虹のプレゼント ~旧土肥町(伊豆市)

久々の三連休が終わりましたね。夏休みが終わって以来の大型連休ということで、高速道路をはじめとして、あちこちでかなりの渋滞が見られたようですが、ここ伊豆も他県ナンバーの車であふれかえっていました。

我々のところには、初日の15日に、広島の神職、Sさんご夫婦とそのお友達、合わせて四人の来客があり、久々ににぎやかな笑い声であふれかえりました。Sさんご一行の今回のご訪問の目的は、土肥の海岸で、地震鎮め、火山鎮めなどのお祈りをされることでした。

Sさんによれば、最近、阿蘇などの九州の山々の火山活動が活発化しており、これと連動して、富士山などの関東地方の山もその活動が活発化する可能性もあるとのこと。また、南海地震などが起こる可能性もあることから、これら自然災害が起こることを防ぐため、富士山のふもと、駿河湾岸のどこかで、清めのお祈りをしたいという、かねてからのご希望でした。

実は、Sさんご夫婦は、5月の半ばにも我が家にいらっしゃり、そのときのことは、5月のブログ「日と月」にも書きました。このときは、この9月の地震鎮めのお祈りの候補地探しでしたが、今回はその時に選んだ場所で実際にお祈りをするためにいらっしゃったのです。

5月に決めた場所、それは、西伊豆、土肥(とい)の海岸でした。Sさんによれば、今年、2012年は地震や火山噴火、風水害などが非常に起こりやすい「特異年」ということで、今回の伊豆の海でお祈りをされるのに先立ち、4月には、大阪の淀川で、また6月には、四国の剣山でも同様の祈りをささげられています。

今回の土肥でのお祈りが終了すれば、川、山、海での祈りが終了したことになり、あと秋にもう一度、阿蘇の草千里でお祈りをされるそうで、これは、「草原」ということになります。山、川、海、草原、とこの国を形成する地形すべての神に祈りを捧げることで、この国を襲う災害を未然に防ごうという試みですが、今回のお祈り会もそうですが、これまでの会も全国からこれに賛同する「有志」が大勢参加されています。

すべてボランティアによる活動で、Sさんとともに無償で祈りをささげられてきましたが、今回も30人余りが参加され、我々二人も今回、初めてのことですが、参加させていただきました。

……と、ここまで書いてくると、なにやらいかがわしい宗教団体のお祭りでは……と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、Sさんらの「お祈り会」のメンバーは、とくに会の名称や会員規則があるわけでもなく、何の宗教団体でもありません。

サラリーマンや主婦、自営業者さん、あるいは無職の方たちといった、ごくごく普通の人たちが、Sさんらの呼びかけで、自然に集まっただけのもので、中核になる人たちはいるものの、集まるメンバーすら毎回違います。

中にはプロの写真家やお医者さんもいらっしゃるなど、社会的ステータスはさまざまです。有名なところでは、「ユダヤ人大富豪の教え」をはじめとする多くのベストセラー本を執筆している本田健さんもそうです。

作家でもありますが、経営コンサルティング会社、ベンチャーキャピタル会社など、複数の会社を経営する「お金の専門家」であり、独自の経営アドバイスで,今までに多くのベンチャービジネスの成功者を育ててきた人でもあります。

本田健さんもそうですが、この人たちの共通点としては、有名、無名に限らず、ただ、ごくごく自然に、この国を魂レベルで救うことができれば、と考えている人たちです。

従って、いわゆる「スピリチュアル」とはどういうことか、を理解しているという点において、それを信じていない人たちとは少し違うといえば違うでしょうか。Sさんご自身もその方面でのご造詣は当然深く、「ソウル・クリーニング」という本まで出版されています。

Sさんご自身は「神職」がご職業なのですが、いわゆる霊能力を持った霊能者でもあり、「自動筆記」によって、あちらの世界の方のご宣託を一般の人に知らしめることができる方です。

自動筆記とは、オリジナルの英語では、オートマティスム(Automatism、Automatic writing)といい、これを日本語に直すと「自動筆記」「自動記述」という意味になります。自分の体をあちらの方に貸す、俗な言い方をすると、「憑依」させることで、その方の霊界での知識を文字として書き出し、その内容を我々に知らしめることができます。

憑依というと何やら悪いものを想像してしまいますが、無論、悪い霊が取りつくこともあるようです。しかし、仮に悪霊が取りついてしまったとしても、ご自分でそれを浄化することができる能力がおありなため、自分の体を貸すことができるわけで、霊媒体質の方なら誰でもできるというわけではありません。やはりそれなりの修業をされた方、選ばれた方でなくてはこういうことはできないと言われています。

