源兵衛川 ~三島市

今年も、もうあと残り二か月になりました。去年のいまごろは何をしていたかな、とブログを読み返してみると、ちょうどこの家の購入の手続きなどが完了し、リフォームのための打ち合わせに伊豆へ来ていたころのようです。

あのころはまだ家の内外ともにボロボロで、とくに庭は草が生え放題、荒れ放題で、ホントに庭として使えるんかしらん、と危ぶんだものですが、人間やればできるもんですね~。自分で言うのもなんですが、それはもう立派な立派な庭になりました。

先日まではこの秋二回目のキンモクセイの花が咲き、芳香が庭だけでなく家中に行きわたっていましたが、その花も終わり、今はモミジの葉が赤くなるのを待つばかりといったところです。

その後リフォームも完了し、最近は伊豆のあちこちに出かける余裕まで出てきましたが、あれほど雑然としていた家の内外がここまできれいになるとは、昨年のいまごろは想像もできませんでした。

今はもうあと残り少ない今年の締めくくりとして、この家に移ってきてから初めての大掃除をし、庭のフェンスのペンキ塗りをすることくらいでしょうか。ともかく、ここ数年では一番落ち着いた年末が迎えられそうです。

ところで最近、「今日は何の日?」といったサイトをちら見したりして、今日のブログのテーマなどをさがすこともよくあります。今日も、11月1日は何の日かな?と思っていつも見るサイトを見てビックリ! す、すごい。○○記念日のオンパレードではないですか。ざっとあげると、以下のような記念日になっているようです。

計量記念日(改正計量法が施行記念)
万聖節(別名、総聖人の日。キリスト教で、諸聖人と殉教者を記念する日)
灯台記念日(日本初の洋式灯台、観音崎灯台の設置日)
自衛隊記念日(自衛隊法が施行されたことを記念して制定)
炉開き(冬になって炉や炬燵など暖房器具を使い始める日。「炬燵開き」とも言う)
犬の日(「ワン・ワン・ワン」の犬の鳴き声から)
川の恵みの日(三重県多気町の会社が制定。「111」が「川」の字に似ていることから)
点字記念日(明治23年に日本語用の点字が決められた日)
生命保険の日(生命保険協会が制定。「生命保険の月」の1日目の日。)
紅茶の日(大黒屋光太夫がロシアのエカテリーナ2世から紅茶を寄贈された日)
全国すしの日(全国すし商連が制定。新米が出回り、海山の幸がおいしくなる時期)
本格焼酎の日(作曲家の中山大三郎氏らが設立した世界本格焼酎連盟が制定)
泡盛の日(沖縄県酒造組合連合会が制定。11月は泡盛製造の最盛期のため)
玄米茶の日(全国穀類工業協同組合が制定)

なぜこんなに記念日が多いのか不明ですが、やはり夏が終わって涼しくなって人の動きも活発になり、年末までの時間も少なくなることから、できることは11月にやっておこう、でもどうせなら、その一番最初の日をスタートの日にしよう、ということなのでしょうか。

食べ物の記念日が多いのは食欲の秋ということなのかも。それにしても焼酎とか泡盛ってこの時期が一番おいしいんですね。すしもそうみたいです。炬燵に入り、熱い焼酎、または玄米茶を飲みながらおいしい寿司を食べ、そばにいる愛犬を愛でる。そういう日なのでしょう。

さて、昨日、三島の楽寿園のことを書きましたが、今日はその途中から少し話題にした「源兵衛川」について書いていきましょう。

この源兵衛川ですが、昨日も書いたとおり、楽寿園にある小浜池に湧き出る富士山の伏流水を水源とし、ここから1.5kmほど南にある、中郷温水池(なかごうおんすいち)という池まで流れる灌漑用水路です。

中郷温水池は、湧き水を稲作用水として利用するために水を温める人工池で、昭和28年に国、県の事業として建設されましたが、近年再整備され、周囲に植栽が施された気持ちの良い散策コースとなっています。南端は逆さ富士が美しく映る絶好の撮影ポイントとして知られており、私も今度その撮影にチャレンジしてみたいと思います。

この中郷温水池そのものは湧水池ではないようですが、三島界隈には、小浜池のような湧水池のほか、柿田川湧水群という有名な遊水池や丸池(清水町)などの湧水池がたくさんあり、これらの湧水を農業用水として使うため、縦横に灌漑用水路が造られてきました。

