笑い三年泣き四月

2015-06545月になりました。

ウソです。

ということでエープリルフールです。これでひとつウソをついたので、もう今日は嘘をつくのはやめようと思います。

これもウソです。

というわけで、我々は意識しているしていないに関わらず、たいして罪悪感もなく、むしろ面白がってよくウソをつきます。

基本的に、嘘は悪いこと、とされますが、嘘の中には許容されるものも多いようです。しかし、どのような嘘が許容されるかは、時と場合によるでしょう。「嘘も方便」ということわざもあり、人を救ったり、処世術のためならばよかろうというのが一般的です。

また、人を喜ばせるためのウソも良しということで、イギリスやアメリカなどでは、他人を喜ばせるための嘘は「white lie」といい、これは「良い嘘」というほどの意味です。

さらに、人とのコミュニケーションの中で、嘘はこれを円滑にする効果がある場合もあります。例えば夫婦や恋人との会話の中で、「私を気づかって、朝音をたてないように出っていってくれたでしょう」、「いや、そんなことないよ、ドアが痛まないように静かに閉めていっただけさ」といった具合です。

これはもちろんウソなわけですが、ウソをつかれた女性が男性をうっとうしいと思うかといえばそうではなく、奥ゆかしくて男気のある、そしてユーモアのある男性だと思い、より好きになったりするわけです。

が、実際にはパチンコに出掛けるのをとがめられるのが嫌で、そっと出かけていったのにすぎなかったりもします。

このほかにも、大多数の人は、ある程度の言い訳や責任転嫁などの嘘は無意識的、日常的に行っています。なので、一応、この程度のウソならば精神医学的に言えば「正常」の範囲内です。

が、その範囲を超えて、あえて積極的にウソをつき、相手を笑わせるというのは、ジョークの範疇に入ってきます。聞き手や読み手を笑わせたり、ユーモアを感じさせる小咄などのことであり、日本語では冗句と当て字されることもあります。

「悪ふざけ」と違うのは、これはある程度悪意を持って相手にしかけるものであり、道徳的に問題視されることも多いわけで、相手に好意をもって言うジョークとはおのずから性質が違います。

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ジョークにもいろいろあって、ユーモア、駄洒落、風刺などさまざまですが、その結果得られるのはやはり「笑い」です。

人を笑わせる、といことは楽しいもので、ジョークを仕掛けられた相手も楽しくなります。

では、なぜ楽しくなるのか。これは、笑いによって自律神経に刺激が与えられるからだ、と説明されているようです。自律神経は、交感神経系と副交感神経系の2つの神経系で構成されていて、交感神経というのは、「闘争と逃走の神経(Fight and Flight)」などとも呼ばれるように、激しい活動を行っている時に活性化します。

一方、副交感神経は、安静時に重要となる消化管の機能を司ったり、心拍数を減少させ、血圧を下げて皮膚と胃腸への血液を戻したり、といった役割があり、安らぎ・安心を感じた状態のときに優位で、副交感神経が優位な状態が続くとストレスが解消されます。

笑いによってこれら二つからなる自律神経に刺激が与えられると、交感神経と副交感神経のバランスの状態が代り、副交感神経が優位の状態になります。この結果、より安心できる、安らぎを感じる、といった状態になり、これが「楽しい」と感じられるわけです。

一方、怒りや恐怖を感じたときなどの異常な事態の時には交感神経が優位になります。したがってその状態が長く続くとストレスの原因になります。

また、笑うことで全身の内臓や筋肉を活性化させたり、エンドルフィンという神経伝達物質が血液中に大量に分泌されるそうです。

これはモルヒネ同様の作用を示す物質ということで、多幸感をもたらすと考えられており、そのため「脳内麻薬」とまで呼ばれます。麻薬、といわれるとついつい中毒になるのでは、と考えてしまいますが、確かに「笑い上戸」のことばもあるように、笑いにはそうしたところがあります。

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とはいえ、薬害のある本物の麻薬とは異なり、一般的には医学的にみても笑いは体に良いものだとされているようです。従って人々の笑いを誘うような巧妙なジョークは、社会的にも認められやすく、それゆえに、エイプリルフールが認められているのであり、このほかにも喜劇や、落語、漫才、コントといったものが職業として成立するわけです。

彼等にしてみれば年から年中がエイプリルフールのようなものであり、いかに多数の笑いを取るか、ということが命題です。日本では、1980年代に前半に「漫才ブーム」が起こり、多数のお笑い芸人さんが生まれました。

