チューリングマシン

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今週末で5月も終わりです。

……なんとも早い。

過ごしやすい季節なので、もっといろいろあれもこれもできると思っていたのに、かなり短く感じたのは前半にゴールデンウィークがあったからでしょう。結局はどこへも行かなかったのですが、その反動で連休明けにはちょこまかとショートトリップに出かけました。

そのおかげで仕事などに割く時間が減ったというのが、いつになく時が過ぎるのが速かった理由のようでもあります。

そんななかで、ひさびさに見にいった映画が「イミテーション・ゲーム」という映画で、副題は「エニグマと天才数学者の秘密」というものでした。

ジャンルとしては「歴史スリラー」ということになっているようですが、スリラーというよりは主人公の伝記に近い内容で、天才数学者といわれたアラン・チューリングがドイツの暗号機、エニグマを解読するまでと、そのあとに待ち受ける悲劇的な最期が詳細に描かれます。

監督はモルテン・ティルドゥムというノルウェー人ですが、これまであまり世界的な大ヒット作を飛ばしている、というわけでもありません。

が、母国のノルウェーでは高い評価をされているようです。この映画は英語の長編作としては初めての作品だそうですが、新人ともいえるようなキャリアの割にはかなり重厚な内容をまるでベテランが撮影したかのように仕上げており、見る者を飽きさせません。

ストーリーもしっかりしており、この脚本を書いたのは、グレアム・ムーアという人で、この作品の脚本は、2011年に、ハリウッドの「優れた製作予定のない脚本」のリストである、「ブラック・リスト」の第1位を飾ったといいます。

結局この脚本は、映画配給会社に700万ドルもの高額で購入されましたが、このことからも映画が公開される前から専門家の中でその評判が高かったことがわかります。2014年11月にイギリス、アメリカと相次いで公開され、2015年3月13日に日本で公開されました。

しかし、日本の映画界は保守的なので、こうした優れた映画もとりあえず東京などで上映してから全国配給を決める風習があります。このため、我々がここ静岡で見ることができるようになったのは、配給開始から1ヶ月も経ってからということだったようです。

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前評判に加え、公開後の評判も高く、第87回アカデミー賞では作品賞、監督賞 、主演男優賞、助演女優賞を含めた8部門で候補に上がり、結果的にはムーアに脚色賞がもたらされました。

日本ではどうだったのかよくわかりませんが、アメリカでは興行的にも成功を収めています。ナショナル・ボード・オブ・レビューおよびアメリカン・フィルム・インスティチュートの年間トップ10に入選し、1400万ドルの予算に対し、その興行収入は2015年3月までに2億850万ドルに上り、2014年の自主製作映画としては最高の売り上げを収めました。

また本作の製作関係者は、主人公のチューリングの功績を広く知らしめたことで同性愛者の権利を主張する団体、ヒューマン・ライツ・キャンペーンによって表彰されました。

同性愛者?ということなのですが、そうです。この主人公のアラン・チューリングという人はゲイでした。チューリングは、第二次世界大戦中にエニグマ暗号の解読に取り組み、これを成功させますが、終戦後に同性間性行為のかどで訴追を受け、失意の中で自殺しています。

これを演じたのは、最近その演技力で評価の高い「ベネディクト・カンバーバッチ」です。知る人ぞ知る名優のようですが、当初はテレビドラマへの出演が中心だったので映画好きな人が知るようになったのは最近のようです。2010年の、英国BBCのドラマ、「SHERLOCK(シャーロック)」でシャーロック・ホームズを演じました。

これは、日本でもNHK BSプレミアムで放映されたのでご存知の方も多いでしょう。2011年にはスティーヴン・スピルバーグ監督の「戦火の馬」に出演。スピルバーグからも演技を絶賛されました。このほか2012年公開の「ホビット 思いがけない冒険」、同年の「スター・トレック イントゥ・ダークネス」にも出演しています。

2013年10月にはイギリスのサイト「エンパイア・オンライン」で「世界で最もセクシーな映画スター」にて1位に選ばれているほか、2014年、米タイム誌が選ぶ「2014年俳優による演技トップ10」で第1位に選ばれました。

