最近、春になって暖かくなってきたせいか、いろんな夢をよくみます。先日も妙な夢をみました。
使っていた「スーパーコンピューター」が突然大爆発して、普通のパソコンになるのですが、爆発したためか、中に入っていたデータもパソコン並みに小さくなっており、それを見ていた私は、あぁさすがにスーパーコンピュータだ、たいしたもんだなぁ~と妙に感心する……という、笑っていいのか泣くべきなのかよくわからん内容でした。
まあ、夢なんてたいがいそんなもので、これがいったいどんな意味を持つのかどうかも考えてみましたが、吉兆なのか悪い夢なのか結論は出そうもないのでその解釈はやめることにしました。ま、何か意味があるんならそのうちその兆候があるでしょうし……
ところで、このコンピュータには名前があって、どうやら「クレオ」という名前のようなのです。なぜかその名前だけをよく覚えていて、夢から覚めても頭に残っており、どうにも気になったのでネットで調べてみました。
すると、クレオソートとか、サッカー選手の名前とか、会社名とかいろいろ出てきたのですが、その中に「クレイオー」というギリシア語があって、これはクリーオー、ともいい、日本語では長母音を省略してクレイオ、クリオ、そしてクレオとも表記されるようです。
本来の意味は、「祝福する女」だそうで、ギリシャ語の祝福する(kλεί-εω)に由来するといいます。英語では“Clio“(クリーオー)というスペルになります。
全知全能の神、ゼウスと、「記憶」の女神といわれるムネーモシュネーの間には、カリオペー、エウテルペー、タレイア、メルポメネー、テルプシコラー、エラトー、ポリュムニアー、ウーラニアーなどの娘が生まれましたが、クレオもまたその姉妹になります。
この9人の女神たちは、ギリシア神話で文芸(μουσικη)を意味する、ムーシケー、ムシケ、またはミューズ、ムーサとも呼ばれ、それぞれが「文芸」の一分野を司る女神です。
この九姉妹のそれぞれの名前と司る分野、および持ち物は以下の通りです。
カリオペー(カリオペイア)、英雄叙事詩、書板と鉄筆
クレイオー(クリーオー、クレオ)、歴史、巻物
エウテルペー、抒情詩、笛
タレイア、喜劇、喜劇用の仮面・蔦の冠・羊飼いの杖
メルポメネー、悲劇・挽歌、悲劇用の仮面・葡萄の冠・靴
テルプシコラー、合唱・舞踊、竪琴
エラトー、独唱歌、竪琴
ポリュムニアー(ポリュヒュムニアー)、讃歌・物語
ウーラニアー、天文、杖
私の夢に出てきたクレオは、このうちの「歴史」の担当ということで、このブログでも歴史好きが高じていろんな史実を書いてきましたが、このことと符合したのにはちょっと驚き。もしかしたら、「歴史の女神さま」が私の仕事に対して祝福してくれているのかも……とうれしくもなったりもしました。
ミューズたちの持ち物は、書板と鉄筆、巻物入れなどなどですが、それぞれのミューズの分野が確定し、このように持ち物まで決まったのはローマ時代でもかなり後期の時代になってからのようです。
このうちの、ポリュムニアーだけが「持ち物」の割り当てがないのですが、この女神は、不朽の名声を得る作品を書いた作家に名声を運んでくるのだそうです。たいへんに厳格な性格で、いつも憂いに沈んで瞑想にふけっており、こうした深い瞑想をするためには持ち物など必要がない、ということなのでしょう。
当初の古代ギリシャにおいては、これら9人の女神の分野はとくに割り当てられておらず、それぞれが音楽・詩作・言語活動一般を司る知の女神たちであったそうですが、その後歴史が下るにつれ、ローマ時代の後期のころまでは各ミューズがつかさどる学芸の分野が定められ、現在のような形が出来上がったといいます。
この「ミューズ」は英語やフランス語では、“muse”と書き、フランス語での複数形は“muses”であり、これがすなわち、「音楽」を意味する語“music”の語源となったようです。また「美術館」「博物館」を意味する、ミュージアム(museum)もこのミューズから派生してできたことばです。
ミューズたちは、ギリシャ中央に実際にある「パルナッソス山」という山に住んでいるとされています。
ギリシャ中央部、コリンティアコス湾の北にある、標高2547mもある結構大きな山で、その山塊の多くは不毛の石灰岩でできているそうですが、頂上からは、オリーブの木立と田園風景が展望できるということです。