この漫才ブームに火をつけたテレビ番組は「花王名人劇場」(関西テレビ)・「THE MANZAI」(フジテレビ)などだといわれており、その後「お笑いスター誕生!!」といったお笑い界のホープを探し出す番組などが増え、さらにはお笑い界のチャンピオンを決める、「M-1グランプリ」といった番組が次々とできて、人気を博しました。

この1980年代初頭のブームを第一次お笑いブームとするならば、その後、第二、第三のブームが続いており、現在はその4番目か5番目かのブームとされるようです。

こうした数々のブームの中からは、その後バラエティなどでも活躍する大物タレントが多数輩出され、さらにお笑い界は、演劇界とも結びついて、俳優女優として活躍する芸人も多数でるようになりました。

映画監督としても有名になったビートたけしさんや、とんねるず、タモリ、明石家さんま、片岡鶴太郎、山田邦子などなどと枚挙のいとまがありませんが、彼らに憧れて、お笑いの世界に入る若者も後を絶たず、大学を卒業してまっしぐらに吉本興業の門をたたく人もいるようです。

漫才ブームが後世に残した影響は計り知れないといえ、まさにお笑い恐るべしです。私自身は、あまりお笑い番組は見ないほうなのですが、お付き合いでごくたまに見ることもあり、そうした場合はやはり笑ってしまい、楽しい気分になれます。

が、夢中になってそうした番組ばかり見たくなるか、といえばそうでもなく、ましてや自分で漫談やコントをやってみようとは思いません。

強いて言えば落語なら少しやってみたいかな、という気もしますが、何にせよ、人から笑いを取るというのは、なかなか容易なことではなく、一朝一夕にその技術は実に付きません。

「笑い三年泣き三月」というのは、義太夫節の稽古で、笑い方のほうが泣き方よりずっと難しい、とされたことから生まれたことわざですが、芸事の世界では、笑わせるのも泣かせるのと同じくらい難しいようです。

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こうした漫才や落語は、玄人の域に達したものは社会的にも「芸術」とみなされるほど高尚なものでもあります。先日亡くなった三代目桂米朝さんは、1996年(平成8年)に落語界から2人目の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、さらに2009年(平成21年)には演芸界初の文化勲章を受章しています。

また、漫才も古くは「萬歳」と呼ばれた古典芸能であり、加賀、越前、三河、尾張などに伝わる各萬歳は、国の指定重要無形民俗文化財に指定されているものです。

こうした笑いの「源流」を辿ってみると、一番古いのは、「古事記」に記されている、アマテラスオオミカミの岩戸隠れのエピソードが、日本で最古の笑いだといわれます。

太陽の神アマテラスオオミカミが、弟スサノオノミコトの乱暴狼藉に腹を立て、岩の洞窟である天岩戸(あまのいわと)に閉じこもってしまい、そのため世界が真っ暗になり災いが起こりました。

そこで神々はアマテラスオオミカミをおびき出す為に岩戸の外で大宴会を行い、女神アメノウズメは着衣を脱いで全裸でこっけいな踊りを披露したところ、これを見て八百万の神々が一斉に大笑いした、という例のはなしです。

その笑い声が気になったアマテラスオオミカミが、岩戸を少しだけ開けて様子をうかがった所、神々の連携プレーで外に連れ出され、再び世界に光が戻った、めでたしめでたし、というわけです。この神々を笑わせた芸能の女神アメノウズメは日本最古の踊り子と言え、また最古の芸能人ということもいえます。

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このように、古代社会においては「芸能」というものは、神や支配者を楽しませるもの、奉納するものとしての要素があったわけで、「竹取物語」、「今昔物語」などにも、こうした、おかしみのある話が多数納められています。

その後、これらは物真似や軽業・曲芸、奇術、幻術、人形まわし、踊りなど、娯楽的要素の濃い芸能として発達していきましたが、それらの中から出てきたものが、能や歌舞伎、人形浄瑠璃(文楽)といったものです。

江戸時代までには、武士の世界で、面白い話を主人などにする「御伽衆」なる職業が成立し、こうした話芸に秀でた人々がまとめた講釈話が庶民に広がり、講談や落語の源流となったと言われています。

滑稽な話を集めた「笑話集」的なものも多数発刊されるようになり、「醒睡笑(せいすいしょう)」「昨日は今日の物語」「浮世風呂」などがヒットしましたが、後世で最も有名なのは十返舎一九の「東海道中膝栗毛」などでしょう。

