10月も終わろうとしています。
少し早いかもしれませんが、このころになると今年ももう終わりだな、という気分になるのは私だけでしょうか。
今年もいろいろあったな、と思い起こす中で、最大の事件はやはり新型コロナウィルスの流行であり、それに引きずられる形での東京オリンピックの延期、7月からの一連の豪雨災害、そして8年近く続いた安倍政権の終焉といったところが主なニュースでしょうか。
全体的に重い空気の漂った感のある今年ですが、その中でも少し明るい話題はないかと探すと、山手線で約49年ぶりの新駅となる高輪ゲートウェイ駅の開設、第5世代移動通信システム(5G)がサービスを開始、ヴェネツィア国際映画祭での黒沢清監督の銀獅子賞(スパイの妻)受賞といったことがありました。
さらにもっとイイ話はないのか、と探してみたのですが、日本だけでなく世界中がコロナ渦にある中では、ちょっとくらい明るい話も、闇夜の中の豆電球くらいの効果しかなく、逆に漆黒の闇の中に飲み込まれてしまいそうです。
私的には、先の9月末に手の手術をして1週間ほど入院したのが最大の出来事でしょうか。よかったことといえば、このコロナ騒動のおかげで当初予定していた中国出張が中止になったことがあげられます。もとより気乗りがしない出張だったので、ホッしたのもつかの間、来年はまだ騒動が終息していない中での再出張が画策されているのが気になります。
暗い世相の中、年末恒例の「今年の漢字」はきっと「災」ではなかろうかと思うのですが、既に2度も選ばれている(2004年と2008年)ということで、だとすると「難」とか「凶」とかいった漢字をついつい思い浮かべてしまいます。あるいは「害」とか「渦」といったものもありかもしれません。
とはいえ、今年もまだあと2ヵ月以上あるわけですから、この間、少しはいいことがあるかもしれません。明るい話題はないかな、と探してみると、この年の末にJAXAで開発された小惑星探査機「はやぶさ2」が地球へ帰還する、ということがわかりました。
12月6日にそれが実現するようで、帰還カプセルの投下場所は初代はやぶさと同じくオーストラリア南部に位置する軍の演習地、ウーメラ試験場を予定しているようです。無事帰還すれば、耐熱容器に収納された採取物質が回収できます。
これが成功すれば、有機物や水のある小惑星を探査して生命誕生の謎を解明するという科学的成果を上げるための初の「実用機」の開発に成功したことになり、今後の日本の宇宙開発にとって計り知れない恩恵をもたらすことになるでしょう。ちなみに初号機である「はやぶさ」は小惑星往復に初めて挑んだ「実験機」と位置づけられているようです。
地球へ向けてカプセルを放出したあとのはやぶさ2の本体はその後、再度小惑星探査に投入されるそうで、およそ10年後の2031年7月に1998 KY26という小惑星を接近探査することになるようです。これは今回のはやぶさの探査目標「リュウグウ」を選ぶにあたっても候補になった天体の1つで、直径30メートル前後の非常に小さな小惑星です。
「リュウグウ」は直径が700mありました。これに対してこのような微小小惑星を観測することの意味は、それを近接観測することによって、地球史の解明だけでなくプラネタリーディフェンスに有益な情報が得られるからだといいます。
プラネタリーディフェンスとは、地球に衝突する恐れのある地球近傍天体(Near-Earth object NEO)を発見・観測し、衝突に備える試みで、スペースガード(Space Guard)ともいいます。スペースガードは各国で実施されおり、日本以外では、アメリカ、オーストラリア、フィンランド、イギリス、ドイツ、イタリアが協力して観測を行っています。
その統括的な役割を果たしているのは、イタリアのフラスカーティに本拠を置くNPO、スペースガード財団(The Spaceguard Foundation)です。1994年、木星に天体が衝突した事件を受けて地球でも起こりうるとの危機感が高まり、同年に開催された国際天文学連合の総会での提言を受けて1996年に設立されました。
地球近傍の物体の観測を統括する国際的な組織であり、同財団の下、各国にスペースガードセンターが組織されています。それぞれの国の中央天文台や宇宙開発機関から資金援助を受けて新しくスペースガードセンターを設置したり、既にある施設で観測を実施しています。
