完全無欠のマグロとウナギ

先月の末、関西の私立大学である近畿大学が、養殖魚専門料理店「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所 銀座店」を来たる12月2日にオープンするとの発表をしました。

場所は東京・銀座二丁目の銀座コリドー街というところで、晴海通りや昭和通りといった表通りには面していませんが、銀座の一等地であることには変わりありません。

なぜ大学が料理店を開店するかというと、実はこの店の売りは、同大学が開発した「近大マグロ」などの養殖魚であるためです。

近畿大学は、古くから農水産関係の学問分野に力を入れており、和歌山県白浜町にある同大学の近畿大学水産研究所は半世紀以上の歴史を持ち、ここで長年養殖魚の研究、育成を行ってきました。

この「近代マグロ」というのは、同研究所が世界で初めて「完全養殖」に成功したクロマグロです。

先の4月には、「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所 梅田店」を大阪・梅田のグランフロント大阪にオープンしたばかりであり、これはこの銀座店と同じコンセプトを持ち、大学という教育機関が消費者に直接養殖魚を提供する日本初の料理店でした。

同店は開店から半年が経過した10月現在も連日行列ができ、予約を取りづらい状況が続いているといいます。

2号店となる銀座店では、近畿大学水産研究所が育てた近大マグロ、マダイ、シマアジ、ブリ、カンパチ、ヒラメ、クエなどの養殖魚を中心とした魚料理を提供する予定だといい、またこのほかにも和歌山県産の食材、酒類が提供されます。

席数は57席あるそうで、ランチタイム直前の午前11時30分に店開きし、ディナーは午後5時~午後11時でラストオーダーは午後2時とのこと。

マグロを提供するということですが、完全養殖魚ということでおそらくはかなりリーズナブルな値段で食することができるのではないでしょうか。

すぐ近くには霞ヶ関や永田町、虎の門などがあり、ここに務める官公庁や一般企業に勤めるお客さんを中心としてこの銀座店もまた賑わいそうです。

さて、このマグロですが、寒いところで獲れる魚だと思っている人も多いでしょうが、実は暖かい海に住む外洋棲の魚です。回遊性であり、黒潮に乗って寒い北の海まで北上するため、寒い海の魚という印象が強いのだと思いますが、日本近海を始めとする世界各国の暖かい海で獲れ、各地で重要な食用魚として供されています。

なぜマグロというかというと、日本語の「マグロ」は目が大きく黒い魚であること、つまり「目黒」~まぐろに由来するという説が強いようです。このほかにも保存する事が困難とされた鮪は、常温に出しておくとすぐに黒くなってしまうため、まっくろ→まくろ→まぐろ、と言われるようになったと言う説もあります。

本来は、マグロといえば、マグロ属の中の1種であるクロマグロを指すものだと思っている人も多いようですが、実際には全長は60cmほどのものから3mもの大きさにまで達するものまで多様な種類があります。

「カジキマグロ」や「イソマグロ」といった魚もマグロだと思っている人が多いでしょうが、これらは生物学上は同じ種(マグロ属)ではありません。カジキマグロは、メカジキの俗称で、またイソマグロはイソマグロ属の魚です。

昔から言い習わされていた俗称の梶木鮪、磯鮪、などがそのまま引き継がれてそう称されるようになったもので、マグロの仲間ではなく、味もマグロとは少々異なります。

マグロ属(Thunnini)に類する魚は、英語表記では“Tuna”です。「マグロ」属といっていますが、これは正しくなく、本来は英語表記そのままに「ツナ」属としたほうが正しい表現です。

が、最初に邦訳した人が勘違いして、ツナの一種にすぎないこのマグロの名を冠してマグロ属と呼んでしまったようです。

従って、マグロは、本来は「ツナ属」に分類されるひとつの「ツナ」であり、ツナであるマグロ属にはマグロのほかにも、カツオ、ソウダガツオ、スマなどが含まれます。このあたり、ややこしいかぎりです。

また、マグロとカツオを混乱する人も多いでしょう。が、同じツナ(マグロ属)であるという点では、この二つは兄弟魚と呼んでも良いでしょう。ただ、我々が通常マグロ、と呼んでいるものにはカツオは含まれません。つまり、カツオはマグロではありません。

