キッチョイテ

残暑が続いています。35度以上の猛暑日になる町も続出しているようで、昨日、沼津の町へ出かける機会があったので、クルマの車外温度計を確認したら、やはり35度ありました。しかし、沼津を出て、大仁まで帰ってきたら32度まで下がったところをみると、同じ伊豆半島でも、南へ下るほど涼しいようです。

毎朝見る天気予報でも、伊豆最南端の石廊崎の気温は、静岡県下でも一番温度が低いようです。普通は南へ行くほど暑い、と思いがちですが、ここ伊豆では逆みたい。おそらくは海に囲まれているのと関係があるのでしょう。

ヒグラシ

そんな暑い日が続く中、しかしながら、朝夕はかなり涼しくなり、「カナカナカナ……」というヒグラシの声が響き渡ると、より涼しくなったような気がします。

このヒグラシですが、日本だけでなく、中国大陸にも分布しているそうですが、なぜか、朝鮮半島には分布しないのだそうです。日本と中国にしか生息していないということなら、日中友好のシンボルにでもなりそうなものですが、昨今の尖閣諸島問題などをみていると、未来永劫その可能性はなさそうですね。

日本では北海道南部から奄美大島までの広範囲に生息するのだそうで、北海道から九州北部では平地から山地まで見られ、九州南部以南ではやや標高の高い山地にいるのだとか。だからといって、特に違いはないようで、鳴き声も同じみたいです。

ただ、奄美大島の石垣島と西表島にいるヒグラシは、「イシガキヒグラシ」という名前で、本土のヒグラシの亜種になるのだとか。環境省や沖縄県のレッドリストで絶滅のおそえのある種に指定されているそうです。

この奄美のヒグラシの鳴き声は「キーンキンキンキンキキキキキ…」と聞こえるそうで、本土のヒグラシよりもより高い金属音に近いような声で鳴くそうで、しり上がりにテンポが速くなるのだとか。だとすると、暑さを和らげてくれるどころか、余計に暑さを助長するような声なのかも。やはり、ヒグラシは、本土産に限ります(奄美の方、ゴメンナサイ)。

このヒグラシですが、その鳴き声から「カナカナ」とか、「カナカナゼミ」とも呼ばれていますね。漢字表記は虫が周ると書いて「蜩」。ほかに、茅蜩、秋蜩、日暮とも書くそうで、俳句の秋の季語にもなっており、晩夏に鳴くセミのイメージがあります。

しかし、実際には、成虫は梅雨の最中の6月下旬頃から羽化するそうで、ニイニイゼミと同じくらいか、他のセミより早く鳴き始めるのだそうです。以後は9月中旬頃までほぼ連日鳴き声を聞くことができるので、まさに、夏の風物詩そのものといっても良いでしょう。

実際、朝夕に響く声は涼しげで、かつ物悲しい感じもするので、昔からきれいな声で鳴くセミとして、文学などにもよく登場しています。

若い人の間では、一昔前に「ひぐらしの鳴くころに」という連作ミステリーが流行り、ゲームやコミックのほか、映画化までされて大人気のようですね。この原作は、岐阜県の白川郷をイメージして作られたそうで、たしかに白川郷ならヒグラシがたくさん鳴いていそうです。

だからといって、このお話、ヒグラシが登場するわけでもなく、架空の村落を舞台にして起こる連続怪死・失踪事件を扱ったものです。ヒグラシといえば、哀感を感じさせることばであることから、読者にその舞台のイメージを喚起させやすかったのでしょう。読者もこのタイトルを読んで、その内容が少し暗めのストーリー展開であることがすぐにわかります。なかなかうまいネーミングでしたよね。

ところで、ヒグラシもほかの多くのセミと同じく、鳴くのはオスだけです。ご存知でしたか? メスは、「ジジ……」とも鳴かないみたいですよ。オスの鳴き声は、このおとなしいメスを呼ぶためだといわれていますが、ほかにも、「キキキキキ…」とか、「ケケケケケ…」とかに聞こえることもあります。しかし、標準的な「聞きなし」としては、やはり「カナカナ」ですよね。

聞きなし

「聞きなし」って何だ?と思われる人も多いでしょう。私もついこの間まで、知りませんでした。漢字をあてると、「聞き做し」なのだそうで、これは、動物の鳴き声、とくに鳥のさえずりを人間の言葉に置き換えて、憶えやすくしたものをさすのだそうです。

