気がつけば師走

 

サーモンピンクの外壁にしてみました

師走になりました・・・というか、師走になってしまいました。

最近、新しい仕事を受け、忙しくなったせいもありますが、伊豆への本引越を前に東京の家の中のものを整理し、少しずつ持ち込もうと考えていて、そのパッキングやらで、なかなかブログも更新できず、一カ月も間を空けてしまいました。

この間、何度かリフォームの立ちあいで修善寺へ行き、先だっては内装工事がほぼ完成したというので、泊りがけででかけてきました。外壁はタエさんのご要望で、サーモンピンクに・・・。やや黄みがかった橙色です。面積の大きい家の外壁は、実際の色よりも明るくみえる、ということなので少し暗めの色にしました。

この日は曇っていたので、写真ではかなり暗めにみえますが、朝日や夕日があたると、きれいなサーモンピンクが映えます。内外装ともきれいに仕上がっていて、リフォームをお願いしたTさんの確かな仕事ぶりに感謝感謝です。今後は修善寺に来るときには、東京の荷物を少しずつ運びこむことにしていたので、この日も本やら布団やらを車一杯に詰め込んで運びこみました。まだテーブルも何もないので、夕食は、広いリビングにホットカーペットを敷いて、近くのスーパーマーケットで買ってきたお惣菜を食べることに。

そして・・・待望の温泉にも入浴!熱いお湯に浸りながら、至福の時をすごしたのは言うまでもありません。特筆すべきは、寝る前に外に出て見上げた夜空。ここ、修善寺は人口も少ないので町灯りも少なく、見上げた夜空の星々はほんとうにくっきりはっきり見えるのです。天体観測もできそう・・・ということでまた新しい楽しみが増えそうです。

 伊豆から東京へ戻る途中、これから伊豆という土地にお世話になるのだから、伊豆一の神社と言われる三嶋大社にお参りしよう、ということで参詣してきました。実はムシャは学生時代の2年間を沼津で過ごしたことがあり、沼津・三島の一帯の土地勘があります。しかし、三嶋大社には一度もお参りに行ったことがなく、初めての参詣です。神社は三島市役所からもほど近くにあり、完全な町中。この日も晴天で神社詣でには最適なお日和。

着物姿の参拝者。めずらしい!けど、何やら格式の高さを感じさせます。

ところで、三嶋大社って、なんで「大社」なんだろう?と、素朴な疑問を抱いたので、ネットで色々調べてみました。すると・・・大社というのは、平安時代に制定された「官国幣社制度」という制度に基づいて、国や地方の宮司から指定された格の高い神社のことを指すということがわかりました。

このほかにも神宮、宮とかあるけれども、「神宮」は天皇が古代から皇室と深いつながりを持つ神社、あるいは天皇を祭神とする神社なのでそうで、「宮」は皇族を祭神とするものが多いとか。一般的な「神社」はそれ以外のもので、その名付け方でもっとも一般的なのは地名。鹿島神宮・八坂神社・春日神などがそれです。また、祭神名を冠するものも多く、稲荷神社・住吉神社・八幡神社といった神社は神様の名前なんですね。

伊豆は、そもそも「伊豆国」として地方の一行政区分として独立した国で、三嶋大社は、その伊豆国の第一宮であり、地方の神社の総代格、「総社」も兼ねていたらしい・・・というようなこともわかりました。源頼朝は、そのお父さんの義朝(よしとも)が平清盛らの平家と敵対して尾張で謀殺されたあと、13歳のとき、罪人として伊豆に流されたそうです。この伊豆流刑時代から三嶋大社を崇敬し、鎌倉幕府成立後も当社を重んじたということです。伊豆に流されたあと20年の歳月を経て、33歳のときに平家打倒のために決起しますが、このあたりのこともまた、詳しく調べてブログに書こうかなと思ってます。頼朝の流刑時代のお話は、来年NHK大河ドラマで放映される「平清盛」でも放映されるかもしれません。こちらも楽しみです。

三島大社の神様は、お二人いらっしゃって、大山祇命(おおやまつみのみこと)、と積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)とのこと。大山祇命は山森農産の守護神、また事代主神は、俗にいう恵比寿様だそうで、福徳の神として商・工・漁業者の崇敬をうけているそうです。これから商売を始める私にとっても守護神となる神さまになるに違いありません。