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ストーリーのほうですが、これは終戦後の1951年、数学者であるアラン・チューリング(カンバーバッチ)の家が荒らされるところから始まります。

少々ネタばらしになりますが、その捜査の過程で、一人の泥棒が浮かび上がります。そしてこの泥棒の手引きをした19歳の青年が実はチューリングと同性愛関係にあったことが警察の知るところとなる、というところが映画の最後のほうで描かれます。

同性愛は当時のイギリスでは違法であり、結局その後2人とも逮捕されることになるのですが、逮捕後のチューリングへの警察への尋問の過程で、かつて彼が携わったエニグマ解読における大きな秘密が次第に明らかになっていく、といったストーリーです。

物語の中心題材となっている「エニグマ」ですが、これは第二次世界大戦のときにナチス・ドイツが用いていたことで有名な暗号機のことです。1918年にドイツの発明家アルトゥール・シェルビウスによって発明された電気機械式暗号機械で、1925年にはドイツ軍が正式採用し、約3万台が軍用として使用されました。

暗号化機械の構造は、複雑で説明も煩雑になりがちなので省略しますが、簡単にいえばひとつのキーにより原文を暗号化し、受け手側でこの暗号文を同じキーを使って再暗号化すると平文が得られる、というプロセスを機械がこなすものです。換字暗号といい、平文を、1文字または数文字単位で別の文字や記号等に変換することで暗号文を作成します。

ドイツ軍はこの暗号化システムを、スーパーマーケットにあるようなレジのような暗号機に搭載し、それを指令を受ける末端の各軍に配備していました。

暗号キーは24時間ごとに新しいものに交換されるきまりになっており、仮にそのキーを入手して前日からの24時間で暗号文を解読しようとしても、翌日にはキーが変わってしまうため、翌日からの暗号は解読できない、という仕組みになっていました。

その暗号機の構造、および暗号化のプロセスはこのページでは書き切れないほど複雑であり、しかもドイツ軍は連合国側の解読をおそれてその構造を二度も三度も改良しており、大戦がはじまったころには「解読不可能」とされていました。

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映画の中でもとりあげられているのですが、イギリス政府はこの暗号を解読するため、イギリス中で「天才」といわれるような人物を集めてプロジェクトチームを作っています。Hut8といい、映画によればその中にはチェスの世界チャンピオンや高いIQを持つもの、あるいはチューリングのような数学者、物理学者なども含まれていました。

チューリングはこのチームのリーダーとなりますが、天才肌であり、人付き合いがあまり得意なほうではなかったことから、当初この仲間とは仲たがいをします。しかし、のちにこのチームに、ジョーン・クラークという数学者が加わることから、チームの雰囲気がよくなるとともに、チューリング自身も彼等に協力的になっていきます。

映画ではこのジョーン役を、パイレーツ・オブ・カリビアンで有名になったセクシー女優、キーラ・ナイトレイが演じています。

最終的にはチューリングが主導し、彼らとともに製作した暗号解読機が作動し、見事にエニグマは解読されますが、彼が開発したこの解読器こそが、のちにコンピューターの原型といわれるものになりました。

この暗号解読機は、電動式で「ボンブ(Bomb)」と呼ばれ、大戦たけなわの1939年秋には完成していました。そのロジックの構築や本体の製作のためには、ドイツ軍が実際に暗号文を作成・解読しているエニグマの本物を入手する必要がありました。

このため、イギリス軍は、大西洋上のドイツの気象観測船を奇襲により捕獲したり、損傷して自沈のために浮上したUボートを捕獲したりしてエニグマの実物や暗号書を手に入れました。

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チューリングが開発したボンブは、クリブ方式といわれる暗号一般に対応できるよう設計されていました。クリブ(crib)とは、もともとカンニング、盗用、と言った意味でしたが、暗号解読上は「既知の」もしくは「想定されうる平文サンプル」のことをさしており、仮定語、対照平文ともいいます。

???ですが、もう少し説明しましょう。難解で不可解に思える暗号文でも、その中には時として手がかりの可能性につながるワードが出てきます。これが「平文」と呼ばれるものであり、暗号の中からこれら平文の数語を見つけだし、そこから類推して、さらに平文による数フレーズの文章を仮定します。