源兵衛川もそのひとつで、流路の一部が人工的に作られた川です。室町時代に久保町(現在の三島市中央町)に「寺尾源兵衛」という豪族がいて、このあたりの11カ村の耕地を灌漑するため、小浜池から湧き出る水を引き用水路を造りました。

この寺尾源兵衛さんを祖先とする方が今も三島市にすんでいらっしゃるそうで、その方は、三島大社と源兵衛川のちょうど間にある中央町というところでお菓子屋さんを営んでいらっしゃるということが、三島市のHPに書かれていました。

おそらくは三島広小路駅から三島大社までの商店街の一角にそのお店があるのだと思いますが、先日我々が訪れたときにはそれとは気が付きませんでした。

この三島広小路駅界隈は、こうした歴史のあるお店がたくさんあって、三島広小路から三島大社までの道はその昔「鎌倉古道」とも呼ばれた街道筋であり、現在この道はショッピング街路としてきれいに整備されており、お買い物がてらお散歩するのもとても楽しい場所です。三島大社や楽寿園に行く機会があれば、ぜひこの商店街も散策してみてください。

さて、水源を小浜池とする源兵衛川ですが、その下流の鎌倉街道と交わるあたりに広瀬橋という橋があり、このあたりまでを広瀬川と言う人もいるそうです。かつてこの川沿いに三島を代表する料亭があり、水が豊富なため、舟で料理を運んだという優雅な話も残っていて、その昔はかなりきれいな川だったようです。

ところが、小浜池から湧き出ていた豊富な水量が、昭和30年代中ごろから上流域での企業の水の汲み上げなどが原因として減少するようになり、これに合わせて三島周辺でも多くの工場などができたことから、これらの工場排水とゴミの投棄などにより、源兵衛川の汚染もひどくなりました。

こうした汚染は長い間放置され、源兵衛川はまるでドブ川さながらのようになっていましたが、1990年(平成2年)に、この川の流域が農林水産省の「農業水利施設高度利用事業」として開発されることが決定されたことから、源兵衛川にも「源兵衛川親水公園事業」としての手が加えられることになりました。

この事業の実施には、14億3千万円もの事業費が投入され、三島駅の北側(楽寿園の北側)にある「東レ株式会社」の三島工場もこの公園事業に協力することになり、小浜池からの湧水に加えて工場からの排水をきれいに浄化した水を流し、昔のような流量豊かで美しい水辺環境を取り戻すことに成功しました。

この源兵衛川の整備にあたっては、それに先立つこと7年ほど前の1983年、危機感を抱いた市民が「三島ゆうすい会」というサークルを発足させ、この活動が先述の農林水産省の「農業水利施設高度利用事業」へと結びつきました。

こうした町興しのために地域住民が立ち上がって行う環境整備のことを、「グランドワーク」と呼ぶことがあります。

もともとは、イギリスで1980年代からはじまった活動で、住民、企業、行政の三者が協力して、地域の環境を改善していこうというものです。行政と市民が協力し、これに企業が加わって地域社会を活性化することを目的としており、ただ単に環境を改善させるだけでなく、地域の経済的な面での隆盛もめざすことが多いのが特徴です。

日本ではこの源兵衛川のケースが初めてのグラウンドワークと言われています。1992年に「農業水利施設高度利用事業」の実施が着手されると同時に、もともとあった三島ゆうすい会を主軸に市内8つの市民団体が結束して「グランドワーク三島」を立ち上げました。

グランドワーク三島が手がけたプロジェクトは、源兵衛川の再生だけでなく、絶滅した水中花・三島梅花藻の復活、歴史的な井戸の復元、ホタルの里づくり、境川・清住緑地での原生林と湿地の復元、学校でのビオトープづくり、住民主導の公園などなどもあり、全部で30以上ものプロジェクトが企画されました。

そして、その具体的な実施のために1999年にはNPOまで創設し、このNPOは現在では20の市民団体が参加するネットワーク型組織に成長しています。

このNPOでは源兵衛川の再生にあたっては、1年半をかけてそのコンセプトを練り、50回以上も議論して水の都再生の行動計画を作ったといいます。また、グランドデザイン、建築、土木、造園などの専門家からなる設計者集団と、日本ビオトープ協会のメンバーや大学教授、トンボの研究家などの専門家からなる生態系アドバイザー集団のふたつの専門家集団を設立しました。

