バシャールになる日

梅の花が咲く季節になりました。我が家にほど近いところにある修善寺梅林でも、梅のほころびが5~6分ほどになっています。

富士山が見えるなど眺めがよいこともあり、ここにはよく散歩に出かけるのですが、それにしてもこの梅林はいつ頃がからここにあるのかな、とふと気になったので調べてみました。

すると、この梅園の隣にある「修善寺自然公園」が1924(大正13)年に開園したことがわかりました。当時の修善寺町の町制施行記念事業として、もみじや赤松が植樹されたようで、これはその後1967(昭和42)年に再整備され、そのとき「民間所有の梅林」を加えて管理するようになったということです。

この「民間所有の梅林」が修善寺梅林のことのようです。がそれにしても、これがいつ造成されたのか、については手がかりがありません。ただ、「修善寺自然公園」が最初に整備されたのと同時期に造成されたのかな、と推測されます、

仮にそれが大正13年だとすると、今年で97年となり、園内の最古の梅の木は100年ほどだということなので、年代的にはだいたい一致します。はっきりとした開設の時期は特定できませんでしたが、1世紀にも渡る歴史があるものだとわかり、妙に納得した気分です。

しかし、伊豆最古の温泉と言われる修善寺温泉はそれ以上の歴史があります。平安初期に開かれたといいますから、1000年以上の歴史があることになります。梅林も100年という長い年月を経ているとはいえ、それと比べればごくごく新しいものということになります。

そういうふうに考えてくると、時を測る尺度というものはまことに遠大なものだなと感じます。

人類の起源はさらに古く600~700万年前くらいだそうです。これに対して地球ができたのは、45億年前だといいますから人類の歴史はそのわずか数パーセントです。人生80年といいますが、それはさらに短く、地球の歴史の長さに比べれば朝露が消えるがごとくのはかなさです。




そんな短い人生を送って何になるんだろう、とついつい思ってしまいがちですが、問題は時間の長い短いではなく、いかにその時間を過ごしたか、というその中身ではないでしょうか。

「今は過去の積み重ね、未来は今の積み重ね」とよく言います。過去の行いや経験を何度も繰り返し、その結果として今があるわけで、今の積み重ねがまた未来を作っていきます。当たり前のことですが、今を積み重ねていさえすれば、未来はやってきます。

ただ、ぼーっと生きているだけの今の積み重ねと、一生懸命生きている中での積み重ねの先にある未来は形が違ってきます。善行を重ねた上での未来と、悪行を繰り返した末にある未来にも明らかな違いがあるはずです。因果応報、六道輪廻はこの世の道理です。

我々が住まう地球も、厳しい環境変化を経験してきたからこそ今の姿になったといえます。かつて巨大隕石の衝突で恐竜は絶滅しましたが、その結果哺乳類が台頭し、人類全盛の時代を迎えました。全く天変地異が起こらない星なら、現在のようにはならなかったでしょう。

少し話が飛躍するかもしれませんが、地球以外の星にもし地球外生命体がいるとして、その生命体が住まう星にももし大きな環境変化がなければ、大した進化はしていないのではないでしょうか。宇宙人もまた「艱難爾(かんなんなんじ)を玉にす」でなくてはなりません。

ただ、そうした著しい環境変化が逆にその生命体の根性をねじまげてしまうかもしれません。育った環境があまりにも悪かったため卑屈になり、「悪い宇宙人」になってしまうということもありそうです。

天変地異などによる災難が起こらなくても、他の星々の隣人たちから侵略される、ということもあり得ます。戦いに明け暮れた結果、自らも侵略的な思想を持つようになり、目には目をモットーとするような過激な思想を持つ宇宙人集団になっているかもしれません。

実際、地球外生命体を研究する人達の中には、そうした心配をする人もいて、いたずらに他の星に向かってメッセージを投げかけるのは危険だと主張している研究者もいます。宇宙物理学者として高名な故スティーヴン・ホーキング博士などもその一人で、地球人が宇宙に対して自らの存在を積極的に発信することには反対していました。




一方、逆に「いい宇宙人」もいるかもしれません。厳しい環境を克服して程よい進化を遂げた結果、慈愛の精神を持つ宇宙人像というのもまた想像できなくもありません。

ただ、あまりにも良い宇宙人なので、我々地球人とのあまりの文明のレベル差を気にし、地球に混乱を与えないよう接触をやめよう、あるいは地球の文明の自力での発展を妨げないようにしよう、と考えているかもしれません。そんな彼らは我々より何枚も上手です。