日本では、岡山県の井原市美星町に「美星スペースガードセンター」が設置されており、JAXA等からの支援を受け、NEOのほか、宇宙空間を彷徨うスペースデブリ(宇宙ゴミ)の監視も行っています。
光学式と電波式のふたつの観測装置を用いた観測が行われており、光学式の場合には、広視野角を持つ望遠鏡複数台によって、主に地球近傍へ接近する小惑星や彗星等の軌道を求める、といったことが行なわれています。
また、電波式観測装置としては、「フェーズドアレイレーダー」という軍艦の艦載用レーダーにも使われている最新式のものが備えられており、このレーダーは非常に指向性が高い(いろんな方向からの電波を受信できる)ことから、スペースデブリの位置をつきとめるのに最適です。
先代のはやぶさが地球突入した際にも、参考になる貴重なデータがこれらの観測機器で得られたそうで、今後も地球近傍に接近する小惑星や彗星の軌道を正確に把握し、将来の地球衝突を予測することになっています。10年後にはやぶさ2が観測するであろう小惑星1998 KY26のデータもそれに寄与することになるでしょう。
ただ、「美星スペースガードセンター」に設置されているレーダーでは、現在大きさ1.6メートルまでの宇宙ゴミしか補足できないそうで、それ以下の宇宙ゴミの接近についてはアメリカからの情報に依存しています。
このため、2023年度を目途に、高出力高感度のレーダー設備を新設し、特殊な信号の処理技術も採用して、従来と比べて約200倍の宇宙ゴミ探知能力を持たせることが計画されて、います。防衛省が計画している別のレーダー施設との連携も考えられており、低軌道で周回している10センチ程度の宇宙ごみの監視が可能になるといいます。
一方、大きな小惑星などの衝突については、ハワイ大学などによって10m以下の天体に対して大気圏突入よりも数日から数週間前に警告ができるようにするシステムの開発が進んでいるほか、これよりもはるかに大きなもの(100mを超えるようなもの)についても、数年から数十年前に予測できるよう各国との調整の上、システム開発が進んでいます。
ちなみに、2008年10月6日、アフリカ大陸スーダンの北東部のヌビア砂漠の大気圏に突入した、推定4メートルの天体(2008 TC 3)は、アメリカ・アリゾナ州にあるカタリナ天文台(CSS)の1.5メートル望遠鏡によって検出され、翌日地球に衝突するまで監視が続けられました。
この衝突では幸い大きな被害は出ず、合計10.5キログラム(23.1ポンド)の重さの約600個の隕石が回収されました。
一方、2013年2月15日にロシア連邦ウラル連邦管区のチェリャビンスク州付近に落下した隕石は、その通過と分裂により発生した衝撃波によっての大規模な人的被害をもたらしましたが、スペースガードの観測では事前に検出されることはありませんでした。
この隕石落下では、衝撃波で割れたガラスの破片を浴びたり、衝撃波で転ぶなどして、1491人の怪我人が発生しました。指が切断されるなどの大けがして入院した人は52人に上り、うち13人が子供でした。中には隕石に直接当たったことにより頸椎を骨折するという重傷を負った52才の女性もいました。
ロシア科学アカデミーなどの解析によれば、隕石の直径は数mから15m、質量は10トン、落下速度は秒速15km以上で、隕石が分解したのは高度30kmから50kmではないかと見られています。
幸い、この隕石による死者は報告されていませんが、隕石による広範囲への災害は、ロシア帝国時代の1908年に発生したツングースカ大爆発以来の出来事であって、これほどの負傷者を出した隕石災害は前例がありません。
ツングースカの隕石落下は、居住地から離れた場所であったことから人的被害は公的には確認されていません。しかし、遊牧民のキャンプが吹き飛ばされるなどで死傷者が出たとする伝聞が残されているほか、猟師や木こりなどの犠牲者がいた可能性もあります。
隕石が大気中で爆発したために、強烈な空振が発生し、中心地と目される場所から半径約30~50kmにわたって森林が炎上し、東京都とほぼ同じ面積の約2,150平方キロメートルの範囲の樹木がなぎ倒されました。1,000km離れた家の窓ガラスも割れ、爆発によって生じたキノコ雲は数百km離れた場所からも目撃されました。
南西へ約500km離れたイルクーツクでは衝撃による地震が観測されたといい、爆発から数夜に渡ってアジアおよびヨーロッパにおいても夜空は明るく輝き、ロンドンでは真夜中に人工灯火なしに新聞を読めるほどであったといいます。
