フランスの西南部ドルドーニュ県、ヴェゼール渓谷のモンティニャック村の近郊に位置する洞窟で、先史時代の洞窟壁画があることで有名です。
この壁画は、1940年の今日、9月12日に、ラスコー洞窟近くで遊んでいた近くの村の子供たちによって発見されました。俗には、犬が逃げ込んだ穴から入って、偶然見つけた、といったことがいわれていますが、これは間違いらしく、探検するつもりで、当時15~18歳の4人の少年がこの穴に入って見つけたというのが事実のようです。
地下に長く伸びるこの洞窟は枝分かれし、壁画は一カ所だけでなく、いくつかの大空間にそれぞれ集中して描かれています。これらの空間の側面と天井面、つまり上半部一帯に数百の馬・山羊・羊・野牛・鹿・カモシカなど描かれており、このほか人間や幾何学模様の彩画、刻線画、顔料を吹き付けて刻印した人の手形が500点ほども書かれています。
旧石器時代後期のクロマニョン人によって描かれたと推定されており、絵の材料としては、赤土・木炭を獣脂・血・樹液で溶かして混ぜ、黒・赤・黄・茶・褐色の顔料が使われていました。これらの顔料はくぼんだ石等に貯蔵されており、こけ、動物の毛、木の枝をブラシがわりに、または指を使いながら壁画を塗って描いたと考えられています。
古い絵の上に新しい絵が重ねて描いてある物も多く、レイアウトはなどはあまり気にせず自由に描かれているということで、驚くべきはこの時代にあって既に遠近法が使われていることです。黒い牛の絵などでは、手前の角が長く描かれ、奥の角は手前の角より短く描かれていて、このほかの動物や人の絵にも、同様の遠近法がみられるそうです。
かつては大勢の観客を洞窟内に受け入れていたようですが、観客の吐く二酸化炭素により壁画が急速に劣化したため、1963年以降から、壁画の外傷と損傷を防ぐため、洞窟は閉鎖されました。現在は壁画修復が進む一方、一日に数名ごとの研究者らに応募させ入場・鑑賞させているだけで、一般には非公開となっています。
このラスコーの壁画に描かれている黒い牛は、「オーロックス」と呼ばれる牛であることがわかっています。これは家畜牛の祖先とされており、体長約2.5~3mほどで、体高は約1.4~1.9m、体重約600~1000kgであり、体色はオスが黒褐色または黒色、メスは褐色です。角があり、これは大きく滑らかで、長さは80cmほどとされています。
およそ200万年前にインド周辺で進化したと考えられており、その後中東に分布を広げ、ヨーロッパに到達したのはおよそ25万年前であるとされています。1万1000年ほど前には、ヨーロッパ・アジア・北アフリカなどの広い範囲に分布するようになり、このラスコーの壁画に描かれたのは、これより4000年ほど古い、1万5000年ほど前のものです。
かつてはユーラシア全体および北アフリカで見られましたが、生息していた各地で開発による生息地の減少や食用などとしての乱獲、家畜化などによって消滅していき、南アジアでは有史時代の比較的早期に姿を消し、また、メソポタミアでもペルシア帝国が成立する時代には絶滅していたと考えられます。
北アフリカでも古代エジプトの終焉と同時期にやはり姿を消し、中世にはすでに現在のフランス・ドイツ・ポーランドなどの森林にしか見られなくなっており、16世紀には各地にオーロックスの禁猟区ができましたが、これは単に諸侯が自らが狩猟する分を確保するために設けたものでしかなく、獲物を獲り尽くすとそれぞれが閉鎖されました。
最後に残ったのはポーランドの首都ワルシャワ近郊のヤクトルフというところにある保護区でしたが、ここでも密猟によってオーロックスの数は減り続け、1620年には最後の1頭となってしまい、その1頭も1627年に死亡が確認され、オーロックスは絶滅しました。
その後、1920年代より、ドイツのベルリンおよびミュンヘンの動物園において、現存するウシの中からオーロックスに近い特徴をもつものを交配させることによってオーロックスの姿を甦らせる試みがなされました。
