当たらぬも八卦


今年もあとわずかになりました。

今日が御用納めで明日からは家の大掃除だという人も多いでしょう。その中で、来年はどんな良い年になるだろう、とみなさん期待を膨らませているに違いありません。

では、自分はどうかと振り返ってみたところ、来年のことを思うとワクワクするか、といえばそうでもありません。ああまた歳をとるのか、とどちらかといえばネガティブなほうに目が行ってしまう今日このごろです。

ある占いによれば来年の私の運気は「乱気」だそうで、精神面で不調となりやすいとか。「乱心」で辞書を引いてみると「心が乱れ、心神喪失の状態になること」とあり、仏教用語としては「散乱する心。煩悩などにとらわれて乱れる心」だそうです。

何らかの理由で心乱れることがあるということのようで、あまりいい年ではなさそうなのですが、過去に同じ運気だった年の出来事を振り返ってみると、意外にそうでもありません。

高校に入学した年であったり、最初に勤めた会社を辞めた年、別の組織から離れた年、出向先から戻った年、といったように、どうも何か自らの境遇に変化が起こるという星回りだったようです。

そうした変化を「運が悪い」と受け止めるかどうかですが、当時のことを思い出してみるとそんなことはなく、マンネリ化していたそれまでの人生に向かって新たな風が吹いた、とむしろ歓迎するような気分だったかと思います。

考えてみれば、こうした占いというものは、人の運勢をたかだか10か12ほどのカテゴリーに分けて示しただけのものです。地球上に80憶ほども人がいるというのに、それをわずかこの程度の数で縦割りしていいのでしょうか。かなり乱暴な気がします。

そのほかの占いもそうです。例えば星占いは、その人が生まれた月に空にかかっていた星座が何であったかで占いますが、これも12パターンにすぎません。四柱推命や九星気学も9通りの運勢しかありません。

あるアンケート調査によれば、かなりの数の人々がこうした占いに示されたことを信じ、それに従って行動をしているといいます。毎日のようにテレビや新聞雑誌でいろいろな占いが紹介されていますが、多くの人がこの単純な仕分けの結果を見て一喜一憂します。

しかし、それぞれが違った個性を持っているように、本来なら運命もそれぞれ違っているはずです。

私自身、占いを全く否定しているわけではありませんし、同じようにテレビや雑誌で紹介されているものを見ています。しかし、信じるかどうかといえば半々で、どうせ占うならちゃんとしたもので占いたいなと思っています。

例えば同じ星占いでも、もっと細かい星の配置から運勢を見ることもできます。その人が生まれた時の星々の配置と、占いたい時々の惑星の動きとの関係性をもって運命を占うというもので、いわゆるホロスコープを使った占い方です。

生まれた時の惑星の配置と現在の惑星の配置の組み合わせはそれこそ天文学的ですから、こうした占い方法によれば、まったく同じ運命の人はほぼいない、ということになります。







もともと、理科系志向だった私は、子供のころからこうした星占いには興味がありました。天文学者になりたい、とまでは思いませんでしたが、天文学雑誌を定期購読し、夜空を双眼鏡で毎晩ながめていたりする少年でした。

そして、この夜空の果てにはどんな不思議があるのだろう、それを人類は解き明かすことができるのだろうか、と子供心に思ったりしていたものです。

そもそも、占星術と天文学は深い関係があります。それぞれastrology、astronomy、というようastroが冠詞として付きます。これからもわかるように両者はルーツが同じで、天文学というものの母胎が占星術でした。

天文学はプトレマイオス以来の天動説の宇宙観のもとに発展したもので、この地球を中心に天は動いているという説は占星術から生まれたものです。ケプラーの法則で有名なヨハネス・ケプラーは天文学者・数学者であると同時に、占星術師でもありました。

ところが、コペルニクスが「地動説」を唱え始めたころから、分化が始まりました。それまでは、自然についての考察は「自然哲学」という体系で行われおり、単に星がどのような周期的な動きをするか、ということだけに関心が寄せられていました。

そこに地動説という科学的な視点が出てきました。それまでは占星術と天文学は未分化で混然一体の状態でしたが、それからは別者になっていきました。とくに、1687年にアイザック・ニュートンが「自然哲学の数学的諸原理」を著わしてからは占星術と自然科学の分化は歴然としたものになりました。

占星術専門家が、月の満ち欠けや太陽の位置、惑星と星座の位置関係といった単純な天文現象にだけしか興味を示さなかったのに対し、ニュートンらの新しい考えを持った科学者たちは、近代的な自然科学を用いて、より正確な天体の動きを予測するだけでなく、それぞれが力学的・物理学的に関与し合っているかといったことを紐解くようになりました。

こうした結果、現代では占星術と天文学は、原則として全く別のものになりました。現代の天文学者たちはさらに、天体の配置や動きを予想するだけではなく、それらが生まれた原因を探り、将来にわたってどうなっていくのかを予測するとともに、目に見えない天体についてもその存在の意味を探ろうとしています。

一方、旧来の占星術家たちには新たな探求心はありません。現代自然科学を用いれば、より正確な惑星の位置などを予測することもできるはずですし、また太陽系内外に新たに見つかった小惑星なども取り入れた新たな占いもできるはずです。

しかし、そうしたことにはまるで興味はなく、あいかわらず太陽と月以下、水金地火木土天海冥の星の配置だけを捉え、それだけで人の性格や相性、国家の未来などを予測しています。







このように、占星術と天文学は、現代では目的も手法も、まったく別のものになっています。ただ、若干の例外はあり、微妙な領域の研究で占星術と自然科学が重なる場合があります。

例えば心理学です。フランス、ソルボンヌ大学の心理学者で国立科学統計センターの統計学者でもあるミッシェル・ゴークランという学者は、出生時の惑星の配置と性格を分類する統計研究を行い、両者には相関関係がある、と結論づける論文を発表しました。

しかし、日本の明治大学コミュニケーション研究所の検証結果は、その関係性は有意水準ではあるものの、あまりにも小さすぎて実際に適用する根拠には乏しい、といったものでした。

このほか、パーソナリティ研究の分野で第一人者であるドイツの心理学者ハンス・アイゼンクも、統計学的調査に基づき、様々な観点からの西洋占星術の妥当性を検証しましたが、その答えは否定的なものでした。

占星術者と言われる人たちの中には、これは「統計」によるものと説明する人もいます。確かに星の運行の情報は統計データに基づいて計算することができますが、星の動きと個々の人間の運命との関係性を統計的に立証できた例はありません。

こうした占いが部分的にでも当たったように感じられるのは、バーナム効果だと言う人もいます。誰にでも該当するような曖昧で一般的な性格をあらわす記述を、自分、もしくは自分が属する特定の特徴をもつ集団だけに当てはまる性格だと捉えてしまうことです。

例えば、以下のような文章を見た時、自分に当てはまる、と感じる人も多いのではないでしょうか。

・あなたは他人から好かれたい、賞賛してほしいと思っているが、にもかかわらず自己を批判する傾向にある。
・あなたは外見的には規律正しく自制的だが、内心ではくよくよしたり不安になる傾向がある。
・あなたは独自の考えを持っていることを誇りに思い、それゆえに十分な根拠もない他人の意見を聞き入れることがない。

実はこれは、ある星占いの星座ごとの占い結果をまとめて表示したものです。アメリカの心理学者バートラム・フォアという人が行った実験で使われたもので、彼は学生たちに、この分析がどれだけ自分にあてはまっているかを0(まったく異なる)から5(非常に正確)の段階でそれぞれに評価させたところ、その平均点は4.26だったそうです。

いかに人がこうした占いを信じやすいか、を端的に示した結果といえますが、このほかにも確証バイアスというものがあります。これは仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のことです。

その結果として稀な事象の起こる確率を過大評価、または過少評価しがちになりますが、こうした現象は2011年に起こった東日本大震災でもたくさん確認されました。

こんな場所にまで津波はやってこない、あるいはここにいれば津波から身を守ることができる、といった思い込みです。これが例えば星占いの場合だと、あなたは魚座でこうこうこういう性格だ、と一度言われればそれを信じ、他の星座の占い結果などはまったく見なくなります。



このように、占いというものは、元々不確実性が高いもので、また曖昧なものです。このため科学的な視点でものを見ようとする姿勢の人の目には、いかがわしいものとして映ります。占いを信じる、という人は意外に少なく、博報堂がアンケートを使って「占い・おみくじを信じる」と言う人の割合を調べたところ32.5%にすぎなかったそうです。

では、占いというものは、我々にとって全く必要のないものか、といえば、はっきりそうだと割り切れるものでもなさそうです。

たとえば、何かを決断したいけれども、はっきりと決めきれない、といったときに占いの結果に頼ったりはしないでしょうか。

卜(ぼく)、または卜定(ぼくじょう)といいう占いがありますが、何かを決断するときなどに使う事が多く、これは人が関わりあう事柄(事件)を占うものです。

時間、事象、方位など基本にして占いますが、占う事象を占う時期、出た内容などとシンクロニシティさせて結果を観ます。ある意味、偶然性や気運を利用して観る占い方法です。

ちなみに卜の文字は、亀甲占いの割れ目を意味する象形文字を原形としており、「亀卜」と呼ばれていました。21世紀の現代でも宮中行事や各地の神社の儀式で行われており、宮中行事では、大嘗祭で使用するイネと粟の採取地の方角を決定するために用いられています。

かつて明智光秀が信長を本能寺で討つときも、この亀卜でもってその成否を占ったという話もあるようです。結果は凶と出たようですが。

この卜をもっと簡単にしたものが、花占いで、一輪の花を手にとって花びらを一枚一枚摘んで「好き・嫌い」を判断したりします。また、神社では「鳥居へ投石をして、乗るかどうか」で願いが成就するかどうかを占うところもあり、これも卜のひとつといえます。

では「シンクロニシティ」とは何でしょうか。

シンクロニシティ(synchronicity)とは、「意味のある偶然の一致」とされるもので、日本語では「共時性」とか「同時性」「同時発生」と訳されます。

例えば、歩いていて急に靴の紐が切れた、としましょう。ただそれだけはなく、ちょうどその時「病院で祖父が亡くなった」と考えてみましょう。

出来事というのは、単純な物理現象ではありません。例えばこの靴は実は祖父が自分にと贈ってくれたもの(歴史)で、その紐が突然切れた(状況)ことを、自分だけでなく周囲の人たちが不吉に思う(体験)かもしれません。このように出来事というのは、複数の事柄が1つにまとまったものです。

シンクロニシティである場合には、そうした中でも「靴の紐が切れた」という出来事と、「病院で祖父が亡くなった」という出来事が偶然にも重なった場合に起こり、この場合、両者の間には“通常の因果関係がない”、という条件が必要になります。

