やはり軽されど軽


生まれてこのかた、いったいどのくらい引っ越しをしただろうか、とふと気になりました。

そこで指折り数えてみたところ、なんと15回も引っ越していました。

その昔フロリダに一年弱住んでいた時でさえ、一回引っ越しをしており、東京や神奈川に住んでいた時には7回も引っ越しています。傍からみるとなんとこの人は引っ越しが好きなんだろうと思われるに違いありません。

実際、生活のステージが変わるたびに環境を変えたくなる性分のようで、ただ単に気分を変えたいからという理由でよく引っ越ししていました。また失恋したことが原因になったこともあります。

とはいえ、自らの意思で引越を決めたいわば、「自発的理由」による引っ越しがほとんどです。世の中には、自らの意思でなく、何らかの理由でやむなく引っ越しを迫られる人もいるでしょう。それに比べれば自らの人生を自分でコントロールできてきたといえます。

「非自発的理由」で引っ越しせざるを得ない理由でおそらく一番多いのは、転勤や転職などでしょう。ほかには、騒音や公害などによる生活環境の悪化や、火災や自然災害で住んでいた家が壊れてしまった場合が考えられます。また、数は少ないでしょうが、公共工事の実施や施設の老朽化による立ち退きも考えられます。

日本の場合、治安の悪化による引っ越しというのはあまり考えにくいかと思いますが、近くで暴力団による事件が相次いだ場合とか、モラルの低い隣人がいる、生活習慣の異なる外国人が増えてきたから、という理由も考えられなくはありません。ほかに、ストーカーや離婚のトラブル、DVといったことも考えられます。

引越しするにあたっては、当然、家具や家電製品、衣服などの大量の家財を引越し先の住居へ運ぶ必要が出てきます。これらを自力で運ぶこともできますが、大きな家具などを運ぶのは大変なため、運送業者、引越し専門業者にこれを頼むこともあります。

私の場合、比較的荷物が多い場合でも、友人に協力を依頼したり、個人で梱包して運んでいました。引っ越し業者に依頼したのは、ここ修善寺に越してきたときくらいのものです。独身時代と違い、夫婦二人の荷物となるとさすがに一人では運べません。

独身時代、自分で荷物を運ぶ場合にはたいていはトラックやワンボックスカーなどのレンタカーを借りていました。

荷物が少ない場合には知り合いが持っている軽トラックを借りたりもしていました。小さくて小回りが利き、それでいて荷台には意外と多く荷物が積めるため、個人の引っ越しには最適な輸送手段といえます。

日常の短距離移動の道具として「下駄代わり」に多くの人が使っているこの車は、日本の風土や日本人の生活に大きく関わっている自動車といえます。

とくに農山村部や漁村・漁港では仕事と生活の両方で利用されており、農業機械などの道具、収穫した農作物、水揚げした海産物を運搬するための必需品です。また都市部においても、商店・飲食店主や建築関連の職人といった自営業者が軽トラックを保有し、仕事用具や資材、商品を自ら運ぶ場合が珍しくありません。




調べてみると、日本全国で900万台ほどもあるようで、その普及ぶりから、日本の国民車といってもよいほどです。全国で最も保有率の高いのは意外にも東京都で、これは人口が多く商業施設が集中していることと、隘路が多いことが関係しているのでしょう。車体の小さな軽トラは東京の下町を走るのに最適です。

通常のトラックと比べると車両価格や維持費が安く、自家用貨物車としての自動車税はなんと年間たったの5,000円ほどです。2年毎の重量税を含む車検費用や任意保険、車両保険なども格段に安く、個人や零細事業者による保有・維持が容易な点も人気の理由です。

運送業を営むには貨物自動車運送事業法により5台以上を必要としますが、軽自動車のみを使用する場合は「貨物軽自動車運送事業」として1台から許可が下ります。軽トラ1台で事業をスタートできるわけで、これもその需要を押し上げている理由かと思われます。

