盗聴

ここのところ、ドイツのメルケル首相の携帯電話がアメリカの情報機関に盗聴されていたというニュースが流れ、世間を騒がせています。

オバマ米大統領は先月の23日の電話会談でメルケル氏に「自分は知らなかった」と釈明したとされていますが、本当に知らなかったのかぁ?ということでかなりバッシングされているようです。

ドイツ誌のシュピーゲルによると、米国家安全保障局(NSA)と米中央情報局(CIA)が在ベルリンの米大使館を拠点にする「特別収集部局」で盗聴を実施していたそうで、メルケル氏の携帯は02年から対象のリストに載せられていたといい、盗聴は今年6月のオバマ氏の訪独直前まで続いていたといわれています。

ただ、なぜアメリカはこれほどまでに大胆な盗聴をおこなってきたか、どうやって盗聴していたのかなど詳しいことについては、必ずしも明らかになっていません。

が、最近元気のないヨーロッパ諸国の中において、ドイツは経済的にトップであり、アメリカの経済を脅かす相手になってきていることとの関連が取沙汰されています。

アメリカが高い失業率や二番底を迎える危機感に怯えている一方で、ドイツはベルリンの壁崩壊以来、最速の勢いで経済発展を遂げています。そしてこのドイツの発展の裏側には、「中国」との関わりがあるのではないかという憶測もあるようです。

アメリカでは経済的に大きな成長を続けてきた中国に警戒感を感じているようですが、中国は輸出国として最も重要な国のひとつであり、また経済成長を続けるドイツにとってもまた中国は大切な「お客様」です。

ドイツは中国に輸出を続けることによって莫大な利益を得ており、昨年、ドイツ製重機の最大の海外市場はアメリカから中国に移動したことは有名です。また、多くのドイツの中小製造業も中国に助けられているといいます。

このため、中国とドイツの間には良好な国際関係が築きはじめられており、その一方で、アメリカはドイツの台頭により、従来中国から得ていたものをドイツに奪われているという側面があります。

アメリカは現在でもなんとか対中輸出で世界1位を保っていますが、ドイツは一部の分野での中国との貿易額ではこのアメリカを凌駕し始めています。

昨年のドイツ・中国間の貿易総額は1150億ドルを突破しましたが、今年の2月には10億ドルという巨額の貿易黒字を発生させており、これは対中輸出量が過去最大となったことに起因しています。

一方ではアメリカと中国との貿易総額はここ数年4000億ドル程度で頭打ちになっており、伸び悩んでいる状況です。アメリカは、中国という大きな市場をドイツに奪われつつあり、このためアメリカは中国寄りになっているドイツから目が離せない、というのが現在の状況です。

従って、今回の盗聴事件もこうした米独中の相関関係を背景として発生したのではないか、ということが言われているようです。何ごとにつけても自国の利益だけを優先したがるアメリカのやりそうなことです。

それにしても、今回の話題の中心になっているNSAとはどんな組織なのかというと、これはアメリカ国防総省に所属する諜報機関です。

アメリカの諜報機関といえば、中央情報局(CIA) がよく知られていますが、こちらが主にヒューミント (Humint:Human Intelligence)と呼ばれるスパイなど人間を用いた諜報活動を展開するのに対して、NSAはシギント(Sigint:Signal Intelligence)と呼ばれる通信、電磁波、信号などを媒介とした情報収集活動や分析などをおこなっています。

他にシギントをおこなう機関として、イギリスの政府通信本部(GCHQ)やフランスの軍事偵察局(DRM)、日本の防衛省情報本部(DIH)などが知られていますが、その中でもNSAはアメリカ中央保安部(CSS)とともに世界各地で大規模な作戦を展開する最も強大な機関だと考えられています。

彼らは、自らのウェブサイトで「国外の通信、レーダー、およびその他の電子システムなど、様々なソースから」データを収集していると述べているように、トルーマン大統領の命令によって1952年に設立されて以来、合法、そして時には違法的な手段を通じて、数々の諜報活動を行ってきました。