靴紐が切れたことで祖父が亡くなったわけではありませんし、靴に何等かのバイキンがついていてそれが原因で紐が切れたり祖父が亡くなったわけでもありません。一方が他方の原因になっていたり、共通の原因から両者が派生していたりしない必要があるわけです。

ふたつの出来事は必ずしも同時に起こる必要はありません。1日違いかもしれないし、1週間後かもしれません。ただ、もしほぼ同時、もしくは近い時間に起きたとしたなら、その衝撃は大きなものになります。



これを全くの偶然と考えて因果関係などはないと考えることもできます。しかし、この二つの出来事が共起したことには何か意味があるのだ、その靴は祖父の象徴であり、紐が切れたということで永遠に別れることになったのだ、と考えることで両者の出来事の橋渡しができます。

つまり、シンクロニシティとは、それが起きることで何等かの「意味」が生成されたように捉えること、と定義できます。

心理学者のカール・ユングは、その意味するところを示そうとして、占星術をその傍証に取り上げたそうです。

例えば、あるとき自分の星座に木星が入ったときに、ある偶然で将来の結婚相手が見つかったとしましょう。ふたつの出来事が同時的に起きていることに当初は気づいていませんが、後になってこのとき木星が自分の星座に入っていた、ということを知ります。

遠く離れた場所で客観的な出来事が二つ同時的に起きたと判明したわけですが、このときこれを単に偶然と片付けることもできますが、それについて意味を見出すこともできます。

「将来の結婚相手との出会い」という客観的な出来事が、木星が自分の星座に入ったというタイミングでシンクロ的に起きたのだと確信的に考えることができるとすれば、そこに木星は幸運の星なのだ、という意味が生まれます。

このようにシンクロニシティは、それが起きることで「意味」を生成します。日常におけるシンクロニシティにおいても、そこに何かのサインや意味を見出だすことができたなら、それがその偶然が起きた理由です。

この靴の紐の例は、「虫の知らせ」とも呼ばれます。家族等の生命に危険が迫った際に何等かの予兆を感じるもので、このほか下駄の鼻緒が切れたり、突然棚から花瓶が落ちたりといったことがあるかもしれません。それを「虫の知らせが起きた」と認識し、人の死を悟ります。

このほか、よく知る誰かから何か電話がかかってくるような気がする、と思っていたら実際に電話がかかってきた、といったことはないでしょうか。さらには通勤途中で小銭を拾ったら、その日に宝くじが当たった、ということもあるかもしれません。

このように何か出来事が起こる前に予知できるものもシンクロニシティといえますが、同じようなものに「嫌な予感」というものもあります。

何か今日は車の調子が悪いとか、なんとなく外出したくないといった「いつもと違う」ということを感じたりしますが、そういう時に限って交通事故を起こしたり、外でつまづいて骨折したりといったことが現実になったりします。

人間には元五感を超えた「第六感」とよばれる感覚があるといいます。もともと誰でも持っていたはずですが、文明人になるにしたがって、その働きが弱くなってしまい、現在ではいわゆる霊感が強いと言われる人だけが持つようになった感覚ともいわれます。

超感覚というべきものであり、誰でも持っているものではありますが、普段はあまり表には出てきません。しかし、時にそうした能力をいつも使え、他の人以上超常感覚が優れているといわれる人がいます。



霊感がある人とか、ある種の予知能力を持っている人などがそういう人たちですが、実は彼らの中には占い師が多いようです。

最近、占いをテーマにしたテレビ番組が高視聴率を取っているようですが、ここに登場する人たちは実はそういう特殊能力を持った人たちだと私は思っています。

一応、「占い師」の体裁を保っていますが、実は鋭い第六感を持ち、シンクロニシティの意味を即座に理解して人に伝えることができる人たちであるに違いありません。中には占う相手のオーラを見ることができる人もいるようで、番組ではそうは明かしてはいませがん、私には実際にそれが見えているように思えます。

実は私たち夫婦が良く占ってもらう占い師さんがそういう人で、実はかなりの霊感がある人ですが、表向きには占い師ということで通っています。

かつて広島でその人に占ってもらったときに彼女が言った言葉が印象的でした。「こうした占いの形でも取らないと信じてもらえないんですよね~」

この人は、幼いころにまるまる2年ほど記憶がない時期があるそうで、その時期を過ぎたあとにそういう能力が身に付いたとのことです。無論、オーラを見ることもでき、私の先祖のことまで的確に言い当てました。

最近読んだ本に、我々が普段見ている世界というのは、実は本当の世界の一部にすぎず、実際の世界が100%であるとすれば、そのうちのわずか1%にも満たない世界しか我々は見ていない、と書かれていました。

従来の物理学では、物質の最小単位は原子、素粒子、クォークといった点粒子であると考えられていましたが、さらに研究が進んだ結果、最近ではそれらの存在だけではこの世の成り立ちが説明できないことがわかってきました。

身のまわりの物質はすべて極めて小さな「ひも」が集まってできているというのが、最近の物理学の最先端の理論で、これは「超ひも理論」と呼ばれています。

この理論によると、実はこの世界は、縦・横・高さの「3次元空間」ではなく「9次元空間」だといいます。さらに、私たちが暮らす宇宙とは別に、無数の宇宙が存在する可能性があるそうです。にわかには信じがたいことではありますが、かつては SFの世界と言われていたような世界が現実の世界なのかもしれません。

そうした時代に占いかよ、と言う声も聞こえてきそうですが、そうした超能力を持った占い師さんたちだけが、そうした我々に見ることのできない世界を見ることができるのだとしたら、その言葉を信じてみようかという気にもなります。

この世の中に不思議はまだまだたくさんあります。その不思議の一端を「占い」という我々にもわかりやすい形で見せてくれるのが彼らだとすれば、それを科学的ではない、という理由だけで片付けるはもったいない気がします。十分に理論的であるとされたその科学ですら、その存在があやうくなりつつある時代なのですから。

いつかそうした占い師さんたちの占い結果も理論的に説明できるような時代が来るに違いありません。その中で、来年私に訪れるという「乱気」もきっとその本当の意味がはっきりするのでしょう。

心乱れる年ではなく、12に一度回ってくる千載一遇のターニングポイントだと信じ、そこから人生が大きく変わることを、しかも良い方に転がることを信じたいと思います。

みなさん良いお年を。


影を見る


修善寺に住むようになって、そろそろ10年になります。

温泉街を中心にいつも観光客でにぎわっていますが、田舎といえば田舎です。

しかし、すぐ近くに設備の整った病院や市役所があり、また大きなショッピングモールや飲食店もそれなりにあって、生活するにあたっては至極便利なところです。

ただ、やはり郊外に出ればそのほとんどが田畑か林野です。住宅もまばらで、夜間の交通量も少ないため灯りは多くありません。

とはいえ、夜に外出することはほとんどないので特に不便も感じません。かえって、光害が少ないので、星が良く見えるというメリットがあります。庭先に出ると、晴れた日には満天の星が輝きいています。さすがに天の川を見ることはできませんが、車で20分ほども走って山岳部まで行くと、なんとか目視することができます。

天の川は、英語では“Milky Way”といいます。由来はあるギリシャ神話で、その中でこの白い流れを乳とみなしました。

それは最高位の女神のヘラにまつわる話です。彼女の母乳は飲んだ人間の肉体を不死身に変える力があり、息子であるヘラクレスもこれを飲んだために驚異的な怪力を発揮できるようになりました。

しかし、ヘラクレスの母乳を吸う力があまりにも強かったためヘラは我が子を突き飛ばし、その際に飛び散った母乳が天の川になったと言い伝えられています。

対して東アジアの神話の多くではこの光の帯を川と見立てました。中国・日本など東アジア地域に伝わる七夕伝説では、織女星と牽牛星を隔てて会えなくしている川が天の川です。互いに恋しあっていた二人は天帝に見咎められ、年に一度、七月七日の日のみ、天の川を渡って会うことになりました。

しかし天の川は乳でもなく川でもありません。その実体は膨大な数の恒星の集団であることを知っている人も多いことでしょう。しかし、それが我々が住まう「太陽系」を含めた姿である、ということを知っている人は意外と少ないかもしれません。

地球を含めた惑星群からなるこの太陽系は、数ある銀河のひとつである「天の川銀河」の中にあります。我々はこの銀河を内側から見ているために、この星の集団が帯として見えます。また、天の川のあちこちに中州のように暗い部分があるのは、星がないのではなく、暗黒星雲があって、その向こうの星を隠しているためです。

その中心はというと黄道十二星座のひとつである射手座の方向にあります。銀河系の中心であるため、恒星の密度はこの付近が最も高くなっており、天体望遠鏡で観測すると多くの星雲や星団を視認できます。射手座は夏の星座ですから、夏の夜空を見上げると、天の川のこの部分がとくに濃く見えることがわかるはずです。







ただ、日本では光害のためにほとんどの地域で天の川を見ることはできず、日本人の70%は天の川を見る事ができないといわれています。

どうしても天の川を見たければできるだけ僻地に行くしかありません。あるいは日本を離れて人口の少ない場所へいけば、さらにきれいな天の川を見ることができます。

高い山の上か海の上が理想ですが、砂漠地帯もいいでしょう。日本からも比較的アクセスしやすいオーストラリアの砂漠では光害もなく、夜空の透明度が高いので、天の川の光で地面に自分の影ができるほどだといいます。

ちなみに、地球上の物体に影を生じさせる天体は、この天の川以外では、太陽、月、金星、だけです。このほか稀に地球を訪れる流星の中でも、火球と言われるような明るいものであれば影ができるといいます。

このほか、日食や月食も天体が作り出した影です。日食は、地球の周囲を回っている月が地球と太陽の間に来て、その影が地球上に落ちることによる現象です。我々は、地球に落ちる巨大な月の影の中に入ってこれが太陽を隠すのを見ています。

一方、月食は、地球が太陽と月の間に入り、地球の影が月にかかることによって月が欠けて見える現象であり、月面に映る地球の影を観察しているということになります。

では、この“影”とはそもそも何でしょう。それは言うもでもなく物体によって光が遮られた結果できるものです。大きさや形は影ができる面の角度に応じて異なり、歪んだ像となって見えることもあります。変幻自在のこの影は比喩的な意味でも使われることも多く、文学や心理学の概念としても使用されてきました。

視覚を感覚の中心としている我々人間にとっては、光があってものが見える場合、必ずそこには影があります。また、影は常にそれができる原因となる遮蔽物と対となって存在します。「影の中に入る」ということは、光から遠ざかることを意味しており、このため日常世界から何がしかの距離を置くことを影に例えることもあります。

古代ギリシア語で心や魂を意味する「プシューケー」には、魂の影もしくは人の影という意味があります。「魂の影」が何を意味するかについては色々な解釈がありますが、これを「幽霊」と同一視する向きもあります。

