ダムはムダ? ~伊東市


今日はめずらしく朝から雨模様で、お昼すぎくらいまで降るようです。今年の夏は、関東地方でも雨が少なかったようですが、ここ伊豆でも雨が降った、という記憶はあまりありません。

しかし、地下水が豊富なようで、雨があまり降らなくても、利根川水系のように取水制限をする、というようなこともなく、毎日おいしい水が蛇口から出ています。伊豆全体でも、私が知る限り、飲料水の確保のために造られたダムはひとつしかなく、それは、伊東を流れる伊東大川の上流に造られた「奥野ダム」です。

このダムによって堰き止められた人造湖は、「松川湖」と呼ばれ、その周囲は静岡県や伊東市によってきれいに整備され、伊東市民だけでなく県内外からも多くの人が訪れる憩いの場になっています。

ダム本体は、静岡県が建設し管理していて、この伊東大川の氾濫を防ぐための治水目的と、伊東市への上水道供給を目的に造られました。ダムといえば、コンクリートで固めたがちがちのダムを想像する方も多いと思いますが、このダムは、石を積み上げて作ってある、「ロックフィルダム」です。

rock(石)でfill(埋める)するため、ロックフィルダムといいますが、ただ積み上げただけでは、水が漏れてしまいます。このため、ダムの中心部には、水漏れしにくい粘土で固めた壁(遮水壁)を作り、その上下流側に比較的粒子の粗い砂や砂利を敷き詰めることで、粘土の壁が崩れないように支え、最後に仕上げとして一番外側を岩石で覆います

伊東大川は伊東市街を貫くようにして流れる川で、市の水源として昔から重要な役割を担ってきましたが、一方で大雨の際には洪水は一気に伊東市街に押し寄せます。実際、古くから氾濫被害の絶えない河川で、1958年(昭和33年)の狩野川台風のときにも氾濫し、伊東市に壊滅的な被害を与えました。

この狩野川台風を契機に河川改修が計画されたのですが、勾配が急な川なので、流路延長10kmのうちの、約8kmが山の中となり、堤防を建設するだけでも莫大な費用がかかってしまいます。また、河口近くの残り2kmの平地も、両岸に民家や温泉街が密集していて、これを移転させて堤防を新規に建設することは事実上不可能でした。

伊東市は熱海市と並び伊豆の代表的な観光地であり、海水浴客や温泉利用の観光客が多く訪れ、この観光客を運ぶため国鉄(現・JR東日本)の伊東線や伊豆急行線が市内を走っていることもあり、これらの交通機関へのダメージも予想されます。また、観光地としての温泉街の拡大とともに、首都圏のベッドタウンとしても注目されるようになったため、人口が急増。このため、上水道の需要も大きく高まりました。

伊東大川の自然流量では増加する人口に対応できるだけの取水が次第に困難となり、新たな水源の確保に迫られたため、静岡県は、伊東市の治水の安全度を高めると同時に上水道需要を確保する「一石二鳥」の策として、伊東大川にダムを建設することを決めたのです。

そして、1972年(昭和47年)より「伊東大川総合開発事業」として計画がスタート、1989年(昭和60年)に完成。その後、徐々に水を貯め、ダム湖がダム完成の二年後にでき、これを1987年(昭和62年)に「松川湖」と命名したのです。

この年は、ちょうど伊東市制が布かれて40周年の節目に当たる年でもあり、ダム湖の名称は「伊東市制40周年記念事業」の一環として般公募したそうで、その結果として、最も多かったのが「松川湖」という名前。その由来は、もともと伊東大川は地元では「松川」と呼ばれていたためだそうです。

松川湖岸には、たくさんの花木が植えられていて、毎年1~2月には約300本のロウバイが開花、それに続き4~5月にかけてはシバザクラが湖岸を一斉に染め上げ、これを見るために多くの観光客や市民が詰めかけます。

湖岸には展望台や遊歩道も整備されていて、四季を通じて散策ができるほか、伊豆半島では数少ない湖釣りのスポットでもあり、ニジマスやアマゴが釣れます。また、最近人気のルアーフィッシングも許可されている(ワームは禁止)されていることから、県外からもたくさんの釣り客も訪れています。

ただし、湖の中には漁業権が設定されていて、ここで釣りをするためには、「伊東市松川漁業協同組合」の遊漁権を購入しなければなりません。一日券は1000円、年間券は8000円(中学生1000円)。釣りのシーズンの春から夏には、湖岸近くの道路に臨時販売所も設けられます。

奥野ダムと松川湖周辺は、静岡県指定の鳥獣保護区に指定されていて、オシドリやカルガモ、トモエガモなどのカモ類に加え、アカハジロやツバメ、アマツバメなどが良く見れる鳥だそうです。

またダム建設前には確認されていなかったミサゴやワシ・タカなどの猛禽類も確認されるようになっているとのことで、現在のところ13目29科87種もの鳥類の生息や飛行が確認できているとか。バードウォッチングが好きな人にとっても、なかなか魅力的な環境のようです。