神社の境内でタエさんの指先に止まったトンボ。彼女は虫と遊ぶのが大好き。

三嶋大社の境内は南北に細長く、入口から神殿までは3~400mくらいはあるでしょうか。長い参道を歩んでいき、タエさんと神殿の前で手を合わせ、この地での幸運と商売繁盛を願いました。そして・・・新しい神社に行った時、我々二人はたいてい、おみくじを引きます。

 

三嶋大社のおみくじはお守り付き

ここのおみくじは、「しあわせ(幸福)みくじ守」といって、おみくじと一緒に小さなお守りが付いてきます。タエさんは大吉、一方の私は小吉。お守りのほうは、私が「銭亀」で、彼女は、「福銭」でした。銭亀は、延命長寿と金運招来、福銭のほうは開運招福と金運隆昌のご利益があるとのこと。二人とも金運がよくなるというご宣託で、お参りした甲斐があったというもの。来年の3月頃に予定している「本引越」に備え、幸先のよいスタートを切ったな、というかんじの一日でした。

境内の中にある池で日向ぼっこ中の亀。銭亀?

秋のネコは・・・

 

ひところに比べると、かなり涼しくなってきました。我が家の一番日当たりの良い南側の和室は、テンちゃんの格好のひなたぼっこスペース。気温の低い日にはまるまって寝ているのですが、少し気温の高い日はご覧のように、いつものあられもないポーズ・・・美人さんだいなしです。

この日は畳の上で寝てましたが、最近だんだんと寒くなっているせいもあり、天気の良い日には、より高いところにある出窓に移動して寝ることも多くなってきました。でも晴天ばかりでもないので、そろそろネコ用のホットカーペットを出してやらねば。

でも、最近一番お気に入りなのは、タエさんの膝の上。だっこしてもらった上に、なでてもらったり、マッサージされたりで極楽極楽・・・ ネコも人もぬくもりがうれしい季節になりました・・・

修善寺での初夜

ゲストハウスからの絶景
(右下は狩野川、中央はロッククライミングで有名な城山(じょうやま) そして画面左奥には富士山)

修善寺の保養所を購入しようと決めてから、3ヵ月弱が経ちました。この間、ローンの借り入れやN社さんとの契約手続き、保養所を管理している不動産屋さんとの交渉、保養所の所有者さんのA金属さん所有の家具等の搬出など、色々面倒な手続きがありましたが、すべて順調に終わり、9月の末に、保養所は正式に我々の新しい「家」になりました。

手に入れたとはいえ、築後18年経っているこの家には、あちこちに傷みがあり、このまま住まうには問題が色々あります。大きな傷みはないのですが、一番手を加えたいのが外壁の汚れや水回り。とくに外壁は塗装が色褪せ、それほどひどくはないものの、あちこちにひび割れが。水回りはそれほどひどく汚れてはいないものの、やはり住み替えるには、新しくしたいもの。そのほかにもリビングやキッチンのクロスの張替なども必要があります。そして、6つもあるトイレの数減らし。和式トイレが二つに、男性用立ちトイレが二つ、そして洋式トイレ二つは二人で暮らすにはあまりにも多すぎます。このうち三つを残して、残りは撤去し、倉庫として使いたいというのが我々の希望。

A金属さんからの登記移転の手続きが終わってすぐ、N社さんの紹介で、これらの工事をやってもらう大工さんを紹介してもらうことになりました。

紹介された大工さんは、同じ別荘地に住むTさん。早速保養所に来てもらい、打ち合わせをすることになりました。今60歳だというTさんは、小柄ですが矍鑠(かくしゃく)としていて、笑顔の素敵なちょっとおしゃれなおじさま。大工さんというよりはインテリアデザイナーといったおもむきで、とてもご自分でのこぎりやカンナを使いそうなかんじはしません。

さっそく、家の中外をみながら、ここをこう直してほしい、という希望を全部伝え、見積もりをしてもらうことに・・・。そして、後日頂いた見積もりも、十分に納得できる・・・というよりも、えっ!? この値段でやってくれるの? といった内容でした。ためらうことなく、内外装のリフォームはすべてTさんのところにお願いすることにしたムシャ&タエ。

