フィラデルフィア・エクスペリメント

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米海軍のイージス駆逐艦が、ついに中国が「領海」と主張する人工島の周辺海域に侵入しました。

米国防当局者は、27日早朝、横須賀基地配備の「ラッセン」が、この人工島の周囲12海里(約22キロ)以内の海域に入った、と明らかにしました。中国は猛反発したものの、とりあえずはアメリカとは今まともに戦っては勝てない、と判断したのか、静観の構えのようです。

これに対して、日本を始め、南沙諸島に近いフィリピンやベトナムの国民は、ヤレヤレ~とばかりにエールを送っています。それもそのはず、公海にある岩礁を勝手に埋め立てて自分の国の領土だ、と主張しているような国を誰がほめたたえるでしょうか。

そもそも米軍は既に今年の5月以降、中国が造成する人工島12カイリ内に米艦船や航空機を送る考えを明らかにしていましたが、ホワイトハウスが「待った」をかけていました。しかし、9月下旬のオバマ米大統領と中国の習近平国家主席との会談でも、習主席は人工島造成の中止要請を拒否した結果、オバマ氏はかなり怒ったそうです。

この会談の結果をうけて米艦船派遣決断し、直後に米側は関係国にその方針を伝達しました。日本もこの航行の情報はかなり以前から得ていたようですが、この情報を得て、やっぱアメリカは世界の警察だよな~、やるなアメリカ!と、安倍総理以下の閣僚が快哉の声をあげたかどうかまでは、メディアも伝えてきていません。

それにしても、たった駆逐艦一隻で中国に立ち向かうとは大胆だな、という印象を誰でももつでしょう。派遣されたこのラッセン、というのがどういう船なのか調べてみたところ、アメリカ海軍のミサイル駆逐艦で、艦艇No.はDDG-82。

「アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦」の32番艦だそうで、これと同タイプの駆逐艦は1988年以降このラッセンを含めて63隻も造られているアメリカ海軍のベストセラー艦のようです。その数からもわかるようにアメリカの海防における主力艦であり、かつ攻撃能力も大変高いため、主要な海上攻撃力でもあります。

そもそもアメリカ海軍って何隻船を持っているのよ、ということで調べてみたところ、現在505隻が現役で運営されており、この中には、11席の空母と、71の潜水艦、22席の巡洋艦と、28隻のフリゲート艦なども含まれています。

対する日本は全艦船数137隻で、駆逐艦に相当するミサイル護衛艦は8隻にすぎませんから、いかにアメリカの海軍力が強大かがわかります。

63隻の駆逐艦は、そのすべてがこのラッセンと同タイプのようで、現在さらに同型艦が5隻追加発注されているとのことで、計画ではさらに3隻が建造されて最終的には70隻になる予定だといいます。もっともアーレイ・バーク級は1988年から建造が始まっていて、その都度改良が加えられてきていますから、新しいものほど性能がアップしています。

なので、そのすべてが同じ性能というわけではありませんが、それにしても同じタイプの船がこれほどまで継続して建造されるというのは、やはりそれなりに優れた駆逐艦なのだと思います。

さらに調べてみたところ、この船の設計は、1980年代ごろから始まったようです。それまでの船は「大戦型駆逐艦」と呼ばれ、主として大砲や魚雷といった重火器、そしてICBM(大陸間弾道弾)の搭載などに重視が置かれていました。

が、ソ連との冷戦が終わるころからは、大陸間のような長距離ではなく「中距離」の艦対空ミサイルに重点が置かれるようになり、これを搭載したミサイル駆逐艦としての性能が求められるようになりました。

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そして主に攻撃力の要となる装備として対地攻撃力でも有利なトマホーク武器システム(TWS)と、卓越した対空戦闘能力を実現するイージスシステムが導入されてこの級が完成しました。

私は軍事オタクではないので、詳しい事はわかりませんが、このトマホークというのは、主には遠く離れた敵をやっつけるもので、相手が艦船であろうが、陸上のものであろうが、自分でレーダー装置を保有して敵を探す自律型のミサイルです。

その最大射程は、中距離とはいいつつも長いものでは到達距離が2500~3000kmもあり、短いものでも1250km~1650kmもあるようです。

そもそも「トマホーク」とは、アメリカインディアンが白人との戦いの中で使った独特の手斧であり、柄の長さは30-50cm程度で、もともと雑事用の手斧だそうです。普段の野外活動でも便利で、インディアンが白人と戦う際にはとくに白兵戦では信頼性のある武器になっていたといいます。