これらふたつの専門家集団をアドバイザー兼リーダー格とし、流域内の13町内会、2万人の住民が参加してこのプロジェクトに取り組むことになりました。

ところが、事前アンケートでは地域住民の98%が賛成だったのに、いざ事業が実施段階になると、例えば遊歩道が自宅前に通るとなるとプライバシーの侵害を危惧する住民などが現れ、遊歩道を右か左にするかで調整が難航するなどの問題が続出しました。

しかし、こうした問題をNPOと地域住民が話し合いながら、事業はひとつひとつ進展していきました。そして整備が進むにつれ、地域住民の意識も次第に変わっていきました。

遊歩道を嫌い、高い塀を設置することを主張していた住民などは、いざ遊歩道が完成するとその塀を取り去り、自宅前に草花を植えるようになりました。ひとつ環境が改善されたことで、さらにその環境を向上させようというふうに住民の姿勢が変わっていったのです。

源兵衛川の整備事業においては、景観を優先するために、住民宅や遊歩道と川の間に堤防や背の高い柵などは設けてありません。住民自らが「自分たちの手で整備した環境」という自覚があるので、万一の溢水などの事故の場合でも自己責任の範囲であるから我慢できるという考えが浸透しているのです。

こうした住民にアドバイスを行った設計家集団の一人の方は、「倒れて水を飲み、少々の怪我をするのが自然」と住民に語ったそうで、こうしたアドバイスを受け住民たちは少々の危険は意に介さなくなったといいます。

こうして、街中にありながら限りなく自然に近いような環境が整備され、水辺がきれいになった結果、源兵衛川では、蛍やカワセミが生息するようになりました。我々二人がちょうどこの川の遊歩道を歩いているときも、一羽のカワセミが下流から上流まで飛び去っていきました。こんな街中でカワセミを見るというのは初めての体験です。

この自然豊かな河川整備にあたっては、自然保護のために人を入れないようにすべきである、と知事に直訴する大学教授がいたそうです。しかし、グランドワーク三島の面々は、単なるビオトープではなく、人々が集う「ビオガーデン」をめざすべきだと考え、こうした意見を退けました。

「自然の生命力は強い。たとえ子どもたちが沢蟹を取ってしまってもすぐに戻ってくる。」と考えたそうで、生態系アドバイザー集団の方々がわざわざ調査を行い、人が入ることで自然が損なわれないことを確認し、その上で遊歩道を拡張していったといいます。

しかし、豊かな環境は取り戻せても、地域社会をとりまく行政や企業なども取り込まなければ、グラウンドワークの目標である、「地域活性化」と「経済的な成長」の両立はありえません。

このため、グランドワーク三島では、右手にスコップ、左手に缶ビール」というキャッチフレーズを合言葉に、まず自分たちで川に入ってゴミをすくい、どのような川にしたいか議論したそうです。

企業や行政に対して発言するためには、自己責任を取りながらまず考えるのが前提である、と考えたためです。そして、源兵衛川の汚染は、地域住民のみならず企業にも社会的責任(CSR、corporate social responsibility)があることを訴え続けた結果、これら周辺の企業の中から「東レ」のように、住民が川を清掃することを条件に工場の冷却水を供給することに同意するような企業が現れてきたのです。

一方、主たる「行政」である三島市は当初、環境改善には意欲的ではなかったそうです。そこで、グラウンドワーク三島では、行政の資金を当てにしないことにし、例えば水のみ場の設置では、そのモデルを自らの設計家集団がデザインしました。

そしてその水場の設置費用80万円のうち、30万をグランドワーク三島が出し、30万を他団体、20万を企業から調達し、管理は自らで行うことにしました。

こうした活動をみた三島市では、ようやくグランドワークの活動を認めてくれるようになり、その後の水飲み場の設置などについては、市が負担することになったといいます。

グランドワーク三島の活動には、静岡県のお役人も関与しているそうです。県の「NPO推進室長」が参加しており、こうした協力により行政情報はもちろんのこと、議会や市長の情報も入ってきたといい、グラウンドワークを推進する住民らにとって、これほど頼もしい存在はありません。

NPO法人としてのグラウンドワーク三島の会長さんは、三島駅前に9ヘクタールもの土地を所有する資産家だそうで、他にも地元の名士や顔役約70名が名を連ねているそうです。

