ふたつの月

今日は満月だそうです。全国的にお天気はまずまずのようで、あちこちで中秋の名月が楽しめそうです。

月の明るさは満月でマイナス12.7等、半月でもマイナス10等前後もあるそうで、ほかの明るい星と比較してみると、一番明るい金星でもその最大はマイナス4.7等星だそうで、その差は歴然です。

しかし、さすがに太陽にはかなわず、その等級はマイナス26.7星と月の倍以上の明るさ。それはそうですよね。月の明るさは太陽の光が反射したものなのですから。

この月をながめていると、地平線にある月と天上にある月ではその大きさが変わっているように見えることにお気づきだと思います。空高くに登っている場合と地平線近くにある場合には、明らかに大きさが違っていて、前者の場合は小さく見え、後者の場合は大きく見えます。

実はこれは人間の目の錯覚によるもので、実際の月の大きさは、腕を伸ばして持つ五円玉の穴の大きさとほぼ同じで、天上にある場合も地平線にある場合も同じ大きさです。空高くにある月は、五円玉の穴よりも小さくみえそうですが、実際には地平線近くにある場合と同様、五円玉の穴と同じ大きさに見えるはずで、実際に五円玉で確かめてみるとこれが事実だとわかります。

これは、人間の目が視界に入るすべての物体を鮮明に見るために常に焦点位置を調節し、脳で画像を合成しているためで、地平線のかなたに月が見える場合、カメラのズームレンズを動かしながら見るように、その手前の景色と対比して月をみようとするために感覚的に月が巨大化するのです。

逆に空高くにある場合には、比較対象物がないため、実質的な目視上のサイズとして見えているだけです。

ただし、月の公転軌道は楕円形なので、見かけの大きさは月の軌道上の位置により実際には微妙に変わります。また、赤道上の地上から見ると一日のうちでも厳密には距離が変化するので、月を天頂付近に見る時が一日のうちで最も月に近く、月を地平線付近に見るときは、それよりもおよそ地球の半径ほどの約6,000km離れ、それだけ僅かに小さく見えるはずです。

もっともこんな微妙な差に目視で気づく人はいないでしょうが。

なお、月の出・月の入りの頃などに赤っぽい月をみたことがある人も多いと思いますが、これは、朝焼けや夕焼けと同様の原理で、月が地平近くにあることから天上にあるよりもその距離が遠く、このため月からの光が大気の中を長く通り、青色などの赤以外の光が散乱してしまうためです。

ところで、月はその誕生時のころには、二つ存在していた可能性があるという説が最近となえられているそうです。

アメリカの科学雑誌、ナショナルジオグラフィックが報じたもので、かつて地球には月が2つ存在したものの、一方は他方にゆっくりと衝突して消滅し、その結果、現在の月には起伏の激しい側と平坦な側が生まれたのではないかという説です。

月には、常に地球のほうを向いている「表側」と、地球からは見えない「裏側」がありますが、この表裏の違いについては、長らく天文学者の間で謎となってきました。表側の地形は比較的高度が低くて、いわゆる「海」と呼ばれる部分が大半で平坦なのに対し、裏側は高くて山が多くてでこぼこしていて、ほとんど「海」は存在しません。

この「海」は月表面全体の35パーセントを占めています。その成因については、月の内部がまだ熱く溶け、地表の下に溶岩があった時代に、数々の隕石が月に衝突し、これによって生じたクレーターの底から玄武岩質の溶岩がにじみ出てクレーターが埋められたものではないか、というのが有力な説です。

この「海」の厚さはだいたい20kmほどもあるそうで、その表面の多くは冷えて固まった黒っぽい玄武岩の層で覆われているため光をあまり反射せず、他と比べて暗くて黒く見えます。

表側にのみにこうした海が存在するのは、そちら側に集中して熱を生み出す放射性物質が存在したためであるとか、また、地球からの重力の影響により、より強い重力の働く地球側でのみ溶岩が噴出したためとする説などが存在しましたが、これまでのところ定説といわれるようなものはありませんでした。

ところが近年、スーパーコンピュータなどの普及により、月の成因についても新たなコンピューターモデルが作り出されるようになり、それらの結果から、月の表裏のこの違いは、現在の月ができる前に、もっと小さな「月」が存在し、これが今の月の裏側に衝突したと考えることで説明がつくようになったというのです。

計算によると、小さいほうの月は、大きいほうの月に時速約7100キロでぶつかったそうで、太古に起こったこの衝突により、非常に硬い岩石物質が月の裏側に飛び散る結果となり、それが現在、月の裏側のでこぼこした地形を形成しているのではないかと考えられるといいます。

この研究結果を発表したのは、カリフォルニア大学のサンタクルーズ校(UCSC)の教授で惑星科学が専門のエリック・アスフォーグ(Erik Asphaug)博士です。

アスフォーグ博士によれば、「質量の大きい2つの物体が互いの重力に引かれてぶつかったとすると、これは考えられる限り最も速度の遅い衝突である」と考えられるということです。

そして、このような比較的遅いスピードで月の裏側にもうひとつの月が衝突した場合、岩石が溶けたり、クレーターができたりするほどのエネルギーは生じなかったはずだといい、その代わりに、小さいほうの月の物質が、大きいほうの月の表面にまき散らされたと考えるほうが自然だ、といいます。

こうした現象は、例えていえば、「自動車の衝突と同じ」といいます。大小の車が正面衝突した場合、バンパーはつぶれても互いの車体が溶けたりはしません。フロントの部分がぐしゃりと潰れるだけで、二つの車はまるで一台になったようにくっついてしまう、それと同じ現象がこの月と月の衝突で起こったのではないかとアスフォーグ博士は主張しています。