現在のアメリカ陸軍でも、柄が強化プラスチック製の合成素材でできたトマホークが正式採用されているそうです。ジャングル戦の多いベトナム戦争やイラク戦争などでも実戦に使用されましたが、「飛び道具」として敵に投げつける場合もあるそうで、ミサイルのほうのトマホークもこれになぞらえたのでしょう。

また、イージスシステムというのは、防空戦闘を重視して開発された艦載武器システムの総称で、こちらは、“Aegis“という、ギリシャ神話の中で最高神ゼウスが娘アテナに与えたという盾のことで、元々の発音は「アイギス」です。

この盾はあらゆる邪悪を払うとされており、現代版のイージスシステムも、レーダーなどのセンサー・システム、コンピュータとデータ・リンクによる情報システム、ミサイルとその発射機などの攻撃システムなどで構成されていて、飛来する敵のミサイルや弾丸を邪悪なものとみなしてバッタバッタと叩き落とします。

防空のみならず、敵としての目標物の捜索から識別、判断から攻撃に至るまでを、迅速に行なうことができシステムであり、このシステムで同時に捕捉・追跡できる目標は128以上といわれ、その内の脅威度が高いと判定された10個以上の目標を同時迎撃できるといいます。

きわめて優秀な情報能力をもっていることから、情勢をはるかにすばやく分析できるほか、レーダーの特性上、電子妨害への耐性も強いという特長もあります。

しかし、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦はこれらの世界最先端の攻撃・防御システムを持っている一方で、対潜哨戒ヘリコプターの格納庫をもたないため、自分で索敵できる以上の広範囲の敵を察知できない、また航続距離も航空母艦などより劣っている、といった弱点があります。

このため、今回のラッセンによる南沙諸島の航行でもそれほど長距離は航海しなかったようで、また単独で派遣されたのではなく、P3哨戒機などの「空からの目」を伴っていただろう、と推察されているようです。

このラッセンという艦名はベトナム戦争で名誉勲章を受章したクライド・エヴェレット・ラッセン中尉にちなみます。同型艦の建造計画のうちの第三期目にあたるフライトIIA(現在の期)の3隻目に建造されたもので、2001年にフロリダ州のタンパで就役しました。

米国の先制攻撃戦略の柱である「ミサイル防衛」前進拠点基地である、日本の「横須賀港」に配備されたのは2005年9月からで、同港における7隻目のイージス艦となりました。これにより、横須賀基地の第7艦隊は、旗艦ブルー・リッジ以下、空母キティホークも含め11隻体制となりました。

艦籍も新しく、日本に在沖するアメリカ艦艇としては最新鋭の部類に入ります。弾道ミサイルを追尾できる高性能のレーダーを備え、 弾道ミサイル防衛システムの機能の一部を担う能力もあり、横須賀に着任して4年後の2009年7月には、密輸を疑われた北朝鮮の貨物船、カンナム1号をこのラッセンが追跡したと報じられました。

2010年11月に黄海で行われた米韓合同演習に参加するなど、有事には韓国海軍との連携で事に当たることも想定されているようです。が、無論、日本の海上自衛隊との連携も想定されているようです。また、2012年2には、東京都が実施した帰宅困難者対策訓練に参加し、東京港から横須賀海軍施設まで帰宅困難者役の東京都職員を代替輸送したそうです。

ただ、2009年2月には、横須賀港内でプレジャーボートと接触する、といった事故発生しており、怪我人は出なかったものの、業務上過失往来妨害の疑いでラッセンのアンソニー・シモンズ艦長とボートの船長の両方が、書類送検されています。

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現在横須賀の米海軍第7艦隊には、このラッセン以外にもアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦が6隻配備されており、今後の中国の出方次第によっては、今度はこれらの複数の駆逐艦の「出撃」もありうるのかもしれません。

ちなみに、現在海上自衛隊が保有するミサイル護衛艦「こんごう型」や「あたご型」は、このアーレイ・バーク級の建造にも大きな影響を与えたといわれており、日本における護衛艦の「お手本」ともいえる艦のようです。

先日通過した安保法の施行により、近い将来この姉妹館ともいえる日米の駆逐艦が、つるんで南沙諸島における「公海」を航行する、といったこともあるのかもしれません。

ところで、なのですが、1943年の今日10月28日と同日に、同じアメリカ海軍の駆逐艦、「エルドリッジ」がフィラデルフィア沖で、極秘裏にある実験を行った、とされる噂があります。

