ヤクは厄

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先日来、大物元プロ野球選手の覚醒剤使用による逮捕がニュースを賑わせています。

プロ野球界においては、昨年も賭博の問題が浮上しましたし、今回のこの事件もあり、いったい何をやっているのか、とファンとしては歯がゆい思いがします。ほとんどの選手が一生懸命やっている中でのこうした一部の輩の不正行為は、球界全体の印象を悪くしてしまっており、至極残念です。

ところで、この覚醒剤と麻薬って、いったい何が違うんだろう、とふと疑問に思ったので調べてみました。

すると、まずわかったのは、その違法な取扱いを罰する法律が違うということ。覚醒剤についてはその取締りは「覚醒剤取締法」という法律に基づいており、一方の麻薬のほうは「麻薬取締法」に基づいているようです。

というのも、そもそも麻薬というのは「薬」としても扱えるものであるのに対し、覚醒剤のほうは、いわゆる薬としての利用はされない刺激物、ということになるためのようです。

ドーパミンという言葉を聞いたことがあると思います。これは簡単に言えば、人に幸福感とか快感を与える物質ですが、脳内でこのドーパミンが増えると人は幸福感や快感を感じます。

覚醒剤と麻薬も作用としてはドーパミンを増やして幸福感や快感を感じさせるものですが覚醒剤はこのドーパミンをどんどん出すように仕向ける働きをします。つまりその使用によって問答無用に人を著しく興奮させる方に働く薬です。

一方で麻薬のほうは、本来は逆に人の神経を「鎮静させる」薬です。ドーパミンはGABA(ギャバ)と呼ばれるは主に脳や脊髄の神経系に流れている「抑制性の神経伝達物質」として使われており、通常の状態では興奮を鎮めたり、リラックスをもたらしたりする役割を果たしています。

つまり、普段はこのギャバ神経系によってドーパミンは出すぎるのを止められているわけですが、麻薬を服用するとその成分はこのギャバ神経を「抑制する」ことになります。このため、結果としてドーパミンがじゃんじゃん出るようになる、というわけです。

結果として覚せい剤も麻薬もドーパミンを増やして快感を得るわけですが、その作用の仕方が全く違います。

問答無用に直接ドーパミンを出させる覚醒剤は扱いが危なく、医療用としては使いにくいものです。一般には、ドーパミンの量が著しく減ることで起きるパーキンソン病の治療ぐらいにしか使われません。扱いによっては暴走しやすいために、同じ薬物であっても、高度に危険視されるのはこのためです。

一方で麻薬は医療用医薬品として使われます。もちろん、厳重に管理されて使われているわけですが、一番良く使われるのはガンの痛み止めです。いわゆる「モルヒネ」などがそれで、こうした麻薬は他の痛み止めと違い、痛みの伝わる神経経路に直接作用します。また、ガンが進んでくると他の痛み止めは効かなくなりますが麻薬は効果が持続します。

このように作用が全く違うのが、これを取り締まる法律も違う理由です。その化学的な成分についても大まかな分類では、前者が植物由来のものが多いのに対し、後者は鉱物由来のものが多い、という違いがあるようです。無論、かなり大雑把な分類なので、厳密に化学成分を分析すると必ずしもそうとは言えないものもあるようですが。

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このほか、植物由来といえば、同じ麻薬の中でも、大麻というのがあります。いわゆる植物の麻を原料にしてできる薬であり、マリファナとも呼ばれます。実はこちらも麻薬取締法や覚醒剤取締法とは別に、「大麻法」という独立した法律で規制されています。

この大麻にも麻酔性があり、戦前には鎮静薬及び催眠薬、喘息への熏煙剤としての使用のほかに嗜好用途として、紙巻煙草として使われることもあったようです。死亡例もほとんどないらしく、麻薬の中でも比較的マイルド、とされるもので、日本以外の国では医療用として使う国もあります。

アメリカの23州、カナダ、イスラエル、ベルギー、オーストリア、オランダ、イギリス、スペイン、フィンランドなどで医療大麻として実際に使われています。しかし、大抵の場合、大麻の使用には処方箋が必要になります。ただ、アメリカなどでは医薬調合品としての利用が可能になってから悪用する輩が増え、大きな社会問題になっています。

このため、日本政府としてはアメリカみたいにならないように、ということで上述の大麻法が定められ、たとえ医療目的であっても使用、輸入ならびに所持は厳格に禁止されています。

