清盛と時政 ~旧長岡町(伊豆の国市)


昨日の低気圧の通過に伴って雨が降り、明けた今日は晴天です。窓から見える富士山は、5合目から上が真っ白にお化粧され、本格的に「冬の富士」になってきました。

昨夜NHKの大河ドラマ、「平清盛」を貯め撮りしていた先週のものも合わせて二回分をみましたが、この物語もそろそろクライマックスに近づいてきました。

しかし、いまひとつ盛り上がらないな~と思い、視聴率が気になったので調べてみると、案の定、どのリサーチ結果も10%を大きく割り込み、平均7~8%くらいということ。歴代の大河ドラマの中でも一番低いくらいのようです。

確かに、保元・治の乱のあとは、「宮中ドラマ」仕立てになっていて、毎回、平家と宮廷の権力争いに終始しているその内容は親しみにくく、また登場人物の名前を覚えるだけでもたいへんといった人も多いのではないでしょうか。

私自身が一番気になっているのは、キャストがあまりにもイメージと違う点。主演に松山ケンイチさんを採用した理由は、やはり最近の人気にあやかってのことでしょう。なんとか番組を成功させたいというスタッフの気持ちもわからないではありません。

が、私自身は、清盛といえばやはりしたたかな政治家といった印象が強く、一番イメージに近いのは、やはり京都六波羅蜜寺の「清盛坐像」でしょうか。学校の美術や歴史の教科書にも出てくるのでみたことがある方も多いかと思いますが、巻物を手にしながら、鋭く一点を見つめるその表情は怜悧そのもので、緻密な計算ができる策謀家といったかんじ。

こういう人が上司にいたら、部下はギロッとにらまれるだけですくみ上るだろうなというような、なんというか凄みがあります。

若干脱線させていただくと、六波羅蜜寺といえば、あの空也上人が口から仏像を掃きだす立像があるお寺でも知られ、このお寺の創設もこの空也上人によるものです。

その開創は951年(天暦5年)といわれますが、当初は西光寺と呼ばれていました。空也の死後、977年に比叡山の僧・中信が中興して天台別院とし、六波羅蜜寺と改称するようになります。

平安時代の末期には末に、平清盛のお父さんの忠盛がこの寺に軍勢を止めて休めたのを機縁に、清盛の代になってからは広大な境域内には権勢を誇る平家一門の邸館が建てられるようになり、一時はその数5200余りに及んだといいます。

NHKの大河ドラマにおいても、この平家一族の人物像が描かれているのですがが、清盛の印象があまりに強くて、どの人物もぼやけてみえます。歴史的にみてもあまり大きな業績を残した人物がいないのでしかたがないといえばしかたがないのですが、こうしたこともこのドラマが親しみにくいと言われる原因なのでしょう。

また、数多い清盛の息子たちや親戚の名前にはみんな「盛」がついていて、どういう親戚関係なのかわかりにくく、また多くの源氏と平氏の人物が入り交り、これに加えて登場する宮中の人物もあまりにも数が多すぎて、しっかりとストーリーを追っていないと誰が誰やらさっぱりわからなくなってきます。

こうした中、平家一族で清盛以外で唯一目立っているのが、清盛の奥さんで、深田恭子さんが演じている時子さん。

女性であるために目立ちやすいというのもありますが、清盛の出家と同時に二位尼と名前を変え、後年、平家滅亡の折には、安徳天皇を抱いて、壇ノ浦で入水する人物だけに、ああ、この人が後年そうなるか、という目で追っているためか、印象的に映ります。

しかし、この人も、史実やまたドラマ中でもとくに大きな主張がある人物ではないので、清盛と後白河法皇との争いを中心に進んでいくストーリーの中では埋没してしまっていて、いまひとつ存在感がありません。