そしてそこまでできればそこから解読の糸口をつかむことができる可能性があります。

すなわち、総当たりで暗号文すべてにあたって、そうした平文、クリブが複数見つかれば、それを組み合わせ、これまでに試みた複数の仮定が正しいか正しくないか、はたまた同じかなどを知ることができ、これらを幾重にも解析していくことで、最終的には全文の解読につながります。

しかし、そのためには膨大な照合作業が必要となり、人がやっていては何万年もの時間がかかります。

この作業を、単純作業なら数時間、あるいは数十分で計算することができるのがコンピュータであり、チューリングはその基礎となる技術を開発し、具現化しました。しかしコンピュータといえども初期のものであり、その大きさは大型ダンプトラック一台分ほどの大きさがありました。

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エニグマの場合、ドイツ最高司令部は病的ともいえるほどエニグマシステムそのものの機密保持に腐心していましたが、しかし、一方では、エニグマは絶対解読不可能と考えその取扱いはぞんざいでした。とくにこうしたクリブが解読される可能性には無頓着で、日常の暗号の中でも同様のクリブを多用していました。

エニグマを使ったメッセージにはしばしば、ほぼ毎日、紋切型の導入部を伴って無線放送がなされていました。例えば、アフリカの部隊の将校の「報告事項ナシ」という定期的な送信は解読を大いに助けました。おはよう、こんにちは、といった画一的な挨拶文や導入部、本日は晴天なり、といった規定どおりの気象報告は特に有用でした。

このクリブを収集するため、イギリス諜報部は、しばしば英国空軍に「種まき」も依頼したといいます。北海の特定海域に機雷を敷設し、その結果として、その海域もしくは脅威下にある港に関するエニグマ暗号の送信を誘いました。これに例えば同一の港の名前や「機雷」いうクリブが出てくれば、これをもとに暗号全体を解明できる可能性があります。

こうした種まきは、その後「ガーデニング」と称されるようになりました。またこのガーデニングの一環で、ドイツ軍兵士を捕えることもありました。捕虜になり、尋問を受けたドイツ軍兵士の中には、エニグマの操作手は数字を読みのアルファベットに直してから暗号化するように命令されているということを漏らす者もいました。

チューリングはこれらの情報から、復号された文章の中に、”eins” というドイツ語が通信文の90%に現れることを見出しました。これは、ドイツ語での数の数え方で、1が eins アイン(ス)、2が zwei ツヴァイ、3が drei ドライ、といった具合です。

そこでチューリングはこの”eins”の平文中の位置からエニグマ暗号文の初期状態を類推し、”eins”がどのように暗号化されていくのか、その過程についてもボンブで解析しました。

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こうして、大戦中に連合国側はエニグマ解読に成功しましたが、その事実は徹底して秘密にされました。もしドイツ軍に暗号が解読されたことが知れたら、ドイツ軍は機密情報を流さなくなります。彼等がこれからどこへ侵攻するか、どういう計画を持っているかを知るには暗号文をそのまま流させるのが一番です。

しかし、ドイツ軍の攻撃目標となっている仲間たちにそれを知らせないということは、彼らの死を意味します。攻撃があることがわかっていながら、それを知らせないというのは道義上大きな問題を孕んでいましたが、しかしイギリス諜報部はあえてそれを封印しました。

ドイツの暗号を解読していることを相手に知らせず、相手の攻撃情報を得る方がより戦略上の優位に立てると判断したからでした。

しかし攻撃される味方を見殺しにはできません。このため、仮に見方の攻撃が受けても被害の少ないところはできるだけ見捨てることとし、被害の大きい可能性のところにだけそれとなく情報を流す、という取捨択一をすることに決めます。

ただ、どこを攻撃にさらすかさらさないかの選択にはそれを選ぶ者の主観が入りがちです。例えば身内がいる部隊がドイツ軍の攻撃にさらされるということはいたたまれないことであり、そっとその親族に秘密を漏らしてしまうかもしれません。

このため、チューリングら解読部隊は、戦争全体でみて、できるだけドイツ軍の攻撃が分散し、かつトータルで見れば連合国側への被害が少なくなるように、被害が大きくなる可能性のある方面にだけ情報を流せるよう、統計学的にその地域を割り出すようにしました。

