バイキンマンは悪役?

神戸で、子供たちに人気のアニメキャラクター、バイキンマンにまつわる新しい体験型施設ができたそうです。

中央区の神戸ハーバーランドにあるテーマパーク「神戸アンパンマンこどもミュージアム&モール」の別館としてオープンした「バイキンひみつ基地」で、同様のミュージアムは全国に5カ所ありますが、バイキンマンが“主役”の施設は仙台市に続き2館目なのだとか。

施設は広さが約245平方メートルといいますから、15m四方ほど。決して大きくはありませんが、子どもたちが体を動かしたり、遊具に入って写真撮影したりできることを重視した設計になっていて、目玉は高さ約3.4メートルある、バイキンマンが作った巨大メカ「だだんだん」だそうです。

このほか、乗り物の「バイキンUFO」や「ドキンUFO」も再現して設置されているとかで、関西のアンパンマンファンにはたまらない施設でしょう。

営業時間は午前10時~午後6時。入館料はミュージアムとの共通チケットで、1歳以上は年齢に関係なく1人1800円。高くないか?とも思うのですが、本館の方も楽しめることと、小学生以下は夏ごろまで、バイキンマンに関連した入館記念品がもらえるとのことで、それならいいか、という人も多いでしょう。

バイキンマンの登場

このバイキンマンの姿形を、何らかの機会に見たことがある人も多いでしょう。アンパンマンの宿命のライバルであり、アンパンマンを倒して世界を“バイキン“で征服するために、バイキン星“からやってきた”バイキン“です。

赤ちゃんの時に卵の状態でやってきたこのバイキンマン。バイキン城を根城とし、当初は一人暮らしでしたが、現在はドキンちゃんや、カビルンルンなどの手下と生活しているそうで、名前とは裏腹にかなり裕福な生活をしていそうです。

バイキンマンが登場することになったのは、作者の「やなせたかし」さんが「アンパンマンに「何かが足りない」と思い悩んでいた頃、彼の友人、いずみたくが演出したミュージカルを見たことだそうです。

「怪傑アンパンマン」というこのミュージカルの上演時に、その観客の様子を観察していたやなせさんが「悪役が必要だ」と思い至ったことが、この新キャラクターを登場させるきっかけになったのだとか。

自身の顔を分け与えるという、「自己犠牲」の象徴であるアンパンマンに対して、バイキンマンは自己の欲求を満たそうとする「自己満足」の化身です。人間にも良い心と悪い心の両方がバランスを保って存在しているように、両者は「光と影」「プラスとマイナス」のような関係であって、片方だけでは存在できない、というわけです。

そのやなせさんも、5年前の2013年10月に亡くなりました。94歳という大往生でしたが、翌2014年2月6日、生きていれば95歳となる誕生日に東京都新宿区で「ありがとう!やなせたかし先生 95歳おめでとう!」というタイトルで開催された告別式には、ちばてつやを始めとする日本漫画家協会所属の漫画家60人が参列したといいます。

二次大戦では、下士官として、中国戦線に出征。部隊では主に暗号の作成・解読を担当するとともに、宣撫工作にも携わり、紙芝居を作って地元民向けに演じたこともあったといいます。

従軍中は戦闘のない地域に居り、職種も戦闘を担当するものではなかったため、一度も敵に向かって銃を撃つことはなかったといいますが、この戦争では弟さんが戦死しています。

戦後、絵本作家・詩人としての活動が本格化する前までは頼まれた仕事はなんでもこなしたといい、編集者、舞台美術家、演出家、司会者、コピーライター、作詞家、シナリオライターなど様々な活動を行っていたそうです。

1969年発表したアンパンマンは長らくヒットしませんでしたが、1988年(昭和63年)に、テレビアニメ「それいけ!アンパンマン」として日本テレビで放映されてから大ブレークしました。

バイキンマンというキャラクターについては、「怠けたい、いたずらをしたい等という人間の欲求不満を表現している」「バイキンマンは時にはいいこともする。悪に徹しきれないところがある」などと語っていました。

また、「決してバイキンマンは死ぬことはない」「人間が風邪を一度ひいて、またかかるように、やられても平気な顔をして次に出てこられる」とも語り、まさに「バイキン」のような不死身の体を持ったところが大きな特徴だとしていました。



なぜバイキンマン?

それにしても、なぜ、いま、バイキンマンなのでしょうか?アンパンマンの主役は無論、アンパンマンであり、ほかにも人気のキャラクターがいそうなものなのに、なぜ脇役のバイキンマンをテーマにしたミュージアムが成立するのか。そもそも儲かるのでしょうか?

