はやぶさの失敗

2014-2375梅雨だというのに上天気です。サッカーのワールドカップが始まりましたが、それどころではありません。お出かけして、さんさんと降り注ぐ太陽の光を浴び、緑を満喫しましょう。

さて、4年前の今日、小惑星探査機「はやぶさ」が7年ぶりに地球に帰還してきました。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)が打ち上げた小惑星探査機で、惑星間移動の切り札として期待される新型イオンエンジンの実証試験を行いながら2005年夏にアポロ群の小惑星イトカワに到達。その表面を詳しく観測し、サンプル採集を試みた後、のべ60億 kmの旅を終え、地球に大気圏再突入しました。

正確な大気圏への突入時間は、2010年6月13日22時51分で、その5分後、管制室でカプセルからの電波信号(ビーコン)が受信され、パラシュートが開いたことが確認されました。

カプセルは23時8分頃にオーストラリア南部の砂漠に着陸したと推定され、着陸予想地点の周囲に展開していたJAXAの探測班は、ビーコンの方向から落下位置を推定し、発熱による赤外線を頼りにヘリコプターによる捜索を行い、オーストリア南部の「ウーメラ」という町の北西約200キロで地球に帰ってきたカプセルを発見しました。

このウーメラ近郊には、127,000平方キロメートルという途方もない広さを持ち、世界最大の地上軍実験・演習施設および航空宇宙施設である、「ウーメラ立入制限区域」があります。
ウーメラ自体もここで実験を行う人達の利便のために造られた町であり、立入制限区域内にはロケットの部品や発射体および不発弾があちこちにころがっている、という場所です。

「はやぶさ」のカプセル帰着の際には、この制限区域内への誘導が画策され、大気圏突入前には制限区域内の道路が2時間にわたり封鎖されましたが、結局はやぶさはここへは落ちませんでした。

はやぶさが落ちた場所は砂漠地帯であり、また、先住民アボリジニーの聖地でもありました。このため、彼等に配慮し、翌14日午前中に改めてアボリジニーの代表をヘリに乗せて再度現場を視察し、了解を得た後、宇宙機構のチームが地上からクルマでカプセル回収に向かいました。

回収にあたっては、カプセルに付いている火薬などの危険物が安全な状態かどうかを調べるなど手間がかかり、この収納作業には約4時間を要しました。そして安全が確認されたのち、無事カプセルは専用のコンテナで現地の拠点施設まで移送され、その後厳重に管理されながら、日本に移送されました。

これ以前にも日本の宇宙機が自力で大気圏再突入に耐えた例はいくつかありますが、回収まで予定通りに成功したのは、このはやぶさ以外では、2003年に回収されたUSERSカプセルだけでした。7年ぶり2度目のことであり、打ち上げ当時はISASと呼ばれていたJAXAが機構変更後に回収した衛星・探査機としては初のものとなりました。

なお、USERSというのは、“Unmanned Space Experiment Recovery System”の略で、地球周回軌道上から 宇宙実験成果物を帰還回収させることができる、日本で初めて実用化された無人の宇宙船です。

宇宙船といっても、小型の衛星サイズであり、USERSとは、この飛行体を宇宙から地球に無事に帰還させるソフトや地上の装置を合わせたシステムの総称です。

その内部にある実験スペースを使用して、一般の企業、大学の研究者が宇宙実験を行うことが可能であり、これにより日本は、宇宙ステーション等の外国の手段に頼らない独自の宇宙実験システムを有し、かつ宇宙実験の成果物を無人で地上に持ち帰ることを可能にしました。

USERS初号機では、宇宙の微小重力環境を利用して、地上では実施することが難しい超電導材料製造の実験が行われました。

その打ち上げは2002年9月であり、H-IIA3号機で軌道上約500kmに打ち上げられ、約8ヶ月後の2003年5月、超電導材料製造実験により得られた成果物を乗せ、大気圏の過酷な環境をくぐり抜けて小笠原東方沖の海域に無事着水し、これまで未知であった超電導材料製作手法の知見を得ることができました。

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はやぶさの成功はこれ以来になりますが、今回の回収では海ではなく、陸上になったのは貴重なサンプルが入ったカプセルを確実に回収するためです。海上では場合によっては時化などによってカプセルが失われてしまう可能性があります。

また、落下地点がオーストラリアの砂漠になったのは、はやぶさを地球外縁部(高度約630 km)への精密誘導した際、その後の軌道修正によって最終的に落下させる地点を、周囲にビルなどの人工構造物が多い地域、あるいは湿地帯やジャングルのようなアクセスが困難な場所にしたくなかったためです。