・・・そして内装の補修が8割方完成したという連絡を受けた、10月下旬。残る外壁の塗装の色の相談のため、久々に修善寺に向かうことにしました。この日は、秋晴れの一日で、この秋一番の冷え込みとか。この日、いつもの東名高速は使わず、小田原厚木道路から箱根新道を通って、沼津入りしたのはお昼過ぎ。

この日は涼しかったので、お昼はラーメンがいいね~と二人で言っていて、沼津から国道136号を下っていたところ、見つけたのが知る人ぞ知る有名店、「田ぶし」。東京の高円寺が本店のしょうゆ味のラーメンとつけ麺が評判のお店ですが、その味が有名になってからあちこちにチェーン店ができ、沼津にもその一店が。

実はムシャは、大のラーメン好き。外で打ち合わせがあるときなどのお昼は大概ラーメン。これまでも東京都内のあちこちのラーメン屋さんを食べ歩いてきました。今回伊豆へ移住するにあたり、東京ほどラーメン店が多くないのでは・・・と心配?していたのですが、この田ぶしさんを始め、大勝軒や来々亭といった有名店もあるようです。静岡番のラーメン店紹介本も出ており、これからの静岡のラーメン食べ歩きが楽しみです。

早速入った田ぶしさんの店内はお昼時にもかかわらず、ほどよく空いていて、入ってからすぐに注文ができました。二人とも定番のしょうゆラーメンを注文。10分ほどで出て来たラーメンは、わりとあっさりしたしょうゆベースで、スープはしつこくなく、ほんのり魚介だしが利いていておいしい!麺もほどよい固さ。チャーシューも柔らかくほどよい塩味で、さすが名店のラーメンといったかんじ。

二人とも大満足で、お店を出て、気持ちの良い天気の中、修善寺へ向かいました。途中大工さん達の三時のおやつを買い、現地に着いたのは二時前。外側はペンキ塗装のために、足場が組んであり、ガラス窓にペンキがつかないようにビニールが貼ってあります。外壁の塗装はまだ終わっていませんが、この家の自慢のひとつである、重厚な外柱や軒裏(軒天)はきれに汚れが落としてあり、やや濃いめの黄土色でステインしてあります。外壁はこの軒天や柱の色に合わせて、サーモンピンクにやや近い浅いオレンジ色にする予定。電話やインターネットでは色が伝えにくいので、ペンキ職人さんの持っているサンプルを直接見て色を確定することにしていたのです。

前回訪れた時、家の外は草ぼうぼうでしたが、今日来てみると、きれいに草刈をしてくださっており、かなりすっきり。とはいえ、今まで気がつかなかったような雑木があちこちに生えていて、住むようになったら伐採が必要です。庭いじりはまだまだこれから。楽しみのひとつではありますが手入れは結構大変そう。

外回りをざっと見たあと、早速中に入ってみると、表替えのためとりはずされている畳はまだ戻って来ていませんでしたが、トイレの撤去やクロス張りはほとんど終わっていました。事前に指定していたふすまの色や模様も期待していたとおりで、間違いのない仕事をしてくれているな、と大満足。この日は、リフォーム後のお掃除のために、4人ほどが入ってくれていて、あちこちを丁寧に清掃してくれていました。単にリフォームだけでなく、丁寧にお掃除までやってくれていることにも感激!やはりTさんに頼んで良かった。

ほどなく、ペンキ屋さんも見え、外壁の色の打ち合わせも終わり、やがてTさんもお見えになって最後の打ち合わせをしました。すべてのリフォームを終えるためには、あと1週間から10日くらいかかるとのこと。しかし、ここまでくればもうほとんど終わっても同然。次回来る時には外壁が仕上がっているはずで、これはとても楽しみです。

まだリフォームが完全に終わっていないし、畳も入っていないので、この日、ここに泊ることは断念。かわりに、Tさんがこの別荘地内に二つ持っているという「ゲストハウス」のひとつに泊めていただくことに。なんでも古い別荘を大工のTさんが購入し、リフォームしたものを、売らずに取ってあって、外からお客さんが来た時などに提供しているとか。何から何までお世話になっていて恐縮だったのですが、Tさんのおっしゃる、きれいじゃないけど、眺めは抜群ですよ、という言葉にも惹かれ、ためらいながらもお言葉に甘えることにしたのです。

