破局

高台にある我が家の北側には、富士山をはじめ、いろんな山が見えます。これまでも何度か話題にした葛城山が真正面に見え、そのやや左手には富士山と発端丈山があり、そこからさらに西側にははるか遠くに南アルプスが広がります。

……と、書けば絶景のようですが、別荘地内の木々が邪魔をして、全体像が見えない山もあります。その一つが、葛城山の東側の遠くのほうに見える山。

何だろうなーと前から気になっていたので、地図と見比べてみたところ、どうやらこれは、箱根の山々の中央付近にそびえる箱根駒ヶ岳、1356mであることがわかりました。ふーん、箱根なんだ~ とちょっと意外。

それもそのはず、ここから見える箱根駒ヶ岳は、お椀を伏せたような、さえないかんじの山で、しかも遠くにあるので、多少かすんでいて、これがあの天下の箱根山か~ というほどの威厳は感じられません。

ま、見えるだけまし、ということなのですが、これでもう少し、標高が高ければな~ と思うのです。が、これはこれ、想像力が鍛えられて良いではないか、とポジティブに考えることにしましょう。

古箱根火山

さて、この箱根山ですが、神奈川県と静岡県にまたがる、その昔は巨大な火山だったものの名残で、古い時代の火山活動でできた大きな外輪山の真ん中に新しくできた火山群がある」、「◎」の形をした山々です。中央の火山群とその周囲の外輪山の間の西側部分には、水がたまっていて、これが「芦ノ湖」になります。

わかりにくいかもしれないので、ウィキペディアに掲載されていた図を以下に引用させてもらいました。

中央火口丘付近にある大涌谷などでは、現在でも噴煙や硫黄などの火山活動が見られるほか、外輪山の東側の箱根温泉や湯河原温泉では、山腹や山麓の多くの場所で温泉が湧き出していて、古来より湯治場として観光開発され、人気を集めているのはご存知のところでしょう。

この外輪山は、もともと、「古箱根火山」と呼ばれる標高2700mもあった富士山型の成層火山の名残です。25万年前くらいから噴火を繰り返していましたが、約18万年前に大量のマグマが吹き出し、山体の地下に大きな空洞ができ、それが一気に陥没して大きなカルデラ(真ん中がどかんとへこんでいる火山。阿蘇山などもそれ)が誕生しました。

このとき陥没せずに、周りに取り残されるようにしてできたのが、塔ノ峰、明星ヶ岳、明神ヶ岳、丸岳、三国山、大観山、白銀山などの1000m前後の高さの山々で、これを「古期外輪山」といいます。

ただし、この外輪山の一番北側にある金時山だけは、この外輪山の一部ではなく、古箱根火山の山腹から噴火した寄生火山だそうで、他とは成因が違う独立した火山ということになります。

破局噴火

古箱根火山が陥没してできたカルデラの真ん中の部分では、その後、約13万年前から再び火山活動が活発になり、やがて、小型の楯状火山ができました。楯状火山というのは、粘性が低く流れやすい溶岩が流れだし、堆積してできたもので、その世界最大のものがハワイ島のマウナ・ロア火山です。ちなみに、日本のすばる望遠鏡ほかの各国天体観測所が設置されているのは、この火山の北側にあるマウナ・ケア山のほうです。

マウナ・ロア火山からどろどろした真っ赤な溶岩が流れ出し、海に落ち込んで大きな水蒸気をあげている映像をテレビなどで見たことがありませんか? 盾状火山は、このようにどろどろとした溶岩が少しずつ流れだし、緩やかに傾斜する斜面を形成する底面積の広い火山です。

盾のように広がることからこの名がつけられましたが、広大な面積を持つ火山であるため、いったんこれが大爆発を起こすと、とんでもないことになります。約5万2000年前、この箱根でもこの楯状火山が徐々に形成され、そして、「破局噴火」と呼ばれるスーパー爆発を起こしました。

破局噴火とは、地下のマグマが一気に地上に噴出する「壊滅的な」火山爆発で、地球の長い歴史において、これまでも何度もおき、そのたびに地球規模の環境変化や種の大量絶滅の原因となってきました。英語では、このような噴火をする超巨大火山を「スーパーボルケーノ」と呼ぶそうで、これを題材にしたパニックSF映画が何本も作られています。

