マレーシア航空機が行方不明になって、昨日でちょうど一カ月になります。
報道によれば、ブラックボックスからの信号音を長時間にわたってオーストラリアの艦船がキャッチしたとのことで、これが行方不明機のものだとすれば、その発見も間近に迫っていることになります。
もしこの信号が深海に沈んだ行方不明機からのものだとすると、今後はその発信源であるフライトレコーダーやボイスレコーダーなどの引き揚げが焦点になってきますが、この際に問題になるのがこの海域の水深です。
インド洋南部のこの海の深さは4500mもあるとされており、もしここにくだんのブラックボックスが沈んでいるとすれば、その回収にはの投入が必要になってきます。
この深さを潜れる潜水艦は世界でも指折りしかなく、日本のしんかい6500のほか、フランス、ロシア、中国ぐらいしか持っていません。
アメリカは意外とこの分野では出遅れていて、1964年の就役したアルビンという潜水艇を持ってはいるのですが、潜水深は2,400mまで潜れるにずぎず、とても4000m以上には対応できません。
一番可能性があるのは、この飛行機にも多くの乗客が乗っていた中国の潜水艇でしょう。
「シーポール級潜水艇」というのを持っていて、水深7000m未満の海域まで潜れるといい、その最新型の「蛟竜号」は3人乗りで、2012年6月24日には7,020mに到達し、1989年に6,527mを達成した日本のしんかい6500の記録を抜いています。
しかし、聞くところによるとかなり視界の悪い潜水艇のようで、乗組員の生命維持装置なども、有人宇宙船の神舟号のものを流用しているということであり、どうも実験船というかんじがします。
ただ単に深くまで潜れればいいということではなく、不明機の探査ということになると、深海での操縦性などの機動力も問題になってくると考えられ、本当にこれが使える船なのかどうかは未知数です。
また、マレーシアと中国は、伝統的な友好国ですが、中国は近年、東南アジア各国が自国領としている南シナ海の島などを中国領土と主張しており、マレーシアなどの東南アジア各国と軋轢を強めています。
マレーシアも例外ではなく、中国はマレーシアの排他的経済水域にあるジェームズ礁を「最南端の領土」と主張しており、2013年3月には中国軍艦がジェームズ礁近海に入り、マレーシア側に威嚇発砲を実施したことがあります。
2014年1月には中国の揚陸艦1隻と駆逐艦2隻がジェームズ礁近辺で主権宣誓式を実施するなど、中国側は動きを強めており、マレーシア側も中国に対する反発を強めつつあるようです。今回のマレーシア機の捜索にあたっても、マレーシア側の捜索の初動体制の不備をめぐってかなり両国関係はぎくしゃくしているようです。
ただ、飛行機が不明になったのは公海域と思われることから、中国は独自ででも探査に乗り出すかもしれず、この場合、マレーシアが中国以外の別の国に依頼して、それぞれが別々に不明機の探査を行う、ということも考えられます。
日本は、上述のしんかい6500を保有しているほか、最大潜航深度7,000mまで潜航、調査することができる無人探査機「かいこう」などを保有しており、「かいこう7000II」は、1999年11月に小笠原沖水深2,900mの海底に沈んだH-2ロケット8号機の捜索に出動し、エンジン部品を発見した実績があります。
今回の行方不明機の捜索にあたっては、日本からも自衛隊機などが出動しており、マレーシアとも友好関係がある我が国がこのを出す可能性は結構あるのではないかと思われます。
しかし、しんかい6500の運用には、その支援母船の「よこすか」などの航行が同時に必要であり、しんかい6500はこれに搭載されて調査海域まで運ばれます。これらワンセットの運用による一度の潜水に数千万円の費用が必要となることから、日本政府がその多額の出費を伴う要請をはたして飲むかどうかは少々疑問です。
もっともマレーシア側が金を出す、というのなら話は別です。こうなると、日本だけでなく、ロシアやフランスの探査船の可能性もなくはなく、とくにフランスの保有しているノティールというは、2009年6月のエールフランス447便墜落事故に際しては墜落機のブラックボックス捜索に従事し、これを見事に見つけています。
