このブログではあまりスポーツの話題をとりあげたことがありません。スポーツが嫌いというわけでもないのですが、昔からスポーツの代表ともいえる「球技」は苦手だし、球技というよりも団体で行動するスポーツがそもそもあまり好きでない、というひねくれた性格のためでもあります。
このため、ひとりでやるスポーツのほうが好きで、登山やジョギングのほか、学生のころはライフル射撃をやっていました。
この射撃競技のひとつの「エアライフル射撃」というのをご存知でしょうか。エアライフルとは空気を用いて弾丸を発射する形式のライフル銃で、俗な言い方をすれば空気銃のことです。
大学生のころ、エアライフルを使う「エアライフル射撃部」作るために仲間を集め、大学に申請してこの設立を認めてもらったことがあります。外部からコーチも招き、日々トレーニングに励んでいた時代を思い出します。
腕を上げるために明けても暮れても練習に励みましたが、なんとか競技大会に出れそうになったころには卒業が迫り、卒論の執筆や就職活動を余儀なくされたため、やむなく練習を中断し、大学卒業後に再開しようと思っていました。
その後、就職は希望した会社に採用してもらうことができたものの、今度は仕事のほうが忙しく、結局そのまま競技大会に出ることもなく射撃をやめてしまいました。
自分で言うのは何ですが、腕前のほどはかなりのもので、少なくとも集めた仲間の中ではもっともうまく、おそらくもう一年、いや半年ほどトレーニングを積めば、大会に出れたのに……と今でも悔しく思います。
今からでもまた再開したいなぁとも思うのですが、今度は練習するための射撃場が近くになく、また40代のころに目を悪くして飛蚊症をかかえていることもあり、いまだに実現できずにいます。
このライフル射撃ですが、一見やわなスポーツに見えますが、こう見えてなかなかハードです。その理由のひとつは、ライフル銃の重さ。エアライフルといえども重さが5kgほどもあり、これを一日の練習で、二百回ほども上げ下ろししなければなりません。
仮に100回としても、のべ500kgの重量物を上げることになり、200回ならなんと1トンにもなります。かなりの重労働です。
しかもそれだけではなく、銃がぶれないようにするためには、強靭な足腰と、体の柔軟性が求められ、加えて強い精神力がないと自分に負けてしまいます。
冬季オリンピックには、「バイアスロン」という競技がありますが、これはクロスカントリーと射撃を合わせたものです。「動」のスポーツであるクロスカントリーと、「静」のスポーツのライフル射撃を組み合わせており、これは射撃をやったことがある私にはとてつもなく難しい競技だということが理解できます。
長い距離をスキーで滑って心臓がバクバクしている状態で伏射(寝そべった姿勢で射撃する)とはいえ、50mも先にある的を正確に射るというのは、かなりの鍛錬を積まないとできることではありません。
日本からの出場者はたいがいが自衛隊や警察官のようですが、日ごろから有事に備えて体を鍛えている彼らだからこそできる技だと思います。
バイアスロンに限らず、この射撃という競技は日本においてはそれほどメジャーな競技とはいえません。その最大の理由は、日本の公安当局が一般人が銃を所持することを厳しく制限しているためです。
たかがエアライフルといっても、その威力はすさまじく、至近距離で命中すれば人間の体ぐらいは貫通してしまいます。また、エアピストルという拳銃型のエアライフルがありますが、これは持ち運びがしやすい分、何かの犯罪に使おうとすれば隠し持つことがたやすくできます。
さらにエアライフルの場合、発砲時には銃声がほとんどなく、「暗殺」などに使用しようと考える輩にはもってこいの武器になります。江戸時代には既に「気砲」と呼ばれる空気銃が存在していましたが、幕府の鉄砲方はこれが暗殺に使われる可能性があると考えて危険視し、使用禁止令を出していたほどです。
その後、明治や大正の時代になって、国産の空気銃も製造されるようになり、戦後には実用的な狩猟用銃として一般にも広く販売されていました。中高生から大人に至るまで、鳥類や小動物を食用などにするために獲るための銃として広く使用された時代がありました。
しかし、1958年に銃刀法が制定され、また狩猟法も改正されたため銃砲所持許可手続きが煩雑になり、射撃人口は著しく減りました。しかし、70~80年代になって欧米で流行りはじめた「スポーツ射撃」が日本にも伝わって再び注目を集めるようになり、私たちもそのことを知り、母校の大学に射撃部を立ち上げたのです。
それからしばらくはスポーツ射撃の人口は徐々に使用者は増えつつあったようですが、その後公安委員会の許可を受けた銃砲による凶悪事件などが数件発生したことなどから、公安当局がこれを問題視するようになり、平成21年には「改正銃砲刀剣類所持等取締法」が制定されました。
この法律では銃砲所持許可に対する欠格要件が大幅に厳しくなり、とくに「絶対的欠格事項」という条件はかなりの厳しい内容になっています。たとえば許可には18歳以上で心身ともに健全であり重大な犯罪の前科や薬物中毒がないこと、暴力団関係者でないことが求められ、許可の審査にあたっては、本人の前科等のチェックはもとより、同居親族についても調査の対象となります。