こんなに便利なものなら輸出すればいいのに、と思うのですが、諸外国では上記のような優遇税制がないことや、「軽自動車規格」というものが日本独自のものであるため、あちらでの法規制に適合しないことが原因で受入れができないようです。

とくにアメリカでは、自動車排出ガス規制と衝突安全基準に抵触することから、基本的には日本製の軽トラは走れません。ただ、一定の速度制限や、自宅からの最大走行距離の制限、州間高速道路への乗り入れ規制といった一定の制限の下で公道走行を許容する州もあり、全米21州でこうした「ミニトラック州法」が適用されています。

しかし走れるとはいえ速度や距離に制限がある軽トラはあまり人気がなく、アメリカではほとんどみかけません。1968年に衝突安全基準などが厳格化されたこともあり、公道走行車両としては販売されなくなりました。その後は農場での作業車として販売されていましたが、売り上げが少ないため1990年代に日本のメーカーは撤退してしまっています。

アジアに目を向けると、台湾や東南アジア諸国で軽トラが売られてはいますが、排気量の制約が存在しない現地事情に則して、エンジン排気量が700ccから1000cc前後にボアアップされて販売される例がほとんどです。日本で生産されたままの軽トラは流通していません。

韓国では、軽トラを生産している自国企業があり、こちらのほうが排気量上限が大きいため、日本の軽トラは太刀打ちできません。

逆にフランスのように日本の軽トラよりも排気量の小さなものが生産されている国もありますが、排気量や最高速度の面で見劣りする、という評価がなされていて人気がなく、日本の軽トラも輸入しようという気にならないようです。

あんなに便利なのに… と誰しもが思うところでしょうが、それぞれの国でその国にあった規制や規格を設けている以上、そこに日本の軽トラが入り込む余地がない、というのが現状のようです。とどのつまり、軽トラは日本においてのみ広く流通している特殊な自動車であって、世界的な標準ではなく、極めて日本的な乗り物ということがいえるようです。




そのデザインですが、各社とも同じような形をしています。現在生産されているものはほぼすべて並列2座のキャビンを持つキャブオーバー式(フルキャブ)です。これは普通の乗用車のようにボンネットがなく、座席の前がすぐに切り立っている形式です。

かつては、セミキャブオーバー式(セミキャブ)、つまり座席の前に小さいながらもボンネットがついていたものもありましたが、ホイールベースが必然的に伸び、車内足先を前輪ホイールハウスが占有して居住性・乗降性に難が生じる、といった欠点があるため、造られなくなりました。

さらに狭い山道や農道などでの小回り性能はフルキャブのほうがよく、荷台の長さなどでもこちらに利があることから、現在、セミキャブ方式の軽トラはほとんどありません。

90年代からは衝突安全基準が厳しくなったためにクラッシャブルゾーンを広く取れるセミキャブが一時増えたものの、最近は技術が進んでフルキャブでも対応できるようになりました。

各メーカーの軽トラのエンジンは、ほぼすべてが縦置きの直列3気筒となっています。同じメーカーの乗用モデルと基本設計が共通化されているものが多いようですが、乗用車に比べて共用低速から粘り強いトルクを発揮するセッティングが施され、燃費などの経済性を重視した自然吸気のものがほとんどです。

駆動方式はフロントエンジン・リヤドライブ(FR)が一般的で、エンジンはキャビンのシートの下か、荷台の真下に配置されています。軽トラックは悪路で使用されることが多いため、ほとんどのメーカーでFR以外にも四輪駆動モデルが併売されています。

副変速機を用いて悪路走行に対応したものや、燃費をよくするために燃料噴射装置を装備したもの、高速巡航を意識したターボ付きのものなどの高級仕様もありますが、普通にはあまり搭載されません。パワステやカーエアコンを省いたものが最廉価モデルとして設定されています。