Tさんの先導で一旦山を下り、再び別のルートを通って着いたそのゲストハウスは、この別荘地の北の端にある一角。かなり山の上に近いほうで、車は急な坂を右に左に大きく曲がりながら登って行きます。着いたそのゲストハウスは、急な崖の中腹に鉄骨で基礎を築いた2DKほどの家。道路から玄関までも急な階段を30段ほど上って中に入ります。

中に入り、リビングの窓から外をみると・・・・・なるほどの絶景!すぐ真下には狩野川のたおやかな流れが見え、真正面には、断崖絶壁でロッククライマーのメッカである城山(じょうやま)が見えます。その先には、少し手前の山の陰にもなっているけれども、まがうことなく富士山も見え、なるほど、なるほどの眺めです。

そしてこのゲストハウスの売りは、総檜でできたお風呂!無論、温泉です。そこからは、先ほどのリビングと同様の絶景が見え、お風呂につかりながら景色を楽しめるというぜいたくさ。

北向き斜面なので日中はあまり日があたりませんが、この眺めならば別荘としては文句のつけようがありません。ただ、夏はいいけれども、冬は少し寒いかも。この日は、この秋一番の涼しさとのことで、部屋の中はかなりひんやりしていて、暖房が欲しいくらい。

その夜は、外食はやめ、近くのスーパーマーケットでお惣菜を買って、このゲストハウスで伊豆での最初の夜を迎えることに。ワインを買い、二人で外の夜景をみながら乾杯しつつ、今日出会った、ペンキ屋さんやお掃除の方々のことやらこれから先の伊豆での生活について夜遅くまで話こんだのです。あの絶景風呂から見える田方平野の夜景が際立ってきれいだったことは、言うまでもありません。次に修善寺に来る時には、今度こそ保養所で泊ることになるのも間違いなく、二人とも夢を膨らませつつ夢の中へ・・・

決断!

大見川沿いの高台の別荘地 眺めはよかったのだけれども・・・

N社さんのMさんのご案内で、修善寺のいくつかの物件を見てから、4日後。朝から良い天気で、どうやら梅雨が明けたような雰囲気。この日は、再度Mさんのご案内でいくつかの物件を見ることにしていました。先日の修善寺視察から自宅へ帰り、再度N社さん扱いの案件や他の物件を探してみましたが、いくつか気になる物件があったので、現地で確認しようということになったのです。

実は、先だっての修善寺行きから帰ったあと、タエさんの心境に大きな変化がありました。現場をみたときには、あまりピンとこなかった例の保養所が、自宅へ帰ってから良く考えると、なかなか良い物件に思えてきたというのです。大量の書籍や他の荷物が多い我々にとって、保養所物件の広さは申し分ないし、建物自体も新しく、敷地面積も十二分の広さ。加えて伊豆の「へそ」ともいえる修善寺の中心部から車で10分程度の距離にあり、別荘地内にはバスも通っていて、仮にここで歳をとったとしても、あまり不自由を感ぜずに暮らしていけそう、というわけです。無論、この変化は私にとっても大歓迎。

しかし、決断を下すには、もう一度案件の細部を見る必要があり、その際、他の物件も見せてもらって、比較した上で決めよう、ということになったのです。

その日、Nさんと待ち合わせたのは、保養所から更に東の山奥に近いところにある物件で、「伊豆パールタウン」という名前の別荘地です。別荘地内はよく手入れされており、道幅も広く、林間に立ち並ぶ数々の別荘地はみんな比較的新しいように見受けられました。希望して案内してもらった物件もかなり新しく、築後10数年ということでした。間取りはやや少ないものの、日当たりもよく、温泉もついていて住みやすそうな雰囲気。敷地は平地で、かなり広い庭があるため、建増しも可能と見受けられました。しかし、残念ながら保養所のようにべた基礎ではなく、布基礎。また、林間にあって静かな立地ではあるけれども、とくに富士山が見えるわけでもなく、自分達がどこに住んでいるのかさえもわからなくなってしまいそうな雰囲気。