「エレキテル」で有名な平賀源内も、「笑府」というお笑い本の抄訳「刪笑府」を出版しているぐらいで、そのほかいわゆる「小咄(こばなし)」といわれるようなショートショートコントの原案も、元はこうした和漢の笑話本の翻案に由来しているものが多いとされています。

また、江戸時代初期にはじまって盛んになった「滑稽噺」は、上方では「軽口噺」とも呼ばれ、特に「落ち」が特徴的だったので江戸中期には「落し噺」と呼ばれるようになりました。明治に入って「おとしばなし」を「落語」と書くようになり、明治中期以降はこれを「らくご」と呼ぶようになりました。

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このように、日本における「笑い」は、芸能と結びついて独特の文化の源流となってきましたが、世界的にみると、こうした笑いを「芸術」にまで昇華させたものというのはほとんど例をみません。

「喜劇」はあるいは日本の「狂言」に近いものかもしれませんが、各国でこれを独自の文化としたものは少なく、フランスやイギリスで「スケッチ・コメディー」と呼ばれる笑いを題材にした寸劇が流行した時期があったぐらいです。

演劇のジャンルのひとつであり、19世紀の中ごろからイギリスで発達した文化ですが、そもそも本劇の合間に、酒を飲んだ観客が囃し立て劇場内を盛り上げるためのようなものだったようです。

ところが、その後酒を販売することを禁止する「劇場法」というものが制定されたため劇場では演じることができなくなり、ミュージックホールのような大衆酒場も兼ねたところで、演じられるようになりました。

が、師匠が弟子をとってその技術を伝承していくような類のものではないようであり、ましてや国が認定して賞を与えるようなものではなく、どちらかといえば大道人芸に近いものだったようです。

このほか、「笑劇」というのがあり、これも「道化芝居」ともいわれるもので、観客を楽しませることを目的とした、演劇または喜劇の1形態ではあります。が、これはヴォードヴィルと並んで最も低級なものとされています。

ヴォードヴィル(vaudeville)は、日本語ではボードビルともいい、これは、17世紀末にパリの大市に出現した演劇形式です。その後アメリカにも伝わり、舞台での踊り、歌、手品、漫才などのショー・ビジネスを指すことばとなりましたが、本場フランスと区別するために、「アメリカン・ヴォードビル」と呼ばれるようになりました。

イギリスでは、これがミュージック・ホールで演じられ、上述のように「笑劇」と称されました。イギリス英語では“farce(ファース)”がこれに該当します。

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このヴォードヴィルやファースは、実はその後の映画界において重要な役割を持つようになりました。

発明王として有名な、トーマス・エジソンは動画撮影機「キネトグラフ」を発明した、といわれていますが、これは実は部下のウィリアム・ディックソンの発明です。

しかし、自らはこの映画のプロデューサーとして活躍し、1893年には、自分の研究所の敷地内にアメリカ初の映画スタジオ「ブラック・マリア」を設立し、キネトスコープ用の白黒フィルムを制作しはじめました。そして1901年にはマンハッタンに、1907年にはブロンクスに新しい映画スタジオを開き、約1200本のフィルムを制作しています。

ヴォードヴィルやファースの演芸場は、もともとはこうした映画を観客に見せるための前座でしたが、エジソンは、自らが製作した映画の題材のいくつかにヴォードヴィルの見せ物を取り上げています。

その後、映画はエジソン以外の企業家によっても造られるようになり、その中でもヴォードヴィルは、映画の主題として扱われるようになりました。そして、初期サイレント映画の中でもとくにもてはやされるようになっていきます。

このサイレント映画は、映画の歴史の中で重要な位置を占めており、その理由はチャーリー・チャップリンやバスター・キートン、ローレル&ハーディ、マルクス兄弟、ジミー・デュランテといった、その後の映画界を代表する役者たちを登場させたからです。

こうした1910年代から20年代のサイレント・コメディの有名なスターたちは、ヴォードヴィルやミュージック・ホールに出演したのちに映画産業に入りました。

観客を笑わせること及び観客の笑いを引き出すことを主目的としたこうした喜劇映画の中でも、特に体を張ったコメディ映画のことスラップスティック・サイレント・コメディといい、日本では「ドタバタ喜劇」と訳されるこれらの映画は、次々に大ヒットしました。

そして彼らはヴォードヴィルの伝統をトーキーの時代になっても続けていきましたが、その後あまりにも映画という産業がビックになったため、ヴォードヴィルそのものに出演する役者はいなくなり、結果的には映画がその形態を衰滅させる、という皮肉な結果になりました。

