人間強化


先日、NHKで火野正平さんの旅番組、「こころ旅」を見ていたら、その日の旅先は、石巻市にある長浜海水浴場でした。

そこへ行く途中、石巻市内を火野さんたち撮影クルーが通ったのですが、その映像の中に川の側にある円形の丸いドームがあるのが目に留まりました。

何だろうなと気になったのですが、番組内ではとくに説明もありません。気になったのであとで調べてみると、これは、「石ノ森萬画館」という宮城県石巻市中瀬に立地する、宮城県出身の漫画家・石ノ森章太郎のマンガミュージアムであることがわかりました。

石ノ森作品の原画などを所蔵、展示しており、2001年7月に開館。しかし、一昨年の3月11日に発生した東日本大震災の影響によって長期休館を余儀なくされ、昨年の11月から再開館していたことなどもわかりました。

東北地方太平洋沖地震発生直後、来館者約40人は高台へと避難しましたが、その後、大津波警報が発令されたため、臨時休館し、防火責任者である男性職員1人を除き職員は全員帰宅しました。

地震発生から1時間後、津波が石ノ森萬画館へ到達しましたが、この時、この防火責任者の男性職員は、3階まで駆け上がって避難したため、幸い津波から逃れることができたそうです。

この施設は旧北上川の河口に近い中州にあり、津波により1階部分が天井近くまで浸水、配電盤の損傷を受け、瓦礫やヘドロに埋まったり、ミュージアムショップの商品が流失するなどの被害を受けました。

また、一階にあった「石巻マンガロード」という展示コーナーでは、設置していた19体のモニュメントの内、「シージェッター海斗」、「人造人間キカイダー」の2体が流失しました。

しかしこの建物は、チリ地震による津波の教訓から1階の天井が8メートルと高めに設計され、原画の保管や展示は2階、3階部分で行うという措置をとっていたため、館内に収蔵された物品や、避難者への被害はありませんでした。

ただ、建物には1階を中心として修復が必要な個所が多く、また石巻市内は大きなダメージを受け、市内の交通網も断絶するようになっていたため、これにより長期休館することになります。

2012年3月に行われた石巻市議会では約7億5千万円の改修予算案が承認され、石ノ森萬画館の修繕工事が決定しました。そして同年6月に修繕工事を開始し、同年。同年11月上旬には、修繕工事が完了したため、オープンが再開しました。

この博物館は、地上3階建てで1階は映像ホールになっており、石ノ森作品のオリジナルアニメ「龍神沼」、「消えた赤ずきんちゃん」、実写版「シージェッター海斗 特別編」などが上映されているほか、オリジナルグッズを販売しています。

2階は展示室で、石ノ森作品の世界を立体的に再現したコーナーや、原画、「石ノ森章太郎萬画大全集」、石ノ森章太郎が若かりし頃手塚治虫など他の有名画家と共に過ごしたアパートのトキワ荘を再現した模型などが展示されています。

3階は、ライブラリーで、石ノ森作品の本を収蔵するほか、「マルチメディア工房」と称してアニメーション制作を体験するコーナーもあるそうです。

火野正平さんたちがここを通りがかったとき、周囲は津波被害によってまだ殺伐としているかんじでしたが、がれきなどは大方片付いていました。石巻市内の交通網も復活したことから、再オープン後の入場者数もまずまずのようで、週末には結構にぎわっているようです。

ところで石ノ森章太郎といえば、その代表作はやはり「サイボーグ009」であり、このほかにも、「ロボット刑事」、「さるとびエッちゃん」、「マンガ日本経済入門」、「HOTEL」などのヒット作があります。

仮面ライダーシリーズを始め特撮作品の原作者としても活躍し、SF漫画から学習漫画まで幅広い分野で作品を量産し「漫画の王様」、「漫画の帝王」とまで評されました。

残念ながら1998年、心不全により満60歳という若さで亡くなりましたが、没後、勲四等旭日小綬章を受け、全作品に対して第27回日本漫画家協会賞文部大臣賞、マンガとマンガ界への長年の貢献に対して第2回手塚治虫文化賞マンガ特別賞が贈られています。

