クラウド・アトラス


昨日、20日は春分の日でした。天気予報は曇りということだったのですが、朝起きてみるとそこそこ陽射しもあるので、朝食後、お散歩に出ることにしました。

とくに目的地も決めず、ぶらりと出かけ、修善寺自然公園まで行ってみたところ、桜はまだまだ先のお話、というかんじです。上野公園では早、お花見客であふれかえっているとニュースでやっているのを見ました。これに比べると、ずいぶん遅いかんじですが、標高200mの山の上です、桜も遅いのはあたりまえ。

ついでにお隣の修善寺虹の郷はどうかいな、とちょっと覗いてみるつもりで入園。週中の祝日、しかも午前中ということで、お客さんもそれほど多くなく、ゆったりとしています。こちらも桜の花はまだまだでしたが、菜の花畑やその他の花壇の色とりどりの花々が十分に春を感じさせてくれます。

驚いたのは、シャクナゲの花が咲き始めていること。ここ、修善寺虹の郷では150種2000本あまりの「シャクナゲの森」があって、この花を集めただけの園地は他ではあまりみられないもの。全部咲いたらさぞかしきれいだろうな~と、先日行った黄金崎でもまだ二分咲きだった桜とともに、これからの季節での楽しみになりました。

実はこの日は仕事も一段落したことでもあり、今後のことなどもいろいろ考えてみたく、物思いにふけりたい一日だったのです。が、この散歩から帰ったあとも、なにか物足りないかんじがし、何か刺激がほしいな~と思っていたところ、先日、タエさんが面白そうだと言っていた映画のことを思い出しました。

「クラウド・アトラス」という、トム・ハンクス主演の映画で、「輪廻転生」がいくつかの時代にわたって描かれた作品ということはタエさんから聞いて知っていたのですが、正直なところ、あまり内容はよく知りませんでした。

映画のオフィシャルHPすら見ておらず、人気俳優さんもたくさん出ているようで、「有名」「人気」「流行」とかいったキーワードが大嫌いなひねくれた性格の私としては、どれほどのもんかいなとも思ったのですが、こういうスピリチュアル的な臭いのする映画は昨今あまり制作されていないので、やはり見ておこうという気になりました。

夕方4時半からの放映ということで、昼食後からゆっくりと出かけ、清水町にある「サントムーン」へ到着。祝日の日の映画館とうことで、結構人が多いのかな、と思いましたが、案に反してガラガラで、「クラウド・アトラス」の放映場所も、観客は十数人、といったところでしょうか。ま、静岡の映画館なんて、休日でもこんなものです。

ご存知の方がどのくらいいらっしゃるかわかりませんが、この映画は19世紀から文明崩壊後までの異なる時代に舞台を置いた6つの物語がランダムに進行していくという方式……これを「グランドホテル方式」というのだそうですが……で描かれています。

タイトルのクラウド・アトラスは、クラウド(群衆)が、共通に認識していくべき世界(アトラス)という意味のようですが、原作者がどういうつもりでこのタイトルをつけたのかの本当の意図は不明です。が、いかにもスピリチュアル的な意味合いをかんじさせます。

映画の中では、クラウド・アトラス六重奏という交響曲を主人公のひとりが作曲する、という形でこの名が登場してきますが、物語の進行上はあまり大きな意味はありません。

同じ俳優さんがいくつもの時代で複数の人物を演じ、あるエピソードでは前のエピソードで主役だった人が脇役を演じ、次のエピソードでは今度は逆に脇役が主役に転じるといった複雑な手法が取られており、トム・ハンクスや、ハル・ベリー、ヒユー・グラントといった映画好きの人はおそらく知っているであろう名優さん達がこれを演じています。

海外で人気のサスペンス小説などで同様の手法がよく良く使われており、気をつけて読んでいかないと誰が誰やら、ストーリーすらわからなくなってしまう、という経験をしたことのある方も多いかと思いますが、この映画でもそれと同じ手法が使われています。

6つのお話とその主人公というのは、

・19世紀に南太平洋を船で航海する若き弁護士とその船に密航する奴隷の黒人。
・1970年代。ベルギーで野望を胸に創作意欲を失った老作曲家に売り込みを行う若き音楽家。
・1930年代。サンフランシスコの原子力発電所の汚職を暴こうとする女性ジャーナリスト。
・現代のロンドンで思わぬことから大金を手に入れた出版社の老編集長。
・近未来の韓国でウェイトレスとして生活するクローン人間。
・遠い未来で文明崩壊した弱肉強食の世界の中で僅かな希望に掛ける男。

であり、それぞれ全く時代の違う世界で生きる人間たちがオムニバス形式で描かれていきます。

映画を見たあとにパンフレットを買って知ったのですが、この映画「クラウド・アトラス」の同名の原作を書いた、デイヴィッド・ミッチェルさんは、イギリスの小説家であり、大学卒業後イタリアのシチリアで暮らしたあと、なんとその後、日本の広島市に移動し、ここで日本人の奥さんを貰い、英語講師などをしながら8年間過ごしています。

我々夫婦の郷里にゆかりの人であるということにもちょっと驚いたのですが、その後沖縄県やモンゴルでも生活した上で、長かった日本での生活の際に読んだ、三島由紀夫の「豊饒の海」にヒントを得て、この原作を書いたのだと知り、二度びっくり。