このように往年の名種を再生したり、新たに品種を作り出したりすることを「作出」といいますが、オーソロックスの作出は1932年に成功し、その個体の子孫は、現在でもドイツの動物園で飼育・展示されています。
このウシは体形や性質はオリジナルのオーロックスに近いものを持っているといわれますが、体格はいくぶん小柄で、作出に携わった当時の動物園長でドイツ人の動物学者、ルッツ・ヘックの姓を採ってヘック牛(Heck cattle)と呼ばれています。
この例にもみられるように、太古に失われた生物や植物を復活させようという動きは、すでに20世紀初頭からあり、最近ではさらに、世界的にそうした動きが加速するようになってきています。
背景には近年、遺伝子操作の技術開発が急速に進んだことがあり、昨年の3月には、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学が、80年代に死滅したカエルの一種の遺伝物質を親類のカエルの卵細胞に埋め込む実験を行いました。
ただ、実際に胚子にまで発達したものの数日で死んでしまったそうです。また、2009年にも絶滅したヤギの一種のクローンが生まれましたが、生後数分で死亡しています。しかし、学者たちの多くは絶滅種のクローン化のブレークスルーは間近だと予測しています。
カエルであれば、あと1、2年で成功するかもしれないという遺伝子技術の専門家もおり、マンモスの場合でも、20~30年くらい実現できるのではないかといわれているようです。このほか、1930年代に絶滅したタスマニア・タイガー、17世紀に死滅した「飛べない鳥」ドードーなどの再生が研究されており、学者たちの挑戦は続いています。
このように絶滅した種を蘇らせるには、保存状態の良いDNAを摂取できる組織が必要です。だいたい20万年前までのDNAであれば、おそらくは問題なくクローンをつくることが可能だといわれています。が、もしかしたらだけど、これより前に絶滅したとされている恐竜の復活もできるのでは、ジュラシック・パークが実現するのでは、と誰しもが思うでしょう。
しかし、結論からいうと、これはかなり難しいということです。オーストラリアのマードック大学の研究グループは、たとえDNAが残っていて、これを最適な条件下で培養しても、恐竜が絶滅してから現代までの間の10分の1以下の時間で、DNAの結合が壊れてしまうことがわかったと発表しています。
彼等は、現在までに残されているいろんな生物の標本の年代と、これから採取されるDNAの劣化の状態を比べてみて、DNAの半減期はだいたい520年くらいだと割り出したそうで、これは、520年たつと、標本のDNA構造の半分が壊れてしまう、ということです。さらに520年たつと、残りの半分も崩壊します。
たとえ標本を理想的な状態のマイナス5℃で保存しておいたとしても、クローンが残せる効果的な結合は、最大680万年で完全に壊れてしまうと予想されるそうで、従って最後の恐竜が生きていたのは、6500万年前のことであるため、現在使えるDNAはこの世に存在しない、ということになるようです。
生物が死ぬとそのDNAはかなり早く解読不能になってしまうというわけで、520万年はおろか、150万年もたてば、残っているらせん構造が短くなりすぎ、重要な情報を伝達できなくなってしまう、ということもいわれています。
世界中で発見されている化石には、使えるDNAは残されておらず、これからもありえないだろうというのが、これまでの研究からみられる予測であり、恐竜の復元は、現在の科学技術では不可能というのが現実のようです。
が、もしかしたら、ありえない条件下で発見された恐竜の化石に、奇跡的にDNAが残されている可能性があるかも、とついつい思ってしまいます。また、恐竜の末裔ともいえるべき動物たち進化をさかのぼり、そのDNAを利用することで、新たなる道は開けるかもしれない、と思ったりもするのですが、我々が生きているうちにはその実現は難しいでしょう。
