決断!

大見川沿いの高台の別荘地 眺めはよかったのだけれども・・・

N社さんのMさんのご案内で、修善寺のいくつかの物件を見てから、4日後。朝から良い天気で、どうやら梅雨が明けたような雰囲気。この日は、再度Mさんのご案内でいくつかの物件を見ることにしていました。先日の修善寺視察から自宅へ帰り、再度N社さん扱いの案件や他の物件を探してみましたが、いくつか気になる物件があったので、現地で確認しようということになったのです。

実は、先だっての修善寺行きから帰ったあと、タエさんの心境に大きな変化がありました。現場をみたときには、あまりピンとこなかった例の保養所が、自宅へ帰ってから良く考えると、なかなか良い物件に思えてきたというのです。大量の書籍や他の荷物が多い我々にとって、保養所物件の広さは申し分ないし、建物自体も新しく、敷地面積も十二分の広さ。加えて伊豆の「へそ」ともいえる修善寺の中心部から車で10分程度の距離にあり、別荘地内にはバスも通っていて、仮にここで歳をとったとしても、あまり不自由を感ぜずに暮らしていけそう、というわけです。無論、この変化は私にとっても大歓迎。

しかし、決断を下すには、もう一度案件の細部を見る必要があり、その際、他の物件も見せてもらって、比較した上で決めよう、ということになったのです。

その日、Nさんと待ち合わせたのは、保養所から更に東の山奥に近いところにある物件で、「伊豆パールタウン」という名前の別荘地です。別荘地内はよく手入れされており、道幅も広く、林間に立ち並ぶ数々の別荘地はみんな比較的新しいように見受けられました。希望して案内してもらった物件もかなり新しく、築後10数年ということでした。間取りはやや少ないものの、日当たりもよく、温泉もついていて住みやすそうな雰囲気。敷地は平地で、かなり広い庭があるため、建増しも可能と見受けられました。しかし、残念ながら保養所のようにべた基礎ではなく、布基礎。また、林間にあって静かな立地ではあるけれども、とくに富士山が見えるわけでもなく、自分達がどこに住んでいるのかさえもわからなくなってしまいそうな雰囲気。

心には響く物件ではあるのだけれども、保養所と比べると、今一つだなぁというかんじ。この物件のほかにも、同じ敷地内の物件を外部から見せてもらいましたが、やはりピンと来ません。別荘地そのものの雰囲気は悪くないのですが、いかんせん、修善寺の中心地からかなり離れたところにあり、買い物なども便利が悪そうです。

その日は、このあと、もうひとつ近くの物件を見せてもらいました。それは、N社さんのHPをみつけたとき、最初に目をつけた物件のすぐ隣にあった物件。最初に目をつけた物件は、もうすでに買い手がついていたのですが、前回、Mさんに案内していただいたときに、参考までに案内してもらいました。そのとき、そのすぐ隣にも別の物件があり、もうすぐ売り出るという話を聞いていました。それがこの物件。

修善寺の東側へおよそ車で15分ほど行った場所の高台にあり、狩野川の支流の大見川という川沿いにあります。急な斜面の上に建てられたその物件からは、この大見川沿いの平野とその斜面に建っている数々の別荘地を望むことができ、富士山こそは見えませんが、なかなかの開放感がありました。

しかし、先ほどの物件ほど新しくもなく、またやはり利便性はいまひとつ。最終的な決断を下すとして、やはり交通が良く、買い物、食事処などの施設が近くにあるということは大きなポイントになります。今はまだ若いけれども、歳を重ねるにつけ、こうした山の斜面にある住宅に住まうというのは苦になっていくに違いありません。最終的な住まいを決めるとき、建物や土地そのものの魅力よりも、やはりその周辺の環境というものは大事になってくるだろう、とこのとき思いました。

そして・・・その日最後に見せてもらうことになっていたのがあの保養所。保養所に到着し、早速中を見せてもらおうと思ったそのとき、Mさんが、「中を見る前に、修善寺の町の主だったところをご覧になってみてはどうですか?私の車で案内しましょう」、とおっしゃいます。たしかに、まだ修善寺の町はじっくり見ていなかったし、「周辺の環境」という要素が大事なことを先ほどの物件をみたときにちょうど感じていたので、渡りに船ということでお申し出を受けることにしました。保養所のある山の上からふもとへ下り、病院や市役所、警察署、主だったスーパーなどをざっと見せてもらいましたが、実感として、ここはかなり便利だ・・・と思いました。

修善寺のすぐ隣には大仁(おおひと)という町がありますが、伊豆半島では沼津や三島に次いで大きな町。昔、金山があり、今は廃坑になっていますが、そのために栄えた町のようです。ここには、アピタという大きなショッピングセンターや、ホームセンター、本屋のほか、ユニクロやブックオフといったメジャーな施設が集積しており、保養所のある山を下れば、どれにも十数分で行けます。