発見されたカプセルは、オーストラリアのラボに持ち込まれ、クリーンルームで爆発の危険性がある装置と電子回路を取り除いた後、窒素を満たしたポリエチレンの袋に入れた上で内箱に収納。さらに衝撃吸収用のボールを並べた免震箱に入れて熱シールドと共にチャーター機で日本に輸送され、17日深夜に羽田空港に到着しました。

さらに18日にトラックでJAXAの相模原キャンパスの研究棟に搬送された後、カプセルは、CTスキャンによる精密検査が行われ、容器に亀裂などがないことが確認されたのち、昼夜連続で念入りに清掃が行われ、22日に開封されました。

ここまで念入りに清掃をしたのは、カプセル外についているゴミなどの地球上にある物質と、イトカワから持ち帰られたかもしれない貴重なサンプルと混同されないようにするためです。

サンプルが収納されていたコンテナはA・Bの二つがあり、まずサンプル容器室Aが開封されました。この結果、7月5日、JAXAはカプセル内のサンプルコンテナから肉眼で確認できる直径1ミリメートルほどの微粒子十数個と、容器室A内壁から直径10マイクロメートルほどの微粒子2個を顕微鏡で確認したことを発表しました。

その後、カプセル内の内側を舐めるように調べていったところ、発見された粒子の数も増えていきました。さらに電子顕微鏡で観察できるサイズの特殊なテフロン製ヘラを開発し、容器の壁面をこすって微粒子を採取するようにしたところ、さらに10マイクロメートル以下の微粒子を約3,000個ほどを回収することができました。

11月16日までには、A室内から回収した微粒子のうち約1,500個が岩石質であることが判明。ただ、これらの微粒子が地球上で混入したものなのか、本当にイトカワ由来なのかは研究室内での簡易分析だけでは判断できないと思われ、もっと詳細な分析ができる本格的なラボに持ち込む必要性があると考えられました。

ところが、簡易的なX線分光分析の結果だけでも、この持ち帰られた物質の組成が地球上の岩石では見られないものであることがわかり、この物質のスペクトルは「コンドライト」の組成と一致しました。

コンドライトとは、「コンドリュール」と呼ばれる物質を含む岩石質の隕石のことで、コンドリュールは多くの隕石中に見られます。コンドリュールを含む隕石を「コンドライト隕石」と呼び、含まれるコンドリュールの大きさや、含有量でさらにコンドライト隕石は分類されます。

コンドリュールは1500℃から1900℃に達する急な加熱の後、急速に冷却されたことによってできたと考えられており、これらの微粒子同士がくっついて、隕石の母天体である小惑星に成長する以前に、宇宙空間で形成されていた物質と考えられています。

こうした結果から、このサンプルは間違いなくイトカワから持ち帰られたものと確認がとれ、また、これまでも光学観測からイトカワの組成はこうしたコンドライトと近い物質であると推定されていたことが実証されました。この結果は同日に公表され、世間を大いに沸かせました。

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その後、12月7日には、さらにサンプル容器B室が開封されました。サンプルコンテナAでの実績では、テフロン製ヘラによる採取では、微粒子がヘラに付着して取れなくなってしまうということもあったころから、今回は、サンプルキャッチャーをひっくり返して振動を与え、石英ガラス製の円盤に粒子を落下させるという方法が試されました。

この結果、今度は大きなもので300マイクロメートルを超える粒子を回収することができ、翌年の2013年3月15日までには、さらに400個ほどの粒子が回収されました。

回収された粒子は初期分析のため国内の各研究機関に配付された他、NASAや公募によって決まった各国の研究機関にも提供されることが決まり、さらに一部のサンプルは将来、もっと分析技術が進歩したときに改めて分析をすることになり、手つかずのまま保存されることになりました。

結局、各研究機関における粒子の初期分析はその年一杯かかり、翌年の1月になってようやく「SPring-8」での本格的な分析が始められました。SPring-8(スプリングエイト)とは、兵庫県の播磨科学公園都市内にある大型の「放射光分析施設」です。

輝度・エネルギー・指向性などの点で世界最高クラスの放射光を発生させることができ、これをイトカワから得られた微粒子にぶつけて、X線領域の光や、よりエネルギーの低い赤外線を発生させ、これを分析することによって、より詳しい組成を調べることができます。