心には響く物件ではあるのだけれども、保養所と比べると、今一つだなぁというかんじ。この物件のほかにも、同じ敷地内の物件を外部から見せてもらいましたが、やはりピンと来ません。別荘地そのものの雰囲気は悪くないのですが、いかんせん、修善寺の中心地からかなり離れたところにあり、買い物なども便利が悪そうです。

その日は、このあと、もうひとつ近くの物件を見せてもらいました。それは、N社さんのHPをみつけたとき、最初に目をつけた物件のすぐ隣にあった物件。最初に目をつけた物件は、もうすでに買い手がついていたのですが、前回、Mさんに案内していただいたときに、参考までに案内してもらいました。そのとき、そのすぐ隣にも別の物件があり、もうすぐ売り出るという話を聞いていました。それがこの物件。

修善寺の東側へおよそ車で15分ほど行った場所の高台にあり、狩野川の支流の大見川という川沿いにあります。急な斜面の上に建てられたその物件からは、この大見川沿いの平野とその斜面に建っている数々の別荘地を望むことができ、富士山こそは見えませんが、なかなかの開放感がありました。

しかし、先ほどの物件ほど新しくもなく、またやはり利便性はいまひとつ。最終的な決断を下すとして、やはり交通が良く、買い物、食事処などの施設が近くにあるということは大きなポイントになります。今はまだ若いけれども、歳を重ねるにつけ、こうした山の斜面にある住宅に住まうというのは苦になっていくに違いありません。最終的な住まいを決めるとき、建物や土地そのものの魅力よりも、やはりその周辺の環境というものは大事になってくるだろう、とこのとき思いました。

そして・・・その日最後に見せてもらうことになっていたのがあの保養所。保養所に到着し、早速中を見せてもらおうと思ったそのとき、Mさんが、「中を見る前に、修善寺の町の主だったところをご覧になってみてはどうですか?私の車で案内しましょう」、とおっしゃいます。たしかに、まだ修善寺の町はじっくり見ていなかったし、「周辺の環境」という要素が大事なことを先ほどの物件をみたときにちょうど感じていたので、渡りに船ということでお申し出を受けることにしました。保養所のある山の上からふもとへ下り、病院や市役所、警察署、主だったスーパーなどをざっと見せてもらいましたが、実感として、ここはかなり便利だ・・・と思いました。

修善寺のすぐ隣には大仁(おおひと)という町がありますが、伊豆半島では沼津や三島に次いで大きな町。昔、金山があり、今は廃坑になっていますが、そのために栄えた町のようです。ここには、アピタという大きなショッピングセンターや、ホームセンター、本屋のほか、ユニクロやブックオフといったメジャーな施設が集積しており、保養所のある山を下れば、どれにも十数分で行けます。

別荘地内には、一日の本数は少ないけれども修善寺駅までバスが通っており、いつもは自家用車を使う我々ですが、電車を使って遠出をするときなどには便利に違いありません。

ひととおりの周辺環境を見せてもらったあと、ようやく保養所へ戻り、家の中へ。その日ももう5時を回っていましたが、梅雨が明けたらしく、外はまだかなり明るく、保養所の中も電気をつけなくても十分にあちこちを見ることができます。

前回チェックできなかった細部を確認し、庭にも出て、雰囲気を味わいます。今日は富士山は見えませんでしたが、遠くに見える伊豆の山々の緑と空をゆく雲の白さが目に沁みるようです。目をすぐ下に向けると、この別荘地の家々が見渡せるのですが、すぐ真下にある老人保養施設のかまぼこ型の屋根が周囲と少しミスマッチングな感じ。しかし、それを除けばなかなかの開放感があります。玄関先の庭にはかなり草が生えていますが、一面の芝生になっており、草をきれいに刈ったら気持ちよさそう。ここにテーブルと椅子を置いて、お茶を飲みながら富士山が見えれば最高です。

そして・・・我々二人が下した決断は・・・ここを買おう!でした。一階のリビングで、その旨をMさんに伝え、具体的にどういう手順で購入するか、について相談したところ、まずは地元の銀行を紹介してくださるとのこと。よく知っている銀行マンに連絡をしておくから、後日彼と電話ででもよく相談してみてくださいとのことでした。