別荘地内には、一日の本数は少ないけれども修善寺駅までバスが通っており、いつもは自家用車を使う我々ですが、電車を使って遠出をするときなどには便利に違いありません。

ひととおりの周辺環境を見せてもらったあと、ようやく保養所へ戻り、家の中へ。その日ももう5時を回っていましたが、梅雨が明けたらしく、外はまだかなり明るく、保養所の中も電気をつけなくても十分にあちこちを見ることができます。

前回チェックできなかった細部を確認し、庭にも出て、雰囲気を味わいます。今日は富士山は見えませんでしたが、遠くに見える伊豆の山々の緑と空をゆく雲の白さが目に沁みるようです。目をすぐ下に向けると、この別荘地の家々が見渡せるのですが、すぐ真下にある老人保養施設のかまぼこ型の屋根が周囲と少しミスマッチングな感じ。しかし、それを除けばなかなかの開放感があります。玄関先の庭にはかなり草が生えていますが、一面の芝生になっており、草をきれいに刈ったら気持ちよさそう。ここにテーブルと椅子を置いて、お茶を飲みながら富士山が見えれば最高です。

そして・・・我々二人が下した決断は・・・ここを買おう!でした。一階のリビングで、その旨をMさんに伝え、具体的にどういう手順で購入するか、について相談したところ、まずは地元の銀行を紹介してくださるとのこと。よく知っている銀行マンに連絡をしておくから、後日彼と電話ででもよく相談してみてくださいとのことでした。

時刻はもう6時を回っていました。少し回りが肌寒く感じるくらいの気温となり、そろそろ、東京へ帰らなければならない時刻です。Mさんにお礼を言い、保養所を後にし、帰京の途へ。長かった家探しの旅もようやく終わりを告げようとしています。しかし、まだローンの設定やリフォームなど数々の問題が。しかし、そういう問題もきっとクリアー出来るに違いないという確信が二人にはありました。その日の帰宅は10時過ぎ。疲れてはいましたが、長い旅を終えてようやく安息の日々を迎えることができる、という充足感でいっぱい。お祝いと称して、少しお酒も飲んで、その日の夜の眠りはいつになく深いものになりました・・・

恋におちるということ

河口湖にて

久々にスピリチュアルをテーマにしてみたいと思います。最近読んだ中に「スピリチュアル・ヒーリング2」という本があります。筆者はベティ・シャイン(Betty Shine)さんで、イギリス人。表紙裏のプロフィール紹介によると、「幼いころから透視や予知能力などの超能力を発揮する。さまざまな超常現象を体験し、「心のエネルギー」によって人を癒す力を身につけ、オペラ歌手からヒーラーに転身」とあります。

イギリスでは有名な方のようで、テレビなどにも出演されていたようですが、残念ながら2002年に亡くなっています。この本は、最後に執筆された本ということで、遺作になるようです。

その中身は、人と霊、すなわち、生きている人と亡くなってしまった人それぞれの心のエネルギーについてのさまざまなエピソードが、彼女の心霊治療を通じて書かれています。すべて紹介することはできませんが、その中でも本題でもある「恋におちること」では、恋におちるということは、スピリチュアル的にみるとどういうことかということが書いてあります。

最近、若い方から恋の悩みの相談を受けたことがありますが、なかなか思うような方向に恋愛が進んでいかない方も多いかと思います。こういう方々は、ベティさんによるスピリチュアル的な観点からの恋愛論を垣間見てみると大いに参考になるのではないでしょうか。いつものように引用したいと思いますが、ただ、訳者による邦訳文は、原文を忠実に翻訳してあるためか、少々わかりにくい部分がありますし、著作権の問題もありますので、以下は重要な部分を抜粋し、私的な解釈も加えて書きなおしたものです。少々長くなりましたが、ご一読ください。




恋におちるということ(原文は恋におちること)

恋におちるということは、すべての人にある「心の波」の中でも、最もわくわくさせるものの一つでしょう。一目惚れによって胸がわくわくするのは、この人は前世で知っていた人だということが分かったからで、その発見は脳の働きを大きく変えます。

お互いに一目惚れで恋に落ちた恋人達は、本人達は意識していないかもしれませんが、二つの心を融合させて一つにしたいという、共通の考えと欲求を持っています。

しかし、この欲求が問題なのです。恋に落ちてしまった瞬間から、妻、夫、子供、家族、友人、これらはみなわきへ押しやられる ──存在することをやめてしまうのです。常識や他人への忠誠はもはや何の意味も持たず、自分達の世界しか見えなくなる・・・