サイボーグ

この石巻作品の代表作にある「サイボーグ」という用語は、「サイボーグ009」の出版をきっかけとして、日本人に広く知られるようになったもので、サイボーグとは人間や動物の肉体を身体機能の補助や強化の目的で改良を行ったものを指しています。

具体例としては、人工臓器などの人工物を身体に埋め込むなど、身体の機能を電子機器をはじめとした人工物に代替させたもの現実にあり、必ずしもSFなどの架空のものとばかりはいえません。

サイボーグ(cyborg)は、サイバネティック・オーガニズム(Cybernetic Organism)の略で、広義の意味では生命体(organ)と自動制御系の技術(cybernetic)を融合させたものです。

アメリカ合衆国の医学者、マンフレッド・クラインズとネイザン・S・クラインらが1960年に提唱した概念で、当初は人類の宇宙進出と結び付けて考案されたものだったそうです。が、この提唱よりも前にSF小説では、人間と機械の合体というアイディアそのものは多数使われていました。

しかし、小説や映画ではアンドロイドとの区別が曖昧である場合が多いようです。アンドロイドとは、人間の姿形によく似せた「人間型ロボット」です。例えば映画「ロボコップ」事故で亡くなった主人公をマシンと合体させたサイボーグですが、映画「ターミネーター」に出てくる超人は完全に機械でできているアンドロイドです。

現在までに、サイボーグという言葉はかなり世界的にも浸透しており、サイボーグ技術と呼ぶことができて程度の差こそあれ実用化に達しているものには、ペースメーカーや人工心臓、筋電義手、人工内耳、人工眼(眼球・網膜・視神経などの代替)などが挙げられます。

近年、この分野はめざましい発展を遂げており、従来SFの中でしか語られて来なかった各種のサイボーグ技術が現実の物となりつつあります。

筋電の信号を読み取ることで義手を使用者の意のままに動かしたり、義手に取り付けた圧力センサの情報を逆に神経へ送り返して感覚を取り戻したりする筋電義手などの技術は、すでに実用段階に入りつつあります。

また、脳へ直接電極を差し込み、聴覚・視覚の情報を直接脳へ送り込んだり、脳へ部分的に電気刺激を送りパーキンソン病等の症状を和らげたり、うつ病を治療したりする技術(脳深部刺激療法)も発達しています。

このほか医療目的としては、主に失われた四肢や臓器・感覚器の機能を代替・回復させるために用いられます。代表的なものには、義肢や人工関節のほか、人工臓器である人工内耳、人工網膜、人工腎臓、人工心臓などが挙げられます。また、手足の震えを和らげたり、うつ病の治療に用いられる脳深部刺激療法もこれに含まれます。

人工臓器のうち、古くからあるものには義歯や眼鏡のような単純な器具もありますが、サイボーグの場合は何らかの機構を持つ部品を人体に取り付けたものと定義するとすれば、単なる器物、つまり単体では機能しない義歯・眼鏡などはサイボーグの範疇からは外されることになります。

機能強化目的のサイボーググッズもあります。健常者に用い、人間本来の機能を強化するために用いられるもので、その代表的な物には、パワードスーツ(人工外骨格)があり、追加四肢(3本目、4本目の手足)、追加感覚器(より鋭敏な感覚が得られたり、後方や遠隔地の情報が得られる目鼻)などなどです。

機能追加を目的とする埋め込み型の機器に関しては、ICタグなどのようなチップにID機能(カルテ・クレジットカードなど)を加えてカプセル状機器とし、これを人体に埋め込んで無線通信機能などを持たせることなどが実際に行われています。

が、さらに最近は「ブレイン・マシン・インタフェース」と呼ばれるようなものも開発されています。これは、現在は道具を手などで操作しているものを直接的に身体の一部のように扱えるようにする機械であり、頭に電極を取り付けて脳波を刺激することで、頭で考えた動作を機械が直接行う、といったものです。