変速機はエンジンと同じく低速・重負荷走行に強いローギアードのマニュアル(MT)が一般的で、かつては用途に応じて変速段数の異なるMTが選択できる車種もありました。1998年の660cc新規格の発表まではオートマ(AT)はあまり普及してはいませんでしたが、今日ではほぼすべての車種にATが用意されています。





気になる価格ですが、最安値で6~70万円前後で購入できるようです。無論新車です。また燃費ですが、通常の2WD車なら17~20km/ℓくらい、4WDで12~15km/ℓといったところのようです。マニュアル車を選び余分な装備を付けない、そしてエアコンをオフにして走ればおそらくもっと良い燃費になるでしょう。

上述のとおり用途はさまざまですが、近年では小型キャンピングカーのベースにされることも多くなっています。とくに、団塊の世代と呼ばれる昭和22~24年生まれの人々の間で人気だとかで、引退後に時間を持て余すことが多いこの人たちにとっては、ベース車両の価格の低さや低維持費が魅力のようです。

ほかに、取り回し易さや駐車場を選ばないといったこともあり、夫婦2人で軽トラベースのキャンピングカーを購入して、日本中を回る人が増えています。

最近では軽トラックに農作物や地場産品を積み、時通行止めにした公道上や広場でこれらの即席販売を行なう「軽トラック市(軽トラ市)」も増えていて、全国で100カ所近くでこうした催しが行なわれています。他にも、焼き鳥や石焼き芋、焼きそばといった焼き物系屋台経営にもよく用いられています。

いわゆる「屋台」といった販売形式にも軽トラは最適で、移動できるという利点を活かして、最近はいろんなものが軽トラで販売されています。野菜類、果物類、魚介類その他食品、雑貨、衣料など様々ですが、最近はコロナ渦の中にあって、軽食や弁当を売る軽トラ屋台も増えています。

大規模商業施設や小売店舗に近接して店を開き、通行客などを相手に商売を行う、いわゆる「こばんざめ商法」に軽トラが使われることも多く、町の風物詩にもなっています。

このように我々の生活に密着していると言ってもよい軽トラックですが、その未来はどうなのか、というと、これはやはり軽トラを含めた「軽自動車」全体が将来どうなっていくのか、という議論に行きつきます。

近年の軽自動車は、エンジンのパワーが旧規格の550cc時代とさほど変わらない割には、車重が1 トンに迫るかあるいはそれを超えるほどに重くなってきています。このため、1,000 ccクラスのコンパクトカーなどの小型乗用車に比較してパワーウエイトレシオ(重量/出力比)が悪く、燃費も悪くなりがちです。

このため、相対的に環境負荷が大きな軽自動車を普通車よりも過剰に優遇すべきではないのでは、という主張が出てきています。実際、2010年に民主党政権下の総務省が主催した「自動車関係税制に関する研究会」では、軽自動車と1,000 ccの小型自動車のCO2排出量平均値は、軽自動車の方が多いと報告されていました。


こうしたことを受けて、軽自動車への優遇をやめ、むしろ新たに「環境税」といった税を課すべきだという声が高まっています。

しかしその一方で、いくら環境のためとはいえ軽自動車の増税には同意できないという声もあります。その理由はやはり、軽自動車は高齢者や低所得者にとって、貴重な移動の足であるということです。軽自動車がなくなれば買い物や通院、通勤・通学に支障をきたし、日常生活そのものが破壊される可能性があります。

とくに都市部を中心に狭い道がまだまだ多い日本では、車体サイズが極めてコンパクトである軽自動車の利便性が相当に高く、軽自動車を下駄替わりに使っている年金暮らしの高齢者や低所得者層はこれがなくなると遠出できなくなってしまいます。

さらに軽トラックの保有率が高いのは東京ですが、軽自動車全体の普及率は地方のほうが高くなっています。その理由としては、地方では代替となる交通手段が多くは存在しないことです。30万人未満の複数の市で取られた統計結果によれば、「公共交通は不便」と答えた人が4割、10万人未満の都市では半数にものぼりました。