ただ、冬季には結構寒くなるらしく、スキー場も建設されていて、ギリシャ屈指のスキーリゾートになっているということです。
その昔、このパルナッソス山にはクレオドラというニンフ(山や川、森や谷に宿るといわれる精霊)とクレオポムポウスという人間の男子が住んでおり、この二人の間に生まれたのが「パルナッソス(Parnassos)」でした。
パルナッソスは大きくなって、この山麓に小さな町を作りましたが、度重なる洪水に見舞われたため、山の斜面に避難し、ここに、リュコーレイアという名前の新しい街を作りました。
この、リュコーレイアは、ギリシア語で「狼の遠吠え」を意味し、パルナッソスたちがその昔住んでいた町に大雨で洪水が押し寄せてきたとき、オオカミの遠吠えでその兆候を知り、危うく難を逃れたことに由来するといいます。
一方、パルナッソス山の麓には「デルポイ」という町がありました。この当時のギリシャではこの地に「神の御神託」が下されるとされ、ここでのご宣託は神意として古代ギリシアの各都市に住む人々に尊重され、ギリシャ各所にあった都市国家ポリスの政策決定にも大きな影響を与えていました。
今でいうバチカン市国のような場所ですが、このデルポイにおいてパルナッッソス山に軍神アポローンを祀れ、というご宣託が得られたことから、その後パルナッソス山は、アポローンの聖地としても知られるようになりました。
このデルポイは、その神託をめぐってギリシャ中に噂が駆け回る根源となるほどの情報戦のメッカでもあり、そのご宣託を得ようとギリシャ中の人たちその貢物の献納のために、デルポイに財産庫を築いたといいます。
ちなみに、デルポイの町は現存し、パルナッソス山の西南麓に位置し、アテネから西北へ122kmの距離にあります。
古代デルポイの遺跡としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されていて、アポローン神殿を中心とする神域と、都市遺構からなる「神域」とされる場所に隣接し、有力な各諸都市からの貢物が保管されていた財産庫の跡もあるということです。
このアポローン神殿の壁には1000を超す「メッセージ」が記されているということです。
奴隷の解放がその主な内容であり、条件付きであっても部分的自由を与えるといった内容がほとんどだそうで、これをご宣託というのかどうかよくわかりませんが、長い歴史の間にはそういう現実的な取り決めをするための裁判所のような役割を担うようになっていたのでしょう。
さて、こうしてデルポイでのご宣託により、リュコーレイアを含むパルナッソス山全体はアポローン神を祭る「神山」となります。そして、そこにはミューズたちが住んでいると言われるようになり、ミューズたちが住まうようになったことから、パルナッソス山は詩、音楽、学問の発祥の地として広く知られるようになっていきます。
このミューズたちを主宰して指導する神こそが、軍神であるとともには学芸の神でもあるアポローンであり、その後作られた数多くの叙事詩の中には、アポロンがミューズたちに対しての呼びかけを行うシーンが出てきます。
この呼びかけのことを「インヴォケイション」または、インボケーション(Invocation)といい、現代ではスピリチュアル的な意味合いでよく使われる用語です。身体に神や女神、天使といった神聖な存在を招き入れることであり、神に対する“祈り”と違うのは、この祈りが私たち自身の内部に向かって行われるものであるということです。
長くなりそうなので、これについてはまた、別の機会に書くことにしましょう。
さて、このパルナッソス山に住んでいたという、アミューズの一人、クレオの話に戻りましょう。
このクレオ、何を思ったのかよくわかりませんが、美の女神として良く知られる、アフロディーテーに対してある日、「あなたは女神の身であるにもかかわらず、人間アドニスを恋した」といってアフロディーテを嘲笑します。
これを聞いて怒ったアフロディーテは、クレオに呪いをかけ、この呪いによって、クレオは、自分自身も女神であるのにもかかわらず、人間であるマケドニアのペラの国の王様、ピーエロスに恋をしてしまいます。
そして、王ピーエロスとの間にヒュアキントスという息子を産みました。
このヒュアキントス(Hyakinthos)は、たいそうな美少年に成長し、パルナッソス山の主アポローンにたいそう愛されるようになります。