こうした科学分析だけでなく、一般の犯罪捜査などに使われることもあり、最近では和歌山毒物カレー事件での毒物分析に使われたことがあり、またオウム真理教の事件では警察庁長官狙撃事件の重要人物とされる巡査長のコートやメガネの付着物分析に使用されました

このスプリングエイトによる分析はいまだ続けられており、昨年3月にアメリカで開かれた第42回月惑星科学会議でその分析結果の中間報告が発表されましたが、最終的な報告書上程はまだまだ先になるようです。

しかし、いずれにせよ、はやぶさが地球重力圏外にある天体の固体表面に着陸し、ここからサンプルを持ち帰ったことは間違いなく、これは大きな偉業であるとして、JAXAは内外に喧伝しています。

ただ、地球重力圏外にある遠くの天体から世界で初めて、サンプルリターンに成功したのは、2006年にカプセルを帰還させたアメリカの彗星探査機スターダストです。とはいえ、スターダストは、天体の固体表面に着陸したわけではなく、宇宙空間に漂うチリを捕獲したもので、はやぶさのように天体着陸はしていません。

また、スターダストの探査は氷の粒をまき散らしながら消えゆく彗星対象でしたが、はやぶさのミッションは、たとえ小さくても「惑星」対象であり、小惑星といえどもここに直接着陸・離陸し、地球に還ってきたというのは、確かにすごいことです。

しかもイトカワは平均半径が約160メートル、長径500メートルあまりしかない小天体であり、これは、従来の惑星探査機が探査を行った中で最も小さな天体であり、地球を50mのガスタンクに例えると、イトカワは1.3mmの仁丹サイズにすぎません。

またイトカワは楕円軌道を持っていますが、近日点では1億4256万kmも離れており、遠日点で2億5356万kmものはるかかなたにある天体であり、これにピンポイントで着陸を成功させるというのは、ちょっと考えただけでもすごいことだということがわかります。

もっとも、こうした小惑星へのチャレンジは1990年代から始まっており、初の小惑星探査機は1991年にガスプラという小惑星を探査した、アメリカのガリレオでした。また1996年打ち上げの同じくアメリカ発のリニアシューメーカーも小惑星を周回し、軟着陸を成功させました。が、いずれもはやぶさのように帰還はしていません。

従って、小惑星に着陸後、離陸・帰還したということになると、世界初の探査機はやはり、はやぶさということになります。

しかし、です。世界に誇る宇宙開発技術、と文部科学省が胸を張るほど、このはやぶさは大成功を収めたとは言えないのではないか、という批判があります。実際、はやぶさはそのミッションにおいて多くの失敗を重ねており、それを乗り越えての帰還は評価されるべきものですが、サンプルリターンはそのおまけ、と酷評する人もいます。

はるかかなたの天体にピンポイントで探査機を着陸させ、しかも戻ってこれたというのは、確かにすごいことではあるのですが、その過程においては数々の致命的なミスを犯しており、サンプルを持ち帰ることができたのも、怪我の功名ではないか、といわれます。

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たとえば、着陸着陸といいますが、そもそもはやぶさのイトカワへの着陸は予定されていたものではありませんでした。はやぶさには、火薬で弾丸を発射し、これをイトカワに高速で打ち込んで、舞い上がる粉塵を吸い上げる機能が付いていました。

これを行ったのち、すぐにイトカワを離れることになっていため、これは、「タッチ&ゴー」にすぎず、着陸というよりは「タッチダウン」と呼ぶべきものでした。

また、はやぶさは、イトカワに2度も、タッチダウンしているにも関わらず、最初のタッチダウンでは何も回収できていません。

この最初のタッチダウンでは、後の分析でわかったことですが、30分もの間、イトカワにどっしりと座っていたことがわかっています。

意図としての出来事ではなく、これを果たして着陸と言えるのかどうかもありますが、ましてやそれよりも、この間何も動作していなかったことがわかっており、ちゃんと仕事せんかーい、と突っ込みたくもなってしまいます。

最初のタッチダウンの際、はやぶさはまず、ターゲットマーカーを分離しました。ターゲットマーカーというのは、はやぶさへの接近を安全に行うために、着陸地点となるイトカワ上にポトリと落す物体で、重力の小さなイトカワ上で弾まずに確実に定着するよう、薄いアルミ製の袋にフィルム材料を粒状にしたものを中に納めています。