ただ、 2013年ごろから日本で規制されていない、茎や樹脂からとれたCBDと呼ばれるオイルがアメリカから輸入されるようになっています。CBDオイルは、いわゆるハイになる物質を一切含んでおらず合法的に輸入代行業者から購入できるためです。抗癌性があるといわれ、こうした病に苦しむ人には期待されているようです。

植物性の麻薬にはこのほか、「アヘン」があり、これはこれでまた麻薬取締法、大麻法とは別に「あへん法」という法律によって規制されています。紀元前から鎮痛作用などが知られ用いられており、後にアヘン戦争を引き起こすなど重大な害悪を引き起こしてきました。

ご存知のとおり、ケシの実から作られますが、精製の必要がなく割と簡単に作れてしまうようです。顕著な薬効があるために、極めて古くから使われてきました。他の麻薬に比べ麻薬性は相対的には少ないとされますが、過度の服用は幻覚症状などを引き起こし、中毒に到ります。

しかし、約10%ほどの豊富なモルヒネを含み、その鎮痛作用などの効果から日本以外では製薬原料として広く利用されています。なお、アヘンは精製によってさらにその化合物であるヘロインの原料となりますが、このヘロインは強い「魔薬性」に偏った成分を持つため、アヘン以上に危険な麻薬として厳しく取り締まられています。

無論、日本でも、あへん法によって厳しく取り締まられるともに、麻薬取締法によっても使用、所持等が禁止されています。またあへん法では、原料となるケシの栽培自体も禁止されています。

以上、日本には、麻薬取締法(正確には「麻薬及び向精神薬取締法」、)覚せい剤取締法、大麻取締法、あへん法の4つの薬物取締法があることがお分かりだと思いますが、これら四つの法律は、合わせて「薬物四法」と呼ばれています。

こうした四重もの規制を敷くのは世界的にみてもかなり厳しい状況のようであり、警察庁のほか、厚生労働省には「麻薬取締部」があり、薬物の利用を厳しく監視しています。この下で働くのがいわゆる「麻薬Gメン」、マトリと呼ばれる麻薬取締官です。先日のK元選手の逮捕に大きく寄与したのもこの麻薬Gメンだったようです。

警察とは違う組織ですが、似たような権限が与えられていることから、国会などで警察機構へ統合すべきでは、との意見が出たことがあるようです。

警察庁にも薬物銃器対策課が存在することから、予算や効率化の観点から今も統合論が根強いようです。実際の業務においても、ほとんどの薬物密売に暴力団が関与しているため、暴力団の情報をほぼ独占的に有する警察との情報交換が常に必要となっています。

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このように、日本では薬物使用に関しては極めて厳しい規制が敷かれているわけであり、そうした厳重な監視の目の中をくぐってまで薬物を手に入れる、ということに対してはそれなりに世間からの厳しい目が向けられるわけです。

犯罪には、殺人や傷害、脅迫や窃盗といった「個人的法益に対する罪」と、放火や騒乱、通貨偽造や公然わいせつ、といった行為により著しく社会への影響を与える「社会的法益に対する罪」の大きく分けて二つがあります(このほかにも公務執行妨害や内乱を犯すといった、国家的法益に対する罪」というかなり特殊なものもありますが)。

この社会的法益に対する罪の中においても、薬物使用の罪はかなり上位の悪質な罪とみなされることが多いようです。というのも、放火やわいせつ行為といった罪は、その被害は一部地域もしくは一部の人々に対する限定的な影響しか与えないことが多いのに対し、薬物の蔓延は多くの国民の脅威となりうる可能性を秘めているからにほかなりません。

もしかしたら騒乱罪よりも罪は重いかもしれず、麻薬取締官や警察官がそれだけ躍起になってホシを挙げようと頑張るのはそのためであり、また世間一般から着目され、メディアにも取り上げられやすいのはこのためです。

こうした薬物被害の中でもとくに覚醒剤によるものは、とくに著しいといいます。上でも述べたとおり、なにしろ「薬物」といいながら、科学者がコントロールできないほど過激な代物であるわけであり、薬としての使用も不可能であるとされるような物質です。

日本では、「シャブ」、「スピード」、という隠語で呼ばれているようですが、「シャブ」の由来は、「骨までシャブる」を由来とする説があるようで、このほか「人生をしゃぶられてしまうからである」という人もいるようです。スピードのほうは、それだけ効き目が顕著で早く利くためでしょう。