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こうして彼等は、戦争が終わるまで、来る日も来る日もドイツ軍からもたらされる暗号文を解読しては、そこから被害の大きい方面を分析し、その情報を政府上層部に流すという作業を続けました。こうして、ドイツ軍にはエニグマ解読は悟られることはなく、彼等は終戦までその使用を続けました。

連合国側が最終的にこの戦争に勝利したのはこのエニグマ解読のおかげである、ともいわれるほどです。が、実は連合国側がエニグマ解読をしていた、というこの事実が公表されたのは、戦後も二十年以上を経た1970年代に入ってからです。

戦時中にエニグマを解読していたことを公表していたら、もっと多くの命が救われていたのではないかという批判を避けるための措置だったと思われます。しかし、解読を公表していたら連合国は負けていたのではないか、とう講評がもっぱらであり、この事実の暴露のあともとくに大きな批判は寄せられなかったようです。

アラン・チューリングは、戦後、イギリス国立物理学研究所に勤め、1946年には、プログラム内蔵式コンピュータの完全なデザインを発表しています。1948年にはマンチェスター大学数学科の助教授に招かれ、ここでコンピュータ本体の開発も進め、1950年5月10日に初めてこの機械でプログラムの実行を達成しています。

この時期はコンピュータのより概念的な仕事にも取り組み、Computing Machinery and Intelligence(「計算する機械と知性」、1950年10月)という論文では人工知能の問題を提起、今日「チューリングテスト」として知られている実験を提案しています。

このテストは、機械をはたして「知的」と呼べるかどうかの基準を提案したもので、人間の質問者が機械と会話をした場合、その質問者が相手の機械のことを、人間か機械か判別できなかった場合、その機械が「思考」していると言える、としたものです。

現在でいう「人工知能」の定義を先取りした考え方であり、チューリングはこのほかにも、最初から大人の精神をプログラムによって構築するよりも、子どもの精神をプログラムして教育によって育てていくのがよい、といったことも言っており、いかに先見性がある人物であったかがわかります。

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この当時、まだ存在していなかったコンピュータチェスのプログラムまでも書き始めていたといい、このころのコンピュータは性能が低くそのプログラム実行には適さなかったため、机上でこのコンピュータをシミュレートしてチェスの試合を行っていました。しかし、一手打つのに30分かかったといいます。

その対戦の棋譜が残っており、同僚とプログラムが対戦した結果は、プログラムが負けていますが、別の同僚の奥さんとの勝負ではプログラムが勝利しているそうです。

終戦直後、エニグマを解読したHut8の面々は、イギリス諜報部から自分たちの仕事の一切を破棄するよう指示され、以後、仕事内容の口外や再び互いに会うことも禁じられました。

チューリングもその指示に従い、秘密を守っていましたが、冒頭で述べたとおり、家宅に入った泥棒を手引きした青年がチューリングと同性愛関係にあったことが警察の知るところとなり、彼は逮捕されます。

その後チューリングは淫らな行為を犯したとして起訴されますが、警察は服役か化学的去勢を条件とした保護観察のどちらかを彼に迫ります。そして彼は入獄を避けるため、性欲を抑えると当時考えられていた女性ホルモン注射の投与を受け入れました。

イギリスでは、1967年に性犯罪法が制定されるまで、男性同士が愛し合うことは違法でした。誰かを同性愛者だと名指すことは、その人間がきわめて侮辱的な行いをし、また非常に重い罪を犯したと告発するに等しいことでした。

この化学的去勢は、彼の体だけでなく心をも次第にむしばんでいきました。そして、1954年6月8日、家政婦がチューリングが自宅で死んでいるのを発見します。検死の結果、死亡したのは前日で、青酸中毒による死であることが判明。ベッドの脇には齧りかけのリンゴが落ちていました。

部屋には青酸の瓶が多数あり、リンゴに青酸化合物が塗ってあったことは明らかでしたが、チューリングの母は、実験用化学物質を不注意に扱ったために起こった事故であると主張しています。