また必要に応じ身辺のトラブルや近隣の評判まで調査の及ぶ場合があります。私が大学時代に銃の所持許可を得たときにはまだこの改定銃刀法は施行されておらず、その前の銃刀法の施行下での許可でしたが、一般的な審査のほかに警察官が広島の実家の父母のところにまで押しかけ、怪しい人物ではないかをヒアリングしています。
私が大学で射撃部を立ち上げる際の中心人物だったため、とくに念入りのチェックが行わのだと思います。考えてみれば「射撃部」という団体が成立すれば、私を含めて10人以上の人間が一度に銃を持つことになるわけであり、警察側からみればこれは要注意の団体と映ったに違いありません。もし、怪しい団体だったら「武装集団」にもなりかねないわけですから。
何も知らない父や母に迷惑をかけたことが少々心が痛みましたが、このときの驚きを両親はその後もときどき持ち出し、警察官が押しかけてきたとき、息子が何をしでかしたのかとはらはらした、と笑い話にして話してくれたのを思い出します。
このほか、日本での銃の所持には明確な目的が求められ、例えばコレクション目的のような曖昧な目的では許可されません。いったん許可を受けた後も毎年の銃砲検査と更新時に使用状況のチェックを受けます。
正当な理由なく許可された目的に使用されていないとみなされた場合、「眠り銃」として許可返納を求められることもあります。
なお、エアライフルは、日本ライフル射撃協会や日本体育協会の推薦を得れば、14歳から所持許可申請が可能です。本物の銃を持つことさえできないのに、なぜ14才?と思われるかもしれませんが、ライフル競技の中には、「ビームライフル」というレーザービームを使った「光線銃」の競技があり、これならば実弾を使わないため、少年でも練習ができます。
私の時代にはなかったものですが、その後の技術の発達によりこうしたものもでき、主に高校でビームライフルを使って射撃をする青年が増えてきています。こうした青年の中には短時間で腕を上げる者もおり、協会の推薦と親の承諾を得た上でエアライフルの所持のための申請をすることが認められます。
とはいえ、一般の人がエアライフルを所持するためには、まだまだいろんなハードルがあります。まず、「猟銃等講習会」という講習を受けなくてはなりません。室内での初心者向けの講義を受けるだけですが、終了時に考査試験があり、これに合格して修了証の交付を受けないと銃を持つことができません。
簡単な試験なのですが、あろうことか私はこれに一度落ちたことがあります。学生のころあがり症だった私は、試験だということでかちこちになってしまい、他の仲間は全員合格したのに私だけが失格になってしまいました。
幸いもう一度受講して修了証を受け取ることができましたが、あのときは友人たちの手前、恥ずかしくて消え入りそうだったことなどを思い出します。
さて、こうしてめだたく修了証を手にしたら、いよいよ銃の取得です。銃砲店で銃を選択し譲渡承諾書を発行してもらいますが、この際には公安当局から受け取った修了証の提示が必要になります。
ところで、お金を出せばすぐに銃がもらえると思ったら大間違い。銃砲店では所持する予定の銃のことが書いてある「許可申請書」を貰えるだけで、さらには病院に行って医師の診断を受け、前述した「絶対的欠格事項」に該当がないことの証明書をもらわなければなりません。
これは、私の時代にはなかったことなので、どんな風に言ったら病院でこれ貰えるのかは私にはよくわかりません。が、薬物中毒や精神異常ではないこと、などを検査してもらい、その検査結果をもとに証明してもらうのでしょう。
こうして、意思の診断書や銃砲店からの申請書などを持って所轄警察署窓口に行き、所持許可申請を提出したら、およそ一ヶ月程度の期間ののち、ようやく書類審査がしてもらえます。
しかし、これだけではなく、さらに身辺調査があり、また、届け出た住所の場所に銃を頑丈に保管しておけるカギ付きの「ガンロッカー」などの保管設備があるかどうかを警察官に確認してもらわなければなりません。
こうして、長い長い手続きを経て、ようやく所持許可が下りたら、ここで晴れて銃砲店で銃を受け取ることができます。ただ、これで終わりかと思ったらまだあり、今度はその銃を所轄警察窓口へ持ち込み、許可内容との照合を受け所持許可証へ確認印をもらう必要があります。
こうしてようやく空気銃とはいえ、ライフルを手にすることができます。しかし、日本での銃の所持はいわゆる免許制ではなく、一丁の銃と特定の個人の組み合わせにおいて許可される「一銃一許可」制です。つまり、講習会を得て修了証明書を貰ったからといって、二丁も三丁も銃が持てるわけではなく、たった一丁の銃しか持てません。
したがって、許可を受けた人間が所持することができるのは、その許可を受けた銃のみであり、新たな銃を所持しようとする場合、改めて所持許可申請が必要になります。