「動物園仮説」というものがあります。これは宇宙人は地球人の存在を知っているけれども、干渉しないよう自分たちの存在を隠している、というものです。干渉しない理由としては、地球を含む宇宙域が保護区に指定されており、宇宙人が自由に立ち入ることをできなくしているといったことが考えられます。つまり我々は動物園の檻の中にいるというわけです。

そもそもこうした仮説は「もし恒星間航行を可能とする宇宙人がいるなら、なぜこの地球にやって来ないのか?」という疑問に対する答えとして立てられたものです。

こういう仮説を、フェルミのパラドックス(Fermi paradox)といいます。物理学者エンリコ・フェルミが最初に指摘したもので、地球外文明はありそうなのに、そうした文明との接触の証拠が皆無なのはなぜか?という矛盾を指します。

このほかにも、宇宙人は存在し、すでに地球に到達しているけれども地球人の技術が未熟なのでいまだ検出されない、という説があります。いずれも我々が宇宙人を認識できない理由として立てられた仮説です。

一方では、恒星間空間に進出するための進化・技術発展における難関を突破できないので地球にまでたどりつけないという説もあります。我々の祖先がそうだったように、そもそも宇宙に旅立つような科学技術を持った文明がなければ、地球に辿り着けるはずはありません。

こうした仮説はいずれももっともらしく聞こえます。しかしよくよく考えてみれば、そもそも宇宙人というものが我々と同じような形態をしているのかどうかすらわかっていません。その思考内容が地球人に理解できるものであるかどうかも不明です。

仮説はいくらでも立てられますが、それに対する反証の可能性も全くないわけであり、仮説ではあっても理論とはいえません。宝くじを買わずにそのあたりはずれを予想しているようなものであって、事実関係に基づいた議論もできません。

そう考えると、結局この宇宙には地球以外に生命体が存在しないのではないか、と考えたくもなります。「存在しないものは来ない」という仮説を立ててもかまわないわけです。



一方、地球以外に生命がいる確率はゼロではないけれど、今のところ地球の生命が全宇宙で一番目に発生した生命で、二番目は登場していない考えることもできます。或いは二番目以下が存在しても、我々の文明のレベルよりも低い水準に留まっているのかもしれません。

こういうのをレアアース仮説といいます。希少鉱物を指すレアアースではなく、英語では”rare earth hypothesis” と書き、直訳では「稀な地球」ということになります。宇宙は文明を持つ高い知能がある生命で満ちあふれているといった考え方とは対極的な考え方です。

ただ、レアアース仮説は、地球人のように高い知能がある生命体の存在が稀といっているのであって、地球外生命そのものの存在を否定しているわけではありません。

地球の生命は、かつて何度も苛烈な地球環境の激変に直面し大量絶滅を経験してきたために、現在のように進化しました。しかし、そもそも地球のように生命を育むことに適した環境にある星は稀だと言われます。また何度も絶滅を繰り返すような過酷な条件にある確率も低いといったことから、レアアース説は立てられました。

とはいえ、レアアース説が唱えられてからすでに20年以上が経っています。現在は当時とは比べようもないほど太陽系外惑星の探査技術が進んでおり、NASAのデータに基づけば、地球外生命体が存在する可能性がある太陽系外惑星は60以上もあり、まだまだ増えそうです。

そう考えてくると、やはり高度な知能を持った宇宙人はいるのではないか、と思えてきます。最近、アメリカ空軍などの公的な機関がお墨付きのUFO映像を公開するようになり、これらがその証拠だと主張する人たちを勢いづかせています。

「宇宙人は存在するのだが、検出されにくい。それでも理由はわからないが時々姿を見せる。地球に来ている証拠だ」というわけですが、さらに飛躍した主張には、到達した宇宙人は発見されているが、各国政府によって公表が差し控えられている、というものもあります。

アメリカ軍は宇宙人の存在を否定していますが、実はその存在を知っていて、理由は不明だけれども最近その方針を変え、かねてより把握していたその存在を公開しようとしているのではないか、というわけでまさに「メン・イン・ブラック」です。

これらの主張は、到達した宇宙人は全て、潜伏、又は地球の生命に擬態して正体を隠しているといった仮設の上に立っています。

しかし地球にやってきている宇宙人が目に見えるものとは限らず、我々が認識できない形態の生命である、と考えられなくもありません。ケイ素生物・意識生命体といったものがそれです。ケイ素生物というのは、ケイ素(シリコン)でできている生物のことです。自由に形を変えられるので、石などに擬態して我々には見つけられなくなります。

あるいは別次元(五次元等)に存在するため地球人が認識出来ない、といった説もあり、これらはタイムリープ(タイムトラベル)と合わせてSFの世界でよく語られる宇宙人像です。