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結局その後の死因審問でも自殺と断定され、チューリングは火葬に付されました。同僚によれば、映画「白雪姫」を見た直後の彼が「魔法の秘薬にリンゴを浸けよう、永遠なる眠りがしみこむように」と言っていたのを耳にしており、白雪姫のワンシーンを真似てこのような死に方をしたのだという説が一般的のようです。

映画では、かつてエニグマ解読チームの一員だった、ジョーン・クラーク(ナイトレイ)がチューリングの死の直前に彼の家を訪れ、彼の心身の衰えを目の当たりにするという場面が出てきます。

彼女はチューリングに対し、彼が大戦中に多くの命を救ったことを思い出させ、チューリングの高校時代の「初恋」の男性がチューリングに言ったという台詞を思い出させるというシーンがあります。

実は、チューリングは、戦時中に彼女と暗号解読に取り組んでいるとき、結婚を申し込んでいます。彼女もそれを受け入れますが、その婚約期間は短かく終わりました。彼が同性愛者であることなどが原因だったようですが、クラークはそれを告白されても動じなかったといわれています。

しかし、チューリングのほうがこのまま結婚はできない、友人のままでいるほうがいい、と別れることを決心した、というふうに映画では描かれています。

こうした関係の変化はあったものの、クラークとチューリングは初めて会ってすぐから親友でありつづけ、それはチューリングの死のときまで続きました。二人は共通の趣味を持ち、同じような性格の持ち主でもあったといいます。

そして、彼女がその彼に最後に思い出させた言葉とは、「誰にも思いつかない人物が、誰にも思いつかないことをやってのけたりするんだよ」というものでした。映画ではこのことばがかなり象徴的に取り上げられています。

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チューリングはこうして罪人のまま亡くなりましたが、その死後まもなくから再評価が始まりました。50年代の終わりごろ、まだ戦時中の業績が機密扱いだったころにもかかわらず、イギリス王立協会が伝記を出版しており、その中には彼が重大な業績を残した、といった意味のことなども書かれていました。

1966年からは、アメリカの計算機科学分野の国際学会、ACMが、コンピュータ社会に技術的に貢献した人物にチューリング賞を授与しており、これは、現在ではコンピュータ関係者のノーベル賞と考えられています。

また、1974年に彼らが戦争中にエニグマ解読に関わり、それを極秘にしていたことなどが書かれた「ウルトラ・シークレット」という暴露本が出ました。そして、これにより、チューリングらの功績が初めて世間の知るところとなりました。

その後、彼の業績は戯曲にもなり、ロンドンのウェストエンドやブロードウェイで興行されたほか、1996年にはBBCでテレビドラマ化されています。1999年、タイム誌は「20世紀の最も影響力のある100人」の一人に彼を選び、2002年には、BBCが行った「偉大な英国人」投票でも彼が第21位にランクインしました。

2009年には、イギリス政府に対して、アラン・チューリングを同性愛で告発したことへ謝罪するように求める請願活動が始まり、これに対して数千の署名が集まりました。イギリス首相のゴードン・ブラウンはこの請願を認め、2009年9月10日に政府として正式な謝罪を表明しました。

2011年には、イギリス政府に対してアラン・チューリングの罪を免罪(名誉回復)してほしいという電子請願が申請され、この請願には21,000以上の署名が集まりました。このとき、法務大臣はチューリングが有罪宣告されたことは遺憾だが、当時の法律に則った正当な行為であったとしてこれを拒否しました。

しかしその翌年の2012年には英国貴族院に正式な恩赦の法案が提出され、2013年12月24日にエリザベス2世女王の名をもって、アラン・チューニングに正式に恩赦が発効しました。キャメロン首相もこのとき、彼の業績をたたえる声明を発表しています。

2012年初めにはイギリスでチューリングの切手を発行することが発表されたほか、この年の6月には、Googleトップページのロゴが「チューリングマシン」を模したデザインに変更されました。

この「チューリングマシン」こそが、現在のコンピュータそのものだという人もいます。正式には、計算機を数学的に議論するための単純化・理想化された仮想機械のことをさしますが、チューリングが創った理念を尊称しコンピュータ全体をこう呼ぶのです。

さて、このブログをご覧になっているあなたのチューリングマシンの今日の調子はいかがでしょうか。

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