先日、惑星探査機の「あかつき」が金星周回軌道の再投入に成功した、というニュースが入ってきました。
5年前の2010年12月、約50日で金星を周回する超長楕円軌道に入る予定でしたが、メインエンジントラブルにより周回軌道への投入に失敗し、その後宇宙の藻屑になるかもしれない可能性もありましたが、JAXAスタッフの必死の努力により、壊れたメインエンジンに代わって姿勢制御用エンジンを噴射することで、悲願を達成しました。
この成功にあたっては、若手の女性研究者が数万回におよぶ軌道計算を繰り返し、その中で唯一無二のものをなんとか探しあてることができたそうです。この女性研究者がいなかったら、今回の成功はなかったかも、とNHKの特集番組で報じていました。
それにしても、ちょっと前の「はやぶさ」のトラブルの時もそうでしたが、JAXAの技術者の根性というか、執念のようなものを感じます。
しかし、毎回毎回、こうしたヒヤヒヤもののミッションばかりで、日本の宇宙開発は本当に大丈夫なんかい、と思ってしまいます。ただ、考えてみれば「はやぶさ」にせよ、今回の「あかつき」にせよ、これまで人類が試みたこともないようなことに挑戦しているわけであって、いつ何時、予想もつかないようなトラブルに巻き込まれることはありがちです。
日本だけでなく多くの先進国が宇宙開発を行っていますが、日本以上に失敗を重ねている国は多数あり、その中でも健闘しているほうだ、と考えるべきなのでしょう。それにしても新世界の開拓はいやはや人類にとっての試練だなと、いまさらのように感じている次第です。
ところで、この金星という星ですが、改めてどういう星なのか、と調べてみたところ、地球に一番近い内惑星であるにもかかわらず、意外にもあまり何もわかっていない、ということがわかりました。
内惑星とは、太陽系の惑星のうち、地球よりも太陽に近い軌道をめぐる惑星のことであり、これは金星のほか、水星しかありません。内惑星の対義語は外惑星であり、これは火星、木星、土星ほかの惑星になります。
これらたくさんの惑星の中でも、金星は太陽系内で大きさと平均密度が最も地球に似た惑星であるため「地球型惑星」と呼ばれ、太陽系では水星・金星・地球・火星の4惑星がこれにあたります。
このうち、水星は重力が小さいため、長く大気を留めておくことが、難しいようです。しかし逆にこのため地表面が観測しやすく、精細な写真が撮影されています。その地表は月の地表と似ており、数十億年単位時間を経て形成される月の海のような平滑面や、全球を覆うさまざまな大きさのクレーターが数多く存在していることがわかっています。
また、火星も大気は希薄で、地表での大気圧は約750Paと地球での平均値の約0.75%に過ぎないため、探査機を飛ばして、その地形を観測する試みは水星以上に数多く行われており、精密な地図が作成できるほど、地表の状況が把握されています。
ところが、金星はというと、二酸化炭素を主成分とした窒素を含む分厚い大気が存在し、その大気圧は非常に高く地表で約90気圧もあります。これは地球の海での水深900mに相当し、金星の地表温度は上限では 500℃にも達します。
これほど温度が高いのは、温室効果のためであり、金星の地表は太陽により近い水星の表面温度、平均169℃よりも高くなっています。金星は水星と比べ太陽からの距離が倍にもかかわらずです。
熱による対流と大気の慣性運動のため、昼でも夜でも地表の温度にそれほどの差はなく、また大気の上層部の風が4日で金星を一周していることが、金星全体へ熱を分散するのをさらに助けています。
雲の最上部では時速350kmもの速度で風が吹いていますが、地表では時速数kmの風が吹く程度であることがわかっています。しかし金星は大気圧が非常に高いため、少しの風であっても地表の構造物に対して強力に風化作用が働きます。
さらに二酸化硫黄の雲から降る硫酸の雨が金星全体を覆っています。この雨が地表に届くことはありませんが、その雲の頂上部分の温度は−45℃であるのに対し、地表の平均温度は464℃であり、わかっている限りでは地表温度が400℃を下回っていることはありません。
厚い雲に覆われている上に、地表の気象は極めて過酷、というわけであり、これがこれまで数多くの探査機を各国が飛ばしているにもかかわらず、その地表の状況がよくわかっていない理由です。遠くから撮影された金星は厚い雲に覆われて靄がかかったようにしかみえず、また高温高圧の地表の撮影に成功した探査機は多くありません。