フランスは昔からこうした潜水艇の優れた建造技術を持っていて、その中でもオーギュスト・ピカールによって発明されたバチスカーフが有名です。推進力をもち深海を自由に動き回ることが可能というこの深海潜水艇の登場は世界を驚かせました。
バチスカーフとはフランス語ではなく、ギリシア語の単語”bathys”(深)と”skaphos”(船)を組み合わせて”bathyscaphe”と命名されたものです。
1960年、このバチスカーフの第二号艇のトリエステ号は、ピカールの息子ジャック・ピカールとドン・ウォルシュ大尉の操縦によって地球表面で最も深い地点、すなわちマリアナ海溝のチャレンジャー海淵の35,798フィート(10,911メートル)の地点に到達しました。
こうした技術を用い、フランス国立海洋開発研究所によって作られたノティールは1984年に就役。深さ6000メートルまで潜水可能です。
正副パイロットと科学研究スタッフの3名が乗り込むことができ、長さ8メートル、幅2.7メートル、高さ3.81メートルで、耐圧殻はチタン合金で作られています。
船尾のメインプロペラのほかに船体の前後左右に4つのスラスターを装備することで高い運動性を実現し、3つの観測窓の他に、静止画像カメラ2基、カラービデオカメラ2基のほか、深海を明るく照らす投光機も装備しています。
さらにリモート操作によるロボット・アーム2本により海底の標本採取や各種水中作業をこなすことができ、エールフランス機のブラックボックスもこれによって回収されました。
初めての本格的な調査任務は1985年に行われた日本とフランスの共同調査「KAIKO計画」であり、日本海溝などに27回の潜航を行って地震の元となる海底の断層調査などに大きな成果を挙げました。
銚子沖の海底で沈み込みプレート境界をはじめて直接視認し撮影することにも成功しており、襟裳海山に海底地震計・海底傾斜計を設置するなど、日本のプレートテクトニクス研究にもお大きく貢献しました。その潜航能力を活かしてノティールは科学調査以外の様々な任務に携わっており、ほかにも1987年のタイタニック号の残骸調査などが有名です。
このノティール号が発見したブラックボックスを搭載していたエールフランス447便は、乗客216人、乗員12人を乗せ、2009年の5月31日にブラジル・リオデジャネイロのアントニオ・カルロス・ジョビン国際空港を出発しました。定刻では、フランス・パリのシャルル・ド・ゴール国際空港に現地時間の6月1日の午前中に到着する予定でした。
ところが、6月1日の午前零時を2時間ほど回った午前2時ごろに最後の交信が行われた後、消息を絶ちました。この最後の交信では機内の与圧が低下したとの交信があったとのことで、その後、電気系統の異常を知らせる自動メッセージが同機から発せられていました。
当時の航路上では落雷を伴う乱気流が発生していたといい、また、同時間帯に現場付近を飛行していたTAM航空やエア・コメットの乗客・乗務員が「炎に包まれたもの」・「強烈な閃光」を機内から目撃しています。
この失踪を受け、ブラジルやフランス、スペインなどの各軍隊が、消息を絶ったブラジル沿岸から北東約365kmのフェルナンド・デ・ノローニャ周辺で捜索を行いました。
その結果、6月2日にブラジル空軍がセントピーター・セントポール群島付近の大西洋上で座席やジェット燃料など航空機のものと思われる残骸を発見。その後、ブラジルのネルソン・ジョビン国防相はこれらの残骸がエールフランス447便のものであると断定し、この海域に墜落したと発表されました。
その後、ブラジル軍が現場海域で乗客と見られる遺体やエールフランスの社名が入った座席や機体の残骸、447便の搭乗チケットなどの遺品を相次いで発見し、6月8日には機体の垂直尾翼が回収されました。