たとえば、ウグイスは、「ホケキョ」鳴きます。これだけでも「聞きなし」ですが、さらにこれを、漢字に置き換えて「法華経」とすれば、覚えやすいですよね。同様に、ホトトギスは、「トッキョキョカキョク」と鳴いているように聞こえますが、これも漢字を与えて、「特許許可局」と書くわけです。

このように、聞きなしは、基本的には、動物の鳴き声を人間の言葉の発音に置き換えたものですが、ときには、わざと意味のある言語の言葉やフレーズに当てはめて憶えやすくしたものです。

良く似たものに、擬音語とか、擬態語などがありますが、擬音語は「物」が発する音を字句で模倣したもので、ドキドキ(心臓の鼓動)とか、ガチャン(ガラスの割れる音)、ドカン(爆発音、衝撃音)などがそれです。

メーメー(羊)とか、ブーブー(豚)も擬音語です。一種の「聞きなし」でもありますが、幼児ことばでは「メーメー」という言葉自体は、鳴き声というよりも羊そのものを指していますよね。ほかにも「ワンワン」があります。これも鳴き声でもありますが、子供は犬のことをワンワンといいますよね。

「タイタイ(魚)」は違います。魚は、「タイタイ」とは鳴きません。世界は広いので一尾ぐらいはいるかもしれませんが。

一方、擬態語のほうは、状態や感情などの音を発しないものを字句で表現したものです。「しいん」とか、「ばらばら」「めろめろ」などがそれですが、「たっぷり」「ちょうど」のように擬態語と一般語彙の中間的なものもあるようです。

日本語には、擬態語がすごく多いのだそうで、それは日本が豊かな自然環境を持っていることと、方言によって他国の人のことばがわかりにくいので、擬態語で表現したほうがコミュニケーションをとりやすいためのようです。

このような擬音語と擬態語を合わせて、「擬声語」といいます。もともと古代ギリシアからある、オノマトピア(onomatopoiía)ということばを無理やり解釈して日本語に置き換えたもので、日本語の概念としてはまだ統一されていないのだそうです。なので、「擬声語」という用語すら正式のものではないらしく、「物声模倣」とか、「声喩」などともいわれます。

さて、「聞きなし」の話に戻りましょう。聞きなしは、基本的には、動物の鳴き声を人間の言葉の発音に置き換えたものを指しますので、聞いただけでは、何の意味をなさないものもあります。しかし、何か意味のある言葉やフレーズに当てはめることができる場合も多いので、昔から、おとぎ話や民話の中でいろんな聞きなしが「発明」されてきました。

「聞きなし」という用語を初めて用いたのは、鳥類研究家の川口孫治郎という人が書いた「飛騨の鳥」(1921年)と「続 飛騨の鳥」(1922年)が初めてです。この本では、昔話や民間に伝わるたくさんの聞きなしが、文献として記録されており、同じ動物でも地域によって異なる聞きなしが伝承されていることなども書かれているそうです。

鳥の聞きなし

それでは、鳥の鳴き声の代表的な聞きなし、しかも意味のあるものを列記してみましょう。

イカル……「オキク・ニジューウシ」→「お菊二十四」、または、「ツキ・ヒ・ホシー」→「月・日・星」
ウグイス……「ホケキョ」→「法華経」
ホオジロ……「いっぴつけいじょうつかまつりそうろう」→「一筆啓上仕り候」、「げんぺいつつじしろつつじ」→「源平ツツジ白ツツジ」

ホトトギス……「トッキョ・キョカキョク」→「特許許可局」、「テッペンカケタカ(テッペンンハゲタカ)」→てっぺん欠けたか(てっぺん禿げたか)」

コノハズク……「ブッポウソウ」→「仏法僧」
サンコウチョウ……「ツキヒーホシ・ホイホイホイ」→「月日星ホイホイホイ」
コジュケイ – 「ちょっと来い、ちょっと来い」、英語では「People pray,People pray」

上記のうち、サンコウチョウなどは、その声が「月日星、ほいほいほい」と聞こえることに由来し、「3つの光の鳥」ということで、「三光鳥」と呼ばれるようになったといいます。