2013年時点で40000人の職員を抱えており、108億ドルの予算を抱えており、これはアメリカの軍事予算のだいたい1.5%前後ともなり、けっして少ない比率ではありません。

大統領令に記載されたNSAの使命は、国内の活動に関する情報の取得ではなく、「外国の諜報や防諜」に関する情報を集めることです。しかし、彼らはアメリカ国内でもかなり大っぴらに傍聴活動をしており、過去にもしばしば問題になってきていました。

にもかかわらず、アメリカがNSAの存続を支持し、その役割は拡大し続けてきた背景には、その設立直後の第二次大戦などで、自国に大きな恩恵をもたらしたことがあげられます。

彼等はその傍聴活動によって、北大西洋におけるドイツのUボートの脅威を打ち破った実績があり、また、太平洋におけるミッドウェー海戦でも日本語の暗号解読によって日本の連合艦隊を破ることに貢献しています。

第二次世界大戦が終わったあとにやってきた冷戦時代では、今度はソ連を相手に傍聴活動を行っており、それぞれの時代状況は確かにNSAという諜報機関を必要としてきました。しかし、そうした時代が終わってもなお、アメリカはNSAの存在を認め続け、それどころかより一層重視しています。

とはいえ、NSAは1960年代に行っていた「プロジェクト・ミナレット」と呼ばれる計画では国民から大バッシングを受けました(ミナレットとはモスクの尖塔のこと)。

これは、ベトナム戦争に反対したマーティン・ルーサー・キングなど主要な公民権運動の指導者や著名な米国のジャーナリスト、スポーツ選手などに防諜活動を行ったというものであり、さらには上院議員などにもNSAは盗聴をしかけたというものです。

民主党のリンドン・ジョンソン大統領が1967年防共の一環として「ミナレット」を実行に移し、6年後に共和党のリチャード・ニクソンがウォーターゲート事件で失脚するまで継続していましたが、その途中でその存在が暴露され、大きな批判を受けました。が、誰が盗聴の標的だったのかについては公表されていませんでした。

ところが、今年の9月になってジョージ・ワシントン大学の研究グループが機密解除文書を情報公開制度で入手し、その内容を公表しためにそれらが誰であったかが判明しました。

約1600名がミナレットの対象にされており、この中には上述のキング牧師のほか、黒人公民権運動活動家のマルコムXなども入っています。キング牧師はマルコムXに対して、白人社会との和解・統合を勧めていた立場でしたが、それでもその影響力の大きさからNSAからの盗聴を免れることはできなかったようです。

また、世界王者になってからイスラムに改宗してチャンピオンベルトを奪われたモハメド・アリもまた、「アッラーの名の下でのみ戦う」と発言して徴兵忌避したために、盗聴対象となりました。

他にも、民主党のフランク・チャーチ上院議員や共和党の戦争支持派ハワード・ベイカー上院議員、「ベトコンの逃亡兵に恩賞をつけて戦わせた方がずっと安上がり」と書いただけのワシントン・ポストのアート・ブッフバルト記者がいました。

こうした防諜活動が発覚したことによってNSAは厳しく批判を受けることになったため、その力を制限されるようになりました。また、1974年にウォーターゲート事件によってリチャード•ニクソン大統領が辞任した後にも、後ろ盾を失い、FBIやCIAとともにNSAはさらなる批判にされるようになっていきました。

しかしこのように、NSAの諜報活動に対して度々疑惑が持ち上がっても、彼らの活動をやめさせようとする動きはありませんでした。むしろ、2001年の同時多発テロを契機として、2008年の外国情報活動監視法(FISA)改正案などに見られるように、NSAの権限はより強まることとなっていきます。

それにしても、アメリカ国民の間でも、NSAが極秘のうちにデータ収集をおこなっていることに対する見解は分かれています。2013年6月の「ラスムッセン・レポート」による調査では、国民の59%がこれを承認しないと答えていますが、驚くべきことに、一方でその49%はそれに賛成しているか、決めかねているという態度だったといいます。