ただ、失われた生物の復活は難しいとしても、現在生きている種や、新しく作出された品種のコピーなどであれば、DNAさえあれば、現在の技術を使ってなんでも作れるまで科学は進歩してきています。
いわゆる「クローン」と呼ばれる技術を使えばいいわけであり、この「クローン」という言葉は、同一の起源を持ち、尚かつ均一な遺伝情報を持つ核酸、細胞、個体の「集団」をさします。もとはギリシア語で植物の小枝の集まりを意味することばから来ており、本来の意味は「挿し木」です。
1903年、ハーバート・ウェッバーという学者が、栄養生殖によって増殖した個体集団を指す生物学用語として“clone” という語を考案しました。「栄養生殖」というのは、胚、つまり俗な言い方をすれば「卵」や種子を経由せずに根・茎・葉などの栄養器官から、次の世代の植物が繁殖する無性生殖であり、イモ類や球根で増える植物がその良い例です。
また、地上の浅いところに薄く「茎」をのばして増殖する植物もクローンであり、竹はその好例です。我々が根だと思っている竹の根は実は茎にすぎません。タンポポにも広大な範囲に渡ってクローンを形成する種があり、カビは、体細胞分裂により生殖子を作る無性生殖が広く行なわれており、これも子孫をクローンによって増やしています。
従って、現在では新しい技術のように思われていますが、もともとこのクローンは自然界にも普通に存在するものです。特定の植物のように、「無性生殖」を行う種は、原則としてクローンを作って増えており、動物においても単細胞生物の細胞分裂は基本的にはクローンによる複製です。
天然にクローンを作る種では、進化により、その環境に応じた適応が生まれ、こうしたことができるようになったと考えられていて、環境条件にもよりますが、こうした種の親は自分のクローンのみを生みさえすれば生殖活動など必要なく、最も効率よく子供を繁殖できることになります。
しかしクローンは、同一種のコピーにすぎないため、伝染病、寄生虫などの単一の要因により大きな被害を受ける可能性があります。これが、クローンのみによる繁殖をする種が少ないことの一因です。
ただ、その弊害をも乗り越えて、自然界に存在するクローンを人為的に行おうとする試みは多数の研究者が行い始めており、これが「クローン技術」といわれているものです。例えば植物についてみれば、古くから農業・園芸で行われている「挿し木」が実はクローン技術です。これはクローンの語源である、とは上でも述べました。
また、遺伝子をクローニングすることは、インシュリンの製造などの過程で行われています。インシュリンは糖尿病などの治療に有効な薬で、当初はヒトインスリンに構造が非常に近いブタやウシのインスリンからヒトインスリンが合成されていました。
しかし、この方法では大量のインシュリンを製造できないため、1970年代の初頭から、ヒトインスリンの遺伝子の情報を、微生物中にあって自らを複製するDNA、「プラスミド」に組み込んで大量培養し、微生物にヒトインスリンを産生させる技術が開発されました。
現在ではインスリンの各アミノ酸配列に対応する遺伝子を化学合成してプラスミドに組み込み、大量にインシュリンを作り出すということが行われており、これも最新の遺伝子工学を応用したクローン技術です。
このように植物や遺伝子レベルでのクローン技術は現在までにも既に実用化されているものは多く、いまや有用物質を生産する上において、不可欠の技術となっています。
ところが植物とは異なり、動物ではプラナリアやヒトデなどのごく一部の例外を除き、分化の進んだ、つまり大人になった体細胞や組織を分離してその細胞を動物個体に成長させることは未だにできていません。これは、細胞分裂を繰り返したことより、こうした分裂化が進みすぎた体細胞には分化機能、すなわちコピーを作る能力が失われているためです。
ただ、分化の進んでいない、つまり分化機能を保ったままの受精卵ではそれが可能です。この受精卵を使った方法で最初に開発された方法は「胚分割法」といいます。受精卵を分割して、それぞれから正常な個体クローンを作成する方法で、この方法による人工的な動物個体のクローンは、ウニにおいて1891年に初めて成功しました。