もし、二人が自由に恋をする立場にあるなら、その恋は自然に育っていく場合もあるでしょう。しかし、いつも事がそう簡単にいくとは限りません。

狂ったように相手を縛りつける恋は多いものです。同じ職場で出会ったある若い二人は、会った瞬間から、「一目惚れ」で激しい恋に落ちました。しかし、その後1年間もの間、いつもお互いのためだけに生きていたため、仕事がおろそかになりました。二人は二人をとりまく全世界を完全に黙殺しました。そのあげく、男性は職を失い、女性は両親と疎遠になってしまいました。二人は完全に自制心を失ってしまったのです。

その後、女性の両親の援助もあり、男性は新しい仕事をみつけることができましたが、他の女性と一緒に仕事をすることを彼女が嫉妬したために、しまいには二人の関係はダメになってしまいました。

「一目惚れ」で多くの場合問題になるのは、片一方だけが熱が冷めた場合、もう一方は執着し、憎しみをもち、両者が悪夢のような状態に追い込まれるという点です。

一目惚れなどしたこともなく、これからの人生においてもそういうことはけっして起こらない。自分には分別があり、我を忘れるような恋愛はけっしてしないつもりだと思っている人も多いでしょう。しかし、そういう人でも、ひとたびそういう状況に陥ったら、ほかの人と同じように周囲が見えない状態になるのです。

二人が相思相愛だった場合、その恋は同じ振動をもつ心と心のエネルギーの融合といえます。すべては振動であり、二つのものが一つになると、短所や長所、とりわけ二人の欲求は倍加します。同じ感じ方をする人とたまたま出会い(実はたまたまではなく、必然だったりするのですが・・・)、その人の心の波の振動の仕方が自分のものと一致するなら、相手に話しかけられたり触れたりしなくても融合は生じます。双方とも自分らしさを失っていないつもりでいても、関係が続いているあいだは一体化して一人の人になったかのようになります。いつも相手の人と一緒にいたいという気持ちが頭から離れなくなるのです。

以前は自分にとって大事だった人のことさえ忘れてしまうのはこのときです。

こういう愛は一種の病気です。それによってへとへとになるのですが、容易に断ち切ることができなくなるのです。実際のところ、やめようという気にはまったくならず、むしろ外の人間を排除するような利己的な関係にエスカレートしていきます。それは麻薬のようなもので、そうであればそうであるほど美味なのです。




ところで、恋を持続させるためにはもうひとつ別の重要な要素があります。それは、ロマンス(恋愛感情)です。ほとんどの女性はどんな代価を払っても真の恋愛関係を得たいと思うでしょう。ただし、その際、セックスの問題は別です。それは恋愛のほんの一部でしかありません。

恋愛の最初の段階ではセックスは重要な意味をもつかもしれません。しかし、その恋が長びけば長びくほどセックスは重要ではなくなっていきます。もし二人のうちのどちらかが、あるいは二人ともが豊かな人生経験を持っていれば、二人の関係を持続させる要素の90%はロマンス(恋愛感情)であることを二人ともやがて知るでしょう。恋愛感情がなくなれば、二人の関係はおしまいです。恋愛感情は本物でなくてはなりません。本物でない場合、相手には本能的にそれがわかるのです。

大多数の人は恋愛感情が二人の関係を続ける上で欠かせないものであるということを知りません。どんな人でも、その人生において恋に陥る用意ができている時期があり、相手と心の波の振動が合いさえすれば、順調に?恋愛関係は発展していきます。しかし、最初は心の振動が融合したとしても、お互いの恋愛感情を維持できなくなってしまった場合、この上なく幸運か自分を欺くかしない限り、関係を続けることも結婚にこぎつけることもできなくなってしまうのです。

恋愛感情を持ち続け、ふたりが幸せになるためには、利己的ではない愛にまで高め、相手に縛りつけられることなく、相手と溶け合っている自分の心の一部を自由にすることが必要です。自分自身の独立と思考を失わないでいられれば、周囲の人々を傷つけることなく、その恋は深い愛に変わっていく可能性が高いのです。

さて、本論の心のエネルギーの問題に戻りましょう。人によっては一生のうちに一目惚れなど全くしない人もいることでしょう。こういう人がラッキーなのか、不幸なのかという議論は脇に置いておくとして、たまたま?一目惚れをしてしまった人は、その恋を決して忘れず、肉体的にも精神的にも最もひどい傷を負っても、悔やむことはめったにありません。

心と心が深く融合すると、決して切れることのない心のエネルギーのつながりができるからです。結局は分かれることになっても、相手のことを思い浮かべるだけで記憶がよみがえり、つらい出来事などなかったように思え、恋の始まりの時点に戻ったような新鮮な気持ちが蘇ります。

ただ、二人の関係が良かった時の思い出しかなければ、別れは耐えがたいものになるでしょう。一方では、悪かった時の思い出が多ければ、それを思い出すことで別れに耐えることができるという側面もあります。