もし、アメリカ人の多くが、自分たちの生活が何らかの脅威から守られるならば多少の監視は仕方ないと考えているならば、これは結構危険な兆候です。

プロジェクト・ミナレットやウォーターゲート事件は、政府による監視行為が暴走する危険性についてアメリカ人たちに強い警告を発したわけですが、いまやNSAは彼等の情報操作の技術力を大幅に向上させ、これによってこうした警告を過去の記憶へと忘却させることにさえ成功させつつあるのかもしれないからです。

さて、ところで、ですが、この盗聴とはそもそもどういう技術によって行われているものなのでしょうか。

盗聴の定義は、いうまでもなく、会話や通信などを、当人らに知られないように聴取・録音する行為です。聴取した音声から様々な情報を収集し、その情報は関係者等の動向を探る目的で用いられます。

その昔は、直接家屋に侵入、屋内の様子を直接盗み聞くといった原始的な方法が取られていましたが、その後の技術の発展によって、無線機器が小型化・高性能化され、これに伴って、無線盗聴が一般的となっていきました。

最近は、窓ガラスなど物体表面の振動をレーザー光線で計測して、その振幅を変調・音声として出力させる技術が実用化されており、こうした盗聴器は、通信販売や専門店等の店頭で販売されています。

盗聴の目的は様々でしょうが、家庭内の不義調査から企業内の動向調査まで多岐に及び、これに加えて私的な趣味や愛憎関係や怨恨、あるいはストーカー目的でこれらの機器を購入して使用するケースも増えており、一種の社会問題にまで発展しそうな勢いです。

また、世の中には盗聴マニアと呼ばれる輩もいるようで、その多くは、一般無線からの垂れ流しを傍受するのみですが、一部には一般家屋やホテルに侵入して盗聴機器を設置してまで行為に及ぶケースもあるようです。

これに対して盗聴器の捜索、除去を行う専門業者も実在するようで、いわゆる探偵業を自称する人達の多くがこうした盗聴器除去の作業も引き受けてくれるようです。

ソ連時代、在モスクワの外国公館全てに盗聴器が仕掛けられていたというのは有名な話であり、こうした盗聴は単に個人的なプライバシー侵害に終わらず、国家規模の諜報合戦においては国家間の戦争にも到るような重要問題にまで発展する可能性を秘めています。冒頭で述べたメルケル事件もまたその象徴といえるような出来事です。

しかし、その反面、事件究明におけるこれら盗聴では、組織・団体に対する内偵手法として用いられ、疑獄の真相が解明されるなど良い面もあります。ただ、こうした手法によって得た捜査情報が果たして合法といえるかどうかといえば、かなりグレーであり、多くの場合には盗聴によって得た情報であることすら明かされないことも多いようです。

一般的な盗聴器

一般的な盗聴器の構造はワイヤレスマイクと何ら変わらないものです。電話の盗聴の場合、電話用のコネクタ内に仕込まれることが多いようですが、戸外の電話架線より盗聴するケースも見られ、架線保護用に設けられる電話線のヒューズボックス内に、純正の部品に偽装した盗聴器が仕掛けられることもあります。

また、部屋の物音や声を集音する場合は、電源コンセントやACアダプタ・三又プラグなどに仕込まれ、またはそれに見せ掛けた製品まで出回っているようです。いずれも電気を設置場所から得ることができるために、半永久的に発信を続けることが可能です。

このほか、音を感知しないと電波を発信しないタイプもあり、これは常時発信タイプよりも電池寿命が長くできます。また普段は電波を発していないので、発信元の探知も難しいというメリットがあります。

隣の部屋から発せられる声や物音を盗聴する場合はコンクリートマイクが用いられます。これは、壁等の物体で遮られた向こう側から伝わってくる、かすかな音声の振動を増幅し聴き取ることを可能としたもので、これをICレコーダーなどに接続して録音します。