余談になりますが、私はこのサンタクルーズ校を訪問したことがあります。もう20年以上前の話になりますが、アメリカの大学への留学を希望していたおり、各地の大学を実際に見比べてみようと思い、旅行をかねて訪問しました。

サンタクルーズの町はサンフランシスコの南150kmほどのところになり、サンフランシスコと同様に海辺の町ですが、カリフォルニア大サンタクルーズ校はその郊外の山の手にあります。

まるで「森の中」に造られたような大学で、うっそうと茂ったカリフォルニアパインの木々の合間合間に研究棟が点在するというラブリーなキャンパスでした。

ああ、こんなところで勉強できたらいいだろうなあ、とつくづく思ったものですが、残念ながら夏休み中であり、担当者から詳しいお話を聞くことができず、そのときはそのまま帰国しました。

ところが後日、日本に帰国後に、その担当者と思われる教授から直々のお手紙をいただき、その内容は、残念ながら君の希望するようなカリキュラムは当校にはない。が、そのかわりにこれこれの大学があるから、そちらに照会してみなさい、というていねいなものでした。

海のものとも山のものともわからない日本人にこうした丁寧なお手紙をいただいたことにものすごく感動し、よしやっぱりアメリカの大学という選択は間違いない、とそのとき改めて思ったことを今でも覚えています。たしかそのお手紙もまだとってあるのではないでしょうか。

このサンタクルーズ校、研究分野では医学、天文学、物理学等において連邦政府出資による研究が盛んに行なわれているそうで、NASAのエイムズ研究センターと共同研究しており、天文学は全米でも常に上位にランクされているようです。シリコンバレーに隣接している土地柄から、コンピューターサイエンスのカリキュラムにも力を入れているとか。

私が目指していたのはこの学校では研究者の少ない海洋工学の一部門だったため、入学はかないませんでしたが、もしもう少し若かったら別の分野でもいいからこの学校で学びたい、と思わせるほど素敵な大学でした。

さて、余談がすぎましたが、このアスフォーグ博士と、UCSCの博士研究員マーティン・ジャッツィ(Martin Jutzi)氏が提唱した今回の説によれば、2つの月は8000万年ほどの間は何事もなく共存し、それぞれの安定した軌道上にあったそうです。

2つの月は色も組成も同じでしたが、一方が他方より3倍ほど大きかったそうで、計算の結果から類推すると、「現在残っているほうの月はディナープレート(夕食に使うお皿)ほどの大きさにみえたはずであり、これが沈んでいくと、もうひとつの月が約60度ほど遅れてその後を追っていたはず」とアスフォーグ博士は語っています。

博士らのモデルのよれば、2つの月が共存した期間は短く、地球との自然な重力の相互作用により、2つの月はが地球から遠ざかりつつあったといいます。やがてこれに太陽の重力が加わることで、小さい月の軌道のほうが次第に不安定になり、だんだんと大きい月に引き寄せられ、そして二つが衝突するという終焉を迎えます。

この衝突はさほど激しいぶつかりあいでなかったとはいえ、その衝撃は何兆トンもの破片を宇宙空間に放出したといい、数日間は2つの月がはっきり見えなくなったほどではなかったかと考えられるそうです。そして、この塵が晴れたとき、月はひとつになり、現在見える月と同様の姿になりました。

その後、この衝突から最大100万年もの間、この衝突から生じたさまざまな大きさの月のかけらが地球に降り注いだと考えられるということです。

その大きいものは直径100キロにも及んだ可能性があるそうで、「長期間、空一面に流星が降り注いだことだろう」とアスフォーグ博士は言っています。

ただし、このころの地球上には、この見事な天体ショーを目撃する生物はまだ存在しなかったはずだ、ということです。人類の誕生は、もしかしたらこの月から降り注いだ流星に含まれていた有機物等を起源としておこったのかもしれません。

このアスフォーグ博士らの研究は、同じアメリカの他の天文学者なども高く評価しているということです、

ハワイ大学の天文学教授のジェフリー・テイラー博士という人は、アスフォーグ博士らの説は、月の表裏の非対称性を説明するだけでなく、月とともに形成されたと考えられている、他のもっと小さな月たちがその後どうなったのかも、これで説明がつくといっているそうです。

テイラー博士は、そもそも月は、45億年前の太陽系の誕生の直後、火星サイズの惑星が地球に衝突したときに生まれたというのを、ひとつの有力な説だと考えているそうです。

そして、この火星との初期の衝突によって、溶岩の破片が地球を環状に取り巻き、それがやがて集合して現在の月を含むいくつかの小さな月ができたと考えており、もしそうだったとしたら、他の月たちはどうなったのか? が疑問だったようです。

そしてその答えが、このテイラー博士らの研究結果にあるのかもしれないと考えているそうで、こうした研究者たちの意見が早晩合致すれば、いずれ、「実は月は二つ以上あった」というセンセーショナルな発表がなされる日も来るかもしれません。

空にあがる、まんまるの二つの月。それが実際にそうだったらどんなふうだろう、と想像するだけで楽しくなります。

かぐや姫そのほかの伝説も大きく変わっていたかもしれません。ふたつの月それぞれに別々のかぐや姫がいて、その二人が地球上のひとりの男性に恋をして、ジェラシーを飛ばしあい、最後には宇宙戦争に突入…… 妄想は膨らみます。

ま、ないものねだりはやめにして、今晩もたったひとつの美しい月を眺めながらお酒でも飲みましょう。グラスに月を映せばそれで月はふたつ。それを飲み干せばまた別の月を飲み干して……満月は人の心を乱すといいます。みなさんも月くれぐれも飲みすぎには注意しましょう。