最近、水金地火木土天海以外の「第9惑星」が発見されたかもしれない、とメディアで報道され、話題になっています。
ご存知のとおり、従来この太陽系第9惑星の座は冥王星占めていましたが、2006年からは準惑星に降格になっており、その主が不在になっていました。
この「プラネット・ナイン」は、太陽系外縁にあるとされる仮説上の巨大惑星の仮の名称です。つい先日の1月20日、カリフォルニア工科大学のコンスタンティン・バティギンとマイケル・E・ブラウンという天文学者が、いくつかの太陽系外縁天体の軌道に関する研究結果から、プラネット・ナインが存在する間接的な証拠を得た、と発表しました。
この惑星が存在すると仮定すると、エッジワース・カイパーベルトの外側に安定した軌道を持つ6個の太陽系外縁天体の軌道が奇妙に似通っていることを説明できるといいます。
エッジワース・カイパーベルトベルトというのは、カイパーとエッジワースという二人の天文学者が発見したことから命名されたもので、冥王星や海王星よりもさらに外側にあるドーナッツ状の天体密集空間です。
狭義では48 ~50 AU(AUは地球と太陽との平均距離)の範囲に広がるもの、広義では数百 AUまでと定義され、ここに大小さまざまな小惑星があるとされています。この、エッジワース・カイパーベルトの外側には、さらに安定した軌道を持つ6個の太陽系外縁天体があるといい、その軌道はほぼ同じ平面上にあるといいます。
バティギン博士とブラウン博士は、この第9の惑星がなかったと仮定してシミュレーション計算したところ、このように6個もの天体が同じ平面上にある確率はわずか0.007%であるとわかったといいます。
つまり、第9惑星が存在しなければこれらの天体は地球外のどこかへ飛んで行ってしまう可能性があり、それが証明できた、ということのようです。さらに計算を進めると、プラネット・ナインは大きな楕円軌道を1万年から2万年の周期で公転していると考えられるそうですが、その軌道の半径は約700 auと海王星の約20倍ほどもあるといいます。
また、軌道傾斜角は30°±20°傾いていて、他の惑星のようにお行儀よく太陽の周りをまわっているというわけではなさそうです。ただし、楕円状軌道なので、近日点(太陽に最も近づく)では海王星の約7倍の約200 auまで近づくこともある、と想定されるといいます。
地球の5~10倍の質量を持ち、直径は2~4倍ほどと見積られているそうで、ブラウン博士らは、この惑星が天王星や海王星のような、岩と氷の混合物で構成されている薄いガスで包まれた巨大な氷の惑星であることがほぼ確実だと推測しています。
現時点においてはこの惑星はまだ直接観測されていませんが、地上からの望遠鏡によるこの天体の探索はすでに開始されています。しかし、この天体は太陽から極めて遠い距離にあるため、太陽光をほとんど反射しないと考えられています。また、もし見えたとしても星の明るさの等級は22等級よりも暗いと予測されています。
日本の科学者もすでにハワイにある「すばる望遠鏡」を使って観測を始めているといいますが、その発見には5年以上かかるのではないか、といわれているようです。
ま、発見されたからといって我々の生活がすぐに変わる、とかいう問題ではありません。しかし、もしこれが発見されたとすると、現在世界中で愛されている西洋占星術はどうなるのかな~と占い好きの私などは思ってしまいます。
というのも、西洋占星術では太陽や月を中心とし、その他の惑星の運行との兼ね合いによって運命を占いますが、こんな大きな惑星があるとすれば、いままでの「理論」は崩れてしまうからです。
まあもっとも、占星術一般がそうであるように、西洋占星術は近代的な科学の発展に伴ってかつてのような「科学」としての地位からは既に転落しています。科学史などでは疑似科学に分類されており、理論などと呼ぶのは笑止千万です。
とはいえ、いや占星学は星々の力学的な運行に基づいているものであり、科学的な根拠がある、として頑張っている占星術家さんもいます。なので、もしこの第9惑星が発見されたあかつきには、そうした面々の中でもとくに数学に秀でた人によって新しい占星術が生み出されていくのかもしれません。
それはともかく、こうしたが学問上の仮説として存在が提唱され、後に存在が確認された天体というのはそれほど多くありません。
その最たるものは、冥王星です。1905年パーシヴァル・ローウェルはそうした学説を唱え、自ら設立したアリゾナ州のローウェル天文台で、存在するかもしれない第9惑星を捜索する一大プロジェクトを開始しました。このプロジェクトはローウェルが1916年に死去するまで続けられましたが、結局彼が生きている間には発見には至りませんでした。