更に高度な盗聴器もいろいろあるようで、これらはそれ専用の技術者が設計・開発から製作までを行っており、さらなる小型軽量・低消費電力化が進んでいるといいます。

しかし、市販されている無線式盗聴器は、一般的には「技術基準適合証明」を受けていないものがほとんどです。違法行為を目的に開発された装置に行政が証明を与えるわけはありませんから、一般的に出回っているものを使用して電波を発した場合、電波法違反で処罰を受ける可能性があります。

ただし無線局免許も技術基準適合証明も要しない「微弱無線局」だと言い張れば、この規制を逃れることができます。このため盗聴目的であっても直ちにお縄になるとはいえず、このあたりが盗聴目的のいかがわしい行為の取締りが進まない要因のようです。

また、上でも書きましたが、レーザー光を窓などに当て、音声による振動を光センサーで検知する機械も多く販売されており、これはかなり遠距離からの盗聴も可能です。隣のビルからレーザーを照射すれば、相手に気づかれにくくかつ発見もされにくいのが特徴です。

携帯電話の蓋を空け、中に超小型の集音マイクをとりつけて盗聴するというやり方もあります。その携帯電話の発信回路そのものに細工をして盗聴を可能にしたものもあり、こうしたものは専門の盗聴器発見業者でも見つけにくいそうです。

では、こうした盗聴器を自ら発見し、除去するにはどうしたらいいのでしょうか。

小型の無線盗聴器の場合には、盗聴器の存在が発見しにくいケースも多いものですが、この場合には、「広帯域受信機」というもので盗聴電波を確認し、電波の発信源のおおよその位置や方向を特定し発見する方法が取られているようです。

また、電話線に仕掛けられたタイプの物ではノイズが入るなど、電話の通話品質に影響が出る場合もあり、不審に思ったら、専門家に依頼するのが一番です。FMなどの帯域を利用しているものも多いので、ラジオ放送へ雑音が含まれる場合には、室内のどこかに盗聴器があることを疑ってみてください。

こうしたFM電波を使う市販の盗聴器は、おおむね使用されている周波数が決まっているため、その周波数にのみ反応する比較的安価な電波受信機も市販されているようです。これを購入すれば、機器の反応の強弱で盗聴器の位置を特定、発見する事ができます。

無線・電波・電磁波の傍受

一般的な盗聴は、上に述べてきたように、何等かの器械を設置して盗聴を行いますが、こうした単独の装置を使わず、単に「傍受する」ことも盗聴の技術のひとつです。

たとえば警察無線、消防無線、航空交通管制、タクシー無線、鉄道無線などの業務無線を盗み聞いたり、身近なところでは携帯電話やコードレス電話などがあり、これらの無線通信は暗号化されていないものであれば、かなり簡単に傍受できます。

日本の電波法では、単にこれらの無線通信を傍受することを直接は禁止していません。このため、日本では誰でも合法的にすべての無線通信を傍受することができます。

ただし、特定の相手方に対して行われる通信の傍受、あるいは通信の当事者以外が暗号化した無線通信を傍受して解明し、その内容を自己または第三者の利益のために利用することは電波法で禁止されており、こうした行為のことを窃用(せつよう)といいます。

しかし、電波法に違反するといっても、その行為自体を見つけだすことは容易ではなく、たとえ窃用している現場に警察が踏み込んだとしても、ラジオを聞いていたといえば、何ら罪に問われることはありません。

電波の盗用にはこのほかは、洩電磁波を拾う、という方法もあります。PCや周辺機器のモニター、キーボードの接続ケーブル、ネットワークケーブル、USBコネクタなどからは、常に微弱な電磁波が発射されており、これを微弱信号として入手し、分析して含まれている情報が入手することが可能です。

隣接する建物や車などに指向性のある特殊なアンテナを向ければ、壁や窓があってもこれを素通りして、目的のパソコンなどの電子機器などの微弱信号をキャッチできるといわれており、実用的には数十メートル離れた場所からこのような信号を傍受できるそうです。