ところが、ある日アポローンと一緒に円盤投げをして遊んでいたとき、この円盤があらぬ方向に飛んで行ってしまい、岩にあたってその跳ね返った円盤はヒュアキントスの頭を直撃、彼は死んでしまいます。
このとき、ヒュアキントスの頭部から流れた血が地面に溜り、ここから咲いた花が、その後「ヒヤシンス」と呼ばれるようになりました。
実際には現在のヒアシンスとは少し違う種類だったようで、アイリス、ラークスパー、あるいはパンジーの一種でなかったかといわれているそうです。元来ギリシャの田舎の地方で信仰されていた先住民族の植物神の名前だったという説もあるようです。
この「ヒュアキントス死亡説」には別のバージョンもあります。ヒュアキントスは、その美貌ゆえに、アポローンだけでなく、西風の神ゼピュロスにも溺愛されていましたが、ヒュアキントスは彼の愛の告白を拒絶してしまいます。
そして、ある日アポローンとヒュアキントスが仲睦まじく円盤投げをしているのを見たゼピュロスは嫉妬に狂います。そしてアポローンの投げた円盤がうまくヒュアキントスに当たるよう風を操り、そしてそれを頭に直撃されたあわれなヒュアキントスは死んでしまう……というのが別バージョンです。
このように、ギリシャの神様たち、とくにアフロディーテはしばしば美少年に恋をし、ひと悶着をおこしています。ヒュアキントスの母、クリオが人間と結婚することになったのも、アフロディーテが恋したアドニス(Adōnis)という美少年がきっかけでした。
アドニスは、フェニキアの王キニュラースとその王女のミュラーの息子でした。つまり、一応人間ということになっています。
キニュラースの家系は代々、アプロディーテーを信仰していました。がしかし、王女ミュラーはとても美しかったため、一族の誰かが「ミュラーは女神アプロディーテーよりも美しい」とうっかり発言してしまいます。
これを聞いたアプロディーテーは「何を~~!」っと激怒し、娘のミュラーが実の父であるキニュラースに恋するように仕向けました。
こうして実の父親を愛するようになってしまい、思い悩んだミュラーは、自分の乳母に正直にその気持ちを打ち明けます。そして、彼女を哀れんだ乳母は、ある祭りの夜に二人を引き合わせることにします。
ミュラーには顔を隠すように指示し、その通りのいでたちで父親と密会しますが、まさかそれが自分の娘だとは知らないエロジジイ、キニュラースは、あろうことか彼女と一夜を共にしてしまいます。
しかし、その夜更けのこと、明かりの下で彼女の顔を見てしまったキニュラースは、それが自分の娘のミュラーだと知ってしまって驚き桃の木(山椒の木)。
娘のふしだらな行為に怒った彼は(自分も未成年に手をだしたくせに)、いったんはお城に返したミュラーを部下に命じて殺させようとします。しかし、ミュラーはあやうく乳母の助けを受けて難を逃れ、城から落ち伸びることができ、逃げに逃げてとうとうアラビアまで来てしまいました。
この一連の騒動をみていた神々は、はるばるアラビアまで逃れてきてひとりぼっちになったたミュラーを哀れにおもい、「ミルラ(没薬)」の木に変えてやります。
こうしてミルラの木になり、アラビアの地で一人さびしく泣きくらしていたミュラーですが、ある日、その木に猪がぶつかり、木の幹が裂け、飛び散りました。そして、木の幹の中から生まれたのが、アドニスでした。
ちなみに、ミルラ=没薬(もつやく)は、古くから殺菌作用を持つことが知られており、鎮静薬、鎮痛薬としても使用されていたほか、ミイラ作りに遺体の防腐処理のために使用されており、ミイラの語源はミルラであるという説もあります。
聖書にも没薬の記載が多く見られ、聖所を清めるための香の調合に没薬が使われたという記述もあるそうで、イエス・キリストの埋葬の場面でも遺体とともに没薬を含む香料が埋葬されたことが記されており、東洋でも線香や抹香の調合に粉砕したものが使用されていたようです。
ミルラとなったミュラーは、アドニスが生まれてからも涙を流し続け、この涙=樹液を飲んで、アドニスは成長していきました。
アドニスは、赤ん坊の時から、既にもう神々を魅了するようなうっとりした美しさを持っておりり、ミュラーに父を恋させ、失意のどんぞこに追いやった、あのアフロディーテーも、このアドニスにうっかり恋をしてしまいます。