冥王星が発見されたのは彼の死から14年後の1930年であり、発見したのはアメリカの天文学者クライド・トンボーです。彼もまたはローウェル天文台で第9惑星を探すプロジェクトに取り組んでいました。
当時最新の技術であった天体写真を用い、空の同じ区域の写真を数週間の間隔を空けて2枚撮影し、その画像の間で動いている天体を探すという方法で捜索を行いました。その結果、異なる時期で撮影された2枚の間で動いている天体、冥王星を見つけました。ただし、その冥王星は思ったより小さく、現在では惑星とはみなされていません。
このように存在が予測されながら、いまだに存在が確認されていない、あるいは既に存在が否定された天体というのは、惑星ばかりではなく、その惑星の周りを回る「衛星」などにもあります。
パリ理工科大学の天文学講師ユルバン・ルヴェリエは、1859年に水星の衛星、バルカンの存在を提唱し。これを「バルカン仮説」と名付けました。
ルヴェリエは、計算における水星の軌道には時折ずれが生じることを発見し、このことから、水星より内側にも惑星が存在するのではないかという仮説をたてました。
もしこれが存在すれば、水星よりも更に太陽に近い軌道を取ることになります。当然その表面は非常な高温であると考えられたことから、ギリシア神話では鍛冶の神を示す「バルカン」の名をこの衛星に与えました。
もともとこの仮説は、天王星の外側に惑星がないと天王星の軌道のずれが説明できないため、存在の仮説が立てられて海王星が発見されるに至ったことに由来します。
同じように水星にも軌道のずれがあったため、水星の内側にも惑星が存在するのではないかという仮説が立てられたわけですが、結局後に存在しないことがわかり、水星の軌道のずれもその後アインシュタインの相対性理論によって説明付けられました。
近代においても、1974年、マリナー10号が水星フライバイ中に極端な紫外線の放射を観測したため、これは未知の衛星によるものではないかと考えられました。しかし、すぐにこの紫外線は水星の背後にあった恒星のコップ座31番星に由来することが判明しました。
現在衛星はない、とされている金星においても、かつてはもしかした衛星があるのではないかといわれました。17世紀から19世紀にかけて金星の衛星が度々観測されたとされ、そのひとつは、ネイト(Neith) と名づけられました。こちらはエジプト神話の初期の女神の名です。その存在について長年議論が続いていましたが、最終的には否定されました。
このほかにも火星、木星、土星などでも現在確認されている衛星以外のものが発見されたと何度も誤認され、その数は相当数あります。しかし、そのほとんどは否定されてきています。ただ、予測後確認されたものの中には、一度は「発見」されたものの、その後再確認されなかったために「ガセ」として闇に葬られそうになったものもあります。
1975年に、アメリカのチャールズ・トーマス・コワルに発見された木星の衛星、テミストなどがその例です。この衛星の名はギリシャ神話のゼウスの愛人の名をとったものです。一度発見され、すわ大発見とされましたが、軌道を確定するだけの十分な観測が無く、すぐに見失われてしまいました。
結局、このテミストは、2000年にハワイ大学の大学院生スコット・S・シェパードシェパードら再発見しましたが、それまでは長きにわたって未確認の第14番衛星とされていました。
地球にも月以外の衛星がある、とされて大騒ぎになったこともあります。さすがに最近の話ではなく、170年以上も前の1846年のことです。フランストゥールーズ天文台のプチ (Frédéric Petit)という天文学者は、複数の流星の軌道を研究した結果、地球の衛星軌道に乗っている流星を発見した、と発表しました。
しかし、軌道決定の不確実さなどから疑問視され、のちに否定されました。また、1898年、ドイツ・ハンブルクのゲオルク・ヴァルテマットは、月の軌道の揺らぎから、地球からの距離103万kmに、直径700km、公転周期119日の第2の衛星があるとの仮定を発表し、その衛星の太陽面通過を予言しました。
そして、予言どおり太陽面通過を観測したと主張し、さらにその年のうちに、第3の衛星を予言しましたが、太陽面通過だとされた現象は実際には黒点でした。また700kmもの大きさがあるなら簡単に観測できるはずですが、直接観測がまったくなされないことからも、以後科学的には、この衛星の存在は完全否定されました。