1975年6月に打ち上げられ、金星に軟着陸したベネラ9号と10号ははじめて金星の表面の写真をほんの数枚地球に送り届けました。それによると、大きな岩ばかりの表面は、地獄のような高温・高圧の世界とはいえ、意外と明るい世界でした。
1978年は、アメリカが2機の「パイオニア・ビーナス」を打ち上げました。この2機ののうち2号は、金星到達の3週間前に突入探査機を投下し、金星に1万m以上の山や巨大な谷があることも明らかにしました。また、1号は金星を周回する軌道に入り、レーダーによる金星表面の地図を作成に成功しています。
このレーダーというのは、電波を対象物に向けて発射し、その反射波を測定することにより、対象物までの距離や方向を測る装置です。従って、金星が厚い雲に覆われていても、その雲海の下にある地形の高低差などは、これにより測定できます。
その後1989年5月、スペースシャトルから打ち上げられたアメリカの探査機「マゼラン」は、「合成開口レーダー」という新しい技術を駆使して、金星表面の地図を高い分解能で作成しました。現在のところ、探査機「マゼラン」が明らかにした金星表面の様子が最も詳細な金星像、とされているようです。
しかしこの画像は、レーダーによって観測された地形データに着色し起伏を10倍に強調したコンピューター画像で、実際の金星の地表の様子からかけ離れたものである可能性があるそうです。
とはいえ、かなりの地形の状況がこの結果から明らかになりました。それによれば、実際の金星の表面は地球や火星と比較するとむしろ起伏に乏しいとされ、金星表面には地球にある大陸に似て大きな平野を持つ高地が3つ存在するそうです。
そのひとつ、イシュタル大陸はオーストラリア大陸ほどの大きさで北側に位置し、この大陸には金星最高峰であり高さ11kmのマクスウェル山を含むラクシュミ高原などがあります。また南側の大陸はアフロディーテ大陸と呼ばれ、南アメリカ大陸ほどの大きさだそうです。
11kmといえばすごい高さのようですが、金星には海がないため、これは驚くほどの高さではありません。アラスカにあるマッキンリーは6km超の高さですが、アラスカ沿岸の海底からの高さはこれ同等となります。
さらに南の南極地域にはラーダ大陸があり、高地の面積は金星表面の13%を占めますが、このほかに金星表面は中程度の高度を持つ平原は金星表面の60%を占めます。最も低い低地は、金星表面の27%を占め、金星の地形は大きくわけてこの3つの区分に分類されるようです。
金星にはこうした大地形のほかに、コロナと呼ばれる円形に盛り上がった地域や、中心から放射状に盛り上がりを見せるノバ、パンケーキ状に丸くひろがった台地や、断層や褶曲が入り組むテセラなどの特徴的な小地形が数多く存在するといいます。
このうちコロナやノバ、パンケーキ状の地形は火山活動によって形成されたと考えられています。金星が出来たのは約46億年前とされており、地球は誕生した時期とほぼ同じ時期にできたようです。
しかし、表面の大半は数億年前に形成されたと見られており、過去に活発な火山活動があったことを示す地形が多く存在します。ヨーロッパ宇宙機関 (ESA) の金星探査機ビーナス・エクスプレスの観測により、比較的最近の数百年から250万年前にも火山活動が起きていたことを示す証拠が得られたといいます。
今回日本が軌道投入に成功したあかつきには、こうした地形を観測するレーダーは搭載されていません。
しかしそのかわりに、地表面からの赤外線放射や雲による太陽散乱光を捉えるカメラ や、雲の下の大気からの赤外線放射を捉えて低高度の雲や微量ガスの分布を探るカメラ 、雲からの赤外線放射を捉えてその構造を探る中間赤外カメラなどが搭載されています。
従って、今回のあかつきの主要ミッションというのは、地上の様子を探ることではなく、金星の大気の状況を詳しく調べることにあります。金星大気の上層部には時速350km以上の猛烈な風が吹いていますが、この風は4日で金星を一周するほど強いもので、この風は自転速度を超えて吹きます。
時速350kmというのは、秒速に換算すると100mにも達します。このためこの風は、「スーパーローテーション(大気超回転)」と呼ばれており、金星の自転の実に40倍の速さを持っていることになります。こうした風がどうして起こるのか未だに解明には至っておらず、金星最大の謎の1つとされています。