同じ古代ギリシアの哲学者プラトンは、我々の見ている現象世界は、本当の世界の影にすぎない、という意味のことを言っています。影は原像の姿に似た形を持っていますが、原像そのものではありません。しかし、プラトンは我々が住む世界こそが影であり、目で見て把握できない世界は別にあって、それこそが本当の世界だと主張しました。







こうした実像の仮像こそが本物だ、いやその逆だといった宗教的・文化的議論はこれまでにもよくなされ、これによって多くの影に関する神話や暗喩が生まれました。

そうした中から光に対しては闇があるならば光の世界に対しては闇の世界があるといった考え方が出てきましたが、その延長として、光が生命の躍動に満ちた生であり存在なら、闇は死であり無である、といったやや飛躍した考え方が生まれました。

影は、夢や想像に現れる死者などをイメージさせます。このため影の世界に棲む存在を「亡霊」と呼び、時にはその世界を「あの世」あるいは「冥府」と呼んだりするようにもなりました。

また、生きている人間に宿る魂に付随する第二の魂がこの闇の中に棲んでいるという見方も生まれました。人間が持つ魂には表と裏がある、と言う考え方です。

自分自身の姿を客観的に見ることを「自己視」といいます。自己の内面を見つめ、そのことによって自己を人間としてより高い段階へ上昇させようとする行為です。より高い能力、より大きい成功、より充実した生き方、より優れた人格などの獲得を目指すものであって、時に自己啓発と呼ばれたりもします。

この自己視によって、人は真の自分=裏側に隠された自分を見ることができるとされます。ところがその過程で、鏡に映る自分ではなくそこから抜け出した自分とそっくりの姿をした分身を見てしまう場合があるといいます。

つまり自分の影を見ているのであって、こうした現象をドッペルゲンガーといいます。古くから神話・伝説・迷信などで語られてきました。肉体から霊魂が分離・実体化したものとされ、この影は時には第2の自我を持つ場合すらあるといいます。

古代ギリシャの哲学者ピタゴラスは、同日同時刻に遠く離れた別の場所で大勢の人々に目撃されたと言い伝えられています。また、アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーン、帝政ロシア皇帝のエカテリーナ2世、日本の芥川龍之介などの著名人もまた自身のドッペルゲンガーを見た経験を語っています。

医学的には“autoscopy”という名前が付けられており、日本語で「自己像幻視」と呼ばれています。現れる自己像は自分の姿勢や動きを真似することもあるそうです、また普通は、独自のアイデンティティや意図は持ちませんが、自己像と相互交流、つまり対話したりする症例も報告されています。

こうした症状はたいていは短時間で消えますが、人によっては常態化します。このことから、統合失調症と関係している可能性があるといわれています。周りに誰もいないのに命令する声や悪口が聞こえたり(幻聴)、ないはずのものが見えたり(幻視)して、それを現実的な感覚として知覚する病気です。

脳腫瘍ができた患者が自己像幻視を見るケースも報告されています。脳の側頭葉と頭頂葉の境界領域の機能が損なわれると、自己の肉体の認識上の感覚を失い、あたかも肉体とは別の「もう一人の自分」が存在するかのように錯覚することがあるそうです。

しかし、こうした科学的解釈で説明のつかないドッペルゲンガー現象も多数あるようで、上のピタゴラスの例以外では、19世紀のフランス人でエミリー・サジェという女性の例があります。この人は同時に40人以上もの人々によって繰り返し目撃されたそうです。



こうした自分の影を見るというドッペルゲンガー現象は死と結びつけられ、自分自身で自分の影を見るということは「死の前兆」であるとされてきました。

「影の病」「離魂病」とも言われ、ドッペルゲンガーを見ると本人が死ぬだけでなく、その影を見た人も死ぬ、といったことまで言われるようになりました。実際、リンカーン大統領は暗殺されていますし、芥川龍之介以も自殺しています。またピタゴラスも最後は暴徒に襲われて非業の死を遂げています。

しかし、エカテリーナ2世は晩年まで大過なく暮らし、ロシア革命が勃発する前に67歳で病死しています。ドッペルゲンガーを見たからといって実際に当の本人が死んだりそれを見た人が死んだという事例も実際にはあまり多くないようです。

ただ、こうした死の前兆とされるドッペルゲンガー現象は小説家にとっては魅力的な題材となってきました。18世紀末から20世紀にかけて流行した幻想小説作家たちは、好んでこの現象を取り上げ、影は「自己の罪悪感」を投影するものだとして、数多くの作品が生まれています。

例えば、エドガー・アラン・ポーがドッペルゲンガーを主題にした怪奇譚「ウィリアム・ウィルソン(1839年)」は、ポー自身が幼少期を過ごしたロンドンの寄宿学校が舞台になっています。

ここに通う主人公の学生「ウィリアム・ウィルソン」が、突如としてそこに現れた同性同名の自分の分身に振り回されるようになり、最後には自分で自分を殺してしまう、という話です。この第二の自己は主人公を付け回しながら、次第に狂気へといざなっていきますが、実はこの影は主人公の希望を具現化したものでもあった、というのがオチです。

「ウィルソン」は英語で“Wilson”であり、書き下すと“Will son”になります。これを根拠に、この物語で登場する第二の自己は主人公の良心の具現化であるという人もいます。息子(son)は自分自身であり、つまり主人公は穢れのない少年の心を持った生き写しとともに生きることを望んで(Will)いたという解釈です。



こうした自分自身の影をテーマを扱った話は日本にもあります。戦国時代の武将の中には実際に「影武者」を持っていた人物もいるということですが、これを題材にした一つの例が黒澤明の「影武者(1980年)」です。

武田信玄に瓜二つだった盗人の男が、あるとき信玄に助けられたことなどを信義に感じて影武者になることを申し出ます。最後には正体がばれてお役御免となりますが、その後なおも信玄への忠義を守り、長篠の戦いでは小兵として参加します。

槍を拾い上げ、ひとり敵へと突進する中、最後は致命傷を負いますが、喉を潤すべく河に辿り着いたとき、河底に沈む風林火山の御旗を見つけます。その御旗に駆け寄ろうとしますが、そこで力尽きて斃れ、その屍は河に流されていく…というストーリーです。

物語の前半、数々の戦で100万人を殺したとされる武田信玄の影武者となったこの男は、合戦で戦死する兵士や自分の盾となり犠牲になった家来などを目の前にして傷つきます。

その体験を通じて「大悪党」である信玄がいかに苦悩してきたかを悟りますが、その過程で自分も成長し、最後には自分を育ててくれた信玄に殉じて死んでいくという内容であり、「影の魂の成長話」と捉えることもできます。

一方、隆慶一郎の「影武者徳川家康」では、影の方が実像の家康よりも生き生きとして才知に満ちている、といった設定になっています。関ヶ原緒戦で暗殺された家康本人に代わって、影武者となった男が自由な世の中を作るべく、駿府政権の長として大御所政治を推進し、最後は二代将軍の秀忠と戦う、という内容です。

この話では、家康に瓜二つであるだけでなく、知識からものの考え方までもそっくりの主人公の心の内が細かく描かれています。自我と無意識、つまり自分自身と影のあいだの調整を取りつつ生き方を模索し、「道々の者」として自由な世の中を作ろうとするその姿は家康本人を彷彿とさせます。

影が人間にとっていかに重要な存在かということは、ドイツの作家、アーデルベルト・フォン・シャミッソーの「影をなくした男」の物語にも示されています。少し詳しく書いてみましょう。

貧困に悩む主人公ペーター・シュレミールは、金策のためにとある富豪の屋敷を訪れ、そこで灰色の服を着た奇妙な男を目にします。男は上着のポケットから望遠鏡や絨毯、果ては馬を三頭も取り出して見せ、これを見たシュレミールは驚嘆します。しかし、周囲の人々はなぜかそれを見ても気にも留めない風でした。

そのうち男がシュレミールのもとにやってきて、あなたの影が気に入ったので是非いただきたい、と申し出ます。彼は躊躇しますが、「では、望みのままに金貨を引き出せる幸運の金袋はどうでしょう」と男が提示したことから、一年だけ、という期限を設けて自分の影を引き渡してしまいます。

こうして金には困らなくなったシュレミールでしたが、しかし影がないために道行く人という人にから非難を受けるなど、影のない人生が思ったより幸福でないことに気がつき始めます。

男と取引してしまったことを後悔し始めた彼は、召使を雇って灰色の男を何とか探そうとしますが見つけることができず、やがて人に影がないことを知られないように引きこもるようになります。

ある町の温泉街で隠れるようにして日々を過ごすようになりますが、ある時この街に住むミーナという女性に一目惚れします。この恋は成就し、影がないことをうまく隠し通しながら彼女と逢瀬を続けます。

しかし、いざ結婚の申し込みをしようというときになって、召使いの一人の告げ口によって影がないことがばれてしまいます。しかも、こともあろうにミーナはこの裏切り者の召使と駆け落ちしてしまいました。



ちょうどそのころ約束の1年が過ぎました。目の前に現れた例の灰色の男を見たシュレミールは、ここぞとばかりに影を返してくれと頼みます。しかし、男はこれを拒み、影を返して欲しいなら、シュレミールが死んだあとにその魂を引き渡せと要求します。手品師のふりをしていた男は実は悪魔だったのでした。

彼は悩みますが、逡巡したのちにこれを拒みます。灰色の男を振り切り、こうしてシュレミールは幸運の金袋も財産もすべて捨てて独り放浪の旅に出ます。そんな中、ちょうど靴を履きつぶしてしまったことから、なけなしの金で古靴を購入します。すると、この靴はなんと一歩で七里を歩くことができる魔法の靴でした。

シュレミールはこの靴を利用して世界中を飛び回り、「自然研究家」として新たな人生を歩むことを決意する、というところで話は終わります。

この物語は主人公ペーター・シュレミールが友人であるシャミッソーという男に当てて自分の半生を記すという形をとっています。この人物は同姓の原作者そのものであって、実際のシャミッソーも自然研究家を目指していました。そして物語の主人公のシュレミールはその「影」ということになります。

作品の合間にときおり、このシャミッソーへの呼びかけが差し挟まれているのは、筆者であるシャミッソーの自分への問いかけでもあります。物語の最後の部分も、自然研究家として充実した人生を送っていく決意を、影である主人公が直接シャミッソーに言葉で伝える、という形で終わっています。

シュレミールは、無尽蔵に金貨が手に入るという魔法の誘惑に負けて、悪魔に自分の影を売り渡してしまいましたが、富を手に入れたのち、「影」がいかに重要なものだったのかを悟ります。著者は、自分自身の影がいかに自我に影響を与え、かつその存在を支えてきたかをこの物語で伝えたかったのでしょう。

このように、影を題材にした物語には、影と人の生きざまを関連付けるものが多くなっています。多くの宗教で、人の生死には肉体的な意味の生死だけでなく、精神的な意味の生死がある、としています。人の発達と成長は、精神的に未熟な自己、つまり影の部分の死によってこそ得られ、そうした経験を経てこそ新しい自己が生まれます。