このように、欧米における「笑い」を題材とする産業の発達は、日本とは全くといっていいほど違う発展を遂げてきたわけです。

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この映画は今や日本にも浸透し、数々の喜劇映画なども作られていますが、同じ大衆演芸の笑いを源流とする能や歌舞伎と違って、どこか軽薄な感じがするのは、その歴史が浅いからでしょう。

スケッチ・コメディーの発祥から160年ほど、またエジソンらのキネトグラフの発明からは120年ほどしか経っておらず、日本の能や狂言の起源といわれる、散楽や猿学は既に平安時代からあるといわれています。だとすると、1000年以上のお笑いの歴史があることになります。

ヨーロッパでも昔は古代の日本のような原始的な大衆芸能があり、その中で扱われたお笑いがあったはずなのですが、それが日本のように芸能として育まれなかったのは、やはり多数の国が隣接し、戦争と併合・分離を繰り返すことで、ひとつの文化として育てることができなかった、ということが挙げられるでしょう。

一方、中国やインドといったアジア諸国も、ヨーロッパほどではないにせよ、やはり隣国と接する機会が多く、ヨーロッパと同じく独自の芸能文化が育まれにくかったでしょう。もっとも中国には京劇といった伝統芸能があるようですが、これも発祥はせいぜい18世紀のころのようです。

日本は島国であり、一つの文化が他国の文化と交わることもなく独自化し、またその中で枝分かれして成長し熟成する時間が長かっただけ、その内容が濃くなったということは当然といえるでしょう。

しかし、現在のように欧米はもとより、仲の悪い中国や韓国との関係もそれなりに保っている中で、従来のような独自文化がそのまま維持されるとは限らず、時間を経て変わっていく可能性は大です。

例えば、歌舞伎にすれば、「スーパー歌舞伎」に代表されるように、より現代人には馴染みやすく、また外国人にも楽しめるようなものに変わってきており、変化することで進化する、ということを実践しているように思われます。

落語や漫才もしかりであり、最近は英訳されたものがあちらの人には結構受けたりするだけでなく、欧米人で落語家をめざす人なども出てきているようで、いまや伝統的な日本のお笑いもグローバル化しつつある時代といえるようです。

世界中が日本の文化で笑う、という時代もくるかもしれず、そうだとすると我々の責任は重大です。世界を笑いのるつぼの中に落とし込むことは、平和にもつながるからです。

冒頭で、笑いは医学的にみて色々なメリットがあることを書きましたが、このほかにも笑いには免疫系の「NK細胞」の活性を高めるなどの健康増進作用があると言われており、日本のお笑いは医学にも貢献しそうです。

このNK細胞というのは、癌を抑える効果があるとされる細胞で、「ナチュラルキラー細胞」とも呼ばれ、ガンの予防と治療の効果があるとされるものです。

上でも笑うと自律神経のうちの副交換神経が交感神経が活発になりと書きましたが、この二つの神経の頻繁な切り替えが起こると、その脳への刺激により、免疫機能を活性化するホルモンが全身に分泌されます。

このホルモンのことを、「神経ペプチド」といいますが、NK細胞はこの神経ペプチドを受け取ることによって活性化されるのです。

つまり、笑いは癌をやっつけてくれる、というわけで、癌撲滅のためのひとつの手段にもなりうる可能性を秘めているわけです。このほか、笑いは糖尿病の治療にも有効との研究もあるようです。

さすれば、全国にある癌の研究センターなどでも「お笑い研究室」なるものを作って研究をスタートさせればいいのでは、と私などは思うのですが、今のところその動きはなさそうです。

今日4月1日にそうした研究所ができた、とするウソが出回れば面白いのに、と思ったりもするのですが、どこかの新聞社かテレビ局がこのブログを読まないでしょうか。

そんなかんなで、もう4月です。一年の4分の1が過ぎたことに唖然としている人も多いと思いますが、私も同じです。

今年の初めに計画立てたことを現実にしようと思えば、まだまだ頑張らなくてはならず、とても笑ってばかりはいられません。

が、そんな中でもスマイル、スマイル、と毎日を過ごしましょう。笑う門には福来るといいます。しかし、「笑い三年泣き三月」のことわざにもあるように、実は笑うというものは意外にも難しいものです。

福を呼び寄せるためにも、今年はぜひいつでもどこでも笑える技術を身に着けることにしましょう。

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