髪の毛の話


今日10月20日はで、10(とう)20(はつ)ということで、「頭髪の日」だそうです。「日本毛髪科学協会」というNPO法人さんが1977年に定めた日だそうで、一応、厚生労働省も公認しており、東京都、北海道、長野県などの後援もある「公認記念日」だそうです。

この日には、街頭における無料毛髪相談、講演会、パンフレット配布などを、この協会の全国の支部で実施されているとのことですが、ご覧になったことがあるでしょうか?

付属の研究所も持っていらっしゃって、こちらで「毛髪相談」にも乗ってくれるとかで、治療はしないそうですが、毛髪で困っている人のあらゆる相談にも乗ってくれるみたいです。

幸いなことに私は髪の毛が多いほうで、最近かなり白くはなりましたが、これまで薄毛で困るようなことはありませんでした。母方と父方の両方とも薄毛の人はこれまでいませんでしたから、遺伝のせいかと思います。

しかし、髪の毛の薄い人にとっては、かなりシビアな問題ですよね。毎日のようにいろんな人工植毛の会社が宣伝をしていますが、こうした会社が儲かるのもわかるような気がします。

よくは知りませんが、最近はかなり技術が進んで、本物の髪の毛と見分けがつかないくらいよくできた植毛法やカツラもあるようで、こうした技術って日本だけなのでしょうか。もしかしたら全世界に通用するすごい技術なのかもしれません。

そうした技術について調べるのも面白いかな、とも思ったのですが、とりあえずわたくし的には必要性を感じていないので、あえてその話題に深入りするのはやめさせていだきます。

この髪の毛ですが、「ケラチン」という硬質のたんぱく質でできているそうです。3重構造になっていて、一番真ん中になるのを「髄質」といい、その周りを「皮質」が取り巻き、さらにその外側を毛表皮(キューティクル)が覆っています。

ただし、髄質がない毛髪というのもあるそうで、そもそもなぜ髄質があるのか、その役割ははっきりしないんだそうです。が、もしかしたら脳みそを保護するためには髪の毛が丈夫なほうが良いというような理由なのかもしれません。

髪の毛の直径はおよそ0.05mmから0.15mmなのですが、個人差や人種差が大きいそうで、一般に白色人種と黒色人種は細く、頭皮1平方cm当たりおよそ400本前後。一方我々アジア人などの黄色人種では白人や黒人よりも太いので、1平方cm当たり250本ほどになるそうです。

髪の毛の断面も人種差があって、我々のような黄色人種人では一般的に円形、白人では楕円形、黒人も楕円形ですが、白人の髪の毛よりもさらに細長い楕円形なのだとか。このため黄色人種には直毛が多く、白人ではウェーブのかかた「波状毛」と呼ばれるゆるく波打った髪の毛が多いそうで、いわゆる「巻き毛」も多いみたいです。

一方、黒人の髪の毛は、断面が扁平なために縮れ毛になりやすいのだそうで、髪の毛がチリチリになったアフロヘアになりやすいのはそのためのようです。

直毛の多い日本人ですが、しかしいわゆる「くせ毛」の人も多いですよね。

パーマをかけなくて済むのでうらやましいなと、私などは思うのですが、くせ毛の人はそれなりに困っていらっしゃる方も多いみたいです。このくせ毛は、「毛穴の形」が他の人と違うのでできるのだそうで、このため個人差はあるようですが、思春期においてのみくせ毛になる人とかもいて、思春期が終わるともともとのストレートになる人も多いのだとか。

なぜ思春期のときにくせ毛になるのかはまだよくわかっていませんが、思春期独特のホルモンバランスの変化という説が有力だそうです。思春期が終わってからもくせ毛ができる人は、成長の過程で骨格が変わり、これに伴って毛穴の形が変わるのでくせ毛が出てくるということなどが最近わかってきたようです。

髪の毛の成長の速度ですが、これも個人差や人種差があるようですがが、東アジア民族ではだいたい、11 cm/年 = 0.3 mm/日 = 3 nm/秒 くらいだとか。一週間だと、2mmちょっと。一か月だと9mmということですが、私の場合はもっと早いような気がします。逆になかなか毛が伸びないという人も当然いるでしょう。

一般に人間は年齢を重ねると、毛の内部の色素が失われてくるため、灰色っぽくなってきますが、実際にはこれは色が薄くなっているのではなくて、「色が無い」状態なのだそうで、一般的に75歳以上になるとほとんどの人が灰色の頭髪になり、85歳までにほとんどの人が元の毛の色を失うのだとか。

一般には男性は女性よりも灰色になりやすいようです。かくいう私も50半ばですがほとんど真っ白けに近いのですが、これはこれで、「ロマンスグレー」と自称しており、むしろ早く司馬遼太郎さんのように全部真っ白にならんかなーと心待ちにしていたりもします。

白人などで、非常に薄い色の金髪の人々は、齢をとるにつれて髪の毛が灰色になる代わりに、本当に真っ白い毛になるそうで、そういえばハワイ大学時代の指導教官のオランダ人の先生はほんとうーにきれいな白いふさふさした髪の毛でした。60代半ばだったかとおもいますが、私もああゆうふうになりたいものです。