このような許可制度のため、日本では銃の貸し借りは不可能であり、例えば射撃場で他人の銃を試し撃ちどころか、正当な理由なく他人の銃を手に取っただけでも不法所持が成立してしまいます。
また許可を受けた銃は、毎年一定の時期に銃砲検査が実施され、そこで検査を受ける必要があります。許可の更新は3年ごとであり、銃ごとに更新しなければならず、更新時には再度猟銃等講習会を受講します。この講習会は「経験者講習」と呼ばれ初心者講習会とは内容が異なります。そしてその銃を引き続き所持するためにはその修了証が必要となるのです。
その後の銃の保管を行う、ガンロッカーについても厳しい規定があり、会社においてあるようなロッカーでは許可がおりません。
内閣府令によって定められた厳しい適合基準があり、例えばすべての部分が、厚さ1mm以上の鋼板製であることや、扉上下と本体が固定される構造であること、錠のかけ忘れ防止装置(施錠しなければ、キーが抜けない)を有すること、使用する錠は、120種類以上の鍵違いのものであることなどなどの規定があります。
格納時には用心金(トリガーガード)にチェーンを通して保管することも法令で義務付けられており、銃の発射に関係する部品等を他所に分解保管することも求められているなど、銃砲所持者としての厳重な管理責任が求められます。なお施錠した車のトランクなどは、法的に「銃の保管場所」とは認められず、うっかり車に銃を忘れてしまうことは違法行為にあたります。
……いかがでしょうか。それでもエアライフル持ちたいですか?興味のある方も多いでしょう。あまり一般性のないものには人は興味を持つものです。しかし、まがりなりにも人の殺傷能力があるわけですから、これくらいの厳しい管理を求められても仕方がありません。
法律で規制されているような「武器」を所持するわけですから、精神的な問題はないか、危険な思想は持っていないか、薬物中毒ではないか、人格に問題はないか……などなどをチェックされるというのはあたりまえです。こうした規制のないアメリカでは問題のある人物でも簡単に銃を手にすることができ、しばしば殺人事件が起きています。
そうした危険がないようにするためには、これほど厳しい規制もあってしかるべきなのかもしれません。
前述までの規制は、空気銃に関してのものであり、装薬式の銃砲についてはさらに厳しい規制があります。なので、日本での銃砲所持許可者の全体数は、長年減少傾向だそうです。このため、オリンピックなどの大会でも日本の選手が活躍したというのはあまり聞きません。
日本選手が金メダルを取ったのは唯一、1984年のロサンゼルスオリンピックのピストル競技における蓮池猛夫氏だけです。48才での金メダル獲得は日本のオリンピック史上最年長で、中年の雄として大きな話題になりました。
ただ、この方も自衛隊に所属しており、日ごろから射撃の練習が日課になっていました。今もオリンピック競技で好成績を上げる人の多くは自衛隊や警察官が多いのは、銃を持つことが日課である人たちであるためです。
一般人の場合は、上述のように銃を持つこと自体にもハードルが高く、その絶対数が少ないのに加え、設備の良い射撃場も限られており、般人がオリンピックに出るのは難しい環境にあります。
それにしても、射撃って何がそんなにおもしろいのかと言われると言葉に窮してしまいます。が、私の場合、あえていえばその「精密さ」でしょうか。
例えば、エアライフル競技の場合、的までの距離はわずか10mです。ところが、この10m先の的の大きさはわずか3cmであり、しかもその中央の10点圏の大きさはわずか2mm弱です。この部分にかすったかかすらないかで得点差を競うわけであり、このため、使用するライフルにはきわめて高性能な精度が求められます。
その昔には日本製のライフル銃があったのですが、射撃人口が少ないことから多くの会社は生産をやめてしまったり、生産していたとしてもあまり性能が良くないと思われていることから敬遠されることも多いようです。
私が学生時代に使っていた銃は、ファインベルクバウというドイツ製でしたが、現在も一流の射手の多くがこの会社の銃を使っています。この話をし出すとまた長くなりそうですから、その性能などについては、また後日改めて書きたいと思います。
が、その「つくり」はほれぼれするようなもので、私も学生時代にこれを手にしたときには、天にも上るような気持ちになったものです。
射撃は、かなり年をとってからもできるスポーツです。私が学生のころに時々行くことのあった伊勢原の射撃場にもかなり年配の方々が見えていました。銃を所持するためには厳しい規制のある日本ですが、逆の言い方をすればこうした厳しい規制をクリアーできた人は、人格的にも精神的にも大丈夫だよ、と警察から烙印を押してもらったような人なわけです。
年をとってからやるスポーツとしては、ゴルフやゲートボールもお手軽で良いかもしれませんが、何かスポーツをおやりですか?と聞かれ、「ええ、ちょっとライフル射撃を」と答えられるのはなかなかおしゃれだと思いませんか。同機は不純でも結構です。みなさんもぜひ、ライフル射撃にチャレンジしてみてください。