時刻はもう6時を回っていました。少し回りが肌寒く感じるくらいの気温となり、そろそろ、東京へ帰らなければならない時刻です。Mさんにお礼を言い、保養所を後にし、帰京の途へ。長かった家探しの旅もようやく終わりを告げようとしています。しかし、まだローンの設定やリフォームなど数々の問題が。しかし、そういう問題もきっとクリアー出来るに違いないという確信が二人にはありました。その日の帰宅は10時過ぎ。疲れてはいましたが、長い旅を終えてようやく安息の日々を迎えることができる、という充足感でいっぱい。お祝いと称して、少しお酒も飲んで、その日の夜の眠りはいつになく深いものになりました・・・

恋におちるということ

河口湖にて

久々にスピリチュアルをテーマにしてみたいと思います。最近読んだ中に「スピリチュアル・ヒーリング2」という本があります。筆者はベティ・シャイン(Betty Shine)さんで、イギリス人。表紙裏のプロフィール紹介によると、「幼いころから透視や予知能力などの超能力を発揮する。さまざまな超常現象を体験し、「心のエネルギー」によって人を癒す力を身につけ、オペラ歌手からヒーラーに転身」とあります。

イギリスでは有名な方のようで、テレビなどにも出演されていたようですが、残念ながら2002年に亡くなっています。この本は、最後に執筆された本ということで、遺作になるようです。

その中身は、人と霊、すなわち、生きている人と亡くなってしまった人それぞれの心のエネルギーについてのさまざまなエピソードが、彼女の心霊治療を通じて書かれています。すべて紹介することはできませんが、その中でも本題でもある「恋におちること」では、恋におちるということは、スピリチュアル的にみるとどういうことかということが書いてあります。

最近、若い方から恋の悩みの相談を受けたことがありますが、なかなか思うような方向に恋愛が進んでいかない方も多いかと思います。こういう方々は、ベティさんによるスピリチュアル的な観点からの恋愛論を垣間見てみると大いに参考になるのではないでしょうか。いつものように引用したいと思いますが、ただ、訳者による邦訳文は、原文を忠実に翻訳してあるためか、少々わかりにくい部分がありますし、著作権の問題もありますので、以下は重要な部分を抜粋し、私的な解釈も加えて書きなおしたものです。少々長くなりましたが、ご一読ください。




恋におちるということ(原文は恋におちること)

恋におちるということは、すべての人にある「心の波」の中でも、最もわくわくさせるものの一つでしょう。一目惚れによって胸がわくわくするのは、この人は前世で知っていた人だということが分かったからで、その発見は脳の働きを大きく変えます。

お互いに一目惚れで恋に落ちた恋人達は、本人達は意識していないかもしれませんが、二つの心を融合させて一つにしたいという、共通の考えと欲求を持っています。

しかし、この欲求が問題なのです。恋に落ちてしまった瞬間から、妻、夫、子供、家族、友人、これらはみなわきへ押しやられる ──存在することをやめてしまうのです。常識や他人への忠誠はもはや何の意味も持たず、自分達の世界しか見えなくなる・・・

もし、二人が自由に恋をする立場にあるなら、その恋は自然に育っていく場合もあるでしょう。しかし、いつも事がそう簡単にいくとは限りません。

狂ったように相手を縛りつける恋は多いものです。同じ職場で出会ったある若い二人は、会った瞬間から、「一目惚れ」で激しい恋に落ちました。しかし、その後1年間もの間、いつもお互いのためだけに生きていたため、仕事がおろそかになりました。二人は二人をとりまく全世界を完全に黙殺しました。そのあげく、男性は職を失い、女性は両親と疎遠になってしまいました。二人は完全に自制心を失ってしまったのです。

その後、女性の両親の援助もあり、男性は新しい仕事をみつけることができましたが、他の女性と一緒に仕事をすることを彼女が嫉妬したために、しまいには二人の関係はダメになってしまいました。