お手玉サイズの構造体で、転がり防止用の4つのとげが付けられており、これをはやぶさが空中から広角カメラでフラッシュ撮影し、その反射光を確認しながら、正確位置を計算し、ピンポイントでそこに着陸させます。

ターゲットマーカーを先に着陸地点となるイトカワ上に落としておき、ゆっくり接近しながら、フラッシュで照らした画像から自分の位置を内蔵コンピュータで計算し、姿勢制御するしくみですが、イトカワはこの処理を複数回行って、予定通り1回目のタッチダウンに挑戦しました。

この最初のタッチダウンでは、その後の解析によって、「はやぶさ」はなんと小惑星への「着陸に成功」していたことが分かりました。ただしこのときは、サンプルを吸い上げるための筒である、「サンプラーホーン」が小惑星の表面に接触する前に、コンピュータがイトカワ表面の何かを障害物として検出してしまい、「危ないので逃げよう」と判断しました。

前述のとおり、タッチダウンの際、はやぶさに火薬で弾丸を発射し、これをイトカワに高速で打ち込む予定でしたが、タッチダウン中止指令の中には、この弾丸の発射中止の命令も入っていましたので、このときは弾丸を撃ちませんでした。

ところが、タッチダウンの指令が送られたのに、なぜかその後「はやぶさ」は小惑星を離脱せずに、そのまま小惑星に降下し続けました。原因はよくわかっていないようですが、このため最初にホーンの先端が表面に接触し、2回バウンドした後に、コテンと小惑星の表面に倒れて、30分ほどその場に居座ってしまったのです。

はやぶさには、地球との通信を行うアンテナは3種備わっており、これらのアンテナははやぶさの制御装置と地球の地上局との間を電波通信によって接続するのに用いられていました。また、探査機の姿勢や電力状況によって3種のアンテナは切り替えられ、いずれか1つが常に地球との通信を維持するようになっていました。

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間の悪いことに、ちょうどこのときは、このアンテナの受信状態を切り替えるときで、はやぶさは地球からの、「どうしたんだ、何をやっているんだ?」という問いかけを受信できず、その返事を寄こさなかったため、地上局側は着陸の事実を把握できませんでした。

その後アンテナの切り変えが終ったのにもかかわらず、通信途絶が長すぎることを不審に思った管制室は緊急指令で上昇を命じ、ハッと我に返ったはやぶさは離陸を開始しました。

ところが、管制室側ではまさかはやぶさが着陸を果たしているとはつゆ知らず、しかしそれを知らなかったとはいえ、月以外の天体においていったん着陸した探査機が再び離陸を成し遂げたというのは奇しくも世界初の出来事となりました。

タッチダウン中止モードが解除されないまま降下してしまったはやぶさからは、この離陸の際にも当然弾丸は発射されませんでした。しかし、のちにはこのときの「不時着」の衝撃でイトカワの埃が舞い上がり、回収された可能性もあると考えられました。

2回目のタッチダウンは、この最初のタッチダウンの失敗を反省して、3度のリハーサルを終えたのちに開始されました。このときは、それまでの降下リハーサルの成果を発揮して、サンプラーホーンの先端が約1秒間だけ小惑星の表面に接触して、すぐに上昇するという、予定通りのタッチ&ゴーができました。

ところが、弾丸を撃つために必要な着地信号が正しく検出されたことも確認できたにもかかわらず、実際に弾丸発射の火薬が爆発したかどうかだけは確認できませんでした。

この火薬の爆発を確認する情報は、「はやぶさ」のメモリーに書き込まれます。しかし、小惑星表面から上昇して地球に通信を送り始めた頃、「はやぶさ」は燃料漏れを起こして姿勢を崩し、数日間、地球との通信が不通になってしまいました。

その後、通信は回復しましたが、地球との通信が途絶えた間に「はやぶさ」は一度凍りつき、もし発火したなら一時的なメモリーに書かれていたはずの火薬爆発の記録は失われてしまっていました。

しかし結局、その後残された情報から周辺状況を調査すると、弾丸はやはり発射されなかった可能性が高いことがわかりました。そしてもし、2回目のタッチダウンでも弾丸が撃たれていなかったら、当初の予定通り1秒ほどしか小惑星に接触していなかったので、サンプルはほとんど採れていないと考えらえました。

その後、はやぶさからは試料採取のための弾丸発射の火工品制御装置の記録が取得でき、それによれば、正常に弾丸が発射されたことを示すデータはやはり確認できず、弾丸は発射されなかった可能性が高いことがわかりました。