この「破局噴火」という日本語は、「石黒耀」さんという作家さんが2002年に発表したSF小説「死都日本」で初めて使われたそうで、この小説では、「近代国家が破滅する規模の爆発的巨大噴火」として、扱われました。

この「死都日本」は、現実世界の火山学者さんからも、超巨大噴火をリアリティーを持って描いた作品として評価され、その後、日本でも過去に実際に起き、将来的にも起きる可能性のある噴火を定義する言葉として、火山学者やマスコミ報道関係者のあいだで、定着しています。

この破局噴火のメカニズムですが、地上にできた「盾」が、地下数kmにあるマグマ溜まりを強力な地圧で押さえつける役割をするため、長い間にはこれによって、いろいろなガスがマグマの中に高圧で封じ込めている状態となります。その盾によって押さえつけられ、マグマにかかっている地圧が、ある時、大きな地震などが引き金になって急激に取り除かれ、このとき、このマグマは「発泡」しはじめ、この発砲に伴い、大量のガスが噴出しはじめます。

そして、このマグマ溜まりにそのガスが徐々に充満していき、やがてそれが極限状態になったとき、これを押さえつけている盾を吹き飛ばすほどの大爆発を起こし、「破局噴火」となるのです。

この破局噴火の破壊力は、通常の噴火と比べても桁違いに大きなもので、その噴火によって半径数十kmの範囲で動植物が「消滅」するばかりでなく、その大量の噴出物は周囲を破壊する壊滅的な威力となります。火砕流などになって放射状360度の方向に噴出し、広大な面積の地上を焼き払い、埋め尽くすのです。

それだけでなく、火山の上空に吹き上げられた噴出物は、成層圏付近にまで舞い上がり、風に乗って地球を周回。これによって地球全体が灰に覆われることで太陽光を遮り、これが原因で地球全体の気温が極端に下がり、植物が育たなくなることから、食物連鎖が崩れ、世界的な規模で種の絶滅が始まります。

この破局噴火による噴出物の量が、通常の噴火とどれくらい違うかというと、例えば1990年から1995年にかけて噴火した雲仙普賢岳の5年余りの活動期間中の噴出物の総量が、0.2km3程度であったのに対し、破局噴火では1000km3の規模になります。その噴出する溶岩の量は、これまで人類が経験してきたものをはるかに超える途方もないものなのです。

また、一回に起こる火砕流の規模だけでも雲仙普賢岳の1000万倍程度もあるといわれ、周辺に住む生物は、ものすごい速度で山から流れ落ちる火砕流から逃れるすべもなく、一瞬にして飲み込まれてしまいます。

5万2000年前に箱根山での破局噴火では、西は富士川から東は現在の横浜市郊外にまで火砕流で覆われたそうで、火砕流が通ったあとの動植物はすべて死滅し、まさに死の世界といえるような状態だったでしょう。

最後の破局噴火

日本では、過去に7000年~1万年に1回程度の頻度で、破局噴火が起きており、7300年前に鹿児島県南方沖の海底火山、「鬼界カルデラ」で起きた噴火が、日本でおこった最後の破局噴火です。この噴火が、当時の南九州で栄えていた縄文文化を壊滅させたことは、考古学上もよく知られており、日本で人間が経験した証拠が残っている数少ない破局噴火のひとつです。

このときの噴火で噴出した「アカホヤ」と呼ばれる赤橙色を帯びた火山砕屑物は、東北地方や朝鮮半島でも見つかっており、大分県でも50cmもの厚みのある火山灰層が観察されています。火砕流は半径100kmの範囲に広がったということがわかっており、破局破壊の中でもかなり大きなものであったことは間違いありません。

4万年以上昔に発生したという、箱根の破局噴火も、鬼界カルデラに匹敵するくらい巨大な噴火だったと思われます。ただ、鬼界カルデラの噴火の名残は、海底に没しており、それによる地形変化を我々は直接見ることはできません。しかし、箱根山の破局噴火は、その名残をしっかり地上に刻んでくれたため、我々はそれをいつでも目にすることができます。