この場合、同じ場所に複数のパソコンがある場合がありますが、これらの機器間の同期信号のずれを利用し、特定の情報だけを選択的に傍受することさえ可能だそうです。

また一般にはあまり知られていいないことですが、携帯電話などの無線中継用のパラボラアンテナからも微弱な電磁波が漏洩することがあり、盗聴を行いたい相手の携帯電話での会話をこうした公共アンテナから取得するといった方法があるそうです。

ただし、この盗聴を行うためには、同じ形状のパラボラアンテナを入手し、これを電波暗室と呼ばれる、外部からの電磁波の影響を受けないように電気的に隔離された実験設備中に入れ、このアンテナの電磁波放射パターンを測定することが必要です。

そんなことは普通の人にはできませんが、前述のNSAのような大規模な諜報機関ならできそうです。

実際、アメリカ軍は、こうした漏洩電磁波の傍受技術の確立をめざしているそうで、と同時に自軍の情報漏洩対策も検討しており、こうした一連の技術をテンペスト(TEMPEST; Transient Eletromagnetic Pulse Surveillance Technology)と呼んでいます。具体的には、パラボラアンテナから発せられる電波による信号伝達方式自体に秘匿性の高いものを用いるといった手法などが検討されているといいます。

国家レベルで行われるような大規模な盗聴としては、このほか電話回線や光ケーブルといった通信システムへの盗聴があり、こうしたしくみはそうそう簡単にはみつけられません。

一般的に「盗聴」というと、特定個所に設置された「盗聴器」ばかりが話題となりますが、こうした盗聴では、通信というサービスを提供しているシステム全体が盗聴の対象となりうるため、その盗聴元の発見はかなり大がかりになります。

例えば電話局の交換機には「回線モニタ」という経路が付加されており、これは本来は通話品質をチェックするためのものですが、これを傍聴することは技術的には可能であり、これにより証拠を残さずに盗聴を行うことができます。

しかし、電話交換機は電話回線局の構内にあって警備されており、こういった盗聴行為を行うためには、内部関係者を引き込む必要があります。

日本では、戦前の二・二六事件の前後に、事件関係者の陸軍皇道派に対して、東京憲兵隊や陸軍省軍務局が当時の逓信省の協力を得て電話局で電話の傍受・盗聴をおこなっていたことが戦後明らかになっています。無論、この行為は戦前においても憲法に定められた「信書の秘密の不可侵」を破るものでした。

戦後の日本ではこういった盗聴事件は表だって報告された例はないようです。しかし現在では携帯電話のローミングサービスなどが盛んに行われており、ここから情報を盗みだすことは比較的容易です。

ローミングサービスとは、事業者間の提携により利用者が契約しているサービス事業者のサービスエリア外であっても、提携先の事業者のエリア内にあれば、元の事業者と同様のサービスを利用できることをいいます。

従って、契約しているサービス事業者が自社内ネットワークからの情報漏洩に気を付けていても、提携している他業者のネットワークからその情報が漏れるおそれがあります。

また、現在のように電話回線がデジタル化され、インターネットと同じように光ファイバーなどの通信インフラに依存していることなどを加味すると、この通信経路のハードウェアに何等かの細工するなどして、その通信内容を傍受することは不可能ではありません。

もっとも光ファイバーによって増幅送信されているデータはかなり複雑な暗号化が進んでおり、その盗用にはかなり高度な技術が必要とされます。

しかし、今日では国家レベルの諜報機関ならばこれも可能だといい、電話の情報だけではなく、知らない間に、その回線を通じてパソコンからも情報が盗まれていた、というのはありえない話ではないのです。

サイエンス・フィクションにでも出てきそうな話ですが、これはもう小説の話ではなく、実際に使われてはじめている盗聴技術だと考えたほうが良いかもしれません。

エシュロンの存在

近年、こうした技術を向上させて、アメリカ・イギリスが全世界的な電子盗聴網「エシュロン」という組織をひそかに構築してこうした技術を使って大規模な盗聴行為を行っているという噂が出回っています。