アメリカ合衆国では、サイボーグ技術の軍事利用への研究が、DARPA(軍隊使用のための新技術開発および研究を行うアメリカ国防総省の機関)を中心にしてこのブレイン・マシン・インタフェースの研究が活発に行われています。

兵士の身体能力を大きく強化する、戦闘において手足を失った兵士に義手義足を適用する、といったことが目的で、例えば戦場で負傷した兵士の素早い戦場復帰が可能になるとされています。

将来的にはブレイン・マシン・インタフェースの導入により戦闘機パイロットの脳と戦闘機のコントロール機能を接続することで、反応速度の向上を図ることなどまでが考えられているそうです。

他にも、小動物の脳を制御し、遠隔操作で偵察・自爆を行わせたりする動物兵器への応用や、ブレイン・マシン・インタフェースによる無人航空機・無人戦車などの無人兵器(軍事ロボット)を遠隔制御する、などの研究も進められているといいます。

アンドロイド

一方の人間型ロボットであるアンドロイド(android)のほうですが、これはギリシア語のandro-(人、男性)と接尾辞-oid(-のようなもの、-もどき)の組み合わせです。冒頭で述べたとおり、人型ロボットなどの人に似せて作られた存在を指します。

主に人によって製造された、人型ロボットなどの人間を模した機械や人工生命体の総称です。「人造人間」と言われることも多いようです。

架空の存在として、特にSFの漫画、映画、小説などに頻繁に登場します。人造人間という語が広まる以前から「人造の人間」、つまり「自然な状態で生まれるのではなく、作り出されたもの」という概念は存在していました。

実在するものとしての人造人間は今のところ実現していません。しかし、伝説上の存在や架空の存在としての「人造の人間」は古くから語られ、また作品として創作されています。それらの多くは大きく「人造人間」というカテゴリに分類されてはいるものの、個々の「人造の人間」の特徴や特性、呼び名、形状は実にさまざまです。

伝説上の存在としては、古くは、ギリシャ神話の「タロース」、ユダヤ伝説の「ゴーレム」、ギルガメシュ叙事詩の「エンキドゥ」などがあり、有名です。

「ギルガメシュ叙事詩」というのは、現在のイラクの一部にあたる場所に存在した古代メソポタミア文明で生まれた文学作品で、実在していた可能性のある古代メソポタミアの伝説的な王ギルガメシュをめぐる物語です。

どこの民間放送だったか忘れましたが、その昔、「ギルガメシュナイト」というお色気深夜番組をやっていましたが、これはギルガメシュ叙事詩の中で主人公の王さまが様々な娼婦や女神さまと交渉を持つ様子が描かれていることに由来したのでしょう。

この「タロース」、「ゴーレム」、「エンキドゥ」について、どんな人造人間だったのか、簡単に見ていきましょう。

まず、タロースは、ギリシャ神話の鍛冶の神、ダイダロスによって作り出された青銅製の自動人形です。伝承によれば、ゼウスが現人類の前に「金の人種」、「銀の人種」、「青銅の人種」を造った際の「青銅の人種」の最後の生き残りです。巨人ではなく現人類と変わらぬ身長だったともいわれ、あるいは牡牛の姿をしていたともいわれています。

ゼウスは、あるときのこと、フェニキア王さまの美しい姫であったエウローペーに一目ぼれします。そしてエウローペーを誘惑するためにこのタロースを与えました。彼女はタロースをクレタ島へタ連れて行き、タロースはこの島を毎日三回走り回って守るようになります。

そしてり、島に近づく船に石を投げつけて破壊し、近づく者があれば身体から高熱を発し、全身を赤く熱してから抱き付いて焼いたといいます。胴体にある1本の血管にイーコールと呼ばれる神の血が流れており、この血管は踵に刺さった釘で止められており、この釘を抜くと失血死してしまうといわれていました。