地面の破壊規模から推定された隕石の大きさは、直系60~100m、質量約10万トンとされ、爆発地点では地球表面にはほとんど存在しない元素のイリジウムが検出されました。破壊力はTNT火薬にして5メガトンとされ、これは広島型原爆の300倍以上の威力です。
おそらく有史以来、最大のものがこの隕石だと思われますが、さらにさかのぼり、有史以前ともなると、いったいどのくらいの隕石が地球を襲ったかについては誰にもわかりません。ただ、こうした巨大な地球外天体の衝突は大量の生物の絶滅を引き起こすことから、そうした観点からの研究が進んでいます。
多細胞生物が現れて以降、地球では少なくとも5度の大量絶滅が生じていることがわかっていますが、その原因は必ずしも小天体の衝突によるものとは限りません。超大陸の形成と分裂の際に発生する大規模な火山活動による環境変化によるものと考えられている絶滅やその他のものもあって、原因や原因について立てられた仮説は一定していません。
ただ、白亜紀末にいわゆる恐竜が絶滅した際の大絶滅については、隕石や彗星などとの天体衝突が原因であるとする説が定説になりつつあります。
三畳紀後期からジュラ紀、そして白亜紀まで繁栄していた恐竜は、現生鳥類につながる種を除いて約6600万年前に突如絶滅しました。ほとんどの恐竜が絶滅したこの時期には、全ての生物種の70%が絶滅したと考えられています。
地質学的には、中生代と新生代の境目に相当する時期であり、中生代白亜紀(独: Kreide)と新生代古第三紀(英: Paleogene)の境目であることから、この大変化のあった時代はK-Pg境界またはK-P境界と呼ばれています。
K-Pg境界を境にして、ほぼ全ての恐竜、翼竜、首長竜、アンモナイトが絶滅しました。生き残ったのは、爬虫類の系統では比較的小型のカメ、ヘビ、トカゲ及びワニなどに限られました。恐竜直系の子孫である、古鳥類や小型の獣脚類も大きな打撃を受けましたが、現生鳥類につながる真鳥類は絶滅を免れて現在も存続しています。
海中ではアンモナイト類をはじめとする海生生物の約16%の科と47%の属が姿を消しました。これらの生物がいなくなった後、それらの生物が占めていたニッチは哺乳類と鳥類によって置き換わり、現在の生態系が形成されました。我々人間もその生き残った生態系の中から生まれました。
こうした恐竜を中心とする生物の大量絶滅の原因としては、「夜間も活発に活動する哺乳類の台頭によって、恐竜の卵が食べつくされた」、「あまりに巨大化した恐竜は、種としての寿命が尽きた」、「白亜紀末期に出現した被子植物に対応できなかった」等の説がありましたが、いずれも客観的な証拠が欠けていました。
1980年、アメリカカリフォルニア大学の地質学者ウォルター・アルバレスとその父でノーベル賞受賞者でもある物理学者ルイス・アルバレスおよび同大学の放射線研究所・核科学研究室の研究員2名が、K-Pg境界における大量絶滅の主原因を「隕石」とする論文を発表しました。
アルバレス父子はイタリア中部の町、グッビオに産するK-Pg境界の薄い粘土層を、彼らの研究室にしかなかった「微量元素分析器」を使って分析し、他の地層と比べ20 ~160倍に達する高濃度のイリジウムを検出しました。
イリジウムは、プラチナの精錬の副産物として得られ、年間の採掘量はプラチナの生産量に依存するがわずか4トン程度で、貴金属、レアメタル(希少金属)として扱われています。 地球の地殻中での濃度は0.001 ppmにすぎませんが、隕石には多くのイリジウムが含まれており、その濃度は0.5 ppm以上であるとされています。
デンマークに産出する同様の粘土層からも同じ結果が得られたことから、アルバレス父子はイリジウムの濃集は局地的な現象ではなく地球規模の現象の結果であると考え、彼らはその起源を隕石に求めました。
発表した論文には「巨大隕石の落下によって発生した大量の塵が地上に届く太陽光線を激減させ、陸上や海面の植物の光合成が不可能となって、食物連鎖が完全に崩壊した結果大量絶滅をもたらした」と記載されました。また衝突直後の昼間の地上の明るさは満月の夜の10%まで低下し、この状況が数か月から数年続いだだろうと推定しました。
ところが、この論文の内容を他の多くの地質学者が否定、いくつもの反論が出ました。反論のなかで最も有力だったものが、イリジウムの起源を火山活動に求めた「火山説」でした。地表では希少なイリジウムも地下深部には多く存在します。それが当時起こっていた活発な火山活動により地表に放出されたとするのが火山説です。