また、ブッポウソウは、実は「ブッポウソウ」とは鳴きません。「ブッポウソウ(仏法僧)」と鳴くのはコノハズクなのですが、このコノハズクのことを、ブッポウソウだと勘違いした人たちがいて、そのままコノハズクのことをブッポウソウと呼ぶようになってしまいました。実際のブッポウソウは、「ゲッ・ゲッ・ゲツ」または、「ゲーッ・ゲゲゲ」と鳴きます。

このほか、ヒバリは、「リートル・リートル・ヒーチブ・ヒーチブ」と鳴きますが、これは「利取る・利取る・日一分」と書きます。なので、ヒバリはこう鳴いて、太陽から借金を取り立てようとしているのだ、と言われています。空に上がるときは、お天道様に金貸した、「日一分、日一分、日一分」、と鳴き、空から下りるときには、「月二朱、月二朱、月二朱、利取る、利取る、利取る」と鳴くのです。

ツバメも「ツチクッテムシクッテシブーイ」「ハーシーブイシーブイ」と鳴きますが、これは「土食って虫食って渋ーい」「歯渋い・歯渋い」で、巣作りのために藁や泥をくわえるときに、それが渋い味がするので、そう鳴いているんだそうです。

まあ、鳥の声がどう聞こえるかは、その人それぞれで違うので、いろいろなものが出てくるのは当然といえば当然です。ルリビタキなどにいたっては、「ボクはルリビタキだよ」という聞きなしもあるらしく、笑っちゃいます。

このほか面白いところでは、

メボソムシクイ(目細虫喰)の、「銭取リ・銭取リ・銭取リ」
マヒワ(真鶸)の、「ジュウエーン(10円)、ジュウエーン」
アオジ(青鵐)、「消費税一円・ツリ・ツリ・ツリ」
シジュウカラ(四十雀)、土地、金、欲しいよ (とち・かね・ほしいよ)」
コジュケイ(小綬鶏)、「ナンカ呉レッ、ナンカ呉レッ」

などの、金欠病派があり、また、

フクロウ(梟)の「糊(のり)つけ干(ほ)せ」
ヒバリ(雲雀)の「水ハホントニクレタンネ」
センダイムシクイ(仙台虫喰)、「焼酎1杯ぐいー」
イカル(斑鳩)、「これ食べてもいい?」

などの生活密着型などがあります。

イカルの声は、また、「いいこと聞いたア」とも聞こえるそうで、コジュケイ(小綬鶏)のように「母ちゃんかわいい、母ちゃんかわいい」などの熱愛派もあります。もっとも、コジュケイの鳴き声は、「母ちゃん怖い、母ちゃん怖い」とも聞こえるらしいですが。

さらには、後ろ向き派。

ウズラ(鶉の、「アジャパー」「あじゃっぱあー」
センダイムシクイ(仙台虫喰)の「チカレタビー」「疲れたベー(ツカレタベー)」
トラツグミ(虎鶫)の「ヒーヒー」(悲しげな声で鳴く)「寂シイ・寂シイ」

キビタキ(黄鶲)の「ツクツクホーシ・ツクツクホーシ」のようにセミの声に聞こえるというのもあります。このほかにも、ウミネコ(海猫)の「ミャオミャオ」のようにそのまんまのもあり、コマドリ(駒鳥)の「ひーひよろ ひよろ」のように他の鳥のマネに聞こえるものなども。

外国語派もいます。

サシバ(差羽)、「キッス、ミー」
シジュウカラ(四十雀)「ピースピースピース」
アカハラ(赤腹「カモン、カモン、チュー」

などです。そして、長いのは、キセキレイ(黄鶺鴒)。

「鍋も茶碗も破れてしまえ、親死ね子死ね鍋釜こわれ、家のぐるり海になれ」と鳴くということですが、ほんとうかしら。ここまで来ると、かわいい鳥の声も悪意のある声にしか思えなくなりますよね。

みなさんはどんな聞きなしをご存知ですか? 実際、鳥の鳴き声を聞いて、自分なりの聞きなしを作るというのも楽しいかと思います。

私的には、よくウグイスが、「キッチョイテ、キッチョイテ、キ、キ、キ、キッチョイテ」と鳴くのが、どうも山口弁の「きっちょいて= 切っておいて」に聞こえてしょうがないのですが。聞き違いでしょうか……