心理学者のカール・グスタフ・ユングもまた「影は、その人の意識が抑圧したり十分に発達していない領域を代表するが、また未来の発展可能性も示唆する」と書いています。自らの未熟な部分こそが影として現れてくるのであって、その存在を意識することがより良い未来を見つけるヒントだと言っているのです。

また「影は、その人の生きられなかった反面をイメージ化する力である」とも書き残しています。人生においてはうまくいかないことが多々ありますが、それを否定することがその人の人生に影を落とします。うまくいかなかった理由を深く分析し、それを反面教師として学ぶことによって自分を成長させることができるのです。

影を無意識の世界に追いやるのではなく、むしろそれとしっかり向き合いましょう。影は自分自身の否定的側面、欠如側面ではありますが、自己の形成においては不可欠なものです。

自分の欠点が何であるか、どこにそれが形成された原因があったかをよく考えてみましょう。そうすれば、必ずその欠点を長所に変えるヒントが見つかるはずです。そしてその発見こそが影を自我に統合するということに繋がります。それによってさらに自我を発達させることができ、ひいては自己実現のための道が開けます。

この年末年始には、少し時間的に余裕のあると言う人も多いでしょう。ゆったりとした気分になって、いま一度自分の影の部分を見つめてみてはいかがでしょうか。


年末に思う


今年もあとひと月となりました。

そろそろ、一年を振り返ってみてもいいころかな、と今年あったことなどを思い返したりしているところです。

私的には可もなく不可もなくというところですが、それほど悪い年ではありませんでした。健康に恵まれ良い一年だったと思います。

一方、社会的な一年をみると地震や水害などの災害が多く、相変わらずのコロナ禍も続いていて、あまりいい年ではなかったな、という印象です。この疫病による我々の生活への影響は来年もまだまだ続きそうです。

しかし、そうした中で催された東京オリンピックでは日本人選手が大活躍しました。日本はアメリカ、中国に次いで28個もの金メダルを獲得し、1964年の東京オリンピックの16を大きく上回りました。全体でも58個で、当時のほぼ倍の数を獲得しています。

さらに先月、二刀流で活躍したエンジェルスの大谷選手がMVPを獲得するという朗報も入ってきて、スポーツ界ではとかく明るい話題が多かったように思います。

そのほかでは今年はいろんな意味で節目でした。例えば、東日本大震災発生からちょうど今年で10年が経ち、同じく福島第一原子力発電所事故からも10年です。アメリカ同時多発テロ事件からも20年で、ソビエト連邦の崩壊から30周年でした。

「宇宙」に目を向けると、ユーリー・ガガーリンによる世界初の有人宇宙飛行から60周年、アメリカがスペースシャトルを退役させてからちょうど10年です。そのアメリカでは今年9月、宇宙開発会社、米スペースX社による民間人初の宇宙滞在飛行が成功しました。

国内ではさらに先の10月4日、内閣総理大臣指名選挙が行われ、岸田文雄氏さんが総理大臣に指名されました。100代目ということで、こちらも何か時代の一区切りを感じます。

ちなみに初代総理は、明治18年選出された伊藤博文で、日本は平均1.4年に一度新総理を選んでいます。アメリカ大統領の5.0年に一人に一度に比べて格段に多くなっています。






このように何か「時代の節目」を感じる年というのはあるもので、過去においても、誰がみてもそうだったといえる年があります。

そのひとつが1989年だったではないでしょうか。

この年、ベルリンの壁が崩壊したことを節目に、その後1992年までの間に、東欧の脱共産化、東西ドイツの統一、ソ連崩壊、冷戦の終結と、文字通り世界地図が塗り替わりました。とくに東側陣営の盟主であり超大国でもあったソ連の消滅は全世界に衝撃を与えました。

これによって、社会主義の実現を信じていた西側諸国内の社会主義政党や政治学者はイデオロギー論争に敗北し、冷戦時代にソ連共産党から受けていた資金提供は途絶えました。

各国の共産主義者は大打撃を受け、イタリア共産党は解党して左翼民主党に鞍替えを余儀なくされました。日本共産党は「大国主義、覇権主義の歴史的巨悪の党の終焉を歓迎する」とあたかもこれを歓迎するような強気な声明を出しました。しかし、世界的な脱社会主義への動きを「歴史の逆行」とする党員もいて、少なからず政策転換を迫られました。

ソビエト連邦の崩壊によって公文書が情報公開されたため、名誉議長だった野坂参三氏がかつてソ連のスパイであったことが発覚し、満100歳を超えていながらその職から除名されるという事件も起きています。

こうしたソ連崩壊をみた西側諸国は、これを「=共産主義の絶滅」と錯覚してしまいました。中国やキューバなど、未だソ連以外にも社会主義の強国が存在していたにも拘わらず、にです。

その存在を重視しなかった結果、力をつけた中国はその後、唯一アメリカに抗しうる国と言われるまでに勢力を伸ばしました。ソ連に代わって共産主義の旗頭になったこの国が、これほどまでの経済・軍事大国になるとは誰が予想していたでしょう。

そのアメリカでは昨年、「保護主義と分裂抗争の世界」を生み出したドナルド・トランプが大統領選に敗れました。今年はそれに代わって登場したバイデン大統領によって次々と新しい政策が実行に移され、これによって新たな世界秩序が生まれつつあります。

このように昨年から今年にかけての時期は、1989年に次ぐ大変化の時期と考える要素がたくさんあります。加えて、新型コロナウイルスが流行り始めたのは昨年、今年はそれが大流行しました。今後はこの2年間がセットで歴史の節目とみなされるようになっていくことは間違いないでしょう。

無論、これまでにもこれ以上の歴史的大変革と呼ばれた時期はたくさんあります。人類の創生にまで遡れば、二足歩行を行うようになった時代がそれであり、さらに火や鉄を手にした時期にも大きな変化が起きました。

その後、古代文明への移行、ヨーロッパやアジアを中心にした現代的諸地域世界の成立、そして二度の世界大戦、というふうに我々の歴史は、大きな変化があった時代を境に大きく分けることができます。






しかし、考えてみれば人類の歴史はわずか数千年にすぎません。地球誕生は46億年前といわれており、そうした気が遠くなるような時間に比べればほんの一瞬といえます。

その現生人類が、いまやそれよりはるかに長い歴史を持つ地球に大きな影響を与えようとしています。地球温暖化などの気候変動、生物の大量絶滅による多様性の喪失、人工物質の増大、化石燃料の燃焼や核実験などは、地球環境は大きく変えようとしています。

その始まりは、おおむね二次大戦が終わった1945年頃ではなかったか、といわれています。歴史区分としては「現代」とされる時期ですが、最近ではこれに代わって、「人新世」という時代区分にすべきではないかという議論があります。

これは「じんしんせい」とも「ひとしんせい」とも読むようで、ほかに新人世(しんじんせい)や人類新世という呼び方案があります。オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェンらが2000年に提唱したもので、国際地質科学連合でも適当な時代区分かどうかについて研究を始めています。

1945年と書きましたが、これについては様々な意見があり、人類が地球環境へ影響を与え始めたのは、はるかに昔の12,000年前の農耕革命を始まりとするもの、あるいは大戦が終わって世界秩序が落ち着いてきた1960年代以降とすべきだとするものなど幅があります。

しかし、第二次世界大戦直後に、社会経済や地球環境が劇的に変化したと考える研究者が最も多く、彼らはその変化が始まった初期のころのことを別途、グレート・アクセラレーション(大加速)と呼んでいます。その開始時期についても、1945年、1950年代など諸説がありますが、いずれにせよ、この時期を境に急激な変化が起こったとされます。

その社会経済的変化の指標としては、人口、国内総生産(実質GDP)、対外直接投資(FDI)、都市人口、一次エネルギーの使用、化学肥料の使用、巨大ダム、水利用、製紙、交通、遠隔通信、海外旅行などがあげられています。

また自然環境の指標は、二酸化炭素、亜酸化窒素、メタン、成層圏オゾン、地球の表面温度、海洋酸性化、海洋における漁獲量、エビ養殖、海洋の富栄養化や無酸素化につながる沿岸窒素の増加、熱帯雨林と森林地域の喪失、土地利用の増大、陸上生物種の推定絶滅率などです。

こうしたグレート・アクセラレーションの考え方が出てくる前までは、地球環境問題というとき、まず最初に「地球温暖化」が取り上げられていました。しかし、温暖化だけではそうした変化は説明できないという声が高く、上のような多くの指標をもとに地球環境の変化を分析した結果、その分岐点が1945年ころだった、と結論づけられました。

その変化の方向性が良い方向性かといえば逆です。我々が棲む環境は多くの要素によってどんどんと悪化しつつあり、影響を与えた人類そのものがその波に飲み込まれようとしてます。






一方、もうひとつの巨視的な地球環境の変化の捉え方として、「プラネタリー・バウンダリー」という考え方があります。

この考え方ではまず、地球全体をひとつのシステムとして考えます。それを維持するためには常に一定条件のもとにシステムが正常に働き続けける必要がありますが、ある限界を超えるとシステムは予想がつかない振る舞いをするようになりやがて崩壊に向かい始めます。

この限界点を「引き返し不能点(ティッピング・ポイント)」といい、この仮説では、環境に負荷を与える化学物質、重金属や有機化学物質による生物圏の汚染、土地利用の変化、淡水利用、生物多様性の喪失、窒素とリンの循環といった「人類が作り出した脅威」がその限界点を創り出しているとされます。

さらに、これらのダメージによって成層圏オゾン層の破壊、海洋酸性化、などが加速されており、その結果、2009年時点では既に、気候変動、生物多様性の損失、生物地球化学的循環の3つの環境指標は限界を超えている、とする研究もあります。

そう明言するのは、プラネタリー・バウンダリーの提唱者で、スウェーデンの環境学者ヨハン・ロックストロームと化学者のウィル・ステフェンをはじめとする約20名の地球システムの研究者たちであって、いずれも一流の研究者達です。

このように、現在の地球環境が既にその限界値を超えているならば、今後はさらに危機的な状況に陥る可能性もあり、悲観的な見方をすれば、その結果やがて人類は滅亡してしまうでしょう。

それを防ぐためには、現在ある資源を保持しつつ安定してこの世界で暮らし続けていくための手立てを打っていかなくてはなりませんが、そのために設定された目標が、最近よく耳にする“SDGs”です。「持続可能な開発目標」とされ17の世界的目標が示されています。

2015年9月25日の国連総会で採択されたもので、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」として、向こう15年間の間に実現することが目標とされています。

SDGsの詳細については既に多くのメディアで紹介されているためここで詳しくは述べませんが、これらの目標と達成基準を実施するために、全ての国に対応が求められています。達成基準は各国政府が定め、地球規模レベルでの目標達成を目指しつつ、経済、社会、環境などの各分野で並行して持続可能な開発を行うという取り決めです。