「一目惚れ」で多くの場合問題になるのは、片一方だけが熱が冷めた場合、もう一方は執着し、憎しみをもち、両者が悪夢のような状態に追い込まれるという点です。

一目惚れなどしたこともなく、これからの人生においてもそういうことはけっして起こらない。自分には分別があり、我を忘れるような恋愛はけっしてしないつもりだと思っている人も多いでしょう。しかし、そういう人でも、ひとたびそういう状況に陥ったら、ほかの人と同じように周囲が見えない状態になるのです。

二人が相思相愛だった場合、その恋は同じ振動をもつ心と心のエネルギーの融合といえます。すべては振動であり、二つのものが一つになると、短所や長所、とりわけ二人の欲求は倍加します。同じ感じ方をする人とたまたま出会い(実はたまたまではなく、必然だったりするのですが・・・)、その人の心の波の振動の仕方が自分のものと一致するなら、相手に話しかけられたり触れたりしなくても融合は生じます。双方とも自分らしさを失っていないつもりでいても、関係が続いているあいだは一体化して一人の人になったかのようになります。いつも相手の人と一緒にいたいという気持ちが頭から離れなくなるのです。

以前は自分にとって大事だった人のことさえ忘れてしまうのはこのときです。

こういう愛は一種の病気です。それによってへとへとになるのですが、容易に断ち切ることができなくなるのです。実際のところ、やめようという気にはまったくならず、むしろ外の人間を排除するような利己的な関係にエスカレートしていきます。それは麻薬のようなもので、そうであればそうであるほど美味なのです。




ところで、恋を持続させるためにはもうひとつ別の重要な要素があります。それは、ロマンス(恋愛感情)です。ほとんどの女性はどんな代価を払っても真の恋愛関係を得たいと思うでしょう。ただし、その際、セックスの問題は別です。それは恋愛のほんの一部でしかありません。

恋愛の最初の段階ではセックスは重要な意味をもつかもしれません。しかし、その恋が長びけば長びくほどセックスは重要ではなくなっていきます。もし二人のうちのどちらかが、あるいは二人ともが豊かな人生経験を持っていれば、二人の関係を持続させる要素の90%はロマンス(恋愛感情)であることを二人ともやがて知るでしょう。恋愛感情がなくなれば、二人の関係はおしまいです。恋愛感情は本物でなくてはなりません。本物でない場合、相手には本能的にそれがわかるのです。

大多数の人は恋愛感情が二人の関係を続ける上で欠かせないものであるということを知りません。どんな人でも、その人生において恋に陥る用意ができている時期があり、相手と心の波の振動が合いさえすれば、順調に?恋愛関係は発展していきます。しかし、最初は心の振動が融合したとしても、お互いの恋愛感情を維持できなくなってしまった場合、この上なく幸運か自分を欺くかしない限り、関係を続けることも結婚にこぎつけることもできなくなってしまうのです。

恋愛感情を持ち続け、ふたりが幸せになるためには、利己的ではない愛にまで高め、相手に縛りつけられることなく、相手と溶け合っている自分の心の一部を自由にすることが必要です。自分自身の独立と思考を失わないでいられれば、周囲の人々を傷つけることなく、その恋は深い愛に変わっていく可能性が高いのです。

さて、本論の心のエネルギーの問題に戻りましょう。人によっては一生のうちに一目惚れなど全くしない人もいることでしょう。こういう人がラッキーなのか、不幸なのかという議論は脇に置いておくとして、たまたま?一目惚れをしてしまった人は、その恋を決して忘れず、肉体的にも精神的にも最もひどい傷を負っても、悔やむことはめったにありません。

心と心が深く融合すると、決して切れることのない心のエネルギーのつながりができるからです。結局は分かれることになっても、相手のことを思い浮かべるだけで記憶がよみがえり、つらい出来事などなかったように思え、恋の始まりの時点に戻ったような新鮮な気持ちが蘇ります。

ただ、二人の関係が良かった時の思い出しかなければ、別れは耐えがたいものになるでしょう。一方では、悪かった時の思い出が多ければ、それを思い出すことで別れに耐えることができるという側面もあります。