むしろ、平家の滅亡と並行して描かれる源氏の人物たちのほうが生き生きと描かれていて、宮中のごたごたしたいさかいのお話よりも、頼朝の伊豆での生活とこれを取り巻く政子をはじめとする人物のやりとりのほうが面白かったりします。どうせなら、こちらをメインにすればよかったのに……というのは言い過ぎでしょうか。

とはいえ、源氏側の人たちのキャスティングも私的には今一つぴんと来なくて、一番違和感があるのが、北条時政を演じる、遠藤憲一さんです。遠藤さんは大変好きな俳優さんのひとりなのですが、はたして北条時政がこういった人情深い好々爺だっただろうか、と考えると、どうもイメージが違うのです。

いろいろな歴史書では、時政という人物は豪放磊落な人物だったと書かれているものも多く、鎌倉時代の歴史書で源氏の盛衰について詳しい「吾妻鏡」でも時政のことを「豪傑」と記しています。

史実において、その豪傑ぶりは、頼朝が挙兵し、鎌倉幕府を樹立するまではいかんなく発揮されることになります。そして頼朝と政子を助け、北条家を鎌倉幕府の中央に据えるまでの活躍ぶりはその当時にあっても、現在に至るまでも高く評価されています。

しかし、後年頼朝が亡くなると、頼朝の息子で二代目将軍の頼家を殺害し、さらに三代将軍の実朝も殺害しています。北条家をその執権の地位に据えるためのふるまいはこのころから傍若なものとなり、その後晩年に至るまでありとあらゆる権謀術数を尽くす、えげつない人物に変わっていきます。

豪快で権力への執着力が強いという点では清盛と同じで、清盛と時政はどちらかというと似たような臭いがする人物、というのが私の持つイメージです。

松山ケンイチさんや、遠藤憲一さんはどちらかというと、そういうタイプでなく、やさしそうな笑顔が似合う好人物。しかし、実際の清盛は、六波羅蜜寺に残されている坐像に残されているお顔のとおり、かなり冷徹な権力者というかんじがします。

時政のほうも、伊豆韮山の願成就院に漆喰製の坐像が残されていますが、これを見る限りでは、がんこそうでいかにも権力好きな田舎オヤジというかんじです。

しかし、この二人、似たようなタイプとはいえ、どことなく違っており、それは何かなと考えてみました。

すると、二人ともそうした権力に執着を見せる独裁的な性質を持った人物であるものの、どうやらその立ち振る舞いや人との接し方というか、人の率い方に何か違いがあったように感じられます。

清盛のほうは、平家という武家の存在を主張していくため、宮廷において次々と権力闘争を繰り返す出世欲のかたまりという人物だったようですが、他方、六波羅密寺や厳島神社のような美しい構造物を世に残すなど、芸術的なセンスもあったようです。

人物的には激しい性格でありながら、美的なセンスでその内面をおし包み、人に接するときも荒々しい言葉はできるだけ避け、紳士的な振る舞いができる冷静な人物であったのではないかと思うのです。

若いころから宮中で育ち、複雑な人間関係の中で生きていくためには、人と人との気持ちのすれ違いをうまく解消できるような能力を持ち合わせていることが必要であり、そうした能力があったからこそ、荒々しい武家の一族をとりまとめることもでき、宮廷外交における成功も勝ちえたのではないかと推察されます。

一方、時政も、地方の一豪族ではあったものの、「伊豆守」を朝廷から任ぜられ、宮中へもしょっちゅう出入りしていて、宮廷の役人の扱いには手馴れていたようです。

平氏の滅亡と源義経が失脚後、時政は頼朝の命を受け、一千騎を率いて上洛し、守護と地頭の設置を認めさせるべく、朝廷との交渉に当たりました(文治の勅許)。

このとき時政は、朝廷の人事にも干渉し、頼朝に反抗的な公卿は中枢から遠ざけ、頼朝に理解を示す公卿を中枢に取り立てるよう差配するなどの工作をしたといい、田舎豪族にしては宮廷の公家たちのあしらいにおいてなかなかの手腕を発揮しています。