いろいろ調べてみたところ、意外にも「アンパンマンよりバイキンマンの方が好き」という人が多いことがわかりました。

マンガやアニメに登場する悪役キャラの中には、「敵だけど憎めない」キャラクターも多いようですが、その中でも断トツ人気なのが、バイキンマンのようです。

その賛辞の声を集めてみました。

・絶対に根はいい奴。アニメを見ているとけっこう酷い悪さをするなぁと思うけれど、ちゃんと最後はアンパンマンにやられてしまうところがいい。
・ドキンちゃんに振り回されているところがかわいい。
・本当はやさしいやつだと思う。ストーリーによっては、バイキンマンが誰かを助けたりしているときもある。
・言動がかわいい。「ハ~ヒフ~ヘホ~」というわけのわからないセリフが大好き。

とくに女性を中心に人気が高いようで、いつもアンパンマンにやられてしまうバイキンマンは、ドキンちゃんのために尽くすなど、紳士な一面もあり、「憎めない」、「かわいい」、「健気」といったところが、女心をくすぐるのでしょう。

他のアニメの中にも似たようなキャラクターがたくさんいます。例えば、ドラえもんに出てくる「ジャイアン」。いつもはのび太にいじわるばかりするけれど、ときに情味あふれる、頼れるキャラクターに変わるところが、ファンの心を惹きつけるようです。

ほかにも「ドラゴンボール」の敵キャラクターである、「ベジータ」や「ピッコロ」がいます。時にやさしい一面を見せるこのキャラクターを「嫌いになれない」という人も多く、主人公・孫悟空をしのぐほどの人気を獲得しています。

ポケモンに登場する「ロケット団」もそうで、“悪の組織”なはずなのに、コミカルな面があるのが憎めないところ。ロケット団が登場するのを毎回楽しみにしている人も多いのではないでしょうか。

このように、悪役キャラは、悪い面しかないというわけではありません。「その気持ち、わかる!」と共感できる部分や、ときには味方となってストーリーを盛り上げてくれることもあり、アニメ作品にとっては重要な存在です。

アニメだけではありません。悪役は、その他の映画・テレビドラマ・舞台演劇・小説などでは欠かせないキャラであり、「憎まれ役」なくしてストーリーは成立しません。

マスメディアにバッシングされている人物、組織内で人に憎まれている人物ではありますが、「敵に回る」、「敵に徹する」という言葉があるとおり、彼らがその役を演じてくれているからこそ、物語は面白いわけです。

悪役は、いわゆる「勧善懲悪」の要素を含む物語では必要不可欠の要素です。悪役がふてぶてしく立ち回ることにより主人公の存在感をより鮮明にし、また主人公やその仲間に倒されることで視聴者(読者)にカタルシス(浄化作用)を与えます。

脇役でありながら、基本的には物語の根底を彩り、主役を引き立たせるという重要な役割を担っています。地味ではあるものの重要な存在であり、したがって、悪役が魅力的であればあるほど物語の完成度は高くなるという不思議な存在です。




プロレスにおける悪役

プロレスにおいても「ヒール(heel)」は欠かせません。ヒールとは、プロレス興行において、悪役として振舞うプロレスラーのことであり、悪役、悪玉、悪党派などとも呼ばれます。「善玉」を相手に反則を多用したラフファイトを展開しますが、最後にはやっつけられることで、観客は溜飲を下ろします。

“heel”とは、英語におけるスラングで、もともとは、「卑怯な奴」という意味合いを持ち、それがプロレスに転用されたようです。その由来は聖書にあり、聖書に出てくる一番最初の話、「アダムとイブの物語」の中では、蛇に唆されてイブが、続いてアダムもが「知恵の実」を食べてしまいます。

これを見た神は怒り、蛇と人間に対して「以後は、人間は蛇の頭を砕き、蛇は人間の踵(ヒール)を砕くようになるだろう」と宣言しました。ここから、「踵に食らいつく蛇」=「狡猾なもの」というイメージが生まれましたが、この言葉に使われていた「ヒール(踵)」そのものを悪の象徴とみなすようになったようです。

日本ではプロレスが流行るようになった初期のころは「悪玉」、「善玉」という、それまでよく使われていた日本独特の表現が用いられていましたが、欧米のプロレスラーが来日して多数活躍するようになって以後は、あちらの用語が日本語でも定着しました。