今後発生する可能性

鬼界カルデラが生まれた噴火を最後に、ここ7300年日本では破局噴火は起きていません。日本だけでなく、世界的にも今後、破局噴火が起こる可能性のあるところはもうほとんどなく、ただ一カ所、アメリカのイエローストーン国立公園でその可能性があるそうです。

アメリカ合衆国のイエローストーン国立公園は、風化によってできた、ただの切りたった赤茶けた断崖だと思っている人も多いと思いますが、れっきとした火山地帯で、しかも超巨大火山の名残です。破局噴火の常連さんでもあり、過去に、約220万年前、約130万年前、約64万年前の計3回も破局噴火を起こしています。そして、現在も公園全体の面積に匹敵する範囲に9,000km3もの超巨大なマグマ溜まりが存在していることが、確認されています。

約64万年前の噴火は、比較的小さな噴火だったようですが、それでも、1980年にワシントン州セント・ヘレンズ山でおきた噴火の1000倍の規模です。その前の130万年前の噴火から66万年が経過しての噴火であり、このことから、だいたい65万年周期で噴火が繰り返されると考えると、そろそろ次の噴火もあってもおかしくない時期といえます。

近年、イエローストーン公園では地震が活発化しているらしく、21世紀初頭の10年間で公園全体が10cm以上隆起し、池が干上がったり、噴気が活発化するなど危険な兆候が観察されています。アメリカ政府は、新たに立ち入り禁止区域を設置したり、観測機器を増設したりしており、米国地質監査局の地質科学者が、イエローストーン公園内の湖の底で高さ30m以上、直径600m以上の巨大な隆起を発見したとも伝えられています。

このイエローストーンで現在貯留しているマグマ溜まりがもし噴出した場合には、人類の存亡の危機となることが予想されています。

イギリスの科学者によるシミュレーションによれば、もしイエローストーン国立公園の破局噴火が起きた場合、3~4日内に大量の火山灰がヨーロッパ大陸に達し、米国の75%の土地の環境が変わります。火山から半径1000km以内に住む90%の人が火山灰で窒息死し、地球の年平均気温は10度下がり、その寒冷気候は6年から10年間続くと推定されています。

もし、この噴火がおこれば、今の地球温暖化の問題は一気に解決される!と喜んでいてはいけません。火山灰が日照を遮ることによる急速な気温の低下が、動植物の成長に大打撃を与え、我々の食べるものが無くなってしまうかもしれないのです。

破局噴火以後の箱根山

さて、破局噴火というスーパー爆発を起こした箱根山ですが、その後、爆発を起こした中央部分は再び陥没し、東部から南部にかけて、半月形に取り残されたのが浅間山、鷹巣山、屏風山などの「新期外輪山」です。

さらにこの後、約4万年前になるとカルデラ内で再び火山活動が始まり、台ヶ岳、上二子山、下二子山などの溶岩ドームができ、我が家からみえる箱根駒ヶ岳もこの時にできた溶岩ドームになります。

この4万年まえの噴火では、発生した火砕流で川がせき止められ、現在の仙石原一帯に仙石原湖と呼ばれるカルデラ湖が誕生しました。

さらに時代が下って、約3000年前には、神山北西斜面で山体の多くを崩壊させる大きな水蒸気爆発が発生。これにより大涌谷が生まれ、水蒸気爆発によって引き起こされた土石流により仙石原湖の半分以上が埋没して仙石原となり、また現在、芦ノ湖を水源として小田原まで流れている、早川の上流部がせき止められて芦ノ湖が誕生しました。

太古から繰り返されてきた噴火はやがて落着き、こうして今の大観光地、箱根山を形成しました。その名残は、今や富士箱根観光の目玉であり、それを通して我々は過去における箱根山の噴火の歴史とそれによる地球のダイナミックさを身近に知ることができます。

ただ、箱根山は、気象庁も現在たくさんの観測装置を備え付けて観測を続けている、生きている火山、「活火山」です。近年の噴火記録はありませんが、神山や駒ケ岳の山腹数ケ所に硫気地帯があり、時にはそれが活発化したり、崩壊・土石流を起こしたりすることがあるということで、気象庁も注意を促しています。

雄大な自然を楽しみつつも、やはりそれが生きている火山であることを認識しつつ、いざというときのことも時には考えてみましょう。が、それを言えば富士山も同じ活火山です。噴火を心配していたら、観光はできませんが……