「フィラデルフィア計画」と呼ばれる実験で、この話は、1984年に公開されたSF映画、「フィラデルフィア・エクスペリメント」のモチーフともなりました。

この映画のあらすじはこうです。

第二次世界大戦中の1943年、フィラデルフィア港でアメリカ海軍によるある極秘実験が行われようとしていました。「フィラデルフィア計画」と呼ばれるその実験は、敵のレーダーから消え、味方の船を探知されないようにするというものでした。

この実験のために、駆逐艦「エルドリッジ」の船上にはものものしい実験装置が取り付けられていましたが、実験をスタートさせるために、その実験機械のスイッチが入れられた途端、エルドリッジ号は不思議な光に包まれレーダーから消えてしまいます。と同時に船体そのものまで消え始めていました。

暴走した装置の影響から逃れるため、主人公である二人の水夫は海に飛び込み、光の中に消えてしまいます。……しばらくして二人が姿を現したのは、なんと1984年のアメリカ。
朝になり、コーラのアルミ缶を見つけた二人は、その材質が何か分らず首をかしげますが、さらに国道に出ると、見慣れぬ車が走っており、更に疑問は深まるばかり……

一方、二人が現れた1984年の世界では、1943年の実験を行った責任者である物理学者が実験行っており、この博士の実験によりひとつの町が消えてしまっていました。紆余曲折あって、この博士に出会った二人は、1943年の自分の世界で行われた実験でもこの博士が主任であったことを知り、彼に助けを求めます。

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博士は、保管してあった当時のフィラデルフィア実験の資料を取り出し、漠然と思考を巡らせ始めますが、そこへ町が消えたことを訝しんだ軍が、彼等のせいだと決めつけ、捕えようとします。

そのころ、町が消えた実験地域は急激に気圧が低下し続け、そこに1943年からタイムスリップしてこようとしていたエルドリッジ号が合体しようとしていました。今や時空のなかに大きなゆがんだ穴ができようとしており、絶体絶命となった彼等のとった行動は……

という話なのですが、後段の話はかなりややこしいので、まだこの映画をみていない方、ご興味のある方は、レンタルショップへ直行していただくとしましょう。

この映画の結末だけ簡単に述べておくと、1943年の世界では、フィラデルフィアにエルドリッジ号は無事帰還しますが、実験の傷痕の深さに人々は震撼する、という展開です。しかし、1984の世界では町は元に戻り、世界は破滅から救われる、ということになり、一応ハッピーエンドです。

ただ、1943年の世界から未来へタイムスリップした二人の水夫のうち、一人は未来に残ります。もう一人は元の世界に戻り、やがて年月を経て、1984年の世界で二人は再会する、というのがこの映画のオチであり、そこのところがまたこの映画を面白くしています。

無論、映画のほうはSFにすぎないわけですが、実はこうした実験を実際にアメリカ海軍が、「ステルス実験」として行っていたのではないか、という話があり、これが上述のフィラデルフィア計画です。

あくまで推定の息を出ないので、「都市伝説」の一種ではないのか、ともいわれますが、実験が行われた「らしい」とされる駆逐艦は実存し、その名も映画と同じく「エルドリッジ」といいます。

ステルスとは、そもそも軍用機、軍艦、戦闘車両等の兵器をレーダー等のセンサー類から探知され難くする軍事技術の総称であり、現在ではステルス戦闘機や、ステルス機能を持った艦船が実用化されています。

そのためのステルス化の実験を、1943年当時の技術を使って実用化しようとしていたのではないか、といわれるのがこの「フィラデルフィア計画」における実験です。まことしやかにささやかれるその「伝説」によれば、この実験は、1931年、ニコラ・テスラの提唱によるものだったといわれています。

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ニコラ・テスラやエジソンと同時期に活躍した発明家で、先日のブログでも彼のことを書きました(電脳エトセトラ)。交流電流、ラジオやラジコン(無線トランスミッター)、蛍光灯、空中放電実験で有名なテス電球を発明した人物として知られていますが、アメリカ海軍が設立したと言われる「レインボー・プロジェクト」にも関わったとされます。

これは、この当時のレーダーは、「船体が発する、特徴ある磁気に反応するシステムである」と考えられていたことに基づくプロジェクトであり、テスラは、「テスラコイル(高周波・高電圧を発生させる変圧器)で船体の磁気を消滅させれば、レーダーを回避できる」と考えていたことから、米海軍がそのアイデアを実現させようと具現化した計画といわれます。