弾丸が撃ち込まれた衝撃で飛散するであろう「岩石のかけら」のような大きなものは採取できなかったわけですが、ただし、2回もタッチダウンしていることから、その衝撃で少量ながらも塵のようなものは採取できている可能性はあるとされました。

この想像は当たっており、地球に帰還したカプセルからは、岩石のような大きなものは発見されず、上述のような塵以下のサイズのものが回収されました。しかし、正常に弾丸が発射されていれば、もっとイトカワの組成がわかるような重要なサンプルが得られていたかもしれません。

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こうした点が、はやぶさの成功は怪我の功名だと批判されるゆえんですが、それ以上に、はやぶさはもうひとつ大きな失敗をしています。実は、はやぶさにはイトカワの表面を走り回るための、ローバーが搭載されていました。

MINERVA(ミネルバ)といい、これは、”MIcro/Nano Experimental Robot Vehicle for Asteroid” の略です。当初はアメリカ航空宇宙局 (NASA)が開発中だったローバーの搭載が予定されていたのですが、これがキャンセルされたため、それまで日本でのんびりと開発されていたものが、急遽準備されるようになったものです。

NASAが開発していたローバーは岩石組成を測定するために、赤外線とX線の分光器を搭載するなどの高度な性能を持っており、NASAはこれに約25億円をつぎ込み開発していました。が、近年の財政縮小によって、宇宙開発の事業費が削られ、このローバーの開発も中止となりました。

一方、JAXAのはやぶさ本体の開発コストは127億円でした。このNASAのローバーは、これだけでもこのはやぶさ開発費の1/5の値段であり、アメリカと同じく財政縮小が求められていた日本でも新たにこれと同じ費用をつぎ込むのはかなり難しい状況でした。

このため、はやぶさ打ち上げ事業には、「ミネルバ開発費」という予算は計上されず、正式なプロジェクトとしては扱われないことになりました。このため、開発費は技術研究費用からなんとか捻出されることになり、民生品や宇宙仕様品の廃棄部位の使用、宇宙用品の御用達メーカーによる無償提供などで開発コストが大幅に削減されました。

その費用は公表されていないのでよくわかりませんが、せいぜい1~2億円でできたのではないか、ともいわれているようです。

急遽搭載が決まったローバーであり、しかももともとは予定されていなかったために、ミネルバは当初、カウンターバランスの代わりになればいいさ、程度に考えられていたようです。

あまり期待されていなかった装置ではあるのですが、しかし、せっかくなら最小限の装備を載せようと、ミネルバには表面から突き出たピンに内蔵された6つの温度センサーが取り付けられ、これ以外にも、3つのカメラなどが搭載されるなど、それなりに智恵を絞った機能が搭載されました。

カメラは3つとも同じものであり、2つのカメラは同一方向に向けて隣同士に設置され、近くをステレオ視可能であり、これは主に小惑星表面を撮影する予定で、残り一つのカメラは2台のカメラと反対側に据え付けられ、はやぶさのタッチダウン時に上空から小惑星を撮影することを主目的とされました。

つまり、NASAのローバーのような岩石組成を分析できるような高度な機能はありませんでしたが、今まで誰も目視したことのない、小惑星の表面の様子を詳細に撮影できる装置であり、また着陸に成功していれば、小惑星を走破した世界初のローバーとしての栄冠を得ることができるはずでした。ところが、はやぶさはこのミネルバ放出にも失敗しました。

ミネルバは、着陸のために行われた3回のリハーサルのうちの、3回目で放出されました。本番ではなくリハーサルでミネルバの放出を行うことになった理由は、はやぶさ本体による小惑星からのサンプルリターンを目的とする本番時に、ミネルバ放出を同時に行う余裕はないと判断されたためでした。

そもそもこのプロジェクトは、はやぶさによるサンプル回収というミッションが主目的であり、その完遂を求められていた状況では、残された燃料は少なく、ミネルバを安全に着陸するためだけにリハーサルをもう一回追加する時間的余裕はありませんでした。

実は、はやぶさの2回目のタッチダウンを確実に成功させるためには、近距離レーザー距離計という自分の位置を特定する装置を作動させることが必要とされました。ところが、既に一回タッチダウンに失敗して燃料を消費してしまっているため、改めてこの装置の事前試験をするためのリハーサルの機会は残り1回しかありませんでした。

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つまり、近距離レーザー距離計の試験を行ってその安全を確かめたあとに、ミネルバ自体がその機能を使って着陸することは許されず、ミネルバ自体の着陸の安全性は無視せざるを得なくなりました。