しかし、いずれにしてもその恋を決して忘れず、ひどい傷を負っても多くの場合その恋を悔やむことはないのです。

心と心の融合によって激しさを増したエネルギーは、犯罪さえ引き起こします。二人の人の心が融合したあと、一方が逃げ出したいと思ったとしましょう。それは、このまま一緒にいては自分というものがなくなってしまうという怖れからくるもので、自己保存の本能のためであるかもしれません。また、相手の心と自分の心が一体になるあまりに、すべてがわかってしまい、新鮮さがなくなってしまうためかもしれません。

この時、相手の捨てられそうになっている人は、逆にその恋から離れられなくなっている場合があります。相手の心と融合したままでいたいという激しい気持ちは、かなり強い麻薬を常時注射してもらわないといけないという状態に似ています。麻薬が与えられないと一時的に狂乱状態におちいり、こういう状態のもとで人を傷つけたり、極端な場合、殺人にまで至ったりするのです。殺人まで犯す人はふつう、魂が体から抜け出す体脱状態にあり、何も覚えていないといいます。そこまで魂が極限の状態に追い込まれているのです。

それでは、相手から離れられなくなったとき、それを断ち切る方法はあるのでしょうか。

ただ一つの方法は、相手に会わないようにすることです。それによって心のつながりは少しづづゆるくなっていきます。何年か相手に会わないと、心のつながりはさらに弱まります。ただ、弱まるだけで、決して消滅することはありません。相手に残された、あるいは自分に残った心のエネルギーを消し去ることはできないのです。それはいつまでもあなたとともにあります。あなたにできるのは、ニ度と会わないことによって相手の拘束力を弱めることです。転居することが不可能ならば、二度と会わないよう決心しなければなりません。

ある妻子のある男性が職場の同僚の女性と恋に陥りました。男性は妻を愛していて裏切るつもりはありませんでしたが、その女性と別れることはできませんでした。男性と女性は逢瀬を続け、ついには妻が怪しみだしました。男性は家庭を失うことがとてもこわかったので、今後絶対にその女性と会うまいと心に決めました。腹を決め、それで一件が落着したかに見えました。

しかし、あいにく相手の女性は違う考え方を持っていました。女性はこの麻薬のような関係から離れられなくなっており、関係を終わらせたいとは思わなかったのです。男性は追い回され、ついには姿を隠さざるを得ないようになりました。

言うまでもなく、二人の関係は妻に見破られ、二人は一緒に住んではいても以前のような関係ではいられなくなりました。

──よくある不倫の話です。

もし、男性がすべてを失う前の恋愛の早い段階で、逢瀬を続けることを断ち切っていれば、男性と妻子の幸せな家庭は続いていたかもしれません。しかし、男性にはそれがどうしてもできなかったのです・・・

恋におちるということに関しては、だれが悪いとか悪くないとかいう議論はあてはまりません。誰もが被害者なのです。どんな人もこれについて反論することはできないでしょう。心と心のエネルギーがぶつかって融合するということは、ごく単純なプロセスです。それは一瞬にして起き、またどんな人にでも、どういう年齢であれ起こります。たとえ70代の人で、自分にはそんなことは起こらないと思っていても、どうなるかわからないのです。

しかし、恋愛の形はすべて同じというわけではなく、年齢を重ねた人の恋愛よりも、10代、20代の若い人達の恋愛のほうがより利己的です。若い人の恋愛は育っていくのに時間がかかることも多いものですが、自分達が愛し合っているということがついに分かりはじめると、二人はお互いのためだけに生きていこうと思うようになります。その結果として家族や友達や仕事はみなほったらかしになっていく・・・

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途中ですが、ここまでが、ベティさんの「恋におちること」の部分を記述を私なりに解釈した改訳文です。原文では、このあと、「若い人の愛」「無私の愛」「憎しみ」と続きます。いずれも面白い、といってはなんですが、ためになる内容なので、また日を改めてご紹介しましょう。

ただ、最後にもうひとつ、私の解釈を加えたいと思います。それは、人と人が出会って恋に落ちるということは、やはり必然であり、その恋の行方がハッピーエンドであろうが、悲惨な結末を迎えるものであろうが、当人達にとっては大きな学びの場であるはずだ、ということです。もちろん、周囲の人達も巻き込んでの大騒動になることだってあるでしょうが、そのまわりの人達も本人達の恋愛を通じて、何かを学んでいくのでしょう。それもまた必然なのだと思います。




欠陥住宅!

基礎と束柱の間に楔が・・・!