そのSさんは、広島に在住なのですが、もともと生まれや育ちは神戸だそうです。それがまたなぜ広島にお住まいになっているかというと、そうした心霊能力により、あちらの方から、広島の原爆で亡くなった大勢の方の霊をなぐさめるようメッセージを得たから、といいます。

以来、もう広島に十年近くお住まいということですが、これまでに原爆で亡くなられた方々の霊を慰めるため、数千もの水晶の玉(月晶)を広島市内のあちこちの土の中に埋め、お祈りをささげる活動をしておられ、また全国あちこちでの地震鎮めのためにも、各地に月晶を埋めてお祈りをする、というボランティア活動を長年やっていらっしゃいます。

Sさんご自身、その昔は実業家で、アパレル関係の会社を経営されていたことがあり、このときに蓄えた財をそういう活動のために、無償でつぎ込まれているようです。なかなかできることではありません。

そういう無償・無私の活動が、その行為を知る人の心を動かさないわけはなく、その賛同者は年々増え続けており、いまやSさんご自身が出向くことができないとき、あるいは出向くことのできないような場所でも、その賛同者さん達がSさんに代わって、お祈りをささげるようにまでになりました。

Sさんも今年もう73才。そういう年齢とはわからないほどお元気で若々しいお姿です。しかし、さすがにおひとりで、全国津々浦々飛び回るとうわけにはいかず、このように賛同者が増え、同じお気持ちからあちこちで祈りが捧げられるようになったことは大変喜ばしいことです。

そのSさんが、自ら参加されるお祈り会はいつもなぜか、晴れるといいます。前回剣山で行われた会では、前々日から雨模様で、当日も当然雨という予報でしたが、お祈りを催す時間になったとたんに、晴れ渡ったそうです。

今回のお祈り会でも、前日の天気予報では、台風接近の影響もあり、朝から終日雨、という予報でした。ところが、お昼を過ぎるころから、日が射すようになり、会が始まった3時半すぎには、なんとピーカンのお天気になり、ギラギラした太陽が浜を照らすまで天候が回復したのです。

実は、Sさんはこのことを「予言」されていました。我が家にお泊りになった前日の夜のこと、私が、明日はどうやら雨模様のようですよ、とSさんに申し上げたところ、「前回の剣山もそうだったけれども、今回も晴れるよ」と割に簡単におっしゃったのです。が、私は、そんなに都合よく晴れるわけない、と本音では思っていました。

ところが、ほんとうに晴れたのにはびっくり。雲の切れ間から太陽が……とかいうのならわかるのですが、この日は朝から曇りがちで、予報通り午後から雨が降るのでは、というような雲行きでした。それなのに、お昼を少し回ったころから、晴れ間が見えはじめ、現地の土肥に到着したころには、まるでお祈り会に合わせたように見事な晴れ間が広がったではありませんか。

Sさんに限らず、これまで他にも霊能者と呼ばれる方々に接してきた我々ですが、こういう人たちが何気なくおっしゃることでも、たいがい当たっているのにはいつもびっくりさせられます。今回も予言通り晴れ、Sさんはやっぱりただ者ではない、と思ったものです。

今回、お祈りの会(集会派でもなく、他に呼びようがないので、あいかわらずこう呼んでいます)が持たれたのは、土肥の町の中心街にほど近く、海岸沿いに建てられた「マリンホテル海音亭」の前のビーチ。

それにしても、数ある伊豆の海の中でも、なぜ土肥を選ばれたのか、という疑問ですが、これは、先の5月にSさんご夫婦がその候補地を探すために、西伊豆へ来たところ、この土肥の海岸で、突然憑依を受けたことに由来します。

取りついたのは、土肥にその昔あった、「土肥金山」で亡くなった人夫の方々の一人だったそうで、霊能力のあるSさんは、その霊をお祈りで鎮めて除霊されたそうですが、このとき、はじめて土肥金山で大勢の方々が亡くなったという事実を知ったということ。

なので、そのとき、9月に伊豆で地震鎮めのお祈りをするときには、この土肥金山で亡くなった方々の慰霊のお祭りも同時にやって、霊を安んじようと思ったそうなのです。また、東日本大震災で亡くなった方の大半も津波に襲われ、海で亡くなっています。