この捜索で、フランス海軍は観測艦に搭載している水中探査機や原子力潜水艦を動員して機体の残骸やフライトデータレコーダーの捜索を行いました。その結果、最終的には、600点近い機体の残骸と51人の遺体が回収されましたが、ブラックボックスは発見できないまま、いったん6月26日に機体の残骸と遺体の捜索を打ち切られました。
その後もなお、ブラックボックスの捜索及び回収はフランス軍主導で続けられ、7月2日にはいったん打ち切られましたが、翌年の2010年2月より再び捜索を再開。2011年4月3日にエンジン及び主翼の一部を発見したことをフランス運輸相が発表し、続いて5月1日にブラックボックスの回収成功が発表されました。
事故機となったこのエールフランスのエアバスA330は、双発ワイドボディ機で、447便の事故が発生するまで全損した死亡事故は1機だけで、しかもこれは1994年6月にエアバス社で試験飛行中の機体で発生したものでした。
その後各国の航空会社に提供されるようになり、有償飛行中の機体には何らトラブルが発生したことはなく、またパイロットのイスなどによる員損失事故はまったく発生していないなど、高い性能が評価されかけていました。それだけに、その製造開発を手掛けたエアバス社を事実上保有しているフランス政府にとっては大きな衝撃でした。
また、生存者はその後も発見されなかったことから、全員が犠牲になったとされ、エールフランスの75年の歴史においてもこの事故は最悪のものとなりました。
それだけに、事故の原因究明にあたってフランス政府は国威をかけてあたったようで、もう回収は不可能といわれる中、年を越したあとも運用に多額の金のかかる潜水艇を使ってまでブラックボックスの回収にあたったことも、その必死さの表れでした。
事故機には、3人の操縦士と客室乗務員9人、計12人が乗務しており、乗客は、126人の成人男性、82人の成人女性のほか、7人の子ども、1人の乳児でした。その国籍はブラジル人58人、ドイツ人26人などでしたが、フランス人は61人と最も多く、このこともその捜索活動を熱心にさせた要因でしょう。
乗客のブラジル人の中には、旧ブラジル皇帝家の子孫の1人で、将来的にブラジルの帝位請求者となることが確実視されていたペドロ・ルイス・デ・オルレアンス・イ・ブラガンサ氏の搭乗も確認され、話題となりました。
このほか、ミシュラングループのフランス人の幹部社員1人と、ラテンアメリカの最高経営責任者を含むブラジル人の幹部社員2人、ドイツの鉄鋼会社ティッセン・クルップのブラジルの関連企業のCSAの社長、そして中華人民共和国の国営報道メディアの8人なども乗っていたといいます。
ブラックボックスが回収されるまでは、その事故原因について、現場付近を飛行していた航空機の乗客・乗務員などから「炎」や「閃光」が目撃されたという情報があったことから、落雷が発生し電気系統が故障したのではないかという説や乱気流に入る際の速度を誤ったのではないかという説がありました。
また、消息を断つ直前に事故機の速度計に異常が発生していた説、エールフランス社がエアバス社に勧告されていた速度計の交換を行わなかったためではないかという説などが浮上しましたが、確固たる物象がないためそのいずれもが決め手に欠けました。
しかし、ノティールの活躍によってブラックボックスが回収され、ここから取り出されたフライトレコーダーは、仏航空機事故調査局(BEA)によって解析され、その結果、墜落の詳細が次第に明らかになっていきました。そしてまず最初に発表されたのは、このエールフランス機の片方のピトー管が着氷したという事実でした。
ピトー管というのは、航空機の速度を計測する装置で、その構造は二重になった管からなり、内側の管は先端部分に、外側の管は側面にそれぞれ穴が空いていて、二つの管は奥で圧力計を挟んで繋がっており、その圧力差を計ることができるようになっているものです。
言ってしまえばただの管にすぎない単純構造であり、このピトー管の一方に氷が付着することにより、飛行機の左右の翼に合わせて2つ付いている速度計が異なる値を示すことになりました。
このため、機体のコンピュータはこの異常を感知し、異常をパイロットに知らせ、自動操縦を解除してマニュアルにするようと警告音を発し始めました。ところが、このときたまたま機長は休憩中であり、機長席に座っていたのは3人の操縦士のうちの最も経験の浅い副操縦士でした。