保養所は、なかなかのものでした。しかし、我々二人にとっては、次に見せてもらう物件こそが、その日のメインイベント。Mさんの長いおしゃべり(家にまつわる色々なお話が中心なのだが、大半はぜんぜん関係のないおしゃべり)を聞きながら、家のあちこちを見せてもらい、この物件のよさもわかったけれども、心はもう既に、次の物件へ。ながいながい・・・おはなし・・・は、これはこれで色々ためになる内容も多かったのですが、少々ここに長居しすぎた感じもあるので、ここはもういいから、次に行きましょうと促したところ、ようやくMさんも思い腰を上げてくれました。

そしていよいよ、心ときめかせながら、次の物件へ・・・ その物件は、S別荘地の中でも最も東寄りにある立地で、その先は崖。つまり、そこからは眺望がきくらしく、狩野川と富士山が見えるということでした。HPで見る限りは建物のコンディションもよさそうで、広さといい間取りといい、なかなかよさそう、という印象。

車を降り、早速敷地内へ。駐車場からは十数段の石の階段を上ってさらに高所へ。そこから先はゆるやかに傾斜した土地で、その傾斜地の一番高いところに物件は建っていました。まず、物件の「売り」である眺望を確認すべく、東側の庭先へ。そして、そこから先には、確かに狩野川が見える・・・ただ、手前にブッシュがあってやや眺望を損ねているほか、北に見えるはずの富士山もみえんじゃないか・・・どうも庭先からの眺めはさほどでもなさそうだな・・・

そして建物の外観をチェック。すると・・・まず目にとまったのは、外壁の傷み。とくに軒板や破風の傷みがひどく、あちこちで腐って朽ちてる。一箇所だけかな、と思って建物を一周すると、やはり同様の傷みがあちこちにみられ、外回りのおおがかりな補修と塗装が必要そうでした。

外壁の治しだけでも結構おかねがかかるな・・・と思いつつ、気を取り直して、玄関から中へ。玄関回りにはかなり大きな松の木があり、ほかにも雑木がかなり密生い茂っていて、これらの伐採も必要なかんじ。さらに・・・玄関から中へ入ると、少しカビ臭いにおいが・・・うーん?これは??

家の中の造りはなかなかしゃれていて、けっして私の好みではないけれども調度品などにもお金がかかっているご様子。聞くと、東北かどこかの鉄道会社の社長さんが持ち主だそうで、その社長さんが使っていたと思われる書斎もありました。そこからは狩野川が良く見えるが、あいかわらず富士山が見えないのが気になる。

あちこち見せてもらい、なるほどバブルのころにお金持ちが建てた家、というのはわかったのだけれども、何か、どこか様子が変で腑に落ちないところが・・・

ひとつには、長いこと放置されていて、掃除が行き届いていない、というところ。これはまあしょうがないことでしょうが、それ以外にも何かある・・・

・・・と、しばらくあちこち歩き回っているうちに、ようやくどこが変なのかがわかりました。

遊園地なんかにあるミステリーハウスってわかりますか? 本当は自分より背の高い人が、隣りに立つと低く見えたり、天地が逆転しているように感じたり。要は人の平衡感覚を失わせるような仕掛けがしてある施設なのですが、そこに入ったような感じといったらわかるでしょうか。

そのミステリーハウスの仕掛けのひとつの中に、平たい床なのに傾いているように感じさせるというやつがあります。普通の部屋と思ったら、中へ足を踏み入れたとたん、おっとっととと、部屋の隅のほうに転がっていってしまうというあれです。

それと同じ感覚が一階のリビングにある・・・普通に立って歩いているのに、左右の足にかかる体重に差がある・・・

そこで、キッチンの床にある床下収納庫をあけ、そこから床下をのぞいてみることに。

この家は、平成になってから建てられた家。建築基準法改正前の家なので、基礎はべた基礎ではないだろう、と予測していましたが、予想に違わず、収納庫の下は素の土面のまま。そして・・・目を転じて、束柱とその下のコンクリート基礎の間に目を向けたところ、アッとびっくり!

基礎と柱の間に木製の「楔」のようなものが挟んであるではありませんか。そしてあちこちの、束柱をみると、どれもみんな、柱と床、あるいは柱と基礎の間にできた隙間を埋めるようにして、楔、あるいはスペーサー?のような材木が挟んである!