その後カエルやマウスの実験から核移植法というものが開発されました。クローン元の動物の細胞核を未受精卵に移植することによりクローンを作成する方法で、クローン元の動物の細胞核が、生殖細胞(胚細胞)由来の場合は胚細胞核移植、体細胞由来の場合は体細胞核移植といいます。前者は卵細胞クローン、後者は体細胞クローンともよばれています。
この前者の卵細胞クローン技術を使った、哺乳類のクローンとしては、1995年、イギリスの、エジンバラ大学付属のロスリン研究所が、分化の進んだ胚細胞の核移植に成功し、これを育て上げてメーガンとモラグという2体のヒツジのクローンの作製に成功しました。これによって初めて分化後の胚細胞からのクローン化に道がつけられました。
卵細胞クローンとは一体どういったものかといえば、これは簡単にいえば、2匹の雌雄を親に持つ双子、3つ子、5つ子といった、多胎児を人工的につくってやることです。
牛や豚などの畜産動物の生産においては、良質の動物を数多く出生させる目的でこの方法が実用化されています。例えば、質の良い雌雄の受精卵をあるていど分裂が進んだ状態にあるとして、この分割数を仮に8個としましょう。そしてこの8個の受精卵を取り出します。
そして、これを核を取り除いた別の卵子に挿入し、別の雌の子宮で育てて、卵細胞クローンを作ります。 結果的には、質の良い遺伝子の雌雄を両親に持っ8つ子が誕生するという仕組みです。
ただし、この方法では、同時に生まれる子供の遺伝情報は同じですが、その遺伝情報は、親である雄と雌の情報を半々に受け継いでいます。つまり、雄親か雌親のどちらかの遺伝子だけを持った完全コピーではないわけであり、一般にイメージされているクローンとは違ったものかと思います。
これに対して、たとえば、ひとつの動物の遺伝情報から、その動物とまったく同じ動物を複製するのが、体細胞クローンです。体細胞クローンでは、まず、親となる成体の細胞を使い、この細胞の核を飢餓状態、つまり栄養を与えないようにし、細胞が分裂しないように停止させます。
その後、核を除去した未受精卵と電気的刺激を与えることにより「細胞融合」を起こさせ、その後「発生」、すなわち受精卵から成体になるよう促すことにより体細胞由来のクローンの胎子を作ることができます。この方法で誕生させ、育てた子供は、雄でも雌でもその片親とほとんどまったく同じ遺伝情報を持つことになります。
この方法でも、クローンを作るためには受精卵が必要です。しかし、方法はどうあれ、両親は必要なく、雌雄どちらかだけの体の一部を切り取って、クローンを作ることができる可能性を示したもので、これはすごいことです。
こうして、1996年7月、上述のロスリン研究所のイアン・ウィルムットとケイス・キャンベルによって、ヒツジの乳腺細胞核の核移植によるクローン、「ドリー」が作られました。これは哺乳類で初めて体細胞から作られたクローンということで、このドリーの衝撃は世界中を覆いました。
が、その後ドリーは2003年2月14日に死亡しました。ヒツジの平均寿命は10年から12年であり、20年生きるものもいることから、これはやはり人工的に作ったために遺伝子の劣化が起こったのではないか、ということが言われているようです。
さらに、1997年には同研究所において、人為的に改変を加えた遺伝子を持つヒツジのクローン2匹が作成され、これはポリーとモリー名付けられました。人為的に改変を加えた遺伝子を持つ動物は、「トランスジェニック」といいますが、これはトランスジェニック動物のクローンとして世界で初めてのものでした。
その後細胞融合による体細胞核移植はさまざまな動物で試されるようになり、1998年にはウシにおいてもクローンが作成されました。ところが、この年さらに体細胞を核を除去した卵子に直接注入することにより、細胞融合を行わずクローン個体を作製する方法が開発されました。
