えていた。

エル・ブフール国とエル・クスール国だけでなく、近隣の国からも多くの者が集まってくるようになり、その治療を志願したが、誰も治せず、次々と国王によって首を刎ねられた。

そんなブドゥール姫には一人の乳母がいた。子供のころから実の子のように愛情を注いで姫を育ててきた彼女は、不憫に思い、実の息子マルザワーンに事情を話し、彼女の夢の恋人を探す旅に出るよう頼んだ。

マルザワーンは、それを聞き入れて旅に出、方々でブドゥール姫の恋人のことを聞きまわった。しかし、思うような結果を得られず、瞬く間に一ヶ月が経った。

ところがある日、タラーフという町に着いたとき、遠い国で高貴な男性が指輪を持つ女を探している、という不思議な噂を聞きつけた。タラーフから、ハーレダーンまではさらに陸路で6か月か、海路で1か月のところにあったが、マルザワーンは臆することなく、そこへ出かけようと旅立った。

途中、船が難破するなどの試練もあったが、マルザワーンは、なんとかハーレダーン国に着いた。町中で聞いた噂のことを聞きまわると、指輪を持つ女を探しているのは、どうやらこの国の王子だということが分かった。すぐに城に赴き、カマラルザマーン王子に、自分の国でも狂ったように王女が恋人を探していることを知らせた。

彼からその王女の風貌などを聞き出したカマラルザマーン王子は彼女こそ探している指輪の持ち主だと確信した。そして、マルザワーンの案内で旅立ち、海路で1ヶ月、陸路で6ヶ月をかけて、ガイウール王の国に着いた。

再開した二人は一目であの夜の相手であることを知り、再び深い恋に落ちた。愛し合う二人は王に結婚を申し出、王もまたカマラルザマーン王子の人品卑しからぬ容姿と教養を気に入り、その婚姻を許した。

結婚後、ガイウール王の庇護のもと、カマラルザマーンはしばらくのあいだ、ここでブドゥール姫と楽しく過ごした。しかし、ハーレダーンに残して来た父王のことが次第に気がかりになりはじめ、姫を連れて国へ帰りたい旨を王に申し出た。

王はゆくゆくはカマラルザマーンに王位を譲りたいと考えていたため、この申し出に戸惑ったが、最愛のブドゥール姫がどうしても夫の両親に挨拶したいというので、しぶしぶこれを許した。

こうして二人はハーレダーンを目指す旅に出た。その途中のある夜のこと、テントの中で寝ているブドゥール姫の体をまさぐっていると、紅瑪瑙(赤オニキス)でできた魔法のお守りがあるのを見つけた。テントの中は薄暗く、どんなものだろうと外へ出てながめていると、そこへ突然飛んできた巨大な白い鳥にお守りを取られてしまった。

この鳥は、ロック(rokh)といい、万物の種を生むという木から、熟した果実を振り落としたことで知られる不死鳥だった。

驚いたカマラルザマーンは、お守りを取り返すために一人鳥を何日もかけて追いかけたが捕まえることができず、11日目の日、ついにある港町で鳥を見失ってしまった。その町は異教徒のキリスト教徒に征服された町で、彼と同じイスラム教徒はといえば、年老いた庭師一人しかいなかった。

イスラム教徒だとわかれば敵対するキリスト教徒には殺されてしまう。帰る道も分からなくなっており、カマラルザマーンは港にイスラムの船が入港するまで、庭師の手伝いをしながらひっそりと待ち続けることにした。

一方、ブドゥール姫はカマラルザマーンが突然消えたことに驚き、悲しんだ。と同時に子供のころから自分を守ってくれた紅瑪瑙のお守りがなくなったことを知り悲嘆に暮れた。しかし、王子がいなくなったことで、従者たちの和が乱れ、反乱が起こることをそれ以上に恐れた。

そこで、思い立ったのは、自分の顔がカマラルザマーンと同じことを利用し、男装してカマラルザマーンを演じることであった。側近の女奴隷にベールをさせてブドゥール姫を演じさせ、従者たちにはまるで夫婦がそのままいるように思わせながら、愛する夫の故国、ハーレダーンへの旅を続けた。

その途中、黒檀の島に着いた。島の名前は銘木の黒檀(コクタン)にちなむもので、この時代には金よりも貴重と言われた。そしてこの島はこの木を豊富に産するため、ペルシャ中に豊かな国として知られていた。

黒檀の島の国王はアルマノスと言い、男装の姿のまま彼に会ったブドゥール姫は、いたく彼に気に入られた。そして、国王の美しい一人娘、ハイヤート・アルヌフース姫との結婚を持ちかけられた。ブドゥールは戸惑ったが、自分は男であるとも言い出せず、そのままアルマノス王の申し出を承諾した。

しかし、アルヌフース姫にだけは、実は自分が女であることを打ち明け、秘密を守ることを約束させた。そして初夜を迎えたが、翌朝、鳥の血を処女の血と偽り、アルマノス王には無事、契りの儀式が終わったことを報告した。王は喜び、王位をブドゥール姫に譲った。