なので、今回の伊豆のお祈り会では、地震鎮めが主目的ではありますが、同時に海で亡くなった東北の方々の霊と土肥金山で亡くなった方々の霊も同時に鎮めて、あちらの世に導いてあげたい、というSさんの願いがあったのです。

今回のお祈りの会の参加者はこうして、Sさんからの呼びかけに応じ、「マリンホテル海音亭」のロビーに集合しました。その大半はここに当日宿泊されましたが、今回の参加者は広島在住の方々がほとんどで、東京からの方が4~5人。そして、伊豆在住の我々になります。

我々は当日、日帰りで修善寺へ帰るので、宿泊はしませんでしたが、他のメンバーは、お祈り会のあと、Sさんを囲んで食事をしたあと、「ディクシャ」と呼ばれる自己ヒーリングの訓練のためのセミナーレッスンを受ける予定とのことでした。

タエさんは、前に広島で、このSさんのディクシャセミナーに参加したことがあるとのことで、それによると、セミナーの内容は主に、瞑想のようです。これによって、より霊的なエネルギーを受け取りやすくできるよう、自分をコントロールできるように訓練していくとのことで、そのコントロールの方法を学ぶセミナーのようです。

ディクシャによって、自己をより高次元にコントロールできるようになると、自己の体と魂が活性化し、より愛や喜びに満たされた状態になったり、より高次元にある霊体と一体感を感じることができるようになるといいます。

残念ながら、我々二人はこのホテルに宿泊予定がなかったため、このセミナーは受けませんでしたが、また今度受ける機会があれば参加して、その効果などをレポートしてみたいと思います。

さて、お祈り会のほうですが、3時に始まる予定のものが、東京方面からお越しになった
メンバーが、高速道路の渋滞に巻き込まれたため到着が遅れ、30分ほど遅れでスタートしました。

今や雨が降るどころではなく、かんかんと照りつける太陽光によって、浜の気温は一気に30度以上にも上がっており、参加メンバー一同の顔やひたいからは、だらだらと汗が流れ出ます。

そんな中、Sさんたちから配られたプリントに書かれた、「み祭りの言葉」をみながら、Sさんたちに従いながら、皆でお祈りをとなえていきます。以前のブログ、「日と月」でも書きかましたが、このみ祭りの言葉は、昔ながらの古い日本語を近代風に直したもので、それでも古語には違いなく現代人にはわかりにくいため、漢字の部分はわざとひらがなにしてあったり、読みにくい漢字にはふりがなが加えてあります。

その読み方も普通に棒読みで読むわけではなく、神にささげる歌として、独特の抑揚があり、なんというのでしょうか、神社で結婚式を挙げられた方は分かると思うのですが、神官が神に向かって、「かしこみ、かしこみ~」とお祈りの捧文を読み上げる、あの独特の言い回しです。あるいは、百人一首を読むときの読み方がこれに近いかもしれません。

たとえば、「月の神の祈り」というのがありますが、これは、

ぬばたまの、闇の夜わたる現し世(うつしよ)に
いましもえいずる 真(ま)なひかり
うすろ うすろ に輝きて
闇のとばりも 打ち払い
うなにおわすもろやから
まこの姿に しずもらせ給えと
乞いのみまつる

というもので、これは、「夜空に輝く月がその闇の世界を打ち払ってくださるように、暗い闇に閉ざされているような我らのこの世界をお救いください」というような意味ですが、お祈りでは、これを古文そのままに、抑揚をつけて読み上げていくのです。

今回のお祈り会では、「浄めの祈り」「天地の祈り」「真大神の祈り」「日の神の祈り」「月の神の祈り」「風神の祈り」「四十八柱龍神の祈り」「火の大神の祈り」「鎮めの祈り」などの一般的なお祈りを全員で読み上げ、「地震鎮め」のお祈りとしました。

文字にすると、簡単なように思えますが、これだけでだいたい1時間ぐらいかかったでしょうか。これを終えると、今回は特別に火山噴火を防ぐための「火難除けのみ祭り」と土肥金山で亡くなられた方々へのお祈りがささげられました。これは全員でお祈りの言葉をとなえながら、全員で火山噴火封じのための月晶、そして、「土肥金山犠牲者の慰霊」のためのお札をビーチのあちこちに埋めるのです。

そしてさらに、「東日本大震災で身罷った御霊」を慰めるためのお祈りがささげられましたが、これは、全員が海に入って身を清めながら、東日本大震災で亡くなった方の霊をなぐさめるために、月晶を沖に向かって投げ込むというもの。