このため、近距離レーザー装置の試験リハーサルとミネルバの放出は同時に行われることになり、ミネルバの放出は、地上から電波による指令で行うことになりました。これは、ミネルバが持っている自律機能を使った自動着陸ではなく、いわば「手動」放出を行うことと等しいものです。

地球とイトカワ間の通信に片道約16分かかるため、はやぶさからのデータを見ながら、往復分である約32分後のはやぶさの位置と速度を予測しながらミネルバの放出を決定することになります。

こうして、11月12日15時8分、地上からミネルバ放出のコマンドが送信されました。ミネルバはイトカワ上空70メートル、イトカワとの相対速度は秒速5センチ以下で放出される予定でしたが、果たしてミネルバの放出は失敗しました。

このリハーサルでは、イトカワに接近し、近距離レーザー装置の試験は無事完遂しました。ところが、リハーサルを終えて、ミネルバ放出するコマンドを送るより前に、はやぶさに対して上昇するよう指示するコマンドが先に送られるという、考えられないような人為的ミスが発生しました。

その直後に放出のコマンドが送られ、ミネルバははやぶさから放出されたものの、このときはやぶさは既にイトカワから秒速15センチで離脱上昇しつつあり、その高度は約200メートルにも達していました。結局ミネルバはイトカワに着地することなく、宇宙を漂うハメになり、イトカワとともに地球重力圏外を回る、「史上最小の人工惑星」となりました。

人工惑星は人工衛星とは違います。人口衛星が惑星の周回軌道を廻る衛星軌道にあるのに対して、これは太陽・恒星を周回する公転軌道上にあるものを指します。太陽を観測する探査機やフライバイ観測を終了した惑星探査機がそのまま人工惑星となる例もたくさんありますが、これほど小さいものはこれまではありませんでした。

しかし、ミネルバははやぶさから分離後、約18時間に渡って通信を継続しました。もし無時に着地していれば、イトカワの自転周期から考えて3時間前後で夜間となるため、いったん通信が途絶するはずでした。しかし継続して通信できたことからも、ミネルバはイトカワに着地することなく、人工惑星として宇宙空間を漂っていたことがわかりました。

その後、はやぶさは2度目のタッチダウンを成功させましたが、上述のとおり弾丸を発射できなかった可能性が高く、サンプルを無事回収できたかどうかもわからないまま、地球に帰還しました。しかし、その途中に何度もトラブルを起こし、時には完全に通信も途絶えて、帰還が絶望視されるといったこともありました。

それだけに、世間でも最初はそれほど「はやぶさ」への関心が大きかったわけではありませんでした。はやぶさの着陸失敗のほうがは非常に大きく取り上げられ、その後実は着陸していたことが取り上げられたにもかかわらず、電波を捉えられなくなり、帰還が危ぶまれるようになるとほとんど報道されないようになりました。

ところがマスメディアが関心を失っていく一方、インターネット上でははやぶさに関する話題の盛り上がりがあり、次第に注目を集めていきました。2010年6月13日の地球帰還が近付くにつれてニュースやワイドショーで取り上げられる機会も増え、NHKも「傷だらけの帰還 探査機はやぶさの大航海」を放送しました。

NHKはオーストラリアに取材班を送り、大気圏再突入の模様をハイビジョンで撮影して翌14日未明から定時ニュースの冒頭で繰り返し放送しましたが、にもかかわらずなぜかこの模様の生中継を行わず、民放も同じく生中継しなかったため、失望の声も上がりました。

JAXA自身もマスコミへの情報提供にはかなり消極的であったようで、正確な突入時刻などを公表しておらず、もしこれが公表されていれば、生中継を企画できた放送局も多かったのではないかという批判がなされました。

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ところが、翌日14日の朝刊各誌が1面トップに写真付ではやぶさ突入の記事を掲載すると、民放各局もはやぶさの帰還を報道し始めるなど、急にこの話題が熱狂的に取り上げられるようになり、国民的な関心も高まっていきました。

やがてはやぶさのカプセル帰還成功には各界からは絶賛する発言が相次ぎ、複数の技術的なトラブルに見舞われ帰還を絶望視されつつも、それを乗り越えて地球への帰還を目指すはやぶさの旅程は、多くの日本人に「美談」として受け止められました。

