思い通りにならないときは……

2015-1080901

ひょんなことから、かなり昔に書いたブログの下書きが出てきました。

このブログを始めた5年前に書いたもので、「人生を変える波動の法則」(PHP出版)をベースにしたものです。著者は、世界的なスピリチュアル・カウンセラーと言われる、ペニー・ピアース(Penny Peirce)さん。本文からの引用、およびそれを整理した内容でした。

改めて読み返してみると、ハッと驚くようなことがいろいろ書いてありました。今の気分に妙にフィットするので、再アップしてみましょう。

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◎問題の見方を変える(氏の著書からの抜粋)

運命とは、日々の問題を一つずつ悩みからチャンスと導きへと変えることによって、少しずつ歩んでゆくものです。一つひとつの問題と向き合うとき、魂が何を意図としているかを探しましょう。魂はあなたが体験から学ぶために、様々な状況を作り出します。

問題に気づいたときに、自分の内側を見ると、自分がエネルギーの流れを止めていることに気づくでしょう。あなたがまだ十分に体験していないことや、人生について誤った認識を持っているとことを、魂が教えているのです。

問題とは、必要なことにあなたの注意を向けさせるものです。問題のある状況を変えようとして戦略や行動を探すかわりに、その状況をじっくり味わって、魂は自分に何を気づかせようとしているのか見て下さい。

たとえば、上司に昇進と給料の値上げを要求するとき、ほんとの気持ちは会社を辞めて独立したいのかもしれません。アパートの隣人のたばこの煙が寝室に入ってきてイライラしているのは、自分の家を持ってもいいのだと気づくためかもしれません。

問題を新たな気づきへのきっかけとすることによって、魂の表現と運命を邪魔していたものを除去できるのです。

(中略)

「直観の時代」には、最善の答えは魂が焦点を当てたテーマに即して浮かび上がってきます。しかもびっくりするほどすてきな答えなのです。「問題」は単にあなたの魂からくる導きであり、方向を変える必要があるということを示すものなのです。

解決はあなたの個性の驚くべき部分や様々な変数の思いがけない組み合わせを使って、最も期待していないときに奇蹟的に現れ、いくつもの問題を同時に解決します。

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自分に生じた様々な問題は、自分自身の魂が、その問題の勃発と同時にその解決策を教えてくれようとしている時だということを指し示している、ということのようです。

何か難しい問題に直面したとき、人は悩んだり落ち込んだりするものですが、最初にそれを「問題」だと気付いた自分自身の中の場所へ意識を向けると、それに対する答えがおのずから浮かんでくる、ということでもあります。

つまり、問題と答えは一緒に存在している……ということです。

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◎「望んでいることが起こらないときは・・・」(筆者改訳)

何かを望み、ボジティブな気持ちでそのことをしばらく思っていても、それを手にいれられるとは限りません。それは、自自分自身の波動に問題があるからか、あるいは、自分自身で現実化を邪魔している場合、また、自分の魂の計画では、それが必要のないことであるからなどなど、いろんな理由があるからなのです。

それではまず、「自分自身の波動に問題がある」、とはどういうことなのでしょうか。

例えば、こんな例があります。ある会社に有能な社員がいて、その会社の大改革のプランを高い情熱を持って作成し、経営陣につきつけました。しかし、会社の経営陣はそれを拒否し、そのプランは実行されなかったのです。

なぜ実現しなかったのか。それは彼のプランにおいて、その会社の古い経営スタイルや保守的な経営陣のことが考慮されていなかったためだったからです。会社の波動は彼の波動よりも遅かったので、経営陣は、短期的にたくさんのことをしなければならない、という彼のプランを実行することが怖くなったのかもしれません。

また、何かを実現させようとするために、あまりにも自分自身の意思の力を使いすぎたのかもしれません。自分の力を現実化のプロセスに注ぎ込み、プロセスを支配しようとしすぎたのかもしれません。無理に実現させようとするのは、流れと調和せず、重要な情報を見失っているしるしであることが多いのです。

何かが実現しないとき、なぜ実現しないのかには、また別の理由がある場合があります。それは、「自分自身で、現実化を邪魔している場合」であり、その望みが怖れや欲などのネガティブな感情から発している場合です。

「家を失わないためにお客をもっと増やさなければならない」「一人きりにならないために、恋人が欲しい」などが良い例です。

こういう場合は、実は「欲しいもの」に着目しているのではなく、自分の「怖れ」に最も注目を注いでいるので、そのために怖れそのものが現実になってしまうのです。一時的には頑張って、お客や恋人をみつけられるかもしれませんが、自分自身が怖れている現実は潜在的に残っており、いずれ表面化します。

怖れを避けるため、現実を避けるか、欲しいものを無理やり手に入れるかによって、自分のエゴにしがみついている状態なのです。

こうした状態のとき、人の心の中には心配や疑いが心の中にうずまいているはずです。「そのうちお客が減っていって、本当に家を失わないだろうか」「今の恋人が去って、また一人になるのではないだろうか」というような心境です。

