月見か月旅行か

だんだんと涼しくなってきました。

ここ伊豆での日中の最高気温は、ほとんど30度を上回ることもなくなり、我が家のあるこの山の上の夜間気温は22度程度まで下がります。

今日から一週間のちの来週の19日は、もう中秋の名月だそうで、これは「八月十五夜の月」といい、旧暦の8月15日から16日の夜にお月見をする風習です。

かつては8月14日~15日、16日~17日の夜をそれぞれ「待宵(まつよい)」「十六夜(いざよい)」と称して、名月の前後の月を愛でていましたが、新暦に変わった今ではこれらは9月のことになりました。

平安時代頃には、仲秋の十五夜に月見の祭事が伝わると、貴族などの間で観月の宴や、舟遊び(直接月を見るのではなく船などに乗り、水面に揺れる月を楽しみながら歌を詠み、宴を催すのが流行ったそうです。

最近の日本でも、ちょっと前までは、月が見える場所などに、薄(すすき)を飾って月見団子・里芋・枝豆・栗などを盛り、御酒を供えて月を眺めることなども行われていたようですが、現代社会ではもうそこまでやる家庭もほとんどないでしょう。

私も月見は好きですが、焼酎を飲みながらスルメをかじるのがもっぱらであり、団子などお供えしたことはありません。また、別に満月に限る必要はありません。月夜の晩に空を見上げながら酒を飲むのもまた風流です。

しかも、当たり前のことですが、満月はこの「十五夜の月」で終わりというわけではなく、旧暦の9月には、さらに「九月十三夜」というのがあり、これは八月十五夜の月に対して「後(のち)の月」と呼ばれます。このころには秋も更に深まり、ちょうど食べ頃の大豆や栗などを供えることから、この夜の月を「豆名月」または「栗名月」とも呼ぶようです。

江戸時代の遊里では、十五夜と十三夜の両方を祝い、どちらか片方の月見しかしない客は「片月見」または「片見月」と呼んで縁起が悪い客として遊女らに嫌われたそうです。

遊女にしてみれば客にはできるだけたくさん来て欲しいものですが、最初の十五夜に来る客を歓迎したそうで、それは十五夜に誘われた相手は、遊女に嫌われたくないため、次の十三夜にも来る確率が高い、という理由だったようです。

更にお月見はこれで終わりではなく、旧暦の10月にはもう一度「十月十夜の月」というのもあり、これは、「中秋の名月」と「後の月」に対しては「三の月」ともいい、この夜にみる月はその年の収獲の終わりを告げるとされていたそうです。

現在では11月のことであり、この名月が終わればいよいよ冬支度ということで、今年ももう終わりか、という気分にそろそろなってくるころのことです。

この三度目のお月見を含め、年内にはまだあと3回もお月見ができるとなれば、一回くらいは雨にたたられてもいいか、という気にもなります。実際、9月には秋雨前線が残っていることもあり、来週のお月見が果たして実現できるかも微妙なところでしょう。

ま、来週月見酒が飲めなくても、そのあと二回まだ名月を見るチャンスが残っているというのは、なんというか安心感があります。長い人生、楽しみはたくさんあるに越したことはありません。

ところで、先日の新聞に、Googleが主宰する「Xプライズ」という財団が、民間による最初の月面無人探査を競うGoogle Lunar X Prize(GLXP)というコンテストを提唱しているという記事が載っていました。

この財団は、2004年にもAnsari X Prizeという賞を設けたコンテストを実施しており、これは民間初の有人宇宙飛行を競うというものでした。

このときには、世界中の各地から26チームが参加し、2004年10月4日に規定の条件を最初にクリアして高度100kmの有人宇宙飛行に初成功した、アメリカのスペースシップワン (SpaceShipOne) が賞金の1,000万ドルを見事に獲得しました。

この次なる目標としてXプライズ財団が提案したのが、上述のGLXPであり、民間が開発した無人探査機で月面を探査することを提案し、2007年9月にアメリカでコンテストがスタート。2015年12月31日が締め切り予定で行われ、規定の条件をクリアしたチームに最高賞金2000万ドルが与えられるそうです。