実際にそのことが欧州議会により告発されており、AP通信が2005年に報じたところでは、米海軍が保有する原子力潜水艦「ジミー・カーター」が海底ケーブル傍聴用の設備を搭載しており、これはエシュロンがテロの動向を探るためであったことなども報じられました。

エシュロン(Echelon)は、フランス語で「梯子の段」を意味することばです。先述のNSAが構築した軍事目的のシギントシステムのひとつではないかと、欧州連合などが指摘しているようですが、無論、アメリカ合衆国連邦政府自身が認めたことはありません。

実在するとすれば、国家による情報活動に属するシステムということになりますが、公式にはその存在が確認されていないので詳細は不明です。が、収集・分析・分類・蓄積・提供の各機能によって構成されているかなり組織的なグループであることがわかっています。

また、エシュロンはほとんどの情報を敵や仮想敵の放つ電波の傍受によって収集しており、その能力は1分間に300万もの通信を傍受できるほど強力だといわれています。

その盗聴電波には軍事無線、固定電話、携帯電話、ファクス、電子メール、データ通信などのあらゆるものが含まれており、同盟国にある米軍電波通信基地や大使館・領事館、スパイ衛星、電子偵察機、電子情報収集艦、潜水艦を使って敵性国家や敵性団体から漏れる電波を傍受したり、時には直接通信線を盗聴しています。

また、現代においては、データ通信の大部分は、光ファイバーを利用した有線通信によって行われており、上でも述べましたがこうしたデジタル情報は高度な技術で暗号化されているため、その傍受は極めて困難であるといわれています。

ところが今年アメリカ政府の情報を漏えいしたとしてWANTEDがかかった、あのエドワード・スノーデン氏の告発により、エシュロンの技術陣はこうした光ファイバーの有線データ通信さえも盗聴できるほど高度な技術を有していることが明らかになっています。

アメリカ政府が電気通信事業者の協力を得てデータ収集を行っている可能性までも指摘されており、アメリカ政府はいまや多方面からのバッシングによってかなりあわてているはずです。

実際、アメリカの電子フロンティア財団は、NSAがサンフランシスコのAT&Tの施設に傍受装置を設置してインターネット基幹網から大量のデータを収集・分析していたことに対して、アメリカ合衆国政府およびAT&Tに対し訴訟をおこしています。

そこへ来て、今回のメルケル首相の電話盗聴事件の発覚です。NSAやエシュロンの情報収集活動は、米国以外でも行われていることが明らかになったわけですが、実はこれらの一連の「犯行」は、アメリカが単独で行っているものではなく、エシュロンに加盟している各国もさまざまな形で協力しあって行われていると言われています。

その参加国は、アメリカ合衆国のほか、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドであり、これらは英米同盟(UKUSA:United Kingdom & United States of America)とも呼ばれるアングロサクソン諸国です。無論、この中にはドイツは含まれていません。

UKUSAは、1948年にアメリカとイギリスとの間でUKUSA協定が結ばれたことに始まり、カナダ・オーストラリア・ニュージーランドは2次メンバーとして後に参加しました。

しかし、実はドイツや日本など、第二次世界大戦時の敵国であっても、現在は同盟関係にある国には、エシュロンへの参加は認めないものの、単にデータを傍受だけなら参加OKとしており、ギリシア、スペインなどの同盟国もそうではないかといわれています。

これらの国は「サードパーティー」と呼ばれ、エシュロンの閲覧は許可されないものの、傍受施設の設置が認められているほか、UKUSAの国益に反しない限りにおいてエシュロンで得られた情報の提供が行われることすらあるようです。

日本には、青森県の三沢飛行場近くの姉沼通信所に大きな輪状のアンテナ施設があり、これは通称「ゾウの檻」と呼ばれ、傍受で活用されていました。しかし現在では既に使用が中止され撤去が予定されているようです。

が、この姉沼通信所には、いまだに1000人単位のNSA要員が詰めていて、いまだに南北朝鮮やロシア、中国などの情報を傍受し、エシュロンに寄与しているといわれています。