日本でも、政府が2016年から全国務大臣を構成員とする「持続可能な開発目標 (SDGs) 推進本部」を設置してその取り組みを開始しています。ただ、先進国である日本の義務としては、自国の利益だけでなく、環境が脆弱な国々や紛争下にある国々への援助などの特別な配慮が求められており、世界的な視点をもってこれに取り組んでいかなくてはなりません。


しかし、何やら総花的なこうした目標が果たして達成できるかどうかについて、研究者たちの間でも疑問視する向きがあるようです。仮にこうした試みの一部がうまくいったとしても、他がすべて失敗に終わったら、地球環境は今よりもさらに悪化し、その結果人類は、その長い歴史を閉じるかもしれません。

そしてその「絶滅シナリオ」が開始される際にトリガーになりうるのは、何か大きなイベントである可能性が高く、それには自然現象によるものと、人類自身の活動の結果によるものの二つがあると考えられます。

自然現象としては上でもあげた温暖化や気候変動以外では隕石衝突や火山の爆発といったものなどが考えられますが、一般にはこれらが一度に発生して人類が滅亡に追い込まれる事態が起きる確率は極めて低いと考えられています。

一方、人為的なものはそれ以上にリスクが高いとされています。例えば核によるホロコースト生物兵器戦争、パンデミック、人口過多などがあります。こうしたインパクトによって百年以内に人類が滅亡する、といったストーリーは昔からよく描かれてきました。

とくに核戦争・生物戦は、人類を滅亡に追いやる可能性が高いとする説がまことしやかに流布されています。冷戦期を超える軍備拡張競争が起こって大量破壊兵器の際限なき増加が続き、それらが第三次世界大戦の勃発で一度に使われる、といった話を何かの映画で見た人も多いことでしょう。

一方、ウイルスやプリオン、抗生物質耐性を持つ細菌などが大発生し、全人類に感染して死滅させるといった、いわゆる「パンデミック」も人類を破滅させる可能性が高いとされます。
そうしたものを作る技術的な障壁は発展途上国であっても既にかなり低くなっているといわれており、テロなどでばらまかれた病原体が人類を絶滅させる可能性はありそうです。

現在進行している極度の人口増加が人類の破滅をもたらすという説もあります。地球の歴史上、人類ほど数を増やし、また広範囲に広がった大型脊椎動物は他にありません。1800年に10億人だった世界人口は1930年に20億人に達し、現在では約79億人です。

将来的には120億人を超えるという推計もあり、将来的にも発展途上国で出生率が高い状態が続くと考えられています。人口爆発とも呼ばれる人口の増加により、人類は必然的により多くの資源を消費し、より広大な土地を利用するようになるでしょう。

それでも食糧生産が需要を満たせず、偶発的な飢餓発生などが起きれば消費が多すぎるため再生可能な資源も枯渇します。結果、耐えられる限界を超えて増殖した人類は、やがて劇的に減少していくと考えられています。


もし現在の発展途上国が先進国の水準に到達したならば、現在の先進国のような少子化が世界的に発生し、その後は永続的に人口が減少していくという説もあります。仮に世界の出生率がドイツもしくは日本の水準にまで落ちるとすれば、2400年の時点で人類は滅亡するといった学説も出されています。

科学の発展もまたそのトリガーになる可能性があります。規制なく野放図に科学の発展を続けていくと、人間の制御できない新技術が生まれてしまい、結果として人間を滅ぼすことになる恐れがあるという説などがそれです。

0.1 – 100 nmサイズの機械装置のことをナノマシンといいます。将来的にはこれを使った癌治療が実現するなど、医療の世界だけでなくその他の分野でも革新が起こると考えられています。自己増殖能力を持つものも出てくるとされていてグレイグー(Grey goo)と呼ばれています。これが際限なく増殖したとすると、地球の生態系を崩壊させる危険性があります。

また科学者が、世界が存在できているバランスを「たまたま」崩してしまう、ということもあるかもしれません。地球上でマイクロブラックホールを発生させたり、素粒子物理学研究上で偽の真空を創出したりしている段階で間違いが起こる可能性があります。

実際、欧州原子核研究機構の大型ハドロン衝突型加速器が稼働して、素粒子を光速に近い速度で衝突させたときに、マイクロブラックホールが生成される可能性が指摘されています。そうでなくても、現在我々が生きているこの大気中ではこの実験を上回る高エネルギー衝突現象が日常的に発生しています。

さらには人類を超える生物が登場するのではないかという危惧もあります。現在はホモ・サピエンスが霊長類の頂点に君臨していますが、過去には別の種族もあり、これらは全て競争に敗れ絶滅しました。

将来これと同様のことが起こり、我々以上に進化した新人類によって我々が駆逐されるかもしれません。我々の進化は現在も続いており、その中から理論上は新たな生物種が誕生する可能性は十分にあります。

一方、未来の人類はその進化の過程でその遺伝子に異常を来すかもしれず、そのために完全に2つの種に分裂してしまう可能性も指摘されています。まったく違う遺伝子に分化した両者が共存できればいいのですが、他方を撲滅しようと全面戦争になる可能性もあるわけで、その中で人類が滅亡していくというシナリオもありえます。

遺伝子工学などの発展により人為的に「ポストヒューマン」が生まれる可能性もあるでしょう。現在の我々よりも肉体的にも知能的にも優れた「新人類」です。これを「進化」と呼ぶかどうかは別として、地球の歴史上前例がないこうした新人類の登場によって、古い人類が滅ぼされる危険性もあるのです。

逆に人類は退化するのではないかとする説もあります。人間は既に進化の極致に達しており、今後は適者生存の原理が通用しなくなるという説です。既に人類は誕生して進化してきたのとは逆の方向性に向かいつつあり、やがて退化しすぎて滅亡に至るといわれます。


以上のように「人類の滅亡」ついてはいろんな可能性があります。無論、我々の経験したことがないような大事件であり、従って、参考とするデータは何もなく、このためそれがどのくらいの確率で現実となる可能性があるかについての予測は甚だ困難です。

ただ、すべてを仮設で埋め尽くして推論した例もあり、ハーバード大学の哲学者、ジョン・レスリーが2007年に打ち立てた理論では、500年後に人類が滅亡している可能性は30パーセントだそうです。また、2006年にイギリスの経済学者ニコラス・スターが発表した計算結果では、100年以内に人類が滅亡する確率は10パーセントでした。

いずれも100パーセントではありません。ということは、どうやら科学者たちはこの世からきれいに人類が消滅するとは考えていないようです。

人類のすべてが滅亡しないとされる根拠のひとつとしては、例えば世界規模の核戦争などが起こったとしても、人口密度の少ない僻地では人類が生き残るのではないか、とされるためです。例えばチベットの高地、南太平洋の隔絶された島々といった特殊環境では、人類が生き残る可能性があります。

また大都市の地下鉄の線路や構内、政府要人が退避するための核シェルター、長期間の孤立に耐えうる計画と物資を有している南極基地などで人類が生き残る可能性もあるわけです。

核爆弾だけでなく、人類の数を激減させる方法は他にもいくつも存在しますが、いずれにおいても少数の人類は生き残り、いずれは回復して最小存続可能個体数を上回る可能性が高いという説が有力です。

また、地球上のどこかに自立して外海と隔絶された集落を建設することで、人類存続可能性を高めることができる可能性もあります。実際に、いまからこれを実行しておくべきだと提唱する研究者もいて、ある学説では100人ほどの生存者がいれば、破滅的災害の後に人類が存続できる可能性は高いとされています。

それを宇宙空間に求めるべきだとする学者もいます。天才宇宙科学者といわれた故スティーヴン・ホーキング博士も、かつて太陽系内の星に広く移民することで、将来の地球規模の災害や熱核戦争による人類滅亡リスクを下げることができると語っていました。

遠い将来、こうしたコロニーを作成するため、火星をテラフォーミングして、恒久的に自給自足が可能な環境がそこに構築されているかもしれません。地球を脱出して宇宙植民としてそこで暮らす我々は、他の星に住まう宇宙人からは火星人と呼ばれているでしょう。

月もまたその可能性のある場所です。近年の研究で、月に貴重な鉱物資源だけでなく、およそ60億トンもの水が存在していると分かっています。

水は水素と酸素に分解できます。水素はロケットの燃料になるため、月から新たな居住地を目指して旅立つこともできます。また酸素が人類が生きるために役立つことは言うまでもありません。月資源開発を進めれば、多くの地球人がそこに住める可能性があるのです。

さて、時代の区分に始まり、人類の将来のことなど考えているうちに、今日も話が長くなってしまいました。

今年も押し迫ってきました。今年最後の満月は、12月19日だそうで、これは地球から最も遠い満月だそうです。ということは最も小さい満月ということになります。

年の瀬を迎えつつある今、人類滅亡の可能性などは忘れて、遠く離れたその小さな月に住まう夢でも見ながら今夜の一杯を頂くことにしましょう。

コールドスリープの季節


秋が深まるにつけ、鮮やかな紅葉が目につくようになってきました。

この紅葉ですが、どのような仕組みで起きるのでしょうか。

改めて調べてみたところ、その理由は以下のようです。

夏の間、落葉樹の葉では活発に光合成が行われます。しかし、秋になってだんだんと気温が低くなってくるとそれに適さない環境になり、光合成の装置は完全に分解されます。また夏の間、葉に蓄えられていたクロロフィルが分解されて別の物質が形成されます。

緑色だった葉は色を変え、赤くなる葉にはアントシアン、黄色くなる葉にはカロテノイドといった色素が合成されます。また茶色の葉にはタンニンが形成されます。秋になると鮮やかな紅葉が目に付くようになるのはこのためです。

こうした状況下では、それまで葉っぱに蓄えられていた水分やエネルギーが幹へと回され蓄積されます。冬の間に無駄に消費されるのを防ぐためです。そして、葉っぱの付け根には、植物ホルモンのエチレンという物質の働きで離層と呼ばれる切れ目ができます。

秋の深まるころ、ここから葉は枝から切り離され、木々はその葉を落として休眠状態に入ります。幹に行った栄養素は、翌年の春になると再利用され、新しい茎や葉が作られます。

こうして木々たちはその体内にエネルギーを蓄えたまま春まで冬眠します。ただし、針葉樹は冬眠しません。針葉樹もまた落葉しますが、一般には数年で葉を落とします。またすべてを落とすわけではなく、年単位で落葉しないので冬眠もないわけです。







落葉樹と同じく、動物にも冬眠するものがいます。カエルやカメなどがそれで、冬になると土の中に潜り込んで眠りに入ります。こうした変温動物が冬眠するのは、外の気温と体温がほぼ同じなので冬になると体温が下がってしまって、活動できなくなってしまうからです。