この優勝賞金2000万ドルは、2015年12月31日までに月面に純民間開発の無人探査機を着陸させ、着陸地点から500m以上走行し、指定された高解像度の画像、動画、データを地球に送信したチームに贈られます。

ただし、政府または国家主導の月面探査機が先に着陸した場合、賞金は1500万ドルに減額されるそうです。このほか、優勝チームの次に同様の指定ミッションを成功させた場合でも準優勝として500万ドルに贈られるといいます。

さらに、以下のミッションを達成したチームにそれぞれ特別賞金が加算されます。ただし、複数成功させた場合でも上限は400万ドルだそうです。

・アポロ計画で月面に残した機器を撮影する(賞金400万ドル)。
・アポロ計画以外の過去の宇宙開発で月面に残した痕跡を発見する(賞金100万ドル)。
・着陸地点から5000m以上走行する(賞金200万ドル)。
・月面の夜を乗り切る(月面は14日昼間が続いた後、14日間太陽が当たらない夜の期間になり温度は-170℃の厳しい環境になる。賞金200万ドル)。
・月面で水または氷を発見する(賞金400万ドル)。
・個性的な設計を行ったチーム(賞金100万ドル)。

既に世界中から参加を表明したチームが前回のAnsari X Prize のときと同じ26チームもあり、その国籍はアメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、デンマーク、ルーマニア、マレーシア、中国など様々ですが、各団体のバックボーンは、企業、大学などさまざまです。

日本からも唯一、White Label Spaceという日欧混合のチームが参加を表明しましたが、ランダー(月面探査車)の開発を担当していた欧州チームが撤退したため、現在は日本単独のチームとなり、今年の7月に「白兎」に由来する「ハクト」という名前にチーム名が変更されました。

新聞で私が読んだのはこの「ハクト」に関する記事であり、現在開発中の月面探査車の写真とともにその奮闘ぶりが記載されていました。ホームページを作り、さかんにスポンサーの募集や、新聞等メディアへの呼びかけを行っているようですが、2015年といえばあとたったの2年です。間に合うのでしょうか。

ま、もっとも、関係者たちは、実現しなかったとしても、その開発の過程で得るものは大きいと考えていらっしゃるようです。

ホームページにも、「宇宙ビジネスを飛躍的に活性化し、ワクワクする宇宙開発への道を切り拓きます。(中略)多くの人々が自分の想像の枠を取りはらい、 宇宙開発に限らず夢に向かって行動を起こすためのキッカケを与えることができると信じています。」と書かれています。

このチームも含め、世界各国のチームが、2015年の締切を前にして奮闘していることかと思いますが、果たして、2004年のスペースシップワンのように民間の団体が高いハードルを乗り越え、月探査を実現できるかどうか注目されるところです。

ところで、民間の団体ではなく、国家レベルの月探査計画はどうなっているかというと、まずアメリカは、ジョージ・W・ブッシュ大統領が2020年までに再び月に人類を送り込む計画を発表し、NASAにより「コンステレーション計画」というものを発表しましたが、結局予算の圧迫などを理由に中止されています。

アメリカの目標はその後火星のほうに向いており、当面は月面探査のほうへは行きそうにありません。

このほかでは、欧州宇宙機関 (ESA)、中国国家航天局 (CNSA) 、インド宇宙研究機関 (ISRO) などが一応、月探査計画を持っており、日本の宇宙航空研究開発機構 (JAXA)も計画があるようですが、アメリカのアポロ計画のように人を月に送り込む、というのはかなり遠い将来計画のようです。

ただ、中国は月面探査にかなり積極的な姿勢をとっており、近いうちに月面へ人を送り込み、ヘリウムの同位体であるヘリウム3の発掘を行って、将来的にはこれを地球に持ち帰り、エネルギー資源として用いることを狙っていると言われています。

日本ではLUNAR-AとSELENE(かぐや)の2つの無人探査計画がかつてあり、このうちの月探査計画LUNAR-Aでは「ペネトレータ」と呼ばれる槍状の探査機器を月面に打ち込み、月の内部構造を探る計画でしたが、5年前の2007年に計画中止が決まりました。

