被害を大きくした隠れた原因

まず、今回の東日本大震災で亡くなられた方、怪我をされた方、最愛の人を亡くされた方、住む所や仕事を亡くされ避難生活を余儀なくされている方々に心よりのお悔やみを申し上げたいと思います。

私は、大学を卒業後に、建設コンサルタントの世界に入り、土木や建築の仕事を長年やってきました(あしかけ30年!)。ここ8年ほどの間、東京にある災害対策を主な業務とするNPO法人のお仕事も手伝わせていただいており、その関係から、ここ数年は津波に関する仕事を主にやってきました。そうした経験から、このブログにおいても、今回の津波災害のような災害について、少しずつ私見を述べて行こうと思っています。

さて、今回の津波災害ですが、その被害が甚大であった理由は無論、千年に一度とも言われる巨大津波が押し寄せたことが原因です。

17~18mという高さは四階建のビルに相当し、おそらくは現場に居合わせた多くの人が、脱出するためのほんのわずかなチャンスすら得ることが出来ず、押し寄せる波に飲まれていったと思われます。

今、手元にある資料をみると、2004年の12月26日にインドネシアのスマトラ島沖で起こった地震では、震源に近いインドネシアでの津波最大高さが49mであり、これはおそらく記録された津波では最大のものだと思われます。

このほかの国ではスリランカでの最大津波が約15m、タイで約20mとなっており、このほか、インド、マレーシア、ミャンマーでそれぞれ約6mの津波が押し寄せています。この津波によって、インドネシアでは死者行方不明者が約16万3000人、スリランカでは4万4000人、タイでは約8000人となっており、インドでも1万6000人の死者行方不明者を出しています。

死者の数を比べる・・・というのは少々不謹慎かもしれませんが、東北関東大震災での死者行方不明者数は3万人に迫る勢い。押し寄せた津波の高さに比べれば、スマトラ島沖地震津波時より比較的人的被害は少ないように思えます。東北各県では、日頃から津波防災に関する防災教育やセミナーの開催に熱心であり、町中をあげて津波対策に取り組んだところも少なくありません。今回の有事においても、地震が起きた直後から、津波に対する警戒を発し、早期に避難できた人も多数にのぼったと思われ、それが全体での被害者がこれ以上大きくならなかった要因かと思います。

しかし、とはいえ、各地でひとつの街が丸ごと消失するなどの甚大な被害を受け、亡くなられたり行方不明になった方の数は、阪神淡路大震災をはるかに超えたという事実は、まるで悪夢をみているかのようです。

「これほど大きな津波が来るとは予想していなかった」と、被災した方々が口ぐちにおっしゃるのをテレビで何度も見ましたが、いくら日頃から津波の恐ろしさを教えられていても、1000年に一回あるかないかの津波が、まさか自分たちが生きている間に襲ってくるなんて、誰が考えたでしょうか。

このように今回の津波でここまで大きな人的被害が出た原因は、誰もが予想できなかったような巨大な津波が押し寄せてきたためであることには疑いをはさむ余地はありません。しかし、今の段階では、マスコミも有識者の方々も言及していませんが、被害が大きくなったのには隠れた別の原因があるのではないかと私は思っています。

それは、昨年の2月に起こったチリ地震津波の影響です。

昨年(2010年)の2月27日に地球の反対側のチリで起こった地震は、一昼夜を経て日本に到来。死者こそは出ませんでしたが、養殖海苔やカキ筏などの水産資源に被害を及ぼしました。

このとき、津波の第一波はお昼すぎに北海道から東北各県に到来し、最大波は夕方から8時くらいまでの時間に押し寄せました。津波の高さは各地で1~2m程度であり、多くの人が日中の仕事に携わっている時間であることから、気象庁からの津波警報などをテレビなどで見知っていました。にもかかわらず、報じられた津波の規模が小さかったことから、東北地方の多くの人が避難行動に入らず、そうした有事の避難体制や避難誘導の在り方が役人達の間だけでなくメディアでも大きく取り沙汰されました。

もし、このときの津波がもう少し規模の大きなものであったら、人々の記憶にそのことがもう少し鮮明に刻まれてたかもしれません。津波の高さも比較的小さく、被害も少なかっただけに、津波なんてたいしたことはない、来たとしても海岸から少し離れていたら助かるさ、という思い込みが多くの人に刷りこまれてはいなかったか・・それが今回の津波で避難した(しようとした)人達の避難心理に微妙に影響したのではないか・・・と私は考えています。

そんな分析をしてみたたところで、今回の津波災害で亡くなられた方々は帰ってきませんが、今後のことを考えた時、こうした災害に対する大衆意識というか集団意識の持つ危うさをどう扱うか、どうコントロールすればもっと危機感を持ってもらうことができるか、あるいは誰がコントロールするのか、ということについての検討が今後は必要だな、と痛感した次第です。(む)