豊饒の海といえば、先日の誕生日に書いたブログでも取り上げたばかりであり、三島由紀夫の最後の長編小説であり遺作です。こちらも「夢と転生の物語」であり、20歳で死ぬ若者の夢と生まれ変わりによって筋が進んでいき、4巻ある各巻毎に主人公に生まれ変わっていくというもの。

三島由紀夫地震の晩年の死生観を描いたものであり、一度読んでみたいなと、私も思っていたのですが、これを読む以前に、こういうかたちでその流れを汲んだ映画を鑑賞することになったのもまた不思議な縁だなと思うのです。

ま、これを偶然と呼ぶべきか必然と呼ぶべきかはまた別の議論にとっておくとして、かんじんの映画のほうですが、感想はといえば、はっきりと言って面白かったです。

我々自身が輪廻とか転生とかいった事象ありきのスピリチュアル的な視点でもいつもモノをみているので、というせいもありますが、普通にSF映画として見る分にも十分に楽しめる娯楽大作だと思います。

ただ、映画を見る前に日経新聞の映画コラム欄で読んだその批評は散々で、「500年の時空を往還し派手な映像で物語るが、魂の不滅の物語と薄っぺらな革命論はいかにもニューエイジ的」とこき下ろしていて、五点満点のうちの星二つしか与えられていませんでした。

確かに、こういう壮大なストーリーをCG映像を駆使したSFXで語るというのは少々軽薄だなというかんじはします。もし、CG抜きで過去から現代までをもっと重厚な歴史物語として描いたらもっと違った映画になっただろうに、と私も思いました。

しかし、そうした作品構成は別においておくとして、生まれ変わるたびに何かを学んで成長していく人(=魂)がいる一方で、何度生まれ変わっても変わらない、変われない人もいるというストーリーは、輪廻転生の有無の議論は別として、現代を生きる我々がよく目にする風景とどこか似ており、身につまされます。

見る人によっては深い意味を持って受け取ることができるのではなでしょうか。

人の心(魂)が長い年月を経て成長していくということが描かれているだけでなく、長い時間を経ても変わらない愛や、いつの世でも自分のことばかりしか顧みない人間の非情さも描かれていて、よくよく観察して見ると個々の役者さんのセリフも意味深に感じられます。

「昨日まで歩いてきた人生が今日、別の方向に向かう」
「なぜ人は同じ過ちを犯すのか、何度も何度も」
「君の運命を僕には変えられない」

ふとしたひょうしに、過去生の自分を思い出して、それを懐かしむあるいは苦しむ、といったシーンもあって、ああこの映画を作った監督さんはそういうことをちゃんと理解していらっしゃる、単に観客の興味を引きたいがためにこうしたテーマを扱ったのではない、と思えました。

別の映画ライターさんの一人は、監督の一人、トム・ティクバさんが、観客たちに対して、「この映画に自分たちと一緒になって飛び込んできて欲しい」、と語っていることに対して、

「飛び込む価値は大いにある。なぜならここには、あなたの好奇心を刺激するだけの興奮があり、あなたの知性を豊にしてくれるだけの情報があり、あなたの視野を広げてくれるくらいの出会いがあるからだ。」
と書いています。

この映画の監督は、「マトリックス」で一世を風靡した、ウォシャウスキー兄弟と、「パフューム・ある人殺しの物語」でも話題になったトム・ティクバの三人の共同作品という形をとっており、このウォシャウスキー兄弟のお兄さんのほうは、マトリックス以後、性転換手術を受けて「女性」となり、現在はラナ・ウォシャウスキーと名乗っています。

このラナさんは、アメリカの性科学者、アルフレッド・キンゼイが発表した男女および同性愛者たちの性生活に関する報告書「キンゼイ・レポート」を引き合いに出し、次のように語っています。

「キンゼイ・レポートが提出される前までは、ヘテロセクシュアルとホモセクシュアルしかなかった。しかしキンゼイは、この二元論的な思考に一石を投じ、もっとより幅広いスペクトラムがあることを提示し、従来の世界の構造を超越して見せた。私たちが作ったこの映画も観客の皆さんに、従来の世界の見方をもう一度吟味するチャンスをもたらし、そういった従来の世界の価値観を超越するような刺激を与えられることを願っている。」

「派手な映像」「薄っぺらな革命論」とこきおろした日経新聞のコラムにストさんは、果たしてこうした映画の深い部分までを理解して書かれたのでしょうか。少々疑問におもいます。

先述のライターさんはこの映画についてこうも書いています。

「知識や好奇心だけでなく、もしかしたらあなたの人生観を変えてしまうかもしれない。3人の異才は、そんな力をこの「クラウド・アトラス」に込めたのだ。」

何が何でもこの映画を見てほしいとまでは言いませんが、好奇心がある方はぜひ映画館に足を運んでみてください。きっとあなたの現在が硬直した状態ならば、その頭脳にきっとに新しい「知識」を与える良いきっかけになると思うのです。

さて、今日は昨日までとはうってかわって少し涼しくなりそうです。お天気もよさそうなので、お出かけしたいところですが、ここ数日連チャンで外出が続いているので、一日ゆっくりしようかな、とも思います。

窓から見える公園の桜が、昨日に比べるとまた少し開花数を増やしたようにもみえます。伊豆のソメイヨシノももうすぐ満開でしょう。週末が楽しみです。