マグロに分類されるものは、全部で8種です。

クロマグロ(黒鮪)をはじめとし、タイセイヨウクロマグロ(大西洋黒鮪)、ミナミマグロ(南鮪)、メバチ(メバチマグロ/目鉢)、ビンナガ(ビンナガマグロ/鬢長)、キハダ(キハダマグロ/黄肌・黄鰭)、コシナガ(腰長)、タイセイヨウマグロ(大西洋鮪)がそれです。

その多くの体型は紡錘形で、体の横断面はほぼ楕円形、鱗は胸鰭周辺を除けばごく小さいかほとんど無く、高速遊泳に適した体型です。最大種のタイセイヨウクロマグロは全長4.5 m・体重680 kgを超え、その最大泳動速度は約90 km/h(50ノット)程度もあります。

これらすべてのマグロは、筋肉内の血管は動脈と静脈がくっついて体中に張り巡らされている、いわゆる「奇網」(きもう)という構造を持っています。これまでの研究では、これにより体内の熱が逃げるのを防ぎ、体温を海水温より高く保って運動能力の低下を抑えることがわかっています。

また、水中を最高で魚雷並みの時速90kmほどもの速度でなぜ泳ぐことができるか、についての研究も進められていますが、はっきりしたことはわかっておらず、ただ体の表面のやわらかな粘膜が水との抵抗を少なくしているのではないかということがいわれています。

上述のとおり本来は暖かい海の魚です。熱帯・温帯海域に広く分布しますが、種類によって分布域や生息水深が異なります。海中では口と鰓蓋を開けて遊泳し続け、ここを通り抜ける海水によって呼吸しています。従って、泳ぎを止めると窒息するため、たとえ睡眠時でも停まらないそうです。

最近はこのことが良く知られるようになり、マグロのように死んでいる、という表現はまり使われなくなり、あいつはマグロのように働く、とよく言いますよね。

その餌となるのは、表層・中層性の魚類、甲殻類、頭足類などであり肉食です。海洋の食物連鎖においてはクジラ、アザラシ、カジキ、サメなどと並ぶ高次の消費者であり、それゆえに相対的に個体数が少なく、また、生物濃縮によって汚染物質を蓄積しやすいという点が最近問題視されています。

食物連鎖の頂点にある生物には様々な物質が生物濃縮により蓄積する事は以前から知られており、海洋生物のトップであるクジラやマグロも例外ではありません。

マグロは小型の魚より汚染物質の濃度が高い事も同様に知られており、とくに問題視される汚染物質には、有機水銀(メチル水銀)、ダイオキシン類、放射性物質などがあります。このため、福島県沖を泳ぐマグロへの今後の放射性汚染が注目を浴びています。

マグロ属8種のうち、その代表選手と目されるのがクロマグロ(黒鮪)です。全長3m・体重400kgを超え、日本近海を含む太平洋の熱帯・温帯海域に広く分布することから、もっとも我々にもなじみが深いものです。

希少価値も高く最上等種とされ、高価格帯で取引されており、魚体の色と希少価値から「黒いダイヤ」とも呼ばれています。

キハダ(キハダマグロ/黄肌・黄鰭)は、マグロとしては少々小ぶりで、日本近海では全長1~1.5 mほどのものが多いようですが、インド洋産は全長3 mに達するものもいます。

世界的にみても最も漁獲量の多いマグロで、8種の中で最多です、缶詰のツナ缶の材料として用いられるのはたいていこれです。身はトロに当たる部分がなく、脂肪が少ないのが特徴です。

メバチ(メバチマグロ/目鉢)もまた、我々が口にすることが多く、世界的な漁獲量はキハダに次ぎます。日本での流通量は最多で、店頭に並ぶ機会も多いようです。

クロマグロ、キハダ、メバチに次いで我々が食卓で口にすることの多いマグロのひとつがミナミマグロ(南鮪)です。これは身の脂が豊富で、本マグロ以外で寿司ネタに好んで用いられます。