これをホノルル法といいます。前述までの体細胞クローンを作るためには、核を除去した未受精卵と電気的刺激を与えることにより「細胞融合」が必要でしたが、このホノルル法ではその過程を省くことができ、より簡単にクローンを作ることができるようになりました。このため現在、このホノルル法がクローン作成法の標準といわれています。
この技術を開発したのは実は日本人です。若山照彦という人で、世界で初めてこの方法によってクローンマウスを実現した人物であり、2008年には16年間冷凍保存していたマウスのクローン作成に成功し、絶滅動物復活の可能性を拓きました。
どこかで聞いたことのある名前だと思う人も多いでしょうが、そうです。最近大騒動になっている、STAP論文の共著者でもあります。ちなみに、ホノルル法という名が付けられたのは、彼がハワイ大学に留学していた時代にこの方法の開発に成功したためです。
この細胞融合を必要としない体細胞核移植であるホノルル法によって、現在では、ネコ、ウマ、ヤギ、ウサギ、ブタ、ラット、ラクダなど多くの哺乳動物で、体細胞由来のクローン作成の成功例が報告されるまでになっています。
ではヒトのクローンは現在存在するのでしょうか。ヒトのクローンは未だ成功していないとする考えが一般的ですが、一部には既に成功例があると噂されています。
アメリカのパナイオティス・ザボスという研究者は、実際に死者のヒトクローン胚も作成したことがあると語っています。10歳のとき交通事故で亡くなった赤ちゃんの血液が冷凍保存されていたものをその母親がこのザボス博士に送り、博士はこれを牛の卵子に融合させ、人間と牛を交配したクローンを造成したといいます。
この人と牛のハイブリッド種は試験管で生成後、クローン生成プロセスの研究に役立てられたといいますが、このときはさすがにザボス博士も動物と交配させてできた「ハイブリッドクローン人間」の創造にまでは踏み込まなかったようです。
ところが、博士は2009年4月、100%ヒトのクローン胚を14個生成し、うち11個を女性4人の子宮に移植したと発表しました。
移植手術に立ち会ったドキュメンタリー監督が英インディペンデント紙に語った証言によると、女性たちはみな人類初のクローンベイビー出産を望む人たちだったそうで、子宮提供者は既婚3名に未婚1名。イギリス、アメリカ、そして中東の出身です。
無論、ヒト・クローンの作成は多くの国の法律で禁じられています。日本でも「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」が公布されていて、クローン人間の作製に罰則を科し、これを禁じています。
これは英米でも同じであり、このため、博士は米国内2つのクリニック以外に秘密のラボを構え、移植はそこで行ったようです。おそらくクローンが違法化されてない中東のどこかの国ではないかと噂されています。
しかし、このときは移植した胚はどれも妊娠には至らなかったとされており、博士は記者のインタビューに応じ、これは人の細胞からクローンベイビーを生成する研究の“第1章”に過ぎないと語り、さらに「研究を強化すればあと1年か2年で実現できる」と語ったということです。
このときから、現在すでに5年が経っており、その後ザボス医師からの公表はないようですが、既にタブーは破られ、ヒトクローン胚を実際に女性の子宮に移植した結果、クローン人間は既に世界中に存在しているのではないか、という噂が飛び交っているわけです。
先日も、24歳の日本人男性がタイで代理出産により16人もの子供をもうけていたとされる問題が発覚しており、その目的は何かよくわかりませんが、何が何でも子どもが欲しいという人は世界各国にいると思われ、とても噂の範疇では終わらない気がします。
この「クローン人間」が実際に実現している、と仮定しましょう。すると、一般には「自分と姿・形が全く同じ人間」というイメージがありますが、現在の技術水準を考えると、SFのようにまったく同年齢のクローン人間を創るということは不可能であり、いったん誰か女性の子宮を借りた上でコピーを作り、赤ちゃんのときから育てあげる必要があります。