はやぶさに対する反響の一環として、模型や書籍、果ては日本酒といったグッズも出され、無人探査機を扱った商品としては例外的な売れ行きを示しました。たとえば、プラモデルメーカーの青島文化教材社から発売されたプラモデルは、同社における通常のヒット商品と比べて約4 ~5倍もの受注があり、初回製造分が数日で売り切れました。

はやぶさの困難な旅程を叙情的に描いたプラネタリウム番組が公開され、ふだんプラネタリウムなど見向きもしない人たちの足を博物館に向かわせ、異例の人気を博しました。

しかし、この「はやぶさブーム」をリードしたのはやはり当初からのインターネット上での盛り上がりでした。実は、JAXAは、はやぶさの打ち上げに際して、「星の王子さまに会いに行きませんか」というキャンペーンを実施し、これによって国内外から88万人の署名を集め、これをターゲットマーカーに入れていました。

はやぶさが最初にイトカワへの着陸を試みたとき、このターゲットマーカーが無事イトカワに着地したことだけで、この投下成功のニュースがネットに氾濫するようになり、多くの励ましのメールがJAXAに届けられました。

これに気をよくしたJAXAは、さらに本番のイトカワ着陸の際には、管制室のインターネット中継や、ブログによる実況をOKしました。

2度目の着陸の際には、管制官たちが徹夜の監視体制の際に飲む「リポビタンD」の空き瓶が管制室の机にどんどん増えていく様子がブログを通して紹介され話題になり、後にこのブログを書いた人のもとには大正製薬からリポビタンDが2カートン贈られたといいます。

こうした人気を受けてJAXAのwebサイトでは、ミッションの経過を絵本仕立てで紹介した「はやぶさ君の冒険日誌」が公開されるようになりました。また、音楽家、福間創が、はやぶさの地球への無事帰還を願って作曲した、「swingby」という楽曲を相模原のJAXA宇宙科学研究本部の一般公開イベントにおいてBGMとして正式に採用しました。

地球帰還に向けて最後の軌道修正に入った2010年4月には特設ページをつくり、プロジェクトマネージャーの川口淳一郎を始めとする関係者たちのメッセージが掲載されたほか、ブログやTwitterで状況が報告されました。

Twitterでは「はやぶさ君」“本人”がつぶやいたり、「あかつきくん」や「イカロス君」と会話することもありました。リアルタイムで多くの情報が公開されたことによりネットでの注目を集め、はやぶさを擬人化したキャラクターや、はやぶさをテーマにしたフラッシュ・MADムービー・楽曲などが作られました。

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2010年6月13日の大気圏再突入の際には、前述のように生中継を行った放送局が皆無であったのに対し、動画配信サイトでは現地からのインターネット中継が行われ、ニコニコ生放送に延べ21万人、JAXAの配信に36万アクセス、和歌山大学の配信に63万アクセスが殺到し、それぞれ視聴者数が制限されたり回線が繋がりにくくなりました。

Twitterでは、再突入を捉えた動画や画像が公開された頃を中心に、10分間辺り最大で27,000件を上回る発言がはやぶさの話題に費やされ、これは翌日の同時間帯に放送された2010 FIFAワールドカップにおいて、日本対カメルーン戦でゴールを決めた本田圭佑に対する、10分間最大16,000件の発言を圧倒的に上回りました。

さらにはやぶさの帰還後、今上天皇も、天皇誕生日に先立つ2010年12月20日の記者会見で、はやぶさを賛辞する発言をされ、また皇后は、はやぶさが大気圏に突入したことを和歌に詠まれており、これは「その帰路に己れを焼きしはやぶさの光輝かに明かるかりしと」というものでした。

こうしたはやぶさ人気を受け、この当時はまだ民主党が政権を握っていましたが、このときの総理大臣だった、菅直人首相は参議院本会議で、後継機「はやぶさ2」の開発を推進する考えを示し、当時の文部科学大臣川端達夫や、福山哲郎官房副長官もはやぶさの後継機開発について「来年度予算での扱いを検討したい」と述べました。

また、事業仕分けで「どうして2番じゃいけないんですか?」という発言で有名になった蓮舫行政刷新担当相も「国民の様々な声は次期予算編成に当然反映されるべきだ」と語り、これら一連の発言に対して、読売新聞は鳩山政権下ではやぶさ後継機の予算が削減されていたことを指摘し、「現金すぎ」と民主党政権を批判しました。