このほか、ビンナガ(ビンナガマグロ/鬢長)は、体長1 mとかなり小さいマグロです。「ビンナガ」と呼ばれる理油は、大きな胸鰭があるためで、これを鬢(もみあげ)に見立てたことから出た名前です。トンボの翅に見立ててトンボと呼ぶ地方もあるようです。

身は淡いピンク色でやや水っぽく、酸味があります。鶏肉に似ることから欧米での需要が高く、こちらもツナ缶として缶詰などの加工食品で多く流通します。上述のキハダで作ったツナ缶は白っぽいのに対して身がやや赤いのでその違いがすぐわかるでしょう。

生食で食べることも多く、すし屋では「ビントロ」もしくは「ビンチョウ」という名前で食されていることが多いようです。

このほか、コシナガ(腰長)という全長だいたい60cmぐらいの小型種もいます。こちらは日本近海では夏季に捕獲されますが、味がイマイチなので主に加工して用いられます。クロマグロの幼魚のことを「ヨコワ」といいますが、コシナガの食味はヨコワより劣るため、市場では「ヨコワもどき」「にせヨコワ」と呼称されます。

残る、タイセイヨウマグロ(大西洋鮪)。これも全長1 m程度の小型種です。大西洋西岸に分布しますが、遠い外洋のマグロであるため、我々が口にすることはこれまであまりないようです。

これらのマグロの日本での利用として最も多いのは、やはり寿司です。が、これ以外にも刺身、寿司種、焼き魚、ステーキ、缶詰など幅広く、日本人には最も人気のある魚と言って良いでしょう。

背中側と腹側では脂肪の含有量が異なり、部位によってご存知のとおり「赤身」「中トロ」「大トロ」と呼ばれます。目玉や頭肉、のほかえらの周りのカマ、尾の身、内臓などもおいしくいただくことができ、ほとんど捨てるところのない魚です

日本人は古くからマグロを食用とし、縄文時代の貝塚からマグロの骨が出土しています。古事記や万葉集でも「シビ(鮪)」という名で記述されており、「大魚(おふを)よし」は、「鮪」の枕詞です。「鮪突く海人(あま)よ、大魚(おふを)よし」、といった具合です。これは海女さんが、大きなマグロをモリで仕留めた、といった意味です。

江戸の世相を記した随筆「慶長見聞集」ではこれを「シビと呼ぷ声の死日と聞えて不吉なり」とするなど、その扱いはいいものとはいえませんでした。これはその昔、マグロの鮮度を保つ良い方法がなく、腐敗しやすかったことに由来します。

魚介類の鮮度を保つには、水槽で生かしたまま流通させる方法もありますが、かつてはマグロの大きさではそれは不可能でした。現在でも難しい技術です。

また干魚として乾燥させる方法もありますが、マグロの場合は食べるに困るほど身が固くなるのが難点です。カツオの場合は、乾燥させた上で熟成させ、鰹節として利用できますが、マグロはその大きさから、そういった目的では使われてきませんでした。

唯一の方法は塩漬にする事ですが、マグロの場合は塩漬けにすると風味がかなり落ちるため、江戸時代にはこうした加工マグロは下魚とされ、最下層の庶民の食べ物だったようです。

一方、江戸時代の中期ころからは、調味料として醤油が普及したことにより、マグロの身を醤油づけにするという新たな保存方法が生まれ、これはご存知、「ヅケ」と呼ばれるようになり、握り寿司のネタとして使われはじめました。

マグロは近代以降は冷蔵技術が進歩した事から、赤身の部分の生食が急速に普及しましたが、戦前まではどちらかといえば大衆魚であり、けっして高級魚ではありませんでした。

北大路魯山人は「マグロそのものが下手物であって、一流の食通を満足させるものではない」と評していたそうで、脂身の部分である「トロ」は特に腐敗しやすいことから猫もまたいで通る「猫またぎ」とも揶揄されるほどの不人気でした。その結果、その昔は、トロはもっぱら缶詰などの加工用に使われるだけだったようです。

冷凍保存技術の進歩と生活の洋風化に伴う味覚の濃厚化で、1960年代以降にトロは生食用としては最も珍重される部位になりました。ちなみに、マグロの品質が低下しない冷凍温度帯はマイナス30℃以下であり、実際の流通上ではマイナス50℃の超低温冷蔵庫に保管します。この超低温保存技術がトロの普及を後押したわけです。