以後、プロレス業界において「ヒール」といえば、悪役を示すようになりましたが、これが転じて、現在では、プロレス以外のスポーツや一般社会や創作物の中でも、敵役的なイメージの人物をヒールと呼ぶことも多くなってきました。

このヒール、「金的」への攻撃、凶器の使用といった反則はもちろん、レフェリーへの暴行、挑発行為、観客席での場外乱闘、果ては他者の試合への乱入などなど、なんでもやります。何を行うかは選手それぞれ、独自の「ネタ」を持っており、時にヒールなのか、善玉なのかがわからなくなるようなキャラすらも登場したりもします。

この「善玉」のことを英語では、ベビーフェイス、あるいは略して「フェイス」といったりしますが、これは「正統派」を意味します。語源は「悪いことをすることを知らない甘ちゃん」といったほどの意味ですが、ヒールと違って日本ではあまり定着しませんでした。

プロレスにおいて、こうしたヒールが生まれたのは1920年代のアメリカといわれています。都市部で隆盛したレスリング・ショーにおいて「正義」対「悪」という、勧善懲悪的アングルが興行を盛り上げる上で必要と考えられ、導入されたという記録があります。

以後、プロレスの興業といえば、「ベビーフェイス」と「ヒール」の戦いというパターンが定着しますが、その後プロレスが国際化して、アメリカ以外の国でも行われるようになってからは、基本的にはどこの国でも自国のレスラーがベビーフェイス、外国人レスラーがヒールというふうになりました。

そのほうが、試合を盛り上げやすかったわけであり、興行収入も伸びました。アメリカでは人種に基づく差別や偏見によってこのヒールを決めました。従って、あちらでは黒人がヒールになることが多く、また戦後のアメリカでは、二次大戦で敵国人だった日本人やドイツ人がヒールになりました。

グレート東郷、ハロルド坂田といった、日系アメリカ人プロレスラーの名前を憶えている方はかなり年配といっていいでしょう。

オレゴン出身のグレート東郷のリングコスチュームは股引スタイルで、窮地に陥ったときには決まって卑屈な懇願をし、その後突然豹変して「股間への蹴り」や塩による「目潰し攻撃」といった反則技で相手を窮地に貶めることを売り物にしました。

卑屈にも許しを乞うた後のいきなりの反則、というのがお決まりのパターンで、これは観客に「日本軍のだまし討ち」とされていた真珠湾攻撃を連想させました。無論、その後は大反撃に遭い、負けを喫しますが、観客にとってすれば、卑怯な日本人を見事成敗できた、ということで心晴れ晴れ帰宅できるわけです。

一方のハロルド坂田のほうも同様なキャラでしたが、彼の場合は、1964年の映画「007 ゴールドフィンガー」にも出演。悪役ゴールドフィンガーの部下で、ツバに刃物を仕込んだ山高帽を投擲する用心棒を演じました。同作品の世界的なヒットにより坂田は一躍有名な存在となり、以降20年にわたり俳優として映画やテレビに出演しました。

このほか、日本でも活躍したことのあるドイツ人のハンス・シュミット、スラブ系のイワン・コロフ、アラブ系のザ・シークなどをご記憶の方も多いと思いますが、なんといっても日本で有名なのは、正体不明の覆面レスラー、ザ・デストロイヤーでしょう。

ニューヨーク州バッファロー出身のドイツ系アメリカ人で、本名はリチャード・ジョン・ベイヤー。現在なんと88歳です。デストロイヤーは、昨年、日米両国の友好親善及び青少年交流に貢献してきた実績が評価され、秋の叙勲で、外国人叙勲者としては初めての旭日双光章を受章しました。

このほか、ジャイアント馬場もアメリカ修行時代にはヒールとして活動しており、日本でも力道山が活躍した時代には、外国人=ヒールという図式のもと、アメリカ人の悪役を力道山ほかの日本人レスラーが倒す、というのが定番の流れでした。

とくに、戦勝国であるアメリカの大柄なレスラーを、敗戦で意気消沈した日本の小柄な力道山が倒すという展開に当時の日本のファンは熱狂したものです。

ヒールの終焉と新時代

しかし、1980年代以降、次第にヒールは姿を消していきました。とくに1983年にロード・ウォリアーズがNWA世界タッグチーム王座を獲得した以降、単純な勧善懲悪の時代も終わり、1990年代にはストーン・コールド・スティーブ・オースチンやジ・アンダーテイカー、に代表されるような、「かっこいいヒール」が人気を博すようになりました。