これは何を意味するのか・・・家を建てたときからこうなっていたのか、家が建ってからこうしたのか・・・どちらかはよくわかりません。が、いずれにせよ、この家が傾いているために、その傾きを修正するためにスペーサーを入れたとしか考えようがない。

おそらくは土地の地盤条件が悪く、土地全体が傾斜しているにもかかわらず十分な深さの基礎を造らなかったのでしょう。このため、家を建てている途中なのか、家を建てたあとなのかはわかりませんが、束柱と基礎や床との間にスペーサーを入れて家の傾きを修正しようとしたのに違いありません。

床下収納庫を元に戻し、あらためてリビングに帰って、近くにあったゴムボールを床に転がすと、ボールはみるみると庭のある東のほうに転がっていきます。

むむむ・・・これで売り主が500万円も値下げをした理由がわかりました。Mさんも、この家が傾いていたのまでは気がついていなかったようで、少々ばつが悪そうでしたが、こんなことを話てくれました。

それは、こういうふうに放置された別荘の「根っこ」が傷んでいるケースはときどきあるとのこと。しかし、立地条件や眺望に惹かれた人はこうした家でも買い、お金をかけてでも修繕して住むケースのほうがむしろ多いのだとか。

さらにMさんによれば、今のように全国的に地価がどんどん下がっている時には、土地そのものよりも家のほうに資産価値があり、どんなに傷んでいる家でも、新しく建てるよりも修繕して住むほうがお金も手間もかからない、と考える人も多い、とのこと。どんなに古い家でも修繕しさえすれば住める。今は土地よりも家のほうが価値がある・・・

なるほど・・・そういう考え方もあるか・・・とも思いました。しかし、実際に傾いている家を目の前にしながら、これを買おう、という気持ちにはどうしてもなれませんでした。

ここへ来るまでは、良い物件ならば、その日のうちに手付金でも払って手に入れよう!と意気込んでいたのですが、急激に風船がしぼむように、私の気持ちもしぼんでしまいました。

そのあと、同じ別荘地内のいくつかの物件を見せていただきましたが、結局はあまりぱっとしたものがなかったので、最後にもう一度、最初に見た保養所案件を拝見みせてもらうことに・・・

夕方5時を回っていましたが、その日はまだまだ明るく、保養所の2階の廊下には西日が入り込んで、むっとしています。しかし、東側に配置されたリビングやその他の部屋はひんやりとしていて涼しく、快適なかんじ。他の別荘のように、カビ臭い臭いなど一切ありません。

その理由の答えは・・・キッチンにありました。

さきほど見た家のように、家というものは、床上に問題はなくとも、床下に大きな問題を抱えていることが多いもの。その原因は、基礎の下の地盤の湿気を建物が吸ってしまうことです。

多くの場合、家の基礎の状態は、キッチンに備えてある床下収納庫をはずせば見ることができます。この家にも床下収納庫があり、これを外せば、床下が見れるはず。最初にこの家を訪問したとき、早速、キッチンへ行き、床下収納庫をはずして、おそるおそる下をのぞいたところ・・・ナント!この家の基礎も全面べた基礎になっていたのです!

べた基礎にする理由は無論、防湿効果を高めるためでもありますが、そのほかにも建物全体の耐震性能を高める効果や、建物の温度調節の効果もあります。床下を全面コンクリートにするため、コンクリートが防熱・防寒の蓄熱層の役割をしてくれるのです。つまり、床下に敷いた断熱材、ということです。べた基礎にした家は、夏は涼しく、冬は暖かいといいます。この家が涼しく、カビ臭くないのはどうやらそのためのようです。

このべた基礎といい、その広さといい、加えて富士山ビューもあるこの家は、私にとっては大きな魅力に映りましたが、しかし、マイナス点もありました。それは、家が北向き斜面に建っていることに加え、元保養所であったことから間取りが単調なこと。1階はまあよしとして、2階は同じような造りの部屋が一列に4つも並んでいて、しかもすべて和室。加えて・・・トイレが多すぎる!。保養所として使う以上、小部屋がたくさん必要だったのでしょうし、多数の人間の寝起きすることも考え、トイレを多めに造ったのだと考えられます。

それにしても、1階に男子用トイレと和式トイレがひとつづつ、ニ階にも男子用トイレがひとつと和式トイレがふたつ、それに洋式トイレがひとつ、合計6つものトイレがある。多すぎ!Mさんは、「トイレがたくさんあって、楽しくていいじゃないですか」とおっしゃいます・・・が、色々違うトイレを使っても、楽しいどころか、落ち着かんだけじゃないか。お酒はぬるめの燗がいい。トイレは二つもあればいい!