あるとき、イオールコスという国のイアーソーンという王子が、父から王位を奪った王族のひとりに王位の返還を求めますが、このときこの王族から黄金の羊の毛皮(金羊毛)を要求されます。

イアーソーンは金羊毛を探すため、女神アテネの助言を受けて、有名な船大工のアルゴスに50の櫂を持つ巨船を建造させました。そして、この船名をアルゴスの名から「アルゴー」(「快速」の意)と名付け、航海に出るために船員を募ると、ギリシア中から多くの勇者たちが集まりました。

こうしてアルゴー船に乗り組みイオールコスを出航した勇者たちとイアーソーンは、地中海の数々の島での冒険を経てエウローペーのいるクレタ島に達しました。そしてクレタ島に上陸しようとしたところ、島の番をしていたタロースが石を投げつけて攻撃してきました。

一行はタロースを欺いて薬で狂わせ、不死にするからいってタロースのかかとの釘を抜いたところ、神血が全部流れ出してタロースは死んでしまいました。また別の神話では、アルゴー探険隊がクレーテー島へやってきた時、タロースは呪文で眠らされており、この隙に足の釘を引き抜かれて死んだともいわれています。

次のゴーレム(golem)も良く耳にする怪物です。こちらは、ユダヤ教の伝承に登場する自分で動く「泥人形」です。「ゴーレム」とはヘブライ語で「胎児」の意味で、作った主人の命令だけを忠実に実行する召し使いかロボットのような存在でした。運用上の厳格な制約が数多くあり、それを守らないと狂暴化します。

現在では、運用上の厳格な制約が数多くありすぎて、これを守れずにすぐ狂暴化する会社社員がたくさんいますが……

ゴーレムは、ラビ(律法学者)が断食や祈祷などの神聖な儀式を行った後、土をこねて人形のかたちに造られます。呪文を唱え、ユダヤ教の心理(emeth)という意味の文字を書いた羊皮紙を人形の額に貼り付けることで完成します。ゴーレムを壊す時にはemethの“e”の一文字を消し、methにすれば良いとされます。methとは「死」のことです。

また、ゴーレムの体にはシェム・ハ・メフォラシュ(Shem-ha-mephorash)が刻まれています。シェム・ハ・メフォラシュとは、旧約聖書の「出エジプト記」の14章の第19節の文章を縦書きで下から上に書き出し、さらにその左に第20節を上から下にある文章、そしてその左の第21節の文章を下から上に綴り出します。

これらの文章は、19、20、21節とも各々3文字を持つ72ヶの単語で構成されており、これらを総合したものがシェム・ハ・メフォラシュです。

ユダヤ教の伝承では二人のラビがこうして生み出されたゴーレムを正式な礼拝の人数合わせに使おうと議論をしました。が、ゴーレムは厳格な規則を遵守しないで使おうとしたため、見るものすべてに火を付け始めたといい、このほかにも簡単な命令すら理解できていなかったといいます。

いったん製造すると、勝手に一人でどんどん巨大化したといいます。伝承ではある男が作ったゴーレムも大きくなりすぎ、額に貼りつけた羊皮紙を剥がそうとしましたが手が届かなくなりました。そこで男は一計を謀り、ゴーレムに自分の靴を脱がせるように命じ、彼がしゃがんだ時に額の紙を剥がしました。

その瞬間、ゴーレムは大量の粘土となって男の上に崩れ落ち、男は圧死したといいます。

アホです。

最後のエンキドゥ(Enkidu) は、先述のギルガメシュ叙事詩の登場人物のひとりです。人造人間ではありますが、物語ではギルガメシュ王の無二の親友という設定です。

ギルガメシュは、古代メソポタミア、シュメール初期王朝時代のウルク第1王朝の伝説的な王で、その在位は紀元前2600年頃ではないかといわれており、数多くの神話や叙事詩に登場し、実在の人物であったと考えられています。