乱用者は「シャブ中」などと呼ばれますが、ヒロポン中毒を意味する「ポン中」と呼ばれることもあります。

このヒロポンについては、戦前の日本では、合法的に販売されていました。1941年(昭和16年)、大日本製薬(現在の大日本住友製薬)がメタンフェタミン製剤ヒロポン、武田薬品工業がアンフェタミン製剤ゼドリンとして市販したものが普及したものです。

のちにヒロポンの効果や売上げはゼドリンよりも大きかったことから、ヒロポンのほうが固有名詞として定着しました。ヒロポンの名は、「疲労をポンと取る」にも掛けていますが、ギリシア語のピロポノス(労働を愛する)を由来としています。

覚醒剤として使われ始めたのは、アメリカの薬理学者でゴードン・アレスという人が、1933年、アンフェタミンから吸入式喘息薬を開発して、ベンゼドリンとして市販されたことがきっかけです。

が、咳止めとしてよりも、疲労回復のために長距離トラック運転手がよく使うようになりました。また、スーパーマンになれる薬として学生の間で乱用され、また食欲減退効果があることから、ダイエット薬として販売する業者も現れました。これに目を付けた上の日本の製薬会社がこれを輸入販売するようになったものですが、のちには国産化されました。

ヒロポンの効果については、研究者によって当初、疲労を防ぎ、睡魔を抑える興奮剤としての効果があるといわれ、常習性はないとされていました。不眠、食思不振、頭痛、焦燥感などの副作用も臨床実験で報告されていましたが、効果・副作用を分ける基準が、主として被験者の主観的によるものが大きいとして特に問題にされていませんでした。

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その後日本が太平洋戦争に突入し、戦闘が激化すると、当時の軍部は生産性を上げるべく、軍需工場の作業員に錠剤を配布して10時間以上の労働を強制したり、夜間の監視任務を負った戦闘員や戦闘機のパイロットに視力向上用にと配布しました。

「吶喊(とっかん)錠」・「突撃錠」・「猫目錠」という名前で配られていたそうで、パイロットに対して重点的に支給され、とくに夜間戦闘機のパイロットには効果があるとされました。

夜間戦闘機というのは、視界の悪い夜間に活動するための専用の装備・能力を持った戦闘機のことで、特徴としては、乗員が複数名で黒・グレー・濃緑など、暗めの色で機体が塗装されたものです。このころはまだ珍しいレーダーを搭載しているものもありました。

また、通常機体後上方に向けた防御武装が強力である爆撃機を打ち落とすために、機銃を多くは斜め上方にも向けて装備し、併行して飛行しながら防御の薄い敵爆撃機の下側から連射を浴びせることができました。これを斜銃といいます。

一般的に、夜間戦闘機は昼間戦闘には用いられません。その理由は複座で運用され、かつ重い機銃を複数装備するためであり、このために双発とすることが多く、昼間戦闘機よりも鈍重になったためです。それゆえ発祥となった双発複座戦闘機は、夜間戦闘機に用いられる以前より、偵察や爆撃任務に活用されていました。

日本では月光、銀河、極光、電光、彗星といった夜間戦闘機が製造・運営されましたが、中でも、昭和17年(1942年)から「二式陸上偵察機」として使用され始め、翌年から夜間戦闘機にこれを転用した「月光」は名機といわれました。

月光の初期型に上向きと下向きの斜銃が2挺ずつ装備されており、その重装備により、戦争開始当初はB-17やB-24などの敵米爆撃機を次々と撃ち落しました。その後の本土防空戦においても、夜間のみならず昼間もB-29迎撃に出撃し、それなりの成果をあげました。

しかし、終戦近くになると、速度や高々度性能の不足、また飛来するB-29に比して迎撃機数が少ないこともあって、十分な戦果を挙げることはできませんでした。かなりの数の月光に対航空機用レーダーが装備されていましたが、搭乗員や整備員がレーダーの取り扱いに不慣れであったことや、レーダー自体の信頼性も低く、戦果があがりませんでした。

とはいえ、月光の生産機数は二式陸上偵察機も含めて477機にものぼり、この内40機が終戦時に残存していました。現在、戦後アメリカ軍に接収された横須賀航空隊のヨ-102号機が修理・復元された上でスミソニアン航空宇宙博物館に展示・保存されています。