なお、一度解凍したマグロを再凍結すると組織が破壊され、非常に質が劣化します。再解凍後にはドリップ(旨味成分等を多量に含んだ汁)が流れ出すなどして風味も落ちてしまうため、マグロの解凍の仕方はその風味を守る上で重要です。

マグロの一番良い解凍方法としては、冷蔵庫に入れたまま徐々に解凍するほうが自然解凍よりもドリップが出ませんが、最初から氷水につけてマイナス1~2度くらいの一定温度に保ったままゆっくり解凍するほうがよりドリップが出にくいそうです。以前見たNHKの放送でも同じことを言っていました。

1995年の統計では、世界のマグロ漁獲量191万tに対し、日本の消費量は71万tもあります。そのうち60万tを刺身・寿司等の生食で消費しています。加工品では「ツナ」もしくは「シーチキン」(商標名)などに代表さえるサラダオイル漬けの缶詰が多いようです。

しかし、日本の各県庁所在地での家計調査によると、一世帯当たりのマグロの購入量は年々減少しています。これはマグロそのものの資源量が減っていることと関係があります。

消費率はマグロ水揚げ日本一の静岡県および隣接する山梨県、関東地方が上位を占めます。一方で西日本の数値は軒並み低く、食文化の相違がみられます。

2012年1月6日、築地市場で青森県大間産のクロマグロ269キロが5649万円の史上最高値で落札されました。それ以前の史上最高値更新は、2001年に青森県大間産の202キロが2020万円、2011年の北海道戸井産342キロが3249万円でしたが、これを上回る額です。いずれにせよ、こうした高級マグロ一匹の値段は住宅並みです。

マグロの漁法としては、延縄(はえなわ)、一本釣り、曳縄(トローリング)、突きん棒、巻き網、定置網などがあります。近年は種苗個体を採捕して肥育した養殖(蓄養)ものも流通するようになっています。

日本国内の主なマグロの陸揚げ港としては、焼津漁港(静岡県)、三崎漁港(神奈川県)、勝浦漁港(和歌山県)、気仙沼漁港(宮城県)、塩釜漁港(宮城県)などがあります。

かつてマグロ漁船といえば重労働・高収入の代名詞でした。そのため大金を入手する必要がある場合には「マグロ漁船に乗せる」などという言い回しも用いられましたが、近年では輸入量の増加、養殖ものの流通等により、必ずしも高収入ではなくなってきています。

一方では、世界的な日本食・「sushi」ブームによってマグロの消費量が増大し、マグロの価格は高くなっています。日本も輸入マグロの割合が増え、価格の影響を受けやすくなっており、さらに原油価格高騰・漁船燃料高騰による出漁のコスト増、マグロ減少による漁場の遠距離化、出漁に対する成果の低下も重なり、価格高騰に拍車を掛けています。

マグロを取り扱う日本国内の各漁業協同組合・水産企業では漁船の燃費節約に迫られましたが、対応できず倒産する水産企業が相次ぎ、漁協の解散例すらも出ており、これもマグロ漁獲高減少・価格上昇につながってきています。

90年代後半から2000年代初めにかけては台湾漁船の大量漁獲によって、日本での水揚げが減少したため、日本は減少分を台湾から輸入して維持していましたが、海洋資源保護の立場から、今度は台湾のマグロ漁さえもその急拡大が批判されるようになりました。

このため台湾政府はマグロ漁の規制に乗り出し、マグロ漁船を公開解体するなどで海外にアピールしました。このため台湾での規制は進みましたが、日本へ入ってくるマグロはますます減少してしまいました。

それでもこれまでは、米国およびオセアニアにおいては、脂身であるトロは商品的価値・需要が低かったので、日本の商社はトロを比較的安価で購入することができました。

ところが、最近はさらに、中国都市部での日本食ブームによってマグロ需要が急増し、日本の漁獲減少の隙を突いて、中国漁船による活動が拡大し、競争が激化しています。

このように、マグロは相対的な個体数が少ないにもかかわらず、需要増加・価格高騰が拍車をかける形で世界中でマグロが乱獲されている状況です。絶滅が危惧される生物を記載したIUCNレッドリストには、マグロ8種のうち5種が記載されており、このため国際的な資源保護が叫ばれています。