叙事詩では、エンキドゥはギルガメシュと同等の力を持つ存在として神々が創り出したものとされ、元々はギルガメシュを倒すべく神々が地上に送った刺客だったそうです。

地上に降りたばかりの頃は毛むくじゃらの体を持ち、獣と同じように草原で草を食べたり、水を飲んで生活しており、知能は殆どありませんでした。

このため神々がギルガメッシュと引き合わせるには人間社会に馴染ませる必要があり、エンキドゥにシャムハトと呼ばれる聖娼と六晩七日に及ぶ「交わり」をさせる事でエンキドゥの体内にある過剰なまでの精を吐き出させました(なんということでしょう。このブログは18禁なので、その状況についてはこれ以上詳しく書けません)。

これによってエンキドゥは野人性を失いましたが、代わりに知恵と判断力を得て人間社会にも馴染めるようになりました。そして、神々の策略によりギルガメシュと出会います。そして神々の目論見では、あるとき国中をあげて行われる力比べにおいて、ギルガメッシュはエンキドゥによって倒されるはずでした。

ところが、ギルガメッシュは善戦し、エンキドゥと対等に渡り合ったことから互いに友情が芽生え、二人は親友同士となりました。やがてエンキドゥはギルガメシュと行動を共にするようになり、旅にも同行するようになります。そして、あるとき、王と協力し合って杉の森に棲む怪物フンババを退治します。

しかし、かねてよりギルガメッシュと親友同士になったことに腹を立てていた神々は、フンババが倒されたことにも立腹し、二人を始末するために天の雄牛を送りこんできました。二人はこの雄牛も倒すことに成功しますが、エンキドゥは結局その後、神々に呪い殺されることになりました。

いつの世も神々は人間に時に優しく、時には猛威をふるってきましたが、この話はそのうちの後者の典型です。ちなみに、エンキドゥは、獣と共に生きた出自から、家畜の守護神とされています。

さて、こうした人造人間の話はヨーロッパだけでなく、多少というか、かなり雰囲気は違いますが、日本にもあります。

日本でも鎌倉時代の説話集「撰集抄」巻五に、西行法師が故人恋しさに死人の骨を集めて復活させようとして失敗する話が出てきます。「高野山参詣事付骨にて人を造る事」というタイトルの話のようですが、これだけなので、人造人間の話というにはちと無理があります。

このほか、はるかに時代は下りますが、1928年(昭和3年)に元北海道帝国大学教授でマリモの研究として有名だった西村真琴という人が「學天則」というロボットを製作しています。これを再現したものが制作されたことがあり、テレビなどで何度か取り上げられたこともあるので知っている人も多いかもしれません。

造られたのは上半身のみでしたが、腕を動かして文字を書いたり表情を変えたりすることができました。日本人が最初に造った人造人間ということになります。

ちなみに、この西村教授の次男は、水戸黄門で有名な俳優の西村晃です。15年ほど前に惜しくも亡くなってしまいましたが。

人間強化

さて、以上みてきたように、人造人間のほうは、サイボーグよりもかなりフィクションに近く、「ロボット」という形で存在はするものの、サイボーグのように自分の意思を持ち、人間に限りなく近いものと定義するならば、これに該当するものは現在この世には存在しません。

もっともロボットの定義が明確に定め難いのと同様に、何をもって人造人間とするか、という明確な定義も事実上存在しません。

あえてそれに近いものをあげれば、現在までには、ホンダの開発したASIMOや富士ソフトが開発したパルロなど人間の動きに近いもの(二足歩行など)があります。

パルロというのは、アシモほど有名でありませんが、OSにはLinuxが使われ、そのミドルウェアは国の研究機関である産業技術総合研究所が開発しており、その一部はオープンソースとして配布されるなど、国策的な開発ルートに乗っているロボットです。

このほかにも、民間主体ではサンリオグループのロボットメーカー、株式会社ココロ(東京都羽村市)と大阪大学が共同で開発した「アクトロイド」などもあり、これは瞬きや呼吸といった人の挙動を模倣したものです。