こうした爬虫類や両生類だけではなく、クマやリス、ヤマネ、ハムスター、コウモリといった哺乳類の一部も冬眠します。一般的な哺乳類は寒くなると体の中で熱を作ることができ、体温を37度前後に高く保っています。しかしこれらの冬眠動物は冬になると熱を作るのをやめてエネルギーを節約し、体温を下げることに専念します。

つまり、夏が終わって冬が近づくと体のモードが変わり省エネモードに入るわけです。例えばクマやリスは1年周期で冬眠するよう体がプログラムされていて、冬になると省エネモードになって冬眠がしたくてたまらなくなります。

こうした1年を刻むリズムは、もともとどんな動物も持っていたといわれています。しかし、生活環境によってこうした1年サイクルのリズムがないほうが便利だと考える動物の方が多く、これは我々人間も同じです。

その理由はよくわかっていませんが、進化の過程で冬の間も眠くならないようなリズムにシフトしたものと考えられています。人間の場合、野生のものを採るのではなく、農耕や牧畜によって、冬の間でも食料を自ら育て・生み出すことができるようになったのが理由の一つと考えられています。







冬になってエサがとれなくなるというのは、動物にとっては生きていく上では致命的です。人間のように自分で食料を生みだすことができない生き物が、エサがないときに取る戦略としては3つが考えらえます。

ひとつは渡り鳥のように「移動する」という方法です。またもう一つは「何でも食べて生き延びる」という方法、そして最後のひとつがが「眠ること」です。

一般に、冬眠する動物は眠ることで餌を食べないようにしてこのエサ不足を凌ぎます。クマやジリスはほとんど何も食べないことが知られています。とはいえ何も食べないで冬眠に入ると死んでしまうので、秋にたくさん食べて丸々と太り、冬眠中は貯めた脂肪を燃やしてエネルギーをつくります。そしてこの脂肪を冬眠中に燃やし切ります。

一方、シマリスやハムスターのような小さな動物は、巣穴にエサを貯めておいて、冬眠中に起きて食べることで餌不足に対応します。体温が下がった深い冬眠状態が4〜5日くらい続いた後に起き出し、体温を平熱に戻します。そして半日から1日くらいを費やして餌を食べてエネルギーを補給します。こうしたサイクルを冬眠期間中に何度もくり返します。

こうした冬眠動物は冬眠中に体温を下げます。なぜ体温が下げるかというと、起きていては体温を保つために大量のエネルギーを消費してしまうからです。普段は食べ物からとった栄養分をエネルギー源にし、それを燃やしたときに出る熱エネルギーで体温を保っていますが、エサの少ない冬には必ずしもそうはいきません。

冬眠ではなく反対に「夏眠」をする生き物がいます。夏になると暑くて乾燥する地域に多くみられ、乾きのために水や食料がとれなくなるためです。カタツムリやミミズ、昆虫などの無脊椎動物によく見られ、木のウロや岩かげにかくれて体温を下げて過ごします。このほか、ハイギョのような魚類にも夏眠が見られます。

冬眠する場合も夏眠する場合も、その間を過ごすためのエネルギーはその前に調達する必要があります。冬眠動物の場合、そのエネルギー源は、秋になって体内に貯めた脂肪か、巣穴にためたエサしかありません。こうしたエネルギーを節約するために、体を省エネにして栄養を燃やす量も減らします。結果、熱も出なくなりますから自ずと体温も下がります。

と同時に呼吸数や心拍数も減り、いわゆる仮死状態になります。クマなどの大型の冬眠動物はそれほど下がりませんが、それでも普段37度くらいの体温が30度くらいに下がります。またリスなど小型の冬眠動物では体温10度以下にまで下がるそうです。

クマなどの大型動物の体温が高めなのは、子育てのためだからと言われています。体温30度くらいだと少しは動けますから、メスのクマは冬眠期間中に起きて出産し、冬眠しながら授乳することができます。

あまり体温が下がらないため、かつてクマは冬眠ではなく、「冬籠り」をしているだけではないのかと考えられていました。しかし、最近の研究ではクマは冬眠中に使う酸素の量を減らしている、ということがわかってきました。

クマだけでなく多くの動物が、動いたり呼吸したり体熱を作ったりというように、体がエネルギーを使う時には大量の酸素を消費します。冬眠して省エネモードになれば、この酸素を使う量を減らすことができます。酸素消費量の低下もまた冬眠の特徴といえるわけです。







このように、体温が下がり、酸素の使用量も減ると、普通の動物は数時間か、せいぜい2日くらいしか生きられません。なのに、どうして生きることができるかについては、実はまだよくわかっていないようです。

ただ一つわかっているのは、冬眠動物は心臓の使い方を夏と冬で変えているということです。心臓から送り出す血液の量を減らすことで酸素の消費量は減らすことができます。しかし、まったく止めるわけではなく、僅かながらでも血が通っていれば細胞は死にません。

また零下の気温であっても流れてさえいれば血液も凍りません。体温が0度以下になるとさすがに凍ってしまいますが、北極に住むホッキョクジリスというリスの体温を調べたところマイナス4度だったという驚きの研究結果もあります。

こうした冬眠動物の能力は目を見張るものがあります。呼吸数も心拍数も減り、体温も下がって省エネな体になるのに、心臓は止まらないし、臓器も傷まない。そうした中で脂肪も効率的に燃やすことができるというのはすごいことです。

また筋肉も衰えにくいといいます。人間は病気などで長い間寝たきりになると、すぐに足などの筋力が落ちてきます。しかし、クマは冬眠中でも筋肉が落ちません。リスやハムスターなどの小動物も一度は筋肉が落ちますが、冬眠が明けるころ回復しているそうです。

冬眠という言葉からはすぐに「眠り」が連想されますが、英語で冬眠は「hibernation」といい、眠りを表す「sleep」は使いません。本来、眠りと冬眠は別物であるわけです。

ただ、冬眠が始まるときの動物の脳波は睡眠と似ており、冬眠は睡眠の延長線上にあるものと考えられています。上でも述べたとおり、その睡眠のパターンには、ずっと寝ているか、リスのように中途覚醒するという二つがありますが、いずれも眠りは深いようです。

このように熟睡しているときに、大地震や大寒波がやってきたらどうなるのでしょう。いくつかの研究では、冬眠中でも大きな音で起きたり、命の危険を感じるほど寒くなると起き出す例がみられたということです。眠りこけて無意識に見えても、音や外の気温を感じるしくみはちゃんと残されているようです。

ただし、多くの冬眠動物が目覚めてから動けるようになるまで、最低でも1時間くらいはかかります。なので、本当に危険な状態に陥ったときには命を落とすこともあります。体温はいきなりは戻りませんから、すぐには動けません。まず脂肪をたくさん燃やして、その熱で体温を上げていく必要があるわけです。

筋肉が動くまで体温が上がったら、体をブルブルと震ふるわせてさらに熱を上げて覚醒していき、そこでようやく動くという行動に移れます。これは我々人間が寒いときに体をゆすって体を温める行為と似ています。

動物園にいる動物も冬眠するそうです。上野動物園でもツキノワグマなどを冬眠させています。冬のクマはいつもぼーっとしていてとしてやる気がなく、あるとき飼育員がもしかしたら冬眠したがっているのではないかと思い、静かな部屋に移動させたところ、冬眠するようになったということです。ちなみにパンダは主食の笹が冬でも取れるので、冬眠しません。

家で飼っているハムスターなどのペットも冬眠してしまう可能性があります。外出中に暖房が切れていたり、寒い刺激が続くと冬眠してしまうことがあるといいます。ハムスターの場合、飼育環境に応じて冬眠するらしく、部屋の環境さえ整えれば夏でも冬眠させることができるそうです。ただ、冬眠させることができるのは年1回だけです。

とはいえ、むりやり冬眠させると失敗して死んでしまうケースもあるため注意が必要です。体温が下がって心拍数が下がるところまではいいのですが、問題はふたたび体温を上げていくときです。心臓がうまく動き出さず、止まって死んでしまうことがあります。ですから、ハムスターの場合には冬の間でも1日中部屋を暖かくして眠らせないようにするのが無難です。

一方、同じペットでもリスは冬眠させたほうがいいそうです。クマやリスは1年周期で冬眠するよう体がプログラムされており、そのリズムに従ったほうが体にはいいといいます。

こうした野生動物の中には時に冬眠に失敗するものがいるそうです。それでも、冬でエサがない時期に野外をうろついて行き倒れたり、天敵に食べられたりするリスクに比べると安全といえます。彼らにとって冬眠はその環境で生き残るために必要な行為なのです。

かく言う冬眠のメカニズムにはまだまだナゾが多いようです。しかしそれを解明できれば、人間も冬眠できるようになる可能性があります。

実際、極低温状態での生存例が報告されており、日本では2006年に遭難した神戸市の男性の例があります。10月に六甲山で崖から墜落し骨折のため歩行不能となりましたが、23日も経ったあとに仮死状態で発見されて救助されました。

遭難から2日後には意識を失い、発見されるまでの間、食べ物だけでなく水すら飲んでいなかったといい、発見時には体温が約22℃という極度の低体温症でほとんどの臓器が機能停止状態でした。しかし後遺症を残さずに回復し、治療した医師は「いわゆる冬眠に近い状態だったのではないか」と話しています。

また海外でも2012年の冬、スウェーデン北部の林道で、前年の12月から約2カ月間、雪に埋もれたままだった男性が救出されました。この45歳の男性は食料もなく車中にいたところを通行人に発見されました。こちらも31度前後の低体温の冬眠状態になったため、体力を消耗せず生存できたのではないかとされています。

このように、何等かの条件がそろえば人間も冬眠に似た状態になることができるのではないかと研究が進められています。冬眠動物は眠っている間に何等かの方法で体の代謝を抑制し、老化を遅らせて寿命を延ばしているといわれており、それと同じことをができれば、人間も寿命が延びるというわけです。

SF小説には「コールドスリープ」といったものが出てきますが、これは目的地に着くまで人体を低温状態に保つ技術です。もしくは冷凍保存に近い状態にして時間経過による搭乗員の老化を防ぎます。

実現すれば、数十年以上もの長期間に及ぶ宇宙旅行の際にそれに必要不可欠な食料や酸素、健康維持のための生活空間など、生活に要するものを少なく抑えることができます。その結果、宇宙船の質量を減らすこともでき、その分だけ燃料を減らすことができるほか、備蓄スペースを別のことに利用できます。

ただ、現状ではまだ長期間生命を保ったまま人間を眠らせる技術は確立していません。とくに冷凍保存では解凍のときに細胞を破壊してしまうことが問題になっています。SFでは「停滞フィールド」と呼ばれる時間を停滞させる技術がよく登場しますが、無論現時点では実現不可能な技術です。

とはいえ、冬眠への期待は大きく、とくに「臓器移植」に生かすことができるのではないかと多くの研究者がその実現を目指しています。例えば心臓移植の場合、移植するまでの時間が長ければ長いほど手術が成功する可能性が高くなります。