過激な保護運動を行う環境団体には、クジラ並みにマグロ漁禁止を求める強硬派もおり、こういった国際的な動きに対して、日本は2001年から02年にかけて、水産業界を中心に不利な規制が多数決で押し通される恐れがあると「中西部太平洋マグロ類条約」の準備会合をボイコットしました。

が、結局2004年に日本抜きで発効され、翌年に日本も加盟することになりました。食糧農業機関(FAO)水産局長の林司宣(早大教授)は日本は世界中の海でマグロを取りまくっていながら、規制強化には後ろ向きだ、という悪いイメージを与えたと述べています。

その後、2010年3月、ドーハでのワシントン条約締結国会議において21世紀初頭の個体数が1970年代と比較して90%減少したタイセイヨウクロマグロの附属書Iへの掲載の是非について審議が行われましたが、その後の採決では大差で否決されました。

国際条約としては現在、全米熱帯まぐろ類委員会強化条約、中西部太平洋まぐろ類条約があり、これらの遵守はますます我々の食卓にあがるマグロの供給を逼迫させています。

こうした国際条約により、マグロの乱獲防止と資源保護のため漁獲量の2割減が決まっており、これによってさらに流通価格は高騰するといわれており、そのために近年では世界中でアカマンボウなどのマグロの代替品が増えています。

養殖

そこで、なんとかマグロを人工的に養殖できないかという努力が近年なされるようになってきました。

マグロは長距離を遊泳すること、成熟に時間が掛かること、小さな傷が死につながるほど皮膚が弱いことなどがあり、このことから現代では捕獲したマグロの稚魚や若魚を養殖する「蓄養」が中心に行われています。

マグロ価格高騰と天然物の漁獲量低下の追い風もあり、蓄養による養殖の出荷量は増加しています。低コスト化・安全性向上の他、トロの割合を多くし価値を高める研究も行われており、とくにクロマグロの蓄養は、幼魚が黒潮に乗って回遊してくる西日本各地で多く行われるようになりました。

養殖のマグロの出荷量は、1位の鹿児島県が2位の長崎県以下を大きく引き離しており、現在流通している養殖マグロはほぼこれらの地域の蓄養によるものです。

ただ、蓄養はマグロの稚魚の乱獲になるという批判も出はじめており、これは前述の親魚の乱獲問題にも連なる問題です。これはウナギでも同じであり、その稚魚の乱獲により、最近はめっきり口にできなくなりました。

こうした状況の中、卵から成魚まで育てる「完全養殖」の技術確立が急がれていましたが、
そんな中、2002年に近畿大学水産研究所が30年余かけて商業化に向けた研究を続けてきた結果が成果を生み、世界で初めてクロマグロの完全養殖に成功しました。

2004年には市場へと出荷が開始されましたが、これが冒頭の近大マグロのはじまりです。

近畿大学は当初、和歌山県串本町の大島実験場と奄美大島の奄美実験場を拠点に技術開発を進め、その結果、卵から稚魚を孵化させることに成功し、また育った稚魚の輸送技術も確立しました。

このため、2007年12月からは、孵化させた稚魚を親魚にし、これから採卵した卵からさらに稚魚を孵化させるという、完全養殖稚魚の生産を行う事業を開始しました。

これによって得られた養殖魚は、稚魚を天然から捕獲して養殖した蓄養マグロと異なり、養殖施設で卵から人工孵化させた完全養殖マグロを「生産」できることになり、これによりマグロ資源の減少を防ごうというわけです。

しかし、その技術開発には大きな壁が立ちはだかっていました。

マグロの稚魚は皮膚が弱く刺激に過敏であり、光等の僅かな刺激でも水槽の壁で衝突死したり、底部への沈降死をしてしまいます。さらには共食いもあり、研究当初は人工孵化した稚魚が大量死してしまい、研究が頓挫したこともありました。