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この月光の夜間戦闘機月光搭乗員として活躍した旧帝国海軍のエースに「黒鳥四朗」という少尉がいます。飛行兵曹長・倉本十三とのペアにより、6機ものB-29を撃墜したとされますが、この二人もまた、夜間視力が向上するとの事で、ナチス・ドイツより輸入されたヒロポンを使っていました。

ナチス・ドイツでは、その後「ヒロポン入りチョコレート」といったものが配られるようになったといいますが、日本ではまだそのころそこまで技術が進んでおらず、夜間戦闘機搭乗員は、ヒロポンの主成分であるメタンフェタミンを直接注射で投与されていました。

これを注射することによって夜間視力がよくなるとされたことから、「暗視ホルモン」という名前で呼ばれていました。黒鳥少尉以外にも、「大空のサムライ」として有名なエースパイロット、坂井三郎中尉もラバウルで連日激しい空中戦を戦った際に、疲労回復のブドウ糖と一緒にヒロポンを注射していたそうです。

こうした日本軍による覚せい剤の使用状況については公的資料がほとんど残っていませんが、その効果として「疲労回復」や「眠気解消」や「士気向上」が期待されていたものと思われます。夜間戦闘機の搭乗員以外にも、主に眠気解消剤として夜間作業に関わる兵士用に応用されていたといわれています。

「暗視ホルモン」を投与された黒鳥・倉本ペアは、その後目覚ましい成果をあげましたが、その投与に際しては、技量と戦果を考慮し、まだ実績の少なかったこのペアが選ばれたと推測されています。つまり、軍部としては彼らを実験材料にした、ということになります、

その後の目覚ましい活躍によって、はたしてその効果を証明した、ということになるわけですが、その実際の効果について、当の黒鳥少尉は戦後、眠気がなくなり、冷静な判断力とひらめきを得たこと、恐怖心の抑制力があったこと、などをあげています。

ただ、夜間の視認性は向上せず、全体的にさほど影響はなかったとも述べており、実際には「暗視ホルモン」と言われるほどの視力への効果はあまりなかったようです。とはいえ、戦闘能力を高めるうえでは有効だったと考えられるわけです。

しかし、こうした覚醒剤投与の影響は、戦後すぐに異常感覚の発現という形で現れました。黒島少尉に関しては戦後すぐの1946年(昭和21年)初夏から始まり、異常感覚がほぼ消失するには昭和60年ごろまで非常な長期間を要したといいます。具体的には尖ったものや手や鼻が自分の目に飛びこむ感覚、微熱と目眩、食欲の減退などが起こったといいます。

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太平洋戦争敗戦後は、GHQからの指示で厚生省が軍部が貯蔵していた大量の医薬品が医療機関や一般国民に大量放出され、この際にこうしたヒロポンも同時に放出され、大量に巷に流通しました。

戦後間もない闇市ではカストリ焼酎一杯より安い値段で1回分のアンプルが入手できたといい、このため、芸人や作家やバンドマンといった寸暇を惜しんで働く者たちから、興味半分で始めた若者まで瞬く間に広がり、乱用者が増加していきました。

またヒロポンは、薬局においてアンプルや錠剤の形で販売されるようになり、1943年から1950年までは、印鑑さえ持っていけば誰でも購入できました。このため、タクシーの運転手や夜間勤務の工場作業員など、長時間労働が要求される職種の人々に好んで利用され、その疲労回復力から大いに重宝されました。

この結果、日本では大量に社会に蔓延し、多数の依存症患者を生み出す事となります。ヒロポンを販売していた大日本製薬会社は、戦後の国会で戦時中にはその毒性を認識していなかったと前置きの証言をしたうえで、国による早急な対策を訴えたといいます。

しかし、対策が後手に回ったこともあって、やがて蔓延が社会問題化することとなり、ようやく様々な措置が取られることとなりました。こうして、1948年7月には薬事法における劇薬の指定がなされました。また翌年には、厚生省から各都道府県知事に、製造自粛などを通達し、1950年には医師の指示が必要な処方せん薬となりました。

その後、このヒロポンの蔓延がきっかけとなり、遂に1951年に覚せい剤取締法が制定され、施行されるに至ります。しかし、その後も密造の覚醒剤が流通したため、1954年(昭和29年)には、覚せい剤取締法の罰則が、懲役3年以下から5年以下へと強化されました。