心臓移植では、脳死した人の心臓を移植しますが、現状では取り出して4時間以内に移植しないと心臓がダメになってしまいます。冷やす時間が長引くほど状態が悪くなり、移植には不利になります。

これまでの冬眠動物の研究からはこうした臓器が低体温下で傷まないことがわかっており、その原理が解明されヒトへの応用が進めば、臓器保存の時間がさらに伸ばせるかもしれないのです。それによって移植手術を待つ多くの人の命が救われる可能性があります。

このほか、冬眠中に筋肉が落ちないしくみや、脂肪を効率的に燃やせるしくみを応用できれば、寝たきりの人の筋肉の衰えを防いだり、生活習慣病の原因にもなる「肥満」の予防や改善もできるかもしれません。

さらに体温が低いと普通は血液がドロドロになりますが、冬眠中の動物は血液がサラサラで、「動脈硬化」や「血栓」が起きないこともわかっています。冬眠技術の応用によってその予防薬を作れる可能性があります。冬眠のしくみを生かしてこうした可能性がどんどんと広がっていけば長生きする人が増え、人生100年時代も夢ではなくなるでしょう。

ところで、冬が近づく今日この頃、なんとなく鬱々として気分が晴れない、落ち込むような感覚になるといったことはないでしょうか。

これは「冬季うつ」と呼ばれており、人類がその昔冬眠していたころの名残ではないかと言われています。その予防や改善にも、冬眠のメカニズムの解明が道を開くのではないかといわれています。

この冬季うつになる人は意外に多いようです。決して気のせいなどではなく、ひどくなると季節性感情障害(SAD)という病気として治療の対象になる場合もあります。季節の変わり目、特に日照時間が短くなる秋や冬に多く見られることから「季節性うつ」「冬季うつ」「ウインター・ブルー」など様々な呼ばれ方があります。

地域によって症状やその特徴が違ってくるようですが、多くの場合、日照時間が短くなる10月~11月に発症し、日照時間が長くなる3月頃に回復するようで、これを毎年繰り返します。その症状の多くは一般的には「うつ」と呼ばれる「抑うつ症状」や「双極性障害」に似ていますが、これとは別の特徴的な症状もあります。具体的には以下のようなものです。

・気分が落ち込む
・疲れやすい
・体を動かしたり、何かを始めるのがおっくう
・集中力が続かない
・いままで楽しめていたことが楽しく感じられない
・以前は普通にできていたことがうまくできない
・食欲がない

なにやらコロナに罹った人の後遺症のようでもありますが、これが冬季うつの症状です。

逆に過食になる、と言う人もおり、何よりも過眠になる、という人が最も多いようです。冬季うつになると、朝起きられず寝てばかりになり、やる気も落ちてしまいます。冬眠中の動物にも同じような症状がみられることから、その昔人間も冬眠をしていたのではないかといわれているわけです。

人によっては深刻な症状になる場合もあるようですが、いくつかの点に気を付けていれば、うつ状態から脱することができそうです。

その一つは、まず「なるべく日光に当たる」ということです。日光浴するのが一番で、そのついでに運動するのが推奨されています。生活環境や職場の電気を煌煌と点けて明るくする、というのも効果があるようです。

日光を浴びると体内ではセロトニンという物質が分泌されます。季節性うつ病の原因のひとつは、日照時間の短縮による日光浴時間の減少によってこのセロトニンが減ることです。「幸せホルモン」などと呼ばれており、人の多幸感にも大きく関与しています。

また、セロトニンは睡眠ホルモンであるメラトニンの原料です。これは睡眠・覚醒や季節感といった「概日リズム」に関与しているホルモンで、不足することで様々な変調を引き起こします。不足させないように日光に当たる時間を増やすことで抗うつの効果があります。

二つ目は、「栄養バランスの良い食事をする」ということです。先述のセロトニンは、日を浴びることによるだけでなく、体の中で作り出すこともできます。その材料になるのはアミノ酸の一つの「トリプトファン」という物質で、これを多く含んでいて効率よく摂取できる食品は肉や魚です。いわゆるタンパク質を多く含んだ食物で、これをたくさん摂りましょう。

また、こうしたアミノ酸の効率的な吸収や利用にはビタミンやミネラルも欠かせません。そのためには緑黄色野菜やフルーツなどの摂取も重要です。冬には入手しにくいこうした食材をたくさん食べることでアミノ酸の摂取が促進されます。

なお、季節性うつ病になるととかく食欲がなくなりがちですが、逆にごはんやラーメンなどの麺類が食べたくなって過食に陥ることがあります。こうした炭水化物ばかり食べていると栄養バランスが崩れて悪循環に陥ってしまいます。肉や魚だけでなく、緑黄色野菜やフルーツも摂り、淡水化物は控えめにするなど、バランスの良い食事を心がけることが大事です。

対策として3つ目に挙げたいのは、「安定した睡眠」ということです。季節性うつ病の発生には「体内時計」の乱れも深く関係しているといわれています。

日照時間が短くなる冬には、言ってみれば「時差ぼけ」のような状態になります。このため「概日リズム」が保てなくなりますが、日光を浴びることでこれが解消できることは上でも述べました。ここではさらにその応用として、それをできるだけ決まった時間に行うようにして、体内時計を乱さないようにします。

そのためには、おおよその就寝時間・起床時間を決めて、リズムのよい日々を送るように心がけましょう。せっかく日光を浴びて食事に気をつけ、セロトニンやメラトニンが不足しないようにしても不規則な生活をしていては何もかもが狂ってしまいます。朝はできるだけ早く起きて日を浴びる、夜更かしせずに十分な睡眠時間を確保することが大切です。

多くの動物と同じく、人間も夏は元気で、冬はテンションが下がりがちです。その予防のため我々も昔は冬眠していたに違いありません。実際、ロシアなど北の寒い地域ではかつて、冬になると食べる量を減らし、ほとんどの時間を寝て過すごしていたそうです。冬眠に似たような状態で冬を越すほうが生きのびるのに有利だったのでしょう。

ですから、四番目の対策として、いっそのこと冬眠してみる、というのもいいかもしれません。ただ、来年の春になっても起きてこなかった、なんてこともあるかもしれません。一方、この人生やることはやった、あとやっていないのは冬眠だけだ、という人は、終活として試みるのもいいでしょう。それはそれでまた人とは違った人生になるに違いありません。

目覚めたらあの世にいた… ちょっと試してみたい気がしないでもありません。

やはり軽されど軽


生まれてこのかた、いったいどのくらい引っ越しをしただろうか、とふと気になりました。

そこで指折り数えてみたところ、なんと15回も引っ越していました。

その昔フロリダに一年弱住んでいた時でさえ、一回引っ越しをしており、東京や神奈川に住んでいた時には7回も引っ越しています。傍からみるとなんとこの人は引っ越しが好きなんだろうと思われるに違いありません。

実際、生活のステージが変わるたびに環境を変えたくなる性分のようで、ただ単に気分を変えたいからという理由でよく引っ越ししていました。また失恋したことが原因になったこともあります。

とはいえ、自らの意思で引越を決めたいわば、「自発的理由」による引っ越しがほとんどです。世の中には、自らの意思でなく、何らかの理由でやむなく引っ越しを迫られる人もいるでしょう。それに比べれば自らの人生を自分でコントロールできてきたといえます。

「非自発的理由」で引っ越しせざるを得ない理由でおそらく一番多いのは、転勤や転職などでしょう。ほかには、騒音や公害などによる生活環境の悪化や、火災や自然災害で住んでいた家が壊れてしまった場合が考えられます。また、数は少ないでしょうが、公共工事の実施や施設の老朽化による立ち退きも考えられます。

日本の場合、治安の悪化による引っ越しというのはあまり考えにくいかと思いますが、近くで暴力団による事件が相次いだ場合とか、モラルの低い隣人がいる、生活習慣の異なる外国人が増えてきたから、という理由も考えられなくはありません。ほかに、ストーカーや離婚のトラブル、DVといったことも考えられます。

引越しするにあたっては、当然、家具や家電製品、衣服などの大量の家財を引越し先の住居へ運ぶ必要が出てきます。これらを自力で運ぶこともできますが、大きな家具などを運ぶのは大変なため、運送業者、引越し専門業者にこれを頼むこともあります。

私の場合、比較的荷物が多い場合でも、友人に協力を依頼したり、個人で梱包して運んでいました。引っ越し業者に依頼したのは、ここ修善寺に越してきたときくらいのものです。独身時代と違い、夫婦二人の荷物となるとさすがに一人では運べません。

独身時代、自分で荷物を運ぶ場合にはたいていはトラックやワンボックスカーなどのレンタカーを借りていました。

荷物が少ない場合には知り合いが持っている軽トラックを借りたりもしていました。小さくて小回りが利き、それでいて荷台には意外と多く荷物が積めるため、個人の引っ越しには最適な輸送手段といえます。

日常の短距離移動の道具として「下駄代わり」に多くの人が使っているこの車は、日本の風土や日本人の生活に大きく関わっている自動車といえます。

とくに農山村部や漁村・漁港では仕事と生活の両方で利用されており、農業機械などの道具、収穫した農作物、水揚げした海産物を運搬するための必需品です。また都市部においても、商店・飲食店主や建築関連の職人といった自営業者が軽トラックを保有し、仕事用具や資材、商品を自ら運ぶ場合が珍しくありません。




調べてみると、日本全国で900万台ほどもあるようで、その普及ぶりから、日本の国民車といってもよいほどです。全国で最も保有率の高いのは意外にも東京都で、これは人口が多く商業施設が集中していることと、隘路が多いことが関係しているのでしょう。車体の小さな軽トラは東京の下町を走るのに最適です。

通常のトラックと比べると車両価格や維持費が安く、自家用貨物車としての自動車税はなんと年間たったの5,000円ほどです。2年毎の重量税を含む車検費用や任意保険、車両保険なども格段に安く、個人や零細事業者による保有・維持が容易な点も人気の理由です。

運送業を営むには貨物自動車運送事業法により5台以上を必要としますが、軽自動車のみを使用する場合は「貨物軽自動車運送事業」として1台から許可が下ります。軽トラ1台で事業をスタートできるわけで、これもその需要を押し上げている理由かと思われます。

こんなに便利なものなら輸出すればいいのに、と思うのですが、諸外国では上記のような優遇税制がないことや、「軽自動車規格」というものが日本独自のものであるため、あちらでの法規制に適合しないことが原因で受入れができないようです。

とくにアメリカでは、自動車排出ガス規制と衝突安全基準に抵触することから、基本的には日本製の軽トラは走れません。ただ、一定の速度制限や、自宅からの最大走行距離の制限、州間高速道路への乗り入れ規制といった一定の制限の下で公道走行を許容する州もあり、全米21州でこうした「ミニトラック州法」が適用されています。