しかし、研究を積み重ね対策を講じた結果、ついに2002年6月に多くの稚魚を成魚にすることに成功し、完全養殖が完成したのです。

さらに、当初クロマグロの稚魚生き餌しか食べませんでしたが、研究の結果、2008年にはクロマグロ用の人工配合飼料も開発され、これにより養殖産業としては更に幅のあるものに成長する可能性も出てきました。

このため、近畿大学は大学機関でありながら、関連会社として「アーマリン近大」という会社を立ち上げ、この会社を通じて、成魚を百貨店・飲食店等に販売しようと乗り出しました。

こうしてできたアーマリン近代は、和歌山県西牟婁郡に本社を置く、近畿大学のベンチャー企業です。近畿大学水産研究所元所長の熊井英水氏が、ちょうどこのころ法制化された新事業創出促進法に基づき、最低資本金規制特例による認可申請を行ったところ、和歌山県法務局で認められたため、近大が出資する形で企業化されました。

現在までのところ、その主な事業は養殖用種苗、加工品の販売であり、アーマリン近大によって販売されている成魚は無論、近畿大学水産研究所によって生み出された養殖魚です。

クロマグロだけでなく、マダイ、シマアジなどの20種以上の魚が卵から成魚まで一環した管理体制で育てられ、薬に頼らないストレスフリーな環境により育てられたこれらの魚は、安全かつ優良な養殖魚として着目されています。

社名のアーマリン近大とは、常に水産増養殖の分野で先頭を行く開拓者であるという決意を込め、アルファベットの最初の文字であるAと海を意味するマリン、そして近畿大学の略称である「近大」を組み合わせたものとなっています。Aはまた、あんぜん(安全)・あんしん(安心)のローマ字読みの頭文字でもあります。

冒頭でも述べたとおり、今年の4月には、大阪駅北側の梅田にある再開発地区である「うめきた」の中にある、グランフロント大阪の北館「ナレッジキャピタル」6階に、養殖魚専門の料理店「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所」が開店しました。

この出店にあたっては、近畿大学とアーマリン近大だけでなく、大手飲料メーカーであるサントリーグループと和歌山県も協力し、運営やディスプレイ・使う食材などの面において多くの助力が得られたといいます。

水産研究所が育てた「近大マグロ」などの養殖魚を中心とした魚料理だけではなく、和歌山県の協力を得て、他の和歌山県産の食材も提供されており、「和歌山ブランド」を前面に押し出す方針です。

一方、店舗開発、運営等については飲食ビジネスに精通したサントリーグループがパートナーとなっています。大学が研究の成果として自ら生産したものを、このように産官学が連携して専門料理店にて消費者に直接提供するケースは、無論、日本の大学としては初の試みとなります。

近大水産研究所では、2009年には既に約4万匹の稚魚を育成、内約3万匹を養殖業者へ出荷しています。この4万という数字は日本の海で漁獲されている幼魚の10分の1の量にあたります。

ただし、現在のところ、稚魚の生存率はまだ3~5パーセント程度であることから、将来的にはこれを10~20パーセント程度に向上させたいとしています。

同様の試みは、水産大手のマルハニチロでも開始しており、同社では2015年に約1万匹の完全養殖マグロの出荷を目指したい考えです。この近畿大学の成功に刺激され、公立大学である東京海洋大学でも、養殖魚の研究に取り組んでおり、同大では移植によってサバにマグロの精子を作らせることより、マグロを量産する方法の研究を進めているそうです。

近い将来、寿司やスーパーで売っているマグロやサバのほとんどは、天然のものから完全養殖魚に取って代わられる時代がすぐにやってくるに違いありません。

ところで、上でも少し述べましたが、資源の枯渇の状況はマグロだけでなく、日本人に大人気のウナギでも同じ状況です。

ウナギ資源は1970年代から減少を続けており、消費の99%以上を占める養殖ウナギに用いられるシラスウナギの日本国内での漁獲量はピーク時には200トンを超えていましたが2013年には5.2トンにまで落ち込んでいます。