とはいえ、白くなろうにも、若いうちから髪の毛が抜けていって、いわゆる「ハゲ」になる人はそれどころではありませんよね。

このハゲ(禿げ)という状態ですが、毛が生えていない状況を指すものと思われがちなのですが、その毛根までもが死滅しているのではなく、ひとつの毛根から生える頭髪の数が減るために、禿げているようになるケースが一番多いのだそうです。ひとつの毛根に2~3本生えていたものが、1本になったり、または毛が十分育たないまま成長が止まったりした状態です。

一方、髪の毛が成長する前に抜け落ちてまた生え変わるといったサイクルが早くなったり、毛髪の太さが細くなったりしやすい人も、髪の毛の本数自体は一般的な人の毛髪量と大差がないのに、髪の「密度」が減少したような状態になるため、「ハゲ」と呼ばれることが多いようです。

毛根の数自体が減少しているためであると誤解されるケースが多いのですが、実は普通の人と変わらないわけで、こうした人の場合は、薬などによって髪の毛が生え代わるサイクルを遅くしたり、また毛を太くしたりといった「手当」が可能になりやすいみたいです。

また、毛根が死滅していても産毛が生えてくるケースもあって、密度的には薄いためにハゲと言われてしまうのですが、この産毛をなんとか成長させようとする薬も最近は研究されているようです。

毛がたくさんある私にはあまり興味のない話ですが、毛の薄い方にとってはこうした研究の成果が待ち遠しいことでしょう。

髪の毛は毛の根元にある「毛胞」という細胞が変化してできるもののようです。この毛包は他の細胞などよりも非常に速く成長するんだそうで、その中でもとくに頭部の毛がより早く成長するのは、やはり脳みそが詰まっている部分を保護しやすくするためでしょう。

このため、がんにかかった人たちに抗がん剤投与などの化学療法を施した場合には、抗がん剤がこの速く成長する毛包に作用してしまうために、毛が抜けてしまします。抗がん剤はそもそも急速に成長する癌細胞をターゲットにしたものですが、同じく成長の速い毛胞にも作用してしまうからです。

毛細胞の代謝を抑える為にこれを冷却して低温に保つ事で脱毛を抑えるという方法もあるみたいですが、抗がん剤の投与を終えるとまた生えてくるみたいなので、たいていの人は抜けるがままにしています。

しかし、女性にとっての黒髪は命の次に大事なもの。なので、髪の毛が抜けるのを補うために、カツラを使う人も多いようです。そのための専用のカツラを用意してくれるNPO法人もあるみたいです。

この「黒髪」の黒い色は、皮質に含まれている「メラニン色素」の量によって決まってきます。人類の大部分は多量のメラニンを含んだ黒色の頭髪です。しかし、白人の多くは、生まれたあとに徐々にこの色素が脱落していくため、これにより金髪(ブロンド)・茶髪(ブルーネット)になる人も多くみられます。

なぜ、北欧人種などの白人だけ色素脱落するのかもよくわかっていないみたいです。我々の祖先の北方モンゴロイドの居住地区よりも北欧人種の居住地区のほうが太陽光線が当たる量がより少なかったからという説もあるみたいですが。

ところで、日本ではむかしから、髪の長い女性が美人とされてきました。平安時代の貴族女性では、髪の長いこイコールが美しさの象徴でした。「大鏡(おおかがみ)」は、紀元1000年ころの平安時代後期(白河院政期)に成立した歴史物語ですが、これには、村上天皇の奥様の髪の長いことが美しいと記述されているそうです。

今現在でも黒い髪の毛をストレートで伸ばして、町を闊歩する日本人女性は美しいと外国人には大評判です。しかし、当の日本女性の中には髪を染める人のほうが多くなってきており、またウェーブをかけたりして、外国人女性っぽくみせるのがむしろ主流になってきています。

これを良しとするか、悪しとするかは個人の好みでしょうが、それももともとの髪の毛がストレートだからこそできる技です。

これが、黒人ではそうはいきません。前述のように多くの人は髪の毛がチリチリですから、そのままにしておくと、きつく曲がって成長し、アフロになってしまいます。

アメリカでは、1960年代までは白人の黒人に対する差別が根強く、黒人自身も差別される事を嫌って、化学処理や装置を使って毛を真っ直ぐにする、いわゆるストレートパーマにする人が多かったそうですが、60年代以降、公民権運動が成果を上げて黒人の地位が向上すると彼らの考えも変化発展し、アフロヘアを誇示するようになっていったといいます。

頭髪は、太古では単に人体の一部という役割を超えて、神聖視されたり、特別な意味合いを付与されたりすることもあったようで、旧約聖書の士師記ではサムソンは髪を切られたためにその力を失っています。現在でも正教会においては、地域によっては気候・習慣等の要因から髪を切る修道士もいますが、修道士は頭髪を切らない事が基本的伝統とされています。

今はもうファッションのために髪の毛は「いじり倒し」という時代にかわってきていますが、古くはそのままの髪の毛が一番よいとされた時代もあったのです。

だからといって、髪の毛を染めたりパーマをかけるのをやめよう、などと言うつもりは毛頭ありません。私もパーマをかけていることですし(この「毛頭ありません」というのも不思議な言い回しですが……)。

しかし、髪の毛の薄い男性諸氏にはそうした願望さえ持つこともできないわけであり、そうした方々を「毛嫌い」するのだけはやめましょう。

そしてそうした人たちのために、今日10月20日くらいは、早く毛が生えてくるように祈ってあげましょう。それが髪の毛のない人たちにうらやましく思わせている、髪の毛のある我々ができるせめてもの罪滅ぼしだと思うのです。