しかし、月探査周回衛星計画であるSELENEのほうは、月の起源と進化の解明のためのデータを取得することを目的に2007年9月14日に実際に探査機が打ち上げられ、2009年6月11日まで月を周回してデータを集め、詳細な月のマップを完成させたのは記憶に新しいところです。

現在のところ、日本はこのSELENE 計画の後継として、SELENE-2(Selenological and Engineering Explorer-2、セレーネ2)という計画を持っており、これは2010年代半ばに月着陸探査機の打ち上げを実現しようとするものです。

SELENE計画で打ちあげられた月周回衛星が「かぐや」と呼ばれたことから、この月着陸探査機は「かぐや2」と称される予定のようです。

実は日本は、探査機を一度月に到着させており、これは「ひてん」という衛星でした。1992年1月に打ち上げられ、その後11回をも月に接近して観測を行った後、1993年4月10日に月のステヴィヌス・クレーターとフレネリウス・クレーターという二つのクレーターの間に衝突させ、計画は終了しました。

この衝突は意図的なものであり、当然「ひてん」はバラバラになってしまったため、月面からのデータなどは何も得られていません。が、この月突入の際に得られた技術は、この後打上げられた磁気圏観測衛星GEOTAIL(ジオテイル)や、火星探査機のぞみ、またかの有名な小惑星探査機「はやぶさ」等の運用に活かされました。

この「ひてん」の「月面着陸」は、いわば「硬着陸」でしたが、今度の「かぐや2」では、日本初の月面軟着陸が行われる計画であり、誤差100mという高精度での軟着陸を目指しているそうです。

この計画では、着陸機やここから放出されるローバー(月面探査車)による地質学的、惑星物理学的なその場観測を行い、月の表層や内部構造について調査を行う予定だといいます。

この探査車ですが、現在までのところ車輪使用型と無限軌道使用型(クローラまたはキャタピラーとも)の2つの候補が検討されていて、超音波モータを用いたマニピュレータや分光カメラ等が搭載される予定だといいます。JAXAの宇宙科学研究所のある、相模原市のキャンパスの一般公開日には、このモデル機が展示されることもあるそうです。

一方、つくば市にあるJAXAの研究開発本部でも別のローバーの開発が進められており、こちらは4つのクローラを装備した雪上車によく似た駆駆動系をもっています。ステンレス製の板バネをふんだんに使用することで軽量化に成功し、月面での低圧走行を可能としているといいます。

さらにはJAXAの宇宙科学研究所が明治大学や中央大学と共同で開発を進めているMicro5という5輪の小型探査車もあるそうで、これは、2分割の機体を持ち、5つの車輪によって十数cmの壁を乗り越えることが可能な高い走破性能を有しているといいます。

これら開発中の探査車のうちのどれが実際に月に行くのかはまだ決まっていないようですが、いずれにせよかなり開発は進んでいるようなので、その候補者が一般に公表されるのもそう遠くないでしょう。

一方、この探査ローバーを搭載する着陸機ですが、この着陸機自体にも観測装置が搭載されるということです。LUNAR-A計画はボツになりましたが、この計画が検討されていたときに開発された地震計を搭載し、「月震」などを観測する予定であるといい、月面の採掘による土壌調査も計画されているそうです。

このように、巷では日本は月探査計画とは無縁のように思われているようですが、計画だけは着々と進んでいます。

ただ、有人探査ということになると、かなりまだ先の話のようです。JAXAは2006年の「月周回衛星(SELENE)シンポジウム」において、2020年前後の有人月面着陸と、2030年前後の月面基地建設構想を明らかにしています。この月面基地は定員が2~3人で、居住棟、発電・蓄電システム、研究施設などから構成されるとしています。

しかし、2020年といえば先日東京オリンピックの開催が決まったばかりであり、この開催地の整備のために多額の資金が必要とされる中で、果たして実現が可能なものかどうか、あやしいところです。2030年のほうが現実的といったところでしょう。

アメリカは既にアポロ計画で月の有人探査を実現していますが、これに次いで最も早くに有人探査を実現させるのではないかといわれているのがロシアであり、ロシア連邦宇宙局は2007年8月、2025年までの有人月面着陸と、2028年~2032年の月面基地建設を柱とした長期計画を発表しました。