このほか東京都心のいくつかのUKUSA同盟国の公館内、例えば駐日アメリカ合衆国大使館などにも傍受施設が存在し、分担して傍受活動を行っているとされており、朝日新聞は2001年に、日本を含むアジア・オセアニア地域に置かれた傍受基地の存在を報道しました。

日本政府、日本企業も監視の対象とされており、無線、短波無線、携帯電話、インターネット回線など、ありとあらゆる日本国内の通信が常に傍受され、データはニュージーランドの通信所に送られてここのエシュロンに蓄積されているといいます。

日本に関する情報収集の対象は主に経済分野であり、経済活動をアメリカ政財界に更に有利にするための、トップの意思決定についての情報収集を重点的に行っているとされているようです。

1980年代から90年代初頭においても、アメリカ政府の度重なるダンピング提訴や、日本企業とアメリカ企業との間の受注合戦や訴訟合戦において、エシュロンが暗躍したともいわれています。

このときは、アメリカの国益を守るために、三沢飛行場、ワシントン州、ニュージーランド、オーストラリア、香港のエシュロンをフル稼働させた可能性があり、それが日本の企業活動に大きな損害を与えました。

なんで自国の利益を損なうような輩を日本国内にのさばらせているのかと、歯がゆい思いを誰でも持つでしょうが、これが日米安保の維持によってアメリカの傘の下に入っている日本の現状です。

しかし、一方では日本政府が施設を提供している見返りとして、エシュロンから重要情報が提供されたと推定される例もいくつかあります。

例えば北朝鮮の最高指導者金正日の長男金正男が成田空港で摘発された事件がそれであり、事前に日本に対して通報があったとされています。また、日本赤軍最高幹部であった重信房子が極秘裏に日本に帰国して潜伏しているという情報も、エシュロンによって情報が得られ、日本政府に通報されたと噂されているようです。

2004年、「週刊ポスト」は、日米首脳会談で小泉純一郎内閣総理大臣が、日本のエシュロンへの参加を打診したところ、アメリカ政府は、イラク戦争での多国籍軍参加の見返りに、エシュロン参加を許可したとの報道がありました。ただし、その真偽のほどは不明です。

エシュロンは高い機密性を持つために、多くの事象は疑いがありつつも、日本政府が実際に関与しているかどうかまでは確証まで至らないのが現状のようです。

このエシュロンの誕生の背景には、19世紀末にインドや香港などの植民地との電信電話による通信業務を行なっていた英国の国有企業「イースタン・テレグラフ社」が関係しているといわれています。この会社はこの当時全世界の1/3の国際通信網を保有するまでになり、現在でもケーブル・アンド・ワイヤレス社として世界の情報業界に君臨しています。

21世紀になった現在では、個人や私企業が行なう通信を盗聴・傍受するにはさまざまな規制が存在しますが、イースタン・テレグラフ社が誕生したころにはこうした障壁はあまりなく、英国政府はほぼ自由にイ社の通信情報を取得していたと考えられています。

現在、このイースタン・テレグラフ社はエシュロンとは直接の関係はないようです。が、国家による通信傍受のための大規模なシステムはこの会社がその大元を作ったと考えられています。そして英国における諜報組織MI6の誕生は、かつてのイースタン・テレグラフ社の存在抜きには考えられないといいます。

1943年5月に「英米通信傍受協定」が結ばれ、この時にエシュロン・システムは誕生しました。5年後の1948年には米、英、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド間の秘密協定として先述の「UKUSA協定」が結ばれ、通信傍受の協力体勢が作られました。

アメリカでは1949年には統合参謀本部安全保障局が作られ、これが1952年に組織改編して作られたのが国家安全保障局(NSA)です。ちょうどこの頃から、エシュロン・システムは拡大を始め、その活動も活発になったといわれており、表向きは明らかにされていませんが、これがNSAがその後ろ盾だといわれるゆえんです。

