カレー

ここ数日、夏場にしてはめずらしく、富士山が良く見えています。昼間見える富士は、雪はもうほとんどなくなってしまい、つんつるてんの青い山に見えます。しかし、富士とそれをとりまく雲との組み合わせは刻々と変化し、ときに入道雲に囲まれ、ときに笠雲がかかり、夕暮れにはあざやかに染まった絹雲をバックに黒々と浮き上がる様子などをみていると、飽きません。ああ、伊豆へ来てよかった、と思える瞬間です。

ところで、伊豆へ来てから変わった食習慣って何かな~とぼんやり考えていました。一番最初に思い浮かぶのは、なんといっても伊豆特産のワサビでしょうか。東京でいつも使っていた練りワサビは、最近は調味料として使うことはあっても、刺身などの新鮮な食材を食べるときには使わなくなってしまいました。

刺身などの魚だけでなく、ローストビーフのような生に近いお肉を食べるときには、冷蔵庫に「常備」してある生ワサビを擦りおろし、しょうゆやウスターソースにちょっと加えたものをつけて食べます。これがもう絶品で、けっして新しいお魚や良いお肉でなくても、まるで高級食材を食べているような感覚にしてくれるのです。

みなさんも、伊豆に来られたときはぜひ、ワサビを買って帰ってください。ちなみに修善寺から下田へと向かう国道141号線(通称下田海道)沿いにある道の駅、「天城越え」では、茎つきのワサビがかなりお手軽価格で手に入ります。先日私が行ったときには、4~5本入りで、500円しなかったと思います。近くに大きなワサビ田があるためだと思います。伊豆へ来られたときは、ぜひ、立ち寄ってみてください。

伊豆へ来てほかに変わった食生活といえば、二人でよくカレーを食べるようになりました。もともと二人とも好きな食べ物だったのですが、東京に住んでいるころには、ひとり息子君が辛いものが苦手だったので、もしカレーにするとしても、甘口に近いもので、しかも、二か月に一回食べればよいほうでした。

しかし、ここ伊豆に来てからは、月に2~3回は食べるようになったかな。一度作ると食べきれないので、冷凍や冷蔵保存しておき、それを出して食べるため、ひと月にカレーを食べる回数はそれ以上かもしれません。ときに、香辛料を調合するところから始める場合もありますが、たいていはスーパーで売っている普通のカレールーを買ってきて調理します。

ただ、おいしくするポイントとしては、同じ銘柄単体でカレーを煮込むのではなく、必ず二種類のメーカーのものを半分づつ入れます。こうすることで、味に深みが出る、と昔テレビの料理番組で紹介されていました。実際やってみると、その通り。一種類しか使わないカレーと全然違います。みなさんもやってみてはどうでしょうか。

あと、いろいろ試してみたのですが、入れるお肉としては、「スペアリブ」が最高だと思います。あばらの部位を切り売りしたもので、豚肉がほとんどですが牛のスペアリブでもいいと思います。これを使うと、骨と肉の間からうまみが出るせいか、カレーの味が一ランク上になること請け合いです。圧力なべでコトコトと一時間ほど煮込み、煮汁の一部を別途煮込んでおいた野菜入りカレーに加え、さらに煮込むのです。絶品になりますよ! ぜひ試してみてください。

イギリスとカレー

さて、このカレーですが、インドが発祥とされますが、それを世界に広めたのはイギリスでだということをご存知だったでしょうか。世界に広まったカレーは、インドのものをもとに、イギリス風にアレンジされたものなのだとか。

その起源を調べてみました。もともとイギリスは海洋大国で、自国で作った船で世界中をかけまわり、あちこちに植民地を作っていたというのは誰もが知っているところ。イギリスから船出して、海を渡るとき、イギリス人の船乗りたちは、航海中にシチューを食べたがったそうですが、この当時、シチューに欠かせないのが牛乳でした。しかし、長い航海では牛乳は腐ってしまい、長持ちしないので、牛乳のかわりに日持ちする食材でシチューを作れないか、と考えたイギリス人がいました。

そして、その人が思いついたのが、カレーの香辛料を使うこと。これを使うことで、シチューと同様、あるいはシチューよりさらに一ランク上のシチューを作ることに成功し、しかも日持ちもいい、と一挙両得であることが判明。そして、カレーはイギリス人にとっての定番料理になっていくのです。