これまでは、昼の面で暖められた大気が上昇して夜の面に向かい、そこで冷却して下降するという単純な循環の様式が予想されてきましたが、多くの探査機による観測の結果、どうやらそうではないことがわかってきており、今回のあかつきの探査により、その謎が解けるかもしれない、というわけです。
それにしても、あかつきはこれまで5年以上も太陽光にさらされてきており、こうした観測機器が果たして正常に動くかどうか、という危惧が持たれています。ただ、先日の報道では責任者の方による、「意外に頑丈」といった発言も出ており、これは今後の観測における自信とも受け取れます。
あかつきの開発費と打ち上げ費用は合計250億円にも達するそうで、さらに今後の観測のための人件費や運用費を加えると膨大な金額になります。国民の血税をつぎ込んだビックプロジェクトといえ、是が非でも成功させていただきたいものです。
ところで、公転軌道が地球より内側にあるこの金星は、天球上では太陽の近くに位置することが多く、日中は太陽の強い光に紛れて肉眼で確認することは極めて困難です。しかし、年間、約9ヶ月半ほどは日の出より早く東の空に昇るため「明けの明星」となります。
明けの明星の見かけ上の明るさが最も明るくなるときの明るさはなんとマイナス4.87等であり、これは1等星の約170倍の明るさです。金星が最も明るく輝く時期には、金星の光による影ができることがあるそうで、オーストラリアの砂漠では地面に映る自分の影が見えるといいます。また、日本でも白い紙の上に手をかざすと影ができるほどです。
明るくなりかけた空にあってもひときわ明るく輝いて見えます。ただ、日没より遅く金星が西の空に沈む時期もあり、この時期は「宵の明星」となります。国によっては古くから、明けの明星と宵の明星が、同じ金星であるということは認識されていたようです。
いずれにせよ、その神秘的な明るい輝きは、古代より人々の心に強い印象を残していたようで、それぞれの民族における神話の中で象徴的な存在の名が与えられています。
ローマ神話では、ウェヌスと呼ばれており、これは英語では「ヴィーナス」と発音されます。ギリシャではアフロディーテと呼ばれました。また、メソポタミア文明では、その美しさ故に美の女神「イシュタル」の名で呼ばれていました。このように世界各国で金星の名前には女性名が当てられていることが多いようです。
が、アステカ神話では、ケツァルコアトルという風の神が悪魔であるテスカトリポカに敗れ、金星に姿を変えたとされており、これは男性神のようです。
日本でも古くから知られており、日本書紀に出てくる天津甕星(あまつみかぼし)、別名香香背男(かがせお)と言う星神は、金星を神格化した神とされています。そしてこの日本の星神さまも男性のようです。
日本神話にも頻繁に登場する星の神です。天津神たちが地上の神である国津神を服従させて日本という国を統一する、葦原中国平定(あしはらのなかつくにへいてい)においても、この天津甕星だけは服従しなかったといい、すなわち「まつろわぬ神」として描かれています。
これについては、星神を信仰していた部族があり、それが大和王権になかなか服従しなかったことを表しているとする説もあるようです。
時代が下って、平安時代ころには宵の明星は、「夕星(ゆうづつ、ゆうつづ)」と呼ばれるようになりました。清少納言の随筆「枕草子」にも「すこしをかし」とつづられており、夜を彩る美しい星の1つとしてゆふづつをあげています。このゆふづつが男性神か女性神かはよくわかりませんが、音の響きからは女性のような感じがします。
このように金星といえば神さまの星、というのが古今東西の常識です。ところが、キリスト教においては、「光をもたらす者」ひいては明けの明星(金星)を意味する者は、「ルシフェル(Lucifer)」と呼ばれ、これは他を圧倒する光と気高さから、唯一神に仕える最も高位の天使として扱われました。
神さまではなく、その僕である天使の座に据えられたわけですが、しかもこのルシフェルはその後、地獄の闇に堕とされた、いわゆる「堕天使」となり、こうした堕天使の総帥となりました。
キリスト教の伝承によれば、ルシファーは元々全天使の長でしたが、神と対立し、天を追放されて神の敵対者となったとされます。天使たちの中で最も美しい大天使でしたが、創造主である神に対して謀反を起こし、自ら堕天使となったと言われています。