一方のカマルザマーンは、いつまでも来ないイスラムの船を港街で待ち続けた。そんなある日、遥か向こうの砂漠の中で大きな鳥同士が争うのをみかけた。砂埃が収まるのを待って近づくと、そこには、一羽のハヤブサの死体があった。そしてそのそばには、ブドゥール姫が身に着けていたあの紅瑪瑙のお守りが落ちていた。

カマルザマーンはお守りを掴むと喜んで港町に取って返したが、いかんせん、イスラム船の入港がない限り、ここからは脱出できないことを改めて思い知らされた。しかたなく、再びイスラム教徒の老庭師との仕事に戻ったが、あるキリスト教徒の富豪宅の庭仕事をしていたとき、地中に埋もれた古い階段を見つけた。

その階段を降りると、砂に埋もれた20個の甕があり、掘り出して蓋をあけあると、中にはぎっしりと金貨が詰まっていた。カマルザマーンは裕福な生まれであり、必要以上の金は不要であったが、この先旅を続けるための費用もかかる。このため、半分を庭師にやり、残りを自分の取り分とすることにした。

その日、おりしも、港にはイスラム船が入港した。船主に聞くと行先は、ハーレダーンの途中にある黒檀の島だという。これぞ神の思し召しと喜び勇んだ彼は、その日得たばかりの金を船主に差出し、自分を故国まで送り届けてくれるよう頼んだ。

船主は山のような金貨を目にしてほくそえみ、ほかに荷物はないか、とカマラルザマーンに尋ねた。そこで彼は、その日掘り出した甕の上の方に、ありったけのオリーブを詰め、船に載せるよう船首に頼んだ。そして、そのうちの一つの甕の底に紅瑪瑙を隠し、表にはカマラルザマーンと自分の名前を彫った。

船主は彼がなぜオリーブにこだわるのかを訝ったが、その理由は告げなかった。しかし、これは彼が用意した万一の時の備えであり、のちに大きな意味を持つことなる。

こうしていよいよ船が出港する時間となったが、そのとき、ここで世話になったイスラム教の老庭師が急死した、という知らせを受けた。葬儀に出席すれば船に間に合わなくなってしまう。しかし、義理堅い彼には世話になった老人の弔いへの出席を取りやめることとはできなかった。

カマラルザマーンを乗せないまま船は港を発し、数週間のちに黒檀の島に入港した。船にはさまざまな異国の物資が積まれており、港に着くと、船主はそれを売りさばくため、さっそくそこに市を立てた。

黒檀島の国王となっていたブドゥール姫は、行方不明の夫の故国に行くこともできず、かといって義父のアルマノスにも彼を欺いていることを言い出せず、やるせない日々を送っていた。そんなとき、珍しく港にイスラム船が入ると聞き、もしかしたら夫の消息が得られるやもしれずと思い、その市にも出かけた。

男装のまま、市を見回りながら、それとなく夫の情報を聞きまわったが、良い話は得られず、帰ろうとしたとき、彼女の大好物のオリーブが入った甕が目に入った。そしてその全てを買占め、城に持ち帰り、料理番に、良いものと悪いものを仕分けするよう命じた。

料理人が甕の中のオリーブを順番にざるに空けていると、ひとつの甕の底から紅瑪瑙のお守りが出てきた。貴重なものと思われたが、正直者の料理人は、それを大臣に告げ、大臣がお守りを持ってそのことをブドゥール姫に伝えにやってきた。

驚いたブドゥール姫は、急いでお守りが入っていたという甕を持ってこさせた。すると、そこには愛する夫の名前が刻まれており、さらに驚いた。船長を問いただすと、甕を船に積むように命じたのは確かに若い男だったという。

これからハーレダーンに向かうので、と渋る船長に対し、ブドゥール姫は金を渡し、その男をここに連れて来るよう命じた。こうして、船長はカマラルザマーンがいた港に戻り、異教徒の町から無事、彼を救い出して帰ってきた。

船が港に着いたという報を聞いたブドゥール姫は、転がり落ちるように城から港までの坂道を走って下りて行った。港についたばかりの船からは、髭ぼうぼうとなった男が降りてきた。その姿を見て別人かと思ったが、その目を確かめると、すぐに愛する夫だと悟った。

二人が離れ離れになってから数年が過ぎていた。カマラルザマーンもまた、男装のブドゥール姫に気付かず、最初戸惑ったが、ついにはそれと気付き、二人は熱い抱擁を交わした。

こうして、カマラルザマーンは、故国ハーレダーンに無事に帰還し、父王シャハラマーンに長い長い旅の報告をした。そして、ブドゥール姫を第1の正妻とし、ハイヤート・アルヌフース姫を第2の正妻とすることを許され、国王の地位を父から継いで、その後も幸せに暮らした。

かつて妻のブドゥール姫が王位を継承した黒檀の島の国と彼女の故国エル・ブフール、エル・クスールもまたカマラルザマーンの統治するところとなり、その後も末永い繁栄を誇ったことは言うまでもない。