さらに地方は田舎道が多く、移動距離も長いためマイカーは欠かせません。同じく30万人未満の都市で、日常の買い物における移動距離が5 kmを越えると回答した人の割合は、30万人以上の都市の倍であったという調査結果もあります。

地方に住む多くの人たちが、日常シーンにおいて軽自動車などのマイカーが使えないと重大な障害が発生すると考えています。通勤では「遅刻」や「帰れない」を可能性としてあげる人が多く、中には軽がなければ「辞職不可避」といった声もあります。また買い物では「頻度低下で食生活に影響」「そもそも行けない」と言った声も上がっています。

軽自動車の用途については、「買い物」+「通勤・通学」がおよそ8割となっており、また使用頻度も「毎日使用」が約7割と言った結果を見ても、ユーザーにとって軽自動車の存続が死活問題であることが見て取れます。

多くの人が「軽は生活必需品」と考えており、軽がなくなると「困る」と考えています。とくに高齢者層の2割以上、30代でも1割以上は「軽でないとクルマを持てない」と考えていることがなどもわかっています。

軽自動車を製造する大手メーカーのスズキの創業者、鈴木修氏も、軽自動車は比較的低所得の人が生活・仕事に使っているとし、軽自動車の増税については「弱いものいじめと感じる」「こういう考え方がまかり通るということになると、残念というより、悲しいという表現が合っている」と発言しています。


こうした「必需論」が大勢を占める以上、軽自動車や軽トラックが将来にわたって無くなるということは考えにくいようですが、もうひとつ別の見方として、そもそも軽自動車よりも上のクラスの普通乗用車の税金が高すぎるのではないか、という議論があります。

「自家用かつ乗用の」登録車の税金だけが他と比べて突出して高く、例えば軽自動車税は自家用乗用の場合、年1万円程度なのに対して、1,000cc以下の乗用車では約3万円となっており、その所有のためには3倍近い負担を強いられています。

また、自動車取得税も、軽自動車は課税対象額の2 %なのに対して、普通車は3 %です。自動車重量税も、軽自動車はエコカー減税非対象車の3年新規検査車で1万円弱なのに対し、普通車の場合は0.5 t以下であっても、3年で1万五千円です。さらに軽自動車の場合は、18年超の「高齢車」であっても自動車重量税はわずか9千円ほどで済みます。

つまり、そもそも普通車の課税額が高いからみんな軽自動車に乗るんだ、という見方もできるわけです。こうした税制を改めれば、現在若者離れが生じている自動車市場にも喝が入るのでは、という人もいます。ただし、その一方では、普通自動車の税金が安くなると「軽自動車離れ」が起きるのでは、という懸念もあります。

しかし、考えてみれば価格の安い軽自動車の販売では、各メーカーとも得られる収益が少ないわけであり、税金を安くして普通車がもっと売れるようになれば、メーカーもユーザーもウィンウィンになるはずです。軽自動車も税制は今のまま、もう少し排気量を大きくして環境効率の高いものにすれば、さらに売れ続ける可能性があります。

ただ、私は軽自動車をこれまで一度も所有したことがありません。それは私がお金持ちだからということではなく、軽自動車に対する衝突安全性能にかねてより疑問を持っているからです。長い間クルマを運転していると軽自動車と普通乗用車の事故をよくみるのですが、相手が大きいクルマであればあるほどその被害状況は深刻です。

いざというときの安全性を考えればやはり強度の高い普通自動車を、というのが私の考え方です。ただ、それをみなさんに押し付けるつもりはなく、軽自動車のよさもまた認めてはいます。安全運転を心掛けさえすれば、こんなに安くて便利なものはありません。

願わくば普通乗用車の税金をもっと安くしてもらい、軽自動車ももっと安全で魅力のあるものにしてもらって、未来永劫、両者ともにウィンウィンになる時代が来てほしいものです。