望んでいることが起こらないときは・・・

富士吉田市 北口本宮冨士浅間神社

今日は再び、以前ご紹介したペニー・ピアースさんの、「人生を変える波動の法則」 からの引用です。

先週までの引越先探しを通じ、なんで望んでいる物件がみつからないんだろう・・・と考えた時、改めてピアースさんの本を見ると、「望んでいることが起こらないときは・・・」 という項目が目に入りました。一度、読んだはずなのですが、改めて読み返してみると、今回の経験をまるで予言しているようなことが書いてありました。本文はかなり長く、わかりにくい箇所も多いので、私の言葉でピアースさんの文章を以下に改訳してみました。

***********************************************************************************************************************

●「望んでいることが起こらないときは・・・」改訳

何かを望み、ボジティブな気持ちでそのことをしばらく思っていても、それを手にいれられるとは限りません。それは、自自分自身の波動に問題があるからか、あるいは、自分自身で現実化を邪魔している場合、また、自分の魂の計画では、それが必要のないことであるからなどなど、いろんな理由があるからなのです。

それではまず、「自分自身の波動に問題がある」、とはどういうことなのでしょうか。

例えば、こんな例があります。ある会社に有能な社員がいて、その会社の大改革のプランを高い情熱を持って作成し、経営陣につきつけました。しかし、会社の経営陣はそれを拒否し、そのプランは実行されなかったのです。なぜ実現しなかったのか。それは彼のプランにおいて、その会社の古い経営スタイルや保守的な経営陣のことが考慮されていなかったためだったからです。会社の波動は彼の波動よりも遅かったので、経営陣は、短期的にたくさんのことをしなければならない、という彼のプランを実行することが怖くなったのです。

また、何かを実現させようとするために、あまりにも自分自身の意思の力を使いすぎたのかもしれません。自分の力を現実化のプロセスに注ぎ込み、プロセスを支配しようとしすぎたのかもしれません。無理に実現させようとするのは、流れと調和せず、重要な情報を見失っているしるしであることが多いのです。

何かが実現しないとき、なぜ実現しないのかには、また別の理由がある場合があります。それは、「自分自身で、現実化を邪魔している場合」であり、その望みが怖れや欲などのネガティブな感情から発している場合です。

「家を失わないためにお客をもっと増やさなければならない」「一人きりにならないために、恋人が欲しい」などが良い例です。

こういう場合は、実は「欲しいもの」に着目しているのではなく、自分の「怖れ」に最も注目を注いでいるので、そのために怖れそのものが現実になってしまうのです。一時的には頑張って、お客や恋人をみつけられるかもしれませんが、自分自身が怖れている現実は潜在的に残っており、いずれ表面化します。怖れを避けるため、現実を避けるか、欲しいものを無理やり手に入れようとして、自分のエゴにしがみついている状態なのです。

こうした状態のとき、人の心の中には心配や疑いが心の中にうずまいているはずです。「そのうち、お客が減っていって、本当に家を失わないだろうか」「今の恋人が去って、また一人になるのではないだろうか」というような心境です。このような状態は現実化への流れを狂わせ、結果が生じるのを邪魔してしまうことになります。すなわち、家を失うことになり、恋人もみつからないのです。

また、現実化を自分で邪魔しているというときには、体がそれを現実だと感じられなかったり、結果が自分自身に深いやすらぎをもたらさないために、望んでいる事柄が実現しない、という場合もあります。

例をあげましょう。

ある人が、ある日、草ぼうぼうの自分の家の庭をみて、ああ、もっときれいな庭が欲しいな、と思っていたとします。 ちょうどそのころ、その庭をみたある高名な庭師が、世界で一番きれいな洋風の庭にしてあげよう、と言いました。 しかし、その人は本当は純和風の庭が好きなので、洋風の庭・・・と言われても理解できないし、ピンとこなかった。けれど、せっかく有名な庭師がそう言ってくれるのだし、あまりにも熱心なので、庭師の言葉に従って、洋風の庭を作ってもらうことにしました。その結果・・・毎日、朝起きてその庭に出て、本当は自分があまり好きでもない庭を見て後悔の気持ちでいっぱいになる・・・