インドのデカン高原には、地球上でもっともな広大な火成活動の痕跡である「デカントラップ」があります。2,000メートル以上の厚さを有する洪水玄武岩の何枚もの層から成り、面積は50万平方キロメートルに及びます。「トラップ」とは階段を意味するスウェーデン語で、この地域の景観が階段状の丘を示すことに由来します。
「デカントラップ」は、6800万年前から6000万年前の間に何回かの噴火によって形成されたと考えられており、時期的にも6600万年前とされるK-Pg境界と合っています。
このため、大規模な噴火の際に放出された大量の火山ガスと粉塵が当時の地球において大規模な環境破壊をもたらしたと推測されました。K-Pg境界より規模の大きな大絶滅であったP-T境界事件の原因とも推定されており、隕石説に反対する多くの地質学者が、この巨大な洪水玄武岩の噴火説を支持しました。
一方、アルバレスたちの論文の発表の直前には、ニュージーランドのK-Pg境界層でもイリジウムの濃集が確認され、同様のイリジウム濃集層がスペイン・アメリカ各地・中部太平洋・南大西洋の海成堆積岩層からも確認されました。K-Pg境界層の厚さは、ヨーロッパでは約1cmでしたが、北アメリカのカリブ海周辺やメキシコ湾岸では厚さが1mを超えました。
北アメリカのK-Pg境界の粘土層中には、高熱で地表の岩石が融解して飛び散ったことを示すガラス質の岩石テクタイトとそれが風化してできたスフェルール、高温高圧下で変成した衝撃石英も発見されており、これらはすべて、隕石衝突時の衝撃により形成されたと考えられました。
アルバレス父子の理論を支持する研究者たちによって調査が進むにつれ、K-Pg境界層の厚さから北アメリカ近辺に落下したらしいという点と、カリブ海周辺およびメキシコ湾周辺のK-Pg境界層で津波による堆積物が多く見つかることから、やがて落下地点はこの近くにあると推定されるようになりました。
最初の論文発表からおよそ10年を経た1991年、巨大隕石による衝突クレーターと見なされる「ユカタン半島北部に存在する直径約170kmの円形の磁気異常と重力異常構造」が石油開発関連の調査で発見されました。この調査は「メキシコ石油開発公団」(ペメックス)が石油探査のために行ったもので、1970年代後半から行われていました。
調査を行っていたのは、地球物理学者のアントニオ・カマルゴとグレン・ペンフィールドの二人で、ペンフィールドは当初、このクレーターが火山噴火によるものと考えていましたが、その証拠を得ることができず、調査をあきらめていました。
しかし1990年に惑星科学者であるアラン・ラッセル・ヒルデブラントと接触し、隕石落下によって形成される岩石標本を見せられたことから、このクレーターが隕石によってできたものではないかと考えるようになりました。そこでペメックスが採取していたボーリングサンプルを再調査したところ、その形成年代がK-Pg境界と一致することを発見。
含まれる岩石成分が隕石の衝突によって周囲に飛び散ったテクタイトと一致することが判明し、「K-Pg境界で落下した巨大隕石によるクレーター」であると確認され、メキシコユカタン半島の北西端チクシュルーブにあったため、チクシュルーブ・クレーターと名付けられました。深さ15 ~25kmの規模を持つ巨大なクレーターです。
チクシュルーブの名は中心付近の地名に由来し、マヤ語で「悪魔の尻尾」という意味があります。クレーターの直径についてはその後1995年に直径約300kmという説も発表されましたが、現地での地震探査の結果、現在では「直径200km」が妥当とされています。
その後、火山由来のイリジウムが検出される場合は同時にニッケルとクロムの濃度増加を伴うことがわかり、隕石由来の地層からはこれらの不純物が検出されないことがわかりました。K-Pg境界層からはイリジウム以外の元素の濃集は確認されていないことから、これにより火山説より隕石説のほうが有力な説とされるようになりました。
2010年、12か国の地質学・古生物学・地球物理学・惑星科学などの専門家40数人からなるチームが、K-Pg境界堆積物から得られた様々なデータを元に衝突説及び火山説についてその妥当性を検討した結果、チクシュルーブ・クレーターを形成した隕石の衝突が、K-Pg境界における大量絶滅の主要因であると結論づける論文をサイエンス誌に発表しました。