これらの国産人造人間は、それぞれの分野に特化した形で実現しており、さらに研究開発が続けられています。

一方、フィクションの世界ではありとあらゆるジャンルにおいてこれまでも人造人間が登場してきました。が、その味付けは作品によって異なっており、フィクションにおいては人造人間と人間との境界において、精神的・抽象的なものから法的なものまで様々なものがテーマとなってきました。

それらの中には「人間とは何か」、「生命とは何か」、「心・魂とは何か」といったより根源的な問題を含む場合もあり、倫理的な扱いについては各フィクションの作品とも対応はまちまちです。

が、所詮フィクションはフィクションであり、物語の上でいくら人間に近づいたものを創作したとしても夢物語にすぎません。

この一方で、実存するロボットはロボットで、人間に近づけるためにはまだまだ進化が必要です。とくにその頭脳であるコンピュータ関連の技術開発はまだまだ遅れています。従ってフィクションに出てくるようなアンドロイドの実現ははるか遠い未来のことになりそうです。

それならば、ということで、生身の人間を「強化する」ということも行われはじめています。専門用語では、人間強化(human enhancement)といい、一時的か永続的かを問わず、人間の認識および肉体的能力の現在の限界を超えようとする試みを意味します。

サイボーグと何が違うのか、と思われるかもしれませんが、「人間強化」の場合、その手段は肉体の強化などの物理的な技術開発から、遺伝子工学的な操作などのソフト的なものまでいろいろなものがあります。

サイボーグ化のように技術的手段を使って人間の肉体機能そのものを強化する方法も人間強化のひとつといえ、例えば病気や怪我をした場合のヒトのサイボーグ化は、その施術そのものが人間強化といえます。

また、肉体の強化技術としては、見た目の向上のための美容整形や歯列矯正も人間強化技術であり、前述の義肢やパワードスーツ、インプラント(心臓ペースメーカーなど)や人工臓器など医療による強化も人間強化といえます。ドーピングや能力向上薬などの薬物による肉体強化もこれに含まれるとみてよいでしょう。

また、人間強化は、人体への遺伝子工学適用と同義と見る向きもあります。一般的には、ナノテクノロジー、生物工学、情報技術、認知科学を集約してヒトの能力を向上させることを指すのに使われています。これらの技術を使って行われる「強化」もしくは「予見」によって人間の特性や才能を選択または変容させることも、人間強化の一つの方法です。

例えば「予見」に関して実用化されている具体的な既存技術としては、着床前診断による胚の選別があります。これは受精卵が8細胞〜胚盤胞前後にまで発生が進んだ段階でその遺伝子や染色体を解析し、将来起こりうる遺伝疾患や流産の可能性を診断する技術です。

遺伝子解析により遺伝子が特定されている遺伝病や、染色体異常等を発見することができ、「受精卵診断」というものあります。

国によっては、男女産み分けに利用されており、染色体を全部調べられるので生まれてくるのが男か女かがわかります。希望する性別の場合は子宮に戻し、希望しない性別の場合は子宮に戻さないということまで可能な国もあるようです。

さらに、精神の強化技術というのもあります。スマートドラッグ、サプリメント、健康食品などがそれで、人間の精神機能(認識、記憶、知能、動機づけ、注意力、集中力)を強化するものです。

このほか、研究が進められている人間強化技術としては、人間への遺伝子工学適用があります。遺伝子導入や遺伝子組換えなどの技術で遺伝子を人工的に操作する技術を指し、特に生物の自然な生育過程では起こらない人為的な型式で行うことを意味しています。

最初の遺伝子組換え医薬品はかの有名なインスリンで、これはヒトから作った医薬品の嚆矢であり、アメリカで1982年に承認されました。もう一つの初期の応用例にはヒト成長ホルモンがありますが、これは以前には遺体から抽出されていたものです。