これとは別に、宇宙人は過去に地球にやってきたものの、最近は来ていない、というものがあります。古代と言われる時代に地球に到達して遺跡などを残し、人類はその子孫である、といった説です。最近の訪問がないのなら認識できないのはあたりまえです。

古代人の技術ではとうてい造れないような創造物があり、それが宇宙人の存在を指し示す証拠だと主張する人はたくさんいます。ナスカの地上絵やピラミッドのような巨大な考古学遺跡やオーパーツは、宇宙人の技術で作られたとか、類人猿から人類を創った、世界各地に残る神話の神々は、宇宙人を神格化したものであるといった数々の説が出されています。



しかし、過去にいたものが現在は存在しない理由な何なのでしょうか。人類の進化を妨げないためだ、といった説もありますが、どこか無理があるように思えます。もし宇宙人がいるとしたら、現在でも何等かの形で存在し、我々を助けてくれてもよさそうなものです。

ただ、彼らは現在もすぐそばに居て、意識体のような目に見えない形をとっているというのなら納得できます。あるいは地球人とまったく同じ姿形をしているためにそうだと認識できないようになっている、ということも考えられます。

そうだとして、何のために正体を見せないようにしているのでしょうか。可能性として、地球人の中に紛れ込んで科学的に我々を調査研究している、といったことなどが考えられますが、あるいは彼らはすでに自分たちの故郷を失ってしまっているのかもしれません。

自分たちが住んでいた星が何等かの理由で消滅し、移住してきた先が地球である、という可能性は否定できません。地球で生き延びるため、地球人そっくりに姿を変え、トラブルを避けることを優先して生きているとしたら、認識できない理由もわかります。

我々が住まう地球もまた永遠のものではありません。地球そのものが天変地異で消滅してしまう確率は低いでしょうが、巨大な隕石による人類の滅亡はありえます。あるいは、太陽が死滅してしまえば、地球の生命はすべて失われるでしょう。

最近の研究では、63億年後に太陽は中心核で燃料となる水素が使い果たし、膨張を開始して赤色巨星になるといわれています。外層は現在の11~170倍程度にまで膨張し、この時点で水星と金星は太陽に飲み込まれ、高温のため融解して蒸発すると予想されています。

その後太陽は現在の11 – 19倍程度にまで一旦小さくなりますが、再び膨張を開始し、最終的に太陽は現在の200倍から800倍にまで巨大化し、膨張した外層は現在の地球軌道近くにまで達すると考えられています。

その後太陽は10~50万年にわたってガスを放出し、その結果白色矮星となり、何十億年にもわたってゆっくりと冷えていき、123億年後には収縮も止まります。もはや核融合反応を起こすエネルギー源も無いため、次第に表面温度が下がり、最後は黒色矮星になります。

黒色矮星になった太陽は徐々に光を放出しなくなります。肉眼で見ることは出来ず、重力的な影響が明白であっても光学的に確認することはできません。ただ、太陽が黒色矮星の状態にまで十分冷えるには、10の15乗年(1000兆年)程度の時間がかかるそうです。

仮に地球が膨張した太陽に飲み込まれなかったとしても、その後太陽はどんどんと冷えていきますから、地球に住まう生命体がその光や熱の恩恵を受けることはなくなります。つまり地球上には住めなくなる、ということです。

だとしたら脱出するしかありません。おそらくその段階では我々地球人も超がつくほど高度な科学技術を持っており、地球以外で住むことのできる星を見つけていることでしょう。しかし、そうした星には先住民がいる可能性があるわけで、だとしたら、彼らを征服するよりは中に紛れ込んで生き残るという平和裏の選択肢を選ぶのではないでしょうか。



かくして、その星に住まう先住民にとって我々は宇宙人になりえるわけです。我々はその星の住民になりすまして生きはじめ、その文明に影響を与えていくのかもしれません。

地球とまったく異なる異星の環境に住むことができるようになった我々は、想像を絶する異質な形態になっている、と考えることができます。それどころか、「生命」に当てはまらない存在である可能性すらあります。

映画「コクーン」では、分子や原子構造を持たないエネルギー体としての宇宙人を登場させており、まるで電波の様に物質を通り抜ける宇宙人像でした。「意識生命体」といえる形態であり、それはいわゆる「幽霊」のような存在です。

あるいはこれらの生命体は別次元に存在し、今の我々ならまったく認識出来ないようなものかもしれません。世界の根源をなす要素が異なる世界は、異次元世界と呼ばれます。

我々が過ごしている3次元空間の世界では、空間内を動くことによって移動が行われますが、それ以上の次元の世界では、我々の世界と根源となる要素が大きく異なっていると考えられます。四次元、五次元といわれるような世界を住まいとする宇宙人なら、我々が認識できなくても当たり前です。