乗り気ではない体が結果が出るのを邪魔した良い例です。

お金儲けにもそうである場合があります。本来、お金は紙切れであって、人間の体にとっては特に、愉快でも刺激的でもない抽象的な存在にすぎません。体がその紙切れを集めることを現実的だと感じない場合、その紙切れ集め、すなわちお金儲けはうまくいきません。身近な人を亡くして失意のどん底にある時に、お金儲けが楽しい、と思う人はあまりいないのではないでしょうか。

望んでいることが実現しない場合、自分にはそれを得る資格がない、と思っている場合もあります。または、それがもたらす変化を本当は望んでいないときにも現実化はおこりません。

例えば、幼いころの感情的な心の傷を負っていたり、ひどい貧乏長い間味わった時などに望んでいることが起こらないことがあります。人を愛したいのに、こんな自分を愛してくれる人なんかいるわけがない、と思っている人は、本当は自分が傷つくことを恐れて人を愛せないのです。お金は欲しいけれど、お金がたくさんありすぎると、泥棒に狙われるのではないかと不安・・・ といった例もあります。

自分を十分に認めていないときにも、現実化がおこらないことがあります。自分には能力がない、と思っている人にはその人の持っている能力以上の仕事はこないものです。

人は、今の収入や生活レベルに満足しているときには、より多くを望みません。より多くを手に入れると人生が面倒になると思うからです。 また、齢をとって想像力がなくなったり、想像力を使わずにすごしたりするときにも何も欲しくなくなったり、大きな夢を持てなくなる場合があります。

夢を大きくふくらませるためには、より大きなエネルギーや高い活動レベルが必要です。また、豊かな知識と夢をふくらませることのできる物理的な空間が必要であり、さらには夢を持つことができるようにするために必要な「新しい自己意識」を得るためには、何らかの「改革手段」を思いつくことが必要となります。

***********************************************************************************************************************

青梅市 塩船観音寺

 抜粋・改訳は以上です。

私の場合、家探しにやっきになっていた自分自身を振り返ってみると、要約文の冒頭にあった、「何かを実現させようとするために、あまりにも自分自身の意思の力を使いすぎた」 状態にあったように思います。

「自分の力を現実化のプロセスに注ぎ込み、プロセスを支配しようとしすぎ、無理に実現させようとしたため、流れと調和せず、重要な情報を見失った」・・・というのは、安くて良い住宅が欲しい欲しいと思って探していたけれど、どうしてもみつからなかった、という現実とまさに一致します。無理に安い家を探そうとせず、多少の出費は覚悟して、本当に自分達が欲しい家の情報を集めた結果、ついに理想に近い家がみつかりました。

ピアースさんの文章を改訳した私の文章は、それでもまだ、とりちらかっている感じがしますので、彼女がとりまとめた、「現実化のプロセスを速めるもの、遅らせるもの」、と題した整理結果をそのまま引用します。

●現実化のプロセスを速めるもの、遅らせるもの

○ 速めるもの

・アイデアに気づき、注意を向ける。

・体が、アイデアを現実的でごく当たり前のこととして体験する。

・魂の波動を周囲から全体へと放射する。

・あなたと共に創造のプロセスを行うすべての存在・粒子を尊重する。

・あなたの波動が、もの、人、状況、場所、求めている体験に一致している。

・結果が完全であると信頼している。

× 遅らせるもの

・望んでいるものは遠くにあると思っている。

・怖れから望んでいる。心配し疑っている。

・結果を無理にでも引き出そうとする。それを実現するために自分のエネルギーを使いすぎる。

・望んでいるものが、あなたの魂の目的ではない、

・あなたの魂は、その結果があなたにとって害があることを知っている。

・頭が必要以上のことをやろうと必死になる。

————————————————-

われわれの、良い家が欲しいという願いは、怖れや欲などのネガティブな感情から発したものではありません。

だからこそ、家探しのプロセスにおいても、起こる事象や目の前に現れる人々をすべて尊重しながら、自分達の波動が、求めているもの、人、場所や状況に一致しているかどうかを確認していこうと思います。

ある物件では、どうしてもその物件でなければならない理由を見つけることができませんでしたが、今考えてみると、その場所の波動と自分達の波動とが合わなかったから断念したのだ、ということが理解できます。

そして、場所を変え、自分達の波動と合う物件を探し続けていけば必ず良い結果が出る、と信じながら家探しを続けて行けば、きっと良い物件にめぐりあたると思います。

どうでしょうか。あなたの望んでいることは実現しそうですか?