そして、アプロディーテーはこの赤ん坊を自分で育てようと考え、アドーニスを箱の中に入れると、冥府の王ハーデースの妻で、冥府の女王のペルセポネーの所に預けることにします。
アフロディーテはペルセポネーに、けっして箱の中を見るなと注意しておいたのですが、ペルセポネーは中から聞こえてくる赤ん坊の泣き声を聞いて、とうとう好奇心に負けてしまい、箱を開けてしまいます。
すると、そこにはこの世の子とは思えないほどの美しい赤ん坊が入れられており、彼を見たペルセポネーもまたアドーニスに一目ぼれしてしまいます。大きくなったら自分のツバメにしよう、とペルソポーネが思ったのでしょうか、ともかくこうしてアドーニスはしばらくペルセポネーが養育することになりました。
アドニスはすくすくと成長し、美しい少年になったため、これを聞いたアフロディーテーが彼を迎えにやって来ました。しかし、彼を育て上げ、溺愛するようになっていたペルセポネーはアドーニスを渡したくないと思い、2人の女神は争うようになります。
しかし、この争いには容易に決着がつかず、ついに二人は天界の裁判所に審判を委ねることにしました。
その結果、1年の3分の1はアフロディーテーがアドニスと一緒に過ごし、3分の1はペルセポネーと過ごすことになり、残りの3分の1はアドーニス自身の自由にさせるということで決着がつきました。
ところが、アドニスは何を思ったのか、かつて自分の母親をいじめたこともあるアフロディーテのほうが好きになり、自分の自由になる一年の3分の1の期間も、アプロディーテーと共に過ごすことを望みます。
アドニスを手塩にかけて育てたペルセポネーは、アドニースのこの態度に大いに怒り、「ふんとにこの子は、あれほど私がかわいがってやったのに、あんな年増のオバンの、アフロディーテのどこがいいのかしら」…… といったかどうかわかりませんが、多いに不満を持ち、次第にその気持ちは憎しみに変わっていきました。
成長したアドニスは狩りが好きで、毎日狩りに熱中していました。パトロンのアフロディーテは、狩りは危険だから止めるようにとアドニスにいつも言っていましたが、アドニスはこれを聞き入れませんでした。
そして事件が起きます。アドーニスが自分よりもアプロディーテーを選んだことが気に入らなかったペルセポネーが、アプロディーテーの恋人である軍神アレースに、「あなたの恋人は、あなたを差し置いて、たかが人間に夢中になっている」と告げ口をしたのです。
これに腹を立てたアレースは、アドーニスが狩りをしている最中、猪に化けて彼の前に飛び出して彼を突きとばします。そしてあわれアドニスは岩に頭をぶつけてあっけなく死んでしまいました。
これを知ったアフロディーテーはアドーニスの死を、大変悲みますが、あとのまつり。アドニスの死んだ場所に行って泣き暮らしていましたが、やがてアドニスの流した血のあとからは、一輪の花が咲きました。
そして、後年、この花は「アネモネ」と呼ばれるようになりました。
アネモネはギリシア語でもともとは「風」を意味することばであり、アドニスとは縁のないことばでしたが、いつのころからかアドニスが流した血から生まれたこの花のことをアネモネと呼ぶようになり、ときにこの花のことを「アドニス」とも呼ぶそうです。
そして、「アドニス」はその後「美少年」の代名詞としても広く使われるようにもなりました。
こうして、アドニスの死を嘆き悲しんだアフロディーテですが、その後は愛の女神としての性格を強め、同じく愛の神のエロースと共に、愛恋の神様として、現在の乙女たちには最も人気のある女神さまになりました。エロースは、アフロディーテーテがその後アレースと情を交わして生んだ子であるという伝承もあります。
ギリシャ古来の神様のように思われていますが、元来は古代オリエントや小アジアの豊穣の植物神・植物を司る精霊・地母神であったと考えられるそうで、この時代、アフロディーテーは、生殖と豊穣、すなわち春の女神でもあったということです。
そして、今でも春になると、自ら恋愛をする傍ら人々のそばに行っては、彼らの情欲を掻き立てて、恋愛をさせることに精を出しているということです。
なので、暖かくなった昨今、あなたのそばにも、もしかしたらアフロディーテが立っているかもしれません。
春です。若き人は恋をしましょう。そしてジジイのわたしは…… 花見にでもいきましょう。