2014年には日本の千葉工大がこの時期の生物大量絶滅は、隕石衝突による酸性雨と海洋酸性化が原因であるという論文を発表しました。
それまでに提案されていた絶滅機構の仮説では海洋生物の絶滅を説明することが困難でしたが、千葉工大の研究者たちは高出力レーザー光を使って、宇宙速度での岩石衝突蒸発実験を行い、その結果、衝突で放出された三酸化硫黄(発煙硫酸)が数日以内に酸性雨となって全地球的に降り注ぎ、深刻な海洋酸性化が起きていたことを明らかにしました。
さらに2015年、地球惑星科学を専門とするカリフォルニア大学バークレー校のポール・レニー教授らが精密な年代測定方法によって、その衝突時期を分析した結果、それは約6604万年前と特定され、誤差は前後3万年であることなどもわかりました。
火山説はこうして葬られるかと思われましたが、超巨大隕石が衝突したのと時期を同じくして、デカントラップから溶岩流出量が増加していることが確認され、その時期は6604万年前の前後5万年内だと特定されました。現在では、溶岩流出は隕石衝突で誘発されたものであり、この二つの事象が同時に作用して大絶滅が引き起こされたと考えられています。
宇宙から落下してくる隕石は、大気圏で表面温度が1万度近くまで熱せられます。高速の隕石は高度11000mより下の対流圏を1秒以下で通り過ぎるので、非常に大きな衝撃波を伴い、地上に衝突した直径10kmの隕石は地殻に数十kmもぐりこみながら運動エネルギーを解放して爆発します。
チクシュルーブでは、推定直径10から15kmの大きさの隕石の爆発エネルギーで衝突地点周辺の石灰岩を含む地殻が蒸発や飛散によって消失し、深さ40km、半径70~80kmのおわん型のクレーター(トランジェントクレーター)ができました。このときクレーター部分とその周辺の海水も同時に蒸発・飛散して無くなりました。
この爆発の衝撃による爆風は、北アメリカ大陸全体を襲い、マグニチュード10程度の大地震が起きました。トランジェントクレーターの底には溶解したものの蒸発・飛散せずに残った岩石が溜まり、やがて再凝結しました。大きく開いたクレーター中心部は地下深部の高温の岩石が凸状に盛り上がってきて中央部が高くなりました。
中心部の盛り上がりに対応して地下の岩盤の周辺部は低下し、地表ではトランジェントクレーターのおわん型の壁が崩落して外側に広がっていきます。これらの地殻変動によってクレーター周辺の地殻は波打ち、同心円状の構造が形成され、最初のクレーターの形状が消し去られたあと、更に大きなクレーター構造となって残りました。
浅海に空いた巨大なクレーターに向かって海水が押し寄せるため、周辺海域では巨大な引き波が起こり、勢いよく押し寄せる海水はクレーターが一杯になっても止まらず、巨大な海水の盛り上がりを作った後、押し波となって周辺へ流れ出し全世界へ広がりました。衝突地点に近い北アメリカ沿岸では300mの高さの津波となって押し寄せました。
地面に衝突して爆発した隕石は全量が飛散し、衝突地点の岩石も衝撃のエネルギーで蒸発・溶解・粉砕され、トランジェントクレーターでは、隕石質量の約2倍に相当する岩石が蒸発(ガス化)し、隕石質量の約15倍の融解した岩石と、隕石質量の約300倍に達する粉砕された岩石が飛び散りました。
蒸発した岩石には石灰岩や石膏が含まれており、これが大気中で分解して大量の二酸化炭素と二酸化硫黄が発生。融解した岩石は空中で冷えて凝固しガラス状のマイクロテクタイトになります。衝突地点から吹き上がったこうした高温の噴出物は、クレーター周辺に再び落下して森林に火事を起こさせ、大量の煤(すす)を発生させました。
衝突地点から放出された大量の塵や大規模火災による煤は空中に舞い上がり、太陽光が地上へ到達するのを妨げました。さらに隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤は、比較的大きなサイズのものは対流圏(高度約11000mまで)まで上昇したあと数か月をかけて地上に落下しました。
1000分の1mm以下の小さなサイズのものはその上の成層圏や中間圏まで上昇し、数年から10年間とどまりました。これらは太陽光線に対して不透明であるため、隕石落下の直後には地上に届く太陽光の量は通常の100万分の一以下にまで減少しました。
この極端な暗闇は対流圏に大量に噴き上げられた煤や塵が地上に落下するまで数か月続き、その期間気温が著しく低下し、光不足で植物は光合成ができなくなりました。