仮設といわれればそれまでですが、我々も将来、そうした次元に住まう精神的宇宙生命体になっているという可能性は否定できないのです。

アメリカの特殊効果デザイナーのダリル・アンカが、交信できるようになったとされる宇宙生命体がそうしたものだと言われています。その名をバシャールといいます。

バシャールという名前は本名ではなく、ダリルがアラブのバックグラウンドを持つことに由来して、その生命体自らが名付けました。アラビア語で指揮官、存在、メッセンジャーといった意味を持ち、また、ダリル自身はバシャールの過去世であると発言しています。

ダリルは1973年、当時住んでいたLAでUFOと2回遭遇したことをきっかけに、その生命体とチャネリングができるようになったそうです。その結果、物事に対する見方が変わり、事象そのものの本質を直感でとらえる” 現象学 ”に興味をもつようになりました。

人間の理解の範疇を超えた世界について色々研究したり勉強する中、ある日瞑想をしていると、誰かが大量の情報を頭の中に入れてくるような感覚が彼の身に起こったといいます。それがバシャールからの最初のコンタクトで、その後、ダリルはバシャールと頻繁にチャネリングをするようになり、彼らの住む世界について様々なことを知るようなりました。

ダリルによれば、バシャールはオリオン座近くにある緑色がかった惑星「エササニ」に住んでいるそうです。地球より少しだけ小さいため、地球ほどの重力はありません。しかし大気は地球よりも濃く、地軸が傾いていないため、1年中心地良い温暖な気候 だといいます。

四季は存在せず、台風などの天候の荒れはありません。1日は25時間ほどと地球とほぼ同じですが、1年は454日と地球よりも3ヶ月ほど長くなっています。

エササニ星人の特徴としては、個人ではなく複数の意識が合わさったような存在とのことで地球人には物理的に不可視だといいます。

また、言葉や名前を持たず、身長は150センチくらいの人間の子供のような体つきで白っぽい灰色の皮膚を持っています。目は大きくて白目のない淡いグレーの瞳で、男性は髪の毛がなく、女性は大体が白い髪だそうです。我々には見えませんが、彼らにはそう「認識」できるようです。

食事はとらず、よって排泄もしません。様々な個性を持ちますが、互いに共通意識を持つ大きな集合意識体で、テレパシーで意思疎通を行います。エササニ星人の100年は私たちの1000年に相当するそうです。

私たちからエササニ星やバシャールの存在を視覚でとらえることができないのは、互いの次元・密度が違うからだといいます。宇宙は多次元構造でできており、異なる次元・密度では周波数も異なり、その空間は見えないし相互作用もしません。

私たち人類がいる世界は「第3密度」で、これに対してより高い波動を持つエササニ星の世界は「第4密度」です。バシャールによれば、時間や時間の連続性といったものは人間が作り出した概念であって思い込みだそうです。過去や未来などあらゆる時間は、実は「いま、ここ」に同時に存在しているといいます。

宇宙のすべての物質はエネルギーです。エネルギーは振動であり波動です。そして「密度」とは、振動数の高さを表す言葉です。宇宙のあらゆるものは7つの密度に分類され、密度が高いほど振動数が高くエネルギーも大きくなり、高レベルの波動と同調します。逆に密度が低いほど振動数やエネルギーが低くなります。

バシャールは常にワクワクし、情熱に従って生きることによって、高い振動数を持ち、高いエネルギーに満ち溢れているそうです。そうなることによって、「やりたいことを、やりたいときに、やれる能力」が磨かれるといいます。

「ワクワクする」というのは「人生の中で真の自分を表現することの出来る波動を高める」ことを表し、その波動は同じような波動を引き寄せます。自分のワクワクする気持ちに従って生きることが人生の目的であり、エササニ人はそれを率先して行っているようです。

周波数が上昇するにつれ、時空間の概念が緩んで柔軟性が生まれるので、自分の意識次第で時間が変化します。そして、時間とは「過去→現在→未来」という直線的な流れではないことに気づくそうです。

そうなると、肉体や実体はあまり意味を持たなくなり、他のバイブレーション、他次元、他の現実(パラレルワールド)、高次のエネルギー周波数をとらえる感覚が鋭くなるといい、そうなればテレパシーで意思疎通ができ、異次元の存在とも交信が可能になります。

ワクワクしたことをたくさんやり、振動数が上がるように毎日を一生懸命過ごしていれば人生は望み通りになるようです。我々もそうした毎日を積み重ね、その上に立った未来を獲得すれば、遠からずバシャールのような意識生命体に近づけるのかもしれません。

太陽系滅亡前までにササエニ人以上に進化し、新たな星で暮らすようになった我々もまた、そこに住む住民から宇宙人と呼ばれているに違いありません。