同年にはまだ5万6千人近くの検挙者が出ていましたが、軍部からの流通から生じたヒロポンの蔓延による「第一次覚醒剤乱用期」はようやく終息を迎えるところとなりました。しかし、取引は地下に潜って暴力団などの主要な資金源となっていきました。

覚醒剤自体は非常に安価に製造できますが、取引が非合法化されているため闇ルートでの流通となります。このため、闇資金を必要とする暴力団関係者などの悪の組織ではその価格を嵩増しし、末端価格では数百倍にも跳ね上がることも普通です。

イイ金になるからと、密輸や密売があとを絶たないのはこのためであり、韓国ルートのものが増えた1970年(昭和45年)には再び検挙数が1000人を超えました。1973年には罰則がさらに懲役10年以下に強化されるに至り、ここに至って「第二次覚醒剤乱用期」に入ったといわれました。

以後、水商売回りに乱用が流行するようになりましたが、近年では、北朝鮮・台湾・トルコなど大陸からの密輸も相当量あるといわれ、特に北朝鮮のそれは同国の主要な外貨獲得手段となっていると指摘されています。

中学生・高校生が栄養剤感覚や痩せ薬感覚で手を出したり、主婦がセックスドラッグと騙されて服用するケースも増加し、薬物汚染として社会問題になっています。1980年代後半以降は芸能人・ミュージシャンなどの知名度や影響力の高い人物が覚醒剤使用で検挙されるケースも後を絶たず、繰り返しセンセーショナルな社会的話題となっています。

2005年、覚醒剤所持で逮捕された衆議院議員・小林憲司(当時民主党)が、衆議院議員在職中にも覚醒剤を使用していたことが判明し、国民に大きな衝撃を与えました。

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とはいえ、覚醒剤使用者の検挙率は、1998年の22000人超から毎年減ってきており、現在では15000~16000人くらいの水準になってきているといいます。しかし、ここへきて先日の元大物プロ野球選手の逮捕劇があり、その状況に冷や水を浴びせた格好です。列島を大きく揺れ動かす事件となり、今後もしばらくは尾をひくでしょう。

こうした覚醒剤の使用に関しては日本以外の多くの国でも厳しく規制されており、ヨーロッパ諸国ではそれほど厳しくないものの、イギリス、フランスが最高で無期懲役、アメリカ合衆国でも州毎に違い、最高で終身刑となる州もあります。

一方、アジア諸国はかなり厳しく、中には最高刑を死刑と定める国もあります。例えばシンガポールでの不法製造は死刑の対象であり、またマレーシアでも50グラム以上の覚醒剤所持・密輸入では、有罪の法定刑は死刑のみとなっています。

さらにタイ王国においても、譲渡目的での製造・密輸は死刑となり、譲渡・所持でも死刑または無期刑となります。お隣の中国でも50グラム以上の所持で死刑、大韓民国では営利目的のケースでは最高刑が死刑です。1972年(昭和47年)の日中国交正常化後、中国において死刑を執行された日本人は、全員が覚醒剤犯だそうです。

いっそのこと、日本で覚醒剤を使用した輩は中国や韓国へ島流しにする、といった法律でも作ってはどうかと思うのですが、自国の恥を他国へ輸出することはやはりやめたほうがいいのでしょう。

さすがに最高刑を死刑にするというのは日本ではまだ難しいのでしょうが、場合によってはそれもありだよ、とウソでもいいから彼らに伝えれば抑止力になるのかも。

とまれ、薬物使用のない、平和な国により近づけるためには、現状では警察および麻薬Gメンさんたちに頑張ってもらうしかないようです。特に麻薬Gメンさんたちは、警察官と同じ立場でバッタバッタと悪を検挙してくれる頼もしい味方です。

麻薬Gメンには、国家公務員Ⅱ種採用試験の合格者からの採用と、薬剤師資格の有資格者採用があるそうです。国Ⅱからの採用の場合、麻薬取締官の任用資格の関係から、法学部卒者が優先されるそうです。法学部以外の場合、実務経験2年以上が必要なので、麻薬取締官に任用されるまでに時間がかかるといいます。

現在法学部に所属している俊英なあなた、あるいはこれから薬剤師を目指す優秀なあなたも、これからの日本を守る正義の味方、麻薬Gメンを目指してみてはいかがでしょうか。

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