ちなみに、浜に埋めたお札ですが、Sさんは土肥金山で亡くなった方を慰めるため、このお札に土肥金山で亡くなられた方々の御霊を意味する言葉を筆書きしようとしたそうですが、これを書くとき最初、「犠牲者」と書こうとしたところ、どうしても書くことができず、やむをえず「功労者」としたら書くことができたといいます。

土肥金山で亡くなった方々は自分たちは、「犠牲者」ではないのだ、この国を潤わせた、むしろ「功労者」なのだ、という思いが強いようだ、とSさん。鉱山で亡くなった方々は、いやいやながら連れてこられて働かされていたのではなく、自らが志願し、この国を富ませるために金を掘りつづけていたところ、落盤などの不慮の事故で亡くなった……ということのようです。

なので、自分たちは犠牲者ではない、むしろ功労者だ、という強い主張が感じられるというのです。亡くなった方々の残留思念というものはそれほど強いものなのでしょうか。

ビーチには、我々以外にも、三連休を過ごすために伊豆にやってきて砂遊びなどをしている家族連れなども、何組かいらっしゃいましたが、我々が声を合わせてお祈りの言葉をとなえはじめると、びっくりしたようにこちらを見られる方もいました。おそらく、この人たちからみると、何か変な宗教団体がお祈りをしている、ぐらいにしか見えなかったと思います。

私自身、初めての体験だったので、ヘンな目で見られているんだろうなーと、ひやひやしていたのですが、「み祭りの言葉」を読み上げているうちに、だんだんと気にならなくなり、しかも、この国のためにやっているんだ、という使命感のようなものも沸いてきて、最後のほうでは、かなり意地になって、大きな声でみ祭り言葉を読み上げていました。

最後の東日本大震災の犠牲者と土肥金山で亡くなられた方々の慰霊の段では、Sさんの奥様にお神酒を吹きかけられた上で、海に入っていき、肩までつかって身を清めてから、月晶を海に投げ入れるのですが、正直、これも気恥しさはありました。

しかし、海に入り、祈りをとなえたあと、水晶玉を投げ入れながら、津波に飲み込まれた人たちのことを思いはじめると、不思議と気恥しさやら見栄やらはなくなってしまい、遠くに見える水平線の上に浮かぶ夕日に向かってごく自然に合唱している自分いました。

一行は、そのあとSさんからの最後のご挨拶を受け、解散しましたが、そのご挨拶の中で、Sさんは、今年いっぱいはまだまだ震災や火山噴火が起こる可能性が高い、ということをおっしゃいました。

次回は今年のこの会の締めくくりとして、阿蘇山でのお祈り会がとりおこなわれる予定ですが、それが終わってはじめて、「災害の当たり年」であり、「特別な年」とSさんが呼ぶ今年の危機を避けるお祈りがすべて終了します。

今現時点では、阿蘇のお祈りが終わっていないため、地震よりも火山の噴火のほうがまだ起こる可能性が高いとのことです。が、今回の祈りで、せめて富士山は噴火しないよう歯止めがかかってほしいもの。願わくば、地震も火山噴火も未来永劫起こってほしくないものです。

今回の経験は、非常に特異な経験でしたが、「無私」ということがどういうことなのかを自ら体験させてもらえることができ、大変勉強になりました。みなさんにも同じ体験をしてみてください、などと言うつもりはありませんが、こうした活動をしている人たちがいる、ということを知り、その活動を奇異な目でみず、理解していただけるよう最後にお願いしたいと思います。

お祈り会が終わり、我々は修善寺に引き上げましたが、翌日のこと、Sさんご夫婦とともに我が家に泊まられ、お祈りの会にも我々と同行したNさんからタエさんにメールが届きました。

そのメールには、翌日の朝、Nさんたちが、浜でディクシャをし、お祈りをしていたところ、海のかなたに虹がかかった、という驚きの言葉が書かれていました。それも一度だけではなく、二度、三度かかっては消え、都合4回ほども虹を見ることができたそうです。これだけ、何度も虹がかかるというのは珍しいことです。

おそらく、我々の祈りによって、解放された土肥金山や東日本大震災の霊たちが、あの世に旅立っていく途中、お礼にと、虹をプレゼントしてくれたのではないでしょうか。あるいは、虹そのものが、あの世に旅立っていく霊たちの「渡り橋」だったのかもしれません。

祈りは天に通じる、という言葉がありますが、信じる、信じないは別として、そういうことがある、ということを改めて実感でき、つくづく参加できてよかった、と思った私なのでした。