エシュロンの情報収集活動に関連があると推定されている事件はこれまでもいくつかありますが、いずれの事件とも、エシュロンの関与が実証されたことはありません。ただ、エシュロンの情報収集要員が米海軍や米空軍の部隊に同乗していたことが確認されたとされる事件がいくつかあり、そのひとつが1968年に起きた、プエブロ号事件です。

米国の情報収集艦が国境侵犯を理由に北朝鮮軍に拿捕され、このときブエブロ号の乗員1名が死亡し、残る乗員82名が11ヶ月間も拘束されました。彼等はのちに、米国の「謝罪」によって乗員のみ送還されるという米国にとって屈辱的な結果となりましたが、この情報収集艦そのものがエシュロンの情報収集の一環だったとされています。

また、2001年4月に中国の海南島の上空で発生した領空侵犯事件である海南島事件では、不時着した機内にNSAの複数要員が乗り込んでいたとされており、これもエシュロンに関わる情報収集活動だったといわれています。

こうした艦船や航空機を用いた大規模な諜報活動だけではなく、エシュロンは地道な情報収集も行っています。ある特殊な電子辞書を持っているといわれており、この辞書に登録された文字列を含む一般人のメールを常に盗聴しているともいわれています。

この盗聴では、対象とする被疑者のメールの内容だけでなく、登録済みのこのメールアドレスにメールを送受信した人達のメールの内容も盗聴されているといい、これによってエシュロンは、人知れずに盗聴範囲を拡大し続けているともいわれています。

登録・盗聴を避けようと、メールアドレスを変更しても、記録されている送受信先のメールアドレスを盗聴しているため、変更後のメールアドレスをもいずれはエシュロンの知るところとなり、再びエシュロンに盗聴されるとのことです。

送受信者のメルアドともども一度に全てのメールアドレスを変更するということはまず考えられないため、いつまでもエシュロンの盗聴から逃げ出すことはできないのです。

今、あなたが送ろうとしているメールの内容もまた、エシュロンに盗聴されているかもしれません。

さて、以上長々と盗聴について述べてきました。盗聴の世界もついにここまで来たか、というかんじですが、最後に笑える話をひとつ。

かつて1960年代にアコースティック・キティー(Acoustic Kitty)と言う計画がありました。CIAが行ったスパイ活動ツールの開発計画であり、この計画では盗聴のためにネコが用意されました。

このネコには、小型マイクと電池、さらに尻尾部分にはアンテナが埋め込まれ、また、ネコが任務を忘れてネズミを追いかけてしまうことなどの注意散漫を防止するため、あらかじめ、空腹を感じなくするための手術が施されたといいます。このための訓練・手術等に費やした諸費用は、約1000万ドル(約10億円)にも及んだといわれています。

このネコの最初の任務は、ワシントンD.C.ウィスコンシン大通りにあったソビエト連邦大使館員の盗聴でした。大使館近くの公園で行われ、その任務の内容は、ベンチに座っている二人の人物の会話を盗聴してくる、というごく簡単なものでした。

しかしネコは放たれたとたんに、通りがかったタクシーに轢かれて死んでしまったといい、この失敗によりその後結局この計画は中止となりました。

ただ予算を浪費しただけだと結論づけられ、その理由はネコが死んでしまったこともありますが、実際の諜報活動において工作員が目標の至近距離までネコを連れて行かねばならず、そのために盗聴が露見する可能性もあり、あまりにも実用性に欠けると判断されたためです。

実験では目標のすぐ近くから放たれた場合などには成功したようですが、こうしたこの計画の経緯が、2001年9月、「情報の自由に関する法」(en:Freedom of Information Act (United States))に基づき新たに40あまりのCIA関係文書が公開され、この計画は公の知るところとなりました。

ネコを盗聴に利用する計画の概要を報告したその文書の最後は、次のように締めくくられていたそうです。

「この問題に関する長年にわたる研究の功労者は、本計画を指導してきた○○をはじめとする面々である。とりわけ○○の努力と想像力は、科学の開拓者の模範といえるものであろう。」

○○内には人名が入るのですが、誰なのかについては公開されていないそうです。