バラ・薔薇

我が家の庭に植えたバラのうち、「イブ・ピアッチェ」という品種が、一輪の花を咲かせました。香りの強い品種だそうで、1mほど離れていても良い香りが漂ってきます。1982年の「バガテル国際コンクール」で、芳香カップ受賞したとかで、このほか、1982年にもジュネーブ国際コンクール金賞及び芳香賞受賞しているらしい、「名花」です。

フリルの入った弁が、ぎっしりと詰まった姿はシャクヤクを思わせます。時期により12センチもの大きさの花を咲かせることもあるらしく、これからが楽しみです。

この「薔薇」ですが、人類の歴史に登場するのは古代バビロニアの「ギルガメシュ叙事詩」なのだそうで、この詩の中には、バラの棘について触れた箇所があるのだとか。バビロニアといえば、現在のイラクの南部。結構暑い場所ですが、古代もそうだったのでしょうか。だとすると、原種は砂漠地帯に生えているような植物だったのかもしれません。

古代ギリシアのローマでは、バラは愛の女神アフロディテやヴィーナスと関係づけられ、その香りが愛好され、香油も作られたそうです。そういえばエジプトの女王クレオパトラが、バラの花や香油を愛用していたと聞いたことがあります。

暴君として知られるローマ皇帝、ネロもバラが大好きだったそうで、お気に入りの貴族たちを招いて開いた宴会では、庭園の池にバラが浮かべられ、バラ水まで噴き出す噴水があったとか。皇帝が合図をすると天井からバラが降り注ぎ、料理にもバラの花が使われていたといいますから、そのお気に入りぶりが目に浮かぶようです。私的には、バラの花が入った甘ったるい匂いのする料理なんて食べたいとも思いませんが……。

誰にでも愛されるかのように見えるバラですが、中世ヨーロッパでは、バラの美しさや芳香が「人々を惑わすもの」として教会によってタブーとされ、修道院などで薬草として栽培されるにとどまりました。

しかし、イスラム世界では、白バラはムハンマドを表し、赤バラは、唯一神アッラーを表すとされ、崇められた花だったようで、香油なども生産され愛好されました。このためか、十字軍以降、中近東のバラが逆にヨーロッパに紹介されるようになり、ルネサンスのころには再びヨーロッパで流行するようになります。

かつてはバラを禁じた教会でも、カトリック教会が聖母マリアのことを「奇しきばらの花」と呼ぶようになり、庶民の間でバラは高貴な人を表す代名詞のようになっていきます。

貴族の中でもバラは大人気で、ナポレオン・ボナパルトのお妃のジョゼフィーヌもバラを愛好し、夫が戦争をしている間も、戦争をしている相手国からバラの原種の情報を集めていたとか。それだけでなく、日本や中国など、世界中からバラを取り寄せて居城に植栽させる一方、「バラ図譜」まで作っています。

このころから、人為交配(人工授粉)による育種の技術が確立されるようになり、ジョゼフィーヌが亡くなったあとも、彼女の造営したバラ園で原種の蒐集、品種改良が行われ、19世紀半ばにはバラの品種数は3,000を超えました。そして、これが観賞植物としての現在のバラの基礎となったということです。

ジョセフィーヌが日本から取り寄せたバラのうち、ノイバラ、テリハノイバラ、ハマナスなどは日本原産のものです。日本はバラの自生地として世界的に知られていたそうで、古くからバラは「うまら」「うばら」と呼ばれ、「万葉集」にもバラの花を恋人に例えた歌があるそうです。

茨(イバラ)は、戦争のときに敵を近づけないようにするために植栽されることも多く、常陸国(現茨城県)では、イバラを穴に仕掛け、土俗をこの穴に追い込んで退治したという話も残っており、この故事にちなむ茨城(うばらき)という地名も残っているとか。そして、これが茨城県の県名の由来にもなったという説もあります。

江戸時代初期の慶長年間には、ヨーロッパに遣欧使節が送られましたが、その副使だった仙台藩の支倉常長(はせくらつねなが)がその帰途、バラを持ち帰りました。そのバラは、伊達藩主、伊達光宗の菩提寺の円通院にある霊廟の厨子にも描かれたそうで、このため、その後円通院は「薔薇寺」の通称で呼ばれるようになったといいます。

江戸時代には、江戸を中心として、身分を問わず園芸が流行ったそうですがが、バラも例外ではなく、「コウシンバラ」「モッコウバラ」などが栽培されました。ノイバラの果実は、利尿作用があるとして薬用のために栽培されたそうで、園芸品種とともにバラは庶民の間に浸透していきました。

その後、明治になると、明治政府が「ラ・フランス」という品種を農業試験用の植物としてヨーロッパから取り寄せ、青山官制農園(いまの東京大学農学部)で栽培させます。このころは、まだ西洋のバラは庶民にとっては高嶺の花だったようで、その花をひと目見て、香りを嗅ごうと見物客が押し寄せたので、ラ・フランスの株には金網の柵までかけられたそうです。

その後、バラが接ぎ木で増やせるということがわかり、専門の接ぎ木職人なども現れるようになります。東京近郊では、川口市(埼玉県)や大阪では、宝塚市などで栽培が行われるようになり、皇族や華族、高級官僚の中にも愛好家が増えたことから、庶民の間でも人気が高まり、生産量も急増します。