北アメリカのK-Pg境界に相当する地層のハスやスイレンの化石から、隕石は6月頃に落下したこと、落下直後には植物が凍結したことが分かっており、またK-Pg境界直後の海洋においても植物プランクトンの光合成が一時停止したことが判明しています。
さらに、大気中に放出された二酸化硫黄は空中で酸化し硫酸となって酸性雨として地表に落下し、一部は硫酸エアロゾルとなって空中にとどまりました。そして高温の隕石や飛散物質が空気中の窒素を酸化させて窒素酸化物を生成し酸性雨を更に悪化させました。
煤や塵と同様に、硫酸エアロゾルも地表に届く太陽光線を減少させる物質であり、これらの微粒子の影響による寒冷化はその後約10年間続いたと推定されています。こうした隕石衝突による地上の暗黒化・寒冷化は「衝突の冬」と呼ばれるようになりました。
以上のように、この巨大隕石の衝突は、衝突地点で破滅的な状況を生み出したのみならず、数か月から数年におよぶ地球全体における光合成の停止や低温を引き起こし、その結果招いた環境の激変によって、恐竜をはじめとする多くの生物種が滅びました。
チクシュルーブ・クレーターを形成した衝突エネルギーは、1.3×1024 J – 5.8×1025 J、又はTNT換算3×108~ 109メガトンと計算されていますが、この量は冷戦時代にアメリカとソ連が持っていた核弾頭すべての爆発エネルギー104メガトンの1万倍以上に相当します。
仮にもし現在、の冷戦下の核弾頭すべてが爆発したと仮定すると、著しい爆発で舞い上がった塵や大規模火災で生成された煤の影響によって地上に到達する太陽光の著しい減少が生じ、厳しい寒冷化が起こると考えられています。
北半球中緯度地方の夏至の気温は平均で10-20℃低下し、局所的には35℃ほど低下があり、オゾン層は壊滅的に破壊されて農業はほぼ全滅すると考えられていますが、忘れてはならないのは、こうした環境変化を起こす隕石がもたらすエネルギーがK-Pg境界で落下した隕石の持つエネルギーの1万分の1にすぎないということです。
もしもチクシュルーブ・クレーターを形成したのと同じ隕石が現在の地球に落ちてきたら、当然のことながら人類もまた大きなダメージを受けるでしょう。地球近傍天体(NEO)は、いつ人類に滅亡をもたらしてもおかしくない絶対的な脅威であり、歴史上の人間同士の戦争や疫病によるものをはるかに超える被害が出ることは間違いありません。
地球近傍天体の直接の衝突だけでなく、前述のロシア・チェリャビンスクの隕石の例にもみられるように、そうしたニアミスによっても大きな被害が出ると考えられています。ほかにも天の川銀河内でのガンマ線バースト発生や、破局噴火、長周期の気候変動などが考えられ、天文学的・地学的災害によって我々人類が滅亡する可能性は否定できないのです。
1933年に刊行された、フィリップ・ワイリーとエドウィン・バーマーのSF小説「地球最後の日」は、2連の放浪惑星が地球に衝突するというストーリーでした。地球衝突のコースをとるその存在に気付いた科学者たちは、唯一人類を存続させる方法として、可能な限りの人数が乗り込める大きさの宇宙ロケットを作って地球を脱出させました。
最後の人類が旅立った先は、あろうことか地球に衝突しそうな放浪惑星の一つであり、もうひとつの惑星は地球に激突し、地球とともに砕け散りました。
残った放浪惑星に辿り着いた人類の生き残りは、ここで新たな人類の歴史を作り始める、というのがこの話のオチですが、現在の地球もその環境が悪化の一途をたどりつつあり、そうした中、火星への人類移住計画も取沙汰されていて、「地球最後の日」もあながち荒唐無稽な話ともいえません。
人類を滅亡に導くのは、地球近傍天体の衝突だけとは限りません。現在世界中に蔓延しているコロナウィルスのように、ウイルスやプリオン、抗生物質耐性を持つ細菌などが大発生し、全人類に感染して死滅する、という可能性もあります。
最近の研究では、人為的に制作された病原体で人類を絶滅させることは可能とされてり、しかもそのようなものを作るための障壁は低いと科学者たちは警鐘を鳴らしています。
その一方で、そのような事態を「認識し効果的に介入」して病原体の拡散を食い止め、人類滅亡を防ぐことが出来る、ともいわれています。今回のコロナ騒動を機に、そうした認識を高め、地力をつけて来るべき人類の滅亡に備えたいものです。これからの時代を担う若い世代にはとくにそれを期待したいと思います。