ただし1918年、占星学者のウォルター・ゴーンオール(占い師としての名はセファリアル) は、この衛星は実在するが真っ黒だから観測できないのだとして、リリス (Lilith))と名づけました。またダークムーン((dark moon) と称し、一部の占星学者(学者と呼ぶべきかどうかは疑問ですが)はいまだにこれを信じているようです。
このほか、今回みつかった(?)とされるプラネット・ナイン以外にも「惑星X仮説」というのがあります。これは、海王星や冥王星の外側にもさらに惑星が存在するという説です。こちらも「超海王星」であるとされ、第9番惑星と位置づけられるもので、冥王星の惑星除外までは第10番惑星(超冥王星)として探索が行われてきました。
この海王星もまた、もともとは天王星の外側に惑星がないと天王星の軌道のずれが説明できないため、存在の仮説が立てられて発見に至ったもの、と上でも書きました。
が、天王星と海王星にもさらにその存在だけでは説明できない軌道のずれがあったため、パーシヴァル・ローウェルらによってさらに外側に大型の惑星が存在するのではという仮説が立てられました。
これが惑星Xです。しかし、1930年に冥王星が発見されたため、この惑星Xの探索は決着がついたと思われました。ところが、その後の観測が進むにつれ、発見された冥王星の質量は海王星と天王星の軌道に影響を及ぼすにはまったく足りないことが明らかになり、探索は振り出しに戻りました。
その後現在に至るまで惑星Xは発見されていませんでした。しかし相次ぐ探査機の投入によって、海王星や天王星の軌道などが正確にわかるようになりました。またこの仮説の前提であった天王星や海王星の質量が推定よりかなり小さかった事などもわかり、新たな計算結果などから惑星Xといわれるような惑星の存在は否定されるようになりました。
そこへきて、今回のプラネット・ナイン発見の発表がありました。もしその存在が本当に確認されるとしたら、これまでの惑星Xの議論が再燃することになります。
また、もしプラネット・ナインが存在するならば、これまでの太陽系内の各惑星あるいはその衛星などの運行状況にも当然影響があるはです。これまでの天文学で「常識」とされていたものへの少なくない影響が予想されます。
さらに、プラネット・ナインに似たようなさらに別の天体もあるのかもしれず、昨年冥王星に到達して次々と新しいデータを送ってきている、探査衛星ニュー・ホライズンズの成果も踏まえて、今後は新たな「X探し」が始まる時代に突入していくのかもしれません。
我々はまさに新しい宇宙理論が確立されようとしている時代に生きているのかもしれません。
ところで、この「X」です。アルファベットの最後から3番目、24番目の文字です。現在のアルファベットはラテン語から派生した文字であり、ラテン語では23しか文字がありませんでしたがこれにJ、U、W を加えた 26 字を現在では基本と見なしています。
ラテン語のさらに前身はギリシア文字であり、このXはギリシア文字のΧ(キー/ヒ/カイ)に由来します。英語ではエクスと発音し、フランス語などではイクスです。通する「クス」はラテン文字としての発音、ksからきています。
一方現在の標準ギリシャ語のΧの発音にはchやkhが用いられるようです。日本語では「エックス」と発音します。微妙な差ではありますが、同じ語源にありながら文化や国によって音が違ってくるというのは改めて不思議な感じがします。ま、似たような話は日本語の方言にもあるわけですが……
しかし、英語などでもそうですが、だいたいどの言語もXで始まる単語は最も少なく、むしろ記号などでつかわれることが多いようです。ローマ数字では、10を意味しますが、これは古代ローマ人は元々農耕民族だったことに由来します。
古代ローマ人は、羊の数を数えるのに木の棒に刻み目を入れて数える習慣があり、柵から1匹ずつヤギが出て行くたびに刻み目を1つずつ増やしていきました。3匹目のヤギが出て行くと「III」と表し、4匹目のヤギが出て行くと3本の刻み目の横にもう1本刻み目を増やして「IIII」としました。
ところが、延々とこれを続けていくと「IIIIIIII……」となってしまうので、5匹目のヤギが出て行くと、4本目の刻み目の右にこのときだけ「V」と刻み、これと同様に9匹目の次のヤギが出て行くと「IIIIVIIII」の右に「X」という印を刻むようになった、というわけです。