ヒール=アンチヒーロー、という不思議な現象が起き、日本では蝶野正洋、鈴木みのる、藤田和之、またノーフィアーやラス・カチョーラス・オリエンタレスといった、悪役っぽいんだけどなぜか「カッコいい」というキャラが受けるようになりました。

こうした「風」を受け、かつてベビーフェイスだったレスラーが、ヒールに転向する、といった逆転現象も起きるようになります。これを「ヒールターン」と呼びます。

興行自体がマンネリ化するのを避けるためであったり、レスラー自身のベビーフェイスでの人気が今一つであったり、陰りが見えてきた場合や、若手レスラーのキャラクター作りのために行われるものです。従来は単純に善との戦いというパターンであったのに対し、悪役の幅をより広げることで、プロレスの復権を図るねらいがありました。

現在では、レスラーが新人・若手・中堅を経てトップレスラーへと上り詰めてゆく過程において、こうしたヒールターンがよく行われます。リング上のパフォーマンスで観客の心理をコントロールするスキルと演技力を身につけるためには有効と言われ、その実践訓練としてヒール修行は必須ともいわれるようになりました。

いわばトップレスラーを目指すにあたって超えるべき関門の1つともいえ、実際、ヒールレスラーのパフォーマンスに憧れてプロレス入りした者も珍しくはなく、自ら志願してヒールターンする、あるいは最初からヒールとしてデビューするケースもあります。

ヒールにターンする場合、観客が理解しやすい様に、他のベビーフェイスレスラーを襲撃する、リング上で仲間割れを起こす、コスチュームや髪型を変えるなどの派手なパフォーマンスを行うのが普通で、この豹変ぶりをみて、観客が驚き、次には熱狂する、というパターンがほとんどです。

エース候補と注目を浴びている若手選手が、ある日突然ヒールターンして狂人やエゴイストの様な振る舞いをする、という筋書きが組まれる場合もあります。

長期的なキャラクターイメージや販売戦略を考えた場合にはマイナスとなりかねなませんが、「若さゆえにフロントに反逆し、世代闘争を掲げて現エースという大きな壁に歯向かう」といった筋書きは、意外性を持って観客にアピールしたりもします。

キャラクターの立ち位置はヒールでありつつも、リング上での成長物語的な要素も絡めて単純な悪役像に落とし込まない様にうまくストーリー立てているわけであり、ここまでくるとプロレスというよりも何か演劇を見ているような気分になります。

実際、演出もいろいろ工夫されていて、ヒールターンを選手が自ら行動を起こす、といったケースだけでなく、ヒール軍団による勧誘される、といったパターンがありますが、無論、これは選手が所属する団体経営陣やプロモーターの判断によって決められ、了承されている演出であるわけです。

このため、選手によっては不本意ながらヒールに転向しているケースやもあります。この場合、それまでベビーフェースもしくはスター選手であった選手が1年以上長期欠場し、後遺症に悩まされ以前のファイトが出来なくなる、といった悪影響も時にはあるようです。

ヒールキャラクターには不向きな性格の者がヒールを演じているケースも少なくないようで、偽りのプロフィールに嫌気がさしたり、基本的な試合運びができないといった事態により、試合中に負傷してしまい、短期間で引退を余儀なくされてしまった選手もいるといいます。

希にデビュー前の新人をヒールとして売り出すために架空のプロフィール、たとえば元不良や暴走族出身といった出自をぶち上げ、デビュー戦でラフファイトの試合を行わせていたこともあったといい、ここまでくると明らかにやりすぎです。

プロレスにしても、それ以外のスポーツや一般社会においても、敵役的なヒールは「必要悪」であることは間違いありませんが、元々は悪ではない人間を悪役に仕立てる弊害というものはいつかどこかで出てくるものであり、本人の人格を尊重するうえにおいても、行き過ぎは戒めなければならないことです。

現在大きな話題になっている、森友学園問題における国会答弁を見ていると、なにやらこうしたプロレスのラフファイトと似ているようにも思えてしかたがないのは、私だけでしょうか。

誰がヒールなのか、あるいはベビーフェイスなのか、日に日にわからなくなってくる様相ですが、「観客」としての我々国民にとってわかりやすい構図としては、さしずめヒールは政府与党、ベビーフェイスは野党ということになるのでしょう。

が、はたしてこのヒールはもともと善玉だったのかどうか。実はもとからヒールではなかったのか、あるいはベビーフェイスも実はヒールなのではないか、とも思ったりもするわけですが、さてさて、みなさんはいかがでしょう。