従って、仮にコピーを創ったとしても、誕生した時点ではクローンは赤ん坊であるため、既に大人である細胞の提供者とは年齢のギャップが生じます。このため、当然容姿は似ているでしょうが、本人同士は互いに相手のことをコピーというふうにはあまり思わないかもしれません。
また発生生物学的に考えると、血管のパターン(配置構造)や指紋などは後天的な影響によって形成されることが知られています。従って、コピーといえども、血液パターンや指紋などは遺伝的に異なっている可能性が高く、「生体認証技術」などでもはじかれてしまう可能性があるといいます。
もっともかなり本人には近いはずなので、認証手法によってはシロ、とされてしまう可能性もなきにしもあらずです。ただ、最近の生体認証技術はかなり向上していて、こうした高度な技術を使った認証システムに基づいたセキュリティシステムにおいて、クローン体がこれを突破しようとすることは現実的ではない、といわれているようです。
ヒトのクローンをつくる目的は、このように犯罪への応用が懸念されています。それだけでなく、他にも多くの倫理的な問題を包含しており、例えばコピーしたヒトは、当然意思を持つはずであり、ロボットではないわけですから、その国籍はどうするのか、また人権はどうなるのか、といった色々な問題が出てくるはずです。
が、非常に難しい問題なのでこれに関する議論はカンカンガクガクであり、それに対する十分な答えはいずれの国でもまだ用意されていません。これが現在、日本をはじめ多くの国でクローンをつくることを禁じている理由です。
一方、完全なる個体全身のコピーではなく、その途中経過で発生した幹細胞を利用することで、元の細胞提供者の臓器などを複製し、機能の損なわれた臓器と置き換える、あるいは幹細胞移植による再生医療に使うためのクローン技術の研究もなされています。こちらなら、倫理的にも容認されやすいでしょう。
しかし、臓器といってもいろいろあり、例えば心臓、また臓器ではありませんが、脳などのように人間が人間であるがゆえの根本機能を司る体の一部の製造には反対する意見も多く、どこまでがクローンなのかといった技術の体系化も含め、世界各国で議論がなされている中で、ともかくヒトクローンを創ることは許されないとする向きが多いのも確かです。
それぞれの国によっていろいろな事情があり、その理由もさまざまあると考えられ、例えば「外見の全く一緒の人達が何人もいると社会制度上大変なことになる」といったことや、「優秀な人間のクローンをたくさん作り優秀な人間だけの軍隊を作る」、「独裁者がクローンで影武者を立てる」などといったSF的なものもあるでしょう。
もっとも、生まれてきたクローンにもそれぞれ意思があるはずであり、優秀な人間だけで軍隊や野球チーム、サッカーチームを作るためには、クローン人間に子供のころから強制的に軍人やスポーツ選手の道を歩むよう、し向けない限りは不可能です。それを強制するというのは人権の無視であり、奴隷制度にもつながりかねません。
では、クロマニヨン人やネアンデルタール人等といった、ヒトの祖先を蘇らせるのはどうか、ということになると、人類進化のための研究のため、という観点からは許されそうな気がします。しかしそもそも絶滅した古人類をヒトとして扱うか動物として扱うか、ということになるとなかなか結論が出そうもありません。
ただ、6500万年前に絶滅した恐竜と異なり、人類の歴史はせいぜい10万年程度ですから、マンモスの生体細胞の再生が研究されているのと同じく、人類のDNAの再現は不可能ではありません。アイスマンのような保存状態のよい、古人類の生体が発見されれば、そのクローン化の実現は望まれるかもしれません。
アイスマンとは、1991年にアルプスにあるイタリア・オーストリアの氷河で見つかった、約5300年前の男性のミイラです。ヨーロッパの青銅器時代前期のヒトとされるもので、解凍、解剖され、脳や内臓、骨、血管など149点ものサンプルが採取された結果、ヒトの進化に関する重要な発見もいくつか見出されているといいます。