その後、この実験は、ハンガリーから亡命してきた科学者で、第二次世界大戦中の原子爆弾開発や、その後の核政策への関与でも知られる「フォン・ノイマン」に引き継がれ、1943年、駆逐艦「エルドリッジ」に船員を乗せ、初の人体実験を行なうこととなったとされます。

エルドリッジは、1943年に就航した駆逐艦で、アメリカはこのころもう既に日本と太平洋戦争に突入していました。同艦も戦闘に投入され、当初はアメリカ周辺を航行する貨物船団などの護衛を担っていましたが、1944年からは、沖縄に向い、ここで護衛や哨戒任務についていました。

フィラデルフィア計画が行われたとされる1943年はまだアメリカ沿岸で貨物船の護衛を担当していた時期であり、「伝説」によれば、実験はエルドリッジが就役して間もない1943年10月28日、ペンシルベニア州フィラデルフィアの海上に浮かぶ「エルドリッジ」を使って、遂に大規模な実験が秘密裏に行われました。

実験は新しい秘密兵器「磁場発生装置テスラコイル」を使い、「レーダーに対して不可視化する」というものであり、エルドリッジの船内には多くの電気実験機器が搭載されており、そのスイッチを入れると強力な磁場が発生し、駆逐艦がレーダーから認められなくなりました。

実験は成功したかのように見えましたが、不可思議な現象が起こります。実験の開始と共に海面から緑色の光がわきだし、次第にエルドリッジを覆っていきました。次の瞬間、艦は浮き上がり発光体は幾重にも艦を包み、見る見る姿はぼやけて完全に目の前から消えてしまいました。

「実験開始直後に、駆逐艦はレーダーから姿を消す」、ここまでは実験参加者達の予定通りでしたが、その直後にエルドリッジは「レーダーから」どころか完全に姿を消してしまい、おまけに2,500km以上も離れたノーフォークにまで瞬間移動してしまっていました。

エルドリッジはそれから数分後、またもや発光体に包まれ艦はもとの場所に瞬間移動します。再び戻ってきたエルドリッジですが、驚くべきことに乗員には、その体が突然燃え上がる、発火した計器から火が移り火だるまになる、衣服だけが船体に焼き付けられる、といった現象が起きるとともに、中には、板に体が溶け込んだ者もいました。

突然凍り付いた、半身だけ透明になった、壁の中に吸い込まれたという証言もあり、また、生き残った乗組員も精神に異常をきたし、エルドリッジの内部は、まさに地獄絵図のごとくだったといいます。唯一、影響を受けなかったのは、鉄の隔壁に守られた機械室にいた、一部のエンジニアたちだけだったといいます。

実験自体は成功したように見えましたが、こうした乗員の被害は甚大であり、一説によれば「行方不明・死亡16人、発狂者6人」という、取り返しのつかない結果になったといわれます。そして、このことに恐れおののいた海軍上層部は、この極秘実験を隠蔽したのだといわれています。

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そもそも、この「実験が行われた」という密告は、1956年に天文学の分野で博士号を持つモーリス・ケッチャム・ジェサップという作家の元に、カルロス・マイケル・アレンデという人物から届いた手紙に端を発するといわれ、その手紙には「レインボー・プロジェクト」の内容が克明に綴られていたといいます。

しかし、モーリスはこの手紙を受け取った3年後(1959年4月)、謎の自殺をしています。排気ガスをホースで車内にひきこみ、一酸化炭素中毒で死亡するというものでした。彼の死後、アメリカ海軍は総力をあげてこのアレンデという人物を捜したといいますが、その捜索は失敗に終わったといわれます。

モーリス・ジェソップがまだ生きていたころ、彼自身が執筆したUFOに関する一冊の本が海軍研究所に郵送されてきたそうです。そこには様々な科学的な手書きのコメントが書き込んであったといい、個人的に興味を持った研究所の研究員がこの本をジェソップに見せました。

そうしたところ、ジェサップはこの本のコメントを書きこんだ人物と、以前フィラデルフィア計画について手紙を彼のところに送ってきた人物、すなわちカルロス・マイケル・アレンデは同一人物だろうと推断したといいます。

このアレンデという人物が何者だったのか、フィラデルフィア計画に携わっていた研究者のひとりだったのかどうか、といった事実関係については、その後何も資料が出てくることもなく、この話はそれっきりになりました。

さらに後年、アメリカ海軍歴史センター、および海軍研究所(ONR)がこの実験が本当に行われたのかどうかを検証したといわれます。

その調査によれば、この実験に供されたとされる駆逐艦エルドリッジは、1943年8月27日にニューアークで就役して以来、実験が行われたとされる、10月末までには一度もフィラデルフィアに寄港していない、と記録されていました。