よくありがちな住民だけで形成された社会団体ではなく、そこには行政や地元の有力者も参加しており、これに設計者集団や生態系アドバイザー集団といった専門家が加わり、民力・行政力・財力・知力のよっつの力が結集した結果、駅前を流れるドブ川をホタルやカワセミが飛び交う自然の川に変えるというマジックが実現したわけです。

この四つの中でも、川に最も身近な存在が沿川の地域住民です。プロジェクトの進行にあたっての集会などで、これらの住民たちはまず、「自分たちの役割は何か」徹底的に議論したそうです。

例えばゴミ捨て場になった空き地を「鎧坂ミニ公園」に整備した例では、まず誰がどのような目的で使うのかを議論し、アンケートを数十回も実施し、見学会やワークショップも重ねた上で専門家に絵も描いてもらったといいます。

その結果、デザインと管理の仕組みが住民の役割だという理解が浸透し、これもよくありがちな、できあがった施設の管理は「放りっぱなし」ということもなく、完成後も住民の管理によりその美しさが保たれ続けているといいます。

住民を巻き込むために、「ワンデイチャレンジ」や「ワンナイトチャレンジ」といったしくみも活用されたそうです。

例えばひとつの公園を造るという、「ワンデイチャレンジ」では、半日を使ってみんなで集中して作業をし、その作業が終わったあと、みんなで酒を飲むのです。皆で取り組む意義を、身をもって知ってもらい、かつそれが出来上がった喜びを皆で分かち合うためです。

昼間忙しい人のためには、「ワンナイトチャレンジ」を行い、夜9時頃から夜中まで集中してみんなで工事を行い、そのあとまたみんなでお酒を飲んだといいます。

住民の中には文句を言うだけの人もいたそうですが、その人たちをいかに引っ張り出すかをみなが算段すること自体がまた、ひとつの「川」を中心としたコミュニティの活性化にもつながっていくわけです。

グランドワーク三島は現在、「バイオトイレ」などの環境コミュニティビジネスにも参入しているそうです。

タンクに杉チップが入っており、これがし尿を水と二酸化炭素に分解、この水を洗浄水に再利用します。なかなか利用が進まない杉山の間伐材を有効利用し、これを切り出して乾燥させ、チップ状にして利用します。トイレ一つで150本の杉が必要になるということで、現在、2ヘクタールもの杉山を借りる計画でいるとか。

しかもその杉の木のチップ化の作業は障害者のある人たちに手伝ってもらう予定だそうで、いずれカンボジアのアンコールワットへの輸出することも計画中といいます。

ここまでくると、もう単なる河川環境整備ではなく、ひとつの「一大事業」であり、その事業に官財民と有識者すべてが関わっているという点が素晴らしいと思います。

今、国会では与野党が自分たちの利益のみを追い求めているかのような乱戦が繰り広げられていますが、いろんな異なる分野の人間がそれぞれの持ち味を生かし、それを持ち寄ってひとつの事業を成功したこの源兵衛川の実例を参考にすれば、彼らもまた一大連携を図る道筋がみえてくるのではないでしょうか。

長年公共事業に関わってきた私ですが、久々に良い事例を見たと感心しています。

実際、源兵衛川は、かつての失われた川を市民参加型のまちづくりで取り戻した優良事例として高い評価を受けています。

2004年の「土木学会デザイン賞」では最優秀賞を、2005年には「手づくりふるさと郷土賞」(地域整備部門)や都市景観大賞の「美しいまちなみ大賞」を受賞。

さらに2006年にも「優秀観光地づくり賞」で金賞に選ばれているほか、平成の名水百選、水と緑の文化を育む水の郷百選、疎水百選などに選ばれており、数ある賞や選抜の栄誉を総なめといったかんじです。

「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す(とうりいわざれども、したおのずからけいをなす)」ということわざがあります。

桃やすももは何も言わないけれども、花の美しさに惹かれて多くの人が集まってくるから、こうした木の下には自然と道ができるという意味です。

源兵衛川にも美しい富士山からの湧水が流れており、この水の美しさにひかれて多くの人が集まり、美しい自然豊かな川と道ができました。

あなたの住む町にも汚れた自然があったら、もう一度見直してみてください。きっと再生できそうなもとのままに近い部分が残っているのではないでしょうか。そしてそこに集まってくる人を少しずつ増やしていけば、そこからその自然を再生する筋道も見えてくるかもしれません。