大正から昭和のころには広く一般家庭にも普及し、戦後の高度成長期にはバラは高級な嗜好品としてもてはやされるようになり、そして更なる珍しい品種を求めて品種改良がさかんに行われるようになっていきます。

品種改良を行った花のできばえを競うコンテストが全国で盛んに行われるようになり、大いに栽培技術の向上につながった反面、「喧嘩花」と呼ばれるほど熾烈な競争が今もあるそうで、栽培家の間で喧嘩が絶えないとかいう話を聞くと、たかが花のために……と思ってしまうのは私だけでしょうか。

バラの品種改良は、「青いバラ」を生み出すまでになっています。昔ながらのオールド・ローズの中には、青っぽいものもあるようですが、純粋な青さを湛えたバラを作り出すことは、青いチューリップと同様にかなりの困難だったようで、世界中の育種家の夢でもありました。1957年にアメリカで「スターリング・シルバー」という品種の開発に成功した育種家がおり、その当時、これが、「青バラ」の決定版といわれましたが、その後もアメリカや、フランスでより一層青いバラが開発されていきます。

日本でも青いバラに対する挑戦は盛んで、今日までに数多くの品種が生み出されていて、世界でも注目を浴びているのだとか。現在、一般的な交配による品種改良で最も青に近いとされる品種は、岐阜県の河本バラ園が2002年に発表した「ブルーヘブン」だそうで、このほかにもアマチュア育成家が1992年に発表した「青龍」や2006年に発表した「ターンブルー」という品種などがあるそうです。

実際に見ていないのでどの程度青いのかわかりませんが、確かに青いバラというのは魅力的です。青や紫といった色の花が好きな私としても興味のあるところ。素人でも購入できるほどの値段なのかどうかわかりませんが。

新しいバラを開発すると、人の名前をつける風習がバラの育種家の間では、昔からあるようです。バラの品種名になった人名で有名なところでは、エイブラハム・リンカーン(品種名は「ミスター・リンカーン」)、ジョン・F・ケネディ、ロナルド・レーガンなどの大統領の名前のほか、オペラ歌手のマリア・カラスやバーブラ・ストライサンド、俳優では、ケーリー・グラント、クリス・エバート、ヘンリー・フォンダ、マリリン・モンローなどなど。

皇室関係では、ヴィクトリア女王やエリザベス2世、チャールズ皇太子などがありますが、亡くなったその奥様、ダイアナ元皇太子妃のバラの名前としては、生前命名された「プリンセス・オブ・ウェールズ」と、死後命名された「ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ」の2品種があるそうです。

バラの品種改良がさかんだったフランス関係では、ジャンヌ・ダルクや、ルイ14世、マリー・アントワネット、ナポレオン・ボナパルトなどの「定番」のほか、シャルル・ド・ゴール、カトリーヌ・ドヌーヴ、クリスチャン・ディオールなんてのもあるそうです。

日本では、美智子皇后が皇太子妃時代につけられた「プリンセス・ミチコ」が有名で、皇后になった後に名づけられた「エンプレスミチコ」というのもあるのだとか。このほか、皇太子妃の雅子さまや、愛子さまなどの皇族方の名前も多いそうです。

総理経験者関係では、吉田茂の娘で、麻生和子さん。麻生太郎のお母さんですが、「デイム和子」というのがあるそうで、このほか、鳩山一郎の奥さん薫さんの名前をとって「薫夫人」というのがあります。いい香りがするんでしょうか。

鳩山由紀夫元首相の奥さん、幸さんのもあって、これは「マダムミユキ」。鈴木善幸の奥さんもサチさんですが、これは「マダムサチ」だそうです。

芸能人では、大地真央のほか、黒柳徹子さんのものがあって、これは「トットちゃん」。まんまじゃないか、と笑ってしまいますが、このほか、渡辺美里さんのが、「シャンテロゼミサト」だとか。エレガントです。

人名以外では、「アロマテラピー」「つくばエクスプレス」「ティファニー」「ステンレス・スティール」なんてのもあるそうで、ここまでくると、バラなのかなんだかわからなくなりますね。

宇宙飛行士の向井千秋さんが1998年にスペースシャトル、ディスカバリーの中で開花させて地球に持ち帰ったバラは、その枝から挿木により育てられたものが、埼玉県川口市内のバラ園で育てられたそうで、「宇宙バラ」というのだとか。ここまでくると、もう地球のもなのかさえ分からなくなってしまいそうです。

ちなみに、わが静岡県では、静岡市清水区(旧清水市)が、日本一のバラの生産量を誇るのだそうで、このほか、富士市や島田市がバラを町の花に指定しています。島田市には、ばらの丘公園というのがあるそうで、360種8700株もあるとか。先日訪れた河津のバガデル公園の6000株をしのぐ数です。見応えがありそうなので、今度行ってみたいと思います。

夏本番になり、バラをはじめとする庭木にとってはつらい時期。厳しい日差しの中で枯らせないように、メンテナンスに気を付けていきたいと思います。さて、次に我が家で咲くバラの花はどんな色でしょうか。