さらに1986年には最初のヒト用組換えワクチンであるB型肝炎ワクチンが承認されており、これ以後、多くの遺伝子組換えによる医薬・ワクチンが導入されています。

ヒトを遺伝的に「改良」することは倫理上の重大問題だとする意見がある一方、体の一部の細胞に必要な遺伝子を導入して、不足・欠失している機能を補う遺伝子治療は有望視され、すでに治験段階に入ったものもあります。

例えばゲノムプロジェクトの進展により、遺伝子科学は新しい段階に入っています。ゲノムプロジェクトとは、シークエンシングによって生物のゲノムの全塩基配列を解読し、タンパク質コード領域やその他のゲノム領域のアノテーション(あるデータに対して関連する情報を注釈として付与すること)をつけることを目的としたプロジェクトです。

当初はヒトをはじめ、マウスや線虫などのモデル生物が主な対象でしたが、多くの生物種に対象は拡大しています。各国の公的研究機関がチームを組んでプロジェクトを進行させるケースが多いようですが、現在ではイネや小麦などの主要農産物については民間企業による解読も進められています。

存在が明らかになっても機能が不明な遺伝子が増え、これを調べる研究、これは逆遺伝学と呼ばれますが、これらは生物学でますます重要性を増しています。

また生物学の関心は個別の遺伝子・タンパク質から、膨大なタンパク質の間の相互作用ネットワーク、およびそれと各種生命現象との関係に移りつつあります。これらの研究にも遺伝子操作技術は不可欠です。

先述のブレイン・マシン・インタフェースの応用で、脳や神経系へのインプラント技術である、「脳コンピュータインターフェイス」というのもあります。人と機械の意思や情報の仲介のためのプログラムや機器であるマンマシンインタフェースのうち、脳波を解析して機械との間で電気信号の形で出入力するためのプログラムや機器のことです。

これは脳の神経ネットワークに流れる微弱な電流から出る脳波を計測機器によって感知し、これを解析する事によって人の思念を読み取り、電気信号に変換する事で機器との間で情報伝達を仲介するというものです。

筋萎縮性側索硬化症患者や事故などで、脊椎の損傷による部分・全身麻痺となった人がコンピュータ画面上でのマウスポインタの使用、文字入力、ロボット・義手・車椅子などを自由自在に操作することが実現されています。

このほか、脳以外の器官を端末と捉えることでの医療も出現してきており、応用例としてパーキンソン病やうつ病の治療にも脳深部刺激療法として実用化されています。

しかし、人間の精神における強化技術において、究極ともいえるものはやはり「精神転送」でしょう。

これは、脳を詳細にスキャンまたはマッピングすることで、ヒトの意識または精神を無機的なもの(コンピュータ)に転送またはコピーするという考え方です。人間の心をコンピュータのような人工物に転送することを指すため、精神アップロード(Mind uploading)などとも呼ばれます。

精神をコンピュータに転送する場合、それは一種の人工知能の形態となると考えられます。人工的な身体に転送する場合、意識がその身体に限定されるなら、これは一種のロボットともいえます。いずれにしても、転送された精神の元の本人であるように感じるなら、こうした技術によって作られたコンピュータは「人権」を主張すると考えられます。

ロボット工学を使った身体に精神をアップロードすることは、人工知能の究極の目標の一つでもあります。この場合、脳が物理的にロボットの身体に移植されるのではなく、精神(意識)を記録して、それを新たなロボットの頭脳に転送します。

この「精神転送」という考え方は、個人とは何か、霊魂は存在するかといった多くの哲学的疑問を生じさせ、多くの論者を惹きつけています。もっとも、精神転送が理論的に可能だと判明したとしても、今のところ精神の状態を複製できるほど精密に記録する技術はありません。

またコンピュータ上で精神をシミュレートするのにどれだけの計算能力と記憶容量を必要とするかさえも分かっていません。従って、現時点では精神転送は未だ机上の空論でしかないといえます。