このような状態は現実化への流れを狂わせ、結果が生じるのを邪魔してしまうことになります。すなわち、家を失うことになり、恋人もみつからないのです。

また、現実化を自分で邪魔しているというときには、体がそれを現実だと感じられなかったり、結果が自分自身に深いやすらぎをもたらさないために、望んでいる事柄が実現しない、という場合もあります。

例をあげましょう。自分の家の庭をみたある高名な庭師が、世界で一番きれいな洋風の庭にしてあげよう、と言ったとしましょう。しかし、自分自身は純和風の庭が好きなので、洋風の庭・・・と言われても理解できないし、ピンとこない。

けれど、せっかく有名な庭師がそう言ってくれるのだし、あまりにも熱心なので、庭師の言葉に従って、洋風の庭を作ってもらうことにしました。その結果・・・毎日、朝起きてその庭に出て、本当は自分があまり好きでもない庭を見て後悔の気持ちでいっぱいになる・・・

乗り気ではない体が結果が出るのを邪魔した良い例です。

お金儲けにもそうである場合があります。本来、お金は紙切れであって、人間の体にとっては特に、愉快でも刺激的でもない抽象的な存在にすぎません。体がその紙切れを集めることを現実的だと感じない場合、その紙切れ集め、すなわちお金儲けはうまくいきません。

身近な人を亡くして失意のどん底にある時に、お金儲けが楽しい、と思う人はあまりいないのではないでしょうか。

望んでいることが実現しない場合、自分にはそれを得る資格がない、と思っている場合もあります。または、それがもたらす変化を本当は望んでいないときにも現実化はおこりません。

例えば、幼いころの感情的な心の傷を負っていたり、ひどい貧乏を長い間味わった時などに望んでいることが起こらないことがあります。人を愛したいのに、自分が傷つくことを恐れて愛せない。お金が欲しいけれど、どうせ自分は貧乏からは抜け出せないさ、という考えです。

自分を十分に認めていないときにも、現実化がおこらないことがあります。自分には能力がない、と思っている人にはその人の持っている能力以上の仕事はこないものです。

人は、今の収入や生活レベルに満足しているときには、より多くを望みません。より多くを手に入れると人生が面倒になると思うからです。

齢をとって想像力がなくなったり、想像力を使わずにすごしたりすると、大きな夢を持てなくなる場合もあります。夢を大きくふくらませるためには、より大きなエネルギーや高い活動レベルが必要です。

また、豊かな知識と夢をふくらませることのできる物理的な空間が必要であり、さらには夢を持つことができるようにするために必要な「新しい自己意識」を得るためには、何らかの「改革手段」を思いつくことが必要となります。

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抜粋・改訳は以上です。

改訳のはじめのほうにあった、「何かを実現させようとするために、あまりにも自分自身の意思の力を使いすぎる」という状況は誰にでもあることのように思います。人任せにする、というのは少し違うように思いますが、その時の「流れ」に乗って、実現を待つ、という態度のほうが良いということなのでしょう。

また、「自分の力を現実化のプロセスに注ぎ込み、プロセスを支配しようとしすぎ、無理に実現させようとしたため、流れと調和せず、重要な情報を見失った」ということもありがちです。一生懸命になりすぎると、大事なことを見過ごすよ、と言っているわけです。

さらに現実化のプロセスを速めるもの、遅らせるもの、として、ピアースさんは以下のような整理をしています。

●現実化のプロセスを速めるもの、遅らせるもの

○速めるもの
・アイデアに気づき、注意を向けること。
・ただし、体が、そのアイデアを現実的でごく当たり前のこととして体験できること。
・魂の波動を周囲から全体へと放射すること。
・自分と共に創造のプロセスを行う全ての存在・宇宙的な粒子があるということを尊重すること。
・自分の波動が、もの、人、状況、場所、求めている体験に一致していること。
・結果が完全であると信頼していること。

×遅らせるもの
・望んでいるものは遠くにあると思っているとき。
・怖れから望んでいるとき。心配し疑っているとき。
・結果を無理にでも引き出そうとするとき。それを実現するために自分のエネルギーを使いすぎるとき。
・望んでいるものが自分の魂の目的ではないとき、
・自らの魂は、その結果が自分とって害があることを知っているとき。
・頭が必要以上のことをやろうと必死になっているとき。

以上から、改めて総括してみると「願い」というものは、怖れや欲などのネガティブな感情から発したものではないことが大切であるようです。

また、その願いがかなえようとする過程において、事象や目の前に現れる人々をすべて尊重しながら、自分達の波動が、求めているもの、人、場所や状況に一致しているかどうかを常に確認しながら事を進めるのが良いようです。

さらに、時には自分達の波動と合わず、願いを断念することもあるかもしれませんが、場所を変え、自分達の波動と合うものを探し続けていけば必ず良い結果が出る、と信じることが大事です。自分を信じながら新たなチャレンジをしていくべきなのでしょう。

どうでしょうか。5年前に書いたものとは思えないほど新鮮です。

これでみなさんも結果が出せるようになるのではないでしょうか。