このカレーシチューを思いついたイギリス人は、18世紀にイギリスに植民地であったインドの「カレー」をみてこれをヒントにしたようです。しかし、もともとは、実は不器用なイギリス人のこと。インド人のように、多種多様な香辛料を使いこなすことは至難の業でした。そこで登場するのが、かの有名なC&B社。

私もよく知りませんでしたが、もともとは、スープなどの仕出しをしていたんだそうで、正式名称は、「クロス・アンド・ブラックウェル(Crosse & Blackwell)社」だそうです。1706年にイギリスで生まれ、当初は缶詰・瓶詰・乾燥食品などの保存食品を作っていましたが、やがて調味料、香辛料などの販売も手がけるようになります。1950年にスイスのネスレ社に買収されましたが、現在ではアメリカ合衆国のJ.M.スマッカー社の傘下に入っているそうです。

そのC&B社がスープ用の香辛料として開発したものが、いわゆる、「カレー粉」です。そのヒントは、インドの香辛料の「マサラ」。数多くの香辛料を粉にひいたものを、複雑に混ぜ合わせたものの総称でマサーラともいい、まさにインド料理の神髄ともいうべきものです。これをあらかじめ調合しておけば、調合が苦手なイギリス人でも簡単に使えると考えたのでしょう。早速、いろんな香辛料を組み合わせ、イギリス人の好みに合いそうなマサラを作り出し、そしてできあがったのが「カレー粉」というわけ。

当初は、「C&Bカレーパウダー」という名称で売り出したそうですが、これによりカレーは船乗りの間のみならず、英国の家庭料理として普及していきます。

もともと、イギリスの中流以上の家庭では、日曜日に大きなローストビーフを焼く習慣(サンデーロースト)があり、その残り肉を一週間かけて食べていました。しかし、冷蔵庫などない当時は、食べきれないほど残った肉は捨てざるを得ません。しかし、残り肉にカレー粉を入れて煮込めば、長期間腐らずにすむし、ふつうのシチューとはまた違った美味しい料理がお手軽にできます。これが評判になり、イギリス国内でのカレー粉の需要は急増します。

チキンティカマサラ

これに気が付いたのがもともとのカレーの発祥地、インドです。イギリスでは牛肉を食べることが多いのですが、インドでは、牛は聖なるものとされているのでこれを食べません。そして、イギリスで生まれたこの「お手軽カレー」をヒントに、鶏肉を使ってインド風に再アレンジし作られたのが、「チキンティカマサラ」です。

もともと、インド料理には「チキンティッカ」という料理がありました。その料理法は、ヨーグルトと香辛料に漬け込んだ鶏肉を串に刺し、タンドールと呼ばれる窯で焼いたもの。そして、イギリスの「簡易カレー」にヒントを得、チキンティッカにトマトとクリーム、そしてマサラを加えたカレーソースで煮込んだのが、「チキンティカマサラ」です。

これが再びイギリスに「逆輸入」されるやいなや大人気。いまではイギリスの国民食と言われているほどになりました。せっかく自国で「発明」したはずのカレーですが、それをさらに発展させたのは当の本人たちでなく、インド人であったというのは皮肉な結果です。

イギリス人は料理が苦手?

聞けば、イギリスでは、インド料理だけでなく、中華料理やフランス料理、イタリア料理をはじめとする地中海料理など、いずれも外国の料理の影響を受けた料理レシピが多いのだとか。いや、影響を受けたというよりも、イギリス独自に発展した料理というものはほとんどなく、諸外国の料理がそのまま改良されず伝統的に伝わっているだけ、だそうです。イギリス人って、改良とか改善が不得意なの?

これを書いていて思い出したのが、やはり、われわれ日本人のこと。イギリスやアメリカで発明されたものを輸入し、自分たちなりの工夫を加えて改良。より優れたものにして逆輸出することで大成功しました。イギリスの場合、産業革命をはじめとする工業製品の工夫は抜群なのに、こと食べ物に関してはそれができなかったというところが不思議。

それにしても、イギリスやアメリカなどの欧米の先進工業国では、発明するのは得意だけれども、それを改良したり発展させるのは不得意だというのはよく言われるところ。アメリカ人ももともとはイギリスからの移民が作った国ですから、イギリス人もアメリカ人もその本質は同じといってもよいでしょう。