この期間を含めたエルドリッジの戦時日報はマイクロフィルムに保存されており、誰でもそのコピーの閲覧を請求できます。また、ノーフォークで、テレポートしてきたとされるエルドリッジを目撃したとされる商船アンドリュー・フルセスは、記録によると10月25日にはノーフォークを出港しており、以降1943年中は地中海にありました。

また、同船に乗り組んでいた米海軍予備士官ウィリアム・S・ドッジ少尉は、彼も他の乗組員もノーフォーク在泊中に特に変わったものは見ていないと断定する手紙を寄せており、そもそも、エルドリッジとアンドリュー・フルセスが同時にノーフォークに在泊していたことはありません。

この話が「都市伝説」の域を出ない、でっち上げだ、とされることが多いのはこうした「事実」の積み重ねによるものです。しかし、一方では、こうした記録は、本当のことを知られたくないアメリカ海軍の上層部によって塗り替えられたのではないか、とする説も根強いようです。

その後、ノーフォークを管轄する第5海軍管区の将兵だったある人物が、海軍工廠で行われていた様々な実験がこの都市伝説の元となったのではないか、と語ったといいます。この人物が誰かは公表されていませんが、彼が語った説としては、これは「消磁」に関する実験でなかったか、としているようです。

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この消磁というのは、艦船が持つ磁気が地磁気を乱すのを探知して爆発する「磁気機雷」から身を守るため、艦船に電線を巻き付け電流を流し、電磁石の原理でもともとの艦艇の磁気を打ち消す作業のことです。

消磁をきちんと行えば、艦船は磁気機雷からは「見えなく」なるといい、ただし、人間の目やレーダー、ソナーなどには通常通り映ります。現在においても、日本の海上自衛隊などでも「横須賀消磁所」という施設を保有しており、ここで自衛艦の永久磁気を定期的に消磁しています。

特に水上鋼鉄艦艇の艦首艦尾方向の消磁を「デパーミング」と呼び、船体外周に大きなコイルをゆっくりと通して、電流の極性を変えながら徐々に弱くしていくことで磁気を消していく作業を行なうそうです。また、潜水艦では艦載消磁装置の消費電力削減のためにあらかじめ誘導磁気を打ち消すように船体永久磁気を付けているようです。

その後、1950年代になって米海軍の駆逐艦ティマーマン(Timmerman)では、この消磁を強力に実施するためにある種の実験が行われたそうです。

このときには通常の400Hzの発電機ではなく、コイルを小型化できる高周波数(1,000Hz)の発電機を搭載して実験が行われたとのことです。この実験では高周波発電機から放電現象などが起こりましたが、組員への影響はなかったとされます。こうした特殊実験とフィラデルフィア計画が混同されたのではないか、とされるわけです。

その後エルドリッジは1951年にアメリカ海軍から除籍され、ギリシャ海軍に払い下げられ、1991年には除籍、解体のため売却されているため、今となっては本当に船員が床や壁に塗り込まれたのかどうかを検証する、といったことも不可能です。

一説では、「マンハッタン計画に対する欺瞞作戦」とも言われています。第二次世界大戦中、枢軸国の原子爆弾開発に焦ったアメリカ、イギリス、カナダが原子爆弾開発・製造のために、科学者、技術者を総動員した計画であり、この計画へ人々の目を向けさせないようにするため、こうした有りそうな話をでっち上げたのではないか、とする説です。

このマンハッタン計画の中心人物こそフォン・ノイマンであり、フィラデルフィア計画をテスラから引き継いだとされるのもノイマンです。

マンハッタン計画は成功し、原子爆弾が製造され、1945年7月16日世界で初めて原爆実験を実施しました。さらに、広島に同年8月6日・長崎に8月9日に投下、合計数十万人が犠牲になり、また戦争後の冷戦構造を生み出すきっかけともなりました。

一方のフィラデルフィア計画が実際にあった実験なのか、そもそも成功したのかどうか、はたまたあくまで都市伝説なのかについては、これを読んだ方々の想像にお任せしますが、現在でもこうした不可解な超常現象の伝説は、多くのマニアを惹きつけています。

秋の夜長も長くなってきました。映画、フィラデルフィア・エクスペリメントをまだご覧になっていない方はぜひご鑑賞いただき、さらに想像力を膨らませて頂く、というのもまた一興かと思う次第です。

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