しかし、いずれにしてもその恋を決して忘れず、ひどい傷を負っても多くの場合その恋を悔やむことはないのです。

心と心の融合によって激しさを増したエネルギーは、犯罪さえ引き起こします。二人の人の心が融合したあと、一方が逃げ出したいと思ったとしましょう。それは、このまま一緒にいては自分というものがなくなってしまうという怖れからくるもので、自己保存の本能のためであるかもしれません。また、相手の心と自分の心が一体になるあまりに、すべてがわかってしまい、新鮮さがなくなってしまうためかもしれません。

この時、相手の捨てられそうになっている人は、逆にその恋から離れられなくなっている場合があります。相手の心と融合したままでいたいという激しい気持ちは、かなり強い麻薬を常時注射してもらわないといけないという状態に似ています。麻薬が与えられないと一時的に狂乱状態におちいり、こういう状態のもとで人を傷つけたり、極端な場合、殺人にまで至ったりするのです。殺人まで犯す人はふつう、魂が体から抜け出す体脱状態にあり、何も覚えていないといいます。そこまで魂が極限の状態に追い込まれているのです。

それでは、相手から離れられなくなったとき、それを断ち切る方法はあるのでしょうか。

ただ一つの方法は、相手に会わないようにすることです。それによって心のつながりは少しづづゆるくなっていきます。何年か相手に会わないと、心のつながりはさらに弱まります。ただ、弱まるだけで、決して消滅することはありません。相手に残された、あるいは自分に残った心のエネルギーを消し去ることはできないのです。それはいつまでもあなたとともにあります。あなたにできるのは、ニ度と会わないことによって相手の拘束力を弱めることです。転居することが不可能ならば、二度と会わないよう決心しなければなりません。

ある妻子のある男性が職場の同僚の女性と恋に陥りました。男性は妻を愛していて裏切るつもりはありませんでしたが、その女性と別れることはできませんでした。男性と女性は逢瀬を続け、ついには妻が怪しみだしました。男性は家庭を失うことがとてもこわかったので、今後絶対にその女性と会うまいと心に決めました。腹を決め、それで一件が落着したかに見えました。

しかし、あいにく相手の女性は違う考え方を持っていました。女性はこの麻薬のような関係から離れられなくなっており、関係を終わらせたいとは思わなかったのです。男性は追い回され、ついには姿を隠さざるを得ないようになりました。

言うまでもなく、二人の関係は妻に見破られ、二人は一緒に住んではいても以前のような関係ではいられなくなりました。

──よくある不倫の話です。

もし、男性がすべてを失う前の恋愛の早い段階で、逢瀬を続けることを断ち切っていれば、男性と妻子の幸せな家庭は続いていたかもしれません。しかし、男性にはそれがどうしてもできなかったのです・・・

恋におちるということに関しては、だれが悪いとか悪くないとかいう議論はあてはまりません。誰もが被害者なのです。どんな人もこれについて反論することはできないでしょう。心と心のエネルギーがぶつかって融合するということは、ごく単純なプロセスです。それは一瞬にして起き、またどんな人にでも、どういう年齢であれ起こります。たとえ70代の人で、自分にはそんなことは起こらないと思っていても、どうなるかわからないのです。

しかし、恋愛の形はすべて同じというわけではなく、年齢を重ねた人の恋愛よりも、10代、20代の若い人達の恋愛のほうがより利己的です。若い人の恋愛は育っていくのに時間がかかることも多いものですが、自分達が愛し合っているということがついに分かりはじめると、二人はお互いのためだけに生きていこうと思うようになります。その結果として家族や友達や仕事はみなほったらかしになっていく・・・

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途中ですが、ここまでが、ベティさんの「恋におちること」の部分を記述を私なりに解釈した改訳文です。原文では、このあと、「若い人の愛」「無私の愛」「憎しみ」と続きます。いずれも面白い、といってはなんですが、ためになる内容なので、また日を改めてご紹介しましょう。

ただ、最後にもうひとつ、私の解釈を加えたいと思います。それは、人と人が出会って恋に落ちるということは、やはり必然であり、その恋の行方がハッピーエンドであろうが、悲惨な結末を迎えるものであろうが、当人達にとっては大きな学びの場であるはずだ、ということです。もちろん、周囲の人達も巻き込んでの大騒動になることだってあるでしょうが、そのまわりの人達も本人達の恋愛を通じて、何かを学んでいくのでしょう。それもまた必然なのだと思います。