このように精神転送を実現する技術はまだ存在しませんが、ただ、理論的な精神転送手法はいくつも提案されてきており、具体的な取り組み例も既に存在します。

紙面の関係でその例については詳しくは書きませんが、一例だけあげると、2005年にIBM とスイスのローザンヌ連邦工科大学は、人間の脳の完全なシミュレーションを構築する「Blue Brainプロジェクト」を開始することを発表しています。

このプロジェクトは IBMのスーパーコンピュータを使って、脳の電気回路を再現するもので、人間の認知的側面の研究と、自閉症などの神経細胞の障害によって発生する様々な精神障害の研究を目的としているそうです。

こうした精神転送に関する実際の動きがあるほか、精神転送が実現可能だとする信奉者は世界中に少なからずいるようです。彼等はムーアの法則を引き合いに出して、必要なコンピュータ性能がここ数十年の間に実現すると主張しています。

ムーアの法則とは、コンピューター製造業における歴史的な長期傾向について論じた1つの指標であり、経験則、将来予測です。米インテル社の共同創業者であるゴードン・ムーアが1965年に自らの論文上に示したもので、ムーアはこの論文を書く際、集積回路上のトランジスタ数の進化を参考にしたとされています。

これは「18か月(=1.5年)ごとに倍になる」というもので、これによれば技術の進化は、2年後には2.52倍、5年後には10.08倍、7年後には25.4倍、10年後には101.6倍、15年後には1024.0倍、20年後には10 321.3倍ということになります。

ただし、精神転送がこのペースで進化していくためには現在までに主流となっている半導体集積回路技術をさらに越えた技術が必要となります。

こうした技術としては、いくつかの新技術が提案され、プロトタイプも公開されています。例えば、リン化インジウムなどを使った光集積回路による光ニューラルネットワークがあり、2006年にインテルがこれを公表しています。

また、カーボンナノチューブに基づいた三次元コンピュータも提案されており、個々の論理ゲートをカーボンナノチューブで構築した例が既にあります。また、量子コンピュータは神経系の正確なシミュレーションに必要なタンパク質構造予測などに特に有効と考えられています。

最終的に、様々な新技術によって、必要とされている計算能力を超えることは可能と予測されていて、技術的特異点に向けての技術開発の速度は加速していき、比較的素朴な精神転送技術の発明によって2045年ごろには技術的特異点が発生すると予測されているそうです。

このとき、私は80歳代後半ですが、まだ生きているかもしれません。が、私と同じような変人の頭脳を持ったコピーが世界中にはびこったら、人類は大いに迷惑するでしょう。

私だけでなく、ほかにもこうした変人が増えるかもしれず、精神転送にはやはり様々な倫理的問題があります。精神転送技術が実現したとき、財産権、資本主義、人間とは何かといった人間の根本にかかわる問題や、神が人間を創ったとする宗教の観点からの概念とは当然のことながら競合が起こるでしょう。

精神転送はまた、移植などの身体的延命や身体改良が倫理上許されるかといった問題の延長上にある技術でもあります。「生命倫理学」の範疇の世界であり、現在では夢物語ばかり書かれてあるサイエンス・フィクションにもまた、将来的にはこういった問題を扱う役割が出てくるでしょう。

さらに別の問題として、アップロードされた精神がオリジナルと全く同じ思考や直観を持つのか、それとも単に記憶と個性のコピーにすぎないのか、という問題もあります。この違いは第三者にはわからないだろうし、当人にもわからないかもしれません。

しかし、人の思考や直観が失われるとしたら、脳スキャンで精神転送した人格を消去するということ、これは殺人を意味します。このため、精神転送に反対の立場をとる人も多いようです。

ただ一方では、精神転送の技術を応用すれば、個人の精神(意識)のバックアップをとることができます。そして、あなたや私が死んだとき、そのバックアップから自分の精神の複製を永遠に保存することができるのです。

さて、あなたはご自分の精神を残したいですか?