しかも、ここまでの干渉をしたにもかかわらず、宮中での時政に対する怨嗟の声はさほど上がらなかったといいますから、頼朝が挙兵する以前から宮廷に取り入り、それとなく「伊豆の守」の地位を確立し、公卿たちに自分の存在をアピールすることに成功していたものと思われます。後世に伝えられる荒々しい印象とは少々違う繊細さです。

しかし、下賤な人物だなと思わせるのは、いったん、「源氏」という出世の道具をみつけるやいなや、これを使って巧みに自己実現を図ろうとしていった点です。

鎌倉幕府が成立後、やがて頼朝が亡くなるとその実子や弟を殺して鎌倉幕府を乗っ取っただけでなく、執権としての北条家の地位が確立したあと、今度は自分が新政府の中心に座ろうとし、政子やその子供たちを排除しようとして一族全員から猛反発を浴びている事実などに、そうした粗野な気質がみてとれます。

もちろん、清盛もその権力を維持するためにいろんなあくどいことをやっており、それが高じて宮廷内の反発を招き、源氏に攻め滅ぼされたわけですから、同じ穴のムジナではないかといえばそのとおりです。

しかし、権力への執着という点において似たような人間臭さは感じさせるものの、その「臭さ」の度合いにおいては、やはり清盛のほうが時政よりもより数段繊細でスマートという感じがし、このあたりが歴史上の人物としてのスケールの違いとしても出てくるのではないかと思うのです。

無論、これは私が持っているイメージなので、みなさんが同じかどうかはわかりませんが、もしこうしたイメージ通りの人物で番組を構成しようと思うならば、今回の「平清盛」のキャスティングはもっと違うものになっていたのではないかと思います。

もっとも、そうしたキャスティングのミスマッチ?が現在のような低視聴率の原因とばかりはいえず、脚本とか演出の問題もあるのかもしれません。素人がこんなことを言うのは大変失礼なことですし、あまりこういうことばかり書くと、また視聴率が下がっては困るのでこれ以上はやめておきます。

が、来年の大河ドラマではそうした人物像の史実もきちんと検証して、実在の人物のイメージがストレートにつたわってくるようなキャスティングをぜひお願いしたいものです。

その来年度の大河ドラマですが、先日のブログでも少し書いた「新島襄」の奥様の「新島八重」が主人公だそうです。TBSドラマの「仁」で好演した「綾瀬はるか」さんが主演だそうで、松山ケンイチさん同様、大変人気の高い俳優さんです。

久々の幕末モノということで、平清盛が活躍した平安時代に比べればかなり豊富な史料が残っており、そういう意味では実在の人物と大きくかけ離れたキャスティングや演出は許されません。

新島八重という人物がどんな人だったのかまだ調べていないのでよくわかりませんが、「幕末のジャンヌダルク」といわれるほど激しい性格の人物だったようで、そうだとすると、かなり芯の強い性格のようにお見受けする綾瀬はるかさんは適任かもしれません。

気になる新島襄のキャスティングですが、どうやら「オダギリ・ジョー」さんが演じられることが決まったようです。幕末に密航を企て、アメリカへ渡り、キリスト教学を学んで同志社大学を設立するという破天荒な人生を送ったこの人物が、オダギリ・ジョーさんを通じてどういうふうに描かれるのか楽しみです。

奇しくも新島襄の「襄」とオダギリ・ジョーの「ジョー」は同じです。まさか、同じ名前の俳優さんの中から選んだわけではないでしょうが、「名は体を表す」といいますから、もしかしたら実在の新島襄をみごとに演じきってくれるかもしれません。来年が楽しみです。

それにしてもあと二か月。今年の大河ドラマの放送もあとわずかになりました。残る二か月は源平合戦に向かってまっしぐらのストーリーのようですが、その盛り上がりの中において、「松山清盛」の視聴率がもっと上がるのを祈ることにしましょう。