2028年といえば15年先です。私もかなり高齢になっているでしょうが、まだまだ達者なはずです。ロシアはこれまでも何人もの日本人を宇宙へ運んでいますから、もしかしたらこの月面探査のときに日本人宇宙飛行士が便乗するといったこともあるかもしれません。

そのころにまだ日本とロシアとの関係が友好的であったらという条件付きですが。

ただ、月の表面というのは、我々が考えている以上に過酷な環境のようです。宇宙線や太陽風なども大気や磁場にさえぎられることなく月面に到達するため、月面の有人探査や月面基地建設、月の植民に際しては、これらを阻止する必要があります。

また、大気や水(海)などの熱を対流させて均衡化するものがないため、月の一昼夜が長く、およそ29.5地球日、つまり約15日間昼が続き、その後夜が約15日間続きます。このため、表面温度は、赤道付近で最高およそ110℃、最低およそ-170℃となっており、温度の変化が大きいのが特徴です。

こうした月の表面に基地を作るのは容易ではありません。このため、月の「地下」にコロニーを建設し、放射線や微小隕石からの保護を得るのが有力な案と考えられています。

そのためには、居住棟を掘るための遠隔操作のボーリングマシンといったものが必要になり、また月の表面に存在する利用可能な資源からコンクリートのような物質を作り出すための特殊な硬化剤のようなものの開発が必要と考えられているようです。

掘る以外の手段としては、月に存在するかもしれない地下の枯れた巨大な溶岩洞が考えられているそうで、2009年に日本のかぐやが観測した月面データでは、その分析により、こうした基地に適した溶岩洞のような縦穴の存在が確認されているといいます。

その他にも、生命の維持のための水の確保、エネルギーの調達、輸送手段などなど問題は山積みですが、それらすべてがクリアーになるのはいったいいつのことやら。

現在、有人宇宙飛行で月に到達するだけでも莫大な費用がかかり、それに対する成果も少ないため、月探査は無人探査機を用いることが主流となっています。が、それでもやはり有人探査の方が成果は高いと考えられているようです。

その理由は、こうして苦労して作られる月面基地の建設によって、その有人探査を阻む問題が解決され、費用対効果が明らかになるためです。要するに作ってみて初めて色々な問題がわかり、そのためにかかる費用もわかり、費用がわかるからこそその将来も見えてくるというわけです。

また、月面に有人の基地があれば、月に関する詳細なデータを収集することができ、さらには他の惑星への有人探査の足がかりとすることもできる可能性があります。

さらに、月面基地が完成し本格的な稼働を始めれば、月への人類の移住の可能性も見えてきますし、それに伴う新たな資源採掘が進めば人類のエネルギー問題にも明るい兆しが見えくるでしょう。

また、月の重力は地球の約6分の1であるため、宇宙ステーションなどの無重量状態とはまた違った実験が出来る可能性があり、思いもよらないような発見により人類の科学技術は飛躍的に高まる可能性だってあるのです。

……といったところで、これらのことが実現するまでには私も、おそらくこれを読んでいる方々も生きてはいないでしょう。

すべては来世に生まれ変わったころのことでしょうし、しかも来世にまた再び地球に戻ってこれれば……の話です。

いっそのこと、地球になど生まれ変わらずに、別の星で次の一生を迎えれば、また別の面白い「宇宙体験」ができるかもしれません。そしてその世界は我々が現在「宇宙人」と考えている生物が住んでいる世界かもしれません。

そう考えると、苦労して宇宙旅行をしようとしている現在の人類の試みもなんだかちっぽけに思えてきました。宇宙は広い。月もまた、その宇宙のほんの一角にすぎない衛星です。

でも、中秋に見えるそんな丸い月は、宇宙一美しいものかもしれません。別の星に生まれかわったとき、ふとその前世で見た月のことを思い出し、あぁやっぱり地球の月のほうが美しかったと思うかも。

なので、生きている間は、この星の月見をせいぜい楽しむことにしましょう。さて、今年の月見にはどんな酒を飲もうかしら。今から楽しみです。