かつて司馬遼太郎さんは、「日本人ほどミーハーな国民は、世界的にみても稀有である」といった意味のこことを書いておられましたが、まったくその通りだと私も思います。

数々の失敗を重ねたのにもかかわらず、一定の人々が賛同し始めると、とたんそれらの失敗を忘れ、逆に試練を乗り越えて帰還したヒーローに祭り上げ、皆がその「美談」に酔いしれるようになっていくというのは、ミーハー以外の何物でもありません。

最初はまったく興味もなかったものに対しても、次第に大勢がシンパシーを感じるようになっていく、というのは、単一民族で構成されている日本人の癖のようなものかもしれませんが、言い方を変えれば個性のようなものかもしれず、皆が皆でお祭りに酔いしれることができるというのは、ある意味幸せかもしれません。

おめでたい、という言い方もありますが……

とはいえ、人は失敗を重ねて成長していくものです。現在計画されているはやぶさ2では、
先代での失敗を教訓にして、今度こそは怪我の功名ではなく、世界に胸を張って成功と言えるようなしっかりとした成果を得てほしいものです。

この「はやぶさ2」ですが、「はやぶさ」のときもそうでしたが、当初よりインターネットによりその開発を支持する声が高まっており、初代のはやぶさが帰還したその翌日には、早くもオンライン署名サイトで「はやぶさ2予算増額の嘆願署名」が掲載されたそうです。

はやぶさ2については、JAXAも既に開発がかなり進んでいることを表明しており、順調に開発が進めば、今年度中(2014年度中)にもH-IIAロケットで打ち上げられることになるようです。

2014-1748

今度は、イトカワと同じ地球近傍小惑星である、「(162173) 1999 JU3」への着陸およびサンプルリターンが計画されているということで、基本設計は初代「はやぶさ」と同一ではあるものの、イオンエンジンの推力も向上させるとともに「はやぶさ」の運用を通じて明らかになった問題点を改良した準同型機となる予定です。

サンプル採取方式は「はやぶさ」と同じく「タッチ・アンド・ゴー」方式ですが、事前に爆発によって衝突体を突入させて直径数メートルのクレーターを作ることによって深部の試料を採取できるようにするなど、グレードアップしているということで、着陸機の「ミネルバ2」も搭載されます。

また、粘りのあるシリコンで砂を採取する方法も考えられており、これら二つの方法を用意することでより確実に試料を取るようになり、さらには魚眼レンズを装備したカメラが搭載され、サンプリングの際の撮影と巻き上げられた粒子の光学観測も行われます。

先代が航行途中にトラブルに見舞われたため、安定航行を目的としてさまざまな変更がおこなわれているということで、ミネルバの着陸失敗の原因にもなった通信システムを見直し、「はやぶさ」のようなパラボラアンテナに代わって新型のアレイアンテナを使用し、破損があった燃料配管や御装置などにも信頼性向上などの改良も行われているそうです。

ターゲットとされる「(162173) 1999 JU3」という小惑星からのサンプルリターンは、新たな生命の起源の論説をもたらす可能性もあるそうです。

このJU3はC型小惑星と呼ばれる主として炭素でできた小惑星で、アミノ酸のような有機物が存在する可能性があります。水や有機物など、昔からそれほど変質せずに残っているより始原的な物質を含んでいるとされる小惑星で、こうした有機物を含んだ石がここから離れ、隕石として地球に落ちたとすれば、ここが生命の起源と考えることができます。

とくにアミノ酸は、上述のアメリカの探査機スターダストのミッションにおいても彗星の尾から採取されていますが、(162173) 1999 JU3にも存在している可能性が高いといわれています。

また、観測により「含水シリケイト」という、水を含んだ鉱物の存在が推定されており、実際に存在するかどうかは不確定ですが、その表面での存在が期待されます。また、JU3は大きさもイトカワより大きく、表面は一様ではないため、このほかにもいろいろな物質が存在する可能性もあります。

これまでの国内外の観測から、自転周期は約7時間半で、これは、約12時間の自転周期を持つイトカワよりも速く、形はイトカワとは異なり、割と球状に近い形をしており、とはいえ多少いびつで、サトイモに近い形だそうです。

直径は約920メートで最大540メートルのイトカワよりも若干大きめですが、それでも探査対象としてはかなり小さい天体であることには変わりはありません。

2014年度中に打ち上げられた場合、2018年にもはやぶさ2は1999 JU3に到着する予定で、うまくいけば、2020年に地球へ帰還することができるそうです。

東京オリンピックの年でもあり、楽しみではあります。今度は恥じることなく全国民がミーハーになれることを期待しましょう。

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