そのせいかどうか知りませんが、先日もテレビのバラエティ番組をみていたら、世界で一番食事がまずい国は、という統計データを紹介していて、その一番がイギリス、次いでアメリカが二番でした。本当にそんなにまずいの?ということで、その番組では、イギリスに実際に出向き、いろんなお店の料理を試食したり、一般家庭の主婦が作る料理を食べさせてもらったりしていましたが、結果としては、本当にまずい!でした。

実際、番組をみていると、イギリスのレストランの多くにおいては、高級店であっても、塩や酢などの調味料がテーブルに並び、出てきた料理にお客さんが「自分の好みで味付けして」という状態のようです。信じらんなーい。普通の家庭でもほとんど料理らしい料理はしないようで、さらに、日本では考えられないような過剰な加熱が行われるようです。

野菜は本来の食感がわからなくなるほど茹でる、油で食材が黒くなるまで揚げる、焼き物にしたって、ほとんど黒焦げ状態のものを平気で食べているみたい。しかも食べる人の好みに応じて塩や酢などで味付けされることを前提としているそうで、イギリスを訪れる多くの観光客がそのまずさにうんざりするようです。

野菜に至っては、イギリスの家庭で食されているのは冷凍食品がほとんどなのだそうで、そもそもが新鮮な野菜が手に入らないのだとか。これは四季を通じて天候が悪く、雨が多いという気候のせいでもあるのですが、それなら輸入すればいいじゃん、と思いませんか?、そうしないのは、イギリス人というのは、やはり料理に関してはオンチなのだとしか思えません。

一説によると、こうなった一因は産業革命以降の労働者の居住環境にあるといいます。当時、イギリスの都市居住の労働者階級の家庭では、野菜も肉も新鮮な食材を入手することが困難だったといいます。このため、食べ物は必ず加熱殺菌して食べることが奨励され、「衛生学」の発展もあって啓蒙運動が進み、必要以上に食材を加熱する調理法が伝統化したというのです。

上述したように、もともとイギリスでは日曜日に、ローストビーフやステーキを食べるという習慣があり、食べきれない肉は、平日の食事では日曜日に残った肉をそのまま、あるいは再び調理しなおして食べる事が多かったといいます。残り物の肉を再調理する場合でも、食べる人が好みで味付けする場合が多く、ようするに「調理する」ということをひとつの「技術」と考える発想にもともと乏しかったらしい。

結果として日曜日に食べるローストビーフ以外は、冷たい肉か、あるいは火を通しすぎた肉を食べ、また個人が好みで味付けするのが当然という食習慣が成立してしまったというのです。

ちなみに、このような日曜日に大食をするという習慣は、フランスやイタリアなどでも見られたそうです。これらの国では残ったものを「調理」する技術が発達し、やがて美食が贅沢という方向に移っていったのに対し、イギリスでは美食が贅沢というふうになっていかなかったのは、産業革命のために工業製品を作るのに忙しく、料理などしている時間がなかったため、という説もあります。

でも、ちゃんと飯をくわんと、良い製品もできんと思うのですが、このあたり、食文化も手先の器用さも兼ねそろえた我々日本人には理解できないところです。

それにしても、イギリスの料理がまずい!というのは世界的に定着してしまったイメージのようで、当のイギリス人たちでさえ、自分たちの食事の不味さをジョークとして自虐的に口にするほどなのだとか。

とはいえ、他国の料理をけなすのは、その国の文化を差別するということでもあり、あまり良いことではありませんね。そもそも、食べ物をおいしく食べるという文化がイギリスにはないのだと考えれば、納得もできるでしょう。イギリス人は、料理なんてものに大切な時間や神経を浪費するなんてばかばかしい、と考えているのかもしれず、それはそれでそういう考え方も尊重してあげなければいけないのかも。イギリス人って、「シンプルで基本的な料理」が好きなんだーと思えばよいのでしょう。

近年では伝統的なイギリス料理を改革した「モダン・ブリティッシュ・キュイジーヌ」と呼ばれる新しいイギリス料理の潮流も生まれつつあるそうです。今度もしイギリスに行くことがあれば、こうした先進的な料理を食べることにしましょう。あるいは、日本から食材を持っていき、自分で調理したほうが良いのかも。その際、やっぱり必需品は、日本のレトルトカレーかな。