このように、「自然の産出物」に対する興味から人類は科学を発達させ、生き延びてきたわけであり、このため法学者たちはいくら法規制をしたとしても、研究者やクローンを作ろうとすることは止められないだろうと述べており、また権力者の中にもすくなからず自分のクローンを欲しいと思っている人物も多いに違いありません。
上述のザボス博士の例にもあるように、自国では禁止されているから、他の国で作ろう、という研究者はあまたいると思われ、全世界共通の倫理基準を作るべきだと主張する法学者もいます。
ただ、こうした禁止措置はES細胞、iPS細胞などのような新しい生命科学の発展の障害ともなる可能性があり、両者の考え方の対立がさらに浮き彫りになりつつあるようです。
一方、宗教的にみると、多くの宗教家はクローン、特に人間のクローンの作成について批判的な見解を持っているようです。
例えば日本の浄土宗は、クローン人間作製を批判する声明を出しています。クローン人間の作成は命への冒涜であり、「人間の優劣・差別、支配・被支配につながるとともに、奴隷人間の生産という修羅道への転落を予告するものである」と主張しています。
また、日本カトリック教会も、クローン人間も絶対的価値と尊厳を有する「人間」であることに変わりはなく、「人間」を作る行為は神によってのみなされるべきものであって人間の手でなすべきことではないと主張しています。
キリスト教ではまた、クローン人間が持つ「男女の営みにおいて誕生し、父と母とのもとで養育される権利」を誰がどうやって保証するのかが明らかになっていない、という点を批判しているようです。
さらに、ヒトのクローンの研究が本当に人類の存続に貢献するかどうかを疑問視する向きもあり、その理由としては、こうした「神の領域」へ踏み込むことによって、予測できない災厄が人類に降りかかる可能性があげられます。
クローン技術によって人工臓器を作って難病に苦しむ人を助け、不妊に苦しむカップルに子孫を残す方法を与えることは、なるほど理にかなっているようにも思えますが、そうした研究の過程において思わぬバイオハザードが起こる可能性もあり、また遺伝子汚染などによって人類が従来とは全く違う異なものになっていくことも考えられるわけです。
医師や研究者のように正しいクローンの知識をもたない者が、誤解から生じた誤った信念に基づきことさらに恐怖心を煽ったり、感情的な判断で世論を誘導したりして、これまで考えられなかったような理由で国際紛争がおこったりする可能もあるわけです。
クローン人間の出現が現実もののとしてあり得るようになったこの時代においては、研究者だけでなく、我々自身もまた今後は、そのあり方についてよくよく考えてみる必要がある段階に入ってきているといえます。
さて、最後に質問です。あなたのとなりにあなたと全く同じ姿をしたあなたがいる、これが現実となったとき、あなたはそのあなたを果たして受け入れられるでしょうか。
私ですか?わたしなら、そんなもの、受け入れたくもありません。こんなできそこないが、世界中をうろつき始めたら、それこそ世界の滅亡も近いことでしょう。
が、せっかくなので、彼と共同で何か面白い事業などをやってみるのもいいかも、とか思ったりもしないではありません。マジックショーなどがいいでしょう。この場所とどこか遠くに二人それぞれいて、これを「瞬間移動」と人に思わせる、なんてのはかなり受けそうだし、いい金儲けができそうです。
もっとも詐欺はいけません。犯罪にも使ってはいけません。が、アリバイを作ろうとすれば簡単にできそうです。
例えば、私のコピーが、私の知らないところで、浮気などをしたら、どうしましょう。万一にでもそれがばれるとタエさんに追い出されてしまいそうです。自分ではないのに……が、少しうらやましいかも……複雑です。
皆さんはいかがでしょう。もし自分のコピーができたら、どう使いますか?