この副操縦士は、指示に従ってマニュアルに切り替えましたが、この時点でさらに失速警報が鳴り始めました。失速した際は通常機首を下げるべきでしたが、このときこの副操縦士はなぜか操縦桿を引き、フルスロットルとしたため仰角が増し続けました。
機長が戻った時には、時すでに遅く、3度目の警報が鳴って完全な失速状態にあり、エールフランス447便は、失速状態のまま海面に激突し、バラバラになったことなどが、このフライトレコーダーの解析からわかりました。
一方、ボイスレコーダーには、墜落の3秒前、乗務員の1人が「なんてことだ、墜落するぞ、ありえない」と叫んでいた音声が記録されていました。また副操縦席のもう1人のパイロットが「上昇しろ」と叫んだのに対し、もう一人が「さっきからずっと操縦桿を引いている」と言っていたことも判明しています。
エアバスA330-200は、操縦輪式のボーイング機とは異なり、正福のパイロットがそれぞれ握る操縦桿が連結していない形式でした。このことから、お互いがこのとき行っていた操作をそれぞれが理解していなかったことが想像されました。
また、この二人は、失速の際の警報についてまったく話し合っていた様子はなかったそうです。そしてこれは、失速して落下するとき、迎角が瞬間的に0になることでこの機体が一瞬失速警報が鳴りやむしくみになっており、このため二人は失速という重大な事態に至ってないと判断していたのではないかということも考えられました。
失速警報がたびたび鳴っているにもかかわらず適切な操作が行われておらず、「失速状態にあることをしっかり認知していなかった」と指摘されており、また副操縦士は高高度における”計器速度の誤表示”への対応と、マニュアルでの機体操作訓練を受けていなかったことも後に判明しました。
2012年7月5日、仏航空事故調査局(BEA)は、事故原因を速度計(ピトー管)の故障と操縦士の不手際が重なったこととする最終報告書を発表し、フライトレコーダーとボイスレコーダーの二つの回収という成果によってこの事件は決着を見ました。
こうしてエアーフランス機の事故の原因は明らかになりましたが、今回のマレーシア航空の失踪と比較して異常なのは、エアーフランス機のときには比較的早期に機体の一部や遺体などが発見されたのに、今回はまったくこれらが回収されていないということです。
中国政府などが、漂流物らしき物が写っているとして公表した衛星画像なども、異様に大きいことなどについて疑問視され、その後中国からマレーシアに対して「誤って公表されたもの」との連絡があったといいます。
中国が新型艦船や、高解像度の衛星画像を提供する目的の一つは、軍事力の誇示であることなども指摘されており、この衛星画像もただのパフォーマンスだったのかと思わせます。
が、私の記憶が正しければオーストリアからも同様に衛星画像が得られたとの発表があったはずであり、もしかしたら、難破した船の残骸などが誤認されたのかもしれません。
いずれにせよ、このマレーシア航空機が本当に墜落したかどうかについての確証は何一つ得られていないわけであり、それだけに、オーストラリアの艦船がキャッチしたという今回の信号音に期待が集まっています。
いずれその音源の位置が確定されれば、深海潜水艇を持つ日本やフランスへの要請も現実のものとして浮上してきるでしょうが、それが実際のものとなるかどうかは、ここ数日のうちに明らかになってくることでしょう。
日本は1989年に運用を開始した、しんかい6500以降の有人の新たな開発を凍結しており、新しい船を建造する予定は今のところまったくないようです。
不況により財政が厳しいことが原因のようですが、このマレーシア航空機調査にはぜひ参加して成果を上げてもらい、そのことで国際的にも高い評価が得られればまた政府も考えなおすのではないでしょうか。
海好き・船好きの私としては、行方不明機の発見もさることながら、この事件をきっかけとした新しい潜水艇の登場が楽しみです。