この家には他にも欠点がありました。それは、南側にある高さ7~8mのコンクリート製の擁壁。この土地は、もともと傾斜地にあるため、県の条例により一定の傾斜以上の土地には基礎として擁壁を立てること、という規制があります。このため北側にある隣家も多額の費用を投じて擁壁を造ったようです。しかし、その南側に住まう側としては、日照や視界を妨げることになり、これも大いに気になるところ。

しかし、そうした欠点を補っても余りある多くの長所から、私の目にはなかなかの物件と映りました。しかし、隣りにいるタエさんはというと・・・そういう欠点が目につくのかあんまり気のりではなさそうなご様子・・・

期待していた物件が空振りに終わり、その代わりに全く考えてもいなかったような別の物件が登場して、複雑な心境でしたが、その日も色々な物件を見て頭が飽和状態でもあり、朝早くからの伊豆行きで疲れも出て来ていました。まだまだおしゃべりがしたそうなMさんでしたが、そろそろ終わりにしたいと告げ、後日また、この物件も含めて再度この地を訪問し、色々案内していただきたい、とお願いしました。

修善寺へ

純和風建築の保養所・・・

伊豆高原から帰ってきて、一日じっくり休んだその翌日。息つく間もなく今度は、N社さんのご紹介の修善寺の物件を見るため、再び伊豆へ。

東京の多摩地方から伊豆へ向かうルートは大きくわけて二つ。一つは、多摩から南下して厚木へ出て、小田原厚木道路経由で伊東方面へ抜けるルート。もうひとつは、同じく厚木から東名高速道路に乗って、沼津インターチェンジで出てから南下するコースです。

熱海や伊東、伊豆高原といった東伊豆へ行くには前者のほうが便利。しかし、修善寺へ行くには、東名高速道路を経て行く方がよりスムースに現地に到着できます。高速料金がかかるのが癪ですが、今後、多摩と伊豆を行き来することも頻繁になれば東名を使う頻度も多かろう、とも思い、試すつもりで東名に乗ることに。

その日や水曜日。道はトラックでごった返していて、足柄インター付近まではかなり車の量。しかし、西へ向かうにつれ、かなり車の量も徐々に減って快適に。沼津ICで降り、国道1号線をしばらく走ったあと、通称、「下田街道」と呼ばれる国道136号線に入り、南下して修善寺へ向かうことにしました。

梅雨はまだ先のようだけれども、この日も良いお天気で、気温はおとといの伊豆高原以上にあるように思われました。じりじりと肌をさすような陽射しの中、両側に店舗が居並ぶ、136号を韮山、長岡、大仁と南下していく中、突然パーっと開けた視界。そこには・・・

名川として名高い「狩野川」がありました。修善寺あたりで、川幅が300mほどもあるでしょうか。ぎらぎら照りつける太陽の光線を跳ね返すように、こちらは「きらきら」ひかりながら、ゆるやかに流れており、二人とも思わず、「きれいなところだねー」。

実は、今回の伊豆行きにあたって、二人で決めていたことがありました。それは、先日N社さんから、近々500万円の値下げがある、と聞かされていた物件について。その決心とは、もし、現地でみてこれがかなり優良な物件ならば、今度こそ即決して決めよう!ということ。まだ見てもいない物件のくせして、捕らぬ狸のなんとやら・・・ なんと単純な夫婦なことか・・・

それにしてもHPで見る限り、その物件は申し分のない広さと、眺めの良さを持ち、敷地面積も十分。修善寺という立地は、伊東や伊豆高原などに比べると沼津や三島などの大きな町にも近く、加えて、修善寺駅まで、車で10分ほどという好立地という物件はなかなかないのでは。

これは、後で知ったことですが、修善寺という場所は、伊豆のほぼ中央と言える場所にあるためか、伊豆の各地の観光拠点として位置付けられており、伊豆箱根鉄道の終点駅でもあるこの修禅寺まで電車で来て、ここからバスに乗り換えて伊豆各地へ向かう、という観光客も多いそうで、文字通りの伊豆観光の中心地ともいえる場所。

修善寺の温泉街そのものもちょっとした観光地。ここはかつて弘法大師が開いた「修禅寺」というお寺の門前町として発展したそうで、このお寺では、鎌倉幕府を開いた源頼朝の長男、頼家が暗殺されたとのこと。何やら血なまぐさい感じでもする町なのでは・・・とも思ったけれど、実際に行ってみると、ひなびた温泉町、といった風情。車ニ台がなんとかすれ違えそうな狭い道路を挟み、居並ぶ温泉宿や食べ物屋さん、お土産物屋さんの数々。宿場の真ん中には、桂川という川きれいに整備された川が流れており、湯上りの川沿いの散歩も風情がありそう。

真昼なのでさすがに浴衣姿で歩いている人はいませんが、きっと夜になると浴衣を着た観光客で賑やかになるのでしょう。

めったに来ることもないので、昼食はできればここで済ませよう、と思ったけれども、狭い温泉街ゆえ、大きな駐車場はない様子。しぶしぶ、もと来た道を引き返し、狩野川沿いにある、うなぎ屋さんに入ることに。

狩野川では天然のうなぎも採れるそうですが、それよりも鮎が遡って来る川として有名で、その日もそのお店、凡道留(ぼんどーる)から見える狩野川には、長いつりざおを持った太公望があちらこちらに。河岸の緑とさわやかな流れと釣り人達のたたずまいは、ひとつの風景になっていて、とても気持ちが和むもの。出て来たうな重の味も格別で、これは、きっと今日は良いことがあるに違いない、と確信したムシャどのでした。