神と対立した理由については諸説があるようですが、神が最初の人間として創造したアダムとの関係で語られることが多いようです。神さまは数多くの生物を創造した最後に自分達の姿に似せて地面の土(アダマ)を使ってアダムを創りだしましたが、ルシファーに対しても神の似姿として作られたアダムを拝礼せよ、と命じました。
しかし、ルシファーは自分のほうがアダムより偉い、と思っていたのか、この命令を拒み、そのために神の怒りを買って天から追放された、というのがこの説です。
以来、キリスト教では神の教えに背くという罪を犯したものは、堕落した天使であるとされ、ここから「悪魔」の概念が生まれました。その後も多くの神学者が罪を犯して堕落する前のサタンはすべての天使の長であったルシファーと考えるようになりました。
この天使たちは肉体を持つのか、それとも完全に霊的なものなのかについては、教父たちの間でも意見が分かれていますが、日本正教会は、天使は物質的な世界ではなく霊的な世界に属するものの、「しばしば人間の目に見える形で現われたり」するとしています。
今日の絵画では天使に翼が描かれることが多いようですが、聖書には天使の翼に関する記述はなく、初期の絵画では天使に翼は描かれておらず、天使に翼が描かれている中で知られているうちで最古のものは、紀元379~395年に古代ローマ帝国の皇帝だったテオドシウス1世の治世時に作られた「君主の石棺」だそうです。
ま、羽があるかどうかは問題ではありません。万物は神によって造られたものなので、天使もまた神の被造物であると考えられ、カトリック教会では公会議でそのように規定されるようになりました。日本正教会も、天使の属する霊的な世界は我々の物質的な世界に先立って創造されたものであり、よって特に天使は人間よりも前に創造されたとしています。
その人間を崇拝しろ、といわれたルシファーにすれば、俺のほうが先輩なのに、後輩を敬えといわれるのは心外だったのでしょう。堕天使ないし悪魔とされたこの「輝く者」を象徴する星は、以後「明けの明星」と目されるようになりました。
しかし、ルシファーは、単に悪魔として扱われるだけでなく、中世以来、神秘劇や文学作品の登場人物としてたびたびあらわれ、ルシファーをめぐる一連のエピソードがさまざまに変奏されて物語られました。
西欧文学において、ルシファーが登場する名高い文学作品としては、ダンテの「神曲」とジョン・ミルトンの「失楽園」が挙げられます。特に後者は、神に叛逆するサタン(=ルシファー)を中心に据えて英雄的に歌い上げたため、その後のルシファーにまつわる逸話に多く寄与することになりました。
また、近代的なスピリチュアル学といわれる、「人智学」を提唱したルシファーはルドルフ・シュタイナーは、ルシファーは、人間の進化に大きな影響を与えたとしています。神に背いたルシファーの影響によって人間は「能動性と自由意志」を獲得したと語っており、しかし、同時にそれは悪の始まる契機となった、と論じています。
悪ではあるが、それがなければ人間の進歩はなかった、とうわけであり、金星の別名である、明けの明星と宵の明星は、こうしうた二面性を表しているのかもしれません。
マヤ文明の創世期の神話では、金星は太陽と双子の英雄であるとされ、金星を「戦争の守護星」と位置付けていたそうです。特定位置に達した時に戦を仕掛けると勝てると考えられており、彼らの間では金星の動きと戦争が繋がっていると考え、戦争の勝ち負けを金星占い、ともいうべき占星術で占っていたそうで、「戦争の星」でもあるわけです。
我々が常々「美の象徴」として扱ってきた金星には、こうした二面性がある、というのが今日のお話しの結論?でしょうか。すべての事象に通じる真実なのかもしれません。
12月8日の現在、明け方東の空で、金星が明るく見えています。この明るい金星に、細い月が並んで、たいへん美しい眺めになります。
明け方5時ころ、まだ朝焼けが始まっていませんが、その後しだいに朝焼けが始まるころ、午前6時すぎまで、その美しいコラボレーションを楽しむことができるようです。
寒い時期ですがぜひ早起きをしてご覧ください。そして、その周りには日本の誇る観測衛星「あかつき」が回っているはずです。目視することは不可能ですが、今後もその活躍を祈りましょう。