ちなみに、毎年7月下旬の夏休みには「一日ダム教室」が開かれ、このときは普段は立入る事の出来ないロックフィルダム底部を見学することが出来るそうです。ダム堤体内部を見学できる重力式コンクリートダムはたくさんありますが、ロックフィルダム内部を見学できるダムは少ないと思いますので、チャンスがあれば行ってみてもよいかも。

奥野ダムの本体の高さは62mだそうで、ダムとしてはそれほど大きい部類のものではありません。日本で一番大きなロックフィルダムは、長野県にある高瀬ダムで、その高さはなんと176mもあります。ロックフィルダムとしてだけではなく、日本の全ダムの中でも二番目に大きなダムなのだそうで、下流側からみたその姿はまるで大きな岩山みたいです。

ちなみに、日本一の高さを誇るのは、富山県にある黒部ダムで高さは186m。総貯水容量は約2億トンもある我が国屈指のダムで、この建設に関わった作業員の延べ人数は1000万人を超え、その建設の苦労は石原裕次郎さん主演の「黒部の太陽」という映画でも伝えられました。年配の方では覚えている方も多いことでしょう。

工事期間中の転落やトラック・トロッコなどによる労働災害による殉職者は171人にも及んだそうで、いかにダム建設工事が苦難を極めたのかがうかがわれます。

黒部ダムは、世界的に見ても大規模なダムであり、また周辺は名勝・中部山岳国立公園でもあることから、「立山黒部アルペンルート」のハイライトのひとつとして、多くの観光客が訪れます。実は、我々夫婦の高校時代の修学旅行先のひとつも、黒部ダムでした。

トロッコ列車やバスを乗り継いで着いた現場は、険しい山の中にあり、はるか向こうには真っ白な立山連峰がそびえ、その眼下に黒々と横たわるダム湖と、巨大な黒部ダムから吐き出される真っ白な放水の流れが、これら周囲の景色と強いコントラストをかもしだし、強烈な印象を受けたのを覚えています。

立山黒部アルペンルートは、長野県側の信濃大町駅から路線バスとトロリーバスを乗り継いで黒部ダムまで行くコースと、富山県側の立山駅からケーブルカー、バス、トロリーバス、ロープウェイなどなどを乗り継いで黒部ダムまで行くコースの二つがあります。

後者のほうが、アクセス距離が長いため、出発が遅かったり、乗り継ぎの時間にロスがあると一日では黒部ダムまで辿り着けないことがあります。

実は、結婚前に一度、この立山ルートを通って、途中の室堂までタエさんと二人で行ったことがあります。着いたのは午後2時ぐらいと比較的早かったのにも関わらず、そこから黒部ダムに到着するころには、帰りのロープウェイやトロリーバスの営業が終わっているということがわかり、このときはダムまで行くのをあきらめました。

確か11月の終わりころだったと記憶しているのですが、標高2500mもある室堂駅付近ではこのころ既に積雪が2m近くほどもありました。バスを降りると一面の銀世界で、まるで吸い込まれるような、ほんとうに吸い込まれるという表現がぴったりの深~い青さの空をバックに、その周囲を立山をはじめ、剣岳、大日岳、国見岳などの秀峰が取り囲んでいました。

これらの峰々がまた白い雪を頂いていて美しく、「神々しい」というのはこういうことなのだと初めて知りました。まるで、天国に入りこんだような錯覚に襲われるほど素晴らしい景色で、ほんのわずか1時間ほどしかいることはできませんでしたが、生きていてよかった~と心から思ったものです。

かつて、黒部ダムを訪れたときの光景も結構ショッキングでしたが、この時の風景は生涯忘れられないほど衝撃的で、今もその景色が脳裏に焼き付いています。残念ながら、このときは黒部ダムまで行くことができませんでしたが、いつかまた時間を作って、ぜひ再チャレンジをしてみたいもの。11月といえばもうすぐですから、今年案外とそのチャンスが訪れるかもしれません。

ちなみに、この季節になると、ふもとの美女平(標高970m)まではマイカーで行くことができますが、マイカー規制が行われており、そこから先はバスでしか行けませんので注意が必要です。また、前述したとおり、黒部ダムまで行って帰ってこようと思う方は、朝のうちからアクセスしないと、帰ってこれないことになります。もし行かれるならば、しっかりと接続時間を調べてから行きましょう。

さて、今日はなんだかダムのお話になってしまいました。

昨今の環境ブームのためもあり、自然の中に大規模な構造物を作ることになるダムについては、「ダムはムダ」なんて言葉で否定する人も多くなっていたようですが、福島の原発の問題が勃発してからは、逆に注目されるようになってきているのではないでしょうか。

松川湖のように、治水上はどうしても必要なダムもあり、しかも出来上がってからは動植物の生育・生息環境がむしろ向上するというケースも少なくないようであり、環境を破壊するからとダムの一面ばかりをみずに、その効用についてもう少し見直してみる、という機運が出てきてもいいような気がします。

先日までの利根川水系の渇水問題を経験した東京の人たちも少しくそういう気持ちになっているのではないでしょうか。原発をノーと言っているばかりではなく、それに代わるものとして、多少は環境への影響はあったとしてもクリーンなエネルギーを生み出すことのできるダム。もう少し見直されてもいいのではないか、と思うのです。