しかし走れるとはいえ速度や距離に制限がある軽トラはあまり人気がなく、アメリカではほとんどみかけません。1968年に衝突安全基準などが厳格化されたこともあり、公道走行車両としては販売されなくなりました。その後は農場での作業車として販売されていましたが、売り上げが少ないため1990年代に日本のメーカーは撤退してしまっています。

アジアに目を向けると、台湾や東南アジア諸国で軽トラが売られてはいますが、排気量の制約が存在しない現地事情に則して、エンジン排気量が700ccから1000cc前後にボアアップされて販売される例がほとんどです。日本で生産されたままの軽トラは流通していません。

韓国では、軽トラを生産している自国企業があり、こちらのほうが排気量上限が大きいため、日本の軽トラは太刀打ちできません。

逆にフランスのように日本の軽トラよりも排気量の小さなものが生産されている国もありますが、排気量や最高速度の面で見劣りする、という評価がなされていて人気がなく、日本の軽トラも輸入しようという気にならないようです。

あんなに便利なのに… と誰しもが思うところでしょうが、それぞれの国でその国にあった規制や規格を設けている以上、そこに日本の軽トラが入り込む余地がない、というのが現状のようです。とどのつまり、軽トラは日本においてのみ広く流通している特殊な自動車であって、世界的な標準ではなく、極めて日本的な乗り物ということがいえるようです。




そのデザインですが、各社とも同じような形をしています。現在生産されているものはほぼすべて並列2座のキャビンを持つキャブオーバー式(フルキャブ)です。これは普通の乗用車のようにボンネットがなく、座席の前がすぐに切り立っている形式です。

かつては、セミキャブオーバー式(セミキャブ)、つまり座席の前に小さいながらもボンネットがついていたものもありましたが、ホイールベースが必然的に伸び、車内足先を前輪ホイールハウスが占有して居住性・乗降性に難が生じる、といった欠点があるため、造られなくなりました。

さらに狭い山道や農道などでの小回り性能はフルキャブのほうがよく、荷台の長さなどでもこちらに利があることから、現在、セミキャブ方式の軽トラはほとんどありません。

90年代からは衝突安全基準が厳しくなったためにクラッシャブルゾーンを広く取れるセミキャブが一時増えたものの、最近は技術が進んでフルキャブでも対応できるようになりました。

各メーカーの軽トラのエンジンは、ほぼすべてが縦置きの直列3気筒となっています。同じメーカーの乗用モデルと基本設計が共通化されているものが多いようですが、乗用車に比べて共用低速から粘り強いトルクを発揮するセッティングが施され、燃費などの経済性を重視した自然吸気のものがほとんどです。

駆動方式はフロントエンジン・リヤドライブ(FR)が一般的で、エンジンはキャビンのシートの下か、荷台の真下に配置されています。軽トラックは悪路で使用されることが多いため、ほとんどのメーカーでFR以外にも四輪駆動モデルが併売されています。

副変速機を用いて悪路走行に対応したものや、燃費をよくするために燃料噴射装置を装備したもの、高速巡航を意識したターボ付きのものなどの高級仕様もありますが、普通にはあまり搭載されません。パワステやカーエアコンを省いたものが最廉価モデルとして設定されています。

変速機はエンジンと同じく低速・重負荷走行に強いローギアードのマニュアル(MT)が一般的で、かつては用途に応じて変速段数の異なるMTが選択できる車種もありました。1998年の660cc新規格の発表まではオートマ(AT)はあまり普及してはいませんでしたが、今日ではほぼすべての車種にATが用意されています。





気になる価格ですが、最安値で6~70万円前後で購入できるようです。無論新車です。また燃費ですが、通常の2WD車なら17~20km/ℓくらい、4WDで12~15km/ℓといったところのようです。マニュアル車を選び余分な装備を付けない、そしてエアコンをオフにして走ればおそらくもっと良い燃費になるでしょう。

上述のとおり用途はさまざまですが、近年では小型キャンピングカーのベースにされることも多くなっています。とくに、団塊の世代と呼ばれる昭和22~24年生まれの人々の間で人気だとかで、引退後に時間を持て余すことが多いこの人たちにとっては、ベース車両の価格の低さや低維持費が魅力のようです。

ほかに、取り回し易さや駐車場を選ばないといったこともあり、夫婦2人で軽トラベースのキャンピングカーを購入して、日本中を回る人が増えています。

最近では軽トラックに農作物や地場産品を積み、時通行止めにした公道上や広場でこれらの即席販売を行なう「軽トラック市(軽トラ市)」も増えていて、全国で100カ所近くでこうした催しが行なわれています。他にも、焼き鳥や石焼き芋、焼きそばといった焼き物系屋台経営にもよく用いられています。

いわゆる「屋台」といった販売形式にも軽トラは最適で、移動できるという利点を活かして、最近はいろんなものが軽トラで販売されています。野菜類、果物類、魚介類その他食品、雑貨、衣料など様々ですが、最近はコロナ渦の中にあって、軽食や弁当を売る軽トラ屋台も増えています。

大規模商業施設や小売店舗に近接して店を開き、通行客などを相手に商売を行う、いわゆる「こばんざめ商法」に軽トラが使われることも多く、町の風物詩にもなっています。

このように我々の生活に密着していると言ってもよい軽トラックですが、その未来はどうなのか、というと、これはやはり軽トラを含めた「軽自動車」全体が将来どうなっていくのか、という議論に行きつきます。

近年の軽自動車は、エンジンのパワーが旧規格の550cc時代とさほど変わらない割には、車重が1 トンに迫るかあるいはそれを超えるほどに重くなってきています。このため、1,000 ccクラスのコンパクトカーなどの小型乗用車に比較してパワーウエイトレシオ(重量/出力比)が悪く、燃費も悪くなりがちです。

このため、相対的に環境負荷が大きな軽自動車を普通車よりも過剰に優遇すべきではないのでは、という主張が出てきています。実際、2010年に民主党政権下の総務省が主催した「自動車関係税制に関する研究会」では、軽自動車と1,000 ccの小型自動車のCO2排出量平均値は、軽自動車の方が多いと報告されていました。


こうしたことを受けて、軽自動車への優遇をやめ、むしろ新たに「環境税」といった税を課すべきだという声が高まっています。

しかしその一方で、いくら環境のためとはいえ軽自動車の増税には同意できないという声もあります。その理由はやはり、軽自動車は高齢者や低所得者にとって、貴重な移動の足であるということです。軽自動車がなくなれば買い物や通院、通勤・通学に支障をきたし、日常生活そのものが破壊される可能性があります。

とくに都市部を中心に狭い道がまだまだ多い日本では、車体サイズが極めてコンパクトである軽自動車の利便性が相当に高く、軽自動車を下駄替わりに使っている年金暮らしの高齢者や低所得者層はこれがなくなると遠出できなくなってしまいます。

さらに軽トラックの保有率が高いのは東京ですが、軽自動車全体の普及率は地方のほうが高くなっています。その理由としては、地方では代替となる交通手段が多くは存在しないことです。30万人未満の複数の市で取られた統計結果によれば、「公共交通は不便」と答えた人が4割、10万人未満の都市では半数にものぼりました。

さらに地方は田舎道が多く、移動距離も長いためマイカーは欠かせません。同じく30万人未満の都市で、日常の買い物における移動距離が5 kmを越えると回答した人の割合は、30万人以上の都市の倍であったという調査結果もあります。

地方に住む多くの人たちが、日常シーンにおいて軽自動車などのマイカーが使えないと重大な障害が発生すると考えています。通勤では「遅刻」や「帰れない」を可能性としてあげる人が多く、中には軽がなければ「辞職不可避」といった声もあります。また買い物では「頻度低下で食生活に影響」「そもそも行けない」と言った声も上がっています。

軽自動車の用途については、「買い物」+「通勤・通学」がおよそ8割となっており、また使用頻度も「毎日使用」が約7割と言った結果を見ても、ユーザーにとって軽自動車の存続が死活問題であることが見て取れます。

多くの人が「軽は生活必需品」と考えており、軽がなくなると「困る」と考えています。とくに高齢者層の2割以上、30代でも1割以上は「軽でないとクルマを持てない」と考えていることがなどもわかっています。

軽自動車を製造する大手メーカーのスズキの創業者、鈴木修氏も、軽自動車は比較的低所得の人が生活・仕事に使っているとし、軽自動車の増税については「弱いものいじめと感じる」「こういう考え方がまかり通るということになると、残念というより、悲しいという表現が合っている」と発言しています。


こうした「必需論」が大勢を占める以上、軽自動車や軽トラックが将来にわたって無くなるということは考えにくいようですが、もうひとつ別の見方として、そもそも軽自動車よりも上のクラスの普通乗用車の税金が高すぎるのではないか、という議論があります。

「自家用かつ乗用の」登録車の税金だけが他と比べて突出して高く、例えば軽自動車税は自家用乗用の場合、年1万円程度なのに対して、1,000cc以下の乗用車では約3万円となっており、その所有のためには3倍近い負担を強いられています。

また、自動車取得税も、軽自動車は課税対象額の2 %なのに対して、普通車は3 %です。自動車重量税も、軽自動車はエコカー減税非対象車の3年新規検査車で1万円弱なのに対し、普通車の場合は0.5 t以下であっても、3年で1万五千円です。さらに軽自動車の場合は、18年超の「高齢車」であっても自動車重量税はわずか9千円ほどで済みます。

つまり、そもそも普通車の課税額が高いからみんな軽自動車に乗るんだ、という見方もできるわけです。こうした税制を改めれば、現在若者離れが生じている自動車市場にも喝が入るのでは、という人もいます。ただし、その一方では、普通自動車の税金が安くなると「軽自動車離れ」が起きるのでは、という懸念もあります。

しかし、考えてみれば価格の安い軽自動車の販売では、各メーカーとも得られる収益が少ないわけであり、税金を安くして普通車がもっと売れるようになれば、メーカーもユーザーもウィンウィンになるはずです。軽自動車も税制は今のまま、もう少し排気量を大きくして環境効率の高いものにすれば、さらに売れ続ける可能性があります。

ただ、私は軽自動車をこれまで一度も所有したことがありません。それは私がお金持ちだからということではなく、軽自動車に対する衝突安全性能にかねてより疑問を持っているからです。長い間クルマを運転していると軽自動車と普通乗用車の事故をよくみるのですが、相手が大きいクルマであればあるほどその被害状況は深刻です。

いざというときの安全性を考えればやはり強度の高い普通自動車を、というのが私の考え方です。ただ、それをみなさんに押し付けるつもりはなく、軽自動車のよさもまた認めてはいます。安全運転を心掛けさえすれば、こんなに安くて便利なものはありません。

願わくば普通乗用車の税金をもっと安くしてもらい、軽自動車ももっと安全で魅力のあるものにしてもらって、未来永劫、両者ともにウィンウィンになる時代が来てほしいものです。