しかも今年の2月にはニホンウナギはついに、環境省によってレッドリストの絶滅危惧種として選定されてしまいました。

このため、ウナギにおいても卵から育てる完全養殖の研究が加速しています。

ウナギに関しては、既に2002年に三重県の独立行政法人、水産総合研究センターが、仔魚をシラスウナギに変態させることに世界で初めて成功しています。

また2010年には、同センター(以下、水研センター)が人工孵化したウナギを親ウナギに成長させ、さらに次の世代の稚魚を誕生させるという完全養殖に世界で初めて成功させ、25万個余りの卵が生まれ、このうち75%が孵化しました。

さらに今年の4月上旬、水研センターは「実験室で生まれ成長したウナギのオスとメスから精子と卵を採取し、人工授精を行った受精卵から、2世代目となる仔魚(しぎょ)をふ化させることに成功したと、発表しました。

ウナギは古くから日本の食文化に浸透している魚です。ところが近年では、養殖用の稚魚であるシラスウナギの捕獲量が世界的に減少しており、ウナギ養殖に必要な量を供給できないという事態も起こってきています。

こうした状況から、人工的に稚魚を生産する技術の開発と確立は、不安定な天然資源に頼らずにウナギの養殖を実現する方法として、養殖関係者も長い間待ち望んでいたことでした。

水研センター養殖研究所が実際に卵から稚魚に育てることに成功したのは2002年でした。

しかし、これを親に育てるためには、ウナギの生育環境や生態のデータが必要であり、この当時はそれがまったくといっていいほどありませんでした。ウナギの完全養殖がこれまで困難なものと目されていた理由はここにあります。

その後、実験室生まれのウナギを親として次世代を誕生させるべく、養殖研究所と志布志(しぶし)栽培漁業センターで稚魚を継続して育成。ようやく餌として与えるべきものや成長させるための環境が解明されてきました。

こうして今年はじめには、孵化後2〜5年経過し親候補たちを全長45〜70cmにまで育てることができ、さらにはこの親候補の魚たちにホルモン剤を投与することで、人工的に成熟を促進させるところまでこぎつけました。成熟させる、というのはつまり、産卵が可能な状態にするということです。

こうして成熟したメスから受精卵25万粒が採取され、このうちから19万尾ものシラスウナギが生まれました。この6月現在、このうちの4000尾が順調に育ち、2cmほどにまでに成長しているそうで、その後の経過は報道されていませんが、おそらくは現在、これより更に大きくなっていることでしょう。

……と書けば、簡単に聞こえますが、この研究が成功にこぎつけるにあたっては試行錯誤によって膨大な時間を要したようです。

稚魚は生まれたときにはオス、メスの区別はありません。環境により性別が決定するのです。何もしないと人工ふ化でも天然でも、大半がオスになってしまいます。そのためホルモンを餌に混ぜ、メスを作り出す必要もありました。

また稚魚は一度に大量に誕生させられません。これを安定して育てるのは非常に難しいことです。天然稚魚は大量に捕獲して養殖場の池に放つと、それぞれが争って餌を食べます。ところが少数の稚魚だとお互いに牽制しあって餌を食べてくれないのです。

こうした様々な問題をクリアーしてようやく達成したウナギの完全養殖は、無論、世界的にも大きな評価を受けています。

こうした成功を受け、水研センターは、先述のマグロの完全養殖に成功した近畿大学と協力し、ウナギの養殖がさかんな静岡県の水産技術研究所の援助もうけながら、この3機関で構成する研究グループを結成しました。

そしてこのグループは、平成24年度より、農林水産省の諮問する技術会議の委託を受け、プロジェクト研究として「天然資源に依存しない持続的な養殖生産技術の開発」をスタートし、この中で「シラスウナギの安定生産技術の開発」に取り組むこととなりました。

新たなプロジェクト研究では、これまでの成果を基礎として、量産化に向けて重要なステップとなる大量採卵技術の開発や、人工飼料、飼育容器等の開発といった難易度の高い課題に重点的に取り組むといい、これらの成果をシラスウナギの安定的供給につなげたい考えです。

しかし、残された課題もまだ多いようです。今後は飼育に適したウナギ、しかも病気に強く成長が良いなどの特徴を持ったウナギの育種や、安定して稚魚を生産する技術の開発を進めるそうです。

今や我々が口にすることもできないほど高級魚になってしまったウナギ。完全養殖により、これもまたマグロと同じく安定して食卓に上る日が来るのも近いかもしれません。