N社のMさんと待ち合わせたのは、駅から2~3km離れたところにあるS別荘地内にある、「かんぽの宿修善寺」。標高200mを越える高台に造成されたこの別荘地の中でも一番高いところに建っています。目標物件は、この別荘地のはずれにあるようでが、初めての場所なので、現地で待ち合わせをせず、知名度の高いこの宿で不動産者さんと待ち合わせることにしたのです。

待ち合わせ時刻になって、白いワゴンから降り立った人のよさそうなおじさん、Mさんは、少々小太りで、、髪を整髪料でなでつけ、オールバック。不動産屋らしく、ワイシャツにズボンでお見えでしたが、何故かサンダル履き・・・ 印象は悪くない人だけれども、サンダル履きとは・・・ ちょっとなー

しかし、あとで聞いた話では、Mさんは今、痛風を患っていらっしゃるとのこと。傷みで靴が履けないのだそうで、現地を案内する他のお客さんにも毎回律儀に説明するのだとか。我々にも、案内の前に申し訳なさそうに説明されておりましたっけか。

それは別として、それにしても・・・よくしゃべる人だな~ というのは私は無論、タエさんも同感。いったん口を開くと、こちらが聞いてもいないのに、不動産物件のことから、ぜーんぜん関係のないことまで、延々と講釈が続きます。

これも後でわかったのですが、このおしゃべりは、この人のサービス精神から来ているのだなということ。お相手に色々な情報をできるだけたくさん分けてさし上げるのが、サービスだというふうに思っていらっしゃる風。それはそれでよいことではある・・・よいことではあるのだが、それにしてもよくしゃべるなー。まあ、うんうんと聞いておけばいいんで、別に文句言うほどのことでもないし・・・と、何とか自分を納得させつつ、その日の賑やかな物件めぐりがはじまったのです。

その日の最大の関心事は、やはり前回お話した500万円の値下げがあるという物件。しかしその日は、「参考のため」に他の物件もみせていただく予定。そしてまず最初にNさんが最もお勧め・・・とおっしゃる物件を見せてもらう事にしました。

それは、最初の待ち合わせ場所の「かんぽの宿」からもほど近い高台にある物件で、沼津にある金属加工会社の「保養所」として使われていたもの。

その物件は、私もHPでも見ており、保養所らしく広々とした間取りは好印象。ただ、北向き斜面に建てられた家であることや、隣家とも間近いようなのが気になり、HPで見た写真もなんだかくすんだような色合。なので、「これはないな」と、あまり、というかぜんぜん期待していませんでした。

ところが・・・

Mさんに案内されて行き、実物をみたところ・・うん?・・・これは?・・・と意外な印象。確かに北向きに建っているのだけれども、なぜ北向きに建てたかについては、それなりの理由が・・・案内された保養所の庭に立ち、北の方角をみるとそこには、こんもりと繁った小さな森のように見える一角があります。

すると、Mさん曰く、「あの方向に一応富士山が見えるんですよ」。エッ!? 富士山?びっくりしたのも無理もありません。HPには富士山のことなど、これっぽっちも書いてなかったからです。

確かに、Mさんの指さす方向には森、というかちょうどその方向に背の高い木が一本立っていて、富士山など見えません。ところが、敷地の端へ移動し、再度さきほどの森がある北の方角を見ると・・・そこには、なんとまがうことなく白い雪渓をわずかに残した富士山が見えるではないですか!

ここから見える富士山は、山中湖や河口湖などの富士五湖から見える富士山と違い、その手前に低山があるため、四合目ぐらいから上しか見えません。しかし、沼津や三島の町中ではそれこそ、6、7合目から上の頂上付近しか見えないのに比べれば、ここからの富士山は十分に観賞に値するもの。不動産案件としても敷地内から富士山が見えるというのは、大きなポイントです。

建物に目を向けると、これはしっかりとした和風建築で、玄関回りの垂木と柱はまるで寺院のよう。入口だけをみると、どこかの料亭のような雰囲気でもある。

うーむ。これはあなどれないぞ・・・と思いつつ、早速、中に・・・まだたくさんの荷物が残っていましたが、まず驚いたのがそのリビングの広いこと広いこと。

資料をみると、リビングだけで24.5畳もあり、これ以外にも1、2階合わせて部屋が6つもある!すなわちナント6DK!

このほか、広々とした温泉付き浴室と脱衣所、トイレが6つもあり、ともかくその広さには圧倒されそう!

しかし、そうした富士山ビューや建物の広さ以上に私がうなったのは、リビングの隣りにある、キッチンをのぞいたとき。そこには・・・