これからすると、31匹のヤギは「IIIIVIIIIXIIIIVIIIIXIIIIVIIIIXI」となります。このように長々と刻んだのは、夕方にヤギが1匹ずつ戻ってきたときに記号の1つ1つがヤギ1匹ずつに対応していたほうが便利だったためです。このためその昔はヤギが戻ると、ご丁寧に記号を指で端から1個1個たどっていったそうです。
最後のヤギが戻るときに指先が最後の記号にふれていれば、ヤギは全部無事に戻ったことになります。無論、ヤギは30を超えて50以上になることもあり、それでは棒が足りなくなります。このため、50匹目のヤギはN、+または⊥で表しました。また100匹目は*で表しました。さらに1000は石で作った○の中に棒で作った十を入れた記号で表しました。
これらの記号が、その後ヨーロッパ諸国に伝わり、別の意味に使われるようになったのではないか、ということもいわれているようです。
このローマ数字としてのXという文字は現在でもよく使われます。Mac OS Xは バージョン10の意味であり、トヨタ・マークXは、 前身のトヨタ・マークIIからの歴代通算で10代目に当たるためにこのロゴが使われるようになったそうです。
野球で、一部または全部が省略されたイニングをXと表記します。9回裏が「X」と表記されている場合、9回表終了時点で後攻がリードしているため9回裏の攻撃が省略されたことを表します。これもおそらくは9の次が10であることから来ているのでしょう。
なお、「1X」と表記されている場合は9回裏に後攻が1点を取ってリードし、同時に試合終了してサヨナラゲームとなったことを表します。
一方、服のサイズなどで使われる”X” はローマ数字ではなくラテン語のほうです。”Ex”で始まる単語の略語として使われます。EXtra(特別)の意味であり、XLは、エクストララージで、特別大きいサイズを示します。また、Xは「実験」の意味で使われることもあり、兵器等、実験用の機器の型番に付けられる X-1、F-Xは、“Experiment”からきています。
そのほかXが使われる場合というのは、未知である場合にとりあえずつけられる名前であることも多く、上述の惑星Xもそれです。「Xデー」は、未知の(未来の)重要な日付であり、昭和天皇が逝去される前にはメディアに頻出しました。
各国の通貨の名前を3文字のコードで記述できるようにする通貨コードISO4217では、XXX は「通貨なし」を意味します。
さらに、ミスターX(Mr. X)は、正体が明らかでない人物に対して用いられるあだ名としても使われます。テレビや演劇、映画などでもXは頻発し、「仮面ライダーX」や「ウルトラマンX」「謎の物体X」といった具合です。
私の世代では、「ミスターX」といえばテレビアニメ、「タイガーマスク」に登場する悪役です。「虎の穴」の極東地区を統括するマネージャーで、外見は紳士ですが、性格は恐ろしく冷酷かつ残忍という設定です。掟である上納金の支払いを拒絶したタイガーマスクを裏切り者と認定し、処刑のために殺し屋や死神レスラーたちを次々と日本に送り込みました。
プロレスでのXは、出場選手が未定または未発表の場合に使われますが、実在の覆面レスラーにもミスターXを名乗った人物が多数存在します。獣医師の免許を有していたことから「ドクター」の異名を持ち、第5代AWA世界ヘビー級王者だったビル・ミラーは、覆面レスラーのドクターXとして活躍した時期がありました。
ミラー以降もカナダ出身のプロレスラーガイ・ミッチェルなどがミスターXとして活動しました。1975年、新日本プロレスに覆面空手家ミスターXとして来日。アントニオ猪木ともシングルマッチで2度対戦しました。別人のミスターXが覆面空手家として登場したこともあり、こちらは「猪木の格闘技戦史上最低の相手」とされました。
このほかテレビドラマでは「Xファイル」が有名です。こちらはおなじみの人が多いでしょうが、アメリカ発のSFテレビドラマであり、超常現象をテーマにしたストーリー展開や映画並みのロケが話題となり世界中でヒットしました。
ストーリーは、UFO、UMA、オカルトなど科学では説明の付かない超常現象のまつわる事件に、2人のアメリカ連邦捜査局(FBI)捜査官が取り組むというものでした。
一方、上述の天文学で使われた惑星Xという用語以外にも、科学の世界ではよくXは使われます。X線はその最たるものであり、これは発見時には性質などが不明でこう呼ばれていたものがそのまま残ったためです。
また、ランゲルハンス細胞組織球症という難病がありますが、こちらはかつては組織球症Xと呼ばれていました。おもに子供に生じる病気で、10歳以下に多いようで、原因不明の腫瘍があちこちにできる病気です。命が危ない病気ではないといわれますが、腫瘍が全身のどこでもできる病気であり、頭蓋骨と脳にも生じます。
脳に病気が生じると、てんかん発作や認知症などいろいろな神経症状とかの後遺症を残すことがあります。原因の特定と治療法がまだ確立していないころにXと呼ばれていたようですが、最近ではランゲルハンス細胞組織球症 (LCH)と呼ぶようです。
このほか、化学では、ハロゲンの元素記号として使われ、フッ素・塩素・臭素・ヨウ素など我々の身近にあるものは、化学式中ではしばしば X と表記されますが、その命名は機械的なもののようです。また我々の体を形作る組織内の染色体のひとつは「X染色体」です。こちらはその形に由来するものであり、こちらも未知のもの、といった意味はありません。
ところで、このラテン文字の「x」や「X」は×に見立てられることもあり、こちらは日本語では、「かける」「ばつ」「ぺけ」「ばってん」「ちょめ」「クロス」「バイ」などと読みます。何か二つのものを対比する場合に用いることが多く、例えば、寸法表記の「100cm x 100cm」などがそれです。
縦×横、幅×高さ、幅×高さ×奥行き、縦×横×高さなどで、一般的にも寸法を表し、「かける」と読むことが多いようですが、数学などで複数の乗算を区別する必要があるときは「クロス」と読むこともあります。
また「拡大」を意味する場合にも使います。よく間違うのは、×30 は30倍の拡大図を意味しますが、30×となると、こちら は30倍の倍率を持つレンズを表しています。
この×という記号はラテン語のXとは異なり、その起源は聖アンデレの斜め十字架であるとされ、これはキリスト教で用いられる十字架を模したシンボルのひとつです。アンデレとは、キリストの十二使徒のひとりでX字型の十字架で処刑されたとされる聖人で、その後キリスト教では「聖アンデレ」として敬われてきた人物です。
当初は国旗や紋章、勲章などに用いられましたが、乗法の記号としてこの記号が使われだしたのは17世紀に入ってからであり、最初に使ったのはウィリアム・オートレッドというイギリスの数学者です。
オートレッドは乗法と除法を直接計算できる計算尺を1622年に発明したことで知られ、”×” のほか、三角関数を “sin” や “cos” と表記する方法も彼の考案です。
以来、「カップリング」の記号としても頻繁に使われるようになり、生物学的にもたとえば「雄×雌」「男性×女性」といったふうに使われるようになりました。現在では結婚、交配の意味でもあります。
ところが、日本では否定的な意味を表す時にも使います。この場合は「バツ」「ペケ」と読みます。この「ペケ」とは何ぞや、ですが、これは横浜の外国人居留地の俗語で、マレー語から来ているそうです。マレー語で、あっちへ行け、の意味なのだそうで、横浜に外国人が入居していたころ、彼らはまだ異人として嫌われていたからなのでしょう。
また「べからず」が訛り、「ペケ」になったという説もあるようですが、いずれにせよ否定的な意味のようです。日本では文字の出現以前からあり、古墳時代の土器や埴輪にも×の印は見られ、「〆」と同様に封印の意味があったと考えられています。
平安時代以後、×は「阿也都古(アヤツコ)」と呼ばれるようになりました。アヤツコには異界とこの世の行き来を禁止する意味があり、古くは初めて外出する乳幼児の額に書くという習慣がありました。
このころは新生児の死亡率が高く、外出するときには魔物にとりつかれないように、というお守りの意味でしょう。また、生まれてまもなくは不安定なのですぐにあちらの世界へ行ってはいけないよ、という意味もあったでしょう。さらに、葬儀の際にも死者の胸に書くなど魔除けの記号、呪符として用いられました。
現在、我々が使う文字、たとえば「凶」「胸」「兇」などはこのアヤツコの系列の文字だといわれます。確認していませんが、おそらく「区」や「九」もその類でしょう。
このように日本では否定的な意味で使うことが多いこの×ですが、欧米でも不正解、不可、否定、無いの意味で「✗」を使います。が、ややこしいのは、日本語ではペケの反対は○(マル)であるのに対し、彼らの場合は肯定的な意味で使うときには「レ点」すなわち、「✓」を使うことです。
ちなみに、地図記号の警察署は、○に×ですが、これはかつての警官の所持品の六尺棒、現在の警棒を○で囲んで図式化したものです。また、交番は警棒だけの×になります。
このほか日本語で×を否定的に使う場合、よく「バツイチ」といいます。男性・女性の区別無く1度は結婚したものの離婚して現在独身である状態のことであり、一度離婚した経験を持つ人のことを指す俗称です。
こちらは、1992年に明石家さんまが大竹しのぶとの離婚会見の際、額に「×」を記して記者会見に応じたことから急速に浸透しました。今では「現代用語の基礎知識」にもふつうに掲載されています。
そもそもさんまさんが、結婚に失敗した自分に対して暗いイメージを持たれないようにと、面白い表現で表現しようとしたことに起因するわけですが、その後トレンディドラマでも台詞として頻繁に使用されたことから、次第に定着していきました。
なお、離婚の際、籍が抜かれるために戸籍が変わりますが、この際に戸籍原本に大きなバツ(×)印がなされる、と信じている人が多いようです。嫌だな~と思っている人が多いようですがこれはウソです。確かに昔は離婚すると戸籍に×が付されましたが、現在では単に「除籍」と記されるだけです。
この×は積極的で明るいイメージの「ピカイチ」に呼び替える運動が展開されたこともあったそうです。が、一過性で定着しませんでした。また「女性のバツイチは勲章」との言葉が女性向けの週刊誌やファッション誌などで取り上げられることがあり、バツイチが肯定的にとられた時代もありました。。
現在でも2回以上の離婚経験者を指して「バツ2(バツニ)」「バツ3(バツサン)」などと称することもあるほどで、それほど、この「バツ」は定着しています。最近は婚姻関係にあった男女関係だけでなく、同性の二人組お笑い芸人さんがコンビを解消したときも「バツイチ」と呼ぶこともあるようです。
それにしても本人同士は離婚したくて離婚したわけではないでしょう。従来は勲章としてもてはやされてきたこの離婚ですが、最近は結果的にバツイチになってしまったことについて自戒の念に駆られる人多いようです。
内閣府の「男女共同参画社会に関する世論調査」によると、「相手に満足できないときは離婚すればよいか」との質問に対して、賛成派(「賛成」と「どちらかと言えば賛成」の合計)が46.5%にとどまったのに対して、反対派(「反対」「どちらかといえば反対」の合計)が47.5%となり、23年ぶりに反対派が賛成派を上回るという結果が出たそうです。
賛成派は1997年の54.2%をピークに毎回減り続けており、一昔前に比べると、離婚に対して寛容ではなくなってきていることが窺えます。その理由にはいろいろあるでしょうが、ひとつには、夫婦の間に子供があった場合の悪影響です。
かつては離婚は子供に何の影響も与えないと考えられていたものが、最近は子供への悪影響が強くなってきた、という指摘が多くなった、ということがあるようです。
離婚が子供の成育にマイナスの影響を及ぼす要因としては、(1)非同居親と子供との親子関係が薄れること、(2)子供の経済状況が悪化すること、(3)母親の労働時間が増えること、(4)両親の間で争いが続くこと、(5)単独の養育にストレスがかかることなどがあげられるようです。
また、子供の健全な発育には、父親の果たす役割も大きいといい、こうした事実を踏まえて、欧米各国では、1980年代から1990年代にかけて家族法の改正が行われ、子供の利益が守られるようになっています。
ただし、子どもの権利は、日本では裁判規範とはされず、裁判所によって無視されており、国際機関から再三勧告を受けているのが現状です。が、いずれはこれも改められるでしょう。今後は子供の人権を守る上でも、離婚をできるだけ少なくしようというトレンドが主流になると思います。
「結婚は勢いでできるが、離婚には体力が必要」という言葉もあるようです。結婚は相互信頼を前提とするものですが、離婚は相互不信を前提とするため、ともいわれます。
離婚を意味する「×」がそうした不信感から来ているとすれば、それをなんとかハートマークに変えるためには、その不信感がどこから来ているのかを特定することが必要です。
そもそも不信感を持つに至る原因が何であったのか、についてはバツイチに至った方々それぞれに理由があるでしょうが、♂×♀の間にあるこの「×」という記号の持つ意味について、今少し時間をとってじっくり考えてみてはどうでしょう。
よくある結婚式のスピーチで、もし喧嘩をするほど仲が悪くなったら、その二人の間にある「”中”が悪い」と考えるようにしなさい、というのがあります。
離婚寸前の夫婦の間にもきっと悪い×があるに違いなく、それを消すことができたら